AFVの暗視装置が起動し、砲塔に連動した照準用モニターが緑に染まる。運転の際に使用する正面投影モニターも暗視に切り替え、照準モニターに電子表記が浮かび上がったことを確認して、僕はギアを切り替えて左右のフットペダルを踏み込んだ。

 26tの車体が動く。キャタピラが稼働して89AFVが窪みから這い上がり、クレーターの縁の向こうが露わになった。

 暗視装置の中に、5mを越えるタイタンの巨躯や、その足元のゴリアテとリザードの群れが映り込む。向こうの攻撃が飛んでくるより先に、僕は操縦桿を引き倒して砲塔の微調整を済ませた。

「装填よし、射撃は任意!」

 中尉が叫ぶ。僕は彼の声より先に、一番手頃なタイタンの体に照準線を合わせ、トリガーレバーを絞っていた。
 暗視画面の斜め手前から生えた機関砲身の先端が輝き、3点に絞ったバースト射撃が飛翔する。
 強靭な巨体と強固な鎧を有するタイタンといえど、装甲兵器をぶち抜く機関砲弾の前には形無しだ。過たず大きな胸に飛び込んだ3発の徹甲弾が、その大きなシルエットを上下に引き裂き、肉片が飛び散る。

 応射される前に、身を竦めたもう一体のタイタンの胸をぶち抜いて爆散させた。2体のタイタンを殺されたレギオンの部隊が即座に応射を始め、AFVの表面装甲にプラズマ火器が次々と弾着した。

 とはいえ、所詮歩兵携行の小火器程度だ。タイタンの腕に同化した小型キャノンや、今はまだ姿が見えない敵多脚戦車のプラズマ砲を食らえばまずいが、今はどちらもいない。タイタンは排除したばかりだ。

 いくら危険でないとはいえ、それでも撃ちまくられるのは気分が悪い。35mm機関砲と同軸の7.62mm機関銃に切り替え、暗視装置の中のゴリアテやリザードに向けてばらまく。

 岩の破片と血飛沫が舞い、逃げ出す敵の背中にもお見舞いする。とりあえず敵の先鋒を蹴散らした僕は、車体を後退させて同軸機関銃の再装填を命じた。

「残りの時間は?」

 モニターの向こうに簡易塹壕からの撤収を続ける歩兵を見ながら、僕は時間を確認する。

「あと6分強」
「わかりました。同軸装填完了です」

 機関銃のカバーを閉じ、中尉が報告する。僕は頷き、モニターで部隊の撤収状況を調べる。接戦時の規定にしたがい、対人地雷の敷設をしながらの後退ではあるが、皆慣れているので手早い。

『大尉、聞こえますか?』

 フットペダルを踏み込もうとした瞬間、通信が飛び込んでくる。撤収作業を指揮している部下からの連絡だ。

「どうした」
『敵の多脚戦車が来ました。数は3、設置カメラから映像送ります』

 思わず舌打ちしていた。中尉も、モニターに渋い顔を向けている。
 多脚戦車、俗称スコーピオン。6本の脚と平べったいボディもさることながら、サソリの尾のように後部から生えたプラズマキャノンが特徴的だ。動きはなかなかに素早く、キャノンは主力戦車クラスでも一撃で破壊しかねない威力を有している。

 それが、3台。
 使用していないモニターに、熱感知の白黒風景が映り込む。岩の凹凸と這うように進むレギオン歩兵の後ろに、6本足を起用に操るスコーピオンの姿が見える。

「ごくろう。さっさと撤収してくれ」
『了解、では後退します』

 3台のスコーピオンを前に、タバコが吸いたくなった。

「どうしますか、大尉」
「撃破する。35mmの弾薬はまだ少ししか使っていない」
「了解、照準補正は任せてください」
「頼んだ」

 フットペダルを踏み込む。駆動音とともに車体が進み、隠されていた姿が敵の前に露わになり、歩兵クラスの小火器が一斉射撃で出迎えてくれた。
 青い火線が集まる中、3台のスコーピオンの砲塔がこちらへと向き直るのが見える。うだうだ考える余裕はなく、僕は左右リバースにしたフットペダルを踏み込み、素早く方向転換を行う。

 左右のキャタピラをそれぞれ前後逆に同速度で動かすことにより、車体そのものの位置を変えずに向きを変える。それを超信地旋回と言い、僕はまさしくそれを実行していた。

 砲撃より先に旋回が終わる。目一杯ペダルを踏み込み、前進した89AFVの真後ろに、プラズマ砲弾が飛び込んでいた。

「大尉、照準調節完了!」
「グッジョブ!」

 砲弾の装填と警戒以外に車長がこなせる仕事は、予備操作回線による砲塔の操作と照準作業だ。
 照準モニターの真ん中には、FCSと光学照準システムに補足されたスコーピオンの姿がある。距離は700、装甲兵器同士では至近と言っても過言ではない。
 迷わずに35mmを6連射すると、まず最初の数発でスカラベのエネルギーシールドの薄膜が弾け飛び、続いた砲弾が装甲をぶち抜いた。

 ショートした火花と炎を噴き上げる元戦車の瓦礫を無視して、もう一台へ砲塔を向ける。その間にもう一撃プラズマキャノンが飛来したけど、素早く敵へと車体を寄せ、砲塔を狙ったプラズマの放物線を回避する。

 現代人類の火器管制ではありえない精度と補正の低さが敵の弱点だった。もしこれが人類の戦車相手なら、初撃で爆散させられているだろう。兵器の威力や数は向こうが上でも、火器管制ソフトウエアはこちらの方が上手だ。

 ともかくも、敵は手早く始末するに限る。第三射のプラズマ発射を事前に知らせるレーザーロックのアラートが鳴り響く。レーザー検分機器が敵の照準用レーザーを拾い上げたのだ。

「どっちだと思う!?」
「おそらく誘導弾かと!」
「中尉、スモークを展開してスコーピオンにタグ付け!」
「ラジャ!」

 それぞれ微妙に角度を変えたスモークが、進行方向に放たれる。昔と違い、今の煙幕擲弾はレーザーロックや熱感知を遮断し、誘導兵器の脅威を格段に低下させてくれる働きがあった。

 展開する白煙に飛び込むと同時に、僕は車体を急停止させた。レーザーロックが誘導弾のそれなら、ロックが外れたとしても直前までの移動速度から概算して予測移動地点を攻撃してくる。動き続けるのは自爆行為だ。

 10秒と待たずして、前方に着弾した音と振動が訪れた。モニターに映る白煙越しに青白い稲光のような光が迸るのが見えた。プラズマ誘導弾頭だ。

「さて、どうします?」

 そう尋ねた中尉の声は、どこか楽しげだ。僕は地形情報を呼び出しながら、

「残り時間5分切った。でも撃破しないと逃げそびれる。タグ情報を」
「モニターリンクします」

 未使用のモニターに、タグ情報が映り込む。最後に確認された位置情報が、照準モニターと地形図の上に赤い逆三角印で浮かんでいた。上方をよく吟味し、僕が行動を決めるまでに30秒とかからなかった。
 照準線が、白煙の向こうのタグへと向かう。動いていなければそこにいるはずで、僕は中尉が地形情報から導き出した敵の予測地点データを見比べながら、慎重にAFVを前進させる。

「中尉、TOW対戦車誘導弾準備」
「了解」
「誘導と射撃は君に一任する」
「わかってますよ」

 手際よく誘導弾の操作手順をこなす中尉を見遣り、僕はフットペダルを力任せに踏み込んだ。敵予測現在位置に砲塔を向け、薄れ始めた煙幕の向こうに敵影を探す。
 ようやく速度に乗り始めたAFVが煙幕から出るや否や、先ほどより近くに接近していた2台のスコーピオンが目に飛び込んできた。

 迷うだけの理由はなかった。測距レーザーで250mを確かめた僕は半ば以上無意識のうちに狙いを定め直し、FCSが補正情報を映しだす。それにしたがって微調整しつつ、光学機器補正なしで放たれたプラズマキャノンの弾道から退く。
 すぐ脇に着弾したプラズマが石の欠片や青い稲光を巻き上げ、照準モニターに靄がかかる。しかしそれは射撃を止めることも、狙いを狂わせることもできなかった。

 凹凸まみれの岩肌を疾駆するAFVは、火器管制補助を受けた僕の照準通りに35mmAPDS弾を連射し、その軌跡を闇に描いてスコーピオンへとぶち当たった。

 エネルギーシールドが吹き飛んだ直後に右前脚が根元から引きちぎれ、斜め上に上がった火線がその装甲板をやすやすと引き裂く。平べったい車体が火を噴き上げ擱座するのをよそに、その背後に隠れていたもう一台が狙い澄ましたプラズマの一撃を放っていた。

 あっという間に距離を縮めてくる青白い球体にゾッとするまもなく、反射的にギアを入れ替えて車体をバックさせていた。
 AFVの横っ腹ど真ん中を狙った偏差射撃が前方にずれ、対弾性を上げるために取り付けたリアクティブアーマーがパネルを吹き飛ばして役目を終える。

「中尉、TOW!」
「いま狙ってます! よしよしよし、発射!」

 しゅぽん、と気の抜けた音に、TOW対戦車誘導弾の飛翔する低い音が重なる。モニターにTOWの弾道の煙が尾を引き、僕は回避行動の蛇行運転の傍ら、誘導弾を受けて爆散するスコーピオンを一瞥した。

「残時間4分ちょい、もう下がるぞ」

 残敵の中に対戦車能力持ちがいないことを確かめ、僕は回収地点へバックを開始する。こちらをねらう小火器の弾幕に、35mmと同軸機銃の応射で答えつつ、敵の包囲情報に目を向けた。
 クレーター外周の境界を、敵が侵食しつつある。じわじわとにじり寄りつつある敵の赤表記を見ながら僕が友軍のマーカーを探すのと、無線に声が飛び込んでくるのは同時だった。

『HQよりアンダーテイカー、聞こえるか』
「アンダーテイカー感度良好、どうぞ」
『魔導兵による援護準備が完了した。座標指定がなければ、貴隊を包囲している敵に対し行使する』

 僕は地図に目を通し、

「攻撃はそちらに一任する。降下艇の状況は?」
『すでに部隊と接触、回収を開始している』
「了解、交信終わり」

 思ったよりトラップが効いているようだった。部隊撤収と同時に設置された対人地雷は敵の進行速度をかなり低下させてくれている。

「大尉、敵……タイタンが2時方向に。距離2700、数3」
「了解」

 後退する速度は緩めず、車体前方を12時とした場合の2時方向へと砲塔を向ける。望遠装置を起動してサーマルスコープを併用し、上体だけを岩肌から覗かせる巨人を見つけた。

「確認した……補正は?」
「無問題です」
「ファイア!」

 精密さよりも牽制が重要だと判断した僕は、照準もそこそこに横なぎに機関砲を撒いた。耳を弄する砲声が車内にこもり、最高速のまま起伏に差し掛かったAFVが跳ねる。揺れるモニターから目を離さずに、着弾点で巻き上げられた岩の欠片と、運悪く砲弾を食らったゴリアテやタイタンの肉片を視認する。

 と、今度は向こうで青が瞬いて、応射のプラズマが山なりに飛翔してくるのが見えた。ただでさえ、機械化された兵器の射撃精度が低いというのに、生身が火砲を持っただけのタイタンにあてられるわけがない。

 そう高を括ってモニターに目を凝らした僕は、唐突に量を増したプラズマの数に背筋が冷たくなるのを感じた。その数ざっと20近く。AFVの周りをまんべんなく叩くつもりらしい。

「数が多い、対ショック姿勢!」
「ほかにやることは!?」
「直撃しないことをママか神様に祈れ」

 ママ! と笑いを含んだ声音で中尉が叫び、ややあって周囲に砲弾が降り注いだ。フットペダルを踏む足を緩め、停車したくなる気持ちを抑える。振動が止んだら撃ち返してやると砲塔を操作した刹那、上から金属がひしゃげる音がして、モニターにWARNの文字が浮かんだ。

 直撃か、と頭が真っ白になる前に、「左のTOW発射機が吹っ飛ばされました」と中尉の上ずった声がやってきた。粉塵舞う下界の様子は、靄のせいでつかめない。時折混じる振動と青い光が、射撃が継続されている何よりの証だった。

 唐突に靄が晴れる。起伏に沿って跳ねまわるAFVの車内は最悪の環境だが、それでもFCSやその他の電子機器は、巧妙に隠れた他のタイタンを見つけ出してくれた。

「中尉、射撃任せる」
「大尉はどうするんですか?」
「操縦に専念する。そろそろLZだし、次の攻撃が命中しないとも限らん」

 返答を待たずに射撃装置の権限を中尉へ委任する。僕は車体前面と後部の映像を映したモニターを目の前に切り替え、すぐそこに迫っていた小岩の盛り上がりを回避する。
 35mm機関砲のくぐもった連射音が再開した。マップのうえでは、LZまで1キロもないことになっている。地形のデータとモニターを見ながら、僕は再び周囲で騒ぎだした弾着の振動にせかされるように後退する。

「野郎、つるべ打ちでつぶす気だ!」
 中尉が叫ぶ。僕はAFVの操縦に気を遣いながら、無線に手をかけた。
「アンダーテイカーより、HQ! 支援はまだか!」
『こちらHQ、もう少し待て。衛星軌道上からの攻撃には時間がかかる』
「早くしてくれ、LZが敵の攻撃圏に入っちまう」





『攻撃はまだか、准尉』

 魔導兵の紋章――杖が交差したデザイン――が縫い付けられたベレー帽をかぶった少女は、イヤホンから流れ出た催促の声にため息をついた。言われずとも急いでいるのに、声をかけられたせいで集中力が散ってしまう。
 閉じていた目を開け、薄暗い中でぼんやりと輝いているモニターに目を向ける。専用に与えられた待機室は、衛星軌道上で待機する重巡洋艦の中枢部に据えられている。そこには、『魔術』の増幅に使う専用機器や、攻撃範囲の確認などに用いる設備が詰め込まれていた。 

 輝いているモニターはその一つで、ホログラフィックを投影することにより攻撃先の戦場を立体的に感じられるようになっている。というより、この機械がなければ何千キロも離れた地上に攻撃を加えることができない。
 なかなかに難しい仕事だと、オペレーターはそういっていた。『魔術』を行使するには、集中力や魔導兵のセンスもさることながら、攻撃範囲の正確な空間把握が必須となる。そして空間を把握することの難易度は距離が離れれば離れるほど増すわけで……

「難しいどこじゃないっての」

 思わず愚痴が漏れる。ベレー帽の下で蒸れた髪が気持ち悪く感じて、帽子を外した。ややウェーブのかかった金髪が、固定する帽子がなくなったせいで地面に垂れた。

「それでもまぁ……仕事だしなぁ」

 ぼやいて目を閉じる。意識を集中し、遥か眼下で友軍を包囲しつつある敵をイメージ。本来、魔術とは正円形に効果範囲を持つものだが、今回は友軍のLZを巻き込みかねないため、敵展開に合わせて欠けた月のようないびつな範囲を形成しなければならない。

 今日一日だけで数度の対地攻撃を行った少女はひどく疲労していたが、これさえ終われば交代要員が到着する。それまでの辛抱だと割り切って最後の仕上げを行う。

 頭がズキズキと痛み出した。諸説あるが、細かい説明抜きにすると、魔術は普段一般人が使わない脳の箇所をフル活動させ、物理界に干渉する、というのが一般説だ。それはつまり脳の疲労を増す行為にほかならず、頭痛は行使の副作用だといわれている。

 使いすぎれば脳死するという話もたびたび耳にするし、少女もその話は信憑性があると思っていたが、頭痛程度で怖気づくほどヤワではないと自負していた。

 意識を戦場へ。感覚の一つ一つを束ね上げ、砲火が飛び交う空間を精査する。逃げる友軍、それを追う敵の群れ。起伏に富んだ岩まみれの地形。立体映像資料だけでは把握しようもないような仔細情報が脳内に流れ込んでくる。

 術式は焼き尽くすイメージで。広域を炎の腕で薙ぎ払い、地表で蠢く侵略者を溶解させる瞬間を思い描く。そこに理屈はなく、進歩した先進技術ですら解明しきれないエネルギーの流れが生まれるのが、自分でもわかった。

「構築完了、行使します」
 口元のマイクに吹き込む。返事を待たずして、地上へと業火が放たれた。




「うっひゃぁ、こりゃすげぇ」
 モニターの向こうで、敵が炎に飲み込まれた。距離から勘案しても高さ20mはあるだろう火焔のカーテンが敵を覆いつくし、その中の影を飴細工のように溶かしてしまう。

「上の魔導兵はずいぶん優秀らしいな」

 中尉のはしゃぎ声に僕は返し、次第に離れつつある地表へと目を向ける。僕らの乗ったAFVは、砲火の中待機していてくれた降下艇の後部アンカーに固定され、宙吊りのまま輸送されていた。

 高度計が瞬く間に3ケタから4ケタへと変わり、航空で待機している回収用小型艦との合流のために降下艇は上昇を続ける。
 僕は腕時計に目を落とし、時間が近づきつつあることを確かめ、景気チェックを行う中尉の足をつついた。

「どうしました、大尉」
「下の映像をモニターで回してくれ。この星の『最後』が見たい」

 ややって、中尉が小さく「了解」と返事をよこす。陰鬱なトーンは、彼がそれなり以上にこれから展開される光景をよく思っていないことの証明だった。

 目の前に展開された地上映像にカウントダウンが被る。7秒から開始されたそれが0になると同時に、振動と爆炎が巻き起こり、真っ白な光が膨れ上がった。

 機密処理と敵殲滅のための、反応弾による最終処理工程。
 僕が幾度となく見てきた、惑星の最後だった。


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最終更新:2012年06月11日 05:07