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全編小説になるならどこかに入るんじゃないかなーという単発の文章ログ。編集中の域を出ません。

「骸(むくろ)」より?一部(前編)



軽く握った護の手が、何度かのためらいののち、遠慮がちに凱の部屋の扉をノックした。
返事はない。
護は複雑な思いで扉を見つめていたが、意を決して扉を開き、部屋に立ち入った。

凱は眠っているようだった。
しかしそれは決して安らかとは言えない姿だ。
苦しげに眉を寄せ、長い前髪は汗で額に張り付いている。
弱々しくシーツを握りしめ、不規則な寝息を立てるその顔はずいぶんとやつれて見えた。
長きにわたって地球を守り続ける守護神の面影は、その寝顔のどこにも見いだせない。
護は憔悴しきった凱の姿を前に、立ち尽くすことしかできなかった。

凱があの時、仮面の男に何をされたのか、何が凱をここまで追い詰めたのか、誰も知りえなかった。
護の決死の機転でオービットベースに連れ帰られた凱はまるで別人だった。
日本人離れした長身を縮こまらせ、護に抱えられるようにしてかつぎ込まれた姿に、十年来の戦友たちは誰もが我が目を疑った。
涙のあとが残る頬は血の気を失い、激しい動揺に揺れる瞳は茫然と虚空を見つめ、小刻みに身を震わせる様はさながら怯える子供だ。
すぐに医療部やエヴォリュダー専属の研究チームがことに当たったが、凱の異変を解決することはかなわなかった。
凱は何を見たのか頑なに語らなかったし、どんな精密な検査も身体に異常を見出すことはできなかった。
しかし、凱の目を見た者は誰もが即座に感じ取った。
『勇者』獅子王凱は死んだのだと。
何か、途方もなく巨大な恐怖に押しつぶされ、その力の源である勇気の心が砕けてしまったのだと。
見舞いに訪れた者たちの前にいたのは勇者ではなかった。
ただの一人の、怯える男だったのだ。

不意に凱が、うめき声を上げてはっと目を開いた。
悪夢の世界から醒めきらない凱の目が宙をさまよい、ベッドサイドに立つ人影を認める。
はじかれたように身を起こし、シーツをかいて後ずさる凱に、護は言葉も出ない。
やがて人影が護であることに気付いたのか、凱は長く息を吐いて、立てた片膝に顔をうずめた。
護は何か言うべきだと思ったが、まるで舌が凝り固まったかのようだった。
凱はあれからずっとこの有様だ。
いつもの凛々しい姿からは全く想像もできないほど、今の凱の姿は貧弱で矮小だ。
もう30にもなる大の男が、恵まれた体格を子供のように丸める様は、ひどく情けなく滑稽ですらある。
凱を厚く信頼し、暖かく見守り続ける長官が直接訪れて叱咤激励もした。
凱をまるで実の息子かのように可愛がっている参謀が、心を鬼にして怒鳴りこみ、激しく罵倒もした。
凱と生涯を共にすると誓った、愛する妻の命がその手を取って、涙をこらえながら静かに付き添いもした。
しかし凱は固く心を閉ざしたまま、見えない何かに怯え続けているのだった。
きっとそれは、人間であることをを半ば超えてしまった彼にしか見えない、とても恐ろしい何か。
そう誰もが想像したが、本当のところは凱にしかわからない。
命のリミピッドチャンネルも、閉ざされた凱の心からは何も読み取れない。
メインオーダールームでは焦りばかりが募っていった。

勇者の『死』は、またGGGに決定的な打撃をも与えていた。
凱の戦線離脱によって、GGGの最大の戦力であるジェネシック・ガオガイガーが全く、運用できなくなったのだ。
凱を真の勇気の持ち主として、カインの後継者として認めたギャレオンとジェネシックマシンは、凱がこうなってからはまるで死んだように沈黙していた。
メカニックが手を尽くしても、命の操作するジェネシックパネルの呼びかけにさえも何の反応もしない。
ジェネシックが、凱の勇気から発生するGパワーをエネルギー源にしているとすれば当然のことではある。
仮に凱が乗り込めたとしても、今の状態ではファイナルフュージョンはおろか、出撃も出来ないだろう。
だが、機動部隊の戦力的な痛手は、精神的な痛手に比べれば何でもなかった。
機動部隊長である凱に続いて、その乗機のガオガイガーまでもが沈黙。
それはあまりにも象徴的だった。
GGGから、最強の勇者が、至上の勇気が失われたことは、誰の目にも明らかだった。
誰もが立ちすくみ、絶望した時でさえも、勇気を最後まで忘れずにGGGを幾度も勝利に導いてきた凱とガオガイガー。
彼らですら立ち向かえない恐怖とは一体何なのだろう。
残された人類に果たして勝ち目などあるのだろうか。
隊員の誰もが意気消沈し、GGGは色濃い影に包まれていた。


その真っ暗な影の中にあって、護は心の中で叫んでいた。
凱兄ちゃんだけが勇者じゃない。
頼りになる機動部隊の超AIロボが何人もいるし、それに―――僕がいるじゃないか。ずっと昔から、地球を守ってきた僕が!
僕だってGGGの一員だ。立派な勇者だ。
十歳にもなる前から地球のために戦って、ゾンダーを倒して、つらい運命に立ち向かって乗り越えてきた。
厳しい訓練だって受けた。今は機動部隊の副隊長だ。それに副と言っても、地上では隊長だ。
今や凱がいなくても、パートナーの戒道がいなくたって立派に戦っている。世界中のGGG地上部隊の総指揮だって取ることもある。
難しい任務もこなして、確実に戦果を上げてきた。それなのに、それなのに
―――僕じゃ、ダメなのか。まだ僕は子供扱いなのか。まだ、届かないのか!まだ!!


凱は護のヒーローだった。
初めて会ったときから、その広い背中はずっとずっと憧れだった。
いつか自分もあんな風に、大切な人を守れる勇者になりたい、そう思っていた。
普通の生活をなげうって、GGGの正規戦力として戦う決意をしたのも、凱のような勇者になりたかったからだ。
凱を尊敬していた。そこに何の疑問もなかった。心の底から憧れていたのだ。
いつからだろうか。
戒道と一緒に凱を助けた時から?背が凱の肩に届いた頃から?声が低く変わった辺りから?
凱の存在に、ある種の劣等感を感じ始めたのは、いつからだっただろうか。
届きそうで届かない。
背丈も、実力も、そしてその背中も。
もう少しなのだ。もう少しで凱に届きそうなのに。


そろそろ凱の背と並ぶんじゃないかとか。
もう凱にだって引けを取らない戦いぶりだとか。
護を褒めるときには決まって凱の名前が出てくる。
大きくなったら凱兄ちゃんみたいになりたい!そう言って無邪気に笑っていた頃の護なら、これほど嬉しい褒め方はなかっただろう。
しかし、いつまでもそんな年頃ではない。
凱を引き合いに出された時の護の笑顔は、誰も気づかないほど徐々に徐々に、苦笑いに変わっていった。
何か成果をつかんで、上出来だと子供らしく有頂天になるたびに、決まって凱が出てくる。
年端もいかない頃から地球の平和を守ってきたというプライドが、ひび割れていく。

護は良い子だった。素晴らしい両親に恵まれて育った、素直で聞き分けの良い子だった。
おまけに、異星人として小さい頃から大人に交じって戦って来た、普通とは違う子供だった。
だからGGGの大人たちの誰も、まさか護がそんな、年相応に幼稚な悩みにとらわれているとは思いもよらなかった。
多感な青年期を迎えた護に、どこに行っても凱という物差しが付いて回る。
しかも恐ろしいことにその物差しは途方もなく長く、どうしたってその尺度を超えることができないのだ。
護が躍起になればなるほど、物差しの長さばかりが際立つ。そして相対的に自分の足りなさが浮き彫りになる。
ゾリューダとの戦いが始まって、凱という物差しが真隣に立ったとき、護は自分のちっぽけさにめまいのする思いだった。
自分に添えられた物差しの重さに、足元がズブズブと沈んでいく。ああ、こうしてまた、どんどん差が広がる。
護の足元は、いつしか泥沼だったのだ。悲しいほど単純で、それゆえ深刻な。
かつてそこにはまって、もがき、命を落とした者すらいる、凱へのコンプレックスという底なし沼だったのだ。


しかし今、目の前にあるこの物差しは何だ?
この無様な男が、自分のずっと目指してきた到達点なのだろうか。
強い憧れ、付きまとう劣等感、不安、失望、様々な気持ちがないまぜになって破裂しそうだ。
ドロドロした何かが胸からせり上がって喉を遡り、口をついて飛び出す。それはこういう形をしていた。
「―――しっかりしてよ、凱兄ちゃん。」
カラカラに渇いた喉から絞り出された言葉は、たったそれだけだった。

凱が伏せていた目を、ほんの少し上げる。
悪夢にうなされてくっきり浮かんだ隈に縁取られた青い目が、護の膝のあたりをぼんやりと見やった。
「…護。」
渇いてひび割れた凱の唇が動く。
ほとんど返事を期待していなかった護は、驚いて耳をそばだてた。


「もう、戦える気がしない―――――俺は…怖いんだ」


一瞬唖然とした護は、蚊の鳴くようにつぶやかれた言葉の意味を理解した瞬間、音を立てて頭に血が上るのを感じた。
渦巻いていた感情が、おどろおどろしい形を持って行くのを止められなかった。
―俺だって本当は怖いよ。でも、それを皆のために克服するのが勇者なんだ―
あのとき、困ったように笑いながら護にそう語った男は、もういない。
もう憧れでも、目標でも、重く長大な物差しでもなんでもないのだ、目の前でうなだれるこの男は。
凱に抱いてきた色々な想いの全部が、凱の全てを否定するような一言で、悪い方向に加速度をつけて流れ込んでいく。
そして、しかも、最悪なことに、ああ!―――
自分は、この男よりもずっと格下だと思われているのだ!!
自分は、この、情けない勇者の亡骸よりも、もっと頼りにされていないのだ、GGGのみんなに!!
それに思いいたってしまったとき、護の目の前が真っ赤になってぐらりと傾いだ。
手のひらが破れるほど深く爪が食いこむ。
僕だってやれる。ずっとやってきた。
今の僕は絶対、こんな凱兄ちゃんよりGGGの役に立てる!!


凱兄ちゃんの、バカ野郎とか、意気地なしとか、言ったような気がする。
渇いた喉がヒリヒリするから、どうやら何かしら叫んだようだが、もうそんなことはわからなかった。
気付いた時には凱の部屋を荒々しく飛び出して、通路を通る隊員たちが驚いて振り返る中、護は走っていた。
ジェネシックが整備を受けている、クニヌシの格納庫に向かって。
おりしも、敵襲を知らせるけたたましい警報音が、オービットベース中を震わせた瞬間だった。



「護副隊長、応答してください。副隊長!護くん!どこにいるの!?」
スクランブルにも関わらず一向に応答のない護に、オペレーターの未来が焦る。
凱に続き、護にまで何かあったのではと、メインオーダールームに不安が広がったそのとき、牛山に整備部からの緊急の通信が入った。
「こちらメインオーダールーム。何か…ええ!?護くんが!?」
「牛山くん!何事かね!」
「それが護くんが、ジェネシックの格納庫に、許可なく立ち入っているとの…何!?ジェネシックに!?おい猪狩!?おい!!」
「護くん…一体何が!?」


「護!やめろよ!いくらおまえでもまずいって!」
「うるさい!凱兄ちゃんがいない今、機動部隊長は僕だ!!邪魔するなよっ!!」
通信機を放り出して止めに入った猪狩を突き飛ばし、ギャレオンルームに向かう護は、すでに身体が発光して浄解モードに入っている。
こんな護を見たことがない。どう見ても怒りに我を失っているその表情は、整備部ながら腕っ節に自信のある猪狩でも尻ごみする迫力だった。
「おまえ…一体…!?」
わき目も振らず、沈黙するジェネシック・ギャレオンの鼻先に駆け寄った護が叫ぶ。
「ギャレオン!僕がおまえに乗る!僕と出よう!大丈夫、絶対やれる!僕がおまえを、ジェネシックを乗りこなしてやるから!証明するんだ…僕だってやれるってことを!さあ!ギャレオン!ギャレオンったら!!」
ギャレオンは黙して応えない。護は苛立って声を荒げる。
「ギャレオン!なんでだよ!おまえは…おまえは、僕の父さんが作ったんだろう!?なら、凱兄ちゃんじゃなくて、僕のものになるのが筋じゃないか!!ギャレオン!おい!!応えろよッ!!」
護が八翼を広げてギャレオンの頭に飛び乗り、整備のために露出していたそのブラックボックスに触れる。
整備部があわてて止めようと叫ぶが、護は聞く耳も持たない。
「くそっ…おまえも…おまえまで凱兄ちゃんのが強いって言うのかよ!僕だって!僕だってこんなに!皆のために…ずっと頑張って…こんなに強くなって!僕だって勇者じゃないか!ギャレオン!!ギャレオンっ!!」
喉をからした護の叫びは悲痛ですらあった。
やがて、護の指先に応えて、ブラックボックスが光を放ち始める。

「ギャレオン!こいつ…言うことを…聞けーーーーーーッ!!」

格納庫に、目のくらむような緑の閃光と、獅子の咆哮が満ちた。



後編に続く