シネマね!~剣とナゴヤがB級ホラー~p7


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「あ。まって、今気づいた」
 大樹はポツリとつぶやいた。



 なんとか怪人を巻き、大樹は女子トイレの個室に避難していた。
 冷たい洋式便座の上に、用を足すわけでもなく座ってから十分ほど経過していた。
「──いつのまにかターミネーターが十三日の金曜日になってる」


 怪人はホッケーマスクをつけていた。
 ホッケーマスクといえば十三日の金曜日に登場する殺人鬼、ジェイソンだ。
 追われてる現状は変わらないためにちょっと気づくのが遅れてしまった。
「なんでホラーに路線変更したんだろ。
 まあターミネーターも低予算で、ホラーといえばホラーか」
 などと、暇に飽かして映画マニアならではの分析を始める。
 確かにターミネーターは機械の怪人がヒロインをどこまでも追いかけるというあらすじであり、グロテスクなシーンも多少ある。


 一作目に限れば立派にB級ホラーと言えるだろう。


 大樹を狙う組織とやらは低予算ホラーのコスプレが好きなのだろうか?
「気が合いそうだなぁー。仲良くしてくれないかなぁー。
 でもさすがに当事者は勘弁だったなぁー。ういろう食べたい」
 ぶつぶつと呟いていると、女子トイレの扉がギィっと音を立てた。


 ──来た。緩みきっていた神経が急速に緊張する。


 タイル製の床を、足音がペタン、ペタンと近づいてくる。


 三つある個室の一つが開かれる。


 そこには誰も居ない。


 二つ目、同じく。


 三つ目の個室の扉──大樹の居る個室だ──に手がかかる。


 ガチャリッと簡単な鍵がそれを阻害した。


 ――グワシャンッ!! 猛然と扉が殴りつけられる。
「……あーあーあー」
 大樹は泣きたくなった。
 一度で開かないなら、二度、三度。
 それでもだめなら何度も何度も、敵は扉の破壊に勤しんだ。
「うぅぅ。B級ホラーの被害者なら、ここは絶叫するとこ?」
 激しく揺さぶられる扉の向こうで、大樹は泣きべそをかきながら、しかしどこかで「Bホラーファンとしてそれも一興かも」とか考えていた。


 ガシャン! バギ!! バリィィ!!


 そうこうどうでもいいこと考えているうちに、
 耐え切れなくなった鍵が弾け飛び、ジェイソンもどきが大樹の前に現れた。


 傷だらけのホッケーマスクに、くたびれてくすんだ上着とズボン。
 そのコスチュームは確かにジェイソンそっくりなのだが、よく観察すると本物よりも肩幅がずっと華奢で、きれいな長髪と胸部の盛り上がりが見て取れた。
 ターミネーターに続いて、またしても女性が模倣しているようだ。
 彼女は再び鉈を振りかざす。




 その瞬間を、大樹は見逃さなかった。
 大樹は逃走中に鉄製の警棒を拝借し、待ちの一手で機をうかがっていたのだ。



 便器の上に立ち、タッパを稼いだ身長を活かして脳天に一撃を見舞う。

 大嫌いな生家に叩き込まれた古式剣術が、ここで彼女を助けた。
 現代剣道における有段者と同格の実力が大樹にはある。
 敵のよろめきを見極め、小手先を撃って凶器を手放させる。
 大樹は手首を翻して、玄人然とした追撃を仕掛けた。



 が、相手はなんとそれを耐え切り、警棒を掴んだのだ。

「うっそ!?」

 鉄の棒で頭を殴られて無事なんて、どんな頭蓋骨をしているのか。

 だが驚くのはまだ早い。

 綱引きになってはかなわんと、大樹は咄嗟に得物を放棄する。
 武器に固執してしまうのはそれこそ素人の判断と知っていたからだ。

 怪人は警棒を両手に持つと、メキリッとへし折ってしまった。
 ──シャレになってない。
 大樹は化け物とはこういうのを指すと体感した。


 その化け物が拳を振り上げて襲い掛かってきた。


「どおぉぉぉーりゃああああ!!」
 そこに別の影が駆け付ける。
 月明かりの寂光に照らされたその顔は、果たして葵であった。
 手に持つサスマタで相手の脇を捕らえ、壁際まで押さえ込むと、
「またまた危機一髪だったね!」
 っと、得意気な笑みを向けてきた。


「離れて! 早くっ!!」
 大樹は叫んだ。葵は奴の怪力を知らないのだ。
「え、でも離れると逃がしちゃうよ?」
 呆けた表情のまま、カクンと床に転倒する。

 サスマタの柄がLの字に折られてしまったために、対になる先端を握っていた葵は強引に地面に引きずられてしまったのだ。



「ありゃ……」



 葵もこれはヤバいと感じたらしい。
 見上げる形で困った表情をする葵と、拘束から解放され凶器を拾い上げる殺人鬼。


「言わんこっちゃない!」


 大樹はへし折られた警棒を拾うと、そのまま相手に投擲した。
 一瞬発生した隙に葵を立たせて逃走を図る。

 トイレから脱出する二人を、逃がすまいとジェイソンもどきが追う。



「うえーん、助けに来たのにカッコつかなかったよぉ」



 深夜の廊下を走りながら、葵が嘆く。
 ただの棒切れとなったサスマタの柄を未だ大事そうに抱えていた。

「言ってる場合かっ! てかそれ捨てなさいよ!
 ──まって!」

 大樹と葵は目配せし、頷き合う。
 二人は階段めがけてさらにスピードを上げた。
 一段目を下ろうかというそのとき、急ブレーキ、左右に展開する。
「大樹ちゃんッ!」
 大樹は葵から渡された棒の端を掴む。


「「せーのっ」」


 床から数センチの高さに橋渡し、踏ん張る。
 予想外の動きに敵は足を止めることができなかった。



「!?」
 一瞬、マスクの向こうで悲鳴が聞こえた。
 怪人の足は棒切れに引っかかり、転倒、しかしその先は下り階段だ。
 ゴロンゴロンと奈落に堕ちて行くのを、二人は荒い呼吸で見送った。


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