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白い壁で覆われた無機質な室内に、コッチコッチと無情に時間を刻む時計。
腰が冷えそうなパイプ椅子に冷たいデスク。その上にはライト。
背にはブラインドカーテン、正面には小さな扉……次にあそこを潜れるのは果たしていつになるのだろうか?
「オイ、どこ見てるんだ?」
凄みを効かせた声に注目すると、対面している厳ついおっさんが目に入る。
警察署内の取調室だ。
もう一時間ほどこのおっさんとにらめっこをしていた。
「いいかげん、ちゃんと話をしてくれよ。
あのショットガンはどこで手に入れたんだ?
バイクに乗ってた奴との関係は?
そもそも君たちは何をしようとしてたんだ?」
「だーかーらー……」
大樹はがっくしと頭を垂れて、デスクの冷気を感じながら答えた。
「いきなり名古屋駅で襲われたんですって。
女の子に銃を向けられて、腰を抜かしたところで葵に助けてもらったんです。
逃げるのに必死で、後は何も知りません」
アンドロイドって言っても信じねぇだろうしなぁ……。
「じゃあショットガンはどう説明するんだ?」
「それは──、」
──葵がどこかから調達してきました。
「……成り行きで、拾ったんですよ。
あの女の子のモノだったんじゃないんですか?」
「ハァー……」
深い、ふか~いため息。
とても信じてくれているとは思えない。
まあ正直、ごまかしている部分も多いのだから仕方がない。
変な話はするなと葵にも言い含めてある。
頭がおかしい人と認定されたらそれこそ厄介だからだ。
「で、君は本来、上京の途中だったと?」
「そーですよ」
「あの荷物でぇ?」
「荷物の中身は勝手でしょうが」
「まあ、確かに。変なものも入ってなかったしな」
……あー、荷物で思い出ちゃった。
その中にはういろうが入ってるんだよな。
ういろう食べたい。
もう一時間も口にしてない。
ういろう食べたい。
思い出すともうだめだ。
ういろう超食べたい。
「……警察署ってういろう置いてないんですか?」
「ないよ。あるわけないだろ」
「カツどんはあるのに?」
「カツどんもないよ。あれはフィクション」
「カツどんはどうでもいいんです。
ういろうはないんですか?」
「ちょっと君、なに言ってるのかよくわからないぞ」
「ういろー……ろー」
「この子、尿検査したほうがいいんじゃないですか?」
調書をとっている警官となにやら相談をはじめたが、大樹の耳には入らなかった。
そんなことよりういろうください。
コンコンっと扉がノックされる。
入ってきた人物とおっさんが二、三会話をし、入れ替わった。
大樹はぼーっとする頭で、
「嗚呼、この人がういろうを持ってきてくれたんだ。
ふふふ、やさしいなぁー」
などと勝手な妄想を繰り広げていた。
「じゃあここからは僕が話を聞くよ」
そういわれて、やっと大樹の焦点が定まる。
うぉあーいかんいかん、若干あっちの世界に行ってた。
ういろうが枯渇するとすぐこれだ……。
あ。おっさんがお兄さんに代わってる。
いつのまに──ん?
「分かる限りでいいから、なんでもはなしてね」
この人どっかで──大樹はその顔に見覚えがあった。
そうだ。
雰囲気がだいぶ違うが、新幹線のホームにいたお兄ちゃんにそっくりなのだ。
「あの──さっき、名駅のホームにいませんでした?」
「……いや? 今日は名駅に行ってないよ」
「あ……そうですよね」
人違いか。
まああの短い時間に他人の顔なんて覚えられるはずないしな。
……そういえば、あのお兄ちゃんはなんであのとき移動を始めたんだろう。
そっくりな人物を目の当たりにして、さして気にも留めなかった疑問が
ふつふつと沸いてきた。
大樹と同じくらいの時間、新幹線を待っていたのにもかかわらず、突然ホームを降りるなんてことがあるのだろうか?
普通の電車ならともかく、新幹線は別格だろう。
なにか急用が発生したとしても、彼の態度……鼻歌交じりのようすからそうは感じられなかった。
妥当なところで『寒いからやっぱり下で待とう』と判断した、か……?
しかし、その直後にアンドロイド少女が現れたのである。
タイミングが良すぎる気がするが──、
「どうかしたのかい?」
思考に耽る大樹を不審に思ったのか、お兄さんが顔を覗き込んできた。
「あ、いいえ。なんでもないです」
そう取り繕うと、
「そう?
思い出したことがあったら、なんでもいってね」
と優しく声をかけてきてくれた。
さっきの高圧的なおっさんとは打って変わって、好感の持てる男性だった。
ま、そういう取り調べの手法かもしれないけど。
「それにしても、この事件……まるで映画みたいだよね」
お兄さんがそう切り出した。
そりゃあ、激しく同意だ。
「ショットガンで銃撃戦の後にバイクとカーチェイスですからね」
っと、大樹は何度も頷いた。
「ロボット相手に撃ち合いになったんだって?
大変だったねぇ。
……えーっと、あれ?
未来から来たアンドロイドに襲われる映画ってあったよね?」
「〝ターミネーター〟ですね」
「あー、そうそう! それにそっくりだ。
……映画好きなの?」
「人がびっくりするぐらいに」
「ははは。そりゃすごい。
じゃあ、その映画ではこのあとどんな展開になるのか教えてくれるかな?」
「一回目のチェイスの後、サラとカイルが警察に捕まったあとだから……」
大好きな洋画の話を振られてうれしくなり、大樹の舌は円滑になった。
おもわず興奮して熱っぽく語りだしてしまう。
「警察署をターミネーターが襲撃するんですよ。
あの有名な〝アイルビーバック〟って台詞の後、車で突っ込んで来て。
テロリストだーっ! って警察が応戦してもまったく歯が立たずに……」
……あれ?
「ちょっとまって! 私、アンドロイドの話はしてないわ!!」
大樹は遅れて気付いた。
おかしいぞ。
まったく違和感なく話を振られて気が付かなかった。
「なんでその話を……」
そのとき、突然取調室を衝撃が襲った。
警察署内に轟音が響きわたる。
悲鳴と、ガラスの砕ける音と、タイヤの甲高い鳴き声。
〝警察署に車が突っ込んできたのだ〟
部屋の外が騒がしくなる中、彼は相変わらず微笑んでいた。
親切そうな笑みが、一気に不気味なものに感じられた。
「……こうなることがわかってて映画の話をさせたのね」
大樹の質問に、彼はふふんと笑うだけだ。
「オイ、誰かいるか!?」
扉がおもむろに開かれ、刑事と思しき中年男性が顔をのぞかせる。
「テロリストだ、手が足りない! 手伝ってくれ!」
「了解です!」
急に警察官の顔に戻り、彼は立ちあがって退室していく。
……が、去り際に肩をすくめて意味深な笑みを大樹に向けていった。
最終更新:2012年05月19日 20:27