シネマね!~剣とナゴヤがB級ホラー~p2


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 大樹と葵の出会いは、今から一年ほど昔に遡る。

   *

 不吉な霧の立ち込める夜の田舎町を、少女は走っていた。
 流れていく景色を確認する暇は無く、とにかく急いて、急いて、急いて!
 美しかったブロンドヘアーは乱れ、青い瞳には絶望と涙が浮かんでいる。
 パステルピンクのカーディガンにスパッタリングされた鮮血が、
 言葉よりも雄弁に惨劇を物語っていた。
 吐く息が荒い、だが、彼女は止まるわけにはいかない。
 立ち止まれば奴に捕まる。マスクを付けた殺人鬼に!!
 ボーイフレンドのマイクも、友達だったアリスも、ジョークが得意なアレックスも、
 みんなみんな惨たらしく殺されてしまった。
 都市伝説は本当だったのだ。この町に近づいてはいけなかったのだ。
 ……後悔してももう遅い。
 少女はとにかく走る。
 生きるんだ……生き残るんだ!!
 そう強く念じたとき、少女の視界をハイ・ビームが襲った。
「助けてッ!!」──トラクターに向かって少女は叫ぶ。
「メリッサ……メリッサなのか!?」
 トラクターから降りてきた男を見て、少女──メリッサはほっと胸をなでおろした。
 叔父のジェリー・リッピンコットが、メリッサたちを迎えに来たのだ。
「アリスとアレックスと、それからろくでなしのマイクはどうした!?」
「殺されたわっ!! みんなみんな、あいつに殺されたのよっ!!」
「くそったれ! だから俺はここには来るなと言ったんだ!!
 それなのにあいつらときたら……。
 おお、メリッサ、お前だけでも無事でよかった。
 さあこっちに来て、元気な姿を見せてくれ」
 メリッサは叔父の胸に顔をうずめ、嘆いた。
 自分は生き残ることができた。でも彼らは戻ってこない。
 彼らはもう戻ってこないのだ──。
「可哀想なメリッサ……教えてくれ、お前らを襲った奴は、どんな奴だったんだ?」
「恐ろしい大男だったわ……白いマスクをつけて、悪魔のような大がまを振るうの。
 あいつは人間じゃないわっ!! あいつはモンスターよ!!」
「うぅ……ん、そいつは──」

「こんなマスクをしていなかったかい?」

 変身した叔父の顔に、メリッサの瞳が見開く。
「いや……、」
 トラクターの光を受け、巨大な鎌の刃が輝いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 絶叫。
 どさりと膝をつき、メリッサは地面に転がった。
 ──そして、少女の世界は、闇に包まれた。
 ……曲が流れる。
 重いリズムを刻む静かな曲だ。
 低い音から高い音への不協和音を繰り返す、鳥肌が立つような曲だ。
 この惨劇の目撃者達が、この曲を聞くたびに、絶望と恐怖を思い出すよう。
 真夜中の不安を、痛々しい死を、命を脅かされる殺戮を嬉々として好む、そんな愚かな者たちへ送られた、愉快で残酷な贈り物が、今、幕を閉じた。

THE END


   *




「「「ぶらぼおおおおおおお!」」」




 名古屋の片隅にあるオンボロ映画館で、スタンディングオベーションが巻き起こる。
 日本ではあまり見ない光景だが、この劇場では良作名作には惜しみない拍手を送るのが美徳とされていた。もともと、オーナーが道楽で始めた映画ファンによる映画ファンのための劇場なので、ほかでは絶対許されない上映中の爆笑、絶叫もOK、ワイワイ楽しみましょうという勝手気ままなスタイルのである。


 連日そういった調子で、営利度外視、好きな人間ぐらいしか到底見ないようなコアな作品を上映していた。そしてそれを大喜びする、ディープな映画ファンによって、場内は今日も満たされていた。

 そんな映画ファンの中に一人の女の子が居る。

「嗚呼、なんてすばらしいの……」

 ゆっくりと照明に光を灯す劇場内で感極まった声を上げていた。
 感動しすぎて両腕で自分を抱きしめ、くねくねしながら恍惚としている。



 変な子だ。



 この映画館で上映される作品のほとんどは、日本では市民権を得ているとは言い難い代物ばかりで、したがってそのファンも変わり者ぞろいといって過言ではない。



 が、その中でもずば抜けて変な子だ。



 艶のある黒髪のストレートヘアに、服装は紺色の標準的なセーラー服。
 丸い瞳はまるで想いの異性を眺めているかのようにきらきらと輝き、
 白い素肌の頬は興奮と歓喜で朱色を孕んでいた。
 大樹だ。
 このときはまだ十七歳、花の女子高生だった。


 彼女が下校中に寄り道してまで見ていたのは、自分が生まれるちょっと前ほどに製作された、低予算のショッキング映画……俗に〝B級ホラー〟と呼ばれる類の作品である。
 そう、
 いきなり背後から鉈で頭をぐしゃぁッ!
 ……とか、
 扉を突き破って斧で下腹をどしゃぁッ!!
 ……とか、
 チェーンソーを振り回して腕やら足やらをぎゃいぃいぃぃいーッ! ブシューッ!!
 ……といった、エグイ映像で心臓に悪い、視聴する人間が悪ければショック死なんてこともありえるようなスプラッターホラーをキラキラしながら楽しんでいたのだ。
「やっぱりフィルムよ劇場よっ。DVDなんかと迫力が違うっ! まず音響が違う!!」
 外国の話とはいえ女子高生が殺害される映画をみて大喜びする女子高生なのだから、もはや変を通り越してちょっとオカシイ。
 もっとも、大樹は『流血が好き』とか『肉塊を愛してる』だの『弾け飛ぶ脳天ラブ』、とかいう単にイカれた映像そのものの愛好家というわけではない。
 彼女がこよなく愛しているのは映画というコンテンツそのものであり、そして、
「殺人鬼目線のカメラワークと、スリルを促すサウンド……あの胸から刃物が貫通する特撮はもはや芸術だわ!!」
 彼女にとっては背筋が凍る残虐シーンでさえ、いやむしろそれが効果的であれば効果的であるほど、志向の芸術なのである。


 この感動を誰かに伝えたくてしょうがないのだが、いかんせん彼女の趣味についてこれる知人は居なかった。
 友人を誘えば速攻で逃げられるし、信心深い親や親せきは眉をひそめる。
 中学卒業時に告白してきた勇気ある男子との初デートでは、彼が劇場内で嘔吐し、以来音信不通になってしまった。
(そしてこのエピソードは彼女の趣味の異常さを物語るちょっとした伝説になった)



 ……わかってもらえないもんなんだよなぁ。



 一通り震え終わってクールダウンしてきた後、大樹はため息をついた。
 名もない監督が、ハリウッドで昇り詰めようとするときにあるジャンルを利用する。
 それがホラーだ。
 上映中の悲鳴がマナー違反とされないアメリカでは、
 この恐怖作品は日本よりずっとポピュラーで、
 安価で集客するのに安全なジャンルなのである。
 そう! B級ホラーとは、無名の監督が低予算で、知恵を振り絞って製作する作品であり、だからこそ後世に名前の残るタイトルはまさしく近年の映画の原点!!



 B級ホラーとは! 洋画の真髄なのっだーッ!!



 ……などと拳を振り上げてみたところでエグイ映像はエグイもんであるからにして。
 というかそれが作品本来の価値というジレンマがありまして。
 ──かくして須藤大樹、本日も一人で寂しく感動にうち震えているのであります。


 まあしょうがない。自分がちょっと変だってことぐらい自覚があるさ。
 自虐気味に苦笑いをして、大樹は大好物のういろうを口にほうりこむ。
 今日は抹茶味な気分だ。
 もっきゅもきゅ……うまい。

「……っく」

 いい作品を見た後は特に……もっきゅ……おいしいなぁ。

「……ひっく……ひっく……」

 もっきゅ……しかしういろうは何故こんなに美味なのか。
 うっかり求愛してしまいそうになるくらいうまい。
 いや、食すとはつまり身も心も一緒にとイコールなのではないだろうか?
 このういろうはやがて私の血となり肉となり一心同体になるのだ。
 すごいぞ、ういろうから哲学が生まれた!
 ふつつか者ではございますがどうぞよろしくお願いいたします。
 ……などと念じてみたり。
 やっぱりここでも変な子全開の大樹だった。
 もっきゅもっきゅ。

「っく……ふぇ……ひっく……」

「ん?」
 後部座席から嗚咽らしきものが聞こえる。
 振り返ると、少女が座席にうずくまりプルプルと震えている。
 映画の感動とういろうの愛おしさで気がつかなかった。
 気分でも悪いのだろうか?
 ……スプラッタの中でも屈指のキッツイ映画だったしなぁ。
 見たところ連れも居なさそうだったので、
「ちょっとあなた、大丈夫?」
 と、大樹は声をかけた。




 それが起爆スイッチとなってしまったのだ。




 大樹の声に反応して顔をあげた少女、そして、
「び……っ!!」
「び?」





「びえぇぇぇぇぇぇぇ────────────────ッ!!」





 少女は泣いた。
 ずいぶん堪えていたらしく、泣き叫んだ。
 ドルビーデジタルサラウンド音響も真っ青の音質と大音量で、ぐわんぐわん泣いた。
「ひぃぃぃッ!!」
 殺人鬼が女子高生をめった刺しにしても恐怖しなかった大樹が、ここではじめて悲鳴を上げた。それほどすさまじい絶叫だったのだ。


「えぇぇう、こわいよぉ、こわいよぉッ!!
 刺されたよッ!! 血飛沫が飛んでたよッ!! 首が取れたよッ!!
 おなかからな、な、……なにかがこぼれてたよぉぉぉ────ッ!!
 うえぇぇぇ────────────────んッ!!」


 何事かと場内がざわつく。
 大樹と少女のワンセットで好奇の視線が集まってきた。
「だ、大丈夫ですから! 映画にびっくりしただけですから!!
 ほ、ほら、あなたっ!! あれはフィクション!!
 飛んでった首は作り物だし、お腹から飛び出した内蔵なんてヤギの腸なのよ!」
「ヤギさんのちょ────ッ!?
 メェェェェェェェェ────────ッ!!」
「しまった、逆効果だッ!! めーってなんだ!?」


 気にかけてしまったばっかりに、名前も知らない少女の世話を焼くことになってしまった。多少童顔だが、みたところ自分と大して変わらない年齢だろうに、彼女は走って転んだ童女のようにわんわん泣き続けた。


「もぉ、いいかげん泣き止んでよ……っ!!」
 対応しきれず、後ろの座席列に乗り込み、傍に寄る。
「ほら……もう映画終わったから」
 ガシッ!!
 少女の腕が大樹の胴をがっしりホールド!
「おぉう……っ!?」
 そして顔面をうずめて号泣を続行した。
「うえぇぇん……えぇぇ……ん」
 そうして数分後。
 まるで妹がお姉ちゃんに甘えるように、少女は大樹の体で泣いていたが、少し安心したのか勢いは徐々に衰えていく。やがて最初の嗚咽と同じものに収束していった。


「っく……っく……」
「あー。よしよし……」


 おもわず頭を撫でてしまう。
 保護者だったらこういうとき、飴かなにかであやすものなのだろうか?
 あいにくと、そんなものを都合よく携帯などしていなかった。
 あー、いや、……それっぽいものがないこともないか。
「ういろう、食べる?」
「……ふぇ?」
 少女は泣きはらした瞳でこちらを見上げた。

 鼻水がセーラー服にびちゃーっ。うぇー……。

「うい……ろー?」
「うん。感動的にうまいゾ?」
 カバンからういろうを取り出し、少女に与え、自分も隣の席に落ち着いて食べる。
 もっきゅもっきゅもっきゅ。
「おいしい?」
「……うんっ!!」



 それが柳田葵(やなぎだあおい)、大樹にとってわりと深い付き合いになる少女との出会いだった。



 それから後。
 泣くほどホラーが怖いくせに、大樹が映画館に向かうと決まって彼女が居て、おいおいと泣いた。そのたびに大樹が慰めなくてはならなかった。
 そのうち二人は一緒に映画を観るようになった。
 いろんな映画を見ては、大樹は熱く語り、葵は意味もわからないだろうに大喜びでそのうんちくをきいた。

 大樹と葵の一年は、そうやって過ぎていった。
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【劇中劇「死霊の大鎌」著作:アンダーソン・ノスリー=ディナ
 翻訳:中野加奈】