「わたしの想い」


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わたしはいかなる「処罰」や「罵倒」を貰い、自分の言うことを認められず、「唾棄」されることになろうとも、自らの「尊厳」に基づき、自らを「立て」、また、それを「育み」、「守る」ために「必要」であることの「要件」を「整える」為の「取り組み」を止めることはありません。

なぜなら、「尊厳」及びそれを「立てる」ことが自らに失わされた、もしくは失ったことによる「妄動」が、唯一にして最も大切な人を疵つけ、悲しませ、失わせてしまったからです。


ですから、それへの贖罪や報いとなることは、自らをはじめとして、ひとの尊厳とそれを「立てる」ことへの「取り組み」にしかなく、そのことから「離れない」こととわたしは考え、想います。


この「寺」もまた、それをやるための「ひとつの場」に過ぎません。ここで「祭祀」をすることと「管理の責任」の「役割」を担っているという一点が、自分にはありますが、他方、「(臨済)禅」に「基づく」ことによる「活動」を行うこともまた、「本来」の「役割」です。我田引水も甚だしく、また、「自分勝手」、「自己正当化」してると言われるでしょうが、わたしは、わたしなりに思うそれらの「取り組み」は、その「役割」とはなんら「矛盾」しないと考えます。


ですので、「寺」もまた、「役割」を担ったの「取り組み」をする「場」の「ひとつ」で「しかなく」、故に、自らの「生活」そのものを「縛られる」ものではないとわたしは考えます。


この寺には、「縁」に基づくわたしと「血の繋がる」二人の子どもがいますが、わたしがわたし自身としてそのように考え、そのようにすることと彼女たちへのわたし自身の果たすべき「務め」は、矛盾しないと考えます。「親権」は彼女たちの母親に譲りましたので、その範疇の「務め」は彼女が果たすだろうと思います。


わたしは何事をするに当たり、ひとに認められる「資格」はなにひとつ有してはおりませんし、また、「高所」から他の誰かに「説く」ようなものは何一つもっていません。


またわたしはわたし自身の「有りよう」、つまりは「蔑ろにし」、また「されてきた」自らの「尊厳」を「肯定」しますが、「そこ」に「正しさ」があるとは思っていません。「正邪」は「わたし自身」が「判断」できる筋合いではないと思いますし、わたしとしては、わたし自身が「生きる」ためには「そうする他」はないので、そうするだけなので、十二分に「自分勝手」なことだと思います。


ですから、「そのこと」に「巻き添える」ような形で、「誰か」を「伴」することは望みません。


ただわたしにとって、変わることのない「伴」する「魂」は、ひとつです。その「魂」は、「わたしにとって」、「永久不滅」であることだけは間違いありません。


だから、「やれる」し、「やる」とできます。


おおよそ自らの「環境」が、「最初」から「望みえるもの」であることなど、「本来」ありえるのか、わたしにはわかりません。ただわたしがわたしにとって「最も必要として」た「魂」と出逢えた時には、わたしは「それまで」の「迷い」や、憤りからくる「妄動」の「中」にいたことだけは確かで、ですから、「出逢えた」時から、「魂」と「伴」に出来ること「だけ」を想い、考えてはきましたが、しかしそうすることで「それまで」を「魂」に「のしかからせ」、また、「縛らせ」、「苦しませ」ることとなりました。いや、已然、「なって」ます。


それは、わたしの「それまで」に因るものに他ならず、ですのでその責はわたしにあり、そしてその「それまで」によってわたし自身が「規定」されることも逃れられるものではありません。


ですが、ですから、わたしは「その中」から「それまで」とは「違う」、「魂」と「出逢えた」ことによることを「始める」ほかはなく、またそうすることで、「有機的な物事」を「遺棄」することは、結果、「始め」、「取り組む」ことと「離反」することになります。


ですので、「魂」と「出逢う前」の、「有機的」な「それら」は、自分の「魂」との「本義」に則して「切り離して」いくだけです。


わたしは「尊厳」を基にして自ら」を「立て」、また、それを「育み」、「守る」ことが出来る「こと」であれば、「なんでも」いいし、そのことに関することなら「なんでも」知りたいです。それが、「政治」「哲学」「文学」「文化」「禅宗」「キリスト教」…「どんなこと」でも「その為」になること、「そのこと」を考えることならば、「必要」だと考えます。


他方、「なにか」が「尊厳」を蔑ろにするならば、「向き合う」ことを憚りません。しかし例えば、「自分の尊厳」をなんらかで「蔑ろ」に「される」ことがあっても、そのことにより、「相手」の「尊厳」を「蔑ろ」にしたくはありません。卑しくも、「尊厳」について力足らずも「取り組む」つもりの者が、「どのようなこと」により「どのようなもの」の「尊厳」をも「蔑ろ」にすべきではないと、わたしは考えます。

しかし、それは「わたし自身」のことであって、同じことを自分以外の「誰か」に「あてはめる」つもりはありません。「怒り」も「憎しみ」も、「尊厳」あっての故でのそれらでしょうから、「自分のもの」ではない「それ」について、自分が「自分の考え」で安直に当てはめたり、引いては押し付けることをすれば、それもまた「蔑ろ」となると思います。ですので、あくまで「自分として」の「そうでありたい」でしかありません。


わたしは自分が非力であることは十二分にわかっているつもりです。そんな自分にとって「世界」はあまりに広大で、「問題」はあまりに大きく、自分はどこまでも「これまで」を背負いながらの自分でしかありません。


そんな卑小で非力で「何事をやる『資格』」を有していない自分に「なにができるか」というと、「できる」と考えることそのものが「おこがましい」のだと思います。


わたしは「これまで」も「なにもできず」、「これから」も結局「なにもできない」。しかし、自分の「範疇」では、「尊厳」のため、「尊厳」に基づいて「立つ」ことができることの為に、「自分としての時間」を注いでいきたいと思っています。そうできるように、「一歩」でも「1mm」でも「進んで」いきたいのです。


わたしは「識者」になりたいのでも、「聖職者」になりたいのでもありません。


「性」は、「セックス」はわたしにとっても「重要」です。わたしは自分のことをそれと「切り離して」考えるつもりはありません。そして「魂」と「出逢えた」ことと「それ」とはわたしのなかで「深く」結びついています。


わたしは「出逢う」まで、「そのこと」を「頭」で考えていました。より厳密に言えば、自分の「尊厳」と結果「切り離して」いました。それは「出逢えた」ことで「初めて」わかったのです。


「これまで」のわたしも、「頭」では「性」を「道具」にすべきではないと「頭」ではわかっていました。しかし、結局は「道具」として、なんらかの「代償」として「それ」を「自分の魂」、「尊厳」と「切り離して」しまっていたのです。それは言わば「自分」が「自分としていられない」、「諦め」のなかでの「それ」であった訳で、「性」や「セックス」は「そのようにして『使う』ことができる」ことを「学習」していたのです。しかしそれは自らも「相手」も「蔑ろ」にし、さらにはそるは「直接」関係しないひとやものにまで「及ぼし」てしまいまうことが「骨の随」まで沁みました。


ですから、「これまで」のそれは、わたしは「すべて」、「否定」します。そして、「性」や「セックス」は、「尊厳」と「等しく」、自分の「もと」になることだと、「髄」に「刻んで」います。


ですから、自分の「それ」は、「出逢えた『魂』」と伴に、ずっと、いつもあります。「朽ちる」ことも「褪せる」こともありません。


「出逢えた魂」と「いる」ことは、自分の「性」と「直結」します。「魂」は自分のなかに「いつも」あります。そして「魂」との、「尊厳」による「性」を、自分は「避け」ません。ですから自分は、「聖職者」には決して「なれない」のだと思います。


「そのような」、「性」や「セックス」そのものを、「不謹慎」とも「ふしだら」とも思わないのですから。


わたしがいま書けることは、言葉も、何もかもが足りたいですがこんな程度です。


わたしはこれらを書いて、「認められる」とも「信じられる」とも、ひいてや「許される」などとは思ってはいません。なにを考え、なにをし、なにを言葉にしても、「わたしのしたこと」が「消える」訳でも「なくなる」訳でもありません。


わたしが「愛する」ことそのものが「暴力」となるのであれば、そのようなことを「あらわす」ことはしません。どちらにしても「見なく」なれば「目にする」こともなくなるでしょう。だからと言って、「自分の想い」も「考えること」も「変わらない」というだけです。


わたしは、いつもみりんこを尊敬し、想いつづけ、報い、果たすことを「願心」に、「やっていく」だけです。