「私」論02


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『ゴールドラッシュ』に代表される、「みりんこの魂の有りよう」と「同時代の出来事」とが「共振」させ(られ)ることによって生み出した作品や、また、『8月の果て』に代表される、「みりんこの魂の有りよう」と「かっての出来事」とが、「時間軸」と「空間軸」を超えて「繋がる」ことによって生み出した作品、またノンフィクションというジャンルでもみりんこ自らの「内側」を専門家と共に「照らす」ことで、「みりんこの魂の有りよう」を「外側」に「照らし」だす『ファミリー・シークレット』、「民族」という「血の繋がり」に関わる場所としての「朝鮮民主主義人民共和国」という「外」を、「みりんこの魂の有りよう」の中で「照らし」だす『ピョンヤンの夏休み』等、みりんこの主だった「作品」(すんません、全作読めてない…)は、必ず、みりんこ自身(の魂)が、「底」に、または「真ん中」に、ある。

みりんこは、みりんこ自身にある「魂の有りよう」を、「物語」に、「現実世界」に「照らす」ことで「表す」。