自衛隊戦略研究所


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【自衛隊戦略研究所】
企業としての歴史は冷戦にまで遡り、軌道エレベータ建設企業連合体の一員として建設に携わった企業(当時の企業名は不明)が基になっている。その後、組織は再編され、自衛隊戦略研究所と改名された。
内田内閣の設立に伴い自衛隊の諮問機関として日本政府に自社株の大半を買収された後、公社として半官半民の企業となり戦略戦術研究所に改名。地球連邦政府に軍事支出、戦略、兵器の将来的展開等の助言をし、地球連邦政府(地球連邦軍ではなく)の信頼を得ている。

後に自衛隊の戦略兵器研究分野で発展を見せる一方、軍需技術・機器の民間への払い下げの業務も行っていた。その主な顧客であった事と、前身企業時代の関係からラグハルカンパニーとの結びつきが強く、自衛隊の内部組織でありながら中立性を保つ為、戦術機動兵器の開発には関与してこなかった。

その後はラグハルカンパニーと陸一特別生産契約を結び、兵員輸送用ジプァースである陸一輸送型を開発し、同機が自衛隊の特殊部隊に配備されている。

自衛隊戦略研究所の軍諮問機関部門が軍事費の肥大化に喘ぐ自衛隊に対し、ジプァースの小型化を提言する。当時のジプァースは高性能化に伴いサイズが巨大化する一方であり、それによりジプァースを運用・維持する為の母艦やメンテナンス設備なども改修・新造する必要が生じており、軍事費を増大させる要因となっていた。

しかし、軍事兵器の主力開発メーカーであるラグハルカンパニーは軍事費の高騰によって利潤を得ていた面があり、小型ジプァースの開発には消極的であった。しかし、自衛隊からの再三の要求により、発注から5年の開発期間を経てようやく完成させたラグハルカンパニー製ジプァースが陸三改であったが、その性能は当初の目標水準を満たしていなかった。ラグハルカンパニーは軍事費削減による減収を避ける為、陸三改がジプァース小型化の技術的限界であると臭わせる事により、現状維持となるように働きかけた。

一方で自衛隊戦略研究所が小型ジプァース開発を提案した背景には、日本政府の軍事費削減によって生じる余剰予算を自身の主分野である軌道エレベータ再建計画、新型宇宙ステーションの研究・開発費用に回してもらう狙いがあった。つまりジプァース小型化計画案はラグハルカンパニーと結び付きの強い自衛隊戦略研究所にとっては一石二鳥の案であり、有益な計画であった。そして何より日本政府にとっては軍事費削減を推進できる喜ばしい案であり、三者が有益となる計画であった。