ID:4JfYSoE0氏:今日は何の日

「ちょっと! 今の話聞いてた?」
「ああ、うん。もちろん」

睨みつけてくるかがみに、私は適当に返事をしてウインナーを口に運んだ。
本当は今日放送するアニメの内容を想像していて、まったく聞いていなかった。
しかし、正直に話してもかがみは怒ることだろう。
もちろん、後で嘘がばれてしまえば怒られるのだが、問題なく終わる可能性もゼロではない。
ならば! その可能性がどれだけゼロに近くても、あとは勇気で補えばいい!!
私は最近見たアニメから学んだことを思い返しながら、そんなことを考えた。

「本当に聞いてたんでしょうね……まあいいや。そういうわけだから、留守にしないでよ?」
「もちろん。引きこもり予備軍として、自宅警備に精を出すから安心してよ」

ふう。今回は誤魔化せたみたいだ。
だけど、留守にするなってなんだろう?
今日は何の日?ふっふー。ああ、そうか。私の誕生日じゃん。
それで、家で待機してろと。誕生祝いかー。ちょっと期待しちゃうな。
というか、何人で来るんだろう?
かがみと、つかさ? あとは、みゆきさんもかな。
ケーキとか買って来てくれるんだろうか。
そういえば、帰り道にある洋菓子店のサービス券持ってるんだよね。どうせだから、使ってもらおうか。

「かがみ。これあげる」
「何それ? 1000円以上お買い上げの方にプリン1個プレゼント?」
「そうそう。期限切れまでにはだいぶあるけど、折角だから」
「よくわからないけど、その店に行く用事は無いから遠慮しとく。ダイエット中だから自分では使わないし」

ありゃ? あの店で買ってくるんじゃないのか。この近くでは一番おいしい店なのにね。
別の場所で買うのかな。それとも手作り?
あー、つかさの手作りって可能性は高いよね。
いや、ここはあえてかがみが?
料理が苦手だった少女が、友人の誕生祝いのために、妹に助けを請いながらケーキを焼く。
姉としてのプライドが邪魔をしながらも、友人に喜んでもらいたくて努力をする。
悪くない。むしろ、いい。いいよ!?
でも、待てよ?
こういう時にあんまり目立つことはしないけれど、みゆきさんはどうなんだろう。
調理実習で料理の腕前は見たけれど、勉強やスポーツと同じようによく出来ていた。
さすがに、つかさには手際の良さで負けているようだったけど、それでも十分な技術だった。
まさにパーフェクト。完璧超人。一人だけでも二千万パワーズ。

「卑怯だ! 天は二物を与えずとか言うけど、3つも4つも与えてるじゃん!」

叫んでから周りを見ると、すでに授業は始まっていた。いや、終わったところ?
売店や食堂に向かって勢いよく走り出す男子生徒がいて、机を寄せ合って固まるグループもある。
あれ?
私達って、昼ごはんを食べている最中じゃなかったっけ?
うん。間違いないよ。今日は久しぶりにお弁当を作ったんだよ。
たまには年上としての威厳というものを発揮しようと、ゆーちゃんの分も作ったんだよ。
それで、そのお弁当は? 鞄の中に入れてある? ……中に誰もいませんよ。

「泉さん。どうかしたんですか?」
「ううん。夢でも見てたのかな。なんか、変なんだよね」
「あんたが変なのは、いつもでしょ」
「あ、かがみ。……あのさ、さっき留守にするなとか、そんな話をしてなかった?」

いや、そんな眉をひそめられても困るよ。
お前は何を言っているんだ、なんて顔をしてないで答えてよ。

「留守にするなって言ったのは昨日でしょ。そうだ。あんた家に居なかったけど、どこ行ってたのよ?」
「どこと言われても……」
「おばさんに訊いても帰ってないと言われて、帰り道で事故にあったんじゃないかと心配だったんだよ?」
「つかさストップ。誰に訊いたって?」
「だから、おばさん。こなちゃんのお母さんにだよ」

なにそれ。つかさ、それは本気で言ってるの?
私だって、その手の話は冗談でも怒るよ?
っと、電話? 私の携帯か。もしもし?
……ゆーちゃん? お弁当を忘れて行った、うん、そうだけど。
届けるって、じゃあ、なんで朝に教えてくれなかったのさ。
いや、怒ってるわけじゃないから、謝らなくていいよ。不思議なだけだから。
うん。届けてくれるんだね。わかった。待ってるから。じゃあね

「えっと、話が中断されちゃったんだけど……」
「そういえば疑問に思ったんだけどさ。こなたって、なんで『ゆーちゃん』なんて呼び方をしてるの?」
「なんでと言われてもね。呼び捨てにするのは気が引けるし、ゆたかちゃんっていうのも変じゃん?」
「だからさー、そういう特殊な呼び方じゃなくって――」

ん?
お母さん?
誰が、誰の?
ゆーちゃんが? 私のお母さん?
またまた、ご冗談を。あれれ、でも、記憶はちゃんとあるな。
本当にゆーちゃんがお母さんなんだ。むーん。むーん。むーん。む-ん。むーん?むーん!
ああっ、そんな可哀想な人を見るような目で見ないでよ、かがみ。
おかしいな。誕生日だっていうのに、どうしてこんな理不尽なトラブルに。

「みゆきさん。ええっと、今日は何の日でしょうか?」
「呉服の日ですね。呉服と言うのは」
「ごめん。すこし待ってね。呉服、ごふく、529。なるほど把握。謎は全て解けた。今日は五月二十九日!」
「なんで当たり前のことを、まるで名探偵の推理のように言うのよ?」

ツンデレは無視無視。そっか、二十九日か。
くっそー、私の誕生日だったはずなのに、なんで一日経ってるんだろう。
しかも、家族関係が改変されてるし。
あれか。思い出は改竄される、記憶は捏造されるってやつか。
でも、これって現在の時間だよね。なんで、こんなおかしな事になっているんだろう。
もしかして夢の中?
私、いつの間にか眠っていた?
これが夢かどうかを確かめる方法といったら、一つしかないよね。

「かがみ、私を殴ってくれ!」
「はあ?」
「殴ってくれなければ、私はかがみと抱擁する資格さえない!」
「走れメロスですね。こういうネタならば、私にもわかります」
「ゆきちゃん。そんな事より止めようよ」
「よ、よくわかんないけど、全力でいくわよ?」

えっ? 全力全開?
そこまでは希望していないんだけど……ぐはっ!
うう、なんだろう。この感じは。痛いんだけど、それだけじゃない。
なんだか、目覚めるパワーというか、新しい自分にワープ進化するような。

「ふふふ、ぶったね。二度もぶった」
「いやいや、一発しか殴ってないから」
「親父にもぶたれた事無いのに! かがみなんか、紐なしバンジーにでも挑戦すればいいんですぞ!」
「お姉ちゃん……やりすぎ。こなちゃんがガチャピンの仲間みたいになっちゃったよ」
「つかささん。それはムックですぞ。いえ、ムックですよ」
「わ、私は悪くないわよ。間違っていたのは、世界のほうよ!」

そうだ。この世界は間違っている。
かがみに言われて、私は気づいた。
お母さんが生きている……それは喜ばしいことなんだと思う。
お母さんが生きていたら、母の日が苦痛にはならなかったはずだ。
というか、こっちの私の記憶では、それらは楽しい思い出になっている。
お父さんも、もっと気軽に『お父さん』として過ごしたはずで、今よりずっと情けなかったと思う。
……うん。これはちょっと、あっちの世界よりも悪い点かも。
休みの日には家族で出かけて、あとは、そうそう、私はオタクにならなかったかも知れない。
オタクにならない? オタクじゃなかったら、部屋にゲキガンガーのプラモなんか置いてあるはずないよね。
どう見てもオタクです。本当にありがとうございました。
まあ、とにかくこの世界の私は幸せだった。
だけど、両親が揃っていることがどんなに嬉しいと思えても、この夢は選べない。
私は『かなた』という人について、お父さんの話でしか知らない。
抱き上げられた記憶もなくて、ほとんど赤の他人と言っても差し支えないくらいだ。
それでも、お母さんが私のお母さんで良かったと思っている。
お母さんが死んでしまった事も、お母さんとの思い出が無いことも、それ以外の嫌な思い出も全部。
どんなに辛いことや不幸だと言われる出来事があったとしても、それら全部を含めて『私』なんだ。
別にゆーちゃんがお母さんになっても構わないけれど、私にばっかり都合のいい世界は納得できない。
お母さんが居ないという欠落も、今の私やお父さんが存在するための重要な出来事だったんだ。
それに、お父さんの語るお母さん像は話半分にしか聴いていないけど、私を愛してくれた事だけは本当のはず。
その幸せさえあれば十分だ。向こうにだって、アニメはあるしね。
こっちの世界に慣れれば、何の苦しみも無い、幸せな少女になれるのかもしれない。
でも、忘れたい嫌な記憶があっても、理不尽な事ばかりの世界でちゃんと生きて、そこで幸せにならないと。
ま、この手の理想的な世界ってやつからの帰還は王道でもあるから、きちんと帰ろう。

そのためにも、私はこの夢をぶっ壊す。
――泉こなたが命じる。この夢は、もう終われ。



なんてね。


「ほらっ。早く火を吹き消しなさいよ。ロウソクの溶けた部分がケーキに垂れてくるわよ?」
「え? ああ、うん」
「先程からずっと炎を見つめていますが……どうかしたんですか?」
「うんん。なんでもないよ。ただ、部屋が一瞬でも真っ暗になるのが怖くてね」

せっかく元の世界に戻ってきたのに、暗転したらまた変なことが起こりそうだから。
そう言いたかったけれど、かがみに馬鹿にされそうだからやめておく。
そっちは言わないけれど、火を消す前に念のため、ちょっと確認をしておこう。

「今日は何の日だっけ?」
「あんたね。これだけ自分のために用意されたパーティなのに、今更なにを言ってるのよ」
「今日は泉さんの誕生日ですよ」
「うん。あっ、そうだ。火を消す前に歌おうか。お祝いの歌」
「そうですね。少し気恥ずかしいですが、一年に一度のことですから」

はっぴばーすでー、とぅーゆー。はっぴばーすでー、とぅーゆー。
はっぴーばすーでー、でぃあ、こーなーた。はっぴーばーすでー、とぅーゆー。

「泉さん」「こなちゃん」「こなた」

『誕生日おめでとう!!!』
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。