「ちょっと! 今の話聞いてた?」
「ああ、うん。もちろん」
睨みつけてくるかがみに、私は適当に返事をしてウインナーを口に運んだ。
本当は今日放送するアニメの内容を想像していて、まったく聞いていなかった。
しかし、正直に話してもかがみは怒ることだろう。
もちろん、後で嘘がばれてしまえば怒られるのだが、問題なく終わる可能性もゼロではない。
ならば! その可能性がどれだけゼロに近くても、あとは勇気で補えばいい!!
私は最近見たアニメから学んだことを思い返しながら、そんなことを考えた。
「本当に聞いてたんでしょうね……まあいいや。そういうわけだから、留守にしないでよ?」
「もちろん。引きこもり予備軍として、自宅警備に精を出すから安心してよ」
ふう。今回は誤魔化せたみたいだ。
だけど、留守にするなってなんだろう?
今日は何の日?ふっふー。ああ、そうか。私の誕生日じゃん。
それで、家で待機してろと。誕生祝いかー。ちょっと期待しちゃうな。
というか、何人で来るんだろう?
かがみと、つかさ? あとは、みゆきさんもかな。
ケーキとか買って来てくれるんだろうか。
そういえば、帰り道にある洋菓子店のサービス券持ってるんだよね。どうせだから、使ってもらおうか。
「かがみ。これあげる」
「何それ? 1000円以上お買い上げの方にプリン1個プレゼント?」
「そうそう。期限切れまでにはだいぶあるけど、折角だから」
「よくわからないけど、その店に行く用事は無いから遠慮しとく。ダイエット中だから自分では使わないし」
ありゃ? あの店で買ってくるんじゃないのか。この近くでは一番おいしい店なのにね。
別の場所で買うのかな。それとも手作り?
あー、つかさの手作りって可能性は高いよね。
いや、ここはあえてかがみが?
料理が苦手だった少女が、友人の誕生祝いのために、妹に助けを請いながらケーキを焼く。
姉としてのプライドが邪魔をしながらも、友人に喜んでもらいたくて努力をする。
悪くない。むしろ、いい。いいよ!?
でも、待てよ?
こういう時にあんまり目立つことはしないけれど、みゆきさんはどうなんだろう。
調理実習で料理の腕前は見たけれど、勉強やスポーツと同じようによく出来ていた。
さすがに、つかさには手際の良さで負けているようだったけど、それでも十分な技術だった。
まさにパーフェクト。完璧超人。一人だけでも二千万パワーズ。
「卑怯だ! 天は二物を与えずとか言うけど、3つも4つも与えてるじゃん!」
叫んでから周りを見ると、すでに授業は始まっていた。いや、終わったところ?
売店や食堂に向かって勢いよく走り出す男子生徒がいて、机を寄せ合って固まるグループもある。
あれ?
私達って、昼ごはんを食べている最中じゃなかったっけ?
うん。間違いないよ。今日は久しぶりにお弁当を作ったんだよ。
たまには年上としての威厳というものを発揮しようと、ゆーちゃんの分も作ったんだよ。
それで、そのお弁当は? 鞄の中に入れてある? ……中に誰もいませんよ。
「泉さん。どうかしたんですか?」
「ううん。夢でも見てたのかな。なんか、変なんだよね」
「あんたが変なのは、いつもでしょ」
「あ、かがみ。……あのさ、さっき留守にするなとか、そんな話をしてなかった?」
いや、そんな眉をひそめられても困るよ。
お前は何を言っているんだ、なんて顔をしてないで答えてよ。
「留守にするなって言ったのは昨日でしょ。そうだ。あんた家に居なかったけど、どこ行ってたのよ?」
「どこと言われても……」
「おばさんに訊いても帰ってないと言われて、帰り道で事故にあったんじゃないかと心配だったんだよ?」
「つかさストップ。誰に訊いたって?」
「だから、おばさん。こなちゃんのお母さんにだよ」
なにそれ。つかさ、それは本気で言ってるの?
私だって、その手の話は冗談でも怒るよ?
っと、電話? 私の携帯か。もしもし?
……ゆーちゃん? お弁当を忘れて行った、うん、そうだけど。
届けるって、じゃあ、なんで朝に教えてくれなかったのさ。
いや、怒ってるわけじゃないから、謝らなくていいよ。不思議なだけだから。
うん。届けてくれるんだね。わかった。待ってるから。じゃあね
「えっと、話が中断されちゃったんだけど……」
「そういえば疑問に思ったんだけどさ。こなたって、なんで『ゆーちゃん』なんて呼び方をしてるの?」
「なんでと言われてもね。呼び捨てにするのは気が引けるし、ゆたかちゃんっていうのも変じゃん?」
「だからさー、そういう特殊な呼び方じゃなくって――」
ん?
お母さん?
誰が、誰の?
ゆーちゃんが? 私のお母さん?
またまた、ご冗談を。あれれ、でも、記憶はちゃんとあるな。
本当にゆーちゃんがお母さんなんだ。むーん。むーん。むーん。む-ん。むーん?むーん!
ああっ、そんな可哀想な人を見るような目で見ないでよ、かがみ。
おかしいな。誕生日だっていうのに、どうしてこんな理不尽なトラブルに。
「みゆきさん。ええっと、今日は何の日でしょうか?」
「呉服の日ですね。呉服と言うのは」
「ごめん。すこし待ってね。呉服、ごふく、529。なるほど把握。謎は全て解けた。今日は五月二十九日!」
「なんで当たり前のことを、まるで名探偵の推理のように言うのよ?」
ツンデレは無視無視。そっか、二十九日か。
くっそー、私の誕生日だったはずなのに、なんで一日経ってるんだろう。
しかも、家族関係が改変されてるし。
あれか。思い出は改竄される、記憶は捏造されるってやつか。
でも、これって現在の時間だよね。なんで、こんなおかしな事になっているんだろう。
もしかして夢の中?
私、いつの間にか眠っていた?
これが夢かどうかを確かめる方法といったら、一つしかないよね。
「かがみ、私を殴ってくれ!」
「はあ?」
「殴ってくれなければ、私はかがみと抱擁する資格さえない!」
「走れメロスですね。こういうネタならば、私にもわかります」
「ゆきちゃん。そんな事より止めようよ」
「よ、よくわかんないけど、全力でいくわよ?」
えっ? 全力全開?
そこまでは希望していないんだけど……ぐはっ!
うう、なんだろう。この感じは。痛いんだけど、それだけじゃない。
なんだか、目覚めるパワーというか、新しい自分にワープ進化するような。
「ふふふ、ぶったね。二度もぶった」
「いやいや、一発しか殴ってないから」
「親父にもぶたれた事無いのに! かがみなんか、紐なしバンジーにでも挑戦すればいいんですぞ!」
「お姉ちゃん……やりすぎ。こなちゃんがガチャピンの仲間みたいになっちゃったよ」
「つかささん。それはムックですぞ。いえ、ムックですよ」
「わ、私は悪くないわよ。間違っていたのは、世界のほうよ!」
そうだ。この世界は間違っている。
かがみに言われて、私は気づいた。
お母さんが生きている……それは喜ばしいことなんだと思う。
お母さんが生きていたら、母の日が苦痛にはならなかったはずだ。
というか、こっちの私の記憶では、それらは楽しい思い出になっている。
お父さんも、もっと気軽に『お父さん』として過ごしたはずで、今よりずっと情けなかったと思う。
……うん。これはちょっと、あっちの世界よりも悪い点かも。
休みの日には家族で出かけて、あとは、そうそう、私はオタクにならなかったかも知れない。
オタクにならない? オタクじゃなかったら、部屋にゲキガンガーのプラモなんか置いてあるはずないよね。
どう見てもオタクです。本当にありがとうございました。
まあ、とにかくこの世界の私は幸せだった。
だけど、両親が揃っていることがどんなに嬉しいと思えても、この夢は選べない。
私は『かなた』という人について、お父さんの話でしか知らない。
抱き上げられた記憶もなくて、ほとんど赤の他人と言っても差し支えないくらいだ。
それでも、お母さんが私のお母さんで良かったと思っている。
お母さんが死んでしまった事も、お母さんとの思い出が無いことも、それ以外の嫌な思い出も全部。
どんなに辛いことや不幸だと言われる出来事があったとしても、それら全部を含めて『私』なんだ。
別にゆーちゃんがお母さんになっても構わないけれど、私にばっかり都合のいい世界は納得できない。
お母さんが居ないという欠落も、今の私やお父さんが存在するための重要な出来事だったんだ。
それに、お父さんの語るお母さん像は話半分にしか聴いていないけど、私を愛してくれた事だけは本当のはず。
その幸せさえあれば十分だ。向こうにだって、アニメはあるしね。
こっちの世界に慣れれば、何の苦しみも無い、幸せな少女になれるのかもしれない。
でも、忘れたい嫌な記憶があっても、理不尽な事ばかりの世界でちゃんと生きて、そこで幸せにならないと。
ま、この手の理想的な世界ってやつからの帰還は王道でもあるから、きちんと帰ろう。
そのためにも、私はこの夢をぶっ壊す。
――泉こなたが命じる。この夢は、もう終われ。
なんてね。
「ほらっ。早く火を吹き消しなさいよ。ロウソクの溶けた部分がケーキに垂れてくるわよ?」
「え? ああ、うん」
「先程からずっと炎を見つめていますが……どうかしたんですか?」
「うんん。なんでもないよ。ただ、部屋が一瞬でも真っ暗になるのが怖くてね」
せっかく元の世界に戻ってきたのに、暗転したらまた変なことが起こりそうだから。
そう言いたかったけれど、かがみに馬鹿にされそうだからやめておく。
そっちは言わないけれど、火を消す前に念のため、ちょっと確認をしておこう。
「今日は何の日だっけ?」
「あんたね。これだけ自分のために用意されたパーティなのに、今更なにを言ってるのよ」
「今日は泉さんの誕生日ですよ」
「うん。あっ、そうだ。火を消す前に歌おうか。お祝いの歌」
「そうですね。少し気恥ずかしいですが、一年に一度のことですから」
はっぴばーすでー、とぅーゆー。はっぴばーすでー、とぅーゆー。
はっぴーばすーでー、でぃあ、こーなーた。はっぴーばーすでー、とぅーゆー。
「泉さん」「こなちゃん」「こなた」
『誕生日おめでとう!!!』
最終更新:2008年05月29日 23:44