「お父さん――」
「おお……こなたか」
「どう? 体の調子は」
「ピンピンしてるぞ!」
そう言うお父さんは、本当に元気そうだった。
「そっか」
「どうかしたのか?」
「別に……ああ、そうだ。これ最新号のコンプだよ」
「お! ありがとな」
「ていうか、その歳でまだオタクとかヤバいよ」
ニヤニヤしていると、お父さんはポーズだけで怒って言った。
「何を! 俺は死ぬまで、いや死んでもオタクだ!」
「そこまで言うか」
「昔言っただろ、俺は笑って死にたいんだ! 萌えさえあれば」
「……」
「こなた? ……やっぱり何かあったんじゃないのか?」
そう。コンプを渡しに来たわけじゃない……不安なことがあって、今日ここに。
「夢を――見たんだ」
「夢?」
「お母さんが、出てくる夢」
「かなたのやつ、俺の所には来てくれないのに」
「それで……嫌な予感が……お母さんが知らせに来てくれたんじゃないかと思って」
「そうか……」
お父さんは、病気だ。癌……もう、そんなに長くない。だから、もしかしたら……って。
こんなに明るい、元気な人がなんて、信じられないよね……。
「ね、お父さんさ。結局、再婚しなかったね」
「はは。俺と再婚してくれる人なんていないさ」
「嘘。知ってるんだよ? 結婚はともかく、好意を寄せてくれた人、いたでしょ」
「ん……まぁ、な」
「私のせい?」
ちょっと、意地悪な質問かな。
それもあると思うけど……たぶん、
「確かに、違うと言えば嘘になる……。でも、それ以上に」
たぶん、本当の理由は。
「俺が愛してるのは、かなただけだから」
予想通り……。ふふ、全くこの人は。
普通、そんな恥ずかしいセリフ、娘の目を見て言えないよ?
「ふーん。私は愛してないわけだ」
「な!? 違うぞこなた、それはだな」
「アハ。じょーだんだよ。異性としては、でしょ?」
「ああ……からかわないでくれよ……」
「ごめんごめん。ちょっと――」
嫉妬しちゃったかな……。私は娘としてすごく愛されてると思う。
それでも、ここまで想われるお母さんがちょっと羨ましい。
「ちょっと?」
「んーん。なんでもないよっ」
「なんだなんだ、気になるじゃないか」
「いーの、秘密」
なんか悔しいから、言ってあげないよーだ。
「……もしかしたら」
「ん?」
そう、きっと。
「神様が、試してたのかもね」
「試す?」
「お父さんの、お母さんへの愛がどこまで続くのか。ずっとずっと、変わらないか」
「……」
「変わった?」
「いや……今でも、最高に愛してる。って言えるよ」
ああ……やっぱりだ。やっぱり、私のお父さんは、
「あいつは今でも、俺の心をずっと掴まえてるよ」
最高に、カッコいい……!
「……」
「こなた?」
「あ、ごめん。……向こうに行ったら、きっと、お母さんと暮らせるよ」
「……そうだといいな」
「お父さんは神様の試練をクリアしたんだから、大丈夫!」
「ああ……」
「まぁ、そなたも何年かしたらお嫁に行っちゃうし、私はひとりぼっちになっちゃうけど……」
私には、娘がいる。お父さんとお母さんの名前を借りて、泉そなた。
そなたのお父さん、私の旦那様は……、事故で死んじゃった。
それを支えてくれたのはお父さん。ずっと、お世話になりっぱなしだ。
なのに……なのにまた、私は迷惑をかけようとしてる。
「何言ってるんだ。嫁に行ったってそなたがお前の子供であることに変わりはないんだぞ?」
「うん……」
「ゆーちゃんや、かがみちゃん達もいるんだ。ひとりぼっちなんかじゃないさ!」
「うん……」
「こなた……」
「ぁ……ごめ……こんなつもりじゃ……」
「っ!」
お父さんは、泣き出した私を抱き寄せてくれた。情けない娘で、手間のかかる娘で、
「ごめんね……お父さん……」
「謝らなくていい! 謝らなくていいんだ!」
強く、強く、痛いほどに私を抱きしめてくれる。その腕の中で泣くことしか出来なくて……。
「俺は、俺はな、こなた! お前がいてくれてすごく幸せだったんだ!」
「うう……ふぅっ……ぅぅぅ……」
「迷惑かけたとか、そんなこと思ってたらお父さんが許さないからな!」
「うん……うんっ……」
「お前のことをずっと愛してる! 俺は世界中で一番幸せなんだ!」
「う……あぅ……うわあああああああああああああああああああ」
――私は、あなたの娘で幸せです。これまでも、これからも……。
あなたが教えてくれた愛情を、忘れない。
別れは悲しいけど、心は永遠だから。きっと、ずっと。
一週間後、お父さんは旅立った。お母さんのところへ。
家族に囲まれて、笑顔で……。
『俺は、最高に幸せだった。いつまでも、見守ってるからな』
『ありがとう、お父さん……お母さんと仲良くね……!』
私も笑顔で、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔で、お父さんを見送った――。
~fin~