「DOLLS」 ID:78dwgU8T0氏

「ねぇ、かがみ」

隣で横になっている恋人は、気だるそうに顔を上げた。

「もし、あたし達のどっちかに普通の好きな人や恋人が出来たら、どーする?」
「そん時はそん時よ。好きなのには変わりないし」
「ふぅん」
「まぁ、もしそうなったとしても、私達はずっと親友だからね!」
「おぉう、素直なかがみんだぁ」
「いいから寝なさいっ」

そう問いかけたのは、あたしの方だったのに。


《DOLLS》


「んふっ」

唇を重ね、肌も重ねた。
このまま溶け合って1つになってしまえたらいいのにと。

確かに、性別を越えた愛は一般論的には常軌を逸したものなのかもしれない。
でも誰かを想う気持ちに性別の隔てはない。友達を大事にしたいと想う気持ち。それも1つの愛だと思うし、自分の子供をいとおしく思う気持ち、これも愛だと思う。
今思えば何でだろう、最初に会った時は『オタクなのは自分だけじゃない』って少し嬉しくなったんだっけ。彼女は「私はオタクじゃないわよっ」て酷く狼狽していたけれど。



だから、この関係に終わりが来るなんて思わなかった。


それは突然訪れた。ううん、もしかしたら自分が盲目過ぎて気づかなかっただけなのかもしれない。
まだ恋人同士で一緒に居る時からソイツの話は出ていたし、楽しそうにソイツのことを話していたのも覚えてる。でも、まさか本当にソイツとくっついてしまうなんて思わなくて。
なんですぐにそのフラグに気づいて、速攻でそのフラグを折っとかなかったんだろう。

心から信頼していた恋人に裏切られたってショックで色んな気持ちがごっちゃになってる私。でも、彼と一緒に居る時のかがみの顔は、あたしですら見たことないんじゃないかって位楽しそうで。
まるで黒い画用紙を白い絵の具で塗りつぶしていくみたいだった。憎しみや悲しみも、その笑顔によって全て消されていくようで。

少し前までは全部自分のものだと思っていたのに。
つい強がってしまうところや、実は涙もろかったりするところ。はにかみながらも喜んでいる姿、ふと覗かせる心の純真さ。
1つもこぼすことの無いよう、小さな身体で決して離さぬようにきつく抱きしめていたはずなのに。


「ごめんね」

彼氏と帰ろうとしていたかがみが、あたしを見かけて少し目を伏せた。
かと思うと、彼氏に一言二言告げてからこっちに向かってきて言い放った言葉。

「でも、アンタさえよければこれからもよろしくしてくんない?」


は?
思わずあたしは呟いた。
さばさばしてるというか、こういうところにキチッとしているかがみがまさか堂々と二股宣言するのかと。

「違うわよ」

いつもの呆れたような口調で言うと、

「あのね、私が言ったのは、これからも友達‥‥ううん、親友として、よろしくってこと」

あたしはてっきり責任感の強いかがみのことだから、罪悪感から「ごめん」の一辺倒で来るんじゃないかと思っていたのに。
そう言って少し困ったように微笑んだかがみは、「じゃあ、待たせてるから」と彼氏の持ってる傘の中へと消えていった。



あたしは何も出来なかった。呼び止めることも、手を伸ばしてその手を掴むことも。身体中の血の循環が止まったかのように凍りついた。
出来たことといえば、かがみの最後の言葉を聞き届けることと、その後ろ姿を見送ることだけで。

ちょっと待って。ちょっと待ってって全身全霊で叫んでいるのに、体も動かない、声も出ない。

次の瞬間、凍りついた身体に電気が走った。今のかがみの行動をやっと理解した。
なんで?何でそんなにあっさりと別れを告げられるの?自分が幸せだから?彼氏の方が好きだから?あたしのことなんてもう忘れちゃったの?じゃあ今まで2人で過ごした時間は?
もう、かがみはあたしのこと、好きじゃないの?

頭の中にかがみの笑ってる顔が浮かぶ。でもその隣に居るのは、あの彼氏。
あたしの知らない顔で笑ってるかがみ。あたしの知らないところで色んなことをするかがみ。もう手も届かない、知ることさえ赦されないところへ行ってしまうかがみ。



不思議と悔しさは浮かんでこない。憎しみも浮かんでこない。だって、そんなことになりふり構ってられなかった。
かがみが、どっか遠くへ行ってしまう。
行かないで。居なくならないで。見捨てないで。
さみしい。さみしい。さみしいよ。もうそれしか浮かんでこない。




気づけば、辺りはすっかり暗くなっていた。

雨は降り続いている。でももう私には鞄を持つ気力すら残ってなかった。
いいか、どーせ置き勉してるんだし。そう思って鞄を靴箱の端に置いた。
もう一つの手に残ってる傘。これもいいか。なんかもうどーでもいいや。いっそびしょ濡れになって風邪を引いて、2、3日学校を休んじゃえばいい。
ふらふらと道を歩く。しとしとと道に雫が落ちていく音が心地いい。雨がシャワーみたいで気持ちよかった。

そんなことを考えながら歩いてると、突然頭に衝撃が走る。ふと見上げると、そこにはコンクリートで出来た柱があった。
あはは、電柱に頭ぶつけるなんてつかさでもやらないよね。みゆきさんレベルだよあたし。いや、みゆきさんでもやらないかも。
ぶつけたおでこを触ってみる。ありゃりゃ、たんこぶが出来てるじゃん。
でも全然痛くない。何でだろう。

つかさとみゆきさんのことを思い浮かべて、ふとかがみのことまで思い出してしまった。

そうか、あたしは今、心が苦しくて苦しくてもうそれどころじゃないんだよね。
例えばあたしの心が1枚の紙だとして、そこにはかがみとの出来事が日記みたいにいっぱいに書かれてる。
でもその紙を手紙を書き直すみたいにくしゃくしゃにして、ぎゅっと握りつぶしてゴミ箱に捨てるみたい。
捨てられた自分。ぐちゃぐちゃな気持ち。押しつぶされてしまいそうな心。


苦しい。悲しい。さみしい。たったそれだけの感情がここまであたしを苦しめる材料になるなんて思わなかった。
こんなのギャルゲーとかでよくありそうなシチュなのに。ゲームやらアニメやらで一応ありがちなシチュには一通り耐性を持ってると思ってたのに。
これが幻想と現実の差、なんだろうか。




バスや電車の中でびしょ濡れで座ってるあたしを不思議そうに見たり、あるいは迷惑だと思った人もいたんだと思う。
でも今日だけは許して。今日だけはもう何も反論する気にもならないし、車掌さんに「迷惑だから降りろ」って言われたらきっと普通に降りちゃうだろうから。

もしそうなったら、きっとどっかで野宿するんだろうな。んで、帰ってこない娘を心配したお父さんが泣きながら警察に行ったりして。うわ、あり得る。





幸いにもそんな風に言われることはなく、後は歩いて帰るだけになった。
雨は未だにぱらぱらと降り続いている。移動しているうちに少し喉が渇いたので、その雨を口に含んでみた。しょっぱい。雨がしょっぱい。そんなわけない。

・・・あたし、泣いてるの?
それを自覚した時、堰を切ったように涙が溢れてきた。思わず道の端に寄ってうずくまる。

「ううっ、えっ、ひっ、うぅうっ!」

袖で拭っても拭っても溢れてくる。自分の苗字の如く、泉から際限なく水があふれてくるみたいだ。
鼻水まで出てきてる。口も鼻もしょっぱい。


ひとしきり泣いて、泣き止んだら身体がさっきの何倍も重く感じた。疲れた。小さい身体のせいもあってか、もう気力・体力共に限界に近いのが自分でも分かる。
帰ったらとりあえず寝よう。今日はもう本当に何もする気にならない。むしろ寝ないと死んでしまいそうだ。

まぁ、別に‥‥


「死んでもいいけどね」
「何が?」

あれ、もしかして口に出てた?
てゆーかこんな不気味な独り言に反応する人なんているんですか?

「い・ず・み・こ・な・た!!起きろっ!!」

そういや他人からフルネームで呼ばれるのなんて何時振りだろう。なんて場違いなことを考えてると、ぐいっと顎を持ち上げられて。
見上げてみれば‥‥‥

「か、がみ・・・?」
「そうよ!かがみよ!!」

何しに来たんだろう。てゆーか人の家の前で待ち伏せなんて、何と言うか‥‥かがみも堕ちたなーって感じだよね。
もう色んな意味で限界で、それこそぶっ倒れてしまいそうなこの時になんでわざわざ傷を深く抉るような人が現れるかね。あはは、こりゃ本格的に神様に嫌われたのかも。

「何つかさみたいなメルヘンなこと言ってるのよ!アンタらしくも無い」
「そーゆー現実に引き戻すようなツッコミはまさにかがみって感じだよね‥‥」
「やかましいわっ!」


なんかまるで何も無かったようないつも通りの会話で、思わず気が緩んでしまう。
そのせいか、元々背丈のせいで低い目線がどんどん下がって‥‥

「ちょっ、こなたっ!!」

かがみがあたしの顔を覗き込んでる。あれ、あたし何時の間にこんな背が縮んだんだろう。

「アホか!!アンタがぶっ倒れたのよ!てゆーかこんな時間までこんなびしょ濡れになって何を‥‥」

そこでかがみは一旦口をつむいだ。

「‥‥ごめん、今のは私が悪かったわ。酷なこと聞いちゃってごめん」

ツリ目がどんどん細くなって、苦虫を噛み潰したような顔になってる。
かがみらしくないなぁ。これじゃあツンデレって何?って感じになっちゃうじゃん。しかも2回も「ごめん」なんて。素直すぎて逆に引かれちゃうよ?

「何時までもアホなこと言ってないで私の話も聞いてよ!」

今更話すことなんてあるんだろうか。
話なんてしなくても、あの時の言葉で十分だと思うけど。あたしにはしっかりと伝わっちゃったし…。

「もういいよ。あたし、もう‥‥」

その時。
頭をかがみのひざに置いたまま寝そべるあたしの両頬が少し強めに叩かれた。
べちっ、と間抜けな音がする。

「‥‥ばか!!」

何、さっきから黙って聞いてればアホとかバカとか‥‥。

少しムッと来たので、両頬を手で包まれたまま、死んでいた目を少し上に向けてみる。
叩かれたような痛みは感じない。むしろ包まれている両頬はこれ以上ないくらいあったかくて、このまま昇天してしまいそう。我が生涯に一片の悔いなし、みたいな。
そんなこと考えてたら雨が目に入った。やっぱり上を向くんじゃなかったかな。

「うっ」

‥‥違う。これは。

「ううっ、ひぐっ、うっ」

かがみの涙。

「あのねぇ、確かにショックなのは分かるし、その原因が私にあったのは分かってる。
でも今何時だと思ってるの?!10時よ?!こなたのお父さんは心配して私んちやみゆきんちに見境なく電話し始めるし、つかさとみゆきだってまだ雨の中で走り回ってるのよ!」

論点のズレた説教に笑ってしまいそうになった。
そんなの知らない。そりゃいずれはこのことだって過去の笑い話になるのかもしれないけどさ。
あたしは今が大事。そんな風に考えてかがみのことを忘れることなんて出来ないんだもん。
あたしはそんなに強くなんか無いんだよ。弱くてちっぽけな1人の女の子なんだよ。

「さっき、死んでもいい‥‥って言ったわよね。それ、どーゆう意味?」
「自分で考えなよ、かがみ」

そんだけかがみのことが大切なんだよ、って意味。
最初から口から出任せで出た言葉だったし、素直にそう言っちゃおうかとも思ったけど、バッテリーの切れかけてるあたしは理由を説明する気になどならなかった。
ましてや目の前の元恋人にこんだけ好き勝手言われたら説明する気も萎えるっつーの。


すると、かがみはあたしの小さな身体を抱き寄せて。

「お願いっ…死ぬなんて言わないで!!私を軽蔑しないで!嫌わないでっ!
言ってたじゃない!!普通の恋人が出来たとしても、私達はずっと親友だって!!
私、わたしこなたが居なくなったら‥‥‥っふぇっ、ぐずっ、ひうっ」

もうどっちが慰められていたのか分からない。あたしの肩を抱いて、ひたすら嗚咽を漏らすかがみ。
なんか本当に自分勝手だよね。自分はあたしを裏切ったような形で彼氏作っちゃって、そんでもこれからは親友として仲良くだなんて。
でも、かがみの顔に迷いや嘘の類は見えない。あたしをいとおしそうに抱きしめて、こうしているとさっきまでボロボロだった心が急速に癒されていくのが分かる。
やっぱりあたし、かがみが好きなんだね。泣いてる顔は見たくないよ。

「わかったってば、かがみ。許してあげるから。まぁ、この借りは大きいけどね」

意識せず、自然に口がそう言ってた。
あたしの顔を見上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったブッサイクな顔がもっとしわしわになってった。こういうのを百面相っていうのだろうか。
かがみだって、ずっと悩んでたのかもしれない。あたしの他に好きな人が出来ちゃったこと。それが普通の男の子で、その人もかがみのことを好きになって、でもあたしの前では何も無かったように振舞わなくちゃならなくって。
それでも、あたしのことを想ってて。大好きで。

自分を癒すように、あたしはかがみの唇に自分の唇を重ねた。





家に入った途端、泣きついてきたお父さん。
一通り色々言われたあとに、あたしは自分の部屋のパソコンを起動した。
左手にあるCD-ROMを挿入して、読み取ってくれるのを待つ。


「この曲、今の私達にピッタリな曲だから思わずダビングして持ってきちゃった」

まだ赤く腫れた目でにへっ、と笑うかがみを思い出す。
起動したばっかりのパソコンはすぐに曲を読み取ってくれて。次第に切なげなギターの音がスピーカーから響いてきた。


『恋しくて 想い出辿る様に 一人きり たたずむ浜辺
淋しくて 涙が溢れて 波音だけ騒いでた
ひとしずく 海にとけた涙 切なくて 君を想うよ
黄昏と 柔らかな波が あの日の君を連れてくる

「私じゃだめなの?」「もう好きじゃないの?」 強い君が震えてた
「二度と逢えないの?」「なにも言わないの?」 君は涙こらえながら
「どこも行かないで‥」「ひとりにしないで‥」 しがみついて君が泣いた
君を見れなくて 息も出来なくて 大切なモノ気づかずに…

忘れない 君を抱き締めたら ささやかな 愛を感じた
KISSの時 テレて笑うから 強くもう一度抱き締めた

「私じゃだめなの?」「もう好きじゃないの?」 強い君が震えてた
「二度と逢えないの?」「なにも言わないの?」君は涙こらえながら
「どこも行かないで‥」「ひとりにしないで‥」 しがみついて君が泣いた
君を見れなくて 息も出来なくて 初めて悲しいKISSをした

「立ち止まらないで‥」「振りかえらないで‥」 泣きながら君が笑った
砂浜に書いた 二人の名前は 静かに波にさらわれた‥

動けないまま 声にならないよ…
そして僕には 今 何ができるのだろう』


「ふっ‥‥うぇっ」

さっきもう流しつくしたと思ってたのに、また涙がこぼれてきた。
思わず机に突っ伏す。泣きながら、歌詞の意味を考えた。

これ、今のあたしたちだよね。あたしの気持ちまんまだよね。
なんだ、かがみもあたしの気持ち、ちゃんと分かってたんじゃん。
でもそれを伝えるためにわざわざ歌なんて引っ張り出してこなくてもさ。口で言えばよかったのに。
やっぱりかがみは元がツンデレで不器用だから、なのかな。

ふと思うのは、歌詞の最後にある「僕には今、何が出来るのだろう」って文。
よくよく考えてみれば、かがみも今、自分は何が出来るのかを考えて行動してた。帰る前のそっけない言葉だって、前にあたしと「恋人が出来てもずっと親友だ」って話したから、きっと大丈夫だろうと信じて。
自分の態度で気まずくなっちゃうのは嫌だからって、わざと何も無いように私に話してたんだ。

まさかあんな思いつきで話したことが、こんなにも重大なフラグになっちゃうなんて思わなかったけどさ。あんな話しなけりゃあもうちっと彼氏と付き合うのを躊躇ってくれたかもしれないのに。
んや、かがみんのことだからそんな浮ついたことは出来なかったかも。その前にあたしに報告して、恋人のあたしに自分の恋愛相談を持ちかける、なんて不可解極まりないシチュになってしまったに違いない。


さっき別れる時に、かがみが言った言葉を思い出した。

「私達、絶対幸せになるんだからね!」

照れるんでもなく、強がるんでもなく、ただ笑っていた。
無理に励ますんじゃなくて、慰めるんでも同情するわけでもない、その言葉。
一緒に目標に向かっていこうと。様々な形のそれをお互いに掴まえて、そんでまたつかさとみゆきさんと4人で笑い合おうと。

そんな意志に満ち満ちた言葉が、私の心の中に希望の炎をともしたみたいにあったかく響いた。


次の朝。

「おっすこなた!」
「おはよ~かがみん」

お互い少し戸惑いながらも、お互いにまだ腫れた目のままでとりあえずいつも通りの挨拶してみる。
さて、これからどう話を続けようか‥‥と考えた時、沈黙をぶち破ってなんか奇声が聞こえてきた。

「こなちゃああぁあぁぁああぁん!!!!」
「うおわっ!」

突然抱きついてきたかと思うと、次見た時にはひぐひぐと泣きじゃくるつかさ。あーぁ、折角心を入れ替えるつもりで制服を綺麗に洗濯して、アイロンまでかけてきたのに。
まぁ許してやるけど、お願いだからあたしの服で鼻をかまないでよ?

「全く、雨の日に傘も差さずに何時間もうろつくなんて、考えられませんね?」

ぴしり。
張り詰めた、それでいてさざ波のような声に反応して、後ろを振り向くと。
メガネを光らせて、今までに見たことも無いような形相をしているみゆきさんがそこにいた。怖い。
その手には2人分の鞄と、傘が1本‥‥ぁ、昨日あたしが靴箱に置いてった荷物じゃん。


ふと、かがみと目が合う。
呆れたような、しょうがないなぁーみたいな笑いを浮かべてくるので、こっちも同じように返してやった。
まだ引っ付いたままのつかさと、事情を話すまでは何があっても逃がしてくれなさそうなみゆきさん。そして、困ったように微笑むかがみ。
そこには、全てがあるような気がした。

「かがみん」
「ん?」
「あたし達4人で居たら、ずっといつまでも幸せだよね」
「ん~‥‥まぁ、そうなのかもね」




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