〈こなたside〉
私は『母の日』が大っ嫌いだ。
なぜなら、私にお母さんがいないからだ。
周りの人は、「お母さん、嬉しがっていた」とか、
「お礼にケーキ買ってもらっちゃった」とか、はしゃいでいたり。
その光景、私には耐えられなかった。
お母さんのいない私を蔑むような気がして。
……否、実際に私を蔑んでいたのだ。
私を哀れむような視線が、耐えられなかった。
「こなた、そろそろ行くぞ」
「……うん……」
中学を卒業し、私は遠く離れた埼玉県にある陵桜を受験、見事に受かった。
今の学校には未練なんか何一つなかった。
あるのは――不安。今の中学から、陵桜に行くのは私だけ。
ただでさえ私はオタクなのだ。友達ができるか、あまり希望はない。
そして、陵桜に初登校する時がきた。
☆
陵桜に入学してから1ヶ月が経った。
まさかこんなに早く友達が出来るなんて思わなかったな。
担任の先生も、ネトゲで同じパーティにいたし。なんたる偶然。
「どっちかってゆーと、かがみは……オーク!」
「な! 私だけ怪物か!」
「オーク……ですか?」
「ゆきちゃん、オークってのは……」
「だー! つかさ、しゃべるな!」
うーん、賑やかだなあ。辛かった出来事が嘘のようだよ。
「そういえば、もうすぐ母の日だね!」
……そう、嘘だったらどんなによかったのかな……
「私達は今年もカーネーションをプレゼントするんだ!」
「家族みんなで一本ずつプレゼント。これ、恒例になってるのよ。みゆきは?」
「そうですね……私は、しばらく母の日をお祝いしていませんでしたね……」
……いや、わかってる。みんなに悪気はない。みんな、私にお母さんがいないって知らないんだから……。
わかってる。わかってはいるんだけど……
すべてが私を見下しているかのように錯覚しちゃう。重症だな、これは。
「ねえ、こなちゃんは、毎年お母さんに何かあげてたの?」
もちろん。直接渡せたことはないけど、毎年、母の日とお母さんの誕生日には、
必ずお母さんの大好きだったというパンジーを仏壇・お墓に供えている。
そう、『供えて』いる。だから悔しい。お母さんに、何もプレゼントしてあげられなかったことが。
それに、お母さんのコト、ほとんど憶えていないから……余計に悔しい。
「どうしたのよ? こなたが考え込んでるなんて珍しいわね」
「何か悩み事があるのなら、ご相談に乗りますよ?」
あっ、しまった。答えるのを忘れちゃった。
「ううん、大丈夫。大したことじゃないから」
「そう? それならいいけど」
本当は、大したことなんだけどね……
ああ、このまま時が止まっちゃえば良いのに。
もしくは、母の日なんて無くなっちゃえばいいのに。
私の嫌いな日は、すぐ近くにせまっている。
☆
母の日。この日が日曜でよかったと思う。
今、私はお母さんのお墓の前にいる。もちろん、お父さんも一緒。
お母さんが大好きだったというパンジーの花を、花瓶にたてる。
花瓶に寄りかかり、力なくうなだれる花。まるで、今の私みたい。
私は、この場所が好きでもあり嫌いでもある。
好きな理由としては、お母さんの近くにいると感じられること。
案外、近くで私たちを見てたりして。
嫌いな理由は、お母さんがいないという事実を突き付けられるから。
時々、思うんだ。『お母さんは、ホントはどこかで生きているんじゃないか』って。
でも……ここにくると、淡い希望はあっさりと打ち砕かれる。
やっぱりお母さんはいないんだと、思い知らされる。
「あれ………?」
おかしいな、涙が出てきちゃった。
今まで、ここにきても一度も泣かなかったのに、なんで今日は……?
「……こなた……やっぱり、淋しいのか……?」
……認めたくないけど……私は淋しいんだ。お母さんがいなくて。
この間の一件で、それが表にでてきちゃったんだ。
お母さんの分まで、お父さんが頑張ってきてくれた事はわかる。
だから私も、できるだけ弱さを見せないようにした。お父さんを心配させたくなかったから。
「こなた、オレの胸なら、貸してやるぞ?」
「…ひっく……ありが……っ……お父さ…」
全部言い切る前に、私の涙腺が限界を迎えた。
「ぅあ……っ……うわあああぁぁぁ……!!」
周りに人はいない。幽霊さんとかには迷惑だったかもしれないけど、私は涙が枯れるまで泣き続けた。
それしか……できなかったから。
☆
気が付いたら、私は自分の部屋にいた。目の前には、お父さんがいる。
どうやらあの後、私は眠っちゃったみたい。
「こなた、今日は疲れたろ。ゆっくり休みなさい」
「……うん」
結局、お父さんに迷惑をかけちゃったな。
もう少し、お母さんといたかったんだろうけど……
今度、お父さんの誕生日の時、今まで以上にお祝いしてあげよう。
今まで私を、男手一人で育ててくれたお礼に。
でも……はぁ、明日が憂鬱だ。私が壊れなきゃ良いけど。
私は実は、母の日自体はそんなに嫌いなほうじゃない。
私が嫌いなのはその次の日。つまり、明日なんだ……
〈かがみside〉
私は母の日が大好きだ。
いつもは恥ずかしくって言えないけど、
母の日があるからお母さんに「ありがとう」が言える。
こなたが聞いたら「やっぱりツンデレだー」って言うんだろうけど。
「はい、お母さん。いつもありがとー」
「……えっと……ありがと……//」
毎年、一人一本のカーネーションを渡してるけど、
ありがとうがなかなか言えないのよね。
「うふふ……どういたしまして」
確かに恥ずかしいけど、この笑顔が見たときに、『言ってよかった』って思える。
でも……この世のなかには、お母さんがいない家庭もあるのよね……
そんな人が身近にいたら……私、慰めてあげられるのかな……
「よーし。今日は奮発して、お母さんのために何か作ってあげる!」
つかさがエプロンをかける。
私も、手伝おうっと。お母さんがいるという当たり前のことが、幸せなんだから。
『親孝行したい時に親はなし』って言うし、今のうちに親孝行しないとね!
☆
次の日の登校時、こなたとは会わなかった。ま、あいつのことだからまた遅刻か何かでしょ。
授業の準備をしてから、つかさ達のクラスに顔を出した。
「おっす!」
「あ、お姉ちゃん」
「かがみさん、おはようございます」
あら? こなた、まだ来てないのね。でも、そのうちくるか。
「昨日、お母さんにカーネーションの花束を渡したら、とても喜んでくれまして……」
「私達もー。お姉ちゃんと一緒に料理も作ってあげたんだよ。
……そういえば、なんで母の日にはカーネーションをあげるの?」
「それはですね……」
みゆきによる母の日に関する豆知識など、いろいろ他愛のない話をしているうちに、ホームルームが始まりそうな時間になった。
「じゃ、また後でね」
そう言って、私は教室を出た。
「あ、かがみん……」
「あれ? こなた、今来たの?」
教室に戻る途中、廊下でこなたと会った。
荷物を持っているから、今来たばかりなのだろう。
「う、うん……ちょっとね…。ケホッ」
ははぁん、そういうことか……
「風邪を引いてるのにちゃんと来るなんて偉いわね。来るかどうかギリギリまで悩んだんでしょ?」
「あ、うん。そんなに大事じゃないから行けってお父さんが。コホッ。
本当は授業が面倒だから休みたかったんだけどね……」
頭を掻いてはにかむこなた。
私は「こなたらしい考えね」と笑い、こなたと別れた。
でも反応を見る限り、それだけじゃないような気がするんだけど……
☆
「あれ? こなたは?」
「休み時間が始まった瞬間に出てっちゃったけど……」
風邪引いてるのに? どうかしたのかしら?
「………」
「みゆき、どうしたの?」
「あ、いえ……なんでもないです」
そうは見えないんだけどなぁ。こなたもみゆきも何かおかしいわね……
結局その日、学校の中でこなたに会うことはなかった。
帰る前につかさがこなたを捕まえていたから、帰りは一緒だったけど。
「なんで私達から逃げてたのよ?」
「いや、つかさやみゆきさんに風邪移したら悪いし。ゲホッ」
「ちょっとこなちゃん、お姉ちゃんは!?」
「かがみんはツンデレだから大丈夫でしょ」
「何よその定義!? ていうか、私はツンデレじゃないっつーの!」
あーもう! 何度言ったらわかるのよ!?
「まったく、も~!」
「あはは……ゲホっ! ゲホっ! はぁ……はぁ……」
「こ、こなちゃん!?」
「これは……今朝よりも大分悪化してますね……!」
「ちょっと、大丈夫!?」
「見れば……わかるよね……?」
こなたの具合が相当悪い。私達はとりあえずこなたを家まで送っていくことにした。
「ちょ、ここまでしてくれなくても大丈夫だよ……」
「病人は無理するなっつーの。黙っておんぶされてな」
腰を下げ、こなたに背を向ける。
さっきのこなた、かなり辛そうだったし、運んであげることにした。
「…はは、やっぱりかがみはツンデレだー」
「次言ったら乗せてやらないぞ」
「冗談だって……。じゃ、お言葉に甘えさせてもらうとしますか……」
こなたが私の肩に腕を掛け、それと同時に私は立ち上がる。…って、軽!!
「はぁ…はぁ……、病気になると、なんかネガティブになるね……」
私もよく風邪ひくけど、確かにそうね。
「じゃあ、暗い気分を吹き飛ばす話題ってことで、
昨日こなちゃんはお母さんにカーネーションとかプレゼントした?」
「!!」
「あんたお父さん子だから、さぞ喜んだでしょうね?」
からかうようにニシシと笑う。しかし、こなたからの返事はない。
「……こなた、どうした?」
「……うぁ……あああ!」
「ちょ、こなた!?」
私の背中で激しく泣きじゃくる。
今の質問のどこに泣く作用があった!?
「二人とも……バカァ! うあああああああああ!!」
え、何!? 私達のせいなの!?
「…うぁ……っ……」
「……?」
大声で泣いていたかと思いきや、今度は一気に静かになった。
スースーと寝息が聞こえることから、泣き疲れて眠ったみたい。
「こなちゃん、どうしちゃったのかな……」
「ホント、なんでいきなり泣きだしたのかしら……」
私、何か悪いこと言ったかしら……
「みゆき、あんた何か知ってるんじゃないの?」
さっきからみゆきの様子が変だった。
多分、何かに気付いたんだと思う。
「あ、あの……」
コホンと咳払いをし、「これは推論なんですが」と前置きして話し始めた。
「泉さんには……お母さんがいないのではないでしょうか…」
『……え……?』
こなたに……お母さんがいない……?
「泉さんは、以前から『お母さん』という単語に反応していましたし、
先ほどお二人が言ったセリフの内容からしますと、そう考えるのが妥当かと。
私達を避けていたのも、その話題を振られたくなかったと考えれば、つじつまが合います」
た、確かに……
じゃあ、私達は知らず知らずのうちにこなたを傷つけてたって言うの!?
「みゆき、なんで黙ってたの!? 言ってくれれば、こなたを泣かせなくて済んだかもしれなかったのに!!」
「……私の推論が間違っている可能性もあります。
もし、間違っていたら、別の意味で泉さんを傷つけることに……」
あ……
私、馬鹿だ……
こなたのことをわかってやれなかっただけじゃなくて、みゆきにまで八つ当たりするなんて……友達失格だな……
「まずは事実確認しなければなりませんね」
「……でも……」
もしみゆきの推論が当たっていたら、こなたに何をしてあげたらいいの?
どうすればいいのか、わからないよ……
「こなちゃんが起きたら……まずは謝らないと。話はそれからだよ……」
そう……ね。許してくれるかはわからないけど…それしかないものね……
☆
こなたの家についた。こなたは相変わらず、私の背中で眠ったままだ。
インターホンを押すと、中から藍色の髪をした男性が出てきた。
こなたと同じ位置にほくろがある。確実にこなたのお父さんだろう。
「あれ、どちらさまかな?」
「あの、私達はコイツの友達で……」
振り返り、背負っているこなたを見せる。その瞬間、こなたのお父さんが驚愕する。
「こな……!? ととと、とにかくあがって!!」
う~ん、動揺してるね……
こなたの部屋に入り、ベッドに寝かせる。
「くそ、やっぱり病院に行かせておけば良かったか……」
罪悪感からか、こなたのお父さん――そうじろうさんが顔をおさえる。
「……しばらく、様子を見ましょう。それに、そうじろうさんに聞きたいこともありますし」
「俺に……?」
私達は、さっきみゆきがした推論、加えてさっきのこなた号泣事件も話した。
「……ああ、みゆきちゃんの言うとおりだよ。アイツは……かなたは、こなたが生まれてすぐに……」
……やっぱり。こなたは、お母さんがいないことにコンプレックスを抱いていたんだ……
「こなたはな、中学の頃からそれをネタにいじめられていたんだ。」
『…え……?』
コンプレックスじゃなくて……いじめが原因……?
「こなたがここに決めたのは、同級生が誰もいなかったからなんだ。
誰も自分のことを知らない地でなら、母親がいないことを気付かれる心配はない、って」
「でも……その読みは見事に外れちゃったよ……」
こなたのベッドを見ると、横になったまま顔をこちら側に向けているこなたがいた。
「こなた! さっきは本当に……」
「いや……いいよ…」
え……?
「かがみのセリフが……いじめられてた頃に言われてたセリフそのものだったんだ……
だから……なんだか、二人まで私をいじめてるような気がしちゃって……
だから、二人は悪くないよ……勝手に錯覚した私が悪いから……」
「ううん、そんなことないよ! 私達が余計なことを言わなければ良かったんだよ!
そうすれば、こなちゃんを嫌な気持ちにさせなくて済んだんだから!」
そう、そうよ……悪いのは、私達なのよ……
「……本当にごめんなさい……。だから、罪滅ぼしをさせてほしいの。
あんた、お母さんがいないことを随分根に持ってたみたいだし、
こなたが望むなら……私達がお母さんの代わりをしてあげるわよ?」
「!」
「そうだよ。こなちゃんのお母さんは一人だけど、私達でお母さんの代わりをやるよ!」
「できる範囲でではありますが、やれることはなんでもしますよ」
言ってから、私はビミョーに後悔した。いくらなんでも、クサイわよね……
「……ありがとう、みんな……」
……良かった。こなた、吹っ切れたみたい…
「でも……」
「ん?」
なんか、ロクなこと言わなそうな気がする……
「かがみじゃあ無理なんじゃないかな……? だって料理ヘタだし……」
……まったく、コイツは……
「それでこそいつものこなたよ」
「あれ? 怒らないの? いつになく素直なかがみん……萌え♪」
「……病人は黙って寝てろ!」
はぁ、また明日くらいからいつもの騒がしい生活が始まるわね……
〈エピローグ:こなたside〉
あれから7年が経った。私は結婚もし、子供だっている。
『……そんなこともあったわねぇ。
こなた、あの後すぐに彼氏が出来ちゃったんだもん、ビックリしたわよ』
「つかさもみゆきさんも結婚したし、まだなのかがみんだけだよ?」
『残念でした、こないだ籍を入れたわよ』
「うそ!?」
『ホント。近々、結婚式も開くつもり』
「会場教えてよ! お祝いしたいし!」
『嫌よ! 他の参列者とかに“かがみはツンデレだった”とか言いそうだし!』
「ん~……でも、私が説明するまでも無いんじゃない?」
『……ほほ~……二度と電話かけてくるな!!!』
っ! いきなり受話器切らなくてもいいじゃん……ブツブツ……
まあでも、つかさから聞けばいいか。絶対教えてくれるだろうしね。
「ねー、近々かがみの結婚式があるらしいんだけど、行きたい?」
「んー? そうか、かがみさんもついに結婚したんだ。よし、行くか!」
「はーい、決まりね。じゃあ、つかさに電話を……」
「あ、その前に……ほら。」
「ねぇねぇ、おかーしゃん」
「ん? なぁに?」
「はい、かーねーしょん! きょうは『ははのひ』だよ! おかーしゃん、だいしゅき!!」
「!! ……フフッ、ありがと……」
あれから7年が経ち、私は母の日が待ち遠しくなった。
最終更新:2008年05月07日 22:40