「雨のち晴れ」 ID:Y0nhe4Uw0氏

6月。
夏の近づいてくるのを肌で感じるこの時期は、一年で一番雨の多い時期。
こなたあたりなんかは、野球中継がなくなるってよく喜んでるけど、私は雨はあまり好きじゃない。
傘とかささなきゃならないのはめんどくさいし、何より気分が重くなる。
だから、あの時も、ちょっと気分が乗ってなかっただけだったのに。

その日は日曜日。雨が降る夜だった。
明日にまた学校を控える私は、宿題を仕上げようと自分の机に向かっていた。
「外……まだ雨降ってんのか……」
キリのいいところで顔を上げて、外の様子を確認する。
そういえば天気予報も明日は雨だって言っていた。少し憂鬱。
と、部屋のドアをノックする音がした。
「お姉ちゃん、宿題終わってる?」
ドアを開けて現れたのはつかさ。
「ん、もうちょっと」
「えっと……私この宿題全然わかんなくてさ、お姉ちゃん、教えてくれない?」
「はいはい。私ももうちょっとで終わるから、ちょっと待ってな」
答える言葉も少しそっけなくなる。
私は自分の宿題に再び集中する。
……なんだ、大した問題じゃないじゃない。
そんなに時間がかかりそうでもなかったのだが、私には後ろから浴びせられる視線が気になっていた。
「……何よ」
ちらりと後ろのつかさに目線を向ける。つかさは少し居心地の悪そうな表情で、自分の宿題のノートを抱きかかえていた。
「う、ううん何でも。私、待ってるよ」
「別にそこに突っ立ってろなんて言ってないわよ。待ってる間も自分で考えるくらいしてなさいよ」
「う、うん……」
……つかさが部屋を出て行って、私は深くため息をつく。


「……ダメだ」
全くもって調子が悪い。
どうでもいいことがいちいち気になって、機嫌もそれとなく悪くなっているのに、それを直す糸口が見当たらない。この雨のせいだ。
自分でこれは良くないと思っても中々元通りにならない気分にまたいらつき、悪循環の完成。
だから、そんな時ドアが開いて、
「お姉ちゃん、終わった?」
とつかさが顔を出した瞬間に、
「うるさいわねっ!だから自分で考えてろって言ってんじゃないの!」
自分でも思ってなかったくらい大きな声で怒鳴っていた。
私がしまったと思ってフォローしようしたのも間に合わなかった。
「お姉ちゃん……」
つかさの目に涙が浮かんでいる。
「ひどいよ……私が何か悪いコトした!?」
そして逆ギレ。少し私にも意外だったが、自分の性格上こういうシーンでは言い返せずにいられなくなる。
「私はね!今解いてるんだから邪魔してほしくないの!そんなに早く答え知りたいんならみゆきの家にでも行って来れば?」
もちろんみゆきの家に行けと言うのは言葉のアヤであって本気ではなかった。時計だって既に11時を指そうとしていた。
だけど、つかさはそういう言葉でも真に受けてしまうのだと言う事を、この時ばかりは失念していた。
「う……うわぁーーーーん!」
遂につかさは大声で泣き出し、私に背を向けると一目散に駆け出した。
まさか本当にみゆきの家に行く気なのだろうか、とその時の私は苛立ったままの気分を抱えてぼんやりと考えていた。
少し悪い事をしてしまったな、と言う罪悪感に駆られながらも、私は雑念を振り払おうと再び宿題に向かっていった。
そして後で、私はこの時の言葉に酷く後悔する事になる。


暫くして、再び部屋のドアが開いた。
つかさだろうと思って私は特に気に留めず、宿題に集中する。しかし、背後から掛けられた声はつかさのそれではなかった。
「かがみ、ちょっといいかい?」
「あ、お父さんだったんだ。何?」
「つかさはどうしたんだい?さっき泣きながら外に出て行ったんだが……」
「え、外に?」
虚を突かれて私は少しポカンとした顔になる。でもそれも束の間、私の脳裏には、さっき思わずかけてしまった言葉がよぎっていた。
『そんなに答え知りたいんならみゆきの家にでも行って来れば?』
「お父さん、何でつかさ止めてくれなかったの!?」
「そんなコト言われても……止めるような暇もなかったよ」
「もうっ!あのバカ!」
私の直感はことつかさについては外れる事が少ない。だから今回も間違ってはいないだろう。
つかさは、本当にみゆきの家に行ってしまったのだ。
自分の意図せず吐いてしまった暴言に罪悪感を、そこから生まれた緊急事態に焦燥感を覚えながら、私は急いで家を出た。
「こんな天気なのに……!」
おそらくつかさは傘も持たずに出たのだろう。傘たてにはつかさの傘も立てられたままだった。
2人分の傘を持ち、自分の傘をさして私は夜道を駆け出した。
つかさが向かった先は分かる。道筋も全く同じに違いない。
私のほうがつかさより足は速い。絶対に追いつけるだろう。
それでもつかさが家を出てどれくらいの時間差があるのだろうか。暫く走り続けてもつかさの姿は見えてこなかった。
もしかするとどこかで道を間違えたのか、とか少し不安になる。
「……ハァッ……ハァッ……」
遂に私もスタミナが切れた。その場でしゃがみこんでしまう。
息を整えるうち、ふと気付いた。
「そうだ……携帯があったんだ」
どうして気付かなかったんだろう。つかさだって携帯は持っているはずなのに。
私はポケットから自分の携帯を取り出して電話帳を開いた。つかさの番号を呼び出し、発信。
……。
呼び出し音だけが鳴り続ける。暫くして、事務的な女性の声で留守電につながれる旨を伝えられ、私は電話を切った。


「つかさ……気付いてないのかな……」
私は続いてみゆきに電話をかける。つかさの行き先は分かっていたからだ。同時に再び足を進め始めた。
今度は数回コールした後、みゆきが電話に出た。
「あ、もしもしみゆき?」
「かがみさん、こんな遅くにどうされたんですか?」
「あのさ、そっちに今つかさ行ってない?さっき少しもめてね、つかさがそっちに向かったみたいなのよ」
「つかささんですか?……いいえ、こちらには来ていませんが」
「そっか……じゃあ、もし来たら私に連絡ちょうだい?迎えに……あ」
丁度話しながら大通りに出る交差点にさしかかろうとした時だった。私の先に、見慣れたリボンをつけた後ろ姿を見つけたのだ。
「ごめんみゆき、今見つけたわ。遅くに電話してごめんね」
と謝罪をしてから電話を切る。私はそのままつかさに向かって走り出した。
つかさは脇目も振らずに走り続けている。よくあんな体力があったものだ。
「つかさ!」
私の呼びかける声も聞こえていないのか、つかさは止まらない。
ちょっと待って、つかさもしかして周りが見えてないの……?
つかさが走る先には大通りの交差点。信号は……赤色を発していた。
私の脳裏に、また直感。
「つかさ!危ない!」
言葉を発する間にもつかさは走り続ける。
そして。
「――――――」
私の目の前で、時間の流れがスローになる。もう少しでつかさに触れそうだった私の右手が空を切る。
続いて、甲高いクラクション。何が起きるかを瞬時に悟るが、もう私に打つ手は無かった。
鈍い音と共に、つかさの体が宙を舞う。
その光景を最後に、私の記憶は飛んでいた。


それから先、頭の中が真っ白で何をしていたのかよく覚えていない。
気がついたら、私は病院の廊下の長いすに一人で座って俯いていた。
ただ、つかさの身に何が起こったのかだけはよく理解していた。
私の目の前で、あのコは交通事故に―――
暫く放心状態から抜け出せないでいると、やがて目の前のドアが開いてお父さんとお母さんが出てきた。
「あ……」
二人の間に言葉はなく、ただ沈痛な面持ちでいるだけだった。
それだけで、今医者に二人が言われたことは大体察する事が出来た。
「かがみ……」
お父さんが重たげな口を開く。
「いいかい、よく聞くんだ。つかさはね……」
そこでお父さんは顔を下に向けてしまう。溢れてくる涙を見せないようにしているのだろう。隣のお母さんも同じだった。
「つかさは……」
「もういい」
聞きたくない。そこまでして言われなくたって、つかさがどんな状態にあるかは私にも大体分かってた。
でもお父さんは止まってはくれない。私に、現実を見せ付けるかのように。
「つかさは……今凄く危険な状態にある。お医者の先生も出来る限りの事はしてくれたけど、目を覚ますかどうかは……」
「もういいよっ!」
私は堪らずそこから逃げ出した。色々な感情が渦巻いて、それ以上現実を直視できなかった。
つかさがいる病室の場所は知らない。知ってもあのコに合わせる顔なんてない。
ううん、私は本当に逃げているだけだった。自分の、つまらない一言から招いた最悪の事態から。罪の意識から。


結局、私はその足で家に帰ってきていた。
お姉ちゃん達も、今はつかさの病室で看病しているのだろう。家には誰もいない。
真っ暗な家の中でも、明かりをつける気にはなれなかった。
暗闇の中を、手探りで自室に向かう。明かりが無くても、毎日暮らす家だから特に支障は無かった。
ゆっくりと部屋のドアを開ける。部屋の中はさっき私が飛び出した時のまま。机の上には宿題が広げられている。
「あ……」
暗がりの中、何かを踏んづけた感触がして慌てて足を引っ込める。
「何よ……コレ……」
踏んだ何かを確認する為に拾い上げてみた。
ノートだ。ようやく机のデスクスタンドのスイッチを入れて明かりを起こす。
そして、やっぱり明かりはつけるんじゃなかったと後悔した。
それは、紛れもないつかさのノートだった。
この悪夢のような事態を引き起こしたあのシーンが、そしてつかさが目の前で撥ね飛ばされる光景が、勝手に私の頭の中でエンドレスリピートされ始める。
もう限界だった。
ノートを机の上に放り出し、ベッドに倒れこむ。今まで流れなかったのが不思議だけど、涙が止まらなかった。
私のせいだ。
私のせいだ私のせいだ私のせいだ。
あの時の、あの一言が。私が自分で発した一言が、私自身を責め苛む。
つかさは何も悪くない。ちょっと甘え気を出した、いつもの私の妹だっただけ。
それを私が、あんな事になるように追い込んでしまった。
……私は、姉として最低だ。


つかさの事故から2日過ぎた。お父さん達は毎日交代でつかさの病院を行き来しているらしい。
私はと言うと、あの日からご飯も殆ど喉を通らず、朝起きてから夜寝るときまでずっと塞ぎ込んでいた。
どんなコトも私の気持ちを救い出すような事はできなかった。そんな事、期待してもいなかったけど。
この2日間、いっそつかさより先に死んでしまおうかと考えた事も何度かあったが、それもできなかった。
つくづく自分が嫌だった。現実に目を向けられなくなった自分と、そしてその自分に向き合わない自分が。
外は雨。湿度は80%を超えていた。
雨はあの夜から一向に止む気配がない。
学校にも行っていない。みゆきから一度電話がかかってきたが、こんな時に限って強がった言葉を返して無理やり切った。みゆきも何か察したのか、それ以降電話はかけてきていない。
こなたからは直接メールが来たり、携帯への着信もあった。……これもみゆきの時のようにあしらっていた。
そう、周りの全てが、私を責めているように感じていた。私はそこから、ただ逃げることしかできなかった。

昼下がり、家の人間は私を除いて全員が病院に出かけてしまっている。
私は相変わらず自室に篭ったまま、やり場のない気持ちを抱え込んでいた。
と、玄関に人が入ってくる気配を感じた。お母さんか誰かがつかさの着替えでも取りに来たのだろう。
家族は皆、私の状態を悟っているのか、私に何も言わない。だから用を済ませたらすぐまた出かけるだろうと思っていた。
だけど、その気配はつかさの部屋ではなく、私の部屋の前で止まった。
雨が窓を打つ音以外には無音の室内にコンコン、とノックの音が響く。
私の返事を待たず、ドアはゆっくりと開いた。そこにいた人物に、流石に私も度肝を抜かれた。


「こなた―――」

そこには、確かにこなたが立っていた。
全く予想をしていなかった人物の登場に、私は二の句が次げない。そんな私をこなたはじっと見つめた。
こなたがこんな目で私を見たのは、初めてだった。
物凄く寂しそうな、それでいて何か強い感情を秘めたような目。
「……かがみ」
ややあって、こなたが言葉を発した。その声は普段のこなたのそれとは思えないほど重いトーンを持っていた。
「突然押しかけちゃってごめんよ。……でも、もう放っておけないからさ。大体の話はおじさんとかに聞いたよ」
「……そう。それで、何?わざわざ直接私を責めようってわけ?」
私のバカ。面と向かってこなたにまでそんなことを言ってしまうのか。
「違うよ、かがみ。かがみが何を思ってるのか知らないけど、私はそんな事の為にここに来たんじゃない」
「……じゃあ、何だって言うのよ……」
「かがみ……病院に、行こう?」
「―――ッ!」
今までの罪悪感と、そして隠してきた何か別の気持ちが一気に押し寄せてきて、私の心が一瞬潰されそうになる。それを知ってか知らずか、こなたは続けた。
「かがみ、まだつかさに会ってないでしょ。……なんで?何で会いに行ってあげないの?」
「う……うるさいわよ……」
「何かあったの?かがみ。あの妹想いなかがみがこんなになってしまう理由を、私は知りたいんだよ」
こんな時に、こなたは何故私の中にズバズバと切り込んでくるんだろう。
普段人の事なんて気にしてないくせに……
「言って、かがみん。私が聞いてあげるよ」
「う、うるさいって言ってるでしょ!」
反論も大声になってしまう。またあの日のデジャヴ。
「大体、アンタなんかに話すような事じゃ……」

ピシッ!

私が皆まで言い終わる前に、私の頬は張り飛ばされていた。


頬を張ったこなたの目には、涙が浮かんでいた。
「いい加減にしなよ!いつまでそうしてるつもり!?私やみゆきさんに、何で話してくれないんだよっ!」
かつてなかったようなこなたの剣幕に私は気圧される。
こなたはそこで少し荒くなった息を整えると続けた。
「……寂しいじゃん。私達は友達なんだよ?なのに何も話してくれないなんて寂しいよ。悲しいんだよ。私は確かに頼りないかもしれないけど、
 でも、友達がここまで苦しんでるんだから助けてあげたいんだよ。何でかがみはそれを頼ってくれないの?」
「だ、だって……アンタ達に話しても、意味……ないじゃない。もうつかさの事故は取り返せないんだし」
私も段々と涙が込み上げてきていた。言葉にすることでまた、自分の中の罪悪感が首をもたげている感じがした。
「取り返せないから、今私達にできる事をしたいんだよ。つかさはまだ眠ってるけど、きっとかがみが来るのを待ってる。
 私は、かがみんを連れて来る、ってつかさに約束して来たんだ。だから、ね」
こなたの口調は普段のとはまた違う、おっとりとしているが優しい口調になっていた。
「それにね、かがみ。……本当はいるはずの家族が、いないって感じた時の気持ち、かがみにはあんまり味わってほしくないんだ」
「え……!」
こなたの言葉にはっとする。そうだ、こなたはお母さんを……!
「つかさはもしかしたらもう目を覚まさないかもしれない。でも、生きている今は、かがみの妹として確かにそこにいるんだよ。
 だったら、できる限界まで、姉さんのかがみとしてつかさと一緒にいてあげようよ?」
その言葉に、目を覚まされた。
何をしていたのだろう、私は。小さな終わったきっかけにくよくよして、今を見る事をしていなかった。
私の中でようやく、止まった心が動き始めた。
同時に、涙は堰を切って溢れた。とめどなく、私の中に溜まった泥を洗い流すように。
ぺたんと床に崩れ落ちた私を、こなたはそっと小さな両腕で包み、抱きしめてくれていた。
私は泣きながら、あの日の出来事から今までのことを、そして私の中で起きていた事を、全てこなたに話した。


話が終わると、こなたはゆっくりと私の手を掴んで立ち上がらせた。
「まったく、かがみんらしくないねぇ~。何でこんな事でくよくよしてたんだか」
「う、うるさいわね……私だって恥ずかしいんだから、言わないでよ」
すっかりいつも通りのこなたに私もいつものように少し強気で言葉を返していた。
「さぁ、行こう、かがみん。悪いコトをしたって思うんならちゃんと謝らなきゃ。つかさも、きっと待ってるよ」
「……うん」
私達は、お互いに頷き合うと、病院へ向かうべく家を出た。

「って、何よコレは……」
私の家の前には、一台のミニパトが停まっていた。
「お待たせー、ゆい姉さん!いやぁ引きこもりのかがみんは手強かったよぉ」
「お帰りー、ホント遅かったねっ!ご近所さんが怪しんでるぞー?」
運転席には見知った顔。こなたの親戚のゆいさんが乗っていた。
「さ、雨も降ってるんだし乗りなよ。病院までの特急便だからさ」
言われるままに後部座席に座る。こなたは助手席に座っていた。
「んじゃ、しゅっぱーつ!」
よりにもよってサイレンを回しながら、パトカーは病院への道を走り始めた。


雨の中、パトカーの力で信号を全て無視して辿り着いた病院。
こなたがつかさの病室を知っているので、私はこなたに着いてつかさの部屋を目指す。
一歩前に進むたび、私の心が少し疼く。でも、もう逃げはしない。
「ここだよ」
こなたがある病室の前で足を止める。部屋の表札にもつかさの名前がある。この個室で間違いない。
「さ、入るよ」
コンコンとこなたが軽くドアをノックする。中からお父さんの声が返事をした。
「失礼しまーす」
こなたがドアを開いて中に入る。その後に続いて私もおそるおそる部屋の中に歩を進めた。
家族の他に、病室にはみゆきの姿もあった。皆一様に黙りきっている。私の登場が意外だったのだろうか。
つかさは……いる。個室のベッドに横たわって、色々な計器や治療器具を取り付けられた状態で眠っていた。
「つかさ。約束通り、かがみん連れて来たよ」
こなたがそう囁いてから、私をつかさの傍らに来るよう促す。
近づいてみて驚いた。あれだけ大きな事故だったのに、つかさは殆ど外傷が無い。まるで魔法にかかった眠り姫みたいな感じだった。
「……つかさ。……来たよ」
返事をしない、動かないつかさにそっと声を掛ける。
「……今まで、会いに来なくてごめんね。……あの時は……ごめんね……うっ」
ごめんね、と口にした途端、また涙が流れ始めた。
もう枯れるくらい泣いたと思ったのにな。
「ごめん……ごめんね……うぅっ、ううう……」
もう言葉が紡げなかった。ひたすらつかさの手を握って泣きじゃくる。
どんなに謝っても謝りきれない。でも、私はつかさの姉として、ここにいる。つかさの側にいてあげられている。
その事が、何故だかとてつもなく嬉しかった。

だから。

握っていたつかさの手が、私の掌を握り返したとき、私は一瞬我を忘れた。


一瞬の間があって、私は今起こった出来事を把握する。
「つ……つかさ?」
信じられない。でも、確かに今、つかさの手が―――
つかさの表情が、少し動いた。目をぐっと強く瞑るような表情をしたかと思うと……

その目が、ゆっくりと開かれた。

「お……姉ちゃん?……おはよう」
小さな声で、私の耳にここ2日聞いていなかった声が届く。
「つかさ……!」
また涙が溢れ出した。今までの涙とは違う、喜びの涙。


「アンタ、目が覚めたのね……!良かった……!ほんとに……よかったよ……!」
「お姉ちゃん……」
つかさは少しきょとんとした顔をしていたが、やがて私に向かってあのほんわかとした笑顔を向けた。
「ごめんね。心配かけちゃったかな……」
「ううん!ううん!私の方がいけなかったのよ……アンタは……何も謝ることなんかないんだから」
「……お姉ちゃん」
つかさの目にも涙が浮かぶ。少しの間私達姉妹は見詰め合って、そして互いの体を抱き寄せて泣いた。
ただ、つかさが戻ってきてくれたことを喜ぶ為に。
私達の絆をお互いに感じ合う為に。
後ろで見守っていた家族の皆や、こなたにみゆき、それからゆいさんも、ただ、つかさと私達に笑顔を向けてくれていた。
良かった。私はやっぱり、この人たちといるから幸せなんだ。
誰一人欠けちゃダメなんだ。
「ねえ、お姉ちゃん」
暫くの間抱き合っていたつかさが、顔を上げて私を見る。私もそれに応えてつかさの顔を見た。
「ん?どうした?」
「ありがとね」
一言のお礼。
私はそれに、笑顔で頷き返していた。

6月ももうすぐ終わる。
外の雨は、もうすっかり上がっていた。
~Fin
ツールボックス

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