みゆきは背面黒板に連絡事項を書き留めた。
内容は大したことではない。
文化祭で使う持ち物を書いただけだ。
「みなさん、こちらに持ち物を書きましたので、どうか忘れないようにしてくださいね」
一部の男子がホ~イとやる気のない返事を返した。
みゆきはその返事を聞いて、本当にみんなが聞いていてくれたのかが心配になった。
そこで連絡事項が目立つように、ちょっとした工夫を凝らしてみた。
色とりどりのチョークを使って、花を三つ、持ち物の文字の周りに咲かせてみたのだ。
女の子らしい、シンプルで鮮やかな花だった。
桜とチューリップと、もう一つはよく分からない花丸みたいなものだが、花だとわかればそれで十分だ。
これだけ描いたみゆきは納得すると、席に着いて次の授業に備えた。
次の日
朝一番に登校したみゆきは、まだ誰もいない教室に入った。
特にする事はなく、昨日自分で書いた連絡事項をふと見た。
そこには今日持ってこなくてはいけない持ち物と、それとは全く脈絡のない花。
そして新しく、かわいらしい犬が描かれていた。
耳が垂れていて丸っこい。
尻尾を振っている所まで表現されていて、なんとも人なつこそうな犬だ。
「あら?これは可愛らしいですね、いったい誰が描いたのでしょか」
手がかりはほとんどない。
わかることと言えば、自分が帰った後に描かれたのだろうから、自分よりも後に帰っている誰かだろうと言うことくらいか。
すぐに特定するなんて無理だろう。
一人、教室に入ってくる。二人三人と徐々に人が増えて、教室は賑やかになっていった。
今日も連絡事項があった。
だからいつも通り背面黒板を使ってそれを書き連ねた。
昨日みゆきが描いた花と、誰かの描いた犬は、そのまま消さずに残していた。
みゆきはこのイラストが気に入っていたのだ。
花に戯れる犬。
今度は何を描こうか?
結局悩んだ末、緑色の草を生やして野原を描いた。
花が舞う野原で犬が遊ぶ絵。
次の日もみゆきは朝一番に登校した。
教室に入って、まず一番に背面黒板に目をやった。
昨日みゆきが描いた緑の草原の中に、犬の三分の一くらいの大きさのバッタが描かれていた。
みゆきの心はバッタの様に弾んだ。
その日は授業が終わってから文化祭の準備をする事になっていた。
だからそれに関係した事を背面黒板書き込む事になった。
みゆきにとって、連絡事項を書く事も一つの楽しみだった。
もう、本来の目的など忘れて、心を躍らせてイラストを描いた。
今度は雲と太陽だった。
授業が終わる。
みんなが文化祭の準備を始め、急に慌ただしくなった。
みゆきも委員長という役割上、とても忙しい。
その合間に目撃した。
背面黒板の前に立つ、一人の少女の後ろ姿を。
丁度書き終わったところだったのだろう。
彼女はすぐに立ち去ってしまった。
残された黒板には、みゆきが描いた太陽と雲ににっこり顔が描かれていた。
みゆきは暫く背面黒板を見つめていた。
そしてさっきの子を見やる。
いつも生き生きとしたイラストだけを残す彼女。それが目の前にいる。
彼女は文化祭の準備に戸惑っているらしい、カッターを持って四苦八苦しているようだ。
名前はたしか……
「柊つかささん、お手伝いしましょうか?」
そう言ってみゆきはテープを手に取る。
「あ…ありがとう。ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
これがみゆきとつかさの出会いだった……。
最終更新:2008年04月15日 00:41