第三話
「しっかし……まさか中途半端に覚醒してるとはな……」
地面に仰向けに寝、真っ暗な空を見るこなたに対してみさおは呟いた。
こなたの右腕は切断された部分がぴったりと合わせられ、そこを中心に淡い光が取り巻いていた。
みさおの癒しの術が発動していているのだが、これだけの大ケガを治すのはみさおも初めて。
ちゃんと結合し、機能するかどうかは、結果が出るまでわからない。
「んで、少しは『思い出した』か?」
みさおが言っている思い出したとは、ただの記憶のことではない。
こなたが、そしてみさおが、生まれる前から知っている――血に刻まれた記憶のことである。
「まだほとんど思い出せてないや。妖魔について少しと、退魔師と魔を狩る一族についてとかくらいしか」
こなたは目を閉じ、先ほど蘇った記憶の旅へと出発する。
そして、自らが思い出した記憶の内容を紡ぎだす。
「退魔師も魔を狩る一族も基本的には同じ。どっちも、人に害を為す邪悪な存在『妖魔』を昇華、もしくは封印する力を持った人間のことだよね」
「魔を狩る一族は、ただ単に退魔師が昇級したって感じだな」
「退魔師、魔を狩る一族は宗派とかで使う術とか戦い方が違うんだよね。みさきちは“呪術師”?」
「ああ。アタシは親父の家系がそうなんだ」
ジーンズのポケットからあの筆を取り出した。先端の光は消え失せている。
こうして見ると、先ほど餓鬼の群れを一掃するために使用された道具とは思えないほどに普通の筆だ。
「普通は言霊とか印を結ぶ必要あるだろ? アタシ達の家系はこれを使ってその時間を短縮してるんだ」
こなたの目の前で筆をひらひらさせた後、ポケットへとしまった。
「チビッ子の家系はどっちなんだ?」
「うーんと……お母さんの家系だと思うな。でも私達がなんなのかはまだわかんないや」
「ま、無理に思い出す必要はないさ。そのうち思い出すだろうし、今日はいろいろあったからな」
確かに、普通に生活しているだけでは絶対に出会えないであろう超常現象に何度も遭遇したのだ。
落ち着きを取り戻しているとはいえ、こなたの頭は疲れているだろう。一度、休ませなければいけない。
「……今度から戦いの日々か……面白そうだけど、痛いのはやだなぁ……」
「たまたまその家系に生まれただけだってのにな。迷惑な話だよ、まったく」
みさおは毒づくと、フーッと長い息を吐いた。
「兄貴は夜あやのと一緒にいるし、親父はもう力を失ってんだ。一人きりで戦うのって、結構辛かったんだぜ? 肉体的にもそうだけど、精神的にもな……」
哀しげな瞳で空を見上げる。その瞳が濡れているように、こなたには見えた。
そして、長い沈黙。耐えきれなくなり、こなたは呟いた。
「……でも、大丈夫だよ。今度からは私もいるんだから。みさきちはもう、一人じゃないから」
「……ありがとな、チビッ子。らしくなかったな、アタシ」
鼻の下を擦りながら、ヘヘっと笑うみさお。いつもの笑顔に戻ったのを見て、こなたも安堵の表情を浮かべる。
不意に、こなたの右腕が放っていた光が消えた。術の効果が切れたのだろう。はた目からは、きちんと繋がっているのかわからない。
こなたは上半身を起こしてみた。結合していなければ、右腕はそのまま地面に転がっているはずだ。
「よかった……ちゃんと繋がってる……」
上半身を起こす動きに、右腕がしっかりとついてきた。どうやら成功のようだ。
グーとパーを何度も作り、支障がないことを確認。それを見たみさおは安心した。
「ふぅ、治らねぇかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「とりあえず……」
服についた土や砂を払いながら立ち上がり、こなたはみさおに右手を出す。
「腕、治してくれてありがとう。それと……明日からよろしくね」
「ああ、こっちこそ頼むぜ!!」
二人は固い握手を交わした。
「ふぁ~……眠い~……」
大きなあくびをして机に突っ伏すこなた。昨夜、絶体絶命のピンチに陥っていたとは思えないほどのだらけっ振りである。
しかしこの時間、だらけている人間はこなただけではなかった。昼食後のこの時間、満腹感から眠りを誘われこなたと同じ状況にいる人間が大勢だ。
「昨日のアレもあったしな、仕方ねぇさ」
目の前の机に寄りかかっているみさおが諭すように言った。
確かにそれもあるだろう。深夜に目が覚めたうえ、昨夜はいろいろなことがありすぎたのだから。
だが対称的に、みさおは眠気など全くないようだ。
そんなみさおをこなたは訝しげな目で見上げる。
「だけどさ~、なんでみさきちはマトモなのさ……」
「あ、じゃあちょっと待ってくれ。チビッ子にもアレ使ってやるよ」
みさおはすっと目を閉じ、何かを呟き始めた。普通の人間には到底理解できない不可思議な言葉の羅列だ。
しばらくするとこなたの頭上から光が降り注ぎ、こなたの眠気が段々と和らいでいった。
「眠気覚ましの言霊? そんなのあるんだ」
「ああ。眠りを誘う妖魔もいるからな、その対策のためにある呪術さ」
「あれ? こなちゃん、いつのまにか日下部さんと仲良くなってたんだ」
そう口を挿んできたのはクラスメイトの柊つかさだ。
トレードマークのカチューシャ風リボンがひらひら揺れる。
「二人とも、何の話してるの?」
「いや、妖怪とか呪術とかって本当にあんのかなって話さ」
敢えて本当のことは言わない。
大騒ぎになることを避けたかったのはもちろん、友人を心配させたくなかったから。
「妖怪かぁ。いたらヤだよねぇ」
「つかさは怖いもの苦手だもんね」
「でも実際にいるんじゃないかな、妖精さんとか。私達に見えないだけで、もしかしたら目の前にいるのかも」
そういうつかさの目の前を妖精が飛んでいく(霊感のない人間は妖精を見ることができない)のを見て、二人は思わず笑い転げた。
「もう! 笑わないでよぉ!!」
「あっはは……ごめんごめん。でもつかさの言うように、案外目の前にいるのかもね」
その妖精を目で追いながら、こなたが言う。
妖精は二人に手を振って、教室の天井をすり抜けていった。
「いないモンをいないって言うことってメチャクチャ難しいんだよな。信じてりゃ、いつかは会えるさ。妖精とかに」
「うん! そうだよね!」
二人はつかさの無垢な笑顔を見て、小さく笑った。
過酷な運命を背負った少女たちの心を癒す、やすらぎの一時である。