ID:Hl75ewKe0氏:うそつきの一日

「あんたのお母さんってさ、いつ亡くなったんだっけ」
 二人でゲームをしていると、かがみはそんな事をぽつりと言った。
「いや、いつと言われても……。聞いたこと無いから知らないよ」
 私はテレビ画面から視線を逸らさずに答えた。
「それでも、命日にはおじさんの様子が変だったりとか、いつもと違うって事で気づくもんじゃない?」
「だから、わからないって。なんでそんな事を知ろうとするの?」
 私は苛立ちを隠そうとせず、かがみに言った。
 大声を出したせいで操作を誤り、私の動かすキャラクターは溶岩の中へと落ちていった。
 ゲームオーバーの音楽が流れる中、私はかがみを睨む。
 彼女は何故か、悲しそうな顔をしていた。

「夢で見たんだ。あんたのお母さんが死ぬところ」
「いや、エイプリルフールだからって、そういう嘘はやめようよ」
 私は呆れながらそう言ったが、彼女の表情は真剣そのものだった。
「こなたを産んですぐに息を引き取ってから、光がその身体を飛び出して、それが私の母親のお腹の中に」
「そんなの……ただの夢だよ」
 自分は生まれ変わりだとでも言いたいのだろうか?
 確かに、かがみは私よりも後に生まれたが、それだけの事でしかない。

「夢だけど! 夢でしかないけど、そういう可能性もあるのかな……って」

 かがみの言う事がありえないのは知っていた。
 友達にはそういう話をしたくなかっただけで、本当はお母さんがいつ死んだのかは訊いていた。
 お父さんが教えてくれた日付は、かがみが産まれたのよりもずっと後。
 だから、彼女が私の母親の生まれ変わりだというのは、絶対にありえない事だった。
 でも――。

「そういう事も、あるかもしれないね」

 私はその夢を肯定した。
 母親が死んでいることを話して以来、かがみの態度が変わったような気がしていた。
 だけど、それは彼女の態度が変わったからではないと思う。
 かがみに教える以前から、彼女は面倒見が良くて、ついつい他人の世話を焼いてしまうタイプだった。
 変化したのは、それを同情からかもしれないと疑ってしまう、私の心だ。
 もし、つかさの態度が変わっていたら、私はきっとすぐに気がつくだろう。
 彼女は本音と建前を使い分けられるほど器用ではない。
 そしてつかさは、私の言った事を忘れているのではないかと思えるほど、普通に接してくれている。
 しかし、かがみならば。
 私に気を遣っていて、なおかつ、それを隠し通している可能性もある。
 そう疑ってしまうほどの優しさと賢さを、かがみは持っていた。
 私がもっと純粋なら、かがみを信じられるのに。
 信じたいのに、同情ではないかと疑ってしまう自分が嫌でしかたがない。

「そういう事もあるかもしれないよね。おかーさん」
 だから私は、彼女の空想を受け入れた。
 親が子供を愛して優しく接するのは、当たり前のことだから。
 彼女が私の母親の生まれ変わりなら、少なくとも同情なんかじゃないと思えるから。
「こなた……」
 かがみは名前を呟きながら私を抱きしめた。
 突然のことに驚いたが、そうする事で友達とは異なる関係になれたような気がした。
 彼女の身体はやわらかくて、あたたかくて、心が落ち着く。
 疑いの気持ちが溶かされていくような気がした。
 お母さんが生きていたら、私が元気のない日にはこうしてくれたのだろうか。

「ねえ。一日だけ、母親みたいに振舞ってもいいかな?」
 四月一日。それはエイプリルフールという、嘘が許される時間だ。
 すでに昼を過ぎていて、残されているのは半日にも満たない。
 その限られた時間だけなら、誰にも迷惑をかけないと思った。
 私が「うん」と答えると、かがみの腕に更に力が加わった。
「ちょっと痛いよ……。お母さん」


 居間では緊張した面持ちのかがみと、お父さん、私、ゆーちゃんの四人が座っていた。
「――というわけで、今日一日だけですが、よろしくお願いします」
 そう言ってかがみは頭を下げた。
 かがみはそのまま顔を上げずに、他の人からの答えを待っていた。
 私が認めても、残りの二人がどう思うかはわからない。
 幸いなことにゆーちゃんは動揺しながらも頷いてくれたが、お父さんは肩を震わせていた。
 嘘であっても、別の誰かが泉家の母親になるという話に怒っているのかと考えたが、それは違っていた。
「高校生の娘と同級生でありながら母親!? しかも、ほんの数ヶ月の間とはいえ、年下の……」
 お父さんはもっと嫌な理由で、感動して肩を震わせていたのだ。
「よしっ。娘をよろしく頼むぞ。幸せにしてやってくれ」
「お父さん、それは恋人を連れてきたときの台詞でしょ」
「おお、そうか?」
 全員が笑って、それでその場は解散となった。
 これでかがみは私の母親役として行動できる。
 だけど――母親の仕事ってなんだろう?


「無理しないでさー、外食だっていいんじゃない? 惣菜を買ってくるという手もあるんだし」
「ダメよ。洗濯物は既に干し終わってたんだから、あとは手作り料理くらいしかないでしょ」
 夕食を作るというかがみを止めるために、私はキッチンで説得を続けていた。
 普段ならばエプロン姿のかがみについての感想を喋るのだろうが、今日はそんな気分にならなかった。
「掃除でもいいじゃん」
「だって、こなたの部屋を掃除しようとしたら怒るから」
「いや、それは……」
 年頃の子供の部屋を親が掃除するとなれば、普通は反発するものだと思う。
 トイレや廊下などの、もっと地味な箇所を綺麗にしてもらえば十分だ。
 そう言いたかったが、一日限りの母親にそんな仕事をさせるのも悪い気がした。
「いいから任せてよ。母親を信じて、アニメでも見ながら待ってなさい」
 かがみは強く言い切ったが、ダシをとらずに味噌汁を作ろうとしている時点で信用できなかった。
「やっぱり手伝うよ。一緒に作るならいいでしょ。料理を教えてもらったりするのも親子っぽいよ?」
「……仕方ないわね」
 かがみは不満そうに溜息をついたが、内心はほっとしているに違いない。
「レシピを見ながら作ればいいのに」
 私はエプロンを身に着けながら言った。
「うるさいな。前世の記憶が蘇って、自然に身体が動いて調理できるかもしれないと思っただけよ」
「前世とか転生が本当にあっても、そんなに都合よくはいかないでしょ……」
 私は味付けを担当すると言って、食材を切り分ける役目をかがみに任せた。
 包丁を持たせることにも不安を感じていたが、意外にもかがみは指示通りにこなしていった。
 彼女は料理が不得意だと思っていたが、技術が無いわけではないようだった。
 少々や適量といった加減が苦手なだけで、分量の決まっているお菓子作りならば上手かもしれない。
「ああ、そうだ。訊いておきたいことがあったんだ」
 下ごしらえの終わった野菜をまな板から鍋に移しながら、かがみは視線を動かさずに言った。
「学校生活は楽しい?」

 一瞬で、頭の中が真っ白になった。
 かがみが私に背を向けていて顔が見えないという事もあったが、本当にお母さんに言われた様な気がした。

「黙っていたら、わからないじゃない」
 くるりと振り返ったかがみを見て、私はようやく答えを口にすることができた。
「楽しいよ。優しい友達もいるし、今年からはゆーちゃんも同じ学校だから、それも楽しみ」
「そう。良かったわね」
 微笑むかがみに適当に頷きながら、私は結局使わないことになった味噌などを片付け始めた。
 かがみはいつの間にか味付けまでをしていたが、私は止めることをしなかった。
 今の彼女ならば手助けは必要ないと思えたのだ。
 そして、夕食はもちろん成功だった。
 どれだけ濃い味であっても、野菜に芯が残っていても、飲み込めるのだから失敗であるはずが無い。


「お母さん。一緒にお風呂に入らない?」
 一番風呂を譲った従妹が浴室から出てきたのを確認して、私はかがみに声をかけた
 私達は旅行先で一緒に入浴したこともあり、これが初めてというわけではない。
 だから気軽に誘ったのだが、かがみは顔を真っ赤にしながら首を横に振った。
「だって、狭い空間に裸で二人きりなんて、恥ずかしいじゃない」
「狭いって……否定はしないけどさ」
 私は大げさに落ち込んで見せたが、かがみは気にした様子も無く、ソファーに座ったままだった。
 母親として振舞うと言いながら、あまりそれらしい事をされていないような気がする。
 それはきっと互いに恥じらいがあるせいで、それさえなければ私達はもっと家族に近づけると思った。
 裸の付き合いはそのために一番良い方法だと考えたのだが、かがみは頑なに拒んでいた。
「とにかく。もう子供じゃないんだから、ひとりで入りなさいよね」
 無闇に母親らしい言動をとるよりは、このほうが現実の母親らしいのかもしれない。
 私はもっともらしい理由をつけて納得しようとしたが、寂しさを感じずにはいられなかった。
「今日を逃したら、もうお母さんと一緒には入れないんだよね」
 計算も何もない、本当の落胆が言葉になって、私の口から零れ落ちた。
「じゃあ、お先に」
 パジャマや替えの下着などを持ってくるために、私は自分の部屋に向かって歩き出した。
 かがみに背を向けて、二歩、三歩。
 足取りは重く、扉を開ける動作も緩慢だった。
 どうして私がゆっくりと動いていたのかは説明できないが、期待のようなものがあったのかもしれない。
「待ちなさいよ」
 私はかがみの言うとおりに立ち止まったが、振り向くことはしなかった。
 振り向けば、きっと笑ってしまうから。
「その……一緒に入ってあげてもいいわよ。せっかくお父さんに着替えを届けてもらったんだし」
「うん。そうしよっか。お母さん」

 ごく一般的な家庭と同じくらいの浴槽は、私にとっては広いと言えた。
 身体が小さくて得をしたという経験は余りなかったけれど、これだけは小さくて良かったと思える。
 そんな浴槽も、今日は随分とせせこましかった。
「ねえ。なんで背中を向けてるの?」
「……どうでもいいでしょ」
「別に、私よりはスタイルいいんだからさー。気にしないでいいじゃん」
「だから、どうでもいいじゃない」
 二人で湯船に浸かってからというもの、かがみはずっと不機嫌だった。
 タオルを身体に巻いて、隠しながら服を脱ぐ彼女の姿を笑ったのが失敗だったのだろうか。
 それとも、背中を流してあげる際に、前にまで手を伸ばしたせいか。
 あるいは上半身に関することよりも、お尻を撫でられた方がショックだったのかもしれない。
 思い当たる節が多すぎてどれが原因なのかは分からなかったが、私は必死に謝った。
「悪いと思っているなら、最初からやらないでよ。自分がされたくない事は他人にするなって言うでしょ」
「そうだけど。ところでそれって、一方的に相手を好きな関係の場合は当てはまらないよね」
 揚げ足を取るなと怒られるのを予想していたが、かがみは何の反応も見せなかった。
 だが、普段ならば怒るはずなのに無反応だというのは、十分に様子がおかしいと言えるのかもしれない。
「えっと、本気で怒ってる?」
 私は身体を傾けて、かがみの表情をうかがおうとした。
「……独り善がりなのかも」
 私がその行動を実行に移すより先に、かがみはぽつりと呟いた。
 私の驚きは「えっ」という声になって、浴室に響いた。
 その残響が消え終わらないうちに、かがみは次の言葉を口にした。
「偉そうなこと言ったけど、私も同じなのよね。こなたがどう思うかなんて無視して、勝手なことをしてる」
「そんなことないよ。私は嬉しいと思ってる」
 親友が自分のために頑張っていることについての喜びかもしれないが、それだけは確かだった。
「でも、これが同情によるものだったら?」
「同情?」
 私は宥めるために優しい声を出そうとして、失敗した。
 かがみの身体が小さく震えているように、私も動揺してしまったのだ。
 その震えは、距離があったら気がつかない程度でしかない。
 しかし、今はお風呂のお湯がすべての不安を曝け出させているのだった。
「死んだ人の代わりに母親役をやるなんて、どう考えても同情してるからじゃない」
 相槌を打つこともできず、私は黙って話の続きを待った。
「こなたの母親が死んでいるのを知った日から、私はきっと変わってしまった」
 かがみは嗚咽まじりに、ゆっくりと語り始めた。

「こなたの自業自得でも、困っている姿を見るとついつい助けてあげたくなる。
だけど、そんな事をしたせいで、同情しているんだと思われないかと考えると怖くて、不安で。
無理して怒るんだけど、もっと優しく言えば良かったと後悔して。
それまでも文句を言いながら宿題を手伝っていたはずなのに、違う理由でそうしているように感じるの。
何も知らなかった頃のようにはいられない。
でも、こんな偽善と同情にまみれた私を知られたくなくて、今までどおりの私を演じてた。
本当は友達でいる資格さえ無いのに、こなたを騙して、自分を騙して、友達の座にしがみついてる」

「かがみ……」
 途中で耳を塞ぎたくなったほど、私はかがみの言葉に傷ついていた。
 大切な親友なのに、私が何気なく言ったことで心に重荷を背負わせてしまっていた。
 それが悲しくて、涙が溢れそうになった。
 だからと言って泣いて終わりにするわけにはいかない。
 私はかがみが逃げられないように肩を掴むと、振りほどこうとする力に対抗しながら話を始めた。
「お母さん。私の友達でね、かなり変わった子がいるんだ」
 そう。とても変わっている。私が悪いというのに、全て自分が悪いと思い込んでいるのだから。
「友達に優しくするのに理由なんて無いのに、理由があると考えてるんだよ」
 本当に馬鹿だ。かがみも、私も。
「勝手に理由があると考えて、自分が計算尽くの汚い人間だと思い込んで、馬鹿みたいだよね」
 現在が幸せなのだから、同情なんてされる理由は無いのに。されてもいいのに。
「大体さ、どうでもいい相手なら同情しても、心の中で哀れんで終わりだよね」
 いつの間にか、かがみの抵抗はほとんど形だけのものになっていた。
 逃げられることはないと感じた私は、かがみの肩からそっと手を離した。
「行動を伴う同情をしてもらえるなんてさ、すごいラッキーなことじゃない?」
「……私を軽蔑してないの?」
 かがみは首だけを動かして私の様子を窺がおうとしていた。
「なんでお母さんのことを? かがみじゃなくて?」
 私はからかうようにそう言った。
 家族ごっこはまだ続いている。
「え? ああ、うん。柊かがみちゃんについての話」
 慌てて言い直す姿がおかしくて笑うと、かがみは身体ごと向き直って私を睨んだ。
 そうしてから、またすぐに不安げな表情に戻るかがみを見て、私は笑顔のまま言った。
「嫌いになるわけがないじゃん。生まれ変わった後のことまでは、わからないけどね」
 話がややこしくなると思い、かがみを疑っていた事については口をつぐんだ。
 この埋め合わせは、別の機会にということで。
「あれ?」
 気が抜けると、意識が遠のいていくのを感じた。
 長湯をしすぎたせいで、のぼせる寸前になっていたのだろう。
 そう考えたときには手遅れで、視界がぐるりと回って暗転した。


 気がつくと、私はバスタオルにくるまった状態で、居間のソファーの上にいた。
「大丈夫?」
 私を覗き込むかがみという状態に驚いたが、どうやら膝枕をされているらしいと分かった。
「かがみ……じゃなくて、お母さんが私を助けてくれたの?」
 身体を起こすと、まだ頭がぼんやりとしていた。
「無理しないで、もう少し寝てなさいよ」
「いや、裸のままっていうのも恥ずかしいから」
 しかし、部屋を見回しても私の服は見当たらなかった。
 せめて下着だけでも欲しいと思ったが、偶然目に入った時計のせいで私はそれを忘れた。
 今日の時間は十分弱しか残されていなかった。
「エイプリルフールが、終わっちゃうね」
 私が呟くと、隣でかがみも言った。
「案外、短かったわよね」
「うん。なんだか寂しいね」
「それは嘘?」
「嘘じゃないけど、そう思われるんだったら、寂しくないって言おうかな」
「じゃあ、私も寂しくない」
「お母さんのことは嫌い」
「そう言えば、嫌いの反対は好きじゃなくて無関心だって書いてある本を読んだことがあるんだけど」
「……あのさあ、最後くらいは空気を読んで、私に合わせてくれたっていいじゃん」
 私が文句を付けると、かがみは少し考えるようにしてから口を開いた。
「でも、もっと大きな嘘のほうを完成させないとね。私はこなたが好きよ。あなたの母親になれて良かった」

 時計の針が十二時を指す。
 これで、私達が親子として過ごせる時間は終わりだった。

「……ずるいよ、かがみ。私も子供側としての最後の言葉を言いたかったのに」
 私はかがみの頬をつねって抗議した。
「迂闊に聞いたら母親でいるのを延長したくなるかもしれないから、仕方ないじゃない」
 かがみの言うことは一方的だと思った。
 偽りの関係がもっと続けばいいと願うのは、かがみだけではない。
 タイムリミットがあるから許されていたのだとしても、私が継続を望んだのは確かだった。
 だから言うべき事はわからなくても、元の関係に戻る前に何かを言っておきたかった。
「そうだ、かがみ。今日からは遠慮なく私を助けてくれていいんだよ?」
 私は悔し紛れの攻撃として、浴室での会話をネタにした。
 しかし――。
「なに言ってるのよ。そんな事してたら、何も出来ない大人になるでしょ。自力で頑張りなさい」
 かがみはあっさりと私の言葉をかわした。
 それどころか、今まで以上に厳しくなることを予感させる反撃さえ残して。
「そこをなんとか。いきなりは変われるはずが無いんだし、せめて猶予期間を~」
「こら、引っ付くな。あんた服を着てないって事を忘れてるだろ。こんな所を見られたら誤解されるでしょ」
 私がふざけて、かがみが怒る。
 そこに友達以上の関係は存在しない。
 今までと何も変わらないやりとりだったが、心の中だけが変わっていた。
 すべての嘘が終わって、私達は疑うことから開放された。
 きっと今日から私達二人は、何も考えずに笑えるようになるだろう。

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