らき☆すた・ファンタジー『Another』第二章

2―1

「暑い……あ~づ~い~……!!」

そう言いながら、フードを被ったこなたがぼやく。エメラルドグリーンの綺麗な瞳は疲労により台無しになっていた
周囲は、見渡す限りの砂漠である。汗が噴き出す傍から蒸発するほど、気温は高い

オーフェンを出てから、既に十日は経っている。街道を四日間かけて南に下り、砂漠を見つけ、『あと少し』と意気込んだまではよかたが……

三人は、完全に迷子になった

砂漠の町〈パフライン〉は大きなオアシスに作られた町で、砂漠に入ってから二日ほどで着く距離にある
それは『直線距離で』の話だが

「仕方……ないでしょ……? サーバは……ヴァルカンの影響を……直に受けてるんだから……」
「それは……わかってるけど……」

かがみが言う通り、サーバ地方にはヴァルカン――火を司る神がいる神殿があると言われている
その力が強すぎるためにサーバ地方は灼熱の大地になってしまったのだ

「暑い……熱い暑いあつい熱い暑いあつい暑いあつい厚い~~~~!!!!」

そうごねたのはこなたでもかがみでもなく……普段は温和なつかさだった
もともと体力があまりないつかさだ。熱に当てられて理性という名のリミッターが外れたのだろう

「つ、つかさ!?」
「落ち着いて、つかさ!! 騒いだら余計に体力が……」
「暑い………あ……つ……」

全てを言い切ることなく、彼女は倒れ……そうになるところをかがみが受けとめた

「うっわ!! 凄い熱!!」
「ヤバい! 早くパフラインを探さなきゃ!!」





それから数時間後に、三人はパフラインを見つけた
広大な砂漠をあてもなく歩き回ったというのに……見つかったのは奇跡に近いだろう

「熱射病ですね。後少し遅かったら命に関わってました」
「良かった……」

「ありがとうございます、先生」
「いえ、それが私の仕事ですから。それよりも……」

ふゆきは、先ほど担ぎ込まれてきた少女がいる隣のベッドを見た
少女は町を出た際に魔物にやられたらしく、その傷は現在の医術ではどうすることもできないほどひどかった
しかし今、こなたが治癒術をかけてくれている
傷口はみるみるうちにふさがっていく。完治するまで、そう時間はかからないだろう

「あの子、三賢者の一人なんですよね? 治癒術でこの子を治せなかったんですか?」
「それは……治癒術が効かないからだと、こなたは言っていました」
「効かない……?」

その言葉をうまく理解できなかったようで、ふゆきは首を傾げた

「治癒術は人体の代謝を高める魔術なんです。だからケガをしてもすぐに治りますし、病気も治ります」
「……なるほど……」

ふゆきはしきりに頷き、納得する

「原因が身体そのものにある熱射病は、回復対象に入らないんですね?」
「おそらく……」
「ふい~……ちかれた~……」

こなたが奇妙な溜め息をついてこちらに歩いてきた
少女は気を失っているためにベッドに横たわったまま。だがその傷口は、さっきまで大量出血していたとは思えないほど綺麗に塞がっていた

「魔力を半分くらい使っちゃったよ……」
「貴女がいなくちゃ、あの子は助けられませんでした。ありがとう」

頬を少し紅く染めるこなたを見て、かがみは『やっぱり照れ屋なのね』と思っていた

「ところで、なんでここには大人の男性がいないの?」
「そうよね。私も疑問だったわ」

村に着いた時、出迎えたのは30代ほどの女性。ここまで案内してくれたのは少年。そして病院の先生までも女性だった
尋ねるとふゆきは視線を下げ、ボソッと呟いた

「……南の砦に、連れていかれたんです……」
「「え……?」」
「一ヶ月くらい前、ラミア軍の人間が無理矢理連れていったのよ。砦の更に南にある〈炎の神殿〉への橋を造るためだとか」

町民が働かされているのは、オーフェンだけではなかったのだ
その事実を知ったかがみは拳を握りしめ、身体を怒りで震わせた

「許せない……ラミア軍め……!!」
「つかさが起きたら、すぐにでも砦に向かおう!」
「ち、ちょっと待って? 砦に行って、何をする気ですか?」

そこで二人は、事の経緯を全て話した
オーフェンが軍に滅ぼされたこと、村人が砦・城で働かされていること、彼らを助けるために旅をしていたということ、そして――らき☆すたーのことも

「……そうだったんですか」
「だから私達は、行かなきゃならないんです」
「村の人達を助けるために、らき☆すたーを手に入れて、かがみの姉さんを生き返らせるために」

ふゆきは引き止めるつもりだったが、その二人の瞳を見て、引き止めるのは不可能だと判断した

「でも、アナタたち三人だけだと少し心細いですね。でしたら……」

その時、町の東側から悲鳴が聞こえてきた。三人は一斉に立ち上がり、病院を出て東を見る
出入口から遥か先、巨大な芋虫のような魔物が砂の中から顔(頭部?)を出していた
先端は口が大半を占めており、牙が無数に蠢いている

「あれは世界最大の昆虫……サンドワーム!?」
「町に男性が少ない理由は、サンドワームにもあるんです。作物を荒らすので退治しに行くんですが、帰ってきたものはだれも……」

視線をさげたふゆきを見て、二人は決意した

「こなた!」
「うん! 行こう!」

二人は走りだし、サンドワームのもとへと向かった!





「……なんなのよ、このサイズは!? 昆虫ってレベルじゃないわよ!!」

砂から頭部のみを出したサンドワームの直径は、3mは軽く越えている。それと比例するとしたら、体長はとてつもなく長い!!

「とりあえず……やるしかないよ!!」
「わかってる!」

かがみは剣を鞘から抜き、サンドワームの真上に飛び上がった

「――空翔斬!」

そこからサンドワームに向けて一気に振り下ろす!

しかし、前述した通り、サンドワームの直径は3mは越えている。口の直径も2mは越えているだろう
対して、かがみの身長は約1、6m。すなわち、彼女の身体はサンドワームの口に『すっぽりと収まってしまう』のである

「あ」

かがみの身体は、奈落(サンドワームの口)へと落ちていった

「……は……!?」







「くっそ……やばいわね……」

ここはサンドワームの中。ただ飲み込まれただけなので無傷、しかも腸内が柔らかかったために落下の衝撃もほとんどない
だが、このままいると消化液によって溶かされてしまうだろう。早く脱出しなくては

「……ん? 騒がしいわ……ね……?」

その光景を見て、かがみは唖然とした

「レフト、あがったぞ!」
「任せた! ……よし、キャッチ!!」
「ファーストに戻れー!!」

かがみの目の前では、サンドワームに飲み込まれたであろう人間達が楽しそうに『野球』をしていた

「やあ。はじめまして。貴方もサンドワームに飲み込まれたのですか?」

不意に、一人の中年男性がかがみに近づいてきた

「あの……何やってるんですか?」
「何って、野球だよ。見てわからんかね?」
「いや、そうじゃなくて……」

当り前のように言うオッサンを見て、さっきまでサンドワーム退治に燃えていたかがみは少し恥ずかしくなった

「なんでこんなところで野球やってるんですか?」
「いやー、出るに出られないし、どうせ消化されちゃうなら最期くらい楽しい思い出を、ってね。結構、食べ物も入ってくるし」

隣にあるサイドワインダー(ヘビの魔物)の皮を指さしてオッサンは言った
辺りを見回すと、確かに広いスペース。しかも何故かグローブやら野球ボールやらが多数転がっている

「……と、とにかく! ここから出る方法を探さなくちゃ!」
「そうは言ってもね、今までここから出た人間なんて」
「危ない!」

オッサンが言い切る前にそんな声が響いた
打者が打ったボールがかがみに向かって一直線に飛んできたのだ!

「おじさん、ちょっとどいて!」
「おわ!」

かがみはオッサンを押し退け剣を抜き、飛んできたボールに向けて一閃!
ボールは真っ二つに割れ、かがみの両サイドを飛んでいった

『おお~~~~!』

その妙技に、一部始終を見ていた人達は歓声をあげる

「……待てよ?」







「か、かがみが……食べられ、ちゃった……」

こなたはサンドワームを見上げ呆然としていた

(い、いや……落ち着け、落ち着けよシロ……じゃなくてこなた……かがみは丸呑みされただけで……って)

地響きが起きたと思った時、前方からサンドワームが突進してきた!

「こんな状況で落ち着けるわけないじゃんかぁ~!!」

全速力で走るが、到底逃げ切れそうもない。彼女とサンドワームの距離は縮まっていくばかりだ

「ダメだ……潰される!」

こなたが諦めかけた瞬間、地響きが止み、悲鳴にも似た音に思わず耳を塞いだ
後ろを向くと、頭(?)を天に向け吠えているサンドワームの姿があった
その腹部はいつのまにか縦に裂けていて、中から大勢の人間が溢れて出てきた

「な、なに……? あ、かがみ!!」

その人達の雪崩が止み、全員が出てきたと思った時、かがみが飛び出してきた
次の瞬間、サンドワームは地面に潜り込んだ。出てくる気配は見られない

「かがみ! 良かった、ちゃんと出てこれたんだ!」
「まあね、サンドワームの中が柔らかくて助かったわ。さ、戻りましょ」
「うん!」





「……まさか中で生きていたとは、驚きです」

ふゆきは窓の外を見ながら呟いた
妻と対面し喜ぶ者や食べ物を貪る者……反応は皆それぞれだ

「にしても、お腹を切り裂いて出てくるとはエグイねぇ。サンドワームに同情するよ」
「仕方ないでしょ!? そうでもしなきゃ助からなかったんだから!!」

さっきまで死ぬかもしれない状況にいたとはまったく思えない二人のやり取り
それを見ていたふゆきは小さく笑った

「そうだ。アナタたち、この子が起きたら南の砦に向かうんですよね。でしたら……」

椅子から立ち上がり、自分の机に歩きだす
引き出しを開け、取り出したのは方位磁石だった

「これを持っていってください。砂漠は広いから、迷ったら大変ですから」
「あ、ありがとうございます!!」

かがみは方位磁石を受け取った
方位磁石は、一個人が持つには高価すぎる代物で、かがみは学校でしか使ったことがなかった
使い方を思い出すかのように方角を確かめた。指針を北に合わせて、現在向いている方向は南南西であることを確認。しっかりと覚えていたようだ
ただ、隣から覗き込んでいたこなたにはちんぷんかんぷんだった

「それから……いくら賢者がいるとはいえ三人だけだとちょっと不安ですから」

そう言うと、ふゆきは窓の向こうを見る

「西の方角に、もう一つオアシスがあります。そこに住んでる『高良』という人物を訪ねるといいですよ」
「高良!?」

その人物の名を聞いたこなたは、目の色を変えた

「知ってるの? こなた」
「知ってるも何も、高良家は――」

 






“契約者、高良みゆきよ。我に何を望む?”

デ・ザート砂漠のとある地点で、その『者』は尋ねた。灼熱の巨人と呼ぶにふさわしい、炎の精霊イフリート

「召喚という力を試してみたかったというのが本音ですね。私が召喚師としての力を受け継いだのはつい最近のことでしたから」

その問に、隣にいた高良みゆきが答えた。イフリートの契約者であり、『現』三賢者の一人である
手には、かつて戦女神が使用していた伝説の剣――光剣ワルキューレ。そして彼女の視線の先にいるのは、こなた達が退治したものよりも一回りは大きいサンドワーム

「小さい頃から貴方たちと遊んだりはしましたが、使役するとなると話は別ですからね。実際に召喚できるか、試してみたかったんです」
“確かにな。だが、力を試すためだけに我を召喚したのではなかろう?”
「もちろんです。あの実験を今日、行います」

みゆきは持っていた光剣ワルキューレを、サンドワームに向けた

「契約者『高良みゆき』の名において、炎の精霊イフリートに命じます。私に御身の、炎のご加護を」
“承知した”

イフリートの身体から赤い光が出現、みゆきの身体の中へと入って行く

「……『精霊の魔力をもらうことで、印を持たない人間が魔術を行使できるようになる』という、私の仮説は正しかったようですね。私の中に、イフリートの魔力を感じます」

小さく呟いたみゆきのすぐそばにまでサンドワームが来ていた
しかしその事態に慌てず、みゆきは魔術の詠唱を開始する

「――フレイムランス」

呟いた瞬間、天空から炎で出来た槍が飛来!
それがサンドワームの身体をやすやすと貫き、身体中が炎に包まれた!!

「ご苦労様です、イフリート。もう戻ってくださって結構ですよ」
“承知した”

サンドワームが燃え尽き、炭と化す姿を見届けてから、イフリートは陽炎のように消えていった

「……この……力さえあれば……」

砂へと還るサンドワームを見ながら、不適な笑みを浮かべるその姿を目撃した者は誰もいなかった





2―2


こなた達一行はデ・ザート砂漠を西へ向かっていた
目的はもちろん、オアシスに住んでいるという高良家である

「風旋脚!!」

これまでに何度も遭遇したサソリの魔物を文字どおり蹴散らしながら三人は進む

「ふう、これで何体目だろ。町の人からもらったレガースとグローブがなきゃ、手足がボロボロになってたよ」

右手にはめた、町の老人が使っていたグローブを撫でながらこなたは呟いた
「サンドワームから助けてくれたお礼」ということで、老人が昔ラミア軍に所属していた際の武器をいくつかもらったのだ
表面には、ラミア軍の紋章が刻まれている

「やー、人助けって良いものだネ」
「実際に助けたのは私だけどね。あんたは逃げ回ってただけでしょ?」
「はぅ!!」

そのやり取りを見ていた、昨日一日ぐっすりと眠って元気一杯になったつかさはクスッと笑った

「あ、あれじゃないかな?」

つかさの指差した先には、うっすらとだがオアシスらしき影があった

「よっし、もう少しだね」
「行きましょう!」



それから数十分後、三人はオアシスに到着した
パフラインよりは小さなオアシス。そのなかに、あり得ないほどに豪華な屋敷が一軒そびえ立っていた

「でか……!!」

かがみ達の暮らしていた村はおろか、アウレにもここまでの屋敷は存在しない
三人はあまりに巨大な屋敷に圧倒されていた

「……と、とにかく話を聞きましょ」
「う、うん」

かがみは屋敷のインターホンを押す
これだけの豪邸、出てくるだけでも相当時間がかかりそうだなぁ、とこなたは思っていた
すると突然、門の上からガラスのようなものが降りてきた

「わ!!」
「な、なにこれ!?」

そこに、桃色の髪の美しい女性が映し出された

『はい、どちら様ですか?』
「な、なんであんな小さなところに人が入ってるの?」
『すみません、驚かさせてしまいましたか?』

女性は三人に向かってペコリと頭を下げた
どうやらこちらの姿も声も、向こうに届いているようだ

『これは投影機というもので、離れた位置の様子を映し出す装置なんです』
「なんだ……びっくりした~……」
「……なんだって言ってるケド……これ、相当な技術力だよ……?」

そう呟いたこなたの姿を見て、女性は一瞬、顔をしかめた
そしてにこやかな笑顔に戻り、何かを操作しはじめた

『今、門の鍵を開けました。すぐに迎えにあがりますので、玄関ホールでお待ちください』

出現した時とまったく逆の軌道を描き、投影機が収納されていく
未知なる技術に圧倒されながらも、三人は言われた通りに門をくぐった





「うぅ……苦ぁ……」
「こなたにはまだ早すぎたかしら?」

応接室に通された三人は机に座りながら、彼女――高良みゆきが出した紅茶を啜っていた
かがみとつかさは美味しそうに飲んでいるが、こなたは舌を『んべっ』と出した

「おおむね事情は理解できました」

紅茶を啜る三人を見て、みゆきは言った

「パフライン、そしてオーフェンの人々を救うために、私の力を貸して欲しいと」
「ええ、ダメかしら?」
「私達には、戦力が必要なの」

二人の問いに答えず、みゆきは立ち上がって窓際まで歩きだした

「……なるほど、今度はそういう方法できましたか」
「え……それって、どういう……」

こなたが尋ねようとした次の瞬間、かがみとつかさが机に頭を落とした

「か、かがみ! つかさ!」

身体を何度も揺するが、反応はない
しばらくして、二人からかすかに寝息が聞こえた

「やはり少量しか飲んでない人間には効き目はありませんか……」

振り返ったその顔には、先ほどまでの笑顔は露ほどもなかった

「何の真似?」
「自分の身を守るためですよ。『ラミア軍の方』」

その言葉に、こなたは面食らった。どうやら彼女は自分達をラミア軍の人間だと思っているようだ
あんな奴らと間違われるのは心外だが、反論しても無駄だこなたは悟った
彼女が勘違いしている理由はおそらく自分の武具にあるのだろう、そう思ったからだ
なぜならこなたが装備している武具には『ラミア軍の紋章が刻まれている』

「母を連れていき、三賢者としての力が既にないとわかったら私を力付くで連れていこうとして、今回は協力を必要とするフリをする……
 そこまでして我が一族の力を手に入れようだなんて、一体何が目的ですか?」

こなたは一言も発せず、ただみゆきを見つめていた
ラミア軍の目的――らき☆すたーを手に入れるためだろうが、それだけとは限らないのだ
それに、下手なことを言って刺激するよりは、だんまりを決め込んだほうがいい

「……黙秘、ですか。それもいいでしょう」

みゆきは背中に背負っていた鞘から剣を抜き、こなたに向ける
その剣を見た瞬間、こなたの目の色が変わった

「あーー! そ、それ、伝説の『光剣ワルキューレ』!! 実物をナマでみられるなんて!!」
「この剣に対する知識はおありのようですね。では、おわかりでしょう? この剣の強さも」

みゆきのえらく冷静な声で、こなたは我に返った
そうだった、今は興奮してる場合じゃない!

「お帰りになられるなら、命だけは助けてあげましょう」
「そうはいかないよ。こっちだって事情が事情だからね」
「そうですか……では!」

地面を蹴り、みゆきがこなたに向かって突進、こなたに切り掛かる!
そのたびに、こなたは後ろへと飛び、しゃがみ、飛び上がり、剣を回避する
例え反撃をしても、それがガードされてしまえば一巻の終わり。無防備になったところを襲われ、下手をすれば殺される
素手 VS 剣。圧倒的に素手の方が不利だ!

「なかなかやりますね。では、これはどうですか?」

みゆきが高く剣を掲げる。と、その時、剣が炎に包まれた!

「イフリートの加護を受けた、私の魔術を食らいなさい! ――スパイラルフレア!!」
「うそ!?」

一気に振り下ろされた剣から巨大な火の玉が出現、こなたに向かって飛来する!

「く!」

直撃。床に着弾した瞬間、爆風が一気に吹き上げる。終わったと、みゆきは思ったのだが
炭と化しているはずだったこなたは、傷ひとつ負っていなかった
体内にある魔力を周囲に拡散させ、スパイラルフレアの威力をほぼ無にしたのだ

「防御技のひとつ、粋護陣……なかなかやりますね。……ですが」

多大な魔力を放出しなければならないため、粋護陣の使用後は魔力が大幅に減ってしまうのだ
その後の戦闘は当然厳しいものになっていく。それに加え……

「はぁ……はぁ……!!」
「その状態では、もう戦えそうにありませんね」

こなたは魔術師ではない。魔力は通常の人間と同程度、つまり生命維持に必要な魔力くらいしか持っていないのである
前述したが、粋護陣は魔力を多大に消費する技。右手の甲にある白晶石のおかげで常人よりは魔力があるものの、それももう切れかけていた

「終わりにします」
「はぁ……! み、ミラージュアタック!」

こなたとの間合いを一気に詰め、一閃!!
しかし手応えはなく、それどころかこなたの身体をすり抜けて壁に激突しそうになった
振り返って見ると、先ほどまでこなたがいた場所にはこなたの形をした白い塊があるだけ
こなたの本体はみゆきのはるか後ろにいた。最後の力を振り絞り、自分の分身を作り出したこなたは瞬時に離脱したのだ

「……驚きました。まだそんな力が残っているなんて」
「や……やられる……わけ……には……いかない……か……ら……」

戦いを続けようと構えをとるが、彼女はもう限界にまで達していた
こなたの身体は、地面に吸い込まれるように倒れていき、それきり動かなくなった

「……息はありますね……」

ゆっくりとこなたに近付き、脈をはかる
弱々しくではあるが、呼吸もちゃんとしているし脈もある

「どうしましょ……外に放り出すわけにもいきませんし……仕方ありませんね」

そうぼやきながら三人の身体を担ぎ、みゆきは部屋を後にした

 

 

2―3


「……う……」

ボンヤリとした意識の中、彼女は目を覚ました
だが、まるで自分の身体ではないかのように、指一本すら動かすことができない

(……あれ……私達……何してたんだっけ……)

はっきりしない頭で、とにかく何があったのか必死で思い出そうとする

(あ、そうだ……高良さんの家にお邪魔して……それから……どうしたんだっけ……? 確か、紅茶をいただいて……)

そうだ、それまでは確かに覚えている。だが、それ以降の記憶がまったくないのだ
あの紅茶を飲んだあと、急に視界がグラリと揺れて……

「!!!」

頭のボンヤリ感は一瞬で吹き飛び、かがみは飛び起きた
目の前には鉄格子、隣には眠りこける妹の姿、四方は壁に囲まれている
間違いなく……そこは『牢屋』だった

「な……何よこれ!!」

鉄格子に飛び付き、思わず叫んだ
確かに自分たちは応接室にいたはずだ。それがなぜ檻の中!?

「みゆきさんに捕まったんだよ、私達」

突然聞こえた声に振り返り、壁にもたれかかっているこなたの姿を見つけた
腕にはめていたはずのラミア印のグローブはなくなっている
そして、自分の腰に差してあるはずの剣も、つかさが持っていたバッグもいつの間にかなくなっていることに気付いた


「こなた……捕まったって、どういうこと?」
「……ゴメン、全部私が悪いんだ」

それからつかさを起こして、こなたはあの後に起きたこと全てを話した。
みゆきの母親がラミア軍に連れ去られたこと、自分たちがラミア軍の人間だと思われていること、みゆきと戦ってこなたが負けたこと

「殺しはイヤだからって理由だけで牢屋に入れられてるんだよ。相手がみゆきさんで良かったね」
「で、これからどうするわけ?」

鉄格子を握りながら、かがみがこなたに聞いた

「とりあえず、ここを抜け出そう。そうしないことには始まらないよ」
「けど、どうやって?」
「それが問題なんだよね……武器は没収されてるし、私は魔力を使い果たしちゃったし、つかさの魔術は鉄格子に効かないだろうし……」

右手の甲にあった白晶石は光を失い、ただの灰色の石と化していた。白晶石の魔力が尽きたのだ
魔力は時間の経過により少しずつ復活するが、完全に復活するにはおそらく数週間はかかるだろう。そんな長い時間、待ってられるはずもない

「あら、皆さん。もう起きてらっしゃったんですね」

かがみが顔を鉄格子に向けると、みゆきが優しく微笑んできた
その顔に怒りは微塵もないようで、こなたは胸を撫で下ろす
両手でプレートを持っているが、角度的に何が乗っているか見えない

「皆さん、丸一日眠っていたんですよ? お腹も空いていることでしょうから、食事をお持ちしました」

鉄格子の鍵を開け、みゆきがプレートを持って中へと入ってくる
地面に置いた時、その上に何が乗っていたのか判明した。大量のサンドイッチだった

「……敵のはずの私達に食事を振る舞うなんて、どういう風の吹き回しよ?」
「いえいえ。餓死されても困りますので」
「そんなこと言って、本当は毒とか入ってるんじゃないの?」

互いに目を見つめたまま、二人は微動だにしない
かがみ達にとって、これは生死を分ける重要な戦い。本当に毒が入っている可能性も捨てきれないのだ
だが……その睨み合いは、横から聞こえてきたムシャムシャという擬音で終結した

「はむ……むぐむぐ……」
「お姉ちゃんも食べなよ。すっごく美味しいよ?」

サンドイッチを口の中に詰め込むこなたと、何の疑念もなくサンドイッチを差し出してくるつかさに、かがみは『がたーんっ!』と音がするくらい激しく倒れた

「あんたらねぇ!! 少しは疑うとかしなさいよ!?」
「はっへぇ~……」
「お腹空いてたから……我慢できなくて……あ、はい」
「あ~も~……」

頭をくしゃくしゃ掻きながら、かがみはつかさからサンドイッチを受け取る

「っふふ、仲が良いんですね」
「こんな調子だからね、こいつら。私がしっかり面倒見なきゃならないのよ」

サンドイッチに群がる二人を横目に、かがみは先ほどつかさから受け取ったサンドイッチを頬張る
毒の類は入っていなかった。と、思われる

「夜が空けたら解放します。それまではここで我慢してくださいね」

そう言ってみゆきは牢屋を出ていった
薄暗い牢屋――おそらく地下なのだろう――だったためにわからなかったが、今は夜らしい
夜中は砂漠の気温はマイナス五十度を超えてしまうらしい。今、外に放り出されなくて本当によかった

「さて、私も二つ目を――」

と、二人の方を見てみると、お腹をパンパンにして仰向けに横たわる二人の姿が

「うぅ……食べ過ぎたぁ……」
「お腹痛い……」
「……あんたらは……」

 

 

2―4


「あんたら、なんで私の分まで食べちゃうかなぁ」
「ごめんなさい……」
「腹ペコで、つい……」

牢屋の中で土下座する二人。かがみは腕組みをしながらそんな二人を見下ろしている
なんだか珍妙な光景である

「こなたは私達が寝てる時に戦ってくれたから仕方ないけど……なんでつかさまで食べまくってたのよ?」
「あうう……美味しかったから……ごめんなさい……」

涙目になりながら必死に頭を下げるつかさ

「……まあ、いいわ。それなりにお腹は膨らんだし、ダイエットだと思えば」
「ありがとう、お姉ちゃん……」

顔をあげてかがみを笑顔で見つめる
『この笑顔には勝てないな』と思いつつ、鉄格子に手を掛けた

「とりあえず、朝になったら帰れるのよね」
「でも、高良さんは?」
「諦めるしかないわね。言っても信じてくれそうもないからね」
「そうなったら」

いつのまにか牢屋の隅っこにいたこなたが声を出した

「戦力は大幅にダウンするね。私、魔術を使えないし」
「そうなのよね……」

元はと言えば戦力を確保するためにここに来たのだが、逆に戦力はダウンしてしまった
この状態でサーバ砦に向かっても返り討ちにあうのが関の山だろう

「武器も返してくれるかわからないしね」
「どうにかできないかな……」

つかさが何気なく扉に手を掛けた、その時……

「「「へ?」」」

ギイという音がして、扉が簡単に開いてしまった

「……」
「……えっと……」
「鍵……掛かってない……?」





「ふう……」

紅茶を飲みながら、みゆきは小さく息を吐いた

「あの三人、まだ私と同年代くらいの年齢ですよね……」

そう、それがみゆきには疑問だった
軍隊に入るには、あまりにも若すぎる年齢である。なのになぜ軍隊にいるのだろうか?
可能性としては……赤ん坊の頃に軍隊に拾われたか、死の間際にいるところを救けてもらったか
『命を救ってもらい、恩返しとして軍隊にいる』というところが妥当だろう
だとすれば……あの三人は騙されている可能性が高い

「……ウンディーネ」
『なんの用ですか? 契約者みゆき』

水色の光が一点に集中し、まばゆい光を周囲に放つ
その光が消えた瞬間、水でできたような乙女が現れた
清らかな水の精霊――ウンディーネである

「こんなことで呼ぶのは忍びないのですが……」
『私達は契約者の命令に従う者。気にしなくても大丈夫ですよ』

微笑みながら、みゆきに優しく語り掛けるウンディーネ
火の精霊、イフリートが放つ厳かな雰囲気とはまるで違う印象である
精霊とは言っても、人間と同じでそれぞれに性格があり、ウンディーネは『優しさ』の象徴なのだ
ちなみにイフリートは『厳格・強靭』の象徴である

「あの三人なのですが、なにか悪意のようなものは感じられましたか?」

ウンディーネは、人の心を見ることができる
と言っても中身を読み取ることはできない。考えている内容を『色』で判断するのだ
黒ければ悪意、赤ければ情熱、青ければ絶望、といった感じだ

『いいえ。少々、黄色く染まっているように見受けられましたが』
「やはり……」

彼女達に悪意はない。つまり……『操られている』
しかし、『黄色』は『焦り』を意味するはず。なにか焦る必要があるのだろうか?

「……まあ、明日聞いてみることにしましょうか。彼女達は悪い人ではないようですし。あ、紅茶どうですか?」
『い、いえ……私は、清流の精霊なので……』
「あ、そうでしたね。すみません」

空になったティーカップを置き、立ち上がる

「ありがとうございました、ウンディーネ」
『いえ。では、私はこれで』

そう言うと、ウンディーネ光の中に消えていった
もう寝ようかなと、灯りを消そうとしたその時、インターホンが鳴った

「こんな時間に……誰でしょうか……」

壁に付けられた機械のボタンを押す
真ん中にあるモニターが、玄関にいる一人の男を映し出した

「どちら様でしょうか?」
『すみません、道に迷ってしまって……今晩泊めてくれないでしょうか』
「構いませんよ。どうぞお入りください」

装備は普通の旅人のもの。武器のようなものは見受けられない
危険はないだろうと判断したみゆきは屋敷の門を開けた

「……あら?」

出迎えをしようと玄関に向かう途中で、みゆきは違和感を感じた
今、牢屋にいるあの三人は初めて投影機を見た時、驚いていたはず
だが、今の男は驚いたような素振りは一切しなかった

(……別のところで、投影機を見たのかしら……)

そう自分を納得させ、玄関へ向かう足を速める

「あ、あら?」

玄関ホールには、なぜか『三人』の男がいた
最初に見たのは確かに一人……ということは、残りの二人は隠れていたのか?

「おい、獲物の登場だ」

リーダー格と思わしき男が言った
その手には……黄金色に輝く剣が握られていた

「――!!」
「けっ、こうもあっさり侵入できるとはな……」
「頭を使うんだよ、頭を。正攻法で勝てるような相手じゃねぇだろ」

剣に刻まれた紋章は間違いなくラミア軍のもの
ということは……仲間を取り返しに来たか、みゆきを連れていくつもりか、そのどちらか
おそらくあの三人は偵察部隊か何か……あわよくば、あの時点で連れていくつもりだったのだろう

「さて、どうする?」
「抵抗できないように痛め付けて持っていこう。武器は持ってないし、俺達のが有利だ」

みゆきの剣は、今は武器庫に保管してあるために丸腰。事前にラミア軍の人間だとわかっていれば持っていったのだが……
精霊を呼ぼうにも、あれは集中する必要がある。つまり……隙だらけとなってしまう

「……ほぉ、やんのか」

拳を握って戦いの構えをとるみゆき
だが、肉弾戦はしたことがないうえに相手は三人、武器も持っている。勝てるとは言えないが……やるしかない!

「小娘が。一人だけで俺達にかなうと思うなよ!」

リーダー格の男が剣を振りかざしてまっすぐに突進!
それを咄嗟のところでかわすが……挟み撃ちになってしまった。おそらく、『わざと外した』

「な……」
「言ったろ? 頭を使うってな」

下卑た笑いを浮かべてみゆきに剣を突き付ける
部下達はみゆきの背後で『かっこいー!』だの『さすがリーダーだぜ!』だの口々に言っていた

「争いごとは好きじゃねぇ。おとなしく俺達に捕ま……ん?」

その時、男の周りを回る白い球体が二つ現れた
特に何かをするわけでもなく、ただくるくると回転しているだけ

「なんだ、こりゃ……?」
「えいっ! 雷牙掌!!」

声がホールに響いた瞬間、片方の球体がもう片方に対して放電。間にいた男は感電し、びくびくと痙攣しながら地面に倒れていった
白い二つの球体はおそらく持ち主がいるのであろう方向へと戻っていく

「!? あなたたちは!!」

その球体を目で追い、持ち主を特定したみゆきは目を見開いた

「ナイス、つかさ!」
「えへへ」

本来なら、牢屋にいるはずの三人がそこにいた
必死に記憶を掘り返して……そして気が付いた。牢屋の鍵を締め忘れたことに
いや、それよりも、この三人もラミア軍の人間だったはず。なぜ味方を攻撃しているのか?

「くそ! なぜお前達がここにいる!!」
「柊かがみ、それに泉こなた!!」
「……え……?」

みゆきは泉というその名字に聞き覚えがあり過ぎた

「みゆきさん、下がって! 武器も持ってない状態でここにいるのは危険だよ!」
「は、はい!」

この三人に危険性はないと判断し、みゆきは一度戦線を離脱。つかさの少し後ろから男達を睨み付ける

「あ、兄貴!」
「ああ! 戦略的撤退だ!」

リーダー格の男を担ぎ上げ、男達は猛スピードで走っていった

「……どこら辺が戦略的なのかな」
「さあ? 言ってみたかっただけじゃない?」
「かもネ」

逃げていった男達を見送りながら、三人はそう口にする
後ろを向くと、みゆきが戸惑ったような顔でこっちを見ていた

 


「あ、あの、泉さん、だったんですね……私、悪いことを……」
「あ~、いいよいいよ。名字を名乗ってなかったこっちも悪かったし」

頭をがしがしと掻きながらひたすら頭を下げるみゆきに言った

「こなた、どういうこと?」
「『泉』『高良』『宮川』。この名字は三賢者にしか受け継がれないんだ」
「これらの名字を持つ者は子孫を残すために軍や自衛集団に入ることを古来より禁止されているのです。ですから……あなた達はラミア軍の手先ではないとわかったのです」

こなたとみゆきの説明にかがみは納得したものの、つかさは完全に理解しきれないでいた。頭の上にでっかいハテナマークが浮かんだのをかがみが確認
しかし他二人はそれに気付いてなかったのか無視して話を進める。その様子を見て、つかさは理解するのを諦めたようだった

「では……最初に言っていたあれは、全て本当のことだったんですか?」
「説明するのも面倒だし、私の記憶を見せるね。さっきのサンドイッチで少し魔力も回復したし」

そう言って、こなたはみゆきとおでこを合わせる
……と言うよりは、みゆきの頭を引いて自分のおでこと合わせた、と言った方が適切だろう

「――リード」

こなたが呟いた瞬間、こなたとみゆきの身体が淡い光に包まれた
それと同時に、みゆきの頭にはこなたの、こなたの頭にはみゆきの記憶が流れてくる

「これ、は……」
「お互いの記憶が見れる……ある意味最強の魔術だよ」

こなたの頭に、みゆきの記憶の断片が流れてくる
それに加え、火、水、雷、土……様々な精霊の知識なども伝わってくる
もっとも伝わるだけで、それがこなたの知識になるわけではないが
そして……二人を包んでいた光が消えた

「なるほど……事情はよくわかりました」
「うん、こっちもわかったよ」

身体を離して、互いの瞳を見つめる

「私とあなた達の敵は同じ……」
「かがみ達の村を滅ぼして、みゆきさんのお母さんを無理やり連れていったラミア軍」
「まず向かう場所は、ここから一番近いサーバ砦ですね」
「これからよろしくね、みゆきさん」

二人は握手をし、互いに協力しあうことを約束した

 

 

2―5


サーバ地方の最南端に存在する『炎の神殿』へと続く橋を作るための砦。それが、サーバ砦である
その中に……各地の町や村から連れてこられた市民がいるはずである
もしかしたら、かがみ達の家族や、みゆきの母親もここに……

「む、誰――」

扉の前にいた男は、仲間に警告を発することもできずに絶命した
男に向かって突進したみゆきが口を塞ぎ、それと同時に彼女の剣が男の心臓を貫いたのだ
人を殺すのは忍びないが……こちらが加減しても、向こうは殺す気でかかってくる
『自分の身を守るため』
昨日見た、こなたの記憶の中で言われていたこの言葉が脳裏に蘇ってきた

「……人は、《業(ごう)》が深い生き物ですね……」

たとえそれが、自分以外の誰かを守るためであっても、殺される側にとってはそんな理屈は関係ない
『背負う』。それが、剣を取って戦う者の《業》である

「命は命を犠牲にしなければ、人は生きていけないのですから……」

剣についた男の血を見つめながら、みゆきは呟く
悲しそうに目を伏せたその顔を見て、こなたは慰めるようにみゆきの肩を叩いた

「だったら……生きてる限り、《業》を背負い続けようよ。犠牲になった人達のためにも、ね」
「……はいっ」

力強く返事をして剣にこびり付いた血を落とし――二人は無言のまま砦へと突入した
 
 
 
その様子を、遠くの高台からつかさとかがみが眺めていた

「……よし、そろそろいいかしら」
「そうだね、行こ……ってお姉ちゃん!?」

かがみは高台を飛び降りて下の地面に見事に着地
その高台を見上げて両手を広げ、

「さ、降りて来なさい。歩いてくると遠回りになっちゃうから」
「え、え~~!?」

高台から下を見下ろして、足が竦んでしまった
ここから地面までは相当な高さがあり、つかさでなくとも足が竦んでしまうだろう
なぜかがみが飛び降りることができたのか、つかさには疑問で仕方がなかった

「大丈夫よ、私がしっかり受けとめるから」
「うう~……えい!!」

勇気を振り絞り、つかさは高台から飛び降りた
だが……その高さは、つかさにとってはやはり高すぎた

「きゃああああああ!!」
「わっとと!」

悲鳴をあげながら落ちてくるつかさをしっかりと受け止め、地面にゆっくりと降ろした

「ふう……ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして。じゃ、行くわよ!」
「うん!」
 
 
 
 
 
『戦力を二つに分ける?』

その数十分前。かがみ達がいた高台の上で、四人は会議を進めていた
どこで入手したのだろうか。サーバ砦の地図を広げて、みゆきがある部屋をトントンと指差す

『風の精霊シルフに調べてもらったところ、この部屋に自爆スイッチがあるようです』
『じっ、自爆スイッチ!?』

かがみが思わず大きな声をあげた
自爆スイッチなんて押されてしまったら、町の人達が吹き飛んでしまう
いや、町の人達だけでなく、自分達も……

『先に町の人達を助けに行くと、自爆スイッチを押される危険性があります。ですが自爆スイッチを無力化に行くと、町の人達が危ない……』

その通りだ。もしかしたら、町の人達を人質として使う可能性がある

『そこで、町の人達を救出に向かう班と自爆スイッチを無力化する班に分ける必要があるんです』
『なるほど……』

そして会議の結果、自爆スイッチの無力化及び陽動はこなたとみゆきの賢者班、町の人達の救出はかがみとつかさの姉妹班となった

『いい? こなた。魔術が使えないからって、みゆきにばっか頼ってちゃダメよ?』
『わかってるってば。それじゃ、行ってくるね』
『手筈通り、私達が侵入に成功したら向かってきてください』
『うん、わかった。死なないでね……!』

コクンと頷くと、こなたとみゆきは高台を飛び降りた
 
 
 
 
 
そして二人は、サーバ砦を駆けていく
襲い来る軍の人間を切り付け、殴り倒し――場合によっては殺していく
断末魔のそれを振り払うのではなく、背に負って、二人は長い通路を駆け抜ける

「――待ってください!」

みゆきはこなたの腕を掴み、制止させる
こなたは慌てて後ろの通路に目を向けるが、人影はない
『追っ手が来たのでは』と思ったが、どうやらそうではないみたいで安心した

「どしたの? みゆきさん」

その問にすぐには答えず、こなたの向こうの扉を凝視する

「……この先は、ちょっとした広場になっています。おそらく、私達の突入を聞き付けた軍の人達が待ち構えているでしょう」
「それじゃ……」
「はい。袋叩きにあう可能性も少なくありません」

みゆきは小さく言うと、剣を床に突き立てて集中を始めた。精霊を呼び出すのであろう
こなたは『精霊を召喚する』ところを初めて見る。半ば興奮気味に、集中する彼女を見つめた

「気高き母なる大地のしもべよ……契約者の名において命じます。出でよ、ノーム!!」
「わわ!?」

みゆきの詠唱に合わせ、黄土色の光が空中の一点に集中する
それが強烈な光を発し、こなたの目を眩ませた

固く目を瞑ったこなたの瞳に闇が少しだけ戻ってくる。光が消えたのだろう
おそるおそる目を開けると……こなたは子供のように目を輝かせた

「の、ノームだ! 魔導書に書かれてた通りの!」

モグラというか狸というか、なんとも形容しがたい姿のノーム
他の精霊達に比べ、やや愛嬌のある体ではあると思うが……精霊というよりは人形みたいである

“っは~、まだ魔導言語を解読できるヤツがいたなんて驚きだぜ”
「あらっ?」

どんな言葉を喋るのか、どんな口調で話すのかワクワクしていたこなたは拍子抜けした
無気力な喋り方。しかも精霊とは思えないほどに言葉遣いが悪い

「一口に精霊と言いましても、様々な種類がいるわけですし……」
「そうなんだ……初めてナマで見たのに、なんかガッカリ」
“そこ! 聞こえてるぞ!”

こなたに指を差して注意するものの、やはり精霊らしさは微塵も感じられなかった

“で、みゆき。俺を呼んだ理由はなんだ?”
「あ、そうでした。実はですね……」

それから数分が経ち、二人に作戦を伝えた後、みゆきが扉に手を掛けた
彼女の左手に握られている剣は、ノームの大地の力を受け取り茶色に輝いている

“まったく、精霊を囮に使うとはな……精霊使いが荒いぜ”
「まあまあ。しばらく喚ばれてなかったらしいからいいじゃん」
“まぁな。おかげで退屈しのぎにはなりそうだ”
「では……行きます!」

みゆきが扉を開き、その陰にこなたと共に隠れる

「……なんだ? この生物は……」
「侵入したのは女二人じゃなかったのか!?」

思った通り、扉の中からはたくさんの男たちの声が聞こえる
そのどれもが、ノームの姿を見て疑問の声をあげている

“大地の力をくらえぃ! グランドダッシャー!!”

突如として男たちの足元に亀裂が走り、その穴から無数の岩塊が噴き上がった
それらが男たちに直撃、悲鳴をあげて倒れていく

「……すごい」

陰からその光景を見ていたこなたは、強力な魔術に、それしか言うことができなかった

“じゃ、あとは頑張れよ~”

それだけ言うと、ノームは姿を消した。亀裂はきれいに塞がり、あとには男達の体が横たわっているだけだ

「泉さん、早く!」
「あ、うん!」

みゆきに急かされ、男たちの間をすり抜けていく。岩塊が二人の体に当たることはない
だがしかし、グランドダッシャーの効果範囲外、つまり後ろの方にいた奴らは無傷なのだ
その無傷の兵士達が二人に襲い掛かる!

「――グレイブ!!」

みゆきが地面に剣を突き立てると同時にその光が床を流れ、みゆきの目の前でサークル状に広がっていく。この間わずか十分の三秒
サークルの内部が陥没し、上にいた男たちは悲鳴をあげて奈落へと落ちていく
数秒後にその穴はキレイに塞がれた。文字どおり、そこは男たちの墓となった

「ふう……」
「みゆきさん、危ない!」
「!!」

全滅したかのように思っていたが、グランドダッシャーを持ち堪えた男がみゆきの後ろで剣を構えていた
位置関係から……態勢を取り直すことはできない!

「これで終わr」
「そりゃ! ドリルハードキック!!」

こなたが高速回転しながら男のわき腹に足から突撃!
直撃を受けた男は吹っ飛び、壁に背中を叩きつけた後に気を失った

「泉さん、ありがとうござ……」

みゆきがこなたに向かってお礼を言おうとすると、当のこなたはフラフラになっていた

「ふぇ~……目~が~ま~わ~るぅ~……」
「い、泉さん……」

お礼を言うことも忘れ、彼女は仲間の痴態に半ば呆れてしまった
 
 
 
 
 
「大変です! 更に何者かが侵入してきた模様! 兵士はほとんどが先の侵入者討伐に出払っており……」

サーバ砦管制室に、一人の男が駆け込んできた。この砦の二番手である
すでに管制室にいた大柄な男に状況を伝えるが……

「くっくっく……」

大柄な男は、壁に埋め込まれた大量のモニターを見つめたまま、不気味に笑うだけだった
モニターは、いずれも青とピンクの髪を持つ少女を映し出している

「どうされますか!」
「お前は残ってる兵と共に新しい浸入者の方に向かえ。こいつらは、俺がじきじきに相手する」
「は!」
「ところでお前」
「なんでしょう?」
「衛生班のやつと付き合ってるそうだな?」
「ぎっくぅ!!」
「組織内恋愛はご法度だ! わかったら別れてこい!」
「は、はい!!」

大柄な男に怒鳴られ、その男は管制室を飛び出した
振り返り、また不気味に笑いながらモニターを見る

「くくく……いいぞ、早く俺のもとへ来い!! あのパトリシア隊長をも薙ぎ倒してきたという、伝説の少女『A』!!!」

 

【元ラミア軍副隊長:サーバ砦最高幹部:ヴァルア四天王“兄沢命斗”】

 

廊下を駆ける青い髪の少女を見つめる兄沢の目は、紅く燃えていた

 

 

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最終更新:2008年05月25日 19:47
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