FILE 3

FILE.3


――埼玉県○○市の陵桜学園の資料室で小早川ゆたかさんが殺された事件ですが、依然として犯人は見つかっていません
  凶器は資料室にあった石膏像と見られており、調べを進めています。また現場にはダイイングメッセージと見られる文字が残されており――


今朝――深夜と言った方が適切だろう――のニュースが、全国のお茶の間に向けて事件の様子等を伝えている
そのニュースを、みさおはリビングで頬杖をつきながら眺めていた
学校は事件が起きたせいでしばらく休校、自宅待機となったのだ
だが、だからといって黙っているみさおではない。警察に全てを任せるなんて、できるはずがないのだ
被害者遺族――泉そうじろうのインタビューVTRが始まったところでテレビの電源をOFFにし、呟いた

「……たく、報われねーよ……小早川も、チビッ子も……」

みさおは立ち上がって上着を羽織り、部屋にいるはずの兄に大声で伝えた

「兄貴ー! ちょっくら出かけてくるわー!!」
「おー、早く帰ってこいよー!」

『自宅待機』ということは兄も知ってるはずだった
だが、みさおと兄の性格ほぼ同じ。割りとすんなり行かせてくれることもわかっていた
いつもは対立ばかりだが、この時ばかりは兄に感謝である

(……待ってな、小早川……私が犯人、見つけてやっから……)


・・・


(さて……来たはいいけど、どうやって入ろうか……)

陵桜学園の校門は彼女の目の前にある
彼女は刑事に見つかるのを恐れて早朝の午前四時にやってきたのだ
だが、早朝なだけに校門は閉まっている。乗り越えようにも、足を引っ掛けるところがない

(……裏にまわってみるか……)

彼女は迂回し、陵桜の裏門に向かうことにした
裏門は忘れ物をした生徒のために常時開けてある。そこなら開いてるかもしれない
ただ、裏門が開いてるのは『常時』である。非常時である今は……

「くっそ……ここも閉まってんのか……」

彼女は思案した
塀は手は届くが、足を引っ掛けるところがない
表門も裏門も鍵が掛かっている。勝手口の類はない

「……壊すしかねーか、やっぱ……」

こんなこともあろうかと、彼女は家の物置から金づちを持ってきていた
できれば使いたくなかったが、背に腹はかえられない

「こら! 何してんねや!」
「のわっ!!」

金づちを大きく振りかぶった瞬間の怒鳴り声だったために、みさおは思いっきり転んでしまった

「あたた……」
「日下部じゃないの!」

腰をさするみさおの上から聞こえた馴染みの声
顔を上げると、そこにはかがみ、そして黒井先生の姿が

「ひ、柊……黒井先生まで……?」
「なんや、みんな考えとることは同じやったか」

みさおの頭に手を置いてかがみの方に顔を向ける

「ここに来る途中でね、先生と会ったの」
「警察に任せんのも癪やかんな、ウチも柊も自分たちで犯人捜ししよ思てたんや」
「なんだよ……ビックリさせないで欲しいゼ……」

パンパンと身体についた土を払い、みさおは立ち上がって黒井先生を見上げた

「この時間帯なら警察はおらへんからな。かと言って、自分たちだけじゃ指紋やらなんやらで情報不足や。せやから……」
「黒井さん、お待たせしました!」

かがみとみさおの後ろから、少し疲れているような声がした
振り返ると婦警さんが、自転車の上から挨拶してきた

「な、成実さん……」
「成実……?」

かがみが呟いたその名前に、みさおは聞き覚えがあった
確か……そう、小早川ゆたかの実姉、成実ゆいだったはずだ

「成実さん、思とったより早かったな」
「ええ、大急ぎで資料を集めて来ました。それより、手伝わせてしまってすみません」
「ええって。同じ目的を持った仲間同士やんか。こっちこそわざわざ持ってこさせてすまんな」

ゆいの言葉を裏付けるかのように、自転車のカゴの中にはたくさんのクリアファイルが詰め込まれた袋があった
捜査資料だろうと、みさおは確信した

「かがみちゃんも来てたんだ。えと……そちらはみさおちゃんだね。ゆたかから話は聞いてたよ」

聞いてた。あえて『過去形』で言うゆいに、みさおは少し心が傷んだ

「成実さん、なんでここに?」
「んぅ? もちろん犯人の手掛かりを探すためだよ。昨日は怖くて侵入できなかったから……黒井さんに同伴を求めたの」
「ウチも探すつもりやったしな。それにいろいろ情報も欲しかったから、成実さんに頼んで資料をコピってきてもらったんや」

そう言いながら、黒井先生は自転車のカゴから袋を持って肩越しに担ぎ上げる
その黒井先生の話を聞いて、かがみは小さく『犯罪じゃないの?』と呟いた

「んじゃ、行こか」
「あ、待ってください。鍵が……」
「ウチは職員やで? 鍵くらい持っとるっちゅーねん」

ひらひらと鍵を見せつけ、鍵穴に差し込む
ギギギという鈍い音を響かせながら裏門が開いた

「ほな、今度こそ行こか」
「「はい!!」」

先に行く黒井先生の背中をかがみとみさおが追い掛ける
その後ろで、ゆいは門を見つめたまま考え事をしていた

「成実さん、早くー!」
「はいはい、今行くねー!」

首を傾げながらも、三人の後を追い掛けた

(変だな……? 昨日入ろうとした時は確かに開いてたはずなのに……)

 

その頃、学校の近くを一人の少女が歩いていた
右手には携帯電話、左手には――

「……あ、もしもし? 私。こんな時間にゴメンね。今から学校の方に来てくれないかな。……うん、うん、こっちからもそっちに向かうから。じゃあ、また後でね。
 あ、あと、あなたの家族は起きてる? ……わかった。じゃあ、起こさないようにこっそりね」

電話を切って、ポケットにしまう
ゆっくりと歩きだし、電話をしていた相手の家に向かう

「……殺してあげる。本当に、あなたが犯人なら……」

その声は、先ほどまでの声とはまるで違っていた
……殺意。今の彼女――岩崎みなみにあるのは、それだけだ

 

・・・


「ここ……よね……」

資料室のドアノブに手を出したまま、かがみの身体がピタッと止まる
当然といえば当然の反応である。惨劇が起きた現場など……みたいはずがない
加えて、一番初めに見た惨劇は、自らの……親友のものだったから
彼女の心の傷は、相当深い

「……」

そんな彼女の肩に何かが触れ、振り返る
真剣な眼差しをしたみさおが、かがみの瞳を見つめていた
『乗り越えなくちゃいけない』。そう伝えたいのだろう
かがみは小さく頷くと、覚悟を決め、資料室のドアを開け放った

時間が経過しているだけに、もはやゆたかの死体はなかった
司法解剖を行うために、ゆたかの死体は警察に持っていかれたのだ
現場にはゆたかの体勢を表すテープと血液だけが生々しく残されていた
日はまだ出ていないが、早朝ということもありそれなりに明るい
電灯を点けなくても識別できるのは良かったものの、薄暗がりで見るこの光景はかなり気持ちが悪い

「ここで……ゆたかが……」

口元を押さえたゆいの瞳からあふれ出てくる涙を、かがみがそっと拭う

「成実さん、今はまだ、悲しんでいる場合ではありません。早くゆたかちゃんを殺した犯人を見つけましょう」

みさおのおかげで立ち直ることができたかがみの言葉に説得力はあるかと問われたらなんとも言えないが、それでも励みにはなる
早く犯人を見つけなければ、ゆたかが報われない

「そうだったね……子供に教えられるなんて、お姉さんびっくりだ。たはは……」

覇気はなかったものの、幾分か元気を取り戻したようだった
その様子を見てから、みさおは部屋中を見渡す

「さて……この状況で捜査っつってもな……」

事件が起きてからすでに何日も経っている。証拠になりそうなものは全て鑑識が持っていっているだろう
第一、残されてるものは血液とテープのみ。捜査のしようがない

「そこで成実さんに持ってきてもろたコレや」

捜査資料の束を床にドサッと置く
一番うえにあったのは、ゆたかの死体を撮った写真だった

「そういえば、凶器はここの石膏像だったのよね」
「ああ。私が来た時には、そこらじゅうに破片が飛び散ってたよ」

彫刻の置いてある棚の一つ空いたスペースを見て、かがみが何気なく言った
たしかに、写真にも赤い血溜りの中に白い何かが写っている。これが石膏像の破片だろう

「死亡推定時刻は目撃証言から、お昼休みからみさおちゃんが発見するまでの数十分間」
「ふむ……死因は失血死やと。即死じゃないっちゅーことは、苦しみながら逝ったんやな、小早川は……」
「……ん……?」

ゆたかを撮った写真をパラパラとめくりながら、みさおが不思議そうに首を傾げた

「どした?」
「あ、いえ……ここがちょっと不自然だなって……」

そう言って写真を覗き込んだかがみにみさおが指差したのはゆたかの左手の部分だった
人差し指だけが不自然に伸びている。まるで、何か文字でも書いていたかのように

「日下部、テレビ見てないの? ゆたかちゃん、ダイイングメッセージ残したのよ?」
「マジか!?」

テレビは、見ていたことは見ていた
ただ、ボンヤリと眺めていただけだったので耳に入っていなかったのだ

「ここだよ」

ゆいが指差した場所には、確かに血液が文字とおぼしき形で残っていた
その文字とは……

「……『丸太』『R』?」

そう、ただ血で『丸太』、そして『R』書かれているだけだった

「ゆたかは刑事ドラマとかよく見ててね、こういうのを解くのは結構得意だったよ」
「じゃあ、このダイイングメッセージも……」
「うん、普通に考えたら解けないと思うよ」

ゆたかが残したダイイングメッセージを見ながら、みさおはあれこれ思案する
『R』がなにかの頭文字なのか? 『丸太』はどこかの丸太小屋でも差しているのか?
いろいろと考えるが、答えらしい答えが一向に出てこない

「目撃者もゼロやからなあ……」
「田村さんも途中で別れたって言ってたし、犯人の手がかりはそれしか……」
「Rか……ローマ字だと十八番目だよね」

あれやこれやと知恵を持ち寄る三人だが、やはり答えになりそうなものは出てこない

「……なぁ、聞きたいことがあるんだけどさ」

それまでずっと文字を見つめていたみさおが振り向いた

「成実さん、指紋の方はどうなってるの?」
「え? ああ、破片についてた指紋ね。ちょっと遅れてて、まだ二・三年生の分しかできてないんだ」
「……指紋はまだないか……。じゃあ、黒井先生」

ゆいから黒井先生に向けて首を動かす
その黒井先生は、初めてみるみさおの真剣な表情に少し戸惑っているようだった

「生徒全員の名簿、見せてもらえないですか?」
「か、構へんけど……ちょっと待っとれや」

資料室を出て、職員室へと歩いていく黒井先生
それから三分後、大きめのファイルを三つ持って戻ってきた

「これが一年ので、こっちが二年。そっちが三年のや」
「ありがとうございます」

ためらいなど一切なく、みさおは一年生の名簿を見始める
数ページほどめくり、二年生の名簿へと手を伸ばす
そしてそれが終わった時、今度は三年生の名簿へと移っていく

「……そうか……やっぱり……」

名簿を閉じて、みさおは三人の方を向いた

「物的証拠はまだないけど……状況証拠やダイイングメッセージから推測すれば、犯人は……」


・・・


「こんな時間に、なんの用ですか?」

岩崎みなみの目の前に、一人の女性が立っていた
先ほど電話をしていた相手と合流したのである
もともと人通りの少ない通りなので、そこにいる人は二人しかいない

「……さっき、ゆたかの殺人現場に行ってきて、そして犯人がわかった」
「!!」

みなみの言葉に、女性の顔から血の気が引いていく

「ゆたかが残したダイイングメッセージを直接見て、閃いた。『丸太』と『R』……あれは、犯人の名前を示していた」

女性は何も言わず、ただ黙ってアスファルトの道路を見つめていた

「『R』とはローマ字の意味、そこでもう一つのダイイングメッセージ『丸太』をローマ字変換してMARUTAとする。この中のローマ字を入れ替えると……『TAMURA【田村】』」
「!!」

女性の額から脂汗がびっしりと浮かび上がってくる
目の焦点が合っておらず、間違いなく動揺していた

「だ、だからって、私が犯人だとは……」
「残念だけど……その言い逃れはできない」
「え……」
「あなたが犯人だとわかったのは、本当に偶然だった。さっき、陵桜の学生名簿を見てきたけれど……この学校に田村という名前の人間は……」

目一杯に溜めた後、みなみは左手の人差し指を突き付けた

「『田村ひより』さん、あなた以外にいなかったのよ」
「!?」

 

 

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。