「鬼の目にも涙、そして…」ID:qR1VCFM0氏

―――――アキラサマ、ワタシハアナタノダイファンデス。イツモオウエンシテイマス。


片仮名だけで、しかも赤字で雑に書きなぐられている文章。
最初にこの手紙を見たときは、とてつもない恐怖を覚えた。
でも、今では彼女はもう慣れていた。


この手紙は、一週間に一回、必ず届いているからだ。
しかも、全く同じ文章で。



* * *



「マネージャー、この手紙、送り主わかんないわけ?」

今回で丁度10通目になる手紙をひらひらさせながら、あきらは尋ねた。
彼女のマネージャーはメモ帳をのページを捲って、あきらのスケジュールの確認をしていた。

「住所が書いてないからねぇ……。ちょっとわからないわ。でもあきらちゃんのファンってことは確かじゃない?」
「そーかなぁ? こんな手紙送ってくるなんて、アンチとしか考えらんないんだけど」
「あきらちゃんはいつも考えが卑屈ねー。そういう考え方ばっかりしてると、嫌な大人になっちゃうわよ?」
「いーのよ。どーせ私はロクな女じゃないんだから」

いつもアシスタントの白石や番組スタッフたちにキツくあたるあきらでも、マネージャーとは対等に話すことにしている。
それがいつもお世話になっているからという義理人情なのか、
一人の人間として彼女をとても気に入っているからなのかは解らない。

「――――にしても、こんな手紙いちいち書いて送ってくるなんて、暇なヤツよね」
「なんで手書きだってわかるの? コピーしてるかもしれないじゃない。それだけ同じ内容だと」
「こないだ手紙を全部重ねて、明かりで透かしてみたのよ。似てるようだけど、全然違うの」

楽屋の端に、封が適当に切られた封筒が何通か固められていた。
あきらはそれを横目でチラリと見て、クックッと笑う。

「私に何か恨みでもあんのかしらね? さては白石あたりの悪戯かな」
「ふふふっ。そうかもしれないわね。ところであきらちゃん、今週のスケジュールだけど……」



そのときは、大して気にしていない素振りを見せた。
しかし、彼女は本当は眠れないほど恐怖していたのだ。



手紙だけではない。他にも、彼女を震え上がらせる出来事が他にもあったからだ。
手紙と共に、あきらを収めた写真が同封されていたことがある。
さらに家に無言電話がかかってきたり、留守番電話に何十件もの用件が記録されていたこともある。
さらには、帰り道に何者かの気配を感じることもあった。


こんなことが頻発するものだから、彼女の体調はもちろん良いはずがなかった。
睡眠不足、栄養失調、ストレス。食欲不振。
そんな言葉が、彼女の体を確実に蝕んでいた。
関係者、特にマネージャーには心配をかけさせたくないために、ビタミン剤やらを幾つも買い漁った。
しかし、それにも限界が近付いていることを、彼女はうすうす感づいていた。



―――――そろそろ、私もブッ倒れるかな―――――



仕事の最中に、よく考えるようになっていた。



* * *



「らっきー☆ちゃんねる、始まりました。アシスタントの白石みのるです」
「……」
「あきら様? あきら様?」
「……あっ。み、みなさんおはらっきー☆ 小神あきらでぇーっす!」
「あきら様がボケーッとするなんて、珍しいですねぇ。何かあったんですか?」
「別にないわよ。ホラ、番組進めなさいよ」

らっきー☆ちゃんねるの収録中も、あきらは上の空だった。
最近自分の身に降りかかる災いが頭の中をめぐりめぐって離れない。

「―――――埼玉県の眼鏡っ子激LOVEさんからのお便りでした。あきら様はどう思われますか?」

白石が話をふる。あきらは鬱陶しそうに顔を白石に向けた。
もっとも、ラジオ番組なのでリスナーに表情は見えないが。

「んー……。ごめん、ちょっと難しくって答えらんないわ」
「え……。あきら様、ほんとに大丈夫なんですか?」
「は?」
「だって、そんな『ごめん』なんて言葉をあきら様が使うなんて……」

白石が戸惑った表情を見せる。当たり前だ。いつも番組一回につき五回はあきらから罵声を浴びせられているのだから。
番組も中盤、ここまであきらの発狂は皆無。白石どころか、番組スタッフまでもが戸惑っている。

「……大丈夫よ。小神あきらは元気です! みなさん、いつも応援ありがとうございます!」

無理に笑顔を作るあきら。もちろん笑顔はひきつっている。
白石らは心配そうな顔をしていたが、すぐに番組の進行に戻った。



* * *



「ただいま~……っと」

荷物を降ろして、部屋の電気を点ける。
東京に一人暮らしを初めてもう2年。中学入学と同時に始めた一人での暮らしに、あきらはすっかり慣れていた。

「えーっと、これがクレカの明細……」

部屋に届いていた郵便物を一つずつチェックする。
その中には、あの封筒が混ざっていた。

「またあいつか。飽きないわねぇ……」

溜め息をつきながら、その封筒の封を切る。別に内容を確認する必要もないとは思っていたが。
しかし、中には彼女の予想とは違う物が入っていた。

「ちょっと……何なのよ、コレ……」

いつもと変わらない、白い紙に雑に書きなぐられた赤い文字。
しかし、内容が普段とは違ったのだ。



―――――モウアナタシカミエマセン。モウアナタシカミエマセン。モウアナタシカミエマセン。



同じ事が、何回も、何回も書かれていた。

「……気味が悪い……」

その手紙を、封筒ごとビリビリと引き裂くあきら。そのままベッドに直行し、床に就いた。
頭の中で、あの赤い文字が焼きついて離れない。


あきらは何度もうなされて、ついには不眠のまま翌朝を迎えてしまった。


「……まぁいいわ。今日は仕事もないし」

いつもの週間で、新聞を階下まで取りに行く。
ポストを開けると、そこには、またあの封筒があった。

―――――何十通も。

あきらは震えた。

「何なのよ、何だってのよ、一体!」

部屋に全てを持ち帰り、中身を確認する。全て昨晩見たものと内容は同じ。
しかし、一通一通ではっきり違うところがあった。

文字が、徐々に雑さを増しているのだ。

雑というよりは、明らかに一文字一文字に込められた力が違う。
最後の一通は、文字が何箇所も掠れていた。

「私に何か恨みでもあんの!? だったら正々堂々と、面と向かって言いなさいよ!
 こんなファンレター、受け取っても嬉しくないっつーの!」

そう叫ぶと同時に、体がふらつく。
支えるものを近くに有しなかったあきらは、そのまま床に倒れてしまった。

これまで溜まってきたストレスがついにあきらの体を蝕んだのだ。
あきらは床に仰向けに倒れたまま、動くことができなかった。



―――――あーあ……。私、このまま死ぬのかな。



意識が朦朧(もうろう)としている。あきらは霞んだ目に涙を浮かべた。



―――――アイドルとか言って結構でしゃばってきたから、バチが当たったのかしらね。



目を閉じて、『その時』を待つ。我ながらなんてネガティブなんだろう、と思った。


「あ、あきら様!?」

男の声。



―――――え?



「あ、あきら様どうしたんですか! うわっ、ひどい熱だ……」
「ちょっ、ちょっと」

突然あきらの家に入ってきた男は、あきらの額に手を当てて熱を確かめると、彼女をすぐに抱き上げベッドへと運んだ。
彼は言わずともかな、彼女のアシスタントの白石みのるである。



* * *



「あんたねぇ……連絡もなしに突然女の家に上がりこむなんて、デリカシーなさすぎよ。
 もし私が元気だったら、今頃ただじゃおかないわよ」
「もし僕が来なかったら、今頃あきら様はこの世にいないっスよ」

あきらの額に乗せたタオルを水に浸しながら、白石は返事をした。

「―――――それにしても、何で突然うちに来たのよ」
「昨日の放送で、あきら様の様子がおかしいとスタッフたちも言ってましてね。
 誰かが様子見ないと、絶対どこかでガタが来るだろうって。で、僕が見に来たんですが案の定大当たりでしたね」

そう言って、白石は笑った。そこからは、普段番組を進行しているときのようなあきらに対する恐怖心が微塵も感じられない。

「何かあったんスか? 僕でよければ相談に乗りますけど」
「喉渇いた。水持ってきてよ」

ふぅ、と溜め息をついて、白石は立ち上がった。あきらは白石の姿をなるべく見ないように、寝返りを打つ。
体を動かすだけで、頭がギンギンと痛んだ。39度もの熱があるから、無理はないだろう。

「はい、どうぞ」

ベッドの脇に置いたちゃぶ台に、白石は丁寧にコップを置いた。
あきらはそれを礼も言わずに手に取り、一気に飲み干した。

「もう一杯」
「全く……折角心配してきてやったのに」
「何か言った?」
「いえ、何も」

白石は少し慌てた様子で、再び水を汲みに行った。
あきらはその背中に、ひっそりと声を掛けた。

「最近ね……変な手紙が来るのよ」
「変な手紙?」

あきらに背を向けたまま、白石は返事をした。

「赤い文字で、あなたのファンですーって、片仮名で書いてあんのよ。そこに実物があるから、ちょっと見てみなさいよ」

白石は黙って、手紙を手に取った。そして、驚いたような表情を見せる。

「何スか、これ。悪質な悪戯じゃないですか」
「それだけじゃないのよ。夜誰かに付きまとわれてる感じがしたり、無言電話かかってきたり……」

そこまで言って、あきらはハッとした。
白石に弱みを見せている自分が恥ずかしくなった。

「で、でも別にそれがどうってわけじゃ―――――」
「無理しなくていいっスよ、あきら様」

あきらの言葉を遮るように、白石が言った。

「あきら様、本当は怖いんでしょ? いいんスよ、あきら様も女の子なんだし、ましてや中学生なんですから。
 怖いとかそういう感情を無理に押し殺さなくても。今日だけは、普通の女の子で居てください」

白石があきらの方を振り向き、さっきと同じ笑顔を見せる。
あきらはその顔を見て、心がスッと軽くなったような気がした。

「……ありがと、白石」

白石に聞こえないように、あきらは呟いた。



白石はその日、あきらにつきっきりで看病した。
お陰であきらの体調は少しずつ回復し、夜になる頃には自分で動けるようになっていた。

「今日は、まぁ、助かったわ。明日からは何とか仕事できそうよ」
「そうっスか。それはよかったです。じゃ、お邪魔しました」

白石が部屋を後にする。あきらは、自分の胸が高鳴っているのに気がついた。


――――ちょっと、何白石相手にドキドキしてんのよ。


自分の胸を軽く叩く。胸の高鳴りは、なかなかおさまってはくれなかった。



* * *



「お疲れー」
「お疲れ、あきらちゃん」

翌日、らっきー☆ちゃんねるの収録を無事に終えたあきらは、楽屋で一息ついた。
冷たい缶のお茶を一口飲み、ソファに寝転がる。

「あ、しまった。プロデューサーと話することがあったんだったわ」

メモ帳を見ていたマネージャーが、突然立ち上がった。

「ごめん、あきらちゃん。暫く空けるわね」
「うぃー、行ってらっしゃい」

マネージャーは急いで楽屋を後にした。

あきら一人になると、楽屋はとても静かになる。
白石たちがいると不満を爆発させる彼女だが、一人になるとただの静かな少女に早変わり。
目を瞑って、マネージャーが帰ってくるのを待った。

「あ、お茶なくなっちゃった」

缶一本で5分しか粘れなかった自分を呪いつつも、あきらは自動販売機にジュースを買いに行った。
500mlのペットボトルを手に楽屋に戻ると、携帯に着信があった。

マネージャーからだ。

「もしもし、どうしたの」
「あ、あきらちゃん、助けて……怪しい男が……きゃあぁっ!」
「ちょ、ちょっと! どうしたのよ!」
「た、助けて……タスケテ……」

電話はそこで切れた。
あきらの体は、震え始めた。
そして携帯に再び着信。知らない番号だった。

「誰よ!」
「コガミアキラ……」

電話の向こうには、機械で操作されたような無機質な声。

「イマスグスタジオニ来イ……サモナクバオ前ノ仲間ヲ皆殺シニスル……」
「ふ、ふざけんじゃないわよ! そんなの信じるわけが……」
「サッキノ、マネージャー」

電話の向こうで、マネージャーの声がした。

「俺ガ酷イ目ニ遭ワセタト言ッタラ、来テクレルカナ……?」
「くっ……。わかったわ、すぐ行ってやるわよ!」

電話を切って、あきらは駆け出した。



* * *



スタジオは、真っ暗でただ静寂が広がっていた。

「来てやったわよ……姿を現しなさいよ」

声が静寂の中に響く。あきらが一歩歩くと、靴の音が無駄に大きく響いた。



―――――モウ遅イ……。



さっきの声がした。あきらは周りを見回す。

「何よ、何が遅いって言うのよ!」



―――――モウ時間切レダ……オ前ヲ誰ヨリモ愛シテイルノニ、オ前ハ見向キモシテクレナイ……。



スポットライトが、部屋の一角を照らした。そこには、人の姿。
しかも、それは―――――

「白石!?」

あきらは白石の方へ駆け寄った。
白石の体には、いくつもの傷跡。そして、血。

「いや、白石、起きなさいよ! 白石、白石ってば!」



―――――オ前ノ仲間サエ居ナケレバ、オ前ハ俺ダケヲ見テクレル。



「そんなわけないじゃないの! いい加減にして! アンタみたいな男、こっちから願い下げよ!」

スタジオが再び静寂を取り戻す。



―――――ソウカ……。ダッタラ―――――



相手の声の調子が、突然荒くなる。



―――――オ前モ殺シテヤル!



響く足音。何者かが迫ってくる。
それが、あの手紙の送り主なのか。無言電話の相手だったのか。自分を付きまとっていた人間なのかはわからない。
でも、一つだけ解ることが在る。



―――――殺される。



足が動かない。体が金縛りにあったように動かない。
何故だ。あきらは焦る。焦って体を動かそうとするが、上手く動かない。
その場に倒れた。



―――――サラバダ。コガミアキラ……!



「いやああああぁぁぁぁぁっ!」





「白石フラッシュ!」



パシャリ。
その音と共に、一閃の光。
そして、スタジオが一気に明るくなる。

「……え?」

そこに居るのは、泣き顔のあきらと、さっきまで死んでいたはずの白石。
そして暗がりから続々と、らっきー☆ちゃんねるのスタッフたちが現れた。

「……ええええ?」

あきらは、その場に座り込んだまま、情けない声を出した。



* * *



「……で? どーいうことなのよ」

あきらの前に、正座で整列するスタッフ一同。先頭には白石。
もちろん、あきらの逆鱗に触れたのだ。

「いや、その……番組に『あきら様の泣き顔が見たい!』というお便りが届いていまして……。
 それで、スタッフたちとこれは面白そうだという話になりまして……」
「このドッキリを思いついたと」
「はい……」

机をドカッとあきらが叩く。
スタッフ一同は「ひぃ」と声を出して戦(おのの)いた。

「あんたらねぇ……。マジで一回地獄見せたほうがいいかもしれないわね……」
「あ、あきら様……?」
「うるっせぇんだよ白石のくせにっ! アシスタント変えてやってもいいんだぞ!?
 もう一度樹海に水汲みに行きてぇのか!? あぁん!?」
「ひぃ、それだけは勘弁を……」



その後白石たちが何度もあきらの気を静めようと試みたものの、どれも全く無意味だったそうで。



* * *



「あきら様」
「何よ」

ようやく機嫌が真横からナナメ45度ぐらいまでに直ったあきらに、白石は声を掛けた。

「僕があきら様のこと心配してたのは確かですよ。本当に具合悪そうでしたから」
「……ふん。機嫌取ろうとしたって無駄よ」
「はぁ……そうですか……」
「まぁ、でも……」

あきらは頬を少し赤く染め、小声で言った。

「ありがと……」

その声は、すっかりへこんでしまった白石には届くはずもなく。



あきらが自分自身が白石に抱きつつある気持ちに少し素直になれたところで、この話はお終い。









じゃなかったりする。
後日、あるテーマパークであきらは人を待っていた。

「……ったく遅いわねぇ。後でぶん殴ってやろうかしら」

時計を軽く叩きながら待っていると、頬に冷たい感触があった。

「ひゃっ」
「おはようございます、あきら様」

白石が缶ジュースを両手に、あきらに微笑みかけた。

「遅い。10分遅刻」
「ちょっと待ってくださいよ、集合時間は10時でしょう? 今9時半じゃないっスか」
「私がここに来た時間が集合時間なの。レディを待たせる男はサイテーよ」
「レディって……年齢的にはまだリトルガールの癖に……」
「何か言った?」
「いえ、何も」

白石は小さく溜め息をついて、あきらの顔を見た。

「まぁ、でも今日は『口止め料』ですからね。僕の言うことに従ってもらいますよ」
「……まぁ、約束だからね。仕方ないわ」

口止め料。
ラジオであきらが恐れおののく声を流さない代わりに、一日白石の言うことに全て従うこと。

「とりあえず、まずはこのテーマパークの入場料おごりで」
「ふんっ。そんぐらい払ったげるわよ」

財布から5000円札を取り出し、白石に渡す。

「じゃ、行きましょうか」
「待って、白石」
「何ですか?」
「その……今日だけあきら『様』はやめにしてくれない?」
「え、じゃあ『あきら』でいいんスか?」

バキッ。

「んなわけないでしょ。あきら『さん』よ。あきら『さん』」
「痛ぇ……口止め料、増しますよ」
「その前にアンタの痛みを増加させてあげるわ」
「ひぃい!」


その日のテーマパークには、白石の叫び声がよく響いたそうな。


Fin
ツールボックス

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