「アラシノヨルニ」ID:BKsIVdQ0氏

雲がちらほらと浮かぶ空の下で、洗濯物をせっせと干す影が一つ。
小さな体をフルに使って、物干し竿にハンガーを吊るしていく。
泉家に居候してもう半年経ち、それまで母親や姉に任せっきりだった家事の大変さが少しずつ解ってきた。
八月の暑さが、彼女の病弱な体を照らしつけた。
汗をハンカチでふき取り、彼女は作業を続ける。

ようやく洗濯物の始末がつき、彼女は冷房の効いた部屋へと戻った。



彼女の名は小早川ゆたか。本日泉家で起こる奇妙なイベントの、たった一人の参加者。



☆     ☆     ☆



「はぁ…。家に誰もないと、暇だなぁ…」

椅子に腰を掛けて、溜め息をつく。
今日は、彼の従姉であるこなたも、その父であるそうじろうも居なかった。
こなたは、友達であるかがみの家へ泊まりで遊びに行っている。
そうじろうは、小説のアイデア探し兼日々の疲れの回復と称して、一人出かけている。
そのため、現在泉家にはゆたか一人。
もともと広い泉家が、今日はいつも以上にがらんとしている気がした。

「何しようかな…」

真面目な性格であるゆたかは、学校の宿題を昨日の時点で終わらせていた。
休みの日に煩わしさを感じることはしたくないからだ。

無意識のうちに、テレビのリモコンに手が伸びる。
電源ボタンを押すと、見慣れたお笑い芸人が漫才を披露していた。
チャンネルを適当に回すと、ある番組が気になった。

心霊特集。この暑い時期にもってこいのプログラム。
怖いものが苦手な人間ほど、こういう特集には何故か見入ってしまうものだ。
恐怖に恐れおののきながらも、肝試しと同じように自分がどこまで恐怖に耐えられるかを確かめる。
もちろんゆたかも例外ではない。
ゆたかの場合は、あまりの恐怖に体が動かなくなるだけであったが。

不気味なナレーション、リアルな映像。そしてあまりにも現実味を帯びたストーリー。
ゆたかの体の震えは、時が経つにつれて徐々に大きくなっていった。
時折挟まれるCMが、彼女の救いだった。もしノーカット放送であれば、彼女は部屋に閉じこもってしまっていただろう。

ピンポーン。


玄関のチャイムの音がした。
一瞬ビクッと体を反応させたゆたかだったが、すぐに玄関に行き、戸をあけた。
そこには、彼女の実姉、ゆいが立っていた。

「おぉぅ、どしたのゆたか、そんな格好で」

ゆいの言葉に自分の格好を確かめるゆたか。
毛布に包まりっぱなしであった。

「あ…あはは、ちょっと心霊特集見てたら怖くなっちゃって」
「もー、本当に可愛いんだから、ゆたかは~」

ゆいが頭を撫でる。ゆたかは頬を少し膨らませた。子ども扱いを嫌うゆたかが時折見せるリアクションだ。

「あれ、今日こなたとおじさんは? 留守?」
「こなたお姉ちゃんはかがみ先輩の家にお泊りで、おじさんは一人で旅行に…」
「こんな可愛いゆたかを一人ぼっちにするなんて」
「また子ども扱いしてぇ~」

久しぶりに、姉妹水入らずで会話が弾む。
ゆいを家に上がらせて、ゆたかは冷蔵庫に飲み物を取りに行った。

「お姉ちゃん、麦茶でいい?」

いいよ~、という返事が返ってきた。ゆたかは棚からガラスのコップを二つ取り出し、麦茶を注いだ。
お盆に乗せて、リビングへ戻る。

「はい、お待たせ……あれ?」

そこに居る筈のゆいが、姿を消していた。
テレビは相変わらずつけっ放しである。

「お姉ちゃん…?」

ゆたかはありとあらゆる部屋を探した。しかし、ゆいは居なかった。
携帯電話に電話をするが、ゆいの携帯電話はテーブルの上に置いたままだった。
バイブレーションの音が空しく鳴り響いた。

「どうしたんだろ…忘れ物かな?」

しかし、1時間待ってもゆいは帰ってこなかった。

おかしい。絶対おかしい。

ゆたかの脳裏に、不安がよぎる。心臓の鼓動が速くなっていた。

「お姉ちゃん、ふざけてないで出てきてよ! いつまでも子ども扱いしないでってば!」

少し声を張り上げて、ゆいを呼んでみる。返事は依然として、ない。

ばしっ、ばしっ。

外から音が聞こえる。
そちらを振り向くと、さっきまで晴れていた空が曇っていた。さっきの音は、雨の音だったようだ。
窓ガラスに水滴が数え切れないほど付着していた。

「大変、洗濯物入れないと」

急いで庭へ飛び出し、慌てて洗濯物を入れる。
雨はみるみるうちに強くなり、やがて豪雨になった。

「天気予報、大外れだな…」

溜め息がまた出てしまう。今日は何だか嫌な日だな。ゆたかはそう思った。



☆     ☆     ☆



「ん……」

真っ暗なリビングで、ゆたかが目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
まだ完全に開かない瞼をこすりながら、ゆたかは時計を見た。
時計の短針が、6の文字を指していた。

「もう6時…?」

今日は家には誰も帰ってこない。夕食の支度も、全て自分でするのだ。
でも、何故か今日はやる気がしない。ゆたかはテーブルに突っ伏して、目を閉じた。


ズガァァァァァァァン!!


「きゃあっ!?」

突然の轟音に、再びまどろみかけていたゆたかは飛び起きた。
外を見ると、もはや嵐と言っていいほどの雨が降り注いでいた。
さっきの轟音は、雷の鳴り響く音だったようだ。
しかも、かなり近い。
眠気は、すっかり吹き飛んでいた。

「お姉ちゃんたち、大丈夫かな…」

荒れに荒れる天候を気にしつつ、ゆたかは夕食の準備を始めた。
こなたに教わったスキルを使って、とびきりの料理を作る予定だった。
しかし―――――


ズガァァァァァァァン!!


「きゃっ…」

落ちるのが解っているとはいえ、雷は怖い。ゆたかは夕食の準備などしていられず、少しでも気を紛らわす為にテレビをつけた。
好きなバラエティ番組だ。ゆたかは胸を撫で下ろした。

番組も終盤になり、ゆたかの気持ちが段々落ち着いてきた頃――――



ズッガァァァァァァーーン!!


本日3度目にして最大の雷鳴。ゆたかは恐怖で声も出なかった。
そして、こういう時に最大の恐怖をもたらす出来事が起きた。


停電である。


電気の力で明るくなっていたリビングが、一瞬で真っ暗になる。
ゆたかの心臓は一気に縮こまった。冷や汗が出てくる。

「か、懐中電灯、懐中電灯…」

キッチンの棚にある懐中電灯を、手探りで探す。
そこで、再び雷鳴。

「いやぁっ!」

ゆたかは体を縮め、震え上がった。
怖い。怖い。ただただ怖い。動きたくない。


――――こういうときに、人間は自分を窮地に追い込んでしまうものだ。


今朝見た心霊特集。その内容が頭の中を巡り、恐怖がさらに増していく。
思い出したくないのに、何故か思い出してしまう。
それも、一番恐怖を感じた話を。
その話は、こんな内容だった。



―――――嵐ノ夜ニナルト―――――



家のドアが乱暴に開く。



―――――雨ノ日ニ交通事故ニ遭ッタ長髪ノ女性ノ霊ガ―――――



ドタドタと、大きな足音がする。



―――――未ダニ生キ続ケル女性ニ―――――



リビングの扉が開く。



―――――恨ミヲ晴ラスベク―――――



足音が更に近付いてくる。



―――――“死”ヲ齎サント現レル―――――



ゆたかは、さらに身を縮こまらせた。



「ゆーちゃん、ゆーちゃん! 大丈夫!?」

懐中電灯の光が、ゆたかを照らす。
ゆたかが涙でぐしゃぐしゃになった目を開けると、その先には彼女の従姉、こなたがいた。

「こんなところで何やってんの?」
「お、お姉ちゃぁーん…」

ゆたかは姉の胸に飛びついて、泣きじゃくった。
心底安心したのだろう。

「はいはい、大丈夫大丈夫。もう怖くない、怖くない」

こなたがゆたかの背を撫でながら、幼子を慰めるように言った。
子ども扱いが嫌いなゆたかだが、流石にこのときはそんなことを気にしていられなかった。



☆     ☆     ☆



「ホント可愛いねぇ、ゆーちゃんは」
「だって……ひっく、怖かったんだもん……」

いまだにしゃくりあげるゆたかの頭を、こなたはポンポンと軽く叩いた。

「大丈夫だって。お化けはいい子には悪さしないんだよ」
「子ども扱い……しないでってば……」

こなたは苦笑いをした。

「お姉ちゃん、かがみ先輩の家じゃなかったの?」
「それがさぁ、二人突然巫女さんの仕事入っちゃったらしくて。邪魔しちゃ悪いし帰ってきたんだよ」

こなたが頭を掻く。

「そういえば、ずっと一人だったの?」
「えっと……あっ」

そのとき、ゆたかはゆいの事を思い出した。

「ゆいお姉ちゃんが……突然居なくなって……」
「えっ? ゆい姉さん来てたの?」
「うん……上がってもらったんだけど、ちょっと目を離したら居なくなってて……携帯とかおきっぱなしで……」
「そんな、まさかねぇ……」

その時、突然大きな物音がした。

「ひぃっ!」

二人は、同時に声を上げた。

「……何だろね、今の音」
「……見に行ってみようよ」

音は、階段の方から聞こえた。
ゆたかはこなたの腕にしがみついて、ゆっくりと階段へ近付いていった。


階段を見ると―――――


そこには、ひっくり返って動かなくなっているゆいがいた。



☆     ☆     ☆



「いやー、参った参ったぁ」
「ホント人騒がせだなぁ、姉さんは」
「怖かったんだからね! ホントに!」
「悪かった、悪かったよって」

ゆいを睨むゆたかと、少し呆れたような顔をするこなた。
ゆいは頭を氷嚢で冷やしながら、たはは、と照れ笑いした。

「今まで何してたの?」
「いや、ゆたかが心霊特集見て怖がってたからさぁ。ゆたかの部屋に隠れて、驚かそうと企んでたらいつの間にか睡魔が」
「私、部屋に探しに行ったけどゆいお姉ちゃんいなかったよ?」
「ベッドの下からこうヌーッと出てきたら怖いかなと思ったからベッドの下に居たのだー。最近夜勤続きでねぇ」

ゆたかが、ゆいをさらに鋭い眼差しで睨む。
ゆいは戸惑いながら、その場を取り繕おうと努めた。

「そ、そうだ。折角だから、今日は二人にゴハン奢っちゃうぞー」
「お、いいねぇ。ご飯まだだったんだ」
「でも、こんな天気じゃ…」

ゆたかは、カーテンを開けた。
外は、既に静かになっていた。嵐の後の静けさとは、まさにこの事を言うのかと思うほどだった。

「ホラ、お天道様も私たちにご飯食べてきなさいって言ってるんだよー」
「……そうだね。じゃあ、ご馳走になるね」



そうして、名字は全員違うものの姉妹同然の3人は、車で出かけたのであった。
車内でゆいが怖い話をして、ゆたかを再び怖がらせていたが。



小さな少女が体験した、ホラーのようでホラーではない物語である。







「そのネタ、いただきッ!」

翌日その話を聞いたひよりが大喜びしたのは、言うまでもなく。



Fin
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