まるでバケツをひっくり返したような夕立。
壊れたラジオのようなノイズみたいな雨音が響く。煩くてかなわない。
そして今私はつかさの宿題を教えているわけで。
「・・・うーん・・・雨の音で集中できなくなってきちゃった。」
まぁいつものことだ、大体寝るかTVの欲望に負けてしまうかのどちらかだし。
「まぁ確かにちょっとうるさいし、ここらで休憩しよっか。」
うん!とまるで水を得た魚の如く元気を取り戻して台所に掛けて行った。
ふと窓を見るとアジサイが花を咲かせていた。
私は基本的に梅雨は嫌いだけど、こういう風情を楽しめるのは中々いいと思う。
こんな爺臭いことを考えていると、つかさがカステラとジュースを持って戻ってきた。
「お姉ちゃんカステラ好きだもんね」と甲斐甲斐しく私の目の前で切り分けてくれる。
私の分が少し大きめなのは気を使ってくれているのか、それとも・・・
そんな気持ちを知ってか知らずかつかさはもふもふとカステラを食べ始めた。
他愛もない会話をし終わる頃にはつかさの集中力を削いでる夕立も止むかと思ったが、
相変わらず醜い音を響かせながら雨粒を地面に叩きつけていた。
ところでパンを食べたときなんかによく細かいクズがこぼれる事がないだろうか?
もとい私とつかさが食べたテーブルの上にも同じ現象が広がっていた。
どの道一度こんな空気になってしまった以上、
おそらくつかさには宿題を終わらせるほどの集中力は残っていいないだろう。
このテーブルのカスを見て、私に一つの考えが浮かんでいた。それは・・・
「つかさ、耳そうじしてあげようか?」
私の唐突な提案につかさは一瞬たじろいだが、「いいけど・・・」と了承してくれた。
「でもいきなりどうしたのお姉ちゃん?」
「どうせ宿題の続きをやったってつかさ寝そうだもん。しかも寝るなら心地よく寝たほうがいいじゃない?」
「えへへ、変なお姉ちゃん。」
我ながら変な理由付けだと思う。
ほらほらと言いながら、私はつかさの頭を自分の腿の上に乗せた。
「あ、あのお姉ちゃん?」
何?と聞き返すが言わんとしていることが大体予想はついている。
「わかってるって、ちゃんとするから力抜いて。」
全くこなたがいつも私をからかうからつかさにもへんな先入感を与えてしまったじゃないの。
そう思いながら私はテイッシュを広げて、つかさの耳の中を覗く。
見てみると結構きれいだった。B型とは言うけど私たちは結構几帳面なんだと自分で自分を再認識する。
「結構きれいだけど、自分でできないところもあるだろうし少しそうじしてみるね」
力を抜いて、そっとコスコスと耳壁をこする。
耳かきを耳から出してみると案外、さじの部分に細かい垢の塊が溜まっていた。
そのまま続けて反対の耳へ。
こちらもきれいなので、とりあえず痛くならないようにやさしくくるりと一周する感じで耳かきを走らせて終えた。
「お姉ちゃんありがとう」とつかさがお礼を言ってくれた。
そう言ってくれるとやった甲斐があるというものだ。
そういえば私はつかさが寝るものだと思っていたから意外だった。
もしかして下手だったんだろうか?
「つかさ、痛くなかった?」
心配になって聞いている私。この乙女のような気持ちを知る人間が聞くとひどく滑稽に思えてくるだろう。
「別に大丈夫だったよ。むしろ気持ちよかったぐらい。」
よかったとほっと胸を撫で下ろした。
「お姉ちゃんもしてあげようか?」とつかさが耳かきをヒラヒラさせていた。
意外や意外まさかこうくるとは思ってもみなかった。
しかしこの子にさせるのはかなり心許無い気がする。
ブスッとかガスッとか耳そうじに必要のない擬音が出てきそうだからだ。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私も上手なんだよこういうの。」
東南アジアのパチモンばかり並べている店の店主の「ダイジョブダイジョブ」と同じくらいの信用のないセリフに感じてくる。
そんな考えをしてしまう自分が嫌いだ。それにまぁ一応つかさの姉だ、妹を信じてあげることにしよう。
じゃあはい!とつかさが正座して自分の腿をポンポンと叩いている。
なんだか自分でするときは恥ずかしくなかったが、やられる側に回ると妙に恥ずかしくなってしまう。
思わず「失礼します」と言ってつかさの腿に頭を預けた私を誰が攻められよう。
うーん・・・と言いながらつかさの視線が感じる。
人はきっと自分で見えないところを他人に見られるのはものすごく恥ずかしいのかもしれない。
今の私はまさにその状況だった。
「お姉ちゃん力抜いて。」
そんなに自分では力んではなかったつもりなんだけど、深層心理ではやはりつかさにされる怯えがあるのかもしれない。
つかさに気付かれないように深呼吸する。
「じゃあ始めるね」と耳かきが挿入される。
カサカサと私と同じような感じでつかさも耳かきを動かす。
しかしその絶妙な力加減は私の耳そうじテクニックを上回るものだった。
そしてカサカサコソコソという規則的な音が催眠術のように私を眠りに誘う。
まるでミイラ取りがミイラになってしまう。そんな感じだろうか。
「はい、お姉ちゃん反対だよ。」
私は起き上がりもせずに頭をつかさの腿に乗せたまま体ごとぐるんと顔を外側に向かせた。
だらしないと思いつつも、半分眠りにつきそうな私の意識にはそんなことも響かない。
じゃあ・・・と反対の耳に取り掛かる。
そういえばと窓を見ると先ほどまでの雨の勢いは無く、夜中のTVの砂嵐みたいな不協和音はしなくなっていた。
しとしととさざなみのような静かな雨音。
どうやら私はこの睡魔に打ち勝つことは出来ないようだ。
本当はまだつかさの宿題が残っているのになあと思いつつも、
私の意識はその心地の良いまどろみの中に落ちていった・・・。
最終更新:2007年06月10日 19:20