「桜の樹の下に」ID:oUH3uPc0氏

桜の樹の下には死体が埋まっている。
それは誰かに聞いた話だったのか、それとも本で読んだのだっただろうか。

桜のある公園を目指して、私は友人達と談笑しながら歩いていた。
正確に言うのなら、笑っていたのは私とみゆきだけだ。
ホラーが苦手であるつかさは暗い表情をしていたし、発案者であるこなたは真面目な面持ちをしていた。
最後尾を歩くこなたは真剣であるように装っていて、私だけがその嘘を知っている。
「ねえ、やっぱりやめようよ」
これで何度目になるのかわからない制止の言葉を、つかさが言う。
「折角ここまで来たんだから、最後までこなたに付き合ってあげればいいじゃない」
帰ろうと言うつかさを説得することが、私の最も重要な役割だった。
肝試しのようなイベントだと言ってしまえば、みゆきを誘うのは簡単だ。
真面目な委員長として知られている彼女でも、友人の誘いであれば馬鹿げた遊びにも参加する。
もしかすると事前に何かが埋めてある事には気がついていて、黙っているだけという可能性もあった。
そう、この遊びは仕組まれている。
それでも、みゆきはこなたの提案する遊びに笑って賛成してくれた。
しかし、つかさを連れ出すのは容易ではない。
誰かがつかさを庇って否定的な意見を出せば、それでこのゲームは中止になってしまう。
そう考えたこなたは私に協力を依頼した。
「何も無いっていう確認ができれば、つかさも安心できるでしょ?」
「そうだけど、でも」
「ここで疑惑を晴らしておけば、家族で桜を見に行くときにも問題が起きないしね」
「う……」
桜が鮮やかに咲くのは死体の養分のおかげだという話を、昔、姉達から聞かされた。
その怪談はつかさを怯えさせるには十分で、そのせいで花見が取り止めになったことが一度ある。
そんな小さな負い目を利用して、私はつかさを説き伏せた。
こなたに頼まれているからだけではなく、わずかな仕返しの気持ちもあった。
「どうせなら、深夜のほうが雰囲気があって良かったのになー」
「我慢しなさいよ。だいたい、夜中に大きなシャベルを持って歩いていたら不審人物でしょ」
そもそも、これ以上の雰囲気になってしまえば、つかさは何があっても拒否していたはずだ。
「うーん。まあ、それはともかくとして、さ」
こなたは不満げに唸った後、早足で私に追いついてきた。
「そろそろ交代。次はかがみがシャベルを持ってよ」
「はあ? あんたが言い出したことなんだから、それくらいは自分でやりなさいよ」
「そう言いながらも、代わりに運んでくれるんだ。やっぱりツンデレだよね」
「ばか。小さな子にずっと持たせているのが、絵的に悪いと思っただけよ」
「あの、でしたら次は私が」


みゆきから代わって再び私が運んでいるときに、公園へとたどり着いた。
四分咲きになった桜の林を、こなたは四人の先頭に立って歩く。
桜以外の樹木が増えた、人目の届き難い林の奥まで来たところでこなたは立ち止まった。
「この辺りでいいかな。かがみ。誰かが来ないか見張ってもらえる?」
「いいわよ」
他の二人が立候補をするより早く、私は打ち合わせどおりにそう言った。
「思ったよりも土は柔らかいね。じゃあ、掘るよ?」
こなたの言葉に頷く二人を見てから、私は不完全な桜の花に目を向けた。
満開の桜も綺麗だが、未成熟の物にも趣きがある。
穴を掘る雑音を聞きながら私が感慨にひたっていると、自分達の真上の枝にぶら下がる縄を見つけた。
おそらく仕掛けを埋めた目印なのだろう。
こなたが間を空けずに地面にシャベルを突き立てたのは、注意を上に向けさせたくなかったのだ。

気がつけば、地面を掘る音は止んでいた。
「なんだろう……これ」
異変に気がついたのは、こなたがそう言ったきり、無言になってからだった。
私は振り向いて、それから見てしまった事を後悔した。
こなたの掘り進めた穴の中には、夥しい数の人形が埋まっていた。
一つ一つは手のひらに納まるほどの大きさで、どれもが土で汚れている。
片腕の欠落した人形や、体中が裂けている物もあった。
「なにかの供養などのために、埋められていたのでしょうか?」
みゆきの問いかけに答える者は誰もいなかった。
私は直視することに耐えられず、目を背ける。
そうすることで見てしまった。
掻き出された土には、引きちぎれた人形の腕が混じっていた。
――桜の樹の下には死体が埋まっている。
それは作り話のはずで、嘘で、こなたの冗談なのに、血の気が引いていく感覚があった。
「やりすぎでしょ、これは。さすがに悪質すぎるわよ」
私は他の二人には聞こえないように注意を払いつつ、こなたに耳打ちをした。
しかし、こなたは穴の中に視線を置いたまま首を振った。
「違うよ。私、こんな物は埋めてない。マネキンの手首を埋めただけなんだよ」
みゆきと同じ表情をしているこなたの言葉は、演技だとは思えなかった。
何故なら、彼女の声は震えていた。
「……埋めなおすべきよね」
反対意見は無かった。
動こうとしないこなたからシャベルを受け取ると、私は穴の前に立つ。
先程は気がつかなかったようだが、人形達の上には真新しい人形が三つ置かれていた。
足の千切れた少女の人形。
長すぎるリボンを首に巻かれた人形。
そして、その人形によく似た、中身の取り出されて潰れた人形。
気が滅入るが、早く埋めなおして帰ろうと思った。
「みゆき。危ないから、ちょっと下がって」
盛られた土山の横には、みゆきの靴の先端が見えた。
だから、私はみゆきがそこに立っていると思ったのに。
「いないよ?」
こなたに言われるまでもない、みゆきの姿がなかった。
桜の林に取り残されているのは、私と、こなた、そして――。
「つかさまで……消えてる」
「きっと逃げ出したのよ。二人で。そうに決まっているじゃない」
私はこなたを励まそうとしてそう言った。
しかし、その気休めは自分さえ騙せていなかった。
ここから急いで逃げ出したい。
それだけを考えて、私は穴を塞ぐ作業に没頭した。
土の山にシャベルを突き立て、持ち上げる。
予想外の重さに体勢を崩した私は、穴の中の人形達にシャベルの刃を突き刺した。
布や綿ではない、ゴムのような材質の感触があった。
その瞬間、雨粒が首筋に当たった。
「雨が降ってきたんだ。急がないと」
どうして雨が温かいのか、それは考えない。
こなたが怯えているのも見ないことにする。
上を見ることだけは、絶対にしない。
全てを無視して、私は乱暴な動作で作業を続けた。
手荒な動作で人形を傷つけるたびに、雨粒が私に降りかかる。
雨は自分の身体からも出ているかのようにぐっしょりと服を濡らして、動きづらくなっていった。
土を固めようとして上から圧力をかけた時には、本降りのような激しさになった。
しかし、それもすぐに止んだ。
「さ、帰ろう」
私はこなたに声をかけ、それは独り言になって林に響いた。
こなたまで消えてしまったとは信じたくなかった。
「こなた。ねえ、隠れているんでしょ?」
私は叫びながら、林の出口を目指す。
舗装されていない道は走ることには向いていなくて、何度も転びそうになった。
「こなた!」
追いついた私を見て、こなたは何故だか怯えたような顔をした。
どうして怖がるのよ。
友達を置いていくなんて、ひどいじゃない。
「私のせいだ……」
こなたは俯くと、なにかを呟いた。
つかさとみゆきの事を言っているのか、それとも――。
「ねえ、シャベルを運ぶの、かがみの番のままだったよね。そろそろ交代しなきゃ」
その時、こなたの足元で、仰向けになって目を閉じている私を見つけた。
そんなはずはない。
だって、私はここにいる。
「私さ、かがみに助けられてばっかりだったよね。だから、交代しよう。私の身体を使って」
やめなさいよ。
別に私が死んだとは限らないじゃない。
必死に叫んだが、もう、私の声は届かないようだった。
「ごめんね。かがみ。今まで勝手なことばかり言って。それでも許してくれるかがみが、大好きだったよ」


/


「――そんな怖い夢を見たんだ。私は何故か、かがみの視点になっているんだけど」
靴を履き替えているかがみを見つけたとき、私は今朝の夢について話さずにはいられなかった。
「そう。嫌な夢だったわね」
かがみはそれだけ言うと、私を待たずに歩いていこうとした。
「待ってよ」
私は急いで靴を履き替えると、慌ててかがみの後を追った。
「今日はつかさと一緒じゃないの?」
「つかさなら風邪を引いたらしいわよ」
「らしい? 見てないの?」
「お母さんが起こしに行ったんだけど、何故か慌ててたのよね。それで訊いたら、風邪だって」
かがみは私の質問に淡々と答えるだけだった。
「そっか、心配だね」
「別に」
「……そうだ。今日は久しぶりにお弁当を作ったんだ。おかずの交換とかしようよ」
「昼は日下部たちと食べるつもりだから」
「そうなんだ。珍しいね」
「別に普通でしょ。毎回隣のクラスに移動するのも面倒なのよ」
「う、うん。そうだよね」
どうして彼女が冷たいのか、わからなかった。
まるで中身が別人と入れ代わってしまったかのようで、心が苦しい。
「入らないの?」
かがみの言葉に顔を上げると、すでに私の教室の前に着いていた。
「もう行くよ。じゃあ、またね」
かがみの返事は無かった。
席に着くと、私は口を半開きにしたままぼんやりとしていた。
つかさがいないという符合だけで、かがみの不機嫌と夢の終盤を結びつけている自分はおかしいのだろうか。
考えても答えは出ない。
私に柊かがみとしての記憶はなく、身体も泉こなたの物だ。
だから、今朝顔を合わせたのはお父さんで、ゆたかちゃんは従姉妹に間違いなかった。

チャイムの鳴り響く中で、私は教室の空席を見つめる。
つかさとみゆきの席には誰も座っていなかった。
みゆきの椅子の下には何故か、上履きが揃えておいてある。
黒井先生が教室へと駆け込んできたが、私は眠っているふりをして、泣いた。
夢の終わりで、どうして私はこなたを追いかけてしまったのか。
追いかけさえしなければ、あんな結末にはならなかったのに。

授業が始まってすぐ、私はまどろみの世界に落ちていった。
今日の夢をやり直せることを願いながら。
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