〈fragile ~スミレ~〉

最近こなたお姉ちゃんが悩んでいるみたい。話し掛けても、返事をしてくれる回数すら減っていって……
こないだ、かがみ先輩に聞いてみたら、『自分で解決しなきゃいけないから』って言ったらしい。なんで誰にも、相談しようとしないんだろう。
私はもう、こなたお姉ちゃんの辛そうな姿なんか、見たくないのに。
だって、こなたお姉ちゃんは、私の――



〈fragile ~スミレ~〉



私がこなたお姉ちゃんを好きになったのは、6年くらい前。
こなたお姉ちゃんはもう忘れちゃってるかもしれないけど、私は片時も、忘れはしないよ。

あの時は、病気がちな自分が大嫌いだった。みんなと同じように遊べない、みんなと同じように勉強ができない。
そう思っているうちに、私はいつしか心を閉ざしていた。いつも隣にいてくれた家族にさえ、心を開けないでいた。
あの日――私の、十歳の誕生日までは――



家には私とゆいお姉ちゃんしかいなかった。お父さんとお母さんは、買い物に行っている。
見慣れすぎた天井を見つめながら、私は思っていた。みんなは今ごろ、元気に遊んでるんだろうなって。
そうは思っても、あの頃の私には友達なんていなかったから、余計に悲しくなるだけ。
窓の向こうを見ながら、たくさんの友達と一緒に走り回る私を空想する。
でもそれは所詮空想。私はベッドに寝ているという事をより実感させるだけ。
目から涙が溢れそうになるのを堪えながら、早く寝ようと試みる。

すると『ピンポン』という無機質な音が、私の部屋にまで届いた。家のチャイムを鳴らす音だ。
チャイムを鳴らすのだから、お父さんでもお母さんでもない。だとすると、誰が来たのだろう。
気まぐれか、もしくは同情心で来たクラスメイトだろうか。
だとしたら、早々に帰って欲しかった。会ったら、余計に具合が悪くなりそうで。いや、クラスメイトじゃなくても、私は誰とも会いたくなかった。
ゆいお姉ちゃんが玄関を開ける音、そして、二人分の足音が聞こえてくる。私の願いは、叶わなかったみたいだった。

『やふー、ゆーちゃん。一週間ぶりー』
『……』

ドアを開ける音と一緒に聞こえてきた声に、私は愕然とした。だって来たのは、あの頃私が一番嫌っていた人物――こなたお姉ちゃんだったから。

こなたお姉ちゃんは、私が体調を崩した時はいつも来てくれる。時間的なことで来れない時もあるけど、来ない時は逆に嬉しかった。
なんでそこまで嫌っていたのか、今じゃもう思い出せないけれど、私は本当にこなたお姉ちゃんが苦手だった。
だから私は、こなたお姉ちゃんが来た時はずっと布団をかぶっていた。あの日も。

『ゆーちゃん……でてきてよー……』
『あっはは、こなたはホントーにゆたかに嫌われちゃってるねー』
『言わないでよー……けっこう気にしてるんだから……』

そう、私にはそれが疑問だった。
私が嫌っていることを、こなたお姉ちゃんは知っている。なのに、なんで私のところにやってくるのか。

『……こなた……お姉ちゃんは、さ……』

聞かずにはいられなかった。だって、嫌がらせとしか思えなかったから。

『なんでいつも……私のところに来るの? 私が嫌いなこと……知ってるでしょ……?』

しばらくの沈黙の後、こなたお姉ちゃんは口を開いた。

『私はね、ゆーちゃんのためにきてるんじゃなくて……私がゆーちゃんにあいたいから来てるんだよ』
『え……』

顔をあげて、とても久しぶりにこなたお姉ちゃんの顔を見た。
こなたお姉ちゃんの優しい笑顔が、そこにあった。

『っはは、久しぶりだね、ゆーちゃんの顔を見るの』

そのこなたお姉ちゃんの顔がとても眩しくて……

『こなた……お姉ちゃ……! 今まで……ごめんな……さ……!!』
『ふおう!? ゆーちゃん、なかないでよー!』
『ゆたかを泣かせたなー!? いくらこなたでも容赦しないぞー!!』






「こなたお姉ちゃん、覚えてるかな?」

あの時、こなたお姉ちゃんが誕生日プレゼントとして持ってきてくれた、今ではくたびれてしまったリスのぬいぐるみ。今でも、私の部屋に飾ってある。
あの日、私の中でこなたお姉ちゃんに対する感情が180°変わった。
しかも、ただ好きになったわけでなくて……いつしか、恋愛感情でこなたお姉ちゃんを見るようになっていた。
それは、確実に叶わない恋ではあるけれど。
こなたお姉ちゃんの幸せな顔が見れれば、それで良かった。
だから……私は、こなたお姉ちゃんの部屋に向かった。
今みたいな苦しそうな顔じゃなくて、またあの時のような、笑顔が見たいから。

「こなたお姉ちゃん、入ってもいい?」

ドアをノックして、こなたお姉ちゃんの返事を待つ。

「いいよ。何の用?」

こなたお姉ちゃんとは思えないほど、冷たい声。
ドアを開けると、ベッドに腰を掛けたこなたお姉ちゃんが、こっちを向いていた。その瞳に、かつての面影はなかったけど。
私は床に座ってこなたお姉ちゃんを見る。

「こなたお姉ちゃん、何かあったの? 元気がないみたいだけど……」
「……なんでも、ないよ……なんでも……」
「嘘。こなたお姉ちゃん、何か悩んでるんでしょ? 前から溜め息ばっかりだし」

瞳が何度か左右に揺れる。言うべきかどうか、悩んでるんだ。
私は何回も、こなたお姉ちゃんを見てきた。だから、なんとなくわかる。

「言っても、ゆーちゃんにはわからないよ」
「……」

ベッドに横になり、私に背を向けた。あの頃の、私のように。
その反応は、想定の範囲内。こなたお姉ちゃんは、いつも一人で解決しようとする。
だから……

「確かに、私にはわからない悩みかも知れないけど……一人で抱え込むより、少しは楽になると思うな」
「え……」

横になったまま、顔だけをこちらに向けてくる。その顔は、驚きに満ちていた。

「それに私、こなたお姉ちゃんに頼ってばかりだもん。たまには私を頼って欲しいな」

こなたお姉ちゃんは、そこまで意固地じゃない。私に甘いところもあるから、こう言えば、絶対に言ってきてくれるという自信はあった。
思惑通り、こなたお姉ちゃんはゆっくりと身体を起こして、真剣な眼差しを私に向けてきた。


「ゆーちゃん。今から言うことは、全部本当のことだから、覚悟して聞いてね」
「う、うん……」

何を言われても動じないよう、私は身構えた。
でも……

「私、かがみのことが……好きなんだ。友達としてじゃなく、恋愛感情で」
「……え……?」

金属バットで殴られたような衝撃が、頭の中に響き渡った。
冗談だと、思いたかった。けど、私はずっとこなたお姉ちゃんを見てきた。だからわかる。わかっちゃう。
これは冗談なんかじゃなくて……本気なんだっていうことを。

「私はかがみが欲しい。かがみとずっと一緒にいたい。だけど、私もかがみも女の子……」
「……」

悔しさと悲しさで、スカートの裾をギュッと握り締めた。
男の子なら、まだ良かったのに。完全に諦め切れるのに。よりによって女の子、しかもかがみ先輩なんて……

でも、仕方がないよね。
誰が誰を好きになろうと、それは個人の自由。
私の想い人には、好きな人がいる。片想い中の私は、それを応援するしかできない。
私にできることは――悔しいけど――それくらいしか、ないんだ。

「私は、かがみに告白したい。でも、かがみは私を友達としか見てくれてない至極まともな女の子。告白したところで、受け入れてくれるはずもない。
 断られて、元の生活に戻れるとは思えないし、もしかしたら、私を軽蔑するかもしれない。そうなったら……傍にいることはできない」

それなのに……

「いくら思ったって、私の恋は、絶対に叶わないんだ。だから諦めようとしてるんだけど……諦め切れないんだよ……」

なんでこなたお姉ちゃんは、こんなにも弱気なの?

「……どうして、諦めなくちゃいけないの? そんなの、会う度に辛くなるだけだよ」

初めてかもしれない。私が誰かに対して、これほどまでの怒りを感じたのは。

「やってもいないのに、なんで諦めてるの? まだわからないじゃない」
「わかるよ。常識的に考えて。同性に恋をするなんて、おかしすぎるじゃない」
「……何を持って常識なんていうの? 同性結婚が認められてる国だってあるんだよ?」

こなたお姉ちゃんは怯えたような目で私を見てきた。当然と言えば当然かな。こんな私を見るのは、初めてなんだから。
でもそんなの、構うもんか。今のこなたお姉ちゃんは、これくらいきつく言わなきゃわからないんだ!!

「芸能人と一般人との結婚もある。日本人とアメリカ人との結婚だってある。だから不可能なんてないんだよ。やろうと思えばなんだってやれる
 けど、こなたお姉ちゃんは何かしようとした? 何もしてないでしょ? ただ怯えてるだけなのを『常識』っていう言葉のせいにしてるだけでしょ!?」


怒鳴ったせいで、少し頭がクラクラしてきた。小さく深呼吸をして、私が一番伝えたかったことを言った。

「かがみ先輩だって、告白したくらいじゃ軽蔑しないと思うよ。もしそうだったら、友達にだってなってないよ 
 それに……もし何かあったとしても、私はずーっと、こなたお姉ちゃんの味方だから」

こなたお姉ちゃんの瞳に映る景色。その全てが悲しみで滲む時、私はこなたお姉ちゃんを照らす太陽になる。あの時……こなたお姉ちゃんが私の心を照らしてくれたみたいに。
その言葉の真意は、私の本当の思いは、届かないとわかっていたけれど。

刹那、こなたお姉ちゃんが大量の涙を流しながら私に抱きついてきた。

「ひゃわ!?」
「ゆ……ゆーちゃ……あ、あり……が……ああああぁぁ……!」

力が強すぎてちょっと痛かったけど、それ以上に嬉しさが込み上げてきた。
こなたお姉ちゃんがわかってくれたこと。そして、今の状況が……とても嬉しかった。
もう少しこのままでいたかったから、私は優しく、こなたお姉ちゃんの頭を撫でた。







「私、頑張るよ。頑張ってかがみに告白して、かがみと付き合う」

こなたお姉ちゃんは、私の目の前で言ってくれた。
私の言いたかったことがどこまで伝わったのかはわからないけれど、もう大丈夫。こなたお姉ちゃんなら、やってくれる。

「じゃあ、約束だね」

私は左手の小指をこなたお姉ちゃんに差し出した。指切りをするなんて、とても久しぶりだった。
約束なんて言ってるけど、本当はこなたお姉ちゃんと触れ合っていたかったから。
かがみ先輩と付き合い始めたら、私がこなたお姉ちゃんに触れられる時間は極端に減るだろう。
だから……こなたお姉ちゃんのぬくもりを、覚えていたくて。
そんな私の思いを知ってか知らずか、こなたお姉ちゃんは小指を絡ませてきた。あったかい。

『ゆ~びき~りげ~んま~ん、う~そつ~いた~ら……』

そこで、二人の声が止まった。ただ約束するだけなんて、おもしろくない。

「本当に針千本飲ませるわけにはいかないよね、さすがに」
「何か他にないかな……約束を破った場合……」
「あ、じゃあさ……」

私は、多分頬を紅く染めながら言った。
それは、一筋の望み。私の初恋を叶えるための、最初で最後の悪あがき。
私はまだ……こなたお姉ちゃんを諦めたつもりじゃない。


 


「私と付き合うっていうの、ダメかな?」

 




重い。長い沈黙が、とても重い。
口を開けたまま固まったこなたお姉ちゃん。きっと、私の言葉を理解できなかったんだろう。
好きなのに、伝わらない。それが、少し切なかった。

「え、えと、だから、かがみ先輩と付き合えなかったら、私と、付き合うっていうの……ダメかな……//」

うう……恥ずかしいよぉ……多分、耳まで真っ赤になってる……
そんな私の真意にこなたお姉ちゃんは気付いたみたい。『信じられない』っていうような顔をして、哀れむような視線を私に送ってきた。

「いい、の……? だって、もし告白が成功したら……」

やっぱり言ってきた。こなたお姉ちゃんは、自分のことよりも他人のことを優先して考えちゃう。
私は、こなたお姉ちゃんの愛を優先したのに。

「いいの。一番大事なのは、こなたお姉ちゃんの気持ちだから。こなたお姉ちゃんが幸せなら、それでいいから。だって、こなたお姉ちゃんが……好きなんだもん」

それで、こなたお姉ちゃんに笑顔が戻るなら……私はかまわない。
こなたお姉ちゃんが笑っていてくれるのなら、これ以上他になにも要らないから。

「ありがとう、ゆーちゃん……」

言った瞬間、少しだけ視線をさげた。
『ありがとうだけじゃ伝えきれない』って、言葉の不器用さに歯痒さを感じてるのかな。
でも、大丈夫だよ、こなたお姉ちゃん。私はわかってるつもりだから。

「あ……あれ……?」

そう呟いたかと思うと、こなたお姉ちゃんの上瞼がトロンと下がった。

「お姉ちゃん、眠くなっちゃった?」
「う……うん……」

さっき泣いちゃったせいでつかれちゃったのかな。返事をしてすぐ、頭がガクンと落ちた。
床にぶつかる前に私の胸で受け止め、そっと抱き締めた。

「いいよ、ここで寝ても」

というよりも、私の胸の中で、眠って欲しかった。私と……もっと一緒にいて欲しかった。

「ありがと……ゆー……ちゃ……」

目を閉じようとするこなたお姉ちゃんの顔を見て、ふと、思ってしまった。
こなたお姉ちゃんの愛が叶ったとしても、こなたお姉ちゃんの笑顔が私に向けられることはあるのかって。
多分、ない。こなたお姉ちゃんの笑顔は全部、かがみ先輩に行っちゃうんだろうな。
その笑顔は、私に向けられることはない。そう思うと、悔しくて、切なくて、涙が流れそうになった。







最優先しなきゃいけないのは、こなたお姉ちゃんの愛。私の想いは、後回しでいい。

だって私は、こなたお姉ちゃんが好きだから。こなたお姉ちゃんの幸せが、私の幸せ。





「こなたお姉ちゃん……愛してるよ……」





……諦めたのに『愛してる』なんておかしな話だけど。

それは、こなたお姉ちゃんを想うが故の願い。

絶対に届くことはないと思っていた私の想いは今日、新たな願いに変わった。

だから大丈夫。その恋に、『さよなら』を言う覚悟はできてるから――

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