「…岩崎さん? 岩崎さん?」
言われて、ハッとする。
「どうしたの…? 何か気に入らないところ、あった?」
私は少し俯き、それから顔を上げて言う。
「別に…特にありません」
相手は少し安心したような顔をして、
「…そっか。よかった。岩崎さん、なんか怒ってるのかなって思っちゃって」
と言い、そして元いた場所へと帰っていった。
今、私たちのクラスでは文化祭の出し物についての学級会が行われている。
アイデアを出すのは苦手ではなかったが、喋るのが苦手な私は何も言えなかった。
クラスの様子を見ると、田村さんがパトリシアさんと何か熱心に話をしているのが見えた。
時折私とゆたかを交互に見て、怪しい笑みを浮かべていた。
さっき学級委員長に尋ねられたとき、彼女は「岩崎さん、怒っているのかと思った」と言っていた。
もちろん、私は怒ってなんかいない。でも、彼女にはそう見えていたようだった。
なぜだろう、と考えてみる。
私があまり喋ろうとしないから?
私があまり誰かと行動しないから?
それよりも、尋ねられたときに、私はどんな顔をしていたのだろう…?
話し合いが徐々に盛り上がっていく。
ある男子が「やっぱ順当に喫茶店でいいんじゃねー?」と言えば、
他の男子が「いやいや、普通すぎるだろ」と一蹴する。
すかさず、田村さんが「いや、喫茶店は喫茶店でもヅカ喫茶なんてどうっスか?」と提案すると、
「なんだそれ?」「いや、ヅカはないでしょー」「うーん、グッドアイデアね♪」と色々な声が飛ぶ。
その会話がおかしくて、私はつい笑ってしまう。
そして、少し恥ずかしくなる。私はまた俯いた。
「岩崎さんって、大人っぽいよねー。羨ましいな」
「岩崎さんが子供の頃ってどんな子だったんだろうね。想像できないや」
そんな声をたまに耳にする。みんな、私のどこを見てそんなことを言ってるんだろう、と思う。
それと同時に、大人と言われることを恥じる感情が生まれる。そのせいで、返事をせずにに黙ることしか出来なかった。
私は、みゆきさんのお母さんによくドジを踏んでいる場面を見られる。
ふざけてチェリーを枕にしているところを見られたし、スーパーの限定品を買うために店を何度も出入りするところも見られた。
一番恥ずかしかったのは、一人で好きな曲を歌っているところを見られたとき。
あのときは『穴があったら入りたい』どころでなくて、穴があったら入って穴ごと埋めてしまいたい気持ちだった。
そんな私のドジな所を見たら、みんなは何と言うだろう。どんな風に感じるだろう。
「岩崎さんって、どんな動物が好き?」
突然クラスのあまり話さない女子に、こうやって話しかけられたこともあった。
まだ陵桜に入学して1ヶ月も経たない頃だった。
私は少し考えた後、
「そうですね…。犬…ですね」
「犬? どんな?」
体ごとずいずいと近づけてくる彼女に少々圧迫されつつ、私は
「小さくて、可愛い犬…。例えばミニチュアダックスフントとか…」
と答えた。すると彼女は少し驚いた顔をして
「へぇ~! もっとカッコイイ犬とか好きなんだと思ってたよ。意外~」
と言った。少し違和感があったが、それから少し彼女と犬の話をして盛り上がった。
それ以来、彼女は私のところへ時々来るようになっていた。
彼女と話をしていると、どうしても彼女も私のことを少し年上な感じで見ているようだった。
年齢は一緒なのに、何でみんなそういう見方をするんだろう…。と思った。
そして、学級会後の帰り道。
隣にはいつも通りゆたかがいる。今日は、田村さんもパトリシアさんもいた。
田村さんとパトリシアさんが二人で話を盛り上げている。ゆたかも、少し戸惑いながらも話に付いていく。
話がエスカレートしていくと、私はどうしても黙ってしまう。だから、遠くの空をただ見つめて歩くしかなかった。
田村さんがこちらを見て焦る。
「あ、岩崎さん、ごめんね…。つい興奮しちゃって」
田村さんが心底申し訳なさそうな様子で頭を下げる。
「い、いえ…私は別に」
「遠くの空へナニを思い描いてたんですカ~? ミナミ♪」
パトリシアさんが私の肩に手を置いて、鼻歌交じりに私を押して歩き始めた。
私は彼女の力に抵抗できずに、足を動かすしかなかった。
こういうのは落ち着かない。静かじゃなくてもいいから、落ち着いて帰りたいのが本当の気持ちだった。
翌日、2時限目の授業が終わり、少し長い休み時間に入った。
私は机の上に置いた教科書を片付けると、いつも通り窓の外を見る。
こうして静かに時が経つのを待つのが、いつもの私の習慣だった。
何も考えないで、空を飛んでいく鳥や、風にそよぐ木々を見ているのが好きだった。
でも今日は違った。みんなが私のことをなぜ勘違いしているのか、どうしたら解ってもらえるか。
そんなことをずっと頭の中で考えていた。
ふと、ゆたかの方を見る。
ゆたかは机に向かって何か真剣に取り組んでいた。
私の視線に気付いたのか、こちらに振り返る。
ゆたかは、私に笑顔を見せた。
それを見たとき、私の心の中にあったもやもやした感情が晴れていくのがわかった。
そうだ。
私のことを解ってくれている友達がいたんだ。
私が黙っていても、私のことを解ってくれる、そんな友達。
喋らなくても、目と目で解り合える、そんな友達。
あぁ、私はなんてどうでもいい事で悩んでいたんだろう。
解ってくれる友達、そう、ゆたかがいればいい。
ゆたかが解ってくれていれば、みんなもだんだん解ってくれる。
ゆたかが、軽い足取りで私の席まで来た。
「みなみちゃん、昨日ね、お姉ちゃんが…」
そして、今日の休み時間はゆっくりと流れていく。
ゆっくり、ゆっくり。
そんなときが、ほんのり幸せな休み時間。