ID:fCQCsIY0氏:Goodbye with our BEST SMILE

「ねぇ、かがみん、あくまで仮定だけどさ」
「何よ」
「もし、もしだよ? 明日私がいなくなったらどうする?」
「はぁ?」
「いいから答えてよー」
「そうねぇ…。オタクが居なくなってせいせいしたわー、って皆で笑うかしらね」
「真面目に答えてよぉ」
「だって、いなくなるとか意味わかんないもの」
「…そっか。そうだよね」
「…何かあったの?」

 

「実は、お父さんの仕事の都合で、イギリスに行くことになりました…」

 

「へぇ~、そうなんだ……って、えええええぇぇぇぇぇっ!?」

教室が静まり返り、視線が私に集中する。
私はその視線など気にもしないで、ただ突っ立っていた。

「…どういうことよ」
「なんかね、おととい、担当の人がうちに来たんだ」

こなたが語ったのは、次のようなことだった。

おじさんが今書いているのが、欧州を舞台にした小説であること。その小説を書くのには、資料があまりに少なすぎること。
担当と飲みに行ったとき、おじさんが勢いで「ヨーロッパに行けたらなぁ~」とこぼしたこと。
それを聞いた担当が気を利かせて、イギリスに行く手配をしてくれていたこと。

「で、お父さん一人じゃ寂しいだろうから、私も付いていくんだ」

私は目の焦点が定まらなくなった。
卒業が近い。いつもの4人揃って、一緒に卒業式を迎えたい、そう思っていた。
でも、目の前にいる親友は、一緒に卒業できない。

「…いつ行くのよ?」

私は焦点の合わない目を擦り、辛うじて口を開いて言った。

「んーと、お父さんの準備ができ次第だから…今週末ぐらい?」

教室のカレンダーをチラリと見る。
今日は火曜日だ。こなたが旅立つまで、あと4日しかない。

「ゆたかちゃんはどうするのよ?」
「ゆーちゃんは仕方ないから学校近くのアパートを借りてもらうよ」

こなたはなんでこんなに冷静なんだろう。私たちとの別れが寂しくないのだろうか。
聞きたいことは沢山あったが、なかなか切り出せなかった。

「…そう。まぁ、決まってるものは仕方ないわね」

やっと言えた言葉が、これだった。
なんで自分は素直じゃないんだろう。
親友の胸の中で泣きじゃくってもいい状況じゃないか、と思う。こういうときに、自分の性格が嫌になる。


「…うん。でもそのうち戻ってこれるだろうからね」

こなたがカバンを手に取る。帰ってしまうのだろうか。

「今日は一人で帰るね。それじゃ」

引き止めることが出来ない。
親友の背中が遠くなる。今引き止めないと、そのままこなたはイギリスへ行ってしまいそうな気がした。
でも、声は出なかった。

こなたが教室を後にすると、涙腺が突然緩んだ。

「あ…」

声と一緒に、涙が溢れ出す。同時に、呼吸が苦しくなる。
堪えようと必死になるが、止められない。
それどころか、涙の勢いは増すばかりだ。呼吸がより一層苦しくなる。

「うっ、くっ…。こ、こなたぁ…」

親友の別れに対する悲しみよりも、素直に感情を表せなかった自分が情けないと思う気持ちのほうが大きかった。

 

 

5分ぐらい泣き続けていただろうか。
ようやく涙が止まり、呼吸も落ち着いた。
このままここに居ても意味がない。そう思った私は椅子から立ち上がった。

遠くから、廊下を駆ける音が聞こえてきた。

「あーあ、宿題忘れちゃったぜぇ~、って、うぉ、柊!」

日下部だった。

「何で帰んねーの? はは~ん、さては彼氏待ち?」

私の気持ちなど知らず、日下部は一人で喋り続ける。少し黙っていて欲しかった。

「うっさいわね…。ちょっと静かにしててよ」

自分では諭したつもりだったのだが、つい声を張り上げてしまったようだった。

「……なんだよ、そんな言い方することないだろ」
「あ…ごめん」

私は最低だ。
自分の気持ちにばかり気をとられて、相手のことを全く考えていない。

日下部が、表情をを伺うように私の顔を覗き込んだ。

「…なぁ、柊。お前、絶対なんかあったろ?」

心臓が大きな音を立てて鼓動したような気がした。
日下部は私に迫って、鋭い目つきで私と向き合った。

「べ、別に何も…」
「隠すなよ。柊と付き合って何年になると思ってんだ。表情見てればなんかあったなってすぐわかるよ」

その一言に、心臓が更に鼓動を大きくする。
何でこんなに私のことを見透かしてるんだろう。そんな疑問が頭をよぎった。

「ほら、言ってみ。全部聞いてやるから」
「…うん」

 

私は、こなたから聞いた話ををそのまま日下部に話した。

「…そっか。ちびっ子が…」

流石の日下部も、こなたが居なくなることに抵抗があったようだった。
神妙な顔をして、机に腰を掛けている。

「あいつ、笑ってたのよ。まだ日本国内に越すんならわかるわよ。長い休みにでも会いにいけるからね。
 でも、イギリスよ? 好きなときに会えないじゃない。なんで笑ってられるのよ…」

また涙腺が緩む。
あ、ヤバいかも。そう頭の中で呟く。

「うーん…あたし、ちびっ子のことはよくわかんねーけどさぁ」

日下部がいつになく真剣な顔で語り始める。

「たぶんちびっ子のやつ、柊に気を使ったんだと思うぜ?
 だって柊、もしちびっ子が目の前で泣き出したらどうする?」
「そ、そりゃあ…」

言葉に詰まる。私は、どうするだろう。
多分、一緒に泣くようなことはしない。…おそらく、頭を撫でて慰めるぐらいのことしかできないだろう。
その後は、思い出作りとか称してみんなで遊びに…。

「ちびっ子は、それが嫌なんだろ。自分のためにみんなが何かしてくれるってことが」
「え…?」
「柊のことだから、きっと滅茶苦茶気を遣う。あいつがワガママ言っても多分何でも合わせてやるだろうし、
 何かとちびっ子を気にかけるてやると思う」

日下部の言葉に、つい俯く。全て図星だった。
私の性格をすべて見透かして、日下部は語っている。

「それが嫌だから、自分に気を遣ってほしくないから、ちびっ子はそういう態度をとったんだと思う」
「なんでよ…なんで気を使うのがダメなのよ…」
「そんなのわかんねぇよ。でも、あいつ見てると、なんかそんなこと考えてそうな気がするんだ」

ダメだ。声が震えてる。怒鳴るつもりだったのに、どうしても小声になってしまう。
私の頬に、涙が一筋流れるのを感じた。

「…いいぜ、泣いても。なんなら私の胸、貸してやるよ、へへ」

日下部がニヤニヤしながら言った。
その表情が少しずつぼやけていく。

そして、また呼吸が苦しくなってくる。

ダメ、もう、がま、できな…。

「こなた、ぐすっ、こなたぁ…!」

今度はこなたが居なくなることへの悲しみに対する涙しか流れなかった。
日下部は私の背中を軽く叩きながら、ただ私が泣き止むのを待ってくれていた。


「きっとちびっ子、柊がいつもどおり付き合ってくれるのを望んでるんだと思うよ」
「…そうかな」

夕日が街をオレンジ色に照らす。その中を、日下部と私は並んで歩いていた。
すっかり泣き疲れた私は、歩くのも億劫でよろめきながら何とか足を動かしていた。

駅に着くと、日下部は最後に
「あたしは最後までちびっ子と柊を取り合うよ」
とちょっと照れたような顔で言い残して立ち去った。

「…ありがと」

遠ざかっていく日下部の背中に、ぽつりと囁いた。
日下部が曲がり角を曲がって視界から消えるまで、私はその背中をずっと見つめていた。

電車に揺られながら、こなたのことを考えた。

―――えーっと、紹介するね。こっちがかがみお姉ちゃんで、こっちがこの間話した泉こなたちゃんだよ。
―――え、えーと、よろしく。かがみ、さん。
―――妹が世話になったみたいね。よろしく。そんなに緊張しなくていいわよ。
―――そ、そう…?
―――私の事は「かがみ」でいいわよ。だから私もあなたの事、「こなた」って呼ぶね。
―――う、うん。よろしく、かがみ。

もうあれから2年半経つのか…。
青い髪、緑の瞳、左目の下の泣き黒子。膝下まで伸びた長い髪を揺らして、こなたはいつも私と絡んでくれた。
しばらくしてこなたがオタクだと知っても、不思議と嫌な気分はしなかった。
こなたが持つ『人を惹きつける魅力』というものがそういう気分にさせなかったのだろう。

あー、だめだ。こなたのことを考えると、また泣きそうだ。

でも、何も考えまいとしていてもこなたとの思い出がひたすら頭の中を巡る。
普段の学園生活。お泊まり会。体育祭、修学旅行、文化祭…。
どんなイベントでも、必ず私の近くにあったのはこなたの笑顔だった。
私は、こなたの笑顔に何度も助けられてきた。
自分に素直になれないから、冷たく突き放したり、適当にあしらったりして来たが、それは間違いない。

(…だったら、今度は私たちの笑顔でこなたを助けてあげたい…)

ふと、そんなことを考える。考えて、ハッとした。
そうだ。そんな簡単なことでよかったんじゃないか。
こなたの泣き顔なんて見たくない。だったら、笑顔で見送って、それでお互いにスッキリとした気持ちで別れよう。

電車が、汽笛を鳴らした。
私の背中を押してくれているような、そんな響きがした。


家に帰ると、つかさがTVをつけたままウトウトとしていた。
ふぅ、と溜め息をついてから、つかさの肩に手を掛けて、揺する。

「…起きなー。風邪引くわよ。ただでさえ寒いのに…」
「ん……。あ、お姉ちゃん、お帰りー」

つかさはおもむろに立ち上がり、あくびと共に大きく伸びをした。
「こなちゃん、お姉ちゃんに用があったみたいだよ。会えた?」
あくび交じりの声で、つかさが問いかけてきた。リボンがずれていて、髪の毛も静電気で少し広がっていた。

「…うん。で、そのことでつかさに相談があるの」
つかさをもう一度座らせ、私はつかさから座布団一枚分開けて座った。つかさは少し戸惑ったようだった。

「いい? 今から話すのは、私たちにとってとても重要なこと。
 辛いかもしれないけど、全部受け止めて。変えることの出来ない、真実だからね」

そして、こなたのことを全て話した。
つかさは話の途中で、声こそ出さなかったが、目に涙を溜めているのが見て取れた。
そして、私の話が終わると共に泣き崩れた。
私はつかさの涙につられそうになったが、我慢した。

「つかさ」

なだめるように優しく、それでいて聞こえるようにはっきりと、私は妹の名前を呼んだ。

「私はね、こなたには最後まで笑顔でいて欲しいの。だから、私と約束」
「約束…?」
真っ赤になった目をこちらに向け、つかさが幼子のような声を出した。

「そう、約束。こなたの前で、こなたとの思い出話をしない。絶対にしんみりとしたムードを作らない。いつも通りの私たちのまま残りを過ごすこと」

それが、電車の中で必死に考えた『私たちに出来ること』だった。
日下部の言うとおり、普段の、ありのままの私たちでいること。そして、最高の笑顔で見送ること。それが、こなたにできる一番の贈り物だと思った。
つかさは、目を瞑って深呼吸をしていた。呼吸を整えているようだった。
そして3回ほど深呼吸した後、私に微笑みながら言った。

「うん、私もこなちゃんの悲しい顔、見たくない。だから、お姉ちゃん」

そう言って、右手の小指を差し出すつかさ。何がしたいのか一瞬で解った。だけど

「何よ?」
と敢えて聞いてみた。

「指きり」
つかさは、それだけ言って小指を強引に私の左手の小指に絡めた。
指きりなんて、最後にしたのいつだっただろう…。そう考えているうちに、つかさは一人で歌い、そして指を切った。
そして私にもう一度微笑むと、すっくと立ち上がって部屋を去っていった。

翌日、みゆきにも全てを伝えた。みゆきは動揺する素振りこそ見せなかったが

「そうですか…。泉さんと会えなくなるのは、非常に悲しいですね」

と僅かに顔を伏せて言った。
まだ昇って間もない太陽が、ゆるやかな光をみゆきへと送っていた。
それはみゆきの悲しみと交差して、より一層悲しげな雰囲気を作り出していた。

「泉さんに笑顔で旅立って欲しいのは、私も一緒です。全面的に協力しますよ」

みゆきは、穏やかな笑顔を私に送る。私には到底出来ない表情だった。
美しいと思った。別に疚しい意味ではない。一人の女性として、本当に美しいと思った。
つかさの笑顔を思い出す。つかさの笑顔は、相手を安心させるような笑顔だった。
つかさの笑顔に、私は心を癒され、慰められ、幾度となく助けられてきた。

人それぞれ、『笑顔』というものは違う。
私にしか出来ない笑顔もあれば、私には天地がひっくり返っても出来ないような笑顔だってある。
そして、こなたの笑顔もまた、私が持っていない笑顔だった。


私の笑顔も、何か人を動かす力を持っているのかな…。


こなたがいる日常。いつもと変わらない日常。何一つ変わったものはない。
こなたが自分の世界に入って話を続ければ、私は呆れた顔でつっ込む。少しエスカレートすれば軽く口論になる。
つかさはその横でハラハラとしている。みゆきは、落ち着いた表情でその様子を見る。
全く変わらない日常が、矢のような速さで過ぎていく。水曜日、木曜日、金曜日。


そして、ついにこなたが旅立つ日を迎えた。

 

 

家の前には、既にみゆきと成実さんが居た。車が停まっている。これで空港まで送っていくのだろう。

「あ、かがみさん、つかささん、おはようございます」
「おはよー、ゆきちゃん」
「おはよ、みゆき。早かったのねぇ」
「やぁやぁ、かがみちゃんたちも来てくれたのかー」
「成実さん、おはようございます」

軽く挨拶を交わしたのち、喋って時間をつぶす。
その会話でも、こなたとの思い出話はしない。
今その話をすれば、すぐにでも全員で泣き崩れてしまいそうだから。

「こなたのために、みんなわざわざありがとねー」

成実さんが少し身をかがめて言った。既に目が赤い。彼女も泣くのを堪えているのだろう。
顔をよく見ると、涙が流れた後があった。我慢できなくても無理はないだろう。こなたを実の妹のように可愛がっていたのだから。

そして、泉家のドアが静かに開いた。
ゆたかちゃんとおじさん、そしてこなたがゆっくりと歩いてくる。

おじさんが私たちの顔を見て、悲しみが混じったような笑みを浮かべた。

「みんな、わざわざ来てくれて本当にありがとう。俺のせいでこなたも連れて行くことになって…ごめんね」

おじさんは俯いて、右手を握り締めた。その手がふるふると震えているのがわかる。

「ホントは…置いていってやりたかったんだ。もう高校生だし、ゆーちゃんと一緒にすることも考えたんだ。
 折角仲のいい友達も出来て、これから大学に行ってもっと楽しい生活ができるのに、俺が情けないばかりに…ごめん、ごめんよ…」

おじさんが、今度は全身を震わせている。成実さんは、既にしゃくり上げていた。ゆたかちゃんはもう涙が溢れ出していた。

「お父さん、いいんだよ。私は自分から行くって言ったんだよ?」

こなたが、おじさんの背中をさすってあげている。
本当はこなただって泣き出したいはず。でも、最後まで人に気を遣えることができる。そんなこなたが、羨ましかった。

おじさんは、石塀に片手をついてしゃがみ込んだ。もう我慢できなかったんだろう。
成実さんがおじさんの横に行って、「おじさん…」と肩に手を置いた。そして、声を上げて泣き出した。
ゆたかちゃんもそれにつられて泣き出していた。

その様子を見て、私たちもついつられそうになった。でも、ぐっと堪える。
私たちには、こなたを笑顔で見送るという使命があるから。

つかさはもう涙腺崩壊一歩手前といった感じで、目には涙が溢れんばかりに溜まっていた。

こなたが、視線をおじさんから私たちに移した。

「…みんな、今日はほんとにありがとね。私と最後まで仲良くしてくれて、ほんとに嬉しかったよ」

こなたが喋り始めた瞬間、つかさの涙の湖が氾濫したのを見た。
しゃくり上げるのを必死に我慢する声が、隣から聞こえてくる。

「ホントはね、最後ぐらい皆でどっか行きたいなー、とか思ったんだよね。
 でも、なんかね、こういうときに限って出かけるっていうのもなんかおかしいなぁ、とか思って」

こなたが目を瞑る。

「でも、みんなのことだから多分私をどこかに連れて行ってくれるんだろうな、って思った。そこで思い出を作って、それでお別れするんだな、って思った。
 でもね、みんな最後まで私にいつも通りの日常を過ごさせてくれた。私の気持ち、分かってくれてた。
 それで確信したんだ。私、みんなと本当の意味で『親友』になれたんだな、って」

あ、ダメ…。泣きそう…。もう涙腺が危ない…。

「みんなに旅立つってことを泣きながら伝えてもよかったんだよね。でも、そんなことしたら余計みんな気を遣っちゃうでしょ。
 私、人に気を遣われるの慣れてないからさ。どうしてもそういう風にはできなかったんだよね」

こなたが、私たちをじっと見つめる。10秒ほどの沈黙が流れた。

「みゆきさん、私ね、みゆきさんに初めて会ったとき、『あ、私と違う世界にいる人だな』って感じたんだ。
 なんとなく劣等感感じちゃって。頭は私なんかより全然いいし、運動も得意だし、スタイルも…ね。
 でも話してて、いい人だな、って。この人とだったら、すごく仲良く出来そう。って思ったよ。
 萌え要素だー、とかずっと言ってきたけどね。迷惑だったかな? もしそうだったら、ごめんね」

みゆきは、両手で顔を覆っている。泣いているのだろう。両手の下にあるみゆきの泣き顔が想像できる。

「つかさ、初めて会ったとき、私のこと変な人だと思ったでしょ? いやぁ、私の勘違いで変な騒ぎになっちゃって、ごめんね。
 でも、それから学校でつかさが声かけてくれて、本当に嬉しかった。私、中学でちゃんとした友達あんまりいなかったから…。
 高校でもなかなか友達できなくってさ。それで最初に出来た友達がつかさ。
 つかさがいなかったら、かがみにもみゆきさんにも会えなかったんだよ。本当に感謝してる」

つかさが隣で、ヒック、ヒックとしゃっくりをしている。我慢の限界が、すぐそこまで来ているようだった。
次は私の番だろう。でも、私はこなたに思い出話をして欲しくなかった。
こなたがこっちを見た瞬間、私は先にこなたに言った。

「待って。私の分はいいわ。アンタが何言いたいか、言葉にしなくてもわかるわよ」

こなたが少し驚いた顔をする。でも、すぐ元の顔に戻った。

「じゃあ、みんなに、これ」

こなたがバッグから何かを取り出す。それは、丁寧にラッピングがなされた小さな箱のようなものだった。
それを、一つずつ丁寧に渡していく。私は、それを受け取ると両手で包み込んだ。

「それ、私がいなくなってから開けてね」

また沈黙。
おじさんが、よろよろと立ち上がった。

「それじゃ、こなた…。行こうか」
「…うん」

こなたは一つ小さな溜め息をつくと、私たちに背を向け、車へと歩き始めた。

車に乗り込むこなたの顔が、一瞬だけ見えた。

 

 

泣いていた。

 

 

ずっと堪えていたんだろう。私たちに言葉をかけているときも、プレゼントを渡すときも。
いや、もしかしたら家のドアを開けた瞬間からかもしれない。
それとも、私にイギリスに行くことを告白したときからだろうか。

そう考えると、私は涙を我慢することが出来なくなった。

そして、無意識のうちに、今まで生きてきた中で最も大きく、そして大量の涙を流していた。

つかさがその場に座り込む。みゆきもハンカチを取り出して顔を覆う。
涙で車が見えない。一生懸命手で目を擦る。

そして、車のエンジンがかかった。

その時、ふと忘れかけていたことを思い出した。

 

 

…ダメだ、泣き顔でこなたを見送っちゃ…!

つかさの腕を引っ張り、無理に立たせる。つかさは、ハッとしたように目を擦っていた。
みゆきも察したらしく、ハンカチをしまって呼吸を整えている。


そして、私たちは笑った。


それぞれが持っている、『最高の笑顔』を。


こなたが、窓から私たちを見る。


こなたは、目を大きく見開いた。私たちの表情に驚いたのだろうか。


そして、少しだけ目を逸らし―――――


満面の笑みを、私たちに送ってくれた。


車が動き出す。


こなたが遠ざかる。


何か叫んでいる。


「ありがとう…! 本当にありがとう…!」


そう聞こえた。


こなたを乗せた車はもう豆粒ほど小さくなって―――――


そして、地平線の彼方へと消えていった。

「…行っちゃったわね」

この空気を打破すべく、私は言った。

「そうだね」

つかさが言った。もう、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「いつか、また会えますよ。信じてれば…」

みゆきが、遠くの空を眩しそうに眺めながら言った。

「そうね…」

ふと、右手に握り締めた箱が気になった。
強く握り締めていたからか、包装紙が少しよれてしまっていた。

「開けてみようか?」

私がそう言うと、二人は大きく頷き、それを承諾した。

包装紙を丁寧に開き、中にある桐の箱をそれぞれ手に取った。


箱の蓋を開けると、そこには私たちそっくりの人形が入っていた。
それは本当に丁寧に作られていて、細部まで見事に再現されていた。
これを作るためにこなたが苦心している姿を想像するだけで、もう一度泣けそうだった。

「…ん?」

人形を箱から出すと、その下には一枚の紙が敷かれていた。
私はそれを取り出し、開いた。つかさとみゆきも同様に紙が入っていたようだった。


「今までありがとう。大好きなかがみん。大学受験近いけど頑張れ~! ピサの斜塔から応援してるよ!」

こなた独特の字で、こう書かれていた。
私の涙腺は、このときついに崩壊した。

「バ、バカ…。ピサの斜塔はイタリアだっての…。普段から勉強しなさいよってあれほど言ったでしょ…」

声がかすれる。息が詰まる。顔が熱くなってくる。
涙が、文字の上に落ちる。一粒一粒が、インクを滲ませていく。
こなたの精一杯のボケなのか、素で間違えたのかはわからない。でも、嬉しかった。
こなたが今まで私にくれたどんなプレゼントよりも嬉しかった。

つかさとみゆきも、隣で泣いていた。
私たち3人は体を寄せ合って、ここが閑静な住宅街だということも忘れて大声で泣きじゃくった。
ただ自分の気が済むまで、我慢していた気持ちを全て出し切るまで泣き続けた。

こなたの最後の笑顔を象徴してるかのごとく、太陽の日差しが強くなっていた。

「お姉ちゃん、こなちゃんからお手紙が来てるよ」
「本当!?」

つかさから手紙を受け取り、丁寧に封を剥がす。
中から一枚の便箋と、一枚の写真が出てきた。
半分に折られた便箋を開くと、懐かしい文字が出てきた。

 

―拝啓 かがみ、つかさ。
 お元気ですか? 大学生活エンジョイしてますかー? あ、それより先に合格おめでとう、だね。
 二人ともよく頑張ったねー。しかも二人とも第一志望で。いやぁ、私は大学受験できなかったけど、自分のことのように嬉しいです。
 私は今、イギリスで普通に社会人として生活しています。お父さん大変そうだし、私がサポートしてあげないとね。
 こっちにはオタク文化は普及してないみたいだけど、私が発起人になって広めていってやるさー!(笑)
 あ、それよりその写真見てよ! つかさは覚えてると思うけど、そこで私と肩組んでるの、昔つかさに道聞いてた人なんだよ!
 この人が居たから、私たちは仲良くなれたんだよねー。そう思うと、なんか不思議な気持ちです。
 あー、そうそう。お父さんの仕事がもう少しで落ち着きそうだから、近いうちに日本に帰れます。
 またつかさの焼いたクッキー食べたいな。あ、かがみのも食べたいかも。ちょっとは料理上達した?(笑)
 もっと色々書きたいけど、積もる話はそっちに行ってから…ということで。そんじゃ、またね。 敬具


「あいつ、楽しそうにやってるみたいね。よかった」
「ほんと。この写真もすごく嬉しそう。こなちゃん、早く会いたいなー」

大男と肩を組んでいる(こなたは相手の腰に手を回しているだけだったけど)こなたの笑顔が、やけに輝いて見えた。

 


―拝啓 こなた。
 手紙ありがとう。あと、合格の祝い、ありがとね。今私は法学部で忙しい毎日を過ごしています。
 あんたに宿題見せてやりたいぐらいよ。私が誰かに泣きつきたいぐらいいっぱいあるんだから。
 それにしても…。あんたがまさか社会人とはね。ちっこいあんたが一人前に働く姿、想像できないわよ。なんてね。
 あれからつかさとみゆきの3人で相談して、こなたにささやかながらプレゼントを贈りたいと思います。
 私が焼いたクッキーじゃないから安心しな。(笑)
 日本に戻ってきたら、イギリスのこと色々教えてね。楽しみに待ってます。 敬具

 

手紙を書き終えると、私はプレゼントを小さな袋に入れ、口をテープで閉じた。
そしてそれを便箋と共に封筒に入れ、封をした。

 

その「ある物」とは、
私たちが各自一つずつ作った、こなたそっくりの人形。もちろん、一人ずつメッセージを添えて。

こなた人形は、それぞれ笑っていた。
こなたと同じように、眩しい笑顔を周りに振りまいていた。          Fin

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