「そうくん、今度はいつ戻れるの?」幼いこなたを抱き、かなたが尋ねる。
「戦状は激化してるって言うからな…まだ何とも…かな」昼下がりの泉家、
必要な物資をトランクに詰め、そうじろうはそう答える。鍵を閉める前にもう一度確認し、
蓋の内ポケットから1枚の写真を取り出す。それは、こなたの出生後、間もなく撮った、
家族のスナップだった。こなたを胸に、たおやかに笑うかなたと、
その肩を抱くそうじろう。そして麗らかな日を浴びる公園。そこはまるで、
戦争のあるこの世界とは別の次元だった。写真の裏には『絶対帰ってきてね』と、
かなたからのメッセージが書かれていた。
この写真は、そうじろうにとって何よりの心の拠、そして御守だった。
「いつになるか判らないけどさ、いつもの通り美味い料理作ってさ、待っててくれよ」
かなたを見て、そうじろうはにんまり微笑む。しかし、かなたの表情は晴れなかった。
「…うん」戦争と言う現実が重く乗し掛る。人と人が直接殺し合う、戦争。
国の為、ゾイドを駆使して、見知らぬ相手を討つ。至極簡単な理屈。
殺される者を想えば、やりきれない気持ちになるかなただった。
「任期が終ればお役御免だ。それまでの辛抱だから。な?かなた」
「…うん」今更どうこう言っても仕方がない。夫の身を案じ、
今は只、見送るしかない。釈然としない気持ちを拭い、かなたはなんとか笑顔を繕う。
「絶対、帰ってきてね」出撃の度に聞かされる言葉。無事であってほしいと言う願い、
励まし、様々な意味を孕んだ、そうじろうへの呪文であった。
「当たり前じゃないか。ここへ必ず帰ってくる。俺は不死身だよ?」
親指を立ててサムズアップ。更にそこをぐりぐり回して、そうじろうはおどけて見せる。
「…ぷぷ、うん。待ってる。待ってるからね。そうくん」
ようやく笑顔らしい笑顔を見せるかなただった。
玄関を出ると、そうじろうは移動用の小型ゾイドに荷物を載せる。
アニメの絵が描かれたそれは、痛車ならぬ痛ゾイドだった。ゾイドには感情がある。
果たしてこのゾイド、バトルローバーは、この主をどう見ているのだろうか。
「じゃ、行ってくる!家のことは任せた!あと、愛してるゼ、かなどわぁぁぁぁ!?」
操縦ミスか、或いはバトルローバーの意思か、別れを告がせぬ儘、痛ゾイドは疾駆した。
白昼、そうじろうは、シールドライガーMKⅡのコクピットの中で、写真を眺めていた。
そこに突然、無線が入ってきた。モニターが相手の顔を写し出す。同期の立木だ。
「お前、今度軍、辞めるんだってな」一瞬ドキリとした。
「え…」上にだけしか伝えてないはず、と不審に思うも、すぐに合点する。
「ホーエル少佐か…」どこにでもいそうな普通のオバサン風情の上官。ホーエル少佐。
「あの人に話したのが運の尽きだったな。皆も知ってるぜ?」予測しうる事態。
そうじろうは少なからず、彼女に告げた事を後悔していた。
「お前が抜けるのは辛いが、こればっかりはな。だからさ」そう言った所で
別の無線が入ってきた。敵機接近、急接近するゾイド有り。全機散開。
立木達のディバイソンが、猛進するブラックライモスの群れを、17連突撃砲で撃滅。
そうじろう機、ライガーMKⅡも負けじ劣らず、牙や爪、背部のビームキャノンで、
続くレッドホーンとツインホーンに強襲をかける。しかし彼等はまるで気付かなかった。
死を呼ぶ恐竜がすぐ側に潜んでいる事を…。
数ヶ月後のある日、泉家に1機の痛ゾイドが辿り着いた。パイロットは全身包帯にまみれ、
降りて早々、出迎えた妻に抱かれ、静かに目を閉じた。
そうじろうが目を覚ましたのは、それから3日後の事だった。
握る小さな指が微かな動きを感じ、彼の目が、朧気ながらにかなたを捉えた。
「ただ…いま」やっと、物書きとしてやっていける、そうじろうは呟き、軍からの
正式な書面を、かなたに手渡した。それに目を通し、かなたは涙を流すのだった。
後日、そうじろうは再び各地を周り、戦争の一部始終を本にまとめる事を決意。
後の公式ファンブックである。そしてバトルローバーの絵は、日増しに増えていくのであった。
「そうくん、アンナって、誰?」かなたは1枚の写真を手に、そうじろうを睨みつけた…終
最終更新:2008年01月25日 23:42