ID:eT > LcDBg氏:みゆきのココロとお年玉

 短い冬休みの最後の日に、みゆきとその友人達は集まろうという約束をしていた。
 寒い中を出かけるよりも家でゆっくりしたいと言い出しそうなこなたも、今日ばかりは参加している。
 顔を合わせるのが、学校が始まってからではいけない理由があるためだ。
 こなたの目的の半分は、みゆきに完成済みの課題を写させてもらう事であった。
 甘やかしてはいけないと考えもするが、それを叱る役目の人は既にいる。
 そして、友人の頼みを断りづらいという元来の性格もあって、みゆきは自分では何も言わずにいた。


「あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
「おめでとう」
「みんなあけおめー。ところで皆はお年玉いくら貰った? 私は二万ちょっと」
 四人が顔をあわせた後、各々が礼儀正しく挨拶をする中でこなただけはマイペースを崩さなかった。
 いつもと態度が同じという点ではみゆきもそうだと言えるのかも知れないが、真面目な雰囲気を一瞬で崩壊させてしまう勢いは、他の誰かに真似できるものではなかった。
 新年になっても相変わらずだと、かがみは半ば本気で呆れながらこなたの質問に答える。
「私達もそれくらいよ」
「うん、そうだよねー」
「へえ。巫女の仕事までやってるのに同額とは……ちょっと意外かも。みゆきさんは?」
 その質問で三人の視線が集中すると、それまで笑顔で話を聞いていたみゆきは困ったように呟いた。
「私は……貰っていません。春からは大学生になるわけですし、今年も断りました」
「ほほう、流石はみゆきさん。自分から断るなんて大人だねえ」
「いえ、そんなことは……」
 みゆきが両手を胸の前で控えめに振りながらそう答えると、こなたはそれ以上の追求をせずに納得した。
 会話の中心は再びこなたとつかさ達へと戻り、かがみの指摘でようやく課題の話になる。
 みゆきはこなたに頼られるままに、鞄に入れてきた課題プリントの束を取り出した。


「写すだけとは言っても、さすがにこの量は疲れるや……」
 課題に取り掛かってから三十分と経たないうちに、こなたはそう言って机に突っ伏した。
 その姿を見て、みゆきと一緒に妹の課題を手伝っていたかがみは声を荒げる。
「あんたね。目の前でつかさが自力で頑張ってるんだから、それくらいの作業は頑張りなさいよ」
 しかし、その声を聞いて申し訳なさそうな顔をしたのはつかさだった。
「あはは……。私も期限ギリギリにやっているから、威張れないんだけどね」
「あの、写す作業だけでも記憶をする助けにはなるので、泉さんもまったく頭を使っていないわけでは」
「それは、そうかもしれないけど……」
 論破することは可能であったが、かがみはその言葉を押さえ込んだ。
 二人が庇うおかげで、かがみも遠慮をせずに叱ることが出来るのだ。
 もしも反論が出来ないほどに言い負かしてしまえば、さすがのこなたも傷つくだろうとわかっていた。
「仕方ないわね。お菓子とお茶でも用意してくるけど、息抜きの後は手伝うから自力でやりなさいよ?」
「あ、手伝うよ。かがみ」
 つかさとみゆきも手伝うと申し出ようとしたが、こなたが立つほうが早かった。
 世話を焼く母親のような説教と、言いわけの言葉を交わしながら、二人はかがみの部屋を出て行った。

 二人きりになると、急に部屋の静けさが気になるようになった。
 課題の手伝いと言っても、つかさに分からない部分がないのであればみゆきの出番はない。
 つかさが正解を書き込んでいく様子をぼんやりと眺め、合っているかという問いに頷く事を繰り返す。
 みゆきが友人の表情に気がつけなかったのは、そうして思考を停滞させていたからだった。
 つかさの手が止まったことでプリントから視線を上に動かすと、みゆきは彼女と目が合った。
「ねえ、どうかしたの?」
「どうもしていませんよ」
 みゆきは反射的にそう答えたものの、冷静な顔を保つことは出来なかった。
 課題の手伝いをしている間に、自分は何かおかしな事をしただろうかと考え込む。
 話を中断してもらってしばらく悩み、それでもわからず首を傾げると、つかさは再び口を開いた。
「ゆきちゃん、さっき暗い顔をしてたから」
「さっきとは?」
「お年玉の話をしていた時だよ」
 みゆきは声に出すつもりはなかったが、なるほどという言葉がこぼれた。
「大した事ではないんです。貰っていないと言うと感心されるので、それが少し恥ずかしくて」
 真面目な顔で問い詰めるつかさに心配をかけないように、みゆきは笑顔で答える。
 ところが、つかさは俯きがちに首を振った。
「ううん、もっと後の話。こなちゃんが、自分から断るなんてーって言ったときだよ」
「それは……」
 どう誤魔化すべきなのか迷い、みゆきは言いよどむ。
 その間につかさは座りなおして身体の向きを変えると、正面からみゆきを見て言った。
「あれは本当のことだった?」
「もちろんです。辞退したのも、受け取らなかったのも、どちらも嘘なんかじゃありません」
 みゆきは廊下にまで漏れそうな音量の声で、興奮気味にそう言った。
 それに対してつかさの声は普通の大きさだったが、確信を持っているかのように堂々としていた。
「そうかもね。だけど、ゆきちゃんのその考えは本当に自分の意見?」
「…………」
 みゆきは今度こそ何も言えなかった。
 どの言葉がみゆきの心に刺さったのか、つかさは気づいているとわかったためだ。
「学級委員に推薦されて断らないのも、お年玉を貰わないのも、たぶん自分の意見じゃないよね」
 言いながらつかさは、部屋のドアへと視線を送った。みゆきもつられて視線を追う。
 板一枚を隔てた廊下からは、まだ二人の戻ってくる足音は聞こえなかった。
 つかさは視線を戻し、みゆきに正否を問いかける。
「私の想像、外れてるかな?」
「……いえ、確かに『他人のイメージ通りの自分』を演じてしまっている部分はあると思います」
 お年玉の話をするのがみゆきにとって憂鬱だったのも、そのためだった。
 お金に困っていなくとも、仲間はずれにならないために貰いたいとみゆきは考えていた。
 しかし、ほんの気まぐれで一度断った年以来、再び欲しいと言うことがどうしても出来なかった。
「一度そうなってしまうと難しいですね。何か理由がないと、抜け出せなくて……」
 みゆきの声が少しずつ小さくなって最後には聞こえなくなると、つかさは「だからなんだ」と呟いた。
「いつも不思議に思ってたんだ。どうしてお姉ちゃんと私は名前で呼ぶのに、こなちゃんだけが違うのか」
 予想外の話が出てきたことに驚き、みゆきは俯きかけた顔を持ち上げる。
 つかさは一瞬前までのみゆきと同じように、視線を床へと向けていた。
「理由を考えちゃうからだったんだね。なんにでも。考えなくてもいい事にまで」
 みゆきはその言葉に小さく「はい」と頷いた。
 柊姉妹を名前で呼ぶことには、「区別をする」という明確な理由があった
 しかし、こなたの場合には名前で呼ぶ正当な理由がない。
 もし、名前で呼んだせいで相手に不快に思われたらと考えると、彼女を名前で呼ぶことは出来なかった。
 そして最も仲の良い友人だと思うようになってからも、呼び方を変えるきっかけを持たないまま今に至る。
「理由は必要ないとわかっているんです。名前の呼び方を変えるのも自由だと。ですが……」
 みゆきは視線を合わせられないまま喋り続けた。
 天井を見て、クローゼットを見て、そして突然に手を握られたのに驚いて、つかさを見た。
「じゃあ、友達という立場から、一つだけ頼みごとをしてもいい?」
「は、はい。どうぞ」
 他人との接触に慣れていないのか、みゆきは緊張をしながら返事をする。
 つかさはその様子にくすりと笑い、一呼吸の間を置いてから口を開いた。
「名前で呼んで。こなちゃんのことを。さん付けは変えなくていいから、こなたさんって」
「こなたさん?」
「うん。そんな感じ。それじゃあ、ちょっとお姉ちゃん達の様子を見てくるね」
「あ、はい。お気をつけて」
 何に気をつけるというのか、自分でも意味がわからないまま、みゆきはそう言ってつかさを見送った。
 一人きりになってから時計を確認すると、確かに二人は心配するべきほどに遅かった。
 もしかすると、何かトラブルがあったのかも知れない。
 探しに行きたいがキッチンの場所がわからずにみゆきが困っていると、ノックの音があった。
 入れ違いに二人が戻ってきて、手がふさがっているために開けて欲しいという合図だとみゆきは思った。
 だが扉の前に立っていたのは、かがみによく似た顔をした、みゆきよりいくつか年上らしい女性だった。
 彼女は姉妹のどちらかが出てくると思っていたのか、少し驚いた顔をして尋ねた。
「こんにちは。かがみ達はどこに行ったのかしら?」
「二人はお茶を用意すると言っていました。つかささんも、二人が遅いので様子を見てくると言って……」
「そうなの。実はかがみとつかさのお友達二人に、ちょっとしたお年玉を用意したのだけれど」
 みゆきはお年玉という単語で、この女性が会社勤めをしていると教えられた長女なのだと理解した。
「いえいえ。そんなに気を使って頂かなくても結構ですよ。いのりお姉さん」
 年齢もさほど違わないのですからと続けようとしたが、それは女性の歓声によって遮られた。
「あら、いのりと間違えられるなんて。これは絶対に受け取ってもらわないといけないわね」
「え?」
 次女のほうだったのかとみゆきが考えていると、女性は赤い袋を二つ押し付けて歩いて行ってしまった。
 こなたの分は代わりに渡しておいて欲しい、ということなのだろう。
 彼女がどうして上機嫌になったのかは不明だったが、みゆきの疑問は三人が帰ってきた事で中断された。

「ごめんごめん。だいぶ遅くなっちゃったわね」
 お盆を持ったかがみは、テーブルに置かれたプリントの類が片付けられるのを待ちながら言った。
「いえ、退屈ではなかったですから」
 テーブルの周辺から荷物をどかしながら、みゆきは笑ってそう答えた。
 こなたは休憩のための作業だからなのか、積極的に協力をしていた。
 課題に取り組んでいた時とのテンションの差に、こなたを見るかがみの目が厳しくなる。
 その視線に気がついたのか、こなたは筆記用具を鞄に詰め込みつつ、大きな声で喋り始めた。
「みゆきさんにも見せたかったな。お菓子程度のことでマジバトルをする、かがみとその姉の攻防を」
「何言ってるのよ。そんな大げさな内容じゃなかったでしょ」
「うーん。いのりお姉ちゃんが仲裁してくれなかったら、微妙だったかも……」
 こなたに代わって紅茶を載せたお盆を抱えているつかさは、遠巻きに二人を見ながらフォローをしていた。
 荷物を部屋の隅に移動し終えると、みゆきはつかさに近づいて言った。
「つかささん。ふと疑問に思ったのですが、今日は親戚の方などもいらしているんですか?」
「ううん。誰も来てないはずだけど……何かあったの?」
「実は、先ほど柊家の血縁らしき長髪の女性にお年玉を頂いたのですが、その方が誰なのか気になって」
「お年玉?」
 二人の会話は決して大きな声ではなかったのだが、こなたの反応は早かった。
 みゆきが片方の袋を差し出すと、こなたは競歩の如き速さで近づきそれを受け取った。
 かがみが疑問を発したのは、それよりも数秒遅れのことである。
「どうかしたの?」
 かがみはテーブルにお盆を置くと、みゆき達のほうへと歩み寄った。
 つかさも同じようにすると、かがみと顔を見合わせてから、「お母さんから?」と言った。
「いえ、もっと若い方だったと思います。いのりさんだと思ったのですが、どうも違うらしくて」
 みゆきがそう言うと、かがみとつかさは苦笑いをしながら目を逸らした。
 何か知っているのかとみゆきが尋ねようとしたとき、こなたの叫び声があった。
「みっ、みゆきさん! いくら入ってた?」
「えっと、まだ開けていないので少し待ってくださいね」
「というかさ。お年玉をくれた本人がこの場にいないからって、開封するの早すぎるでしょ」
 受け取ってすぐに中身を確かめる友人に呆れながらも、かがみも気にしているのかみゆきに金額を尋ねた。
 糊付けされていない袋をみゆきが開けると、紙幣が三枚入っていた。
 どれも新札ではなく、折れ曲がっている茶色の紙だ。
「一、二……三万円、ですね」
「はぁ? なによそれ。私達がもらったのよりも多いじゃない」
「お母さん。気持ちはわかるけど、舞い上がりすぎだよ」
 みゆきの発言の後に見せた姉妹の顔は、羨ましいという感情を通り越して呆れ果てており、今にもため息が聞こえてきそうなものだった。
「さて、それじゃあ今日の帰りにでも、お金が足りずに昨日は諦めたDVDを買おうかな」
「計画性ないわね……。臨時収入があったからってすぐに使ってると、後悔するわよ」
「まあね。だけど、買わずに後悔するよりも買って後悔するほうがいいんだよ。それに売るという手段も」
「あんたはそう言いながらも絶対に売らないタイプだろ。言っとくけど、頼まれても貸さないわよ」
「ええっ。そんな……」
 質問が終わると二人はまたいつものように、こなたを中心とした会話に戻った。
 それはみゆきにとっても自然な流れで、自分から話題を振るなどの能動的な参加はしない。
 そうして普段の立ち位置になると心が落ち着いて、お年玉を貰ったのだという実感が湧いてきた。
 みゆきはお年玉を入れた袋を抱きしめるようにしながら、満たされた気持ちになった。
 それと同時に、友人達を羨ましいと思う感情が自分の中にあったことに気がつく。
 恥ずべき事だと思っていた他人への羨望も、今のみゆきは素直に認めることが出来た。
 その特別な出来事への感動が、滅多に会話に割り込む事はしないはずのみゆきの口を動かした。
「……二年ぶりに、お年玉を貰いました」
 みゆきの声は喉の奥から辛うじて搾り出されたかのような弱さだったが、友人達には届いていた。
 全員が話をするのを止め、黙ってみゆきの言葉の続きを聴こうとした。
 泉さん、と言いかけて、みゆきは先程つかさとした約束のことを思い出した。
 名前で呼ぼう。未だに苗字で呼び続けている友人を、下の名前で。
 その程度のことで長い年月をかけて形成された性格が変わるのかは謎だったが、きっと意味はあるはずだ。
 どうしても理由なしには行動できないのなら、無理にでも、行動する理由を見つけ出せばいい。
 そして最初の一歩を踏み出す理由ならば、つかさという友人から、既にしっかりと受け取っていた。
「こなたさん。帰りに何かを買いに行くのなら、私もご一緒してよろしいでしょうか?」
「もちろん。って、あれ? いま名前で……」
 こなたは小さく口を開けたまま、みゆきの顔をじっと見つめた。
 かがみも驚いて目を丸くしたが、つかさだけは満足げに笑っていた。
「ずっと忘れていました。お年玉を貰うというのは、こんなにも嬉しいものだったんですね」
 みゆきは取り繕いではない、心からの笑顔でそう言った。
 友達が変わるきっかけをくれた。それは小さな変化なのかもしれないが、一度動き出せば連鎖は起きる。
 今日からは区別のためではなく、親愛の証として柊姉妹を名前で呼ぶのだ。
 物事を深く考えがちな自分は、感情が求めることを正当化するための理由探しも苦手ではない。
 みゆきはその考えに満足すると、中断されていた休憩時間の準備をみんなに促した。


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