――――私たち四人とも同じリングなの! ずっと仲良くしてね!
って、バカじゃないの? 私たち四人とも女の子なんだから、いつかは離ればなれになるに決まってるじゃない。どうせ
つかさ辺りが一番に結婚……ううん、かがみも怪しいもんね? 姉さんは……まあ、お婿さん貰うのかな?
そんなことを考えながら、一人、窓の外をぼーっと眺めていた。
先ほどまでのドタバタが嘘みたいに静かな夜。雲が出ていないのか、月がすっごくキラキラ光っていて、目が痛く
なってくる。ほら、あんまり痛いから涙が……出てきたじゃない……。
私って、何でこうなのかな? 同じような性格のかがみとはいつもやりあっちゃうし、姉さんには甘えるだけ甘えてる。
それがそのまま外でも通用すると思ってる。バカな私。喧嘩して別れた相手、甘え続けていたら愛想尽かされた相手。
そんなの数えだしたら、きりが無い。
だから、だからさ……。
きっと、私はつかさに何かを求めてたのかもしれない……。
なんだかんだ言ってかがみはすっごいお姉さんなんだよね。つかさに対抗意識燃やしてるのかな? それも違うかな。
私とかがみ、そっくりだけど、どこか違う。それは、あの子はものすごく真っ直ぐで負けず嫌いなんだ。私は……。
私はただ、つっぱってるだけで、中身も何も無い。料理だって作れないし、頭もよくない。女らしいところも無くて……。
あれ? これじゃ、全然ダメじゃん。
窓の外の月がだんだんぼやけて来た。雲でも出てるのかと思ったけど、私泣いてるんだ。さっきよりもたくさんの涙が
溢れてきて、頬を伝ってる。それに気づいて、更に悲しくなってくる。自分がダメな人間なんだと思うと、悲しくなってくる。
自分の周りにこんなに比較対象が居るなんて、ダメ人間の私には苦痛でしかない。
そんな風に自己嫌悪に陥っていると、不意にノックの音が聞こえた。
「まつりお姉ちゃん。いる?」
つかさの声。私はベッドの枕元に手を伸ばし、ティッシュを一枚取り出す。化粧を落とした後でよかった、平気で涙を拭ける。
私はなに? と気のなさそうに返事をして、いつか、つかさから貰った誕生日プレゼントのぬいぐるみを抱く。うん、この時は
そのぬいぐるみのこと忘れてた。たまたま、そこにあったのを掴んだだけだった。
かちゃりと音を立てて扉が開く。ひょっこり鼻から上だけで部屋を覗くつかさ。お風呂のあとなので、リボンは無い。
「入っても、いい?」
変な子、なに遠慮してるのかしら。私は頷き、手招きする。
部屋は間接照明にしてあるから、まず、涙はばれないはず。私はベッドに寄りかかって腰を下ろす。つかさは何故だか
おずおずとした態度で目の前にあるテーブルの向こう側に座った。その上には彼女から貰ったリングがぽつんと置いてある。
「さっきの事だけど……」
「さっきの事?」
つかさは膝の上に手を置いたまま俯き、言葉を選んでるように見える。もじもじとして、ほわほわで、あー、もう!
にくったらしいぐらいかわいいな、この子は!
「……ごめん、ね」
「へ、なんのこと?」
しらばっくれてみる。実際、つかさが自分で何をしたのかなんて気づくわけが無い。そんなに頭のいい子じゃないのは
ウチの家族全員が知ってること。だとしたら……ううん、それもない。いのり姉さんも、かがみも、もちろん私もだけど、
そういった変な世界に純真なつかさを導いたり、教えたりすることはない。要するに、私が恋愛感情でつかさの言葉を
受け取ったなんて事、彼女が知る由も無いことだ。あれ? じゃあ、なんでつかさは謝った?
もたれかけていたベッドから身体を起こし、テーブルに近づく。ぬいぐるみの上に顎を乗せて顔をごろんと横にすると、
俯いてるつかさの顔が見えた。目が合って、つかさがさらに俯く。
「どうしたの? つかさ?」
「うん。あのね、その……あ、おねえちゃん、それ使ってくれてるんだね!」
不意につかさの声が明るくなる。彼女は私の抱いているぬいぐるみを指差してにっこりと微笑む。
「うん? ああ、これね。こうやってだっこするのにちょうど良いんだ~」
ぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめ、頬ずりしてみせる。
「それ、肌触り良いんだよね~」
つかさはんしょと腰を上げ、私の隣に来た。膝の上のぬいぐるみを渡すとさっきまで私がしていたように、ぎゅっと抱きしめて
頬ずりしている。
「あのね、おねえちゃん。私ね……」
しばらくして、愛らしい妹が口を開く。顔はぬいぐるみにつけたまま、私のほうに視線はこない。
「みんな仲良く出来たらいいなって思うよ」
柔らかい、気持ちのいい声。心の中が暖かくなる感じ。私は、そうだね、それが一番だよね、と返して、膝を抱える。
「だけどね、いつかはみんなこのウチから出てっちゃうんだよね」
うん、そうだよ。よかった、あんたもそれくらいはわかってるんだね。
「私ね、まつりおねえちゃんと離れるの寂しい……」
そうだね、寂しいねって、ん?
なんとなく違和感のある台詞。はっとしてつかさの方に顔を向ける。
やだ! 顔がすごく近いよ!
「ごめんね、勘違いしちゃったよね」
ああ、うん。勘違いした。恋愛感情じゃなかったんだよね? そう思ったのに声が出てこない。
じりじりと寄ってくるつかさ。じりじりと後ずさりする私。しばらくしてベッドにぶつかる。もう、逃げられない。
「私、まつりおねえちゃんみたいにかっこよくなりたいよ」
すると、ぬいぐるみを抱えたままつかさが私の胸に飛び込んできた。だが、ぬいぐるみは主を失い転がっていく。
つかさの頬が私の胸にうずまる。パジャマという薄い布越しに柔らかい感触が伝わってくる。
「おねえちゃんあったかいよ……」
ああ、だめ、だめだって私! いくらここの所ずっと、男に縁が無いからって! 目の前に居るのは血を分けた実の姉妹。
小さい頃から「目元がそっくりね」っていわれてきた妹なのよ。そうやって必死に頭が抵抗しているにも関わらず
左腕は私の意志を無視してつかさの頭を抱え、暴走した右腕が肩を抱く。
頭は抵抗していたが、心と体が……受け入れていた。
つかさの呼吸がパジャマの隙間から直接肌にかかる。あたたかい吐息。そして、まるで赤ん坊のように柔らかいほっぺた。
思わず摘んでみる。
「あん。おねえちゃん!」
ぷぅと頬を膨らまして顔を上げる。
だめだ、限界……。
私はそのままつかさを引き寄せる。力を抜いたまま、私に身を預けてくれる。彼女の吐息が唇に触れる。気づかれないように
つばを飲み込んで、そっと肌を重ねる。
つかさの体重が私に乗ってきてその勢いのまま身体を横にする。彼女は離れない。むしろ背中に回された手の力が
徐々に強くなっていく。それに合わせて私も彼女をぎゅっと抱きしめる。
身体の中で何かが爆発して、体温が上昇していく。まだ、自由なままの両足が柔らかい相手の両足を求めてさまよう。
その時、ガタン! という音がしてつかさが身体を起こした。
私の足がテーブルを蹴ってしまったのだ。
「ふう。びっくりした」
つかさはそう言って姿勢を戻し、座り込んだ。良かった、正気に戻れた。
しかし、その直後私は後悔に陥った。
何度も繰り返してきたことだ、弱さを盾にして相手を求め続ける。ある相手は激昂し、ある相手は落胆していった。
それと同じことを愛すべき、家族にまでしてしまった。それも、私の中で最後の良心としていた、つかさにだ! 恥ずかしい、
この上も無く恥ずかしい。私はなんと情けないんだ。
倒れたまま両目を腕で隠し、零れてくる涙を見られないように身体を横にする。
「ごめん、つかさ……」
自らの嗚咽が耳に入る。それは私の心を刺激し、さらなる嗚咽を導き出す。自分の軽薄さを呪った。情にほだされやすく、
楽なものへと流されやすい性格を恨んだ。
だが、そんな自責の繰り返しを、つかさが救ってくれた。
「違うよ。おねえちゃん。勘違いって言うのは……」
つかさは立ち上がり、そしてすぐに私の側に来てささやいた。
「見て」
私は振り向く。笑顔でこちらを見る妹の手が差し出したのは、銀色のリング。そして、その裏には……。
――forever Maturi&Tsukasa
気がつかなかった、けど、そう彫られている。
「これはまつりおねえちゃん専用だよ?」
愛らしい、私に良く似た、けれど透き通った瞳が私の顔を覗き込んでくる。そして、その言葉を聴いて衝動的に、つかさを抱きしめた。
抱ききしめて、キスをして、また泣いた。
気がつくと、私の横でつかさが寝息を立てていた。部屋の明かりは点いたまま。そういえば、毛布だけ引っ張り出して
二人で昔話をしてたっけ。そのまま、寝ちゃったんだ。
部屋の明かりを消すため立ち上がる。スイッチの場所へと足を運ぶと何かを蹴飛ばした。あのぬいぐるみだ。
それを抱え上げ、いつもの場所に戻す。と、不意にそのぬいぐるみの首輪に目が引き寄せられる。そこにはアルファベットが
二つだけ「M.T」と書かれてあった。口に手を当て、声を押し殺して笑った。
部屋が暗くなり、私はベッドの脇に横たわる。つかさの肩に毛布をかけなおし、ほっぺにおやすみのキスをした。
おやすみ、つかさ。私はあなたそのものを求めていたのかな?
翌朝、起こしに来てくれたいのり姉さんにいろいろ質問をされるわけだけど、それはまた今度話すことにするね。
じゃあ、またね。
終
最終更新:2007年12月15日 17:30