ID:I01ynDLK0氏:幻想(ゆめ)への回帰

関連作品
http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/587.html『風呂ssそうじろう編』
http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/584.html『風呂ssゆたか編』
http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/583.html『風呂ssこなた編』



「お姉ちゃん、お風呂沸いたよ~」

ゆーちゃんは私の部屋の扉を半分ほど開いてそう告げた。
お風呂掃除はゆーちゃんの仕事だった。
別に当番が決まっている訳じゃない。
ゆーちゃんがここに住むようになってから、いつとも無く自然にそんな役割分担が出来ていた。

「ありがとう、ゆーちゃん」

私は目線をパソコンから、ゆーちゃんに向けながら感謝を伝えた。

一番風呂には決まって私が入っていた。
お父さんは自分の入りたい時に入るし(ただしネタにつまっている時などは、お父さんの方が私よりも早く入ることがある)
ゆーちゃんも、脱衣所が寒くなっているので、最初に入ることは少ない。
これもいつとも無く自然に決まっていた事だった。

「そうだゆーちゃん。今日は一緒に入らない?」
「いいよ、じゃあ準備してくるね。」

そう言うとゆーちゃんは、パタパタとスリッパをいわせて駆けていった。

お風呂は好きだ。
何にも囚われる事の無い自分だけの空間で、温かいお湯にただ体をゆだねられる。

私はパジャマと下着を持って廊下で待つ。ゆーちゃんも少し遅れてやってきた。

「さーて、今日の入浴剤は何を入れる?」

最近もらった御中元の入浴剤セットには、何種類もの粉末入浴剤が小分けされて箱に入っていた。

「お姉ちゃんが選んでいいよ。」
「ふーむ、これなんかどう?」

私のつかんだ入浴剤の袋には、下呂温泉と書かれていた。


入浴剤を湯船に入れると、私たちはゆっくりと、白くにごった湯に浸かった。
私は、私のプライベートな空間にゆーちゃんを招き入れた。そんな気分だった。
ゆーちゃんにとってもそう思えるのかも知れない。
お互いがプライベートな部分に介入し合う。そんなお風呂の中は、特別な空間なのだと思った。



120 :幻想(ゆめ)への回帰:2007/11/26(月) 00:59:58.27 ID:I01ynDLK0
「ゆーちゃん。背中の流しあいっこしよ!」
「うん、私がお姉ちゃんの背中を洗ってあげる。」

ゆーちゃんが私の背中を優しくこすってくれる。ゆーちゃん、そんなんじゃ垢が取れないよ?
私の背中が泡立ってきた頃、ゆーちゃんがさり気なく喋った。

「お姉ちゃんの髪の毛って、すごく長いよね。」
「そうだね。」
「いつから伸ばしてたの?」
「うーん、いつともなく自然と、かな。」
「へー、なんだかロマンチックだね。」
「いやいや、別にそんなんじゃないんだけどね。まあ、小さい頃から髪を伸ばしてたから、いつって言われてもわからないんだよね。」
「そうなんだ。」
「何かきっかけがあってのばし始めた訳じゃないからね。」
「そうだよね。私のこの髪型も、どうしてって言われてもわかんないし。」

洗う役を交代した。

「多分……。」
「え?」

ゆーちゃんの背中を洗いながら、私は静かに話し出した。

「多分、お父さんの好みの髪型なんじゃないかな……。」
「好みの?」
「好みって言うより、思い入れがあるのかも知れないね。」
「思い入れ……。」
「うん。私のお母さんの髪型にそっくりなんだよ。だからお父さんは、私の髪を切ろうとしなかったんだろうね。」

私にとって、お母さんは記憶にさえほとんどない、とても遠い存在だった。
ほとんど何も覚えていない、だから懐かしさや、寂しさもほとんど感じた事がなかった。

「……。」
「んー……。」
「え?き、きゃー!お姉ちゃんやめて、くすぐったいよ!」

私はゆーちゃんの脇をくすぐってやった。
私もゆーちゃんにくすぐられた。涙が出るくらいに。
そうしてしばらく暴れた後、私たちはまたしばらく湯船に浸かっていた。

「あったかいね……。」
「そうだねぇー。」
「最近寒いよね。」
「そうだねぇー。」
「学校のもみじも真っ赤だよ。」
「そうだねぇー。」
「お姉ちゃん、おんなじ事ばっかり言ってるよ?」
「え?あ、ごめん。ちょっとボーっとしてたよ。お風呂っていつもそうしてるから……。」
「うん、私もいつもそうかも……。気持ちいいからね……。」

私のお母さん。なぜか頭から離れない。
どうしても気になってしまう。
でも、暖かい湯船が、そっとそれを解きほぐしてくれた。

暖かい。
体全体に感じる。
ぬくもり。
ぬくもり。
ぬくもり……。

すると一瞬だけ、なつかしいぬくもりを感じた気がした。

「……お母さん?」
「え?」

本当に一瞬だけだった。だけど、確かに感じた。
すごくなつかしく感じた、あのぬくもり。
覚えていないと思っていたお母さんのぬくもりを、少しだけ思い出したような気がした。
まるでフラッシュバックのようだと思った。

その感覚は余韻の様に頭から離れない。

だけど、お母さんはとても遠い存在。
この感覚を満たすことが、どうしても出来ない。
そのせいで、私には猛烈な寂しさが込み上げてきた。

「お母あ、さん……。」
「お姉ちゃん?」

寂しさをこらえきれずに、私はゆーちゃんに抱きついていた。
ゆーちゃんは戸惑っていたようだけど、私をそっと抱いてくれた。
小さなゆーちゃんの体が、今は私を包み込んでくれるようだ。

「ううぅ、お母さん……。お母さん……。会いたいよ、会いたいよぉぉぉ。」
「大丈夫だよ。大丈夫だよ……。」

浴室は白い湯気にくもり、とてもとても幻想的だった。
ゆーちゃんはそっと、そっと、私をなでてくれた。
何かを気にすることもなく、ただただ私は泣いた。



何かに囚われることはなく、ただ湯船に身を任せるのみ。

だって、お風呂の中は、私たちだけの特別な空間だから。
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