「黙々と休み時間」 ID:FKcSADHx0氏

「おはようございまーっス……うおっ!?」
「……フーッ」

 登校してきた田村ひよりは、思わず悲鳴をあげた……教室の空気が重い!
 誰かの溜め息をつく気配に慌てた彼女は、口を塞いで席を目指した。

「……失礼しまーっス」
「……」

 見えない糸を避けるような、オーバーアクションで席につく。
 そろっと室内を見渡して、ちらりと見えた光景に、彼女は縮み上がった。

 岩崎みなみが、ゆたかの席を睨んだまま、何かブツブツ言っている。
 わずかに青ざめた頬が、生来の鋭い顔つきと相まって、異様な迫力を出していた。

 食いしばった歯の間から、たまに「うーっ」と唸り声が漏れてくる。
 だれかが「ひいっ!」と、小さな悲鳴を上げた。





『ねえ、岩崎さん』

 その朝、天気の話でもするように、小早川さんは言葉を切り出した。

『くじ引きで旅行を当てたんだ! それで、明日から学校をお休みするの。ごめんね!』

 へえ、と私は返事をした。いつから行くの?

『明日から一週間くらい。私と、お姉ちゃんと、おじさんの三人で』

 もう一度、へえ、と私は返事をした。

 それっきり、その日は普段通りに過ぎていって、ごく普通に朝がきた。
 私は普通に家を出て、普通に登校して、普通に出席に答えた。
 小早川さんがいない学校は、どんな感じか怖かったけれど、いつもと変わりはしなかった。

 ……次の日の、お昼休みまでは。





 無口な私にも、小早川さん以外の友達がいる。
 田村さんと、留学生のパティさんだ。
 二人ともムードメーカーって感じで、私や小早川さんとは違うタイプだけれど、一緒にお弁当を食べたりしてくれる。

「岩崎さん、小早川さんの具合はどうっスか?」
「ゆたか病気なんでショ? いつ学校これマスカ?」

 私が首をかしげていると、パティさんが補足してくれた。
 ああ、そうか。二人とも病欠だと思ってるんだ。
 私は旅行にいったから、来週まで休みだと説明した。

「へー」

 田村さんは何か考えていたが、急に目を輝かせて聞いてきた。

「それって岩崎さん、寂しくないんスか?」

 ううん、別に寂しくない。
 そう口に出した途端、私は奇妙な違和感を覚えた。
 寂しくない。親友がいなくても、普通に過ごしていられる。

 ふと、怖くなってきた。
 私はもしかして、何か、とんでもない間違いをしているのではないだろうか?
 今こうして笑っているのが、ひどいことをしているような……

「あり? い、岩崎さん?」

 あ、うん。だいじょうぶ。ありがとう、田村さん。
 予鈴が鳴って、私は頭を切り替えた。次は数学の時間だ。がんばろう。





 それから、私はどうかしてしまったみたい。
 いつもボーッとしていて、皆から注意された。
 切り替えろ、頭を切り替えろ、と念じてみるけど……効果が無い。

 それでも怖ろしいことに、毎日はきちんと過ぎていった。





「岩崎さん、おはよー!」

 翌週になると、小早川さんは(当たり前だけれど)学校に来た。
 元気そうで、心配した体調の崩れもなくて、なのに私は顔を見られなかった。

「あのね、あのね、外国ってすごかったよ! ……?」

 小早川さんは、不思議そうに言葉を切る。
 まるで私の態度がおかしいとでも言うように。

 どうしていいか分からずにいると、誰かが私の背中を叩いた。

「小早川さん! もう、ヤバイかと思ったっスよー!」
「ふぇ? 田村さん、どうしたの?」
「それがね、岩崎さん寂しがって、暗くって……小早川さん帰ってきてくれて良かった!」

 ……私が……寂しい?

 その言葉は当てはまらないような気がする。
 私が抱いた感情は、もっとワガママで、冷たい何か。
 でも、そう言いだす前に、小早川さんが泣き出した。

「ごっ、ごめんなさぃ……私が岩崎さんに、もっと早く言わなかったから!?」

 ちがうよ。ちがうの、そんなんじゃないの。
 だから泣かないで、小早川さん。

 ハンカチを差し出しながら、私は、胸のつかえがとれた気がしていた。
 なんだろう、温かい気持ちが、こみあげてくる。

 久々に笑った私に、田村さんが親指を立てて、笑って見せた。

――ありがとう。

 俳優みたいなその仕草に、私はあらためて笑って、御礼を言った。

「ほら、学校へ行こう?」
「うん……ごめんね、ごめんねっ」

(完)
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