「バルサ巫女酢が無い……そんな、どうして!?」
ツカサリオンに変身するためには、バルサ巫女酢が必要不可欠だ。それが無い。
当然、補充は欠かさないし、いざという時のために予備の小瓶も持ち歩いていた。それなのに……。
「どうしよう。これじゃあもう、戦えないよぅ……」
いくら正義の味方であっても、無条件で悪を倒せるわけではない。
バルサ巫女酢は、普段使われていない肉体の限界の力を引き出すと同時に、恐怖も麻痺させる薬だ。
肉体への負荷はあるが、正義のためならばと覚悟をして飲んできた。
誰かが悲しむよりは、自分が傷つくほうがずっといい。いつか戦いは終わると信じて。
それなのに、こんな風に戦えなくなるとは思わなかった。
「助けてくれー、ツカサリオン!」
街には悲痛な叫び声が響く。正義の味方を呼ぶ声が。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
私は謝りながら必死に走った。きっと自分はここで死ぬ。正義の味方はもうすぐ消える。
変身することが出来ないのだから、勝てるはずはなかった。
それでも、私は行かなくちゃ。助けを求めている人のために、どんなに無力であったとしても。
「それは関心できませんね。いま出て行っても殺されるだけです」
「誰!?」
私は叫んでから声の主に気づいた。たしか以前、みwikiと名乗っていた謎の少女だ。
「あなたは私が見つけた最後の希望です。勝手に死ぬなんてことは許しませんよ?」
「勝手な行動でも、このままじゃ私の友達も死んじゃうんだよ!?」
「ええ、だから……」
私は彼女の目を見て動けなくなった。なんて強い覚悟を秘めた目なんだろう。
「だから私が止めるんです。希望が潰えぬように。……大丈夫ですよ。私は怖くなんて、ないですから」
私は友達を救えなかった。
バルサ巫女酢がなかったせいで……ううん、それは単なる言いわけだ。
代わりに悪と戦うと言った少女の正体が友人の一人だということに、私は気づいていた。
街の人を見捨てて逃げようとも言えたはずなのに、きっとどこかで期待をしていたんだと思う。
ゆきちゃんなら刺し違えなくても倒してくれると。私が戦えなくなっても大丈夫だと。
「つかさ……仕方が無かったんだよ。だいたい、つかさは十分に頑張ってきたじゃない!」
驚いた事にお姉ちゃんは、私のやっていたことを全て知っていた。ゆきちゃんから聞いたのかもしれない。
「私はつかさが夜にこっそり戦いに出るたびに怖かった。二度と戻ってこないんじゃないかって」
「それこそ仕方が無いよ。私は宇宙刑事だもん……」
「そんなのどうでもいいじゃない! お願い、つかさ。もう戦わないで」
子供のように泣くお姉ちゃんに抱きしめられて、私は何も言うことが出来なかった。
戦わないなんて事は出来ない。
ゆきちゃんが私に後のことを託したのなら尚更で、それが私にできる唯一の弔いでもあるから。
「……お姉ちゃん、私はね」
私がそう言いかけたところで、大きな爆発が起きたような音が聞こえた。
数秒遅れて、私に指令が下された。大型だ。ゆきちゃんの戦った相手の、何倍もの。
「つかさ……私は、私は……」
私は狼狽するお姉ちゃんを強く抱きしめると、本当の気持ちを言葉にした。
「私も本当は怖いよ。だけどね、嫌々やってることじゃないから辛くはないんだ。大切な人のためだから」
それだけ言って身体を離す。これだけの規模の相手ならば、今回勝てば大勢は決するだろう。
私が黙って部屋を出て行こうとすると、お姉ちゃんが回りこんで目の前に立った。
「待って。これを持って行って」
手渡されたのは小瓶に入った液状のバルサ巫女酢と、水に溶かして薄める前の濃縮された『塊』だった。
「ごめんなさい。これさえなければ、つかさは戦わないで済むんじゃないかと思って隠してたの……」
弱々しい、心配げな声を聞いて、私は戦う意味をはっきりと認識した。……これが私の理由なんだ。
「ありがとうお姉ちゃん。私が守るから、私は絶対に負けないから!」
私はベランダに出ると、塊を一粒飲み込んで変身をした。
「バルサ巫女スーツ蒸着。神・バルサ巫女酢モード!」
最終更新:2007年11月02日 00:50