第8夜

第8夜

目の前に立ちはだかる黒く大きな雲の壁。二人は意を決してその中に飛び込む。
「お姉ちゃんは・・・」
「必ず、ここにいる。絶対に救い出す!待っててかがみ!」
分厚い雲の壁を抜ける。澱んだ空気に息がつまりそうなる。べったりとまとわりつくような感覚を振り切り、さらに前進する。
そこにはいくつもの獣と格闘を演じ、満身創痍の柊ただおがいた。
「お父さん!」
「やあ、来たね二人とも。私も少し用事があってね」
飛び掛る灰褐色の犬、いや狼か。ただおは身をかがめ狼を避けると、手にした短刀で相手の腹をかき切る。
狼は血を流すこともなくその場に倒れると、まるで雪のようにその場に溶けて消えていった。
1体、1体はそれほど強くはなさそうだ。だが、さすがにこれだけの数をただお一人でしのぐことは到底困難と思われた。
「それよりも・・・」
ただおがこなたたちに視線を送る。その先に二つの影。
空中に浮かぶ見えない十字架に張り付けられるかのように、両手を広げ、力なくうなだれる二つの影。
地上に現れた新しい人影をみつめる。ゆっくりと顔を起こすと、そこにはこなたとつかさがいる。
「おねーちゃん!?」
「ゆーちゃん!?それにみゆきさんまで!なんで!?」
「ごめんなさい。泉さん、私が悪いんです。私が二人のことを探していたばかりに…」
「違うの!」
ただでさえ身体が弱いゆたかのことだ、どれだけの時間そこにそうやっているのかは分からないが、ひどく体力を消耗しているに違いない。
が、彼女は身体のそこから振り絞った大きな声で言った。
「すごく胸騒ぎがしたの!なんか、すごく嫌な感じがしたの!こなたおねーちゃんのことがすごく心配になって…」
「ゆーちゃん…」
「それで、高良先輩と一緒にここまで来たの!ごめんなさい!私、また迷惑かけちゃってる!」
そのころには小さなゆたかの、大きな瞳からはぼろぼろと滝のような涙があふれ出ていた。
そうだ、あの子も同じ血を引いてるんだ。私に流れてるのと同じ血を。うかつだった。
”魔”が活性化する時、その対極である私たちの力も覚醒を開始する。そんな基本的なことにも気付けなかったなんて…。
こなたは唇をかみ締め、自分を呪った。
しかし、それを悠長に考えている時間など少女たちには与えられてはいない!
雪狼は先ほどよりもその数を増し、次々にこなたとつかさに襲い掛かってくる。
「グルルルーーーッ」
唸りを上げ、にじり寄るもの、遠間から飛び掛ってくるもの。さすがのこなたも防戦を強いられ後ずさりする。
「うわぁーん!数が多すぎるよ~。こなちゃーん!おとうさーん!」
「くっ!つかさ!これ貸してあげるよ!」
こなたは握っていた独鈷杵をつかさに投げて渡す。ほうほうの体でなんとかそれを受け取ったつかさはなんとかピンチを凌ぐ。
「私は元々素手のが強いのだよ?」
腰を低く落とし構える。左右から来る雪狼を軽い跳躍をしてかわし、2体が重なったのをみて、その中心に強烈な回し蹴り!
「待ってて、ゆーちゃん!みゆきさん!」

暗雲の中とは思えぬほどに視界がはっきりしているのは、頂点に輝く不気味な満月のせいなのか?
月の光が絶え間なく降りそそぐこのドーム状のエリアで活動をしている人間は彼女たちしかいない。
見慣れたはずの町並みにもかかわらず、初めて経験する空気と感覚。
ただおはさすがに男性ということもあり、まだ少しは余裕を残しているようだ。
しかし、本来戦う術を持ち合わせていないつかさは結界を組上げるとそこから動くことが出来なくなっていた。こなたを包むつかさの結界もかなり薄くなってきている。
「よくがんばってるね?話には聞いていたが随分と強いじゃないか?」
気味悪く冷笑する影。見間違えるはずもない、それは雪女!
「あんた・・・!」
「私たちは何人でもいるよ。そして、何回でも復活する。この地上に人間がいる限り、私たちを形成する思念は消えやしないのさ!」
ついさっきまで嫌というほど喰らったつららが雨となってこなたを狙い打つ!
「くはぁーっ!」
よけ切れなかった1本がこなたの頬をかすめ、耳を切り裂いた!バランスを崩し、地に伏すこなた。
「お父さん!こなちゃんを!」
ただおはうなずき少女に駆け寄る。倒れたこなたを抱きかかえ、娘の結界の中に飛び込んだ。
「これはえらく丈夫そうな結界だねぇ~。だが、今のお前たちの体力でどれだけ持つだろうねぇ~?」
にやにやと下卑た笑いをしながら雪女は仲間を呼び寄せた。
不気味さでは先程の雪女も敵わない。そう、こなたが思ったとき、ただおが静かに口を開いた。
「君たちに・・・二人に話がある。そのために私はここに来た」
雪女の攻撃は休むことを知らず、つかさの結界を揺らし続ける。中は少し暖かい。だが、外界の寒さは尋常ではなく、動くことを止めた身体ではとても耐えられない。
こなたは空に浮かぶ二人の少女を見つめながら、歯軋りをした。

「二人とも、少しだけ昔話を聞いてほしい」
ただおがゆっくりと語りだす。

「あれは20数年前。どこにでもいるような男と女が出会い、どこにでもあるような恋に落ちた。
ただ少し違ったのは、男はすべてを見透かす目を持ち、女は本人すら気付いてはいなかったが妖怪の血を引く人間だった。
女の力は既に封印されており、彼女の真の力をこの先見る事はないはずだ。
だが、何かのきっかけでその封印が解けてしまうかも知れない。
また、自分と同じような能力を持つ者が現れ、死をもたらすかもしれない。
そう考えると男は女のことをたまらなく可哀そうに思えた。不幸な子だと思った。
何も知らされないまま死をもたらされる。そんな目に遭わせたくはない。
そして男はこの女を一生見守ろうと決意した。

二人はごく普通の男女がそうであるように共に過ごし、共に生きた。
やがて二人は子宝に恵まれた。母に良く似た美人の長女。父に良く似た瞳の大きな次女。
長女、次女ともに妖怪の血が受け継がれることはなかった。
男は安堵のため息を漏らし、このまま幸せが続くだろうと信じていた。

しかし、18年前のあの日、7月7日、あのときの事は今も忘れることが出来ない。
まだ、梅雨の明けきらぬ蒸暑い日のことだ。
二人の姉にも受け継がれることのなかった妖怪の血は、手術室で元気な産声を上げる双子の姉にすべて注がれたのだ。
男は絶句し、自らの能力を呪った。見えることさえなければ、知ることさえなければ、この娘の命も、もう少し永らえることが出来たはずなのに…。
男の仕事は邪悪なる者を祓う事。目の前には愛する妻とその子。本来祝福しなければならないはずのこの瞬間。
彼に訪れたのは世界の終焉とも思える、絶望のときであった。
彼は家から持ち出したご神体の短刀を握り締めた。そして涙を流した」

ただおの目頭が熱くなっているのが分かる。
だが、それを聞いていた二人の少女は今までに記憶がないほどの不安と恐怖の中にその身を沈めていた。
瞳を閉じることができない。目が乾き、張り付く。身体が動かない、言うことを聞かない!
術とかじゃない!これが”恐怖”なの?こなたはひざまずき、うなだれる。
目が開けられない。うぅん、目を開けたくない!何も聞きたくない!逃げたい!逃げたいよ!
頭が割れてしまうのではないかと思えるほど強く耳を押さえるつかさ。

「いつまでそうやってるつもりだい!?女王はお目覚めだよ!!!」
雪女の攻撃は絶えず続いていた。衝撃音も次第に大きくなり、心の揺らぎの所為か結界にもほころびが見える。
「だが・・・」ただおが続ける。
「だが、男は出来なかった。出来るはずはない。愛しい我が子を、自らの手で殺めるなど、出来るはずがない!
男は短刀を床に落とし、その場に立ち尽くした。
そして、その直後、男はこの世に神の存在を改めて認めた。妖怪の血を引く少女と対を成すように生まれてきた赤子。
妹となるその子には男と同じ神に仕える力が備わっていたんだ。
つかさ、こなたちゃんわかるね?君たちには本当にすまないと思ってる…」
いつの間にか4体まで増えている雪女たちの中心に、見覚えのある、影。
他の雪女と比べ背は低く、身体も透き通ってはいない。髪を左右二つに結んだツインテール。
「かがみーーーーーーーーーーっっっっっっっ!!!!!!」
火山の爆発を思わせるような跳躍!両の拳を血が滲むほど握り締め蒼髪の天女が舞う!
一瞬で間合いを詰められた雪女は動くことが出来ない。こなたの直突きをまともに喰らい、霧のように蒸発した。
「なにぃ!?」
慌てふためく残された雪女たち。
「私は信じないっ!絶対にーっ!」
動揺の消えないもう一体を睨むと、力を込めた右の蹴撃!神仏の神々しき光を伴った衝撃は横にいたもう一体をも含め一気に貫かれた。
降りそそぐつららと雹!こなたの全身が燃え上がる。
恐怖に震え、真実に脅えるつかさは動かない。じっと耳をふさぐだけ。
剣のように鋭利になった雪女の両腕がこなたを襲う。避けることなくそれを両腕でガードし、カウンターの一撃。
「な、なんてやつだい!?さっきまでとぜんぜん違う!?」
こなたのカウンターを辛うじて防いだものの上体はのけぞり、後方へと吹き飛ぶ。
少女の表情は固まったまま、変わらない。怒りのこもったその瞳には人間らしい優しさや温もりはかけらほども残っていなかった。
吹き飛び、うろたえる雪女に追撃の手刀!雪女の首をかききり、さらに腹を抉る!
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