かがみのバイト

木製の扉をこなたが開けると、来店のベルに続いて耳慣れた友人の声によって迎えられた。
「いらっしゃいませー」
「あれ、かがみ? ここでバイトしてたんだ」
こなたの呟きのあとに一瞬の沈黙が互いを縛り、かがみは目を逸らしながら口を開いた。
「……何名様でしょうか」
自分の言葉を無視するような事務的な対応にも関わらず、こなたの口元は三日月の形に歪んでいった。
かがみは腕で身体を抱くようにして、少しでも自分の服装を見られまいとしている。
その必死さが愛おしくて、思わず笑みがこぼれたのだ。
「いやー気まぐれで立ち寄ったんだけど、まさかバイト中の知り合いに会うとはねえ」
「一名様ですね。えっと……喫煙の確認はしなくていいと。では、お席に案内します」
マニュアル対応に混じる普段の言葉遣いは、彼女がこのバイトを始めてから日が浅いことを感じさせた。
席へと辿り着くまでの間こなたは無遠慮な目で、品定めをするかのようにかがみの制服姿を観察していた。
左右に括られていた髪は後ろで一つにまとめられ、いつもより大人びた印象を与えている。
「うーん。派手な可愛らしさを追求せず、あくまで機能重視か。清楚な感じもあって、けっこう好きかも」
「……はいはい。バカみたいなこと言わないで席に座る」
かがみは呆れるように指示しながらも、その顔はどこか嬉しそうに赤くなっていた。
制服を決定したのが自分でないとはいえ、こなたの好みに合っているというのが嬉しかったのだろう。
お冷とおしぼりをテーブルに運んでからも、かがみはその席に留まり立ち話に興じていた。

「ところで、飲食店のバイトって大変じゃない? 自分の家で巫女をやればいいのに」
「なんていうか、親相手だとお金を請求し辛くって。それに、一度こういう所で働いてみたかったから」
「ふーん。かがみはツンデレ喫茶のほうが合ってると思うけどな。求められているカタチに一番近そう」
その言葉をどう捉えたのか、かがみは視線を外し、しばらく迷ってから口を開いた。
「……こなたは、私が誰にでもそういう態度を取るようにして欲しいの?」
それはあまりにも小声で、言った本人も誰かに聞かせるつもりはなかったのだろう。
だが、二人からどんなに近くの席に居ても聞き取れない呟きは、確かにこなたに届いていた。
「うーん。じゃあ、デレを見せてくれるって事は、そういうことなのかな?」
「ご、ご注文は何でしょうか」
それまでより更に顔を赤くしたかがみは、わざと不機嫌そうな声を出して真面目な店員へと戻る。
彼女が注文を取り終えて、店の奥へと向かおうとした瞬間、待ち望まれていた人影が見えた。
新たな来店を知らせるベルにかがみが振り向くと、またしても知り合いの顔があった。

「……すみません。外から働いている姿が見えたのですが、他に休める場所が近くになかったので」
申し訳なさそうに言いながらも背筋を伸ばして立つみなみは、まさに姫を支える騎士のようであった。
正当な理由があるとは言え、腕をまわしてゆたかを自分に引き寄せているのも特別な関係を連想させる。
常識人のかがみでさえも、一目で彼女達が友情よりも大きな力で結ばれていると気づいたに違いない。
「あはは。私は平気だって言ったんだけど、みなみちゃんは心配らしくて」
「うん。気にしないで、ゆっくりしていってね」

何かがおかしいとは、かがみも薄々勘付いていた。
それでも彼女は詮索をするよりも仕事を選び、知り合いは増加の一途を辿る。
静かで雰囲気のよい小さな喫茶店は、数十分と経たずにかがみの知り合いによって埋め尽くされた。

「地味な制服もケンキョな感じがニホンらしくて、タイヘンに萌えデスネ」
「はい。ウエイトレス姿もよく似合ってますね」
「……ありがと」
かがみは前者の発言を褒め言葉と受け取るべきか戸惑いながらも、みゆきに向かってお礼を言う。
しかし、その笑顔は冷静さを伴っていて、こなた相手に感情的になっていた表情とは随分と違っていた。


「お姉ちゃん、どこでバイトしてるか教えてくれないと思ったら、こんな近くだったんだ」
「あんたに教えたら数日で話が広まるでしょ。今更ひとりやふたり増えたって変わらないけどさ……」


「ごめんね柊ちゃん」
「いや、まあ……峰岸は悪くないと思うわよ」
「あはは。店員、水のおかわり持ってこーい」
「だから私に代わってこいつに、客なら威張れるわけじゃないって教え込んでやって。体罰ありでいいから」
「ひでー。やっぱり凶暴だってイメージは間違いじゃないな……」
顔には出なかったものの、凶暴という単語にかがみの肩が震えた。
おそらく本人も気にしていて、普段から悩んでいることなのだろう。
落ち込んだ気分を回復させるためにか、かがみはこなたの席へとゆっくりとした足取りで移動していった。


バイトが一人しかいないのか、お客が何かを注文するたびに、かがみが動き回って仕事をこなす。
そんな慌しい光景も時間が経つにつれて静かになり、誰もが最後にかがみと言葉を交わして店を出た。
最後にこなたが店を出ようとすると、使用済みの食器を運び終えたかがみが見送りに出てきた。
「そうだかがみ。バイト終わるのは何時ごろ?」
「あと少しよ。でも、このあとちょっとだけ用事があるから」
「そっか。じゃあ暇つぶしをしてるから、終わったら電話かメールで」
「あんたが携帯電話を持ってるなんて珍しいじゃない。まあ、それが普通なんだけどね」
それは憎まれ口のようでいて、互いにわかりあっているからこそ言える言葉なのだろう。
こなたと話をするかがみは、最後まで笑顔のままだった。
手を振りながら出て行ったこなたの背中を、かがみは戦地に向かう恋人を見送るような目で見つめていた。
ずっと、ずっと……。


時間にして数秒程度の永遠の後、彼女は私のもとに近づいてきて言った。
「さてと。田村さん、ちょっと何を書いていたのか見せてもらっていい?」
「な、なんのことやら。私は田村ひよりではありません。人違い人違い……本当ッス」
どうやら同人誌のネタを求めて知り合いを片っ端から呼んでいたことは、とっくにバレているらしい。
泉先輩が立ち寄るだけでも不自然なのに、面白くなって人を集めすぎたことが原因だろう。
それでも私が誤魔化そうと無駄な抵抗を続けていると、私の左肩に手が乗せられた。
「そっか。ところで、ここのチョコレートパフェって、すっごいおいしいんだよね」
「は、はあ……」
「奢ってくれるだなんて、なんだか悪いな」
「あの、そんなことは一言も……」
私が言い終えるより先に、肩に置かれた手に力がこもった。
「奢ってくれるの?」
首を縦に振れば、ただでさえ食糧難に喘ぐ財布をダイエットさせることになる。
首を横に振れば、肩を破壊されて利き腕が使えなくされる。
そんな二つの選択肢が見えた気がした。
私がどちらの破滅も選べずにいると、彼女は表情を和らげ、迷子の子供を安心させるような笑顔を浮かべた。
「冗談よ。ところで、みんなから贈り物を渡すように頼まれたんだけど」
テーブルに置かれたのは数枚の紙切れだった。
そこで私はようやく、ネタ集めに必死になるあまり全員の重要な行動を見落としていた事に気づいた。
「だ、誰も会計を済ませずに出て行ったとは……」


落ち着きを取り戻した店内には、最高の笑顔を見せるバイトの店員がいた。
彼女の注文したパフェと私自身の分を合わせて、支払いは十人分。
優しそうな鬼店員に見守られながら財布の中身を確認するが、何度見ても十人分を払うだけのお金がない。
私が困り果てていると、そこへ新しいお客がひとり。
何気なく入り口を見ると、それは最近誕生日を迎えたばかりの先輩だった。
「お、ひよりじゃん。頭なんて抱えてどうかした?」
なんというタイミングで来てくれたのだろう。まさに救いの女神だ。
「こうちゃん先輩……実はお金が足りなくて」
私は上機嫌そうな女神を頼ることにした。
「おう任せな。今日は臨時収入があったから、貸すと言わず、奢ってあげるよ」
頼るというよりは、神殺しになった。
「あ、ははは……じゃあお願いするッス」
そう言うと、私は脱兎のごとく逃げ出した。
罪悪感に胸を痛ませながら扉を開けると同時に、奥のテーブルからは叫び声が聞こえてきた。
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