「感謝のカタチ」 ID:SAdzvfkZ0氏

『ありがとうございましたー!』

店員さんの元気のいい声を聞きながら、わたしは店を後にした。

「疲れたぁ……」

と、言っても買った品物は1つ。身体じゃなくて精神的にかなりキてる。

ビニールの袋の中には、店員のミスでなければ新作の……ギャルゲーって言うのかな、そんなゲームが入っているハズ。もちろん自分用に買ったんじゃなくて、プレゼント用に買った物。

「なんで毎年こんなの欲しがるかなぁ?」

彼は毎年、誕生日に何が欲しいか聞くと必ずゲームのタイトルを2つ挙げる。1つは割と有名な人気のあるゲーム。もう1つは可愛い女の子がパッケージを飾るようなギャルゲー。2つのタイトルを挙げてから、彼は――

『どっちか片方でいいんだ。お前が買いやすい方でいいぞ。ちなみに俺はどっちかって言うと2つ目の方が欲しいんだがな、どっちを買うかはお前に任せるよ』

と、言う。で、毎年プレゼントを渡す時に買う時の心境とかを聞いてくる。

ようするに、彼は貰うゲームより、買う時のわたしの心の葛藤を楽しみにしているってこと。そして、彼の思惑通り今年も30分程悩んだ末に、女の子がパッケージを飾るギャルゲーをレジにもって行き、店員さんに年齢を聞かれると言うお決まりのコースを辿ってしまった。
加えて今年は、身分証明になる物を何も持ってなかったが為に自分が18歳以上であることを店員さんに必死でアピールした、と言うエピソードも追加されちゃってるし。

正直、かなり恥ずかしい。店を出てもまだ胸がバクバク鳴ってる。

彼は、このことを話すわたしの態度や表情を楽しんでいるらしい。でも、わたしもこのことを話す時の彼の期待している顔や、笑った顔を見るのが楽しくてしょうがない。今年も去年のように笑ってくれるかな?


ゲームを買った店から彼の住むアパートまでは歩いて20分くらい。さっきまでクーラーの効いた店内に居たせいか、よけいと暑く感じる。帽子を被っていないとあっという間に日射病になりそう。

昨日まで居た実家の方が少し涼しいかな。って言うか、予報じゃ今日は曇りじゃなかったっけ?

自信満々な天気予報士の顔と共に、1週間前に日傘を彼の家に忘れてきた自分の不注意を恨めしく思った。あまり出番のなかったあの日に持っていて、まさに日傘の出番という感じの今日に持っていないなんて本当に意味がないよね。
でも次の日実家に帰るって言ってあるんだから、そう君も急いで届けてくれてもいいのに。

頭の中で、天気予報士と自分と彼を順番に愚痴りながら歩いている内に、彼のアパートに着いた。割と古めの小さなアパート。前に訪れてから1週間経ってる。きっとまた散らかってるんだろうな。

「ごめんくださーい」

ドンドンと扉を叩く。すぐにドタバタと音がして扉が開いた。

「よう、今年『も』遅かったな!」

「そんなに『も』を強調しないでよ、そう君がやらせてるんでしょ。あとその格好、もうちょっとなんとかならない?」

彼が着ているのは、いつもの部屋着に使ってる作務衣。布の変色具合から見て、一番古い奴だと思う。……わたしが来ることわかってたハズなんだけどなぁ。服も買ってきてあげればよかったかな。

「今度さ、服買いに行こうよ。わたしが選んであげるから」

「俺も行きたいんだけど、金がな…… この間のこと親に言ったら仕送り減らされた……」

「やっぱり怒られたんだ?」

「そりゃあ、100万以上無駄にしちまったからなぁ」

遡ること2週間。夜の9時くらいだったかな? そう君がわたしのアパートに押しかけてきたのは。

「来るのはいいけどさ、もう少し時間を考えない? 何時だと思ってるの?」

「……ちぇっ、風呂シーンとか期待してたんだが」

「惜しかったね。これから入る所だったけど」

「俺のことは気にせずに入っ――」

「で、何の用?」

言葉を遮られて不満げな表情だったけど、すぐ真面目な顔に戻した。ずっと顔だったら少しはモテるのに。

「実は、今日大学でな――」


『泉、なんだそれは?』

『マンガですが、先生も読みます? 今は少女向けと成人向けしかないですけど』

『ジャンルが極端過ぎるだろ。お前が変人な理由は、絶対マンガの影響だな。』

『事実ながら、なかなかヒドイ事言いますね……。ところで、何か用ですか?』

『そうそう、忘れてた。――泉。お前、文系以外の単位を全部落としてるぞ』

『へっ?』

『マンガ読みすぎのせいか、あの小っこい彼女と遊び過ぎたか』

『かなたはともかく、マンガは悪くないですよ!』

『そこはどっちでもいいんだよ。そもそもお前、週1くらいしか学校に来てないだろ』

『ぐっ……』

『かなり厳しいが今ならまだ間に合う。……どうする?』

『……』


「――てことになったんだ」

かなり詳しい内容まで細かく説明してくれた。説明し終わる頃には、真面目な表情から普段の表情に戻っていた。ちょっともったいない。

「……非常事態なのに、けっこう軽く言うんだね」

実はそう君の単位が足りないことは知っていた。同じ先生がこっそり教えてくれた。それに『どうなるかは泉次第だが、支えになってやれ』とも言われた。支えなきゃいけない程落ち込んでないように見えるけど。

「ああ。だってこの問題はもう終わってる」

「え、もう決めちゃったの?」

「その場で5分くらい考えたんだがな、辞めることにしたよ」

そう君は本当に悩んだのか疑わしくなるくらい普通の表情だった。普通を装ってんじゃなくて、本当に自然な表情。

「辞めちゃうんだ……。でも、学費とかもったいないじゃない」

「そうだよなぁ……。と言うかだな、やけに反応が薄いな。もっと驚くと思ったんだが……」

「そうかな? けっこう驚いたけど。そんなことより……」

「そんなことより、なんだ?」

さっきの詳しい説明の中で気になることが1つだけあった。

「わたしのことはともかくマンガって言うことはさ、わたしよりマンガの方が大事なんだ?」

「い、いや……あれはだな、勉強に励めなかった原因がマンガよりお前にあったと言うか……」

「わたしのせいで留年したってこと?」

「そういう訳じゃなくて――」

「もういいよ。わたしは責任を取ってもうそう君とは会わないから」

「すまん! マンガなんかよりお前が大事だ! だから行かないで――」

必死の形相でわたしにすがりつくそう君。ちょっとふざけただけなんだけどなぁ……

「冗談よ。本気にしないでよ」

一瞬ポカンとした表情をしてからそう君は大きく息を吐いた。そんなに分かり難かったかな?
そう君の頭を撫でようとしたけど、そこで違和感を発見。不自然な位置にあるそう君の手。少しずつ動いてわたしのお尻に近づいて――

「ドサクサに紛れてヘンなことしようとしないの!」

「痛ってぇ! 背中を叩くな!」


それが2週間前。

「以外かな。全然散らかってないじゃない。いつもは3日で散らかすのに……」

1週間前、二人で大掃除をした時と部屋の様子は変わってなかった。まったく同じ状態にも思えるくらい。

「だろ? だって昨日までこの部屋に居なかったしな」

「へっ?」

「ちょっと新しい自分探しにな。旅行して来た」

「……お金、ないんじゃなかったの?」

「なくなったといった方が正しかったな」

「呆れた……」

仕送りを減らされたにも関わらず1週間の旅行。これからまともに生活していく気があるのかなぁ。生活費くらいは残してあると思うけど。

「まぁ、いいじゃないか。それより、例の物をな」

「はいはい。そう君、お誕生日おめでとう」


それから夕方頃までそう君は楽しそうだった。プレゼント購入時のわたしの恥ずかしい話で笑ったり、わたしが作ったお昼を美味しそうに食べてくれたり。

でも、少しお酒も入ってきた所で、急にそう君が真剣な顔つきになった。

「どうしたの、考え事?」

「……なあ、かなた。俺、これからどうしようかな」

不安げな表情だった。この表情をしたのは2度目のこと。高校3年生の時、目指していた大学の教育学部への進学が絶望的と担任の先生に言われて、進路を選び直すことになった時。
今と同じ顔で、今と同じことをわたしに聞いてきた。
だから、わたしもあの時と同じ答えを言う。

「こっちの選択肢を選んだのはそう君だよ? 諦めたことを悔やむ前にさ、次になにやるか決めようよ」

「……やっぱり、そう言うと思ったよ」

「そう君が何回挫折しても、何回でも同じこと言ってあげる」

「かなた、1ついいか?」

「ギャルゲーの買い足し以外ならなんでも」

雰囲気が暗くなってたから、少しふざけてみた。

「あのなぁ、お前がなかなか振り向いてくれないから俺はギャルゲー好きになっちまったんだ! 責任と取って俺と一緒になれ!」

「えっ?」

思わず気の抜けた返事をしちゃった。今のってもしかして……。

「ああ、もう! お前がヘンなこと言うから。せっかく用意してたプロポーズの言葉が台無しだよ!」

恥ずかしいのか大声で言うそう君。

正直、すごく嬉しい。待ちに待った瞬間がやっと来た。今すぐにでも返事を言いたい。でも――

「嬉しい。けど、今はまだダメ!」

「なんで!」

「今はまだ、次に何やるか決まってないでしょ?」

「むっ……」

そう君はしばらく黙り込んでうんうん唸っていた。でも、すぐに顔を上げた。

「しょうがないな。すぐに探すから待ってろよ」

「うん! ……ところで、用意してたもう1つのプロポーズって?」

「ああ、『お前への感謝の気持ちを並べたら、原稿用紙何枚あっても書ききれない。だから書いて見せなくてもいいようにいつも一緒に居てくれ』って感じだ」

「くさいセリフだね……そうだ!」

「んっ? どうした」

「ちょっと待ってて!」

わたしは自分が持ってきた鞄の中を漁った。確か入っているハズ……あった!

「はい、これ」

渡したのは、わたしのお気に入りの万年筆。

「どうしてこれを?」

そう君がポカンとした表情を浮かべた。

「感謝の気持ち、カタチにしてもらうよ。わたしの誕生日までにさ、わたしの為に小説を書いて」

「小説?」

「高校の時の凝ったラブレター覚えてるよ。あの短編小説みたいなやつ。あれの長い版みたいなのを書いて」

「あれのことか。でも、書いてどうしろと?」

「鈍いよ。小説家を目指してって言ってるの! 期限はわたしの誕生日まで!」

「……わかったよ。書いてやる! 最高のやつをな!」


数ヵ月後、わたしはそう君が書いてきた小説を読んだ。恋愛物の小説。最後は結婚して3人の子供に恵まれて幸せに暮らす話。

『この小説はフィクションじゃない。これから現実になるんだ』

こんなことが書かれた紙が栞代わりに挟まっていた。


そして今、1人目の子供に恵まれてわたしは幸せに暮らしている。予定では後2人。

幸せは、まだまだ続きそうね。
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