ID:2BcYWkhw0氏:こなたの旅(ページ5)

21.

 『カチッ!!』
非常扉のドアが鳴った。鍵が開いたようだ。
あやめ「行くわよ!!」
私達はビルの中に潜入した。

 私達が中に入ると神崎さんは素早く扉を閉めた。目の前には作業着姿のいのりさんが居た。
いのり「こっち」
小さく低い声で囁くと私達に背を向けてカートを押して歩き出した。カートには掃除道具が積まれている。
私達はいのりさんの後を付いて行った。
警戒厳重のはずの25階。銀行の中……だけど警備員が一人も居ない。
みゆきさんは私達から別れて一人で客として一足先にこの銀行に入った。融資の話を持ち出してVIP待遇で接待室にて交渉をしているはずだ。
PIV待遇の客がくると警備員のシフトが変わる。これはいのりさんが見つけた。それを利用していのりさんは警備員の居ない通りを歩いていく。遅くもなく速くもなく、でも確実に
歩いているいのりさん。たった一週間でこれほど構造内容を理解しているなんて。これも夫を想う心がそうさせたのか……
すすむ「まて……」
小声ですすむさんがいのりさんを引き止めた。私と神崎さんも足を止めた。
すすむ「感じる……この近くだ」
私達は周りを見回した。丁度扉があった。いのりさんは扉を確認すると懐から鍵の束を取り出しその中の一つを扉の鍵穴に差し込んだ。
いのり「この部屋は一度も入った事がないの……気をつけて、15分よ」
15分……そう、みゆきさんが銀行と交渉する時間がそのくらいだって言っていた。みゆきさんの事だからもっと時間稼ぎができるかもしれない。
だけど15分、いや、できればもっと早い方がいい。見つけられるかな……不安が過ぎる……
いのり「私は、もう、戻らないと……怪しまれる、帰りの道はわかる?」
すすむ「ああ、来た道を戻ればいいんだな?」
いのりさんは頷いた。
いのり「それじゃ……」
いのりさんはカートを押しながら去った。いのりさんがすすむさんに心配そうな顔で見つめていたのが印象に残った。
私達三人は部屋の奥へと足を進めた。
でもそこは部屋だと思っていたがそこは通路だった。そしてその通路には無数の扉がある。
どれが目的の部屋に通じる扉なのか……
いのりさんと別れてからはすすむさんが頼り。メモリー板の場所はすすむさんじゃないと分からない。
こなた「3メートル以内にあるんでしょ……見当たらないけど……扉を一つずつ開けるなんて時間がないよ、それに警報装置でもあったら……」
すすむ「待て、慌てるな……感じるのは微かだ……」
すすむさんは目を閉じて意識を集中している。私と神崎さんはすすむさんを待つしかなかった。こうしている間でも時間は刻一刻と過ぎていく。

 暫くするとすすむさんは目を開け歩き始めた。そして通路の中ほどにある扉の前で止まった。
すすむ「この扉の向こうから強い反応がある……」
すすむさんの目の前にある扉、その先にメモリー板と真奈美が……ま、待って……
こなた「ちょ……この扉の鍵はどうするの? いのりさん居ないし、強引に開けて警報でも鳴ったら終わりだよ」
すすむさんはドアのノブを掴もうとして止めた。
すすむ「そうだな、こんな所で警報は避けたいところだ……」
あやめ「ふっ……大丈夫」
不適な笑みをしながら財布から鍵を取り出した。
こなた「ま、まさかその鍵は?」
あやめ「そう、そのまさか……最高機密を扱う部屋がそこならば開くはず、そしてセキュリティもスルーできる」
私とすすむさんは顔を見合わせて首を傾げた。
こなた「いったい何時そんな鍵を……」
あやめ「この前言ったでしょ、私自身単独でこの会社を調べたって、その時に入手した鍵……もし、この鍵が複製されていると知られてしまったら鍵は付け替えられている
    可能性がある、それどころか鍵を挿した瞬間に警報が鳴るかもしれない」
すすむ「賭けか……」
あやめ「……そう、賭け、それにこの鍵は貿易会社の最高機密の鍵としか判っていない、この扉の鍵かどうかも確証はない、でもね、いのりさんが持っていた鍵の束の中には
    この鍵と同じ物は無かった……」
こなた「さっきいのりさんが持っていたやつ? 沢山あったのに、あんな一瞬で分かったの?」
神崎さんは首を横に振った。
あやめ「この鍵をいのりさんに渡して事前に調べてもらった」
そうか、だからいのりさんは直ぐに別れたのか。
そんな事までしていたなんて……私だったらできただろうか?
すすむ「考えていても時間の無駄だろう……」
私達は神崎さんの持っている鍵を見た。
あやめ「そうね……それじゃ挿す……二人とも祈って……合いますようにって」
神崎さんは鍵を鍵穴に近づけた。手が小刻みに震えている。緊張感が私にも伝わってきた。
鍵は吸い込まれるように鍵穴に入っていく……そして、神崎さんの手が止まった。そして鍵から手を放した。
『ふぅ~』
神崎さんは大きく深呼吸をして私とすすむさんを見た。私達は頷いた。
神崎さんは鍵を握り捻った。
『カチッ!!』
ドアが鳴った。神崎さんは鍵を引き抜きポケットに仕舞った。そしてノブに手を掛けた。
何の抵抗もなくドアは開いた。神崎さんの読み通り鍵は合っていた。
あやめ「入るよ……」
神崎さんが部屋の中に入った。そしてその後に私達が続いた。

 部屋に入った……意外に明るい。ってか、もう明かりが付いている。広い部屋だ……20畳くらいかな……
この部屋は入ってきた扉は他にない。つまり一部屋になっていた。
こなた「ま、真奈美さん!?」
思わず私は彼女の名を呼んだ。でも空しく響くだけだった。誰も居ない部屋。この部屋は真奈美が監禁されている筈じゃなかったのか……
隠し扉でもあるのかな……私は部屋の周りを見渡した。
だけどそんなものは在りそうもない。ただの空き部屋の様だった。もしかして作戦失敗だった……
もう次の部屋をさがしている時間はなさそう。こうなったら見つかる前に逃げるしかない……
私は神崎さんとすすむさんにそう言おうとした。
すすむさんが部屋の一番奥で立ち止まっている。すぐ隣に神崎さんもいる。私は二人に近づいた。
そこには腰くらいの高さの四角い物が置いてあった。何だろう……
その四角い物から配線が数メートル離れたパソコンに繋がっている。
こなた「何これ?」
すすむ「……見つけた」
こなた「え、見つけたって……何を?」
すすむ「……メモリー板だよ……懐かしい……」
すすむさんの指差す方を見た。四角い物の上にスマホ位の大きさの板が乗っていた。
こなた「メモリー板……これが……それじゃこの四角いのは何?」
すすむ「メモリー板を読み取る装置の様だな……」
すすむさんは腰を下ろして四角い物をじっくりと見た。
すすむ「驚いた、これはオリジナルの装置じゃないか、人間は何時の間にこんな物を……」
こなた「オリジナル?」
すすむ「メモリー板は私でなければ起動できない、私の脳波が鍵になっている、しかし起動しなくても基本的な情報は読み取ることが出来ようになっていてね
    メモリー板の中央がガラスの様に透明になっているだろう、その中に情報を直接刻み込んである」
確かにメモリー板の中央が1センチ四方の大きさで透明になっていた。
すすむ「これを見てくれ」
メモリー板の直ぐ隣に銃みたいな長細い筒状の物があった。その筒の先はメモリー板の方を向いている。
すすむ「この先からレーザをメモリー板に当てて情報を読み取っていたのだろう」
こなた「分かった、その情報をこのパソコンに送っている」
すすむ「その通り……」
すすむさんはメモリー板に手を伸ばした。
こなた「え、大丈夫なの……警報とか鳴らないの?」
すすむ「この装置はパソコン意外には繋がっていない」
すすむさんはまるで分かっている様にメモリー板を四角い装置から取り外した。そしてメモリー板の表面を人差し指でスマホを操作するようになぞった。
するとメモリー板の透明な所が淡く光り始めた。どうやら起動したみたいだった。
すすむ「……壊れていない、いいぞ……」
すすむさんは夢中になってメモリー板をいじっている。私は神崎さんの方を向いた。
こなた「真奈美さんは何処なの?」
神崎さんは何も言わずすすむさんが持っているメモリー板を見ていた。
こなた「もう時間が迫っているよ、早く捜そうよ」
神崎さんは何も言わないただ立ち尽くしているだけだった。
こなた「ちょっと……神崎さん、すすむさん……」
すすむさんの操作している指が止まった。
すすむ「……このメモリー板には事故があった時から私が起動するまでの間に直接アクセスした履歴がない」
こなた「へ?……それってどう言う事なの」
すすむ「起動していなくても近くに仲間が来ればメモリー板の履歴に残るようなっている……つまり事故から4万年の間に我々の仲間がこのメモリー板に触れた事はなかった」
こなた「……真奈美さんがが捕まっていれば必ずこのメモリー板を解読させようとする筈でしょ……」
すすむ「そうだな、そうするだろう、しかしここの人間はそうしなかった、出来なかった……つまり最初から真奈美はここに居なかったのだよ……」
こなた「う、うそ……ここの会社の特許はどうやって、それってメモリー板を解読しないと出来ないでしょ?」
すすむさんは四角い装置を見た。
すすむ「その装置が読み取ったのを人間が解読して得た知識を利用したのだろう……読み取りにレーザーを使うとは考えたな……そうか、とっくに人間はその技術を得ていた、
    CDか……ふふ、音を記録する技術を利用されるとな……その発想は我々にはない」
四角い装置を見ながら笑うすすむさんだった。
つまり神崎さんとみゆきさんの推理は間違っていた……そう言う事か……真奈美はやっぱりもうこの世に居ないって……
そういえばこの部屋はあまりにも殺風景。生活の匂いがまったくしない。いくら捕らわれの身になったとは言え。生活の場くらいは用意するはず。
この部屋にはそんな感じは一切無い。このメモリー板を自動的に読ませてパソコンに保存する……ただそれだけが目的で作られた部屋。そんな感じ。
すすむ「真奈美が居ないと分かったらもうここには用はないだろう」
すすむさんはメモリー板をポケットに仕舞った。
そう、真奈美がいなければもうここには用はない。それにメモリー板を奪還できたのだから作戦は成功だ。うんん……ここから出られたらの話だけど。
こなた「そ、そうだね、出よう……ん?」
神崎さんが四角い装置を見たままボーっとしている。
こなた「神崎さん?」
私は神崎さんの顔を覗き込んだ。
あやめ「え、あ……そ、そうね……此処にはもうここには用はない……出ましょう」
私に気付いた神崎さんは慌てて扉に向かった。

キャリーバックは役に立たなかった。それにしても今回私はは何の役にも立っていない。ただ二人に付いて来ただけだった……
まてよ……
あの四角い装置に繋がっていたパソコン……すすむさんがメモリー板を取っても何も反応しなかった。それにケーブルは装置としか繋がっていない。
それはハッキングを恐れて外部からはアクセス出来ないようにした。あのパソコンはただ装置から出たデータを受け取っているだけの物。
私が出来る事があるじゃないか。
私は腕時計を見た。まだ充分時間はある。
こなた「ちょっとまった」
神崎さんとすすむさんは立ち止まった。
こなた「せっかくだからメモリー板の証拠を消しちゃおう」
私はパソコンの方に向かった。
あやめ「時間はどうなの?」
こなた「大丈夫、1分もあれば……」
私はUSBメモリーを取り出した。
すすむ「メモリー板から読まれたデータは1%もない、仮に100%読まれたとしても今の人間では1%も理解できまい、放っておいても問題ない」
こなた「その1%未満のデータで兵器を作っちゃうでしょ、それにメモリー板があるって言う証拠が残っちゃうじゃん」
私はパソコンにUSBメモリーを挿した。そしていつもの様にパソコン内のデータを消去した。その時間は30秒。
こなた「終わったよ、さてこんな所早く出ちゃおう」
USBメモリーを引き抜くと走って二人を追い抜き扉に向かった。
こなた「ささ、早く」
私は扉を開けた。

 みゆきさんは私にUSBメモリーを使うなと言っていた。そして私が使おうとした直前にすすむさんもする必要がないって言っていた。そう、これはフラグだった。
普段の私ならそれに気付いていた。だけど私はそれに気付かなかった。何故……
功を焦っていた……それとも急いでいた。それもあったかもしれない。でもそうじゃない。多分普段の私でもそれがフラグだって気付かなかった。そんな気がする。

???「誰だ!!」
突然後ろから怒鳴り声が聞こえた。私はその声の方角に反射的に身体を向けた。警備員だ。
体付きは筋骨隆々、一目で体育会系であるのが分かった。私と目が合うと腰の警棒に手を掛け走って向かってきた。私だけなら走って逃げられそう。だけど神崎さんとすすむさんは
そうでもない。捕まってしまいそう。どうしよう。
逃げるか。それとも奇襲の一撃を食わすか。私だって少しは武道を齧っている。でも咄嗟に技が出せるか分からない。失敗したら倒されるのは私……
警備員はみるみる近づいてくる。考えている時間はない……どうしよう。何故か身体が言う事を聞かない。動かない……
警備員は警棒を抜いた。わわわ……何も出来ない。もうダメ……私は目を瞑った。
……
………
…………?
…………あれ?
何も起きない。静かだ。
私はゆっくり目を開いた。
警備員が私の直ぐ目の前に立っていた。
こなた「ひぃ~」
思わず後ろに数歩下がった。警備員は警棒を振りかざした姿勢のまま写真の様に止まっている。この光景は見覚えがある。そうだ、お稲荷さん十八番の金縛りの術。
こなた「すすむさん、助かりました~」
私は後ろを振り向いた。そこには……神崎さんが立っていた。
こなた「えっ!?」
私はいったい何が起きたのか直ぐには理解できなかった。神崎さんはゆっくり歩き警備員に近づくと手を警備員の顔に近づけた。そして手のひらでそっと両目を撫でるように
下ろすと警備員は目を閉じて崩れるように倒れた。催眠術?……こんなの武道じゃない。やっぱりお稲荷さんじゃないとできない……
神崎さんはお稲荷さんだった!?


22

 足元に大男が横たわっている。倒したのは武道の心得のない女性記者。神崎さん。蹴りや手刀で攻撃したのではない。お稲荷さんの秘術を使って倒した。
神崎さんは私と目が合うとにっこり微笑んだ。
あやめ「これで、相子ね……」
相子……それってこの前の潜入の事を言っているの……
確かにあの時と逆だ。私はさっき警備員と戦う覚悟がなかった……
こなた「お相子って……神崎さん……」
すすむさんが私の前に割り込んできた。
すすむ「神崎あやめ……お前、何者だ、さっき手をかざした時、警備員の記憶を奪ったな……何故人間のお前がそんな事が出来る」
すすむさんが神崎さんに詰め寄った。
あやめ「泉さんの顔を見られた……顔を覚えられるのは避けたい……」
記憶を奪う……もうこれは人間技じゃない。間違いない。神崎さんはお稲荷さんだった。
すすむ「ば、ばかな、我々4人以外は全て帰ったはずだ、それになぜメモリー板が反応しない……人間になったのか?」
神崎さんは倒れている警備員を見た。
あやめ「……そんな詮索をしている暇なない、見なさい……」
私とすすむさんは警備員を見た。胸のポケットに入っている手帳の様なものが赤く点滅している。
こなた「なに、点滅している……」
あやめ「転倒センサー……警備員が倒れれば何か異常があるのは明らかよね、センサーが感知して警備管理センターに通報された、間もなく大勢やってくる」
辺りは静か。警報音も人がくる気配もない。
こなた「た、ただの無線機じゃないの、警報も鳴ってないし、静かだよ」
神崎さんは首を横に振った。
あやめ「ここの警備員は貿易会社直属、それに警報は鳴らない、分かるでしょ、ここ他人には知られてはならない秘密の場所、彼等は侵入者に容赦しない」
あの警備員が向かって来た時の勢い、凄くて圧倒されたのはその為……
すすむ「詳しいな、神崎あやめ、以前に此処に入ったのか……」
神崎さんは何も言わず微笑み私達に背を向けた。
あやめ「もう時間がない、早く逃げて……私が引き付ける……」
こなた「引き付けるって……どうするの?」
あやめ「早く、行きなさい……」
こなた「……で、でも……」
あやめ「捕まったら命の保障はない」
こなた「わ、私がパソコンを触っていなかったら……こんな事に……ごめんなさい……」
あやめ「泉さんがそうしなくても結果は同じだった、それに小林さんと約束したから、誰も傷つけないって、逃げ切って……さぁ、早く」
かがみ……かがみのバカ……そんな約束しちゃダメだよ
こなた「で、でも……」
私の腕をすすむさんが掴んだ。
すすむ「行くぞ!」
遠くから沢山の足音が聞こえてきた。一人や二人じゃない……ぞっとしてきた。
すすむさんが力強く引っ張る。
こなた「今なら一緒に逃げられるよ」
足音はどんどん大きくなってきた。数人どころじゃない大勢の足音。すすむさんが更に強く引っ張る。
神崎さんは私に背を向けると足音がする方向に向かって走り出した。通路の曲がり角を曲がると神崎さんは見えなくなった。
『※!!#&☆』
意味の分からない怒号が飛交う。警備員は日本人だけじゃないみたいだった。足音が私達から遠ざかっていく。
すすむ「彼女の行為を無駄にする気なのか?」
……すすむさんの言葉に私はどうしようもない気持ちでいっぱいになった。
私達は思いっきり走って出口に向かった。

どうやって出たのかは覚えていない。ただすすむさんの後を付いて行っただけだったかもしれない。
でも気付いたら非常階段の出口に立っていた。
私はすすむさんの方を向いた。
こなた「……何で、何故一緒に逃げようって言ってくれなかったの、神崎さんはお稲荷さんだよ、すすむさんの仲間だよ、あの時一緒に逃げていれば……」
すすむ「一緒に逃げていれば確実に私達は捕まっていた」
こなた「うんん、全速力で走れば……」
すすむ「そうだな、全速力で走れば泉さんは逃げ切れる、しかし、私と神崎さんは逃げ切れまい、それに泉さんは私達が遅れてそのまま置いて行く様な真似はできないだろう?」
こなた「それは……」
すすむ「それが出来るようなら泉さんはとっくにそうしていた、見つかった時逃げずにもたついていたではないか、違うか?」
こなた「いざとなったら、戦って……」
すすむさんは首を横に振った。
すすむ「あの警備員は神崎さんの言う様に特別な訓練を受けている、泉さんを何の躊躇いもなくしかも警告なしに襲ってきた、神崎さんが術をかけていなかったらその場で
    警棒の攻撃をうけていただろう、しかも全力でね」
確かにあの時動けなかった。まるで金縛りにあったみたいだった。いろいろ頭の中を過ぎったけど、動けなかったのはそれだけじゃなかったみたい。
それでも、この原因を作ったのは私。
こなた「……私……私がパソコンをいじっていなければ……こんな事にはならなかった……」
すすむ「作業に約1分……か、まったく影響が無いとは言えないな、だがパソコンの情報を消す行為自体は当然すべき内容だった、方法も手段も持っている泉さんとすれば
    選択肢の一つに入るのは当然だ、だから私は無理に止めなかった、神崎さんもそうだっただろう?」
こなた「……だ、だけど……」
私は非常階段の扉を眺めていた。
すすむ「彼女はお前たちが言うお稲荷さんだ、何故メモリー板が反応しなかったのは分からんがな、それに彼女には何の迷いも見受けられなかった、
きっと抜け道か何かを知っているのかもしれない」
確かにこの前の脱出した時の神崎さんとは違っていた。私が止めようとする前に警備員達の所に行ってしまった。
そうだよ。これはフラグだった。分かっていたのに…………
何で……バカだよ私は……

『パン!!』
突然手を叩く音が聞こえた。私は音のする方を向いた。すすむさんが立っていた。どのくらい時間が経ったのだろう。
扉が開く様子はない。
すすむ「まだ作戦は終わっていない、進行中だ」
こなた「で、でも……神崎さんが……」
すすむ「まだ捕まったと決まった訳じゃない、失敗したとは言えない、メモリー板はこの手にある、だからこのまま次の行動をする」
こなた「で、でも……」
すすむ「私はこれからいのりの無事を確認した後、約30分後の特急に乗って神崎家に向かう……泉さんの行動予定は?」
こなた「……私は……」
すすむ「どうした、忘れたのか?」
何故かここを離れたくなかった。
こなた「…………」
すすむ「泉こなた、私を見て次の行動を言いなさい」
低い声だった。私はすすむさんの目を見た。
こなた「私は……みゆきさんがビルを出るのを確認したら……待っているひよりの車に乗って神崎さんの家に……」
すすむ「よし、彼女の家で合流時間まで神崎さんを待つ、全てはそれからだ、分かったな?」
そうだった。リスクを分散する為に合流するまでの道のりはなるべくバラバラにしたのだった。
すすむ「……今の君を見ていると4万年前の私を思い出すよ……それじゃ、無事でな……」
こなた「4万年前……?」
すすむさんは周りを確認すると階段を降りた。
4万年前って、すすむさんが事故を起こした時だったよね。
私がその時を同じって……

良く分からない。だけどこのまま此処に居ても何も起きない事だけは分かった。
すすむさんが見えなくなって暫くして私は階段を降りた。

ひより「泉先輩……心配したっスよ、5分遅れです」
待ち合わせ場所に車が止めてあった。私は車のドアを軽くノックした。ひよりは電動ドアガラスを開けて初めて発した言葉がそれだった。
思ったほど時間はオーバーしていなかった。私はフロントドアを開けて助手席に座った。そしてキャリーバックを後部座席に置いた。
ひよりは無造作にキャリーバックを置いた私を少し不思議そうに見ていた。
ひより「高良……基、近藤先輩と会いましたか?」
みゆきさんが無事にビルを出たのは確認した。向こうも私を確認している。私は頷いた。
ひより「それじゃ出ますね……」
ひよりはバックミラーで後ろを確認した。その時キャリーバックに何も入っていないのに気付いたみたいだった。
ひより「あ、あの~真奈美さんは……?」
こなた「遅れているから……早く出して……」
ひより「あ、は、はい……」
私を見て何かを感じたのだろうか。ひよりはそれ以上何も言わず車を出した。
車を出して暫くして高速道路に入ってすぐだった。
ひより「何があったのですか……」
エンジン音に消されそうなほど小さな声でそう言った。それでも私には鮮明に聞こえた。やっぱり話さなきゃいけないのかな。
作戦に参加しているひより。知る権利はあるし、話さなければならないか。
私は今までの出来事を話した。

私が話し終えると直ぐにひよりは聞き返した。
ひより「神崎さんが金縛りの術を……?」
こなた「うん……すすむさんもそう言ってた、ついでに記憶も消したって……」
ひより「それじゃ神崎さんはお稲荷さんって事じゃないですか!!」
こなた「ひより、前、前!!」
私は正面を指差した。ひよりは慌てて前を見てハンドルを操作した。少し車が揺れた。
こなた「そうなんだ……以前私もそう思って彼女に聞いた……だけど否定しされちゃってね……その時の言い訳があまりに的確だったからそれ以上追求しなかったよ……」
ひよりは何度か深呼吸して冷静さを取り戻した。
ひより「……そうですか……お稲荷さんに詳しすぎるって私も思ってはいましたけど……それじゃ真奈美さんと幼少の頃助けたって言うのも嘘だったのかな?」
こなた「それは本人じゃなくて母親の正子さんから聞いたから……正子さんまで嘘を付いているとは思えない」
ひよりは話すのを止めて運転に集中した。私も暫く何も言わなかった。
ひより「あの~」
5、6分くらいしただろうか。ひよりが再び話し出した。
こなた「ん?」
ひより「私思ったのですけど……神崎さんは警備員の注意の全てを自分に向けて泉先輩達を逃がしましたよね……」
こなた「う、うん」
そう、それは私のせい……ひよりは私を責めるのかな……私が一番恐れていた事。だからあまり話したくなかった。
ひより「似ていませんか……お稲荷さんの人間への怒りを全て自分に向けてつかさ先輩を守った真奈美さんと……」
こなた「え、あ……!?」
そういえばそうだ。似ている。って言うより同じじゃないか。私は自分のミスに気を取られてそこまで気が回らなかった。
ひより「神崎さんは実は真奈美さん本人じゃないかなって……幼少の頃からの知り合いだから化けてしまったら身内でも気付かないッス」
こなた「そう、私も以前そう思った、だけどつかさがそれじゃ神崎さん本人は何処に居るなんて言われて……」
ひより「……それは……こう考えてみたらどうッス、あくまでこれは私の推理ですけど、貿易会社に捕らわれているのは神崎さんじゃないかなって……それなら
    真奈美さんが貿易会社に潜入する理由が出来る……」
こなた「それじゃ、貿易会社は偽者の神崎さんを消してしまうよ」
ひより「いいえ、その逆ッス、偽者であろうと神崎さんが普通に暮らしていれば貿易会社は拉致しているのを隠す事ができるじゃないですか……」
こなた「まさか……」
でもひよりの推理は納得できる。
ひより「真奈美さんが自分の正体をギリギリまで隠す理由を考えていたらそう思いまして……すみません、余計な事だったッス……」
こなた「いや、ひより、間違いないよ、神崎さんは真奈美さんだよ……」
ひより「だとしたら、真奈美さんは最初からこの作戦で捕まるつもりだったかも……神崎さんの居場所を突きとめる為に……」
こなた「わざと……」
ひより「すみません……これも余計な詮索ッス……忘れてください……」
。最後の推理は私の失敗のフォローだったかもしれない。私がそう思ったのを察知したのだろうか。ひよりは神崎さんの家に着くまでその話に触れなかった。

 ひよりの推理は全てに納得できる内容だった。
私はつかさを神崎さんから遠ざけていたけど。思えば神崎さんがつかさを遠ざけていたかもしれない。私達の中で真奈美と直接会っているのはつかさとひろしとひとしさんだ。
すすむさんとまなぶさんはどうだろう……もしかしたら……まなぶさんは真奈美を知っているかもしれない。
その四人が居れば何かの拍子に正体がバレてしまうかもしれない。だからつかさの手を強く握ったりして誤魔化した……
今回の作戦ももっともらしい理由をつけて四人を外した。そうだよ、まなぶさんは最初から作戦から外れている。
もう疑う余地はない。神崎さんは真奈美だ。

 神崎さんの家に着くまで考えていた。
真奈美が生きている。一番喜ぶのはつかさか、弟のひろしか。偶然にも二人は夫婦。
いや、偶然じゃない。二人はなるべくして夫婦になった。私はそう思う。
いくら親友を助ける為とはいってあの二人に正体を隠しつづけるのはやっぱり辛かっただろうね。
私にはそんな素振りはまったく見えなかった。それに神崎さんの母親、正子さんにバレないでいられるなんて。いったい何時から神崎さんと真奈美は入れ替わったのだろう。
少なくともつかさが一人旅をした後だよね、どうやって大怪我から生還できたのかな。それだけが謎だ。
つかさが真奈美と再会して喜ぶ姿が目に浮かぶ……
うんん、それはあのビルから逃げていればの話。
もし逃げられなかったら、命まで奪われるような……
そんな事になったらいくらつかさでも私を許さないかも……
こんな考え自体がフラグかもしれないのに……それでも考えられずには居られなかった。

『ピンポーンー』
誰も出てこない。もう一度
『ピンポーンー』
神崎さんの家に着いた私達は家のベルを押してみた。
ひより「留守みたいですね」
こなた「うん、正子さんは居るような気がしたけど、居ないみたい……」
もっとも正子さんが出てきて何て言って良いのか分からない。
ひよりは時計を見た。
ひより「集合の予定より30分は早いッス、休まずに来たせいかも」
こなた「うん……遅れた分を回収しちゃったね……」
ひより「私の車で待ちますか?」
こなた「うん……そうしよう……」
車に移動しようとした時だった。
「泉さん、田村さん?」
私達は声の方を向いた。みゆきさんが立っていた。そうだった。みゆきさんはすすむさんと一緒の電車でくるはずじゃなかったのかな。
こなた「予定より早くない……すすむさんはどうしたの?」
みゆき「はい、一度合流しまして……私が先に行く事に……」
こなた「あ、いのりさんは、いのりさんは無事なの?」
みゆき「はい、それだけを確認して急いで一本早い特急に乗りました……」
良かった。いのりさんは無事。これで神崎さん以外は大丈夫みたい。神崎さん以外は……
ひより「どうして予定を変更してまで早く来たっスか?」
みゆき「はい……ビルで泉さんを見かけた時、様子が違っていましたので……急に心配になってしまって」
みゆきさんは私をじっと見た。そして辺りを見回した。
キャリーバックを持っていないからか。空のバックは車の中に置いてある。
みゆき「あ、あの~真奈美さんは……?」
すすむさんから聞かなかったのって言いたかった。説明するのは苦手だし……
すすむさんと話をしている時間がないのはすぐに分かった。
私はひよりの方を向いた。ひよりは首を横に振った。私はみゆきさんの方を向いて首を横に振った。
みゆき「……いったい何があったのですか?」
みゆきさんは私に近づいてきた。私は俯いてしまった。みゆきさんになんて言おう。
みゆき「泉さん……」
何度か呼ばれたけど答えられない。
ひより「あの、私で良ければ話します……良いですか泉先輩?」
私は頷いた。ある意味ひよりと一緒に車で移動したのは良かったのかもしれない。
ひよりはビルの中で起きた出来事、そして車の中で話した内容をみゆきさんに話した。

 ひよりが話していくうちに私は悔しくなってきた。もう少し早く部屋を出ていれば……パソコンをいじっていなければ……
神崎さん、真奈美をあんな事に……
みゆき「……泉さん……」
みゆきさんの優しい声が私を呼んだ。急にこみ上げてくるものを感じた。こんな気持ちになったのは初めてだ。
こなた「みゆきさん……私……」
何も言えない……これじゃつかさやひろしに会えないじゃないか。
みゆき「同じですね、あの時と全く同じです、以前いずみさんと全く同じ表情で私と話した人がいました……確か……コミケ事件があった少し前でした、彼女は
    何も出来なかったと凄く後悔をしていました……分かりますか?」
私は首を横に振った。その遠心力で涙がこぼれた。
みゆき「それは、つかささんです」
こなた「……つかさ?」
みゆき「泉さん、神崎さん、もしくは真奈美さんは未だどうなっているか分かりません、まだ後悔するのは早いとは思いませんか?」
……つかさは目の前で真奈美が倒れるのを見ていた……私は……まだ何も見ていない。
みゆき「待ちましょう……私にはそれしか言えません……」
みゆきさんは微笑んでハンカチを私に差し出した。私はハンカチを受け取った。
こなた「はははは、そうだ、そうだよね、まだ決まった訳じゃない、待とう」
今になってつかさの本当に気持ちがわかるなんて、いや、まだ本当に意味で分かったわけじゃない。

気を取り直した私は神崎さんの家から少し離れたひよりの車の中で話をする事になった。
みゆき「田村さんの推理が正しいとしたら、私の推理は間違っていた事になります……すみませんでした」
こなた「うんん、でもそのおかげで神崎さんと話し易くなったし、潜入をする切欠になったから」
みゆき「メモリー板を解析する時間がワールドホテルの時と偶然に一致しただけでした……」
ひより「それにしても何故神崎さんが捕まってしまったか……」
みゆき「神崎さんは企業や政府の不正を調べていました、貿易会社もその対象になったのは容易に想像できます、おろらく本人が自ら潜入捜査をしていたのでは、
    メモリー板の件で真奈美さんも協力していたのではないでしょうか?」
もし、まなみも神崎さんも捕らわれてしまったら、助け出すのは私達しか居ない……
ひより「それで私達を捜し出した訳ですね、でも、正直に正体を言っていたらもっと協力できたようなきがするっス……」
みゆき「どうでしょうか、正体を教えてつかささんやひろしさんが大人しく引き下がったでしょうか、冷静な泉さんですら動揺してしまった今回の作戦……」
だから真奈美は神崎さんでなければならなかった……っか。
ひより「何となく分かりました……」
みゆき「いえ、これも詮索の域を出ていません」
何となく車から外を見た。遠くから人が歩いてくる……あれは、すすむさんだ。
こなた「すすむさんが来たよ」
時計を見るみゆきさん。
みゆき「時間通りですね、行きましょう」
私達は車から出た。

 私達は再び神崎さんの家の玄関前に居た。
すすむさんは私を見た。
すすむ「来たか」
こなた「うん、もう大丈夫だから、でも、別れ際の言葉が無かったらあのままずっと非常口に居たかも」
すすむ「そうか、それは良かった……」
こなた「それで、4万年前の事故の原因は分かったの?」
すすむさんは黙ってポケットからメモリー板を取り出した。
みゆき「……それがメモリー板、お稲荷さんの知識が詰まっている物……」
みゆきさんは身を乗り出して食い入る様にメモリー板を見ていた。
すすむ「事故の原因はメモリー板を調べるまでも無い、もう分かっていた……」
こなた「へ、それじゃ何で作戦に参加したの?」
すすむ「……もう終わった事だ……」
すすむさんはメモリー板をまたポケット仕舞った。
すすむ「神崎さんを待つとしよう」
こなた「あれ、教えてくれないの」
すすむさんは神崎さんが来るであろう方向を向いてしまった。
こなた「神崎さんは真奈美って分かったし、内緒にする必要なんかないじゃん?」
すすむ「なに、彼女が真奈美だと言うのか?」
すすむさんは驚いた顔で私の方を向いた。
こなた「他に候補者いるかな、すすむさんの方が詳しそうだけど?」
すすむ「それは……すまん、私は真奈美とは面識が無かった、神崎さんが真奈美かどうかまでは判断できない」
やっぱりそうだ。だからすすむさんを作戦メンバーに入れた。
こなた「本当の神崎さんは貿易会社に捕まっていて、真奈美さんが神崎さんに化けて貿易会社に潜入した、もちろん神座産を助ける為に、これが私達の考えなんだけど
    すすむさんはどう思う?」
すすむ「真奈美は亡くなったとつかさから聞いた、私もそれ以上詮索はしなかった、死人が蘇るなんて在りえない」
こなた「そうそう、その亡くなったって言ったのがつかさなのが問題、つかさは見ての通り天然な所があるでしょ、だからどこかで勘違いをしている……なんてね」
すすむ「確かに亡くなったと言ったのはつかさだけだが……」
すすむさんはみゆきさんとひよりの方を向いた。
ひより「ま、まぁ、後輩の私が言うのもなんですけど……つかさ先輩はそう言う所があるっス」
みゆき「誰にでも見間違いはあると思います……」
すすむさんは腕を組んで考え込んだ。
すすむ「確かに今の時点で真奈美以外考えられないか……」

 すすむさんは再びポケットからメモリー板を取り出した。
すすむ「……このメモリー板は通信機能が備わっていてね……母星と通信が出来る」
こなた「通信って、故郷に連絡を取りたい人でもいるの?」
すすむ「いや、これが見つかっていれば、私達は帰る事が出来た……当時私はこれを探した、そうだ、3メートル以内、いや、10メートル以内でも……
    あれば救助要請ができた……私はそれが出来なかったのが悔しかった……」
みゆき「そのメモリー板が見つかった遺跡はかなり深い地層から発見されたそうです、おそらく宇宙船が墜落した時、地中深く潜ってしまったのでしょう」
地中深くにあったらくら探しても見つからない。
すすむ「この地球は私達にとっては過酷すぎた……現にほとんど全ての仲間が帰ってしまった」
こなた「そうかな……それは違うと思うよ」
すすむ「何を知った風に言う、人間に何が分かる」
こなた「帰るか、残るか決めるとき、それぞれのお稲荷さんは話し合っていたってつかさが言っていたよ、ただ帰りたいだけだったら話し合いなんかしないと思う」
ひより「そうですよ、そのメモリー板をすぐに見つけて帰ってしまったら1000年前の巫女さんにも逢えなかった、もちろんその生まれ変わりのいのりさんにも」
すすむ「生まれ変わりか、確かに双子の様に似ていた……しかし彼女は病弱で子は生んでいない、彼女の子孫は居ない」
ああ、そういえば以前ひよりとゆたかが遊びに来たときそんな話をしていたっけ。
こなた「でも1000年前でしょ、お稲荷さんの巫女だから言ってみれば神様の召使いって事だよね、そんな巫女さんならその家族だって当時は特別待遇だったんじゃないの、
    きっと厳しい時代も生き抜けた、そして現代の柊家がその巫女さんの子孫、お稲荷さんが帰ってしまったらつかさやかがみも居なかったかも、私はそんな世界は嫌だよ」
みゆき「小さな出来事でも時間が重なるとその変化は多大な物になると言います」
すすむさんはメモリー板じっと眺めていた。

 どのくらい経っただろうか遠くから何か聞こえた。聞き覚えのある音……どんどん近づいてくる。間違いない。あれは……
こなた「神崎さんだ!!」
皆は私の方を向いた。そして辺りを見回した。
すすむ「……誰もこないではないか」
みゆき「見当たりませんね……」
ひより「どこですか……見間違えでは?」
うんん、間違いないあの音は。
こなた「神崎さんの乗っているバイクの音……」
私達はは耳を澄ました。バイクのエンジン音がどんどん近づいてきた。そして直ぐ近くまで来たと思うとどんどん遠ざかってしまった。
ひより「行っちゃいましたね……聞き間違えじゃないですか」
こなた「間違いないよ、あの音は絶対に神崎さんのバイクの音だよ、何度も聞いているし」
神崎さんは逃げ切った。心の底から嬉しさが湧き出した。
ひより「それじゃ何で遠ざかったのかな……何処に行ったのかな?」
私にはそれが何処かすぐに分かった。
こなた「……神社だ、あの神社に行ったんだ!!」
すすむ「神崎さんはオートバイに乗っていたのか……音だけ聞かせて去る……彼女は泉さんを呼んでいるに違いない」
こなた「私を?」
すすむ「うむ、君以外に彼女の乗っているバイクの音など区別できない、だとしたら答えは明白だ」
神崎さんは私にあの神社に来いと言っているのか。何故……
すすむさんは持っていたメモリー板をひより、みゆきさん、私の順に向けた。
ひより「な、何か?」
すすむ「これで君達の脳波をメモリーに登録した、このメモリー板は君達のものだ、そして、泉さん、君が代表して受け取りたまえ」
すすむさんは私にメモリー板を差し出した。
こなた「へ、私……もらっても使い方しらないし、それに何で私?」
すすむ「このメモリー板は脳と直接コンタクトして操作する、泉さんが考えればメモリー板がそれに答えよう」
私はメモリー板を受け取った。
すすむ「USBメモリーの使い方をずっと見ていた、泉さんなら正しく使うだろうと判断した……それに、もう私にこの装置は不用だ」
すすむさんは駅の方に体を向けた。
すすむ「会ってくるがいい、そして全てを聞いてきなさい」
ひよりとみゆきさんは車の方に体を向けた。
こなた「へ、会うのは私だけ?」
みゆき「それが神崎さんの希望らしいので」
ひより「作戦も大詰めですね、私達はこのままキャリーバックをつかさ先輩に返しにいってきます、いろいろと話す事もありますので」
こなた「え、あ、そ、そう?」
私一人で……急に寂しくなった。
すすむさんは駅に向かって歩き出した。ひよりとみゆきさんは車に乗った。
ひより「神社の入り口まで送りますよ」
こなた「あ、ありがとう……」
私は車に乗り込んだ。

23

 神崎さんの家から神社までは歩いても行けるだから車で向かえば数分で着いてしまう。
何だろう。このへんな気持ち。神社に近づくにつれてだん気が重くなっていく。こんな気持ちになるのは初めてだ。何度もあの神社には行っているのに。
そんな話をする間もなく神社の入り口に到着した。私が車を降りるとみゆきさんとひよりも車を降りた。
ひより「泉先輩、このバイクが神崎さんのですか?」
神社入り口の鳥居のすぐ横にバイクが停めてあった。
こなた「そう、それ、それが神崎さんの」
ひより「泉先輩の言う通りでしたね、さすがッス」
みゆき「この階段を登れば……真奈美さんに……」
みゆきさんは山の頂上を見上げた。
こなた「……どっちでもいいけど、一緒に来てくれない……?」
ひより「私は別に構いませんけど、一人の方が良いのでは?」
みゆき「私は真奈美さんに会ってつかささんを助けてくれたお礼を言いたい……」
こなた「みゆきさんが一緒なら心強いよ」
みゆきさんは首を横に振った。
みゆき「やはり泉さんが行くべきです、合流の場所を外してわざわざ神社に向かったのは何か理由があるはず、泉さんだけに話したい理由が……」
こなた「何で私なの、分からないよ」
みゆき「そうですね、分かりません、会ってみないと」
私は神社の入り口を見た。
こなた「……つかさは何度この階段を登ったんだろう……つかさに出来て私に出来ないはずはない、なんて思っていた……
    すすむさんが来る前もみゆきさんがつかさの名前をだしたから空元気出してみたけど、無理だよ……今になってつかさがやって来た事の大きさがわかっちゃった……」
ひより「泉先輩、つかさ先輩と張り合っていたっスか?」
すこし驚いた顔をしたひよりだった。
こなた「張り合う……違う、私の一方的な挑戦みたいなもの……つかさのくせに……」
ひより「そのセリフ久しぶりに聞いたっス……そういえばつかさ先輩の変わりっぷりは計り知れません……変わったというより化けたと言うのか……」
みゆき「確かにつかささんにはいろいろ驚かされました、でも、泉さんも同じくらい変わっていますよ」
ひより「うんうん、今でも二人はいいコンビッスね……昔はかがみ先輩の方がいい感じでしたが……もっと別の方向で……」
こなた「良いよもう、そんなお世辞は……私、帰る……」
みゆき・ひより「え?」
私は駅の方に歩き出した。

ひより「ちょ、ちょっと待って下さい……」
私の手を掴んで引き止めるひより。
こなた「放して、もう私の出番はないよ!!」
ひより「なにもこんな所で、しかもこんなタイミングでツンデレにならくても……」
ツンデレはかがみだけで沢山だ。
こなた「ツンデレじゃないもん……もう私は用済みってことだよ、あとはひよりとみゆきさんで続けて」
さすがのひよりも少し呆れ顔になっている。
ひより「ないもんって……泉先輩が呼ばれたって言っていましたよね……私達が行ってもあまり意味がないような気が……だからメモリー板を泉先輩に……」
メモリー板か……
私はメモリー板を取り出した。そしてみゆきさんに差し出した。
こなた「これはみゆきさんが持つべきだよ、以前からお稲荷さんの知識が欲しいって言ってたじゃん、それにみゆきさんなら有意義に使ってくれる、うん、そうだよ……」
みゆきさんは手をメモリー板の近くまで動かして受け取りかけたけど直ぐに止まり、首を激しく左右に振って引っ込めた。
みゆき「いいえ、これは泉さんが持つべきです」
こなた「使い方知らないし、知っていてもお稲荷さんの知識なんて……訳分からないし……」
みゆき「そうでしょうか、泉さんはUSBメモリーを使いこなしていますね、それも紛れもなくお稲荷さんの知識です」
確かにあれは木村めぐみさんからもらった物だけど……
みゆき「……元気だま作戦……誰にも気付かれず集金してしまうなんて……私がUSBメモリーを持っていても思いつかなかったでしょう……」
私は笑った。
こなた「ははは、あれは漫画のキャラクターが使う必殺技からヒントを得ただけで……下らないジョークのようなもの」
みゆき「ドラ○ンボールの○悟空が使う技ですね」
みゆきさんからその名前が出るとは思わなかった。少し間を空けてから頷いた。
みゆき「技の詳細は割愛しますが私も知識としては知っていました……一見何の関係もない物を結びつける……私には出来ません」
みゆきさんに褒められるなんて……でも……
こなた「そのUSBのせいで作戦は失敗した……」
みゆき「それは一瞬でぎりぎりの判断だったと思います、だれが責められましょう、それにまだ失敗とは決まっていません、それを確かめる為にも泉さんが行くべきです」
言っている内容は頭では理解できた。だけど体が前に行こうとしない……
さらにみゆきさんは続けた。
みゆき「オートバイの音を神崎さんのものだと言った時の泉さんの顔……とても嬉しそうでした、まるで古い親友と再会したかのようでした」
こなた「……そ、そうかな?」
みゆき「そうでしたね?」
みゆきさんはひよりの方を向いてにっこり微笑んだ。
ひより「え、あ、ああ、はい、そうです、そうでしたね、確かにとても嬉しそうでした……なんて言うか、普段表情をあまり出さない泉先輩にしては珍しいかと……」
確かに嬉しかったけど顔に出したつもりは無かった。
そうだよ。そもそも今まで会っていた神崎さんは真奈美が化けていた。本物じゃない。
それじゃ本物の神崎さんはどんな人なのだろう。母親である正子さんが気付かないくらいだから本人とほぼ同じ……なのかな……
私と同じような趣味を持って。正義感あふれる記者……まなみちゃんの演奏の記事で皆を喜ばせたりもした。
私を潜入のメンバーに選んだり、かえでさんと口論したり、かがみを怒らせたり……どこまでが神崎さんでどこからが真奈美なのか。
……神崎さん本人に会ったら私はどうすればいいのだろう……また最初から友達に……
また最初からって……私と神崎さんは友達なのか……な
彼女は私を利用していただけ。私も興味本意で付き合っただけ……それだけ?
うんん、全部が幻。狐が化かした幻だよ……
ここに来るまでの変な気持ちってこれだったのかな。
幻なら。神崎さん……うんん真奈美は無事だったしもう改めて会うことなんかない。

 私は首を横に振って駅の方向に体を向けた。
みゆき「そうですか……残念です」
ひより「泉先輩……」
私はゆっくる歩き始めた。
みゆき「私は神崎さんが心配なので神社に向かいます」
ひより「近藤先輩、泉先輩を止めないッスか?」
みゆき「これは泉さんが選んだのですから……」
……選んだ。私は何を選んだって……
みゆきさんは神社に向かって歩き出した。ひよりは私とみゆきさんを何度も交互に見ている。
ひより「泉先輩らしくありません……」
ひよりはみゆきさんのを追って行った。そして私一人が残った。
歩く速度がどんどん落ちていく。まだ10メートルも進んでいないのに足が止まった。

 選んだ。みゆきさんはそう言った。ひよりは私らしくないって……私らしいって何? 分からない。
それにみゆきさんとひよりがもう向かっている。もう私が行っても何が変わる訳でもない。私は再び歩き始めた。

程なく駅に着いた私は切符を買おうと改札口に向かった。時刻表を見る。あれれ、上り電車は5分前に出たばかり……次に来るのは1時間後か……
だから田舎の鉄道は嫌いだ……
「泉さん?」
後ろから私を呼ぶ声。私は振り返った。すすむさんだった。
すすむ「やけに早いな、もう彼女と会ったのか……そうでもなさそうだな」
すすむさんと別れてから随分時間が経っている。5分前の電車に乗っていてもおかしくないのに。
こなた「うんん、会っていない……そっちこそ何で電車に乗らなかったの?」
すすむさんは苦笑いをした。
すすむ「さぁね……」
そう言うとすすむさんは待合場のベンチに腰を下ろした。どうせあと1時間も待たないといけない。私も隣の席に座った。
っと言っても何を話すわけでもなく沈黙が続いた。上りの電車が出たばかりなのか待合場には私達以外誰もいない。
すすむ「別れた時の勢いはどうした、今にでも会いたいような表情だったぞ?」
みゆきさんと同じような事を言う……
こなた「……みゆきさんとひよりが行ったから……」
すすむ「それでいいのか、神崎さんは、いや、真奈美は君と会いたがっているのではないのか?」
私は何も言えなかった。だけどすすむさんもそれ以上何も言わなくなった。

 どうしてすすむさんは帰らなかったのか。もしかして私がもらったメモリー板と関係があるのかもしれない。
私にメモリー板を渡したときはスッキリした顔だった。早く帰っていのりさんと逢いたい。そんな感じだった。それなのに今のあの表情……沈んでいて……まるで……
すすむ「どうした、私の顔に何かついているのか?」
こなた「え、いいえ……」
私は目を逸らして俯いた。
いったい何があったのだろう。ここで会ってから何かあったのかな。いや、もう既に。もしかしてメモリー板の中身を見たのかな。
このメモリー板、見かけはほとんどスマホと変わらない。貿易会社からここまで電車に乗っている時間はたっぷりある。例えメモリー板を操作していても
周りからはスマホを操作している様にしか見えない。そしてすすむさんは4万年前の事故の記録を見た……そして……自分の失敗に気付いてしまった。
私にメモリー板を渡したのも忌まわしい記録から遠ざかりたかった……
なんていろいろ考えていたけど。本人に聞くのが一番早い。だけど……何故か聞けなかった。体が、口が動かない。聞くのが怖かった。
もし本当に私の思ったとおりだったら……
時間だけが過ぎていく……早く電車来ないかな……
『ガタン・ガタン』
あ、電車の来る音だ。もうそんな時間……っと思ったのもの束の間、下りの電車だった。まだ15分も経っていなかった。
何だろうこの時間の長さは。さっさと過ぎて欲しいよ。普段ならスマホで時間を潰すけどそんな気持ちにもなれない。
「みーつけた!!」
突然の声だった。私とすすむさんは同時に声のする方を向いた。いのりさん?
さっきの電車に乗っていたのかな?
いのりさんは暫く私達を交互に見た。
いのり「二人して同じような顔しちゃって、兄妹かと思った……」
すすむさんは立ち上がった。
すすむ「ば、ばか、来るなと言ったじゃないか、何故来た!!」
いのりさんはすすむさんの方に近づいた。そして自分の腕時計を見た。
いのり「来るなって、そんなの出来ない、計画では私はさっきの電車で来る様になっていたじゃない、予定は変更できないでしょ」
いのりさんはすすむさんを少しきつい目で睨んだ。
いのり「それで、もうこんな所に居るって事は既にメモリー板を神崎さんに渡したんでしょうね?」
そういえばそうだった。一度メモリー板を神崎さんに渡す事になっていた。
すすむさんは私を一度チラッと見ると首を横に振った。いのりさんは溜め息を付いた。
いのり「まだ神崎さんはまだ来ていないの?」
すすむ「い、いや、もう来ている」
いのり「それならここにこうしていて良いの、渡さないと作戦は終了しないでしょ?」
渡さないと作戦は終了しない……か。
すすむ「お前に何が分かる、私はあの時の事故で……」
いのりさんは両手を前に出してすすむさんを止めた。
いのり「4万年も前の話はもう沢山……もうとっくに解決したのかと思った」
すすむ「いや、解決なんかしていない」
いのりさんは首を横に振った。
いのり「解決した、大きな事故だったのに乗組員100人全員助かった、あなたの判断段でね、それ以上なんの解決があるの?」
すすむ「私の……」
そういえば神崎さんと別れたからのすすむさんの判断が無かったら私はここに居なかったかもしれない。
いのり「そうそう、私達の時代と比べ物にならないかもしれないけど、航空事故とか宇宙船の事故だとほぼ助からない、全員生きていたなんて奇跡、
    それから4万年後、帰りたい人だけ帰る事が出来た、なんの問題があるの?」
すすむさんは呆然といのりさんを見ていた。
生きている……確かに神崎さんは生きていた。
なんだろう。いのりさんは私に言っている様な、そんな気がした。
いのり「その間、辛かったでしょう、私達がもう少し頭が良かったら手伝えもできたけどね……私達から見ればすすむさん達はまだまだお稲荷さんだから」
いのりさんはすすむさんに近づき手を引いた。
すすむ「……何をする……」
いのり「神崎さんの家へ……明日から整体院の仕事でしょ、あなたしか治せない人が待っているから、これはあなたしか出来ないから」
いのりさんはさらにすすむさんを引っ張った。
すすむさんにしか出来ない……事。
私にしか出来ない事。
こなた「待って下さい、メモリー板を持っているのは私です……」
いのり「え?」
いのりさんは手を放した。
いのり「どう言うこと?」
いのりさんは私とすすむさんを何度もきょろきょろと見た。
私は今までの経緯を話した。

いのり「神崎さんは真奈美さん……本当なの?」
こなた「もう間違いない……」
いのりさんは神社のある山の方向を見た。
いのり「私も一回だけあの神社に行った、もちろんつかさに連れられてね、夢中になって真奈美さんの話をしていたのを覚えている」
今度は私の方を見た。
いのり「彼女はつかさを助けた人、だけど殺そうともした人、そうだね、会うのも躊躇うのも分かる」
私は真奈美が怖いから会いたくない……のかな。
いのりさんはすすむさんを見た。いのりさんは溜め息をついた。
いのり「旦那もこんなだし……私が行くしかないみたいね、メモリー板を渡しに行ってくる」
私はポケットの中にあるメモリー板を取り出そうとした。
いのり「真奈美さんね……それを知っていればつかさを連れてきたのに、つかさなら誰よりも先神社にむかうかもしれない」
私の手が止まった。
つかさ……確かに、つかさならそうするかもしれない。それなのに私ときたら……
いのりさんは私を見て不思議そうな顔をした。
いのり「泉さんは昔から良く実家に遊びに来ていたよね、あまり話し合った機会は無かったけど、不思議と親近感はあった、」
こなた「え、どうして?」
いのり「つかさよ、つかさ、つかさが事ある毎に泉さんの話をするから」
こなた「どんな話を……」
いのり「よく遅刻をして変な言い訳をして先生によく怒られるとか、アルバイトを始めたとか、走るのが速いとか……仮病で休んだ事もあったって?」
最初と最後が余計な話だ……そんな話をしていたのか。想像はできるけど、そこまでだったとは。つかさらしいと言えばそれまでだけど。
つかさらしい……か。
いのり「……余計な話だった、メモリー板は?」
私は差し出しかけたメモリー板から手を放した。
こなた「私が直接渡してきます」
いのり「あら?」
すすむ「泉さん……」
こなた「神崎さん、いや、真奈美さんは私を呼んでいる、だから私が行かないと」
いのり「そう、それで良いと思う」
すすむ「待て……」
行こうとする私を呼び止めた。
いのり「折角その気になったのに呼び止めるなんて……」
ずずむ「どうして気が変わった?」
こなた「ん~私の気まぐれ、それといのりさんの言葉もあるけど……強いて言えば……選んだから」
すすむ「選んだから……」
こなた「うん、もう私はとっくに選んでいた、つかさと出会った時から、だから行く」
すすむさんはなんか納得していない感じだった。
こなた「神崎さんと別れたからのすすむさんの選択、とっても冷静で冷酷だったけど……あれしか方法はなかったよね、きっと事故の時もそうだった、そんな気がする」
すすむさんは黙って私を見ている。
こなた「だって、神崎さんは生きているからね」
私は時計を見た。
こなた「わっと、早く行かないと遅刻しちゃう」
いのり「ふふ、変な言い訳をしないように」
すすむ「……なにも出来なくてすまない、しかも助言までされるとは……」
こなた「まだ作戦は終わっていないからまだ安心はできないよ、それじゃ」
すすむさんの表情が笑顔に戻った。そしていのりさんに寄り添っている。この二人は本当に愛し合っていると思った。
そういえばつかさとひろしも愛し合っている。かがみは人前でそんなを見せるような人じゃない。だけど家ではきっとそうにちがいない。
まつりさんとまなぶさんは……ひよりの恋敵だったくらいだから言うまでもないか。
私は走って神社に戻った。

 神社の入り口に着いた。ひよりの車と神崎さんのバイクが置いてある。みゆきさん達と別れてから1時間も経っていないから変わるわけも無いか。
さて、みゆきさん達はもうとっくに頂上に着いているはず。私が行ってもメモリー板を渡すだけで終わってしまうかもしれない。
うんん。それでいい。その為に戻ったのだから。
みゆき「田村さん、私の言った通り戻ってきました」
みゆきさんの声……私はその声の方を向いた。神社の入り口にみゆきさんとひよりが立っていた。
ひより「本当に来た……」
こなた「みゆきさん、ひより……もう行ってきたの?」
ひより「まさか、待っていたっス、近藤先輩が絶対に戻ってくるって言ったので……」
私はみゆきさんの方を見た。
みゆき「時刻表では前の電車は乗れないと思いまして、次の電車がくるまでの1時間で考え直していただけると……」
ばか、そんな保障なんかないのに。
こなた「待ちぼうけだってありえたのに」
みゆき「でも、こうして戻ってきました、バトンタッチです」
みゆきさんは右腕を上げた。私も上げてハイタッチをした。
みゆき「田村さん行きましょう」
みゆきさんはひよりの車の方に歩いて行ってしまった。そしてひよりが私に近づき耳元で囁いた。
ひより「電車が出発する10分前まで来なかったら車で駅まで行って鎖に繋いで引っ張っても連れてくるって」
こなた「え、みゆきさんが?」
ひより「そうならなくて良かったッス、それじゃこの後よろしくお願いします」
みゆきさん……変わったかな。
ひよりは小走りに車に向かった。そして車は走り出した。
そして残るは私一人。
もう後戻りは出来ない。いやもうしない。
神社の頂上を見上げた。そこに待っている人が居るから。
私は階段を登った。

 私は神崎さんに会う方を選んだ。確かに選んだけどその後どうするかまでは考えてはいなかった。
彼女がお稲荷さんってバレているのは向こうだって分かっているはず。もしかしたら神崎さんの姿じゃないかもしれない。
そんなのは会ってから考えるか。あれ?
気付くと辺りは暗くなっている。もう日は西に沈んでいた。まだ階段は中腹くらいだろうか。頂上に着くまでに真っ暗になってしまう。
そういえばつかさもこんな暗い時に登った事もあったっけな。確か携帯の明りを利用したって言っていたな。
私にはスマホがあるからもっと明るく照らせる……ん?
胸ポケットから明りが漏れている。たしかそこにはメモリー板が。私は慌てて胸ポケットからメモリー板を取り出した。
メモリー板が明るく輝いている。何でだろう。私は何も操作していないのに。
暗いから明りが欲しいなって思っただけなのに……まさか。
すすむさんは考えればいいとか言っていた。もしかして、私はもっと明りが欲しいと思った。するとメモリー板は明るさを増し、しかも私が見ている辺りを照らし出した。
私が思った事を読み取ってそれでメモリー板が自分で判断して明りを操作している。そんな感じだった。
私は片手にメモリー板を持ったまま階段を登った。

 頂上に着いた。私の目線に合わせて明りが付いて来る。人影が見えた。私はそこに焦点を合わせた。
後ろを向いている。綺麗な黒い長髪、整ったスタイル……神崎さんだとすぐに分かった。明りに気付いた神崎さんは振り向いた。
神崎さんが眩しがるかなっと思った瞬間明りは弱くなった。神崎さんは私の手に持っているメモリー板を見た。
あやめ「4万年という歳月を地下深く埋まっていたと言うのに動作するのね……改めてお稲荷さんの知識と技術は驚かされる……それで、それを操作できるって事は
    佐々木さんに脳波を登録してもらった、そうでしょ?」
こなた「う、うん……今の所明り灯すくらいしかできないけどね」
あやめ「それは人間で言う五感、センサーと同じ、思い通りに感度を調節できる、お稲荷さんが人間より感覚が鋭いのはそのメモリー版の機能を遺伝子レベルで移植したものなの、
    但し、通信機能はエネルギーが沢山必要だから無理ね……」
こなた「さすがお稲荷さんだね、神崎さん……」
神崎さんはそのまま後ろを向いて景色を眺めた。
こなた「どうやって逃げてきたの」
「どうして私だけ呼んだの」って最初に聞きたかった。だけど何故かこれが最初の質問になってしまった。
あやめ「警備員は10人だった、普通にしていたら捕まっていた、丁度いい隙間を見つけた、そうよ、狐が一匹入れる隙間をね、私は急いで狐になってその隙間に逃げ込んだ、
    その隙間がダストシュートに繋がっていた、そこから1階まで直ぐに行けた……私、ゴミくさくないかしら……」
お稲荷さんじゃななければ逃げられなかった。
こなた「私のせいで捕まったら……そう思うと怖くて……」
あやめ「こうなる事は分かっていた、本来なら扉を最初に開けるのは私でなければならなかった……私も気が動転していたの、ごめんなさい、真奈美が居なかったから……」
真奈美が居なかっただって。この期に及んでまだ嘘を付くのつもりなのか。
こなた「もう演技はよそうよ!!、真奈美さん!!」
思わず叫んでしまった。気が高ぶったのかメモリー板の明りもより明るくなった。
あやめ「真奈美……前にも似た様な事があった」
こなた「そうだよ、正体を明かすチャンスは何度もあった、つかさと会った時、何度か会合を開いた時、私とこうして二人だけで居る時だって……実の弟だって居たでしょ!!」
神崎さんはゆっくり私の方を向いた。そしてポケットから何かを取り出した。私がそれを見ると神崎さんの手元をメモリー板の明りが照らした。
こなた「ボイスレコーダー?」
手に持っていたのはボイスレコーダだった。
あやめ「ボイスレコーダー……記者をやっていると何も言わなくてもこれがボイスレコーダーだと皆が勝手に思ってくれる……便利よね」
こなた「ボイスレコーダーじゃない、それじゃそれは何なの?」
あやめ「これは、私の感覚が人間の五感に近づけるため装置、つまりお稲荷さんの力を封印する物……もうその必要はないわね」
『カチッ!!』
スイッチを操作する音がした。そしてそのまままたポケットに仕舞った。
あやめ「力を封印すれば私は只の人間、仲間が近くに居たとしても気付かれない、もちろんそのメモリー板もね」
あれ……感じる……仲間のような親近感が突然私を包んだ。
私はメモリー板を見た。メモリー板が反応している。神崎さんが仲間、お稲荷さんだって教えてくれているみたいだった。
あやめ「泉さんが襲われそうになった時、一瞬だけ装置を切った、その一瞬ではメモリー板では拾い切れなかったようね……それは意外だった」
こなた「なんで……そこまでして正体を隠したの……」
あやめ「だから貴女を呼んだの……」
こなた「私を……呼んだ?」
あやめ「今から1時間……いや、30分後、私の家に来て……そうしたら全てを話す」
神崎さんは私から後ろに数歩下がった。そして目を閉じた。まさか……
そう思った瞬間彼女の体が淡く白く光った。見覚えがある。これは狐に変身する時に……
彼女の体がどんどん小さくなっていく……そして……目の前に一匹の狐が座っていた。
まてまて、この狐……ハイソックスを履いたような黒い足、尖った耳、大きさ……同じだ。あの時見た野良犬と……
こなた「もしかして、以前私の店の前を通ったでしょ?」
狐は私を見上げるとゆっくり頷いた。ゆっくり背伸びをして立ち上がると走って階段を降りて行った。そしてメモリー板からお稲荷さんの反応が消えた。
こなた「ふふふ、つかさは自分の命の恩人の姿を見間違えるのか……ははは、やっぱりつかさはつかさだよ、はははは、何が野良犬だよ……ははは」
私は思わず笑った。久しぶりにお腹が痛くなるまで笑った。

24

 こんなに笑ったのは久しぶりだった。
30分後か、今の私なら手摺に乗って滑って降りられるから彼女の家の行くのに30分も掛からない。
おや……神崎さんが狐に変身した場所に何かが落ちている。メモリー板の明りがそこを照らし出した。ボイスレコーダー……
レコーダーじゃないって言っていたっけ。変身したせいで落としてしまったのかな。それとももう要らないって言ったから捨てたのか。
ボイスレコーダーを拾った。
そういえばつかさと握手をした後すぐにこのレコーダーを取り出して操作をしていた。スイッチを入れ忘れたのかもしれない。
つかさの辛い記憶が神崎さんに流れてきてしまってあんな行動をしたのかも。
この装置要らないなら貰っちゃおうかな……お稲荷さんの力を封印する装置、どう考えても私には要らないもの、だけど、アイテムはいっぱい持っていた方がゲーム攻略は有利だよね。
装置を仕舞った。
さてと、ここで待っていても退屈なだけだ。降りよう。

 神社の入り口まで降りてきた。あれ、バイクが置いたままじゃないか。
と言っても狐の姿じゃ運転できるわけ無いか。それじゃなんであんな所で正体を証のかな……いや、ここで最大の疑問は本当の神崎さんは何処に?
つかさが言っていた事が現実になってしまった。
お稲荷さんを野良犬呼ばわりしたり、時々鋭い事を言ったり。長い間の付き合いだけどつかさがますます分からなくなってきた。
ひよりの推理だと貿易会社に捕らわれていって言っていた。
私の推理だと……
………
何も考え付かない……
なんだかんだ言ってひよりは凄いな。伊達に漫画家じゃない。でも……漫画家と推理は全く別物かも……
ってグダグダして全く考えが纏まらない。
私って……考えてみればいつもこんな感じか。

神垣さんのバイク。静かに寂しそうに置いてある。家にまでなら私が持って行ってもいいけど鍵を持っていない。鍵を持っていたとしても二輪の免許を持っていない。
それに勝手に持っても行けない。このまま置いて行くしかないか。

  神崎さんの家に着いた。丁度1時間位前にも来ている。ただ違うのは居るのは私一人だけ。スマホの時計を見ると神崎さんの言う30分になろうとしていた。
「待たせたね」
後ろから声がする。聞いたことの無い声だ。誰だろう。私は振り返った。
そこには男性が立っていた。知らない人だ。しかもその男性は神崎さんのバイクを引いている。
その男性は手馴れたように神崎さんの家の門を開けるとバイクを門の中に入れた。私はその男性の後に付いて門に入った。
バイクを駐車スペースに置くと男性は私の方を向いた。
男性「彼女のバイク、流石にこの姿で乗るわけにはいかなかった……」
こなた「なんでバイクの鍵を、それに門の鍵だって……」
男性「私が誰だかもうとっくに分かっているよね?」
こなた「誰って……真奈美さんでしょ、何でわざわざ男性に化けたの?」
男性「異性に化けると体力を余計に使ってしまう、君が今まで会ってきたお稲荷さんは化けても性までは変わらなかっただろう?」
こなた「それって……」
男性「残念だったな、私は真奈美ではない」
そんな、真奈美じゃなかった。ひよりの推理は外れた。
なぜそんな体力を使うのにこのお稲荷さんは神崎さんに化けた。そんな事より何故別のお稲荷さんが居るのか。分からない。
こなた「それじゃ、けいこさん達が帰った時何処に居たの、お稲荷さんの全員のリストを作ったのは私だよ」
男性「仲間が日本に居たのはこの日本に来るまで知らなかった、私はあの事故の遭った場所から動かなかったからね、彼らも私が生きていたとは思うまい……」
こなた「事故って4万年前の?」
男性は頷いた。
男性「佐々木すすむ……完全に日本人じゃないか、まさか彼が生きているとは思わなかった、あいつは全く変わってないな……」
こなた「なんで神崎さんに化けたの……」
男性「話が長くなる家に入ろうか」
男性はキーホルダーを取り出した。
こなた「勝手に入るのは……良くないよ」
男性「神崎正子さんは都内のホテルに避難させてある、中には誰も居ない、それに私は「神崎あやめ」でもある……」
男性はドアの鍵を開けた。
男性「どうぞ……」
神崎さんでない人からどうぞって言われても違和感がある、でも、出会った時から神崎さんじゃなかった。

私は神崎さんの部屋に通された。男性は神崎さんの椅子に腰掛けた。
男性「さて、何から話そうか」
私は床に腰を下ろした。
こなた「名前は……何て呼べばいい?」
男性「名前か……日本に来る前はレルカンと名乗っていた……神崎でいい」
こなた「神崎さん……」
神崎「日本に来たのは10年前、それまではヨーロッパ各国を転々としていた、目的は只一つ、君の持っているメモリー板だよ、人間に渡れば私達の存在を知られてしまうからな」
こなた「メモリー板……」
神崎「そう、メモリー板を人類に渡さない為にね、在るのは分かっているが場所が分からない、でも大体の見当はついていた、
   その一帯に人類を近づけないように有りと有らゆる方法を使った、幻影、毒、呪術も織り交ぜた、そのおかげでつい最近までは呪われた土地として
   人間を寄せ付けなかった、しかし突然その呪われた土地に手を出した人間達が現れた、流石に知恵をつけてきた人間に小手先の術では追い払うのは無理だった」
こなた「その土地に手を出した人達って……」
神崎「そう、貿易会社だよ、彼らはトレジャーハンターを雇って発掘を始めた、私もその中に入り隙があればメモリー板を入手できる機会を待った、しかし結果は
   彼らに先を越された、一個人の力では組織には勝てない、そこで私は情報の集まる場所……報道関係の仕事に携わりメモリー板の所在を追った」
こなた「それで日本に?」
貿易会社か……結局あの会社にはいいようにされっぱなし、あの神社を取り戻したのが唯一の勝利。
神崎「そう、それで調べていくうちに神崎あやめに出会った……彼女は貿易会社の不正を調べていた、彼女の勘は鋭い、私がお稲荷さんであることは出会って数日で
   見抜かれてしまった、彼女は真奈美の話をし、私はメモリー板の話をした、お互いの利害が一致し協力する事になった」
こなた「それじゃ神崎さん……いや、あやめさんは真奈美さんを探していたの?」
神崎「お稲荷さんを助けるなんて公表は出来まい……それでも二人では力不足だ、もっと協力者が欲しい……そこであやめは貿易会社に反感を持っていそうな
   人達をリストアップした、ライバル会社の関係者、ワールド会社の関係者……もちろん君の働くレストランも候補だ」
こなた「レストランかえでが?」
神崎さんは頷いた。
神崎「ああ、彼女は貿易会社から神社を買い取り、町に無償提供した人物が必ずそのリストの中に居ると確信していた、その人物ならきっと力になるってね……
   それでその人物はかなりITに詳しいと考えて、IT関連会社や情報通信会社を優先して調べた、君達のレストランはリストの最後尾だ」
それでこんなに遅く来たのか……でもそんな話はどうでも良かった。私の聞きたいのはそんな話じゃない。
こなた「神崎さんは、神崎あやめさんはどこに居るの、貿易会社に居るなら早く助けないと」
神崎「余計な事はしたくなかった……君は協力さえしてくれれば良かった、しかしそれは無理だったみたいだね……」
何を言っているのかさっぱり分からない。
神崎さんは突然立ち上がった。そして彼はベッドのところまで移動した。そして徐にベッドのマットを持ち上げた。
こなた「な、なにこれ……」
マットの下は空洞になっていた。そしてそれはあった。それは人の大きさ程だった。細かい糸で包まれている……まるで、蚕の繭みたいだ。
神崎さんはカッターナイフを取り出すと繭の上のほうに切り込みを入れた。そして皮を剥ぎ取るように捲った。
その皮の下にあったのは神崎さん……神崎あやめさんの顔だった。目を閉じて眠っているよう。
神崎「まるで生きているみたいだろう、私の持てる知りうる限りの防腐処置をした、あの時のままの姿だ……」
こなた「防腐処置ってどう言う事」
神崎「彼女は、神崎あやめはもうこの世に居ない、亡くなった……」
亡くなった……ついさっきまで会っていたのに、話していたのに、作戦まで一緒に行動して、助けて助けられもしたあやめさんが……
こなた「いつ……何時なの」
神崎「言わなければならないか」
こなた「ここまで話して、それはないよ」
神崎「そうだな……」

神崎さんはカッターナイフを机に置くと話し出した。
神崎「5年前……降りしきる雨だった……重要な作戦だった、目的は貿易会社の情報収集、二人同時の作戦だった、私は先に潜入し資料室からファイルを入手した、
   彼女は……あやめは警備室から鍵の型を取るはずだった……私は待った、あの神社の入り口で……そこが待ち合わせの場所だった、彼女は時間になっても
   来なかった、まさか……失敗したのか、携帯で連絡を取りたかったがそれはしないと言う約束だった……それでも私は携帯に手を掛けた、その時だった、
   彼女のバイクのエンジン音……近づいてくる……だが、突然音が止まった……私は夢中で走った、音の止まった場所を目指して……そこで私の見た光景は……
   倒れたバイク……エンジンは掛かったまま、そしてその先にあやめが倒れていた……ヘルメットは壊れいた、私は彼女に駆け寄った、見たところどこにも外傷は見当たらない、
   あやめはゆっくりと目を開けるとにっこり微笑んだ、そして私に鍵の型を取った粘土を私に渡した……そして目を閉じた……もう二度と目を開ける事はなかった……」
神崎さんが交通事故で死んでいた……
こなた「お稲荷さんだったら直ぐに治療すれば助けられたでしょ……」
神崎「……それは過大評価だ、私達は万能ではない、しかしあの時出来うる事は全てした」
こなた「それで、この事は私以外に誰かに話したの」
神崎さんあ首を横に振った。
神崎「いや、君が初めてだ……」
私はあやめさんを見た。彼女は目を閉じている。神崎さんの言うようにただ眠っているだけみたい、今にでも目を開けて起き出しそう。
こなた「あやめさんは命を懸けてまで真奈美さんに会おうとしていた……ただ逢いたいだけでそこまで……」
神崎「あやめの親友が今、死の淵に立たされている……彼女は幼少から病弱だった」
死の淵……あやめさんの友達……もしかして。
こなた「もしかしてまなみちゃんの演奏会に来るはずだった記者じゃない、えっと確か井上さんとか言っていた」
神崎「そう、井上浩子、あやめの同僚で高校時代からの友人だ……真奈美なら井上さんを治せる方法を知っている、それに賭けるしかなかった、あやめならそうしている、
   あやめは真奈美ならその方法を知っていると言っていた」
こなた「その友達って癌かなにかなの?」
神崎「脳腫瘍だ、以前摘出して再発した、もう手の施しようがないと医者は言っていた」
それでこの作戦を急いでいたのか。
それにしてもあの時のかがみと同じような状況じゃないか……
こなた「……例え真奈美さんが居たとしてもあの薬は直ぐには作れない、2年の熟成期間が必要なんだよ」
神崎「なんでそんな事を知っている……」
そうだった。私はつかさが一人旅をした話しかしていなかった。その続きを話していれば……何故話さなかった、それは私がそれを選んでいたから話さなかった……
まだ私はつかさに話させようとしていたのか。バカ……だな私って。
こなた「以前真奈美さんの婚約者のお稲荷さんとつかさが作ったから」
神崎「ふふ、どうあがいても無理だったか」
つかさが作った……あの時作った薬……まてよ、まだ全部は使っていない。
こなた「待って、まだある、その薬まだあるよ」
神崎さんは私を見て驚き少し嬉しそうだった。
神崎「本当か」
こなた「以前調子が悪かった時つかさが薬を薦めたからまだあるよ、早く行こう」
神崎「そうか」
神崎さんは微笑むと紙に何かを書い私に渡した。
こなた「何?」
神崎「井上浩子の入院している病院の名前と住所だ、念のため主治医の名前も書いておいた……」
こなた「だめだよ、一緒に来ないと……」
神崎さんは首を横に振った。
こなた「なんで、井上さんは私達から見たら赤の他人だよ、神崎さんが直接頼まないとダメ」
神崎「それは出来ない」
こなた「どうして?」
神崎「逃げるとき、警備員に顔を見られた……」
こなた「大丈夫だよ、顔を見られたくらい、分からないよ」
神崎さんは首を横に振った。
神崎「見られた人物がまずかった、彼はヨーロッパで名うての殺し屋だ……まさか日本に来ているなんて、しかも貿易会社の用心棒とはな、じきにこの家に来る、君も危ない、
   早く帰りなさい」
そういえば叫び声が日本語じゃなかった警備員がいた。
こなた「帰れって……いくら殺し屋でもこの日本で変な事なんかできないから大丈夫だよ」
再び首を横に振る神崎さん。
神崎「小林さんから聞かなかったのか、そいつにもう何人も消させている、そして裏には貿易会社の力がある、真相は闇へから闇に……この日本も例外ではない」
……私ってそんなヤバい所に手を出してしまったのか……
神崎「今更そんな顔をしても遅い……幸い消す目標は神崎あやめだけだけだ、君は関係ない」
神崎さんはじっとあやめの顔を見ている。
こなた「私が帰った後、どうするの……」
神崎「殺し屋と刺し違えてもあやめを守る」
名うての殺し屋と現役のお稲荷さんの格闘……凄まじい光景になるのはすぐに想像できる。
神崎「君は……いや、君たちはよくやってくれた、感謝している、これからは私の選んだ道だ、もう忘れてくれ」

神崎さんの選択……
私はあやめさんの顔を見た。
神崎さんは最後の集合場所をここにしていた。最初からこうなるのを予測していたからそうした。
あやめさんは、彼女の選択は何処に、彼女が生きていたとしても必ず私は彼女と逢っていた。その後の展開は……神崎さんの変身が完璧ならそう変わることはないよね。
でも、あくまで神崎さんの化けた神崎あやめ……神崎さんの選択だよ。
もし、あやめさんが生きていたらどうする。
神崎「もう時間がない、早くここを離れろ……」
うんん、いくら考えてもあやめさんはあやめさん、彼女でないとどうするなんて分からない。
そんな事より私がこれからどうするかが問題。
その時だった、私の中にあるアイデアが浮かんだ。でもそれはとっても危険。これが成功するなんて分からない。成功してもどうなるか……
神崎さんは立ち上がった。
神崎「動かないなら力ずくでも帰ってもらう」
力ずく。私に金縛りの術でもかけるとでも言うのか。その後催眠術をかけて帰すつもり、そうだとしたらじっくり考えてはいられない。
すすむさんは言っていたっけ、方法も手段もあるなら選択肢の一つになるって……今の私にはその方法も手段もある。ただそれは一度も経験した事がないって事だけ。
でもそれは元気だま作戦の時だって同じだった……それなら私の選択肢は一つ。
決めた……私は決めた。
こなた「帰らない」
神崎「泉……私を見ろ……」
今、私は自分だけの選択をしようとしている。つかさでも神崎さんでもあやめさんでもない。そう、私が選んだ選択を。
『カチッ!!』
私は神崎さんの方を向いた。
……
……

 私はつかさの家の前に立っている。あれからもう一日も経っていた。
『ピンポーン』
呼び鈴を押すとつかさが飛び出してきた。
つかさ「こなちゃん!!今までなにしてたの、心配したんだから!!」
珍しく怒っている。今はその話をしている時間はない。
こなた「つかさ、今すぐお稲荷さんの秘薬が欲しいんだ」
つかさ「えっ?」
驚いた顔で私を見る。
こなた「どうしても使いたい人がいるから、良いよね?」
つかさ「どうしたの、いきなり、こなちゃんの友達にそんな重病な人居たっけ?」
こなた「つかさの知らない人なんだ、だけどどうしても助けたくて……」
つかさ「知らない人……?」
こなた「お願い……」
私は両手を合わせて頭を下げた。
つかさ「そんな……頼まれても……よして、そんな事したって」
そうだよね、見ず知らずの人に大事な物をあげるなんて早々できる事じゃない。それは分かっている。
こなた「お願い……」
私は更に頭を下げた。もうこれしか出来ない。
つかさ「頭を上げて、あげたくてもあげられないの……」
こなた「え?」
つかさ「薬は……もう使っちゃった……だからもう無いの……」
こなた「使った……まだ半分位残っていたでしょ、みゆきさんの研究用に渡してもまだ何回分は残っているよね……」
つかさは首を横に振った。
つかさ「うんん、使っちゃったの……かえでさんに……」
こなた「かえでさんって……退院したんじゃないの……そんな薬が必要だったなんて聞いてない……」
つかさ「こなちゃんが大切な仕事をしているからって……かえでさんから言わないように言われたの……本当はとっても危なくて……お腹の赤ちゃんも危なくて……
    使うしかなかった……」
そんな……私の計画が……
かがみ「こなた……あんた……」
玄関の奥から低い声……この声は怒っている……しかもこれは相当マジだ……
かがみ「いったい何をしでかした……今朝のニュースを知らないわけじゃないでしょうね」
こなた「え、何……?」


『昨日の深夜0時頃、○○県○○郡○○町神崎正子宅で火事があり、127平方メートルを全焼しました、民家から焼死体が発見され身元の確認を急いでいます、
 民家は母と娘の二人暮らしで、娘の神崎あやめさんではないかと調べを進めています……出荷原因は台所で……』


25

 ニュースは予想できた。だけど思ったより早く報道された。でもあやめさんの職業を考えればそれは当然か……
神崎「君の目論見は外れだったようだな……」
私の少し後ろにいた神崎さんがぽつりと言った。つかさとかがみがそれに気付いた。
つかさ・かがみ「誰……?」
神崎「先客がいたならもうどうにもなるまい……」
神崎さんは後ろに振り向いて去ろうとした。
こなた「待って、まだ私の計画は、作戦は終わっていないよ、神崎さん!!」
つかさ・かがみ「神崎……さん?」
つかさとかがみは顔を見合わせた。そして神崎さんは立ち止まった。
神崎「この後どうすると言うのだ、もう終わりだ、もう私の好きにさせてくれ」
こなた「うんん、まだ終わっていない」
かがみ「二人とも、ここじゃ話しにならない、家に入って」
かがみが扉を開いた。私は玄関に入り神崎さんの方を向いた。
こなた「最後まで付き合ってもらうよ」
神崎「……」
神崎さんは黙って私の後に付いた。

 家に入るとつかさの部屋に通された。そこには今回の作戦のメンバー、いのりさん夫婦、みゆきさん、ひよりの他にあやのが居た。配そうな顔で皆は私を見ている。
神崎さんはあやめさんとの関係を話した。
すすむ「ま、まさか、おまえ……い、生きていたのか……」
まるで何年も逢っていない友人の様な口ぶり、いや、何年どころじゃない。彼らは4万年ぶりの再会なのかもしれない。
すすむ「よく一人で生きてこられたな……」
神崎「それは私も同じ事、よく生きていたな、もうとっくに人間達にけされていたと思った……相変わらずだな、未だに能力を消したままだったとはな、そのおかげで
   私は正体をばれずに済んだがな……」
すすむ「私はそう決めた……それより、ひろしやまなぶに何故気付かれなかった」
神崎さんは私の方を向いた。私はポケットからボイスレコーダを取り出した。
すすむ「ボイスレ……い、いや、違う……バカな、そんな事をしていたのか……」
神崎「そう言う事だ」
少し間が空いたような気がした。しかしそう思ったのも束の間。
かがみ「すすむさん悪いけど彼にはなしがある」
かがみがすすむさんの前に立ちはだかった。
かがみ「神崎とか言ったな、あんたわざと事故に見せかけて神崎あやめさんを見殺しにしたな、神崎あやめの立場を利用する為に、そうだとしたら許せない」
神崎さんに当てるような大声だった。
神崎「いや、わざとではない」
かがみ「それなら私達がお稲荷さんの秘密を知っている時点で真実を話さなかった、私達はお稲荷さんと人間の関係も全て熟知している、もっと早く作戦だって達成できたに違いない」
神崎「知られたくなかった……出来ることなら最後まで私は神崎あやめでいたかった……」
かがみ「そんなの理由になるか!!」
かがみは立ち上がり神崎さんに詰め寄った。
みゆき「かがみさん、その話は後にしましょう、それより私は外で泉さんとつかささんが話していた事が気になります」
みゆきさんが間に割って入った。絶妙なタイミングだった。このまま放っておけばかがみは言い訳する間も与えず怒鳴り続けたに違いない。
こなた「お稲荷さんの秘薬?」
みゆき「はい、いったい誰に使おうとしたのですか?」
こなた「あやめさんの親友……かがみと同じ病気、再発してもうダメみたい……」
みゆき「そうですか」
みゆきさんは暫く目を閉じた。
みゆき「私達の研究グループが開発した新薬……臨床試験をしようとしています、どうでしょう、治験者になってみませんか」
神崎「ほ、本当か?」
みゆき「つかささんの持っていた秘薬と同じ効果があるとは断言できませんが」
神崎「構わない」
みゆき「それなら早いほうが良いですね、そのお友達が入院している病院はどこですか」
神崎「○○病院だ」
みゆき「それでは私はこれで失礼します」
神崎「私も同行していいか?」
みゆき「是非そうして下さい」
二人は慌てるように部屋を飛び出した。

 かがみは話の途中だったのを中断させられたせいかかがみは消化不良気味だ。これはまずいと思ったけど遅かった。かがみは私の方を向いた。
あやの「ひいちゃん……私にも教えてくれなかったんだ……」
でも口を開いたのはあやの方が先立った。
つかさ「ごめんなさい……あやちゃんにも言わないようにって言われたから……」
あやの「今はどうしているの?」
つかさ「自宅療養しているよ、多分もう大丈夫だから……」
あやの「神崎あやめさんのお友達も元気になるといいね……」
つかさ「う、うん……」
そうだった。つかさがレストランの手伝いを引き受けた時点で気付くべきだった。いや、気付かなかった。完璧じゃないか。
つかさがそんな隠し事をしていた。私やあやのに気付かれることなくつかさは隠した。
神崎さんがこのレストランにはじめて来た時、ちゃんとつかさに話していればつかさはお稲荷さんの事も真奈美の事も秘密に出来た……
そうすれば私達は無駄に構える必要も無く神崎さんだって警戒しなかったかもしれない。
そうだったらここまでこじれる事無くもっとスムーズに神崎さんは本当の事を話してくれたかもしれない……今更、ここになって気づくなんて……
かがみ「こなた、話はまだ終わっていない」
そうだ。まだ終わっていない……
私はかがみの方を向いた。
かがみ「神崎あやめの死については何も問わない……しかし、何故だ、何故家に火をつけた、死体を傷つけるのは立派な犯罪、もちろん放火も、あんたそれを知らないわけじゃないだろ?」
こなた「うんん、火をつけたのは私じゃない……」
かがみ「こなたじゃない?」
こなた「殺し屋、貿易会社の雇った殺し屋、そう神崎さんは言っていた」
かがみ「殺し屋……あんた、いったい何をしようとしている……」
こなた「前にみゆきさんが言っていたよね、最初に潜入した情報を公表すれば貿易会社は追い込めるって……でも今まで出来なかったのはメモリー板と真奈美さんが
    向こうの手にあるから、そうだったよね、だけどメモリー板は私が持っている、それから真奈美さんは居ないのが分かった、もうこれで隠している必要はないよね?」
かがみ「今回の事件とは関係ないでしょ」
こなた「あやめさんが持っていたパソコンから自動的にその情報を送るように細工をした、犯人がパソコンの電源を切ったら
起動するようにね、送り先はあやめさんの勤めている出版社、親友の井上さん、大手新聞社……」
かがみ「……まさか、ダイイングメッセージにするつもりなのか……あんた、神崎あやめさんの死を利用したのか……」
こなた「利用できるものは全て利用する……」
つかさ「こなちゃん……」
つかさがすごく悲しそうな目で私を見ている。何が言いたいのかは何となく分かった。
かがみ「少なくともこの数ヶ月行動を共にして何も感じないのか、これはゲームじゃないのよ」
かがみもつかさと同じ意見か。あの時、私と神崎さんだけじゃなかったらこの作戦は出来なかったかもしれない。でも、こうしなかったら……
こなた「あやめさんはもう5年前から既に居ない、真奈美さんと同じだよ、私は彼女と出会ったこともないし、話したことも無い、今まで会っていたのは神崎さんが化けたあやめさん、
    神崎あやめじゃない……」
かがみ「……そんな簡単に割り切れるものなのかしら……私には理解出来ない……でも、もうしてしまったのはどうしようもない、情報を受け取った側がどう動くか、
    今はそれを見守るしかないようね……」
こなた「そよれり、正子さん、神崎正子さんが何処にいるか分かる?」
かがみ「遺体の確認とかあるからきっと地元に戻っていると思うけど……何故そんな事を聞くのよ?」
私は立ち上がった。
こなた「ちょっと行ってくる」
かがみ「ちょっとって何処に行くのよ……」
こなた「まだ作戦の途中だから……」
私は部屋を出ようとした。
かがみ「途中って……待ちなさ!!」
私は立ち止まった。
かがみ「話も途中よ、全て話しなさい」
私は首を横に振った。
かがみ「何故、ここに居るメンバーは知る必要がある」
私は再び首を横に振った。かがみは溜め息をついた。
かがみ「話さなくてもいずれ分かるわよ、それにこのままじゃ私達はあんたに何も協力できない、それでもいいのか?」
私は頷いた。かがみは再び溜め息を付く。
かがみ「言いたくなければ私の質問に答えて、あんた外で私達と話している時、神崎さんが去ろうとして引き止めたでしょ、
    みゆきが新薬を完成させていたのを知っていて引き止めたのか?」
以前、みゆきさんとそんな話をしていたっけ。でも完成までは知らなかった。
こなた「引き止めたのは神崎さんにあやめさんの話をさせるために止めただけ、私じゃ上手く話せないから……」
かがみ「そう、あんた、変わったわね……良い意味でね、行きなさい、もう止めない」
つかさ「お姉ちゃん……」
あやの「かがみ……」
すすむ「ばかな……いいのか」
いのり「かがみ、いいの、行かせて……」
かがみ「どちらにせよ今私達にできることは無い、それに神崎さんの作戦はもう終わった、さぁ、こなた行きなさい」
こなた「かがみ、ありがとう」
私は柊家を出た。

 私は正子さんに会うと次の住居が決まるまで私の家で過ごすように提案した。
正子さんは聞き入れてくれた。一方お父さんの方も神崎さんの母親という事で直ぐに承知してくれた。

つづく。


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