ID:W145K4B60:ひよりの旅(ページ5)

 数週間後……
まつりさんとまなぶ。まなぶは自分の能力を活かして通訳の仕事をしている。全世界を股に掛けて飛び回る……わけではなく、日本に来る外国人の通訳として働いている。
なんでもまつりさんが日本を出るのが好きじゃなかったらしい。彼らは何時も行動を共にしている。この時点で彼等の仲の良さがうかがい知ることが出来る。
実家の近くに住まいは在るけど在宅しているのは月に数日程度。二人を捕まえるのには一苦労した。
私は二人に会うために漫画の取材と言う事で約束をした。
ひより「すみません、お忙しい所を……」
まつり「別に構わないよ、それにしても久しぶりね、十年ぶりかしら……もしかしてコンの話し……もう亡くなって九年目かな……懐かしい……
    あ、感傷に浸っている場合じゃないね、何処まで話したか忘れた、どこまで話したっけ?」
ひより「コンの記憶が戻ってすすむさんが引取りに来るところまでですが……」
まつり「あ、あぁ、思い出した、よく覚えているね、そういえばボイスレコーダーで記録していたのを思い出した、今日は持ってきていないの?」
ひより「あれは帰って編集するのが思いのほか時間がかかるのですよ、だから最近はネタ帳に書くようにしています」
まつり「へぇ~プロになると色々大変ね……」
私は周りを見渡した。
ひより「あの、旦那さん、まなぶさんは……」
まつり「彼なら買い物に行った、直ぐに帰ってくると思うけど……何か用なの」
彼には事前に何を話すかを伝えてある。それでも居ないと言う事は……二人で話してくれと言う事か……。
ひより「いいえ、用はありません、話しを続けましょうか」
まつり「でもね~もう田村さんに全て話してしまったような気がして……もう取り立てて話すような出来事はないように思えるのだけど……」
ひより「本当ですか、亡くなった時の話とかはないのですか?」
まつりさんは暫く考え込んだ。
まつり「すすむさんから急に亡くなったと連絡が入った……」
その先をなかなか言おうとしない。
ひより「それだけですか……」
まつり「葬式をした訳でもない、すすむさんの所に行ったわけでもない……たった二年間育てただけだったから……ペットのと死なんてそんなものじゃないの……」
ひより「そうでしょうか、みなみの飼っていたチェリー、私の実家でも犬を飼っていましたけど、亡くなった時の喪失感は身内が死んだ時の様に……」
まつり「そう、そうなる筈、僅か二年でも柊家の一員として育てたつもりだった……それなのに、なぜか悲しくなかった、どうしてか分からない、
    失ったはずなのに、悲しくも淋しくもなかった……私って血も涙もないのかしら……」
まつりさんは理解していないだけで感じている。もう話しても大丈夫。そう確信した。
まつり「きっと子供が出来ないのはコンの呪いでもかかっているかもしれない……」
子供が出来ないって……まさかまなぶは人間になっていない……どうして……やっぱりお稲荷さんのままの方が長生きできるから……心底まつりさんを愛していない。
いや、人間になる事だけが愛じゃない……そんなのは分かっている。だけど……何故……
まつりさんのなんとも言えない表情を見て気付いた。
まなぶが人間にならないのは私のせいだ。私が告白して……でも私は未だに失恋を断ち切れていないから……だからまなぶが人間に成り切れない……
呪っているのは私だ……私は自分だけでなく二人の時間を止めてしまっていた。
その呪いを解くのは私でしか出来ない……ゆたか、つかさ先輩……そう言う事だったのか。
ひより「コンは亡くなっていませんよ」
まつり「私の心の中に生きているって言いたいの……そんなのは気休め……」
ひより「いいえ、コンは生きています、そして貴女の側にいつもいますよ」
まつり「え……な、何が言いたいの……」
ひより「思い出してください、まなぶさんと初めて会った時の事を、もうまつりさんは知っているはずです……心の奥底に封じてしまった記憶」
まつり「初めて会った時……記憶……」
まつりさんはじっと一点をみつめている。思い出そうとしている。
まつり「……あれは夢……夢だった……そんな事がある筈ない……おとぎ話じゃあるまいし……」
ひより「夢ではありません、まなぶさんが教えてくれますよ、もう真実を見ても倒れないですよね、そして今度ご家族に聞いてください、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんのお話を」
まつり「つかさ、かがみ、姉さん……いったい何があると言うの……」
ひより「素晴らしい話ですよ……」
私は立ち上がった。
ひより「私の取材は終わりです、ありがとうございました」
私は礼をして部屋を出ようとした。
まつり「待って、……田村さん、もしかして貴女はまなぶを……」
まつりさんはそこで言うのを止めた。
ひより「もう十年も前ですよ、いままで私は何をしていたんでしょうね」
まつり「田村さん……」
ひより「止まっていた時間を動かしにきました……」
私は微笑んだ。
まつり「……ありがとう……」
私は礼をして部屋を出た。

 玄関を出るとまなぶが立っていた。
ひより「ごめん、もっと早くこうすべきだった」
まなぶ「いや、私にはいくらでも時間はあるけど彼女にそんなに時間はなかった……私からは頼めるものじゃなかった、ありがとう」
ひより「まつりさんに真実を見せるの……」
まなぶは頷いた。
最後に一つ聞きたかった。
ひより「それで、人間になるつもりなの……」
再び頷いた。
ひより「それではお幸せに……」
私は去ろうとした。
まなぶ「君から私ではない親しい人の感情を感じる……もしかして誰かを?」
ひより「分かっています……もう自分の心を誤魔化すのは止めました」
まなぶ「余計な質問だった、それなら安心だ、後から来る君の親友と共に幸運を……」
まなぶは玄関のドアを開けて家に入って行った。
後から来る親友……誰だろう。

 しばらく歩いていると向こうから人が近づいてきた。どんどん近づいてきた……ゆたか……
ゆたかは私の目の前で立ち止まった。
ゆたか「これで全てのミッションが終わったね」
笑顔で私に語りかけてきた。
急に目頭が熱くなってきた。涙が頬を伝わってきているのが分かる……この涙はあの時ゆたかが流した涙と同じもの……
私は十年も経ってやっとゆたかに追いついたというの……
結局私が一番鈍感で不器用だった……
ひより「いや、まだ終わっていない……ゆたかの企画、私も参加したい、いや、参加させて欲しい、演奏会の時は……手伝わないなんて言って……ゴメン……」
ゆたかは腕を組んで唸った。
ゆたか「どうしようかな~この企画に泉先輩とかがみ先輩も参加したいって言っているのだけど……」
かがみさんが参加したいって言っている……もうこの企画は通ったのも同じじゃないか。
ひより「どうしようかなって、漫画を描けるのは私だけなんだけど……」
ゆたか「漫画だけが選択肢じゃないよ、小説にすることもできるしね~かがみ先輩なら文章も上手だし、泉先輩は話しの展開が面白いよ」
ひより「い、意地悪……」
ニヤリと笑うゆたか。私にハンカチを差し出した。
ゆたか「取り敢えずその涙を拭いて、それから考えよう……連載を続けながらこの企画をこなすのはハードだよ、覚悟はいいの?」
ひより「二日や三日の徹夜ならいくらでも出来る……かな」
私はハンカチを受け取った。
ゆたか「それじゃ帰ろうか」
ひより「いやいや、このまま帰るなんて勿体無い、どこかで腹ごしらえしながら打ち合わせしようよ」
ゆたか「腹ごしらえって……どこが良いかな……」
ある。打ち合わせに打ってつけの場所が。
ひより・ゆたか「レストランかえで!!」
ゆたか「行こう、行こう、食べ終わったら隣のつかさ先輩の店でデザート……」
ひより「いいね……」
いつの間にか涙が止まっていた。
ゆたか「私ね、かえでさんの取材をしたかった」
私の失恋は過去の思い出の中に。
ひより「ちょっと、走らなくても」
さてこれからが私の本当の旅が始まる。
ゆたか「時間は待ってくれないからね、急ごう!!」
私達は駅まで走って向かった。




 終

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