ID:W145K4B60:ひよりの旅(ページ4)

 居間に移動するとまなぶは居間の中央にお座りの姿勢になった。学ぶの視線を追うとテレビを見ている……テレビが映っている。ニュース番組か……あれ、
見た事ある風景……建物……それも極最近のはず……建物のエンブレムを見て直ぐに思い出した。ワールドホテル本社ビル……
その出入り口に警察の捜査員が入っていく様子が映されていた。
ひより「ワールドホテル……巨額の脱税容疑……なんですかこれは……」
まなぶ「フン、コン……ゥワン」
まなぶは興奮している。
かがみ「……な、何よ、これ、こんな事があって良いの……つかさ……こなた……みゆき……松本さん……」
急にかがみさんも動揺し始めた。
『柊けいこ容疑者が搬送さましたが共犯の木村めぐみの行方は一向につかめていません、これに対して国税局は特別手配を警視庁に……』
テレビのアナウンスが居間に響き渡る。
すすむ「一流企業の不祥事か……よくあることだな」
佐々木さんは冷静だった。
ひより「ワールドホテル……かがみさん何か知っているのですか、そういえばたかしに会ったのもあの場所、つかさ先輩、高良先輩もそこに居たみたいだし……なんでも
    そのホテルの傘下になるとか言っていましたけど……」
かがみ「佐々木さん、ひより、話しの途中で悪いわね、私……行かなきゃ……事務所に、法律事務所に行かないと……ダメよ、こんなのを許したら絶対にダメ」
かがみさんは急いで身支度をすると飛び出すように玄関を出て行った。
佐々木さんはテレビの電源を切ると近くの椅子に腰をおろして溜め息を付いた。まなぶは半開きになっていた扉を抜けて診療室の方に行ってしまった。
ひより「佐々木さん、かがみさんのあの慌て様、動揺していたし、何かご存知ですか?」
佐々木さんは座ったまま話しだした。
すすむ「彼女が何故動揺しているのかまでは分からない、だが一つ言えるのは捕まったホテルの会長、柊けいこ、逃走中の木村めぐみは我々の仲間だ」
ひより「仲間……お稲荷さん、それはまなぶさんから聞いた、だけど、あの時は一人だって……」
すすむ「けいこは人間になった、だからまなぶは分からなかったのだろう……人間にならなければこんな事はしなかっただろうに……」
ひより「どう言う事ですか……」
すすむ「知りたいのか……」
佐々木さんは悔しそうに両手に握り力を込めていた。
すすむ「けいこはあのホテルの前会長と結婚をして一緒になった」
ひより「……柊……けいこさんはその為に人間になったのですか……」
すすむ「……そうだ、そして彼女の夢が人間と我々の共存」
ひより「共存……それって、つかさ先輩と高良先輩がしようとしているのと同じ……」
すすむ「つかさんと利害が一致したのだろう、けいこがつかささんを利用したようなものだな」
ひより「……でも、それと脱税とどう関係するのか分からない……」
すすむ「……けいこの経営する工場や特許に目がくらんで事件を捏造したとしたらどうだ」
ひより「まさか、ありもしない犯罪を捏造なんか出来ない、ここは日本っスよ」
すすむ「けいこはホテルを、会社を大きくするために我々の知識を使いすぎた……人間の短すぎる寿命で焦ったのだろう、早過ぎる、早過ぎたのだ……あと百年いや千年……」
佐々木さんの拳に力が更に籠もった。
まさか、そんな事があって良いのか。かがみさんはそれを見抜いて外に出たのかな。
すすむ「たかしの憎しみを解いたつかささんは良くやった、それだけで仲間の殆どはつかささんの意見に賛成するだろう、問題は我々でなく人間側の方だ、けいこが捕まった
    時点で人間と共存に賛成する仲間は居ないだろう……私もその一人だ」
ひより「そ、そんな……」
すすむ「逃亡しているめぐみはこの地球を去る計画をしている、けいこに止められていたが、このままではめぐみの計画が実行されるかもしれないな」
ひより「そ、そんな事が出来るの、だったら何故もっと早く、一万年前でも千年前にでも出来たじゃないですか、何故今になって……」
すすむ「少なくとも高度な電波通信が出来る技術が必要だった……そう言えば分かるかな」
電波通信技術……なるほどね。
ひより「それで、佐々木さんは帰るつもりですか……」
すすむ「……そうなるだろう、知恵の付いてきた人間とこれ以上住むのは危険だ……」
一番聞きたくない答えだった。
ひより「本当に、いのりさんは諦めるの?」
すすむ「……彼女は別に好きでも何でもない」
ひより「佐々木さん……それは本心で言っているの?」
するとまなぶや小林さんも帰ってしまうのだろうか……
佐々木さんは黙ったままだった。帰る計画があったなんて、ここに来て全てが終わってまうのか。私が、皆がやってきた事が全て徒労に終わるとうのか。
まなぶ「なぜ今まで黙っていた……」
診療室から人間になったまなぶが入ってきた。
すすむ「……聞いていたのか、どうした、急に人間になって……」
まなぶ「……まつりさんと会う約束をしたからこれから出かける所だった」
すすむ「そうか……」
まなぶ「私は本星には行かない、ここに残る」
すすむ「おまえはこの星の生物ではない……」
まなぶ「いいや、この星で生まれてこの星で育った、見たこともない故郷に帰るつもりはない」
すすむ「まつりさんがおまえを受け入れるとは限らないぞ」
まなぶ「その為だけに残るわけじゃない……」
まなぶはそのまま飛び出すように玄関を出て行った。
すすむ「ふっ、今日はやけに慌しいな……二人も飛び出すように出て行った……」
苦笑いともとれるような微笑だった。
すすむ「田村さん、君に呼吸法を完全に伝授するのは出来そうにない……小早川さんやかがみさんから教わるといいだろう、特に小早川さんには呼吸法の他に
    いくつか整体法も教えてある……役に立ててくれ……」
ひより「……帰るのは何時になるのです、気が早いですね……」
佐々木さんは何も言い返してこなかった。皮肉のつもりで言ったのに。
ひより「でも、ちょっと嬉しいかな、少なくともお稲荷さんの一人はこの星を気に入ってくれたのだから、他に残るお稲荷さんもいるといいな……」
すすむ「まなぶは君の教育で完全に人間に染まってしまった……」
ひより「そうするように言ったのは佐々木さんでしょ?」
すすむ「そこまでしろとは言ってはいない……」
ひより「それに私はまなぶさんにそんな大した事は教えていませんよ、逆に彼から教えてもらった方が多いかも」
私は笑った。
すすむ「埒もない……」
呆れたような顔だった。
埒もないって、めちゃくちゃって意味だっけな、今じゃ余り使わなくなった言葉を言うなんて、改めて彼は永い間生きていたのを実感した。
佐々木さんは私を睨みつけてきた。
すすむ「もう私達を放っておいてくれ……お節介だ」
ひより「もう何度もその言葉聞いています、今更そんな事言っても放っておけない、コンの時もそうだったように……仲間じゃないっスか」
すすむ「仲間……か」
佐々木さんは私をみたけど何も言ってこない。やっぱり私じゃダメなのだな……今度いのりさんを連れてこないと。
ひより「すみません、お邪魔しました、ホテルの不祥事ともなれば「レストランかえで」も何らかの影響があるかもしれません、心配なので私も帰らせてもらいますね」
私は立ち上がった。
すすむ「仲間……我々をそう言うのか……君に時間のないのは分かっている……私の下らない話を聞いてくれるか……聞いて欲しい……」
何だろう、急に私を引き止めるなんて……
どうせ私が行っても何も出来ないし……話を聞く位なら私でも……私は席に着いた。
ひより「時間はあります……なんですか、その話って」
 
 佐々木さんの話し、それはこの日本に来た時の出来事だった。
すすむ「千年くらい前、私達がこの日本に来たのは……そう、夏、丁度このくらいの季節だった、大陸を離れ、この日本に流れ着いた……
    追われて逃げて来た私達を当時の人々は手厚く迎えてくれた……そのお礼に私達は彼らに少々の知識と技術を教えた、すると彼らは私達を
    お稲荷様と崇めてしまった、当時の仕来りだったのだろう、私達に生贄として生娘を私達に差し出した……私達は拒否したのだがな、
    拒否をすると彼女達は人柱にとして埋められてしまうと分かった、だから彼女達を保護する目的で受け入れた……
    その中に特に私の世話をしてくれた子がいてね……似ている……いや、容姿、声、仕草……性格までも同じだった……そして彼女は巫女だった……」
ひより「その似ている人っていのりさんですか?」
佐々木さんは頷いた。
千年前に会った人、勿論今生きているはずはないよね……その人といのりさんが瓜二つだった。ここまではよくあるお話。でも好きな人と瓜二つなら迷う必要はないような
気がするけど……
すすむ「いのりさんを見ると千年前が昨日のように思い出す……」
遠くを見ている様に居間の一番遠くを目が向いていた。
ひより「好きな人がいのりさんに似ているなら話しは早いっス、その人と同じように接すれば良いじゃないですか」
すすむ「彼女は柊いのり、千年前の巫女とは違う、偶然に遺伝的な一致が起きたに過ぎない……」
そうだろうね、千年も経てばそんな偶然は起きそう、かがみさんが言うようにお稲荷さんはややこしい。
ひより「私達人間ではそう言うのを生まれ変わりって言うのですよ」
佐々木さんは笑った。
すすむ「はは、生まれ変わりか、古典的で非科学的だな……」
なんだかその言い方が気に入らなかった。
ひより「非科学的、私から言わせて貰えば、呪いに錬金術、変身……挙げ句の果てには記憶消去まで、まるでファンタジーやゲームの世界に迷い込んだみたい、とても科学とは無縁っスよ」
すすむ「それは君がそれらを理解していなからだ」
ひより「だったら生まれ変わりも同じ、私達は何も理解していない、生まれて、死んでその先なんて分からない、理解出来ない、それともお稲荷さんは知っているの?」
佐々木さんの笑いが止まった。そして直ぐには答えなかった。
すすむ「私達もその答えを知らない……だから宇宙を旅してきた、その答えを探すために……君達も何れこの地球を飛び立つ時がくる、私達と同じ目的でな……」
気が付くつと佐々木さんの目が潤みだした。
すすむ「私は彼女を救えなかった……助ける方法を知っていても手段がなかった、あの時たかしは生まれたばかりだった、それでも私は必死で薬を作ろうとした……
    彼女は日に日に衰弱して行くばかり、これほどもどかしい事はない、分かるだろう、君なら私の気持ちが……」
そうか。私がかがみさんを救おうとしたように千年前の佐々木さんも……分かる、分かり過ぎるくらいに……
ひより「佐々木さん、今、貴方の目に出ているのが涙ってやつですよ」
佐々木さんは目頭を手でつまみ、その手を広げた。指に付いている水滴、涙をじっと見つめていた。
ひより「それが涙を流すときの感情……大切な物を失った時と得た時に出るものです……私には分かります、佐々木さんが故郷に帰ったらもう一度涙を流しますよ、
    大切な物を失う涙を、どうせ流すなら大切な物を得た涙の方がいいと思いませんか?」
佐々木さんは手についている涙を見たまま動かなかった。私もこれ以上何を言って良いのか分からない。
ひより「下らない話しなんてとんでない、とても素敵で悲しいな話でした……今度いのりさんを連れてきますね……私……失礼します、」
ただ自分の手を見ている佐々木さんに礼をして整体院を出た。
 
お稲荷さんが涙を流すのを初めて見た。つかさ先輩やかがみさんはもう見たのだろうか。でも見たと言っても人間の姿だから特段珍しい光景ではない。
千年前の恋人か……私に同意を求めていて悲壮に満ちていたあの姿は流石にもらい泣きしてしまった。いのりさんと逢う度に懐かしさと悲しさが同時に来たに違いない。
逢いたいけど逢えないか……拒み続けていた理由が分った……解決できるだろうか……それにはいのりさんに佐々木さんの全てを話す必要があるような気がする。
そうでないといのりさんは決められない……
そんな事をしたらまつりさんの二の舞になるかも……それとも受け入れてくれるかな……どちらにしろいのりさん次第か……
そういえばまなぶはまつりさんと会う約束をしたって言っていた。まさか……告白する気なのだろうか。佐々木さんとまなぶの会話だとそう取れる言い方だった。
佐々木さんとの話しで気にていなかったけど、これはこれで凄い事かもしれない……成功するのだろうか……失敗しても故郷には帰らないって言っていたっけ。
それなら失敗したら私が……あれ、失敗したらどうすると……私ったら何を考えている。失敗を前提にしているなんて……
『ブーン、ブーン』
ポケットから振動を感じた。携帯電話だ。私は考えるの止めて携帯電話を手に取った。ゆーちゃんの名前が出ている。出る前から用件は分かるような気がした。
ひより「もしもし……」
ゆたか『あ、ひよりちゃん、今何処にいるの?』
ひより「整体院を出て駅に向かっている所……」
ゆたか『丁度良かった、今から家に来られないかな、相談したい事があるのだけど』
ひより「それってワールドホテルの脱税事件の話しかな……」
ゆたか『テレビのニュース見たの……つかさ先輩達大丈夫かなと思って……私達が心配してもしょうがないけど……』
やっぱりこの話しか。ゆーちゃんの所までなら歩いて行ける距離だ。
ひより「いや、心配するだけで意味はあると思うよ、分かった、そっちに行くから」
ゆたか『ありがとう、待っているね』
私は駅から泉家に進路を変えた。
 
泉家に付くとゆーちゃんが出迎えてくれた。
ゆたか「いらっしゃい、待っていたよ、私の部屋で話そう、あっ、そうそう、みなみちゃんと高良先輩もこっちに向かっているから」
ひより「高良先輩……」
ゆたか「そうだよ、高良先輩が来ると頼もしく感じるよね……」
そうか、みなみちゃんが今までの事を話してくれたのか。高良先輩からもいろいろ聞けそうだし。もしかしたら何か解決策が見つかるかもしれない。
ひより「そうだね……」
ゆたか「後、宮本さんにも携帯電話をかけたのだけど……マナーモードになっていて連絡取れなかった、整体院に行っていたでしょ、留守だったの?」
マナーモード……さては勝負をしているのか、それとも既に勝負が付いているのか……
ひより「彼は今まつりさんと会っている、邪魔したら悪いよ……」
ゆーちゃんは驚いた顔で私を見た。
ひより「人間に長時間居られるようになったし、この前のような失敗はないと思うよ……どうしたの、そんなに驚いて……」
ゆたか「う、うんん、急な話しだったから……」
今度は心配そうな顔で私を見た。
ひより「……私も急な話しだった」
ゆたか「大丈夫なの?」
ひより「大丈夫って何か?」
ゆたか「え、えっと、その、ひよりちゃんは宮本さんの事を……」
ひより「それはこの前話したと思ったけど」
ゆたか「あ、そ、そうだったね、ごめんね、蒸し返しちゃって……そ、それより、大変な事になっちゃったね」
ゆーちゃんは慌てて話題を変えた。謝るなんて、そんなに私怒っていたかな……
ひより「佐々木さんから聞いた情報だと……」
みなみちゃんと高良先輩が来るのか……
ひより「二度手間になるから二人が来てから話すよ……」
ゆーちゃんはまた心配そうな顔になった。
そして二人が来るのを待って私は整体院で佐々木さんと会話した内容を説明した。
 
みゆき「故郷……本星に帰ると言われるのですか……いささかそれに関しては疑問もありますがそう言われる理由も納得できます……私達の計画は失敗したのですから」
みなみ「疑問?」
みゆき「いいえ、技術的な疑問なので気にしないで下さい」
ひより「失敗って、お稲荷さんとの共存ですか?」
高良先輩は頷いた
みゆき「はい、狐に成っている間を私達人間が保護する代わりにお稲荷さんの持てる知識の全てを私達に提供する……しかし提案者であるけいこさんがああなってしまっては」
肩を落とす高良先輩。
みゆき「私は知りたかった、彼等の持つ知識が……まだ何一つ教わっていません……せめて、かがみさんを救ったあの薬の調合だけでも……知りたかった……」
ひより「あれはつかさ先輩が作ったのですよね、調合と言うよりレシピではないでしょうか?」
高良先輩は微笑んだ。
みゆき「そうかも知れませんね……つかささんは覚えているでしょうか……」
ひより「メモとか残っていればある程度わかるのではないでしょうか、私のネタ帳みたいに」
みゆき「そうですね……今度聞いてみましょう」
みなみ「これからどういたら……」
みゆき「帰りたいと言うお稲荷さんがいれば協力するのが良いと思います、留まるお稲荷さん……そういえば宮本さんが残ると言われましたね、そちらも協力すべきでしょう、
    しかし驚きました、かがみさんの婚約者、小林さんがお稲荷さんだったとは……彼は昨日、事務所の方に挨拶に行きました……恐らく彼も残るでしょう……」
ひより・みなみ・ゆたか「婚約ですか!!」
みゆき「はいそうですが……」
高良先輩は驚いて眼を丸くした。
みゆき「聞いていませんでしたか、とっくにご存知かとおもっていました」
恋人だったとは聞いているけど婚約したとまでは聞いていなかった。まったく……かがみさんは一番肝心な事を教えてくれないのだから……
ひより「するとあとは……佐々木さんをどうするか」
みゆき「そうですね、あとつかささんの恋人、ひろしさん……彼も意思をはっきりとしていません」
ひより「ひろしって真奈美さんの弟とか言っていましたよね……」
高良先輩は頷いた。
みゆき「つかささんのひろしさんの想いは確かです、出来れば彼には残って欲しい……いのりさんの方はまったく存じないですが……」
ひより「いのりさんもかがみさん同様奥手で……あまり表にだしません、つかさ先輩の方が積極的で驚きです……」
つかさ先輩はひろしに自分から告白したそうだ。もっとも高良先輩は直接本人から聞いたのではなく、泉先輩から聞いたと言っていた。その泉先輩も松本さんから聞いたらしい、
……ある意味恥かしがりやなのは柊姉妹の共通項なのかもしれない。だけど行動力からするとまつりさん、つかさ先輩、かがみさん、いのりさんの順番だろう。
最初に決まると思っていたいのりさんと佐々木さんが未だにぐずっているのはそのせいかもしれない。
みゆき「そうですね、人は見た目とは違いますね……私はつかささんとひろしさんのお手伝いを致します」
ひより「でも……人類の運命を変える計画が……柊四姉妹とお稲荷さんの恋愛手伝いになってしまったなんて……高良先輩も幻滅したのでは?」
高良先輩はにっこり微笑みながら話した。
みゆき「そうでもありません、誰かと誰かが好きなれば、その間に子供が生まれ、その子供が世界を変える……同じ事です」
ひより「物は考えようってことっスか……」
かがみさんに聖人君子と言わしめるだけのことはある。そんな考え方は私には出来ない……
みゆき「私はひろしさんの友人である小林さんと相談するつもりです、彼なら協力してくれるような気がします」
ひより「気をつけて下さい、今、かがみさんが小林さんの法律事務所に行っています、きっと頻繁に通うようになると思いますよ、かがみさんも法律でつかさ先輩達を助けようと
    しているみたいですから……かがみさんはまだ小林さんの正体を知りません」
みゆき「そうですね、むやみに小林さんと接触すればかがみさんに気付かれてしまいますね、分かりました、私も注意します」
みなみ「ゆたか、さっきから何も話していない、大丈夫、顔色もあまり良くない」
ゆたか「え、うんん、大丈夫だよ、でも、今日はちょっと気分が良くないかも」
みなみちゃんの言うようにさっきからまったく話していない。私が来た時はあんなに元気だったのに。高良先輩とみなみちゃんが来た辺りから静かになったような……
みゆき「長居は小早川さんに負担がかかりますね、話しは煮詰まりました。各々持てる力を尽くしましょう、小早川さん、お大事に」
高良先輩は帰り支度をし始めた。
みなみ「本当に大丈夫?」
ゆたか「うん、後で例の呼吸法をするから大丈夫……ありがとう」
呼吸法か……
ひより「その呼吸法、少し見学していいかな、全然上手くならなくて……」
ゆたか「良いけど……参考になるかな」
みなみ「ひよりが一緒なら安心、私もみゆきさんと帰る……お大事に……」
みなみちゃんも帰り支度をした。
 
ゆたか「ゴホ、ゴホ……あ、あれ……おかしいな……」
皆が帰った後、ゆーちゃんの呼吸法が始まった。でも……私と同じようなミスを連発……集中できないのだろうか。
ひより「私が居るからかな、私も帰った方が良さそうだね」
私は帰り支度を始めた。
ゆたか「ひゆりちゃん……皆は話題にもしなかったけど……佐々木さんが帰る理由って千年前の恋人を助けられなかったから?」
私は帰り支度を止めた。
ひより「それが全てではないと思うけど……理由の一つだと思う」
ゆたか「私にはそんな話し一度もしなかった……」
ひより「そうかな、佐々木さんはゆーちゃんに整体術まで教えている、かがみさんにも教えなかったのだから……」
ゆたか「うんん、そんなんじゃなくて……」
何が言いたいのかな……
ひより「そんなんじゃなくて?」
復唱して言い返した。
ゆたか「千年越しの恋なんて……敵わない」
ひより「そうだろうね、彼を地球に残ってもらうのは至難の業かもね」
ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、帰って……」
ひより「へ、?」
あれ、急にどうしたのかな……
ひより「あ、弱気になっていた、私とした事が、高良先輩が言っていたね、持てる力を尽くすって」
ゆたか「何も分かっていない」
何も……何もって。それは何って聞くともっと怒りそう……ここは一先ず退散としますか。
ひより「分かった、帰るけど……いのりさんを佐々木さんに会わす日を決めないと、あまり時間がないみたいだから急がないと……」
ゆたか「……私はもう何もしない、ひよりだけですれば……」
な、何があった。私がいけないの。何故。分からない。
ひより「ちょ、ちょっと、かがみさんだって手伝ってくれているだから今更……お、落ち着いて」
ゆたか「ひよりのバカー!!」
ゆーちゃんは私の荷物を持つと私の背中を押して部屋からだ押し出した。そして、荷物を廊下に放り投げるとドアを閉めてしまった。
私はドアをノックした。だけど何も反応は返ってこない。
ひより「帰るけどまた連絡するから……」
私は放り投げられた荷物、鞄を取ると玄関に向かった。
そうじろう「何かあったのかい、騒いでいたけど……」
心配そうな顔でおじさんが出てきた。
ひより「い、いいえ何でもないっス、ゆーちゃん、しばらくそっとしておいて下さい」
そうじろう「あ、ああ……」
おじさんはゆーちゃんの部屋の方を見ていた。
ひより「お邪魔しました」
私は泉家を出た……
 
追い出された理由が分からない。最後は呼び捨てにまでされてしまった。何も分かっていないって言われたって……それじゃ分からないよ……
私は歩きながらゆーちゃんが豹変してしまった原因を考えている。
いや、豹変したわけじゃない。気が付かなかっただけなのかもしれない。いつからだろう。思い当たらない。
それじゃゆーちゃんとの会話から読み取るしかない。どんな話しをしたかな……
みなみちゃんと高良先輩が来る前にまなぶの話しをした。それから二人が来てから佐々木さんの話しをした……佐々木さん……
ゆーちゃん千年前の恋人を教えてくれなかったって言ったな……あっ、前にもまなぶ、コンの話しをしなかったとか言っていた。そうか、佐々木さんが私ばかりに話すものだから
私に焼餅を焼いているのか。ふふ、やっぱりゆーちゃんだ。まだまだ子供だな~焼餅なんて、佐々木さんが好きならそう言ってくれれば……あれ?
……
……好き?
佐々木さんが好き、ゆーちゃんが?
私の歩みが止まった。
ゆーちゃんは佐々木さんが好き……え、なんでこんな結論が出る。佐々木さんはいのりさんが好き……ゆーちゃんは佐々木さんが好き、いのりさんは佐々木さん……三角関係……の成立……
ひより「えー!!」
思わず声に出して奇声を発した。
そういえばかがみさんの病気が治って直後だったかな、ゆーちゃんが変な質問をしてきたのは。私がまなぶを好きじゃないかって。だからさっきも……
私がまなぶが好きならゆーちゃんの立場を理解出来ると思った。だから私に相談したかった。だけど私はまなぶの恋を否定して、ゆーちゃんの気持ちも気付かなかった。だとしたら……
だとしたら、あの態度は理解出来る。
私は振り返り泉家に引き返した。ゆーちゃんもバカだな、それならそうとハッキリ言わないと分からないよ。戻ってゆーちゃんと話さないと……
再び足が止まった。
話す……何を。ゆーちゃんに何を話す。佐々木さんが好きならどうすれば良い……
私はその答えを持っていない。
三角関係なんて……まだ恋愛もろくにした事のない私がそんな高度な恋愛の手解きなんぞできるわけがない……
今頃になって。こんな差し迫った時期に突然そんな事を言われても……何で佐々木さんなんか好きになるの。私達はお稲荷さんと柊家四姉妹をくっ付けるキューピット役じゃなかなったの。
私はさっさとまなぶをまつりさんに会わせて……違う……会わせたのではなくまなぶが会いに行った……自分の意思で。
正直羨ましかった……うそ……そんな事って
……
……
力が抜けて持っていた鞄を落とした。
私もまた……まなぶを好きになっていたって事なのか……そんなバカな……
 
その後の事はよく覚えていない。気が付くと自分の部屋のベッドに寝ていた。そして落としたはずの鞄が机の上に置いてあった。自分で拾ったのも覚えていないのか…
 
 お稲荷さん……最初は好奇心から始まった。そして疑問は生じてそれが確認に変わった。私はそれらを遠目で見ていると思っていた。ゲームのプレーヤーで居ると思っていた。
気が付いた時、私はゲームのキャラクターになっていた。当事者になっていた。いつからだろう。
かがみさんの病気が分かった時辺りからか……いや、もっと前だったかもしれない。でも今それはどうでもいい。問題は私もゆーちゃんも柊姉妹と同じ立場になっている。
同じ位置なら持ち上げるられない。誰も助けられない、いや、自分を助けて欲しい。
私はいったいどうすれば……誰かに助けを求めるしかない。しかも当事者じゃない人に……そんな人は居るのか。
居る……それはみなみちゃんと高良先輩そして泉先輩……この三人は一連の話しを全て知っている。それでいて私やゆーちゃんみたに深く立ち入っていない。
でも泉先輩はレストランかえでの事で私達にかまっていられないし、距離が遠すぎる。する事は一つしかなかった。
 
 私は岩崎家の玄関の前に立っていた。アポは取っていない、しかもあれから一日しか経っていないしまだ自分の心の整理がついていなかった。しかし時間がない。
高良先輩の家が向かいで助かったかもしれない。もし、彼女が留守でもそっちに行ける。
私は呼び鈴を押した。おばさんが出てきた。
ひより「こんにちは……」
ほのか「あら、田村さん……いらっしゃい、みなみね……」
私を玄関に入れてくれた。と言う事は、みなみちゃんは居る。
ほのか「今ね、みゆきちゃんも見えているの」
ひより「そうですか……」
高良先輩も……
私はおばさんに居間の入り口まで案内された。おばささんは入り口の前で振り返り人差し指を立てて口元に近づけた。
ほのか「静かにね……」
囁くような小声で言うとおばさんは静かにドアを開けた。
私の耳にピアノの音色が入ってきた……
私は音を立てないように静かに居間に入った。おばさんはそのままゆっくりとドアを閉めてくれた。ピアノの方を見るとそこにはみなみちゃんが演奏していた。
演奏に集中しているのか私には気付かず静かにピアノを弾いている。そして、ピアノの前に椅子に座っているのは……高良先輩……。
私の気配に気付いたのか高良先輩は後ろを振り向いた。そして私の顔を見るとにっこり微笑み手招きをした。高良先輩の座って居る所にゆっくり移動すると
高良先輩は横に体を移動して私の座るスペースをつくってくれた。私はそこに導かれるように腰を下ろした。
みなみちゃんは演奏を続けている。目を下に向けているのか目を閉じて瞑想しながら弾いている様に見えた。
静かな曲……だけど聴いたことがない。クラッシックかなにかだろう。こんな曲を聴いている場合ではない……逸る気持ちを抑えながら演奏が終わるのを待った。
 
『パチパチパチ』
演奏がおわると高良先輩が拍手をした。
みゆき「素晴らしい演奏でした」
みなみ「ふぅ……」
集中していたのがほぐれたのかみなみちゃんは息を吐いた。そして頭を上げ私達が座っている方を向いた。
みなみ「ひより……いつから……」
演奏しているのを見られて恥かしかったのか少し顔を赤らめていた。
みゆき「ついさっき、ですね、田村さん」
ひより「は、はい……」
みゆき「どうでしたか、みなみさんの演奏……」
ひより「え、ええ、良かったっス……」
みなみ「ありがとう」
みなみちゃんは立ち上がり私達の席に近づいた。
みなみ「連絡もしないで……どうして……」
私の表情を見て只事ではないのを察したのかみなみちゃんの表情も険しくなった。そんな私達を見た高良先輩は……
みゆき「何か大事なお話のようですね、分かりました」
高良先輩は立ち上がった。帰るつもりなのか……
ひより「……待ってください、高良先輩も聞いて欲しいっス……私、どうして良いか分からない……」
みなみちゃんと高良先輩は顔を見合わせた。
みゆき「どうしたのですか、昨日はあんなに元気でしたのに……今日の田村さんは……」
みなみ「今日のひよりは昨日のゆたかみたい……」
みなみちゃん、間違ってはいない、多分昨日のゆーちゃんも同じような心境だったに違いない。それなのに私は……
みなみちゃんはピアノに戻り椅子に腰を下ろした。
みなみ「いったい、どうしたの?」
何て言えば……誤解されるのは嫌だ。恥かしいけど、ありのままを話そう。
ひより「まなぶと一緒に行動していくうちに、笑ったり怒ったりしていくうちに、……私、まなぶの事が好きになってしまった……
    何ででしょうね、こんなのは私も想像もしていなかった……昨日ゆーちゃんが怒り出して、その怒った理由を探っていたら気付いたのです……
    昨日、まなぶはまつりさんに会いに行った、告白をしているのか、それとも……そんなのを考えていると苦しくなる……もうこれから先の事も考えられなくなってしまった」
みゆき「田村さん……」
高良先輩は悲しい目で私を見ている。
ひより「ゆーちゃんも同じです、ゆーちゃんはまなぶが現れる前から佐々木さんと会っていました……だから彼女も、ゆーちゃんも佐々木さんを好きに……」
みゆき「よく話してくれました……これは凄く大事な事……ですけど、時間はそんなにありません……」
ひより「だかから、だから此処に来ました……」
高良先輩は何も言わず私を悲しい目で見ていた。
みなみ「……まさかひよりがそうなるなんて……どうして、ひよりは遠目でいつでも観察していた、感情を入れるなんてなかった……」
ひより「分からない……分からないよ」
みなみちゃんは立ち上がった。
みなみ「私はゆたかに警告した、人と人を繋げるのは危険って、繋げようとすればするほど相手を意識して、何時しか相手を好きになってしまうって、
    ラブレターの代書を依頼すると、書いた人が相手を好きになってしまう……そんな話しをして注意した、だから私はゆたかにあれほど……」
みゆき「みなみさん、もう過ぎてしまった事を言っても始まりません……それだけ田村さん達は真剣だったと言う事です……責められません」
興奮気味のみなみちゃんを諭すような優しい口調だった。
みなみ「は、はい……」
みなみちゃん……そんな警告をゆーちゃんにしていたのか……私はその警告を聞いていたら止めていただろうか……
みゆき「素晴らしいではありませんか、誰かを好きになるなんて……それは掛け替えない事です」
みなみ「でもそれは一対一の話し……人間は二人同時に愛するなんて……それはお稲荷さんでも同じはず……」
高良先輩は私を見ると眼鏡を掛けなおした。
みゆき「お稲荷さん達は一部を除いてこの地球を去ろうとしています、それもそんなに時間はありません、宮本さんが残るにしてもまつりさんと会っているのであれば時間はありません、
    選択肢は二つです……自分の気持ちを宮本さんに伝えるか、このまままつりさんと宮本さんの縁組を続けるかです……
どちらも強い決断が必要になります……そしてその結果はどうなるか分かりません」
ひより「二つ……」
みなみ「みゆきさん、それならひよりも分かっていると思います、選べないから相談しにきた……」
みゆき「それではみなみさん、貴女が選んであげて下さい……」
みなみ「え……それは……」
みなみちゃんはおどおどするばかりで答えなかった。そんなみなみちゃんを見て高良先輩はにっこり微笑んだ。
みゆき「実は私もどちらが良いのか分かりません」
ひより・みなみ「え?」
みゆき「結果が分からないので私は責任はれません……困りました、これでは決める事は出来ませんね」
……まるで私の心を弄んでいるような……そんな風にすら感じる高良先輩の発言だった。でも何故か怒るような気持ちにはならなかった。
まさに他人事……これは私が今までしてきた事……高良先輩は知ってか知らずかそれを私にしている。
みなみ「ふ、ふざけないでもっと真剣になって下さい」
みなみちゃんは少し怒鳴り気味になっていた。
みゆき「私は真剣です、真剣だからこそ選べない……選ぶのは田村さん、貴女なのだから」
ひより「私?」
高良先輩は頷いた。
みゆき「恋愛は自由です、二人の関係に他人は一切口を挟めません……でも、もう田村さんは選んでいます、ですよね?」
高良先輩は微笑んだ。
ひより「私は……まだ……」
みゆき「そうでしょうか……目を閉じて自分に問うてください……」
 
ひより「自分に……問う……」
私は目を閉じた。
私はまなぶが好きだった……これは変えようのない事実。それは誤魔化しようがない。このまままなぶとまつりさんを手伝っても自分が惨めになるだけ……
いや、手伝うも何も……まなぶが告白してもう二人は既に……そうだよ、これが私の目的だった。
気付くのが遅すぎた。私には何かをする時間なんかない……
私は目を開けた。
ひより「もう、なにもかも遅すぎでした、終わりです……私の目的は達しました、私はもういいです、ゆーちゃんを助けてあげてください、ゆーちゃんにならまだ時間がありそうだから」
高良先輩はがっかりした顔になり首を横に振った。
みゆき「なぜ小早川さんが登場するのです、田村さんの問題なのですよ……さぁ、もう一度目を閉じて」
私は目を閉じなかった。そしてどうでも良くなった。もう全てが終わった。
ひより「お手数を掛けました、」
私は立ち上がり部屋を出ようとした。
ドアの前に高良先輩が立ち塞がった。
ひより「あの、出られないのですが……」
高良先輩は何も言わず首を横に振った
みなみ「み、みゆきさん……」
高良先輩の意外な行動にみなみちゃんは驚いている。
ひより「……帰りたいのですが……退いてください」
みゆき「だめです、そのまま帰ってはいけません」
さっきまでの笑顔が嘘のように必死になっている……これはどこかで見た光景だ……
あれは……小林さんを引きとめようとしたゆーちゃん……いや、もっと前に見たことがある。コミケ事件の時、つかさ先輩が泉先輩を庇った時だ。
みゆき「私は田村さんにまつりさんと争えとは言っていません、ただ、本当に好きならば伝えて欲しい……」
なんださっきとはまるで違う、二つの選択肢と言っておいて今度はもうこれしかないって言わんばかりの言い様だ。
ひより「争うも何も……結果は見えています、私がバカでした、相談するまでもなかった……」
みゆき「かがみさんが死期を知りながら婚約をしました……結果は分かっているはずなのに、なぜ分かりますか」
……知っている。私は本人と話した。
ひより「分かります、でも、かがみさんと私とでは比べても……」
みゆき「同じです……結果が分かっていても構わない、好きなら相手にそれを伝える……それだけ、それで良いではありませんか」
ひより「……伝えて、その先に何があるのかな……」
みゆき「その先にある物……奇跡です」
奇跡なんて言葉を平気でつかうなんて。
ひより「奇跡はこの前起きたばかりっス……何度も起きますか?」
みゆき「起きますとも、今私達がこうして話しているのも奇跡なのですから」
……それ、いのりさんに似たような事を言ったかな……
高良先輩はドアを開けた。
みゆき「止めてすみませんでした、もう私の言う事はありません……」
ひより「……それは伝えたい事を言えたからですか」
みゆき「はい!」
さっきの笑顔が戻った。
ひより「失礼します」
お辞儀をすると私はドアを出た。
 
みなみ「待って」
岩崎家を出てしばらくするとみなみちゃんが走って私を追いかけてきた。私は立ち止まった。
ひより「みなみちゃん、どうしたの?」
みなみ「さっきはすまなかった、ひよりの気持ちも知らずに……」
ひより「それって、警告の事……ラブレターの代書を例にするなんて……リアリティがあったよ」
みなみ「私が警告したら止めた?」
それを今考えていた。
ひより「ゆーちゃんは止めなかった、だとするとやっぱり私も止めなかったかな」
みなみ「そう……」
ひより「そんなのを聞くためにわざわざ追いかけてきたの?」
みなみ「ちがう……みゆきさんの言った事……正しいと思う」
相談しに行って二人が同じ結論を出した。
ひより「踊らされているような気がするけど……気付いたら携帯電話を持っていたよ……」
みなみちゃんに携帯電話を見せた。
みなみ「ひより……」
ひより「さっき会う約束をした……やってみるさ、九分九厘ダメだだろうけどね……」
みなみ「まさか、告白を……」
ひより「ふふ、まつりさんには悪いけど、本気で行かせてうらう」
みなみ「ふふ、ひよりをその気にさせるなんて、みゆきさんは凄い」
みなみちゃんの笑いをみて私は我に返った。そうか、そう言うことだったのか
ひより「高良先輩はかがみさんとつかささんの好いとこ取りをした……やられた……」
みなみ「冷静で客観的に考え、更にひより自身の身になって考えないとできない……」
他人事で考えても、ただその人の身になって考えただけでもダメだって事か……高良先輩は私とゆーちゃん、二人でしてきた事を一人でしてしまった。
高良みゆき、ここにもう一人、憧れの先輩が私に加わった。
みなみ「邪魔をしてしまった……最後に、宮本さんに、どうやって想いを伝える?」
ひより「素直に率直に、そして簡潔に……好きです……」
みなみちゃんの顔が赤くなった。
ひより「な、なんでみなみちゃんが赤くなるの、まったく、告白するのは私の方だよ」
みなみちゃんは頷いた。そして赤くなった顔を元にもどして改まった。
みなみ「結果は私からは聞かない、いってらっしゃい」
ひより「そうさせてもらうね……行ってきます……」
私は歩き出した。約束した場所に向かって。
 
 約束の場所。それはそこしか考えられなかった。そう、彼と出会った町にある神社……
もちろんそこはまつりさんのテリトリーであるのは百も承知。でもそれはまつりさんに対しての当て付けでも宣戦布告でもない。そこが告白するに相応しいと思っただけだった。
移動時間を考慮したつもりだったけど約束の時間よりかなり早く来てしまった。日は西に傾いている。
風もなく人の気配もない。ここってこんなに静かだったかな……
一人で神社の倉庫なんて来るのは初めて、って言うよりゆーちゃんがまなぶを見つけなければ私はここに居なかった。
つかさ先輩の旅の話しを聞いたのはその後、切欠はつかさ先輩じゃない。私にとって、全てはここから始まった。
つかさ先輩は私達がしてきた事を知っているのだろうか。私がしよとしている事になんて言うのか。
四苦八苦したわりにはつかさ先輩に先を越されてしまったし、私もミイラ取りがミイラになってしまった。それに何一つ達成していない。
それどころか今までしてきた事を壊そうとしている。私っていったい何がしたかったのかな……
『ザッ、ザッ、ザッ……』
足音……こんな所に来るのは約束をしたまなぶ以外考えられない。慌てて時計を確認する。まだ時間ではない。
足音はどんどん私に近づいてきた。
ちょっと待って、まだ何も心の準備が出来ていない……
後ろを振り向いて確認する余裕すらない。身体が熱く成ってきた。胸の鼓動も速くなる、その鼓動が全身に伝わるのが分かるくらいに……こんな状況で告白出来るのか。
つかさ先輩はこんな状況で告白したと言うの。この場から逃げたくなってきた。
足音は私のすぐ後ろで止まった。
まなぶ「お、もう来ていたのか、私の方が早いと思ったのに……」
やっぱりまなぶだ。普段ならすぐに話すのになぜか後ろを振り返ることすら出来ない。
まなぶ「実は私も連絡を取ろうと思っていた、すすむの様子が少しおかしい、私と会おうとしない……言い合いをしたのがいけなかったのか、それとも私が出た後で
    何かあったのか、それが知りたかった……」
あった、あったけど……今はそれを話している余裕はない。
ひより「私は個人的に用があって……それで呼んだの」
まなぶ「個人的に……珍しいな、そんなの今まで無かった……それで個人的な用って何?」
なんだ、どうして、言えない。このままでは何も言えないで終わってしまう。ただ言うだけじゃないか。簡単じゃないか。
まなぶ「それに、さっきから後ろを向いているけど……何かそこにあるのか?」
そう、みなみちゃんには言えた。あれが練習だと思えば……
私はゆっくり振り返った。そこにはまなぶが立っている。いままで普通に接してきた。まつりさんが好きなお稲荷さん……宮本まなぶ……今までとそう変わる訳はない。
まなぶは私に何か言いたかったのかか口を開けたが私の顔を見た瞬間口が閉じた。そして私が話しだすのをじっと待っている。
ひより「今更かもしれない、もう遅いかもしれない、だけどやっと私自身の気持ちに気付いた……私は……私は……」
頭では分かっていてもその先が声にならない。手を突っ込んで喉の奥から引っ張り出したい……
ひより「まなぶの事が好き」
 
 力を振り絞って告白した。さぁ、もうあとは野となれ、山となれ!!
まなぶは一回溜め息を付いた。
まなぶ「……知っていた」
ひより「えっ!?」
思いもよらなかった返事……
ひより「……な、なんだ、知っていたの……か」
まなぶは頷いた。
私は苦笑いをするしかなかった。彼は知っていた……
まなぶ「私はすすむと違って人の感情を読める、強い感情ほど見つけるのは容易い……」
ひより「……何時から、何時から私は……」
まなぶ「それすらも気付かなかったのか……私が人間になって初めて会った時にそれを感じた」
そうだったのか……もう私はそんな時から……
まなぶ「君は自分の課した仕事のために自分の感情を抑えていたのかもしれない……何度か気付かせようとしたけど……気付かなかった」
ひより「はは、私って、自分の事になるとまるでダメダメだね……」
笑うしかない……
まなぶ「遅かった……」
ひより「……遅かった……の?」
まなぶ「私は彼女に、まつりさんに交際を申し込んだ……そこで彼女の気持ちが分かった……」
ひより「……あ、あ……まつりさん、受け入れた……」
まなぶは何も言わない……負けた……完全に負けてしまった……私はもう此処に居てはいけない。
ひより「そうですか、分かりました、幸せに成って下さいね……さようなら……」
まなぶ「待って、さようならって、まさか、二度と私と会わないつもりなのか……」
ひより「……私が居ると何かと誤解を生みますよ……今、こうして居るのを見つかったら……」
まなぶ「田村さんにはまだいろいろ教えてもらわないといけない……人間の事、先生だったでしょ……」
それに、好きな人が他の女性と会っている所なんか見たくない……
ひより「……先生……それは佐々木さんに頼まれて……それにならまつりさんだって教えられます」
まなぶ「……君じゃないと、田村ひよりじゃないとダメだよ、それにまだ君には最後の仕事が残っている、すすむを救ってくれ、帰るにしても、残るにしても、
    あのままだと彼は救われない、私も協力させてもらう」
ひより「……最後の、仕事……」
まなぶは頷いた。
まなぶ「田村さん、君とは好き嫌い関係なくこれからも付き合わせてもらうよ、先生だからね」
微笑むとそのまま帰って行った。
 
 静けさがまた戻った。もう日が暮れそう。
恋愛感情無しに異性と付き合えるだろうか……
出来るさ、ついこの間までそうだった。
そう思った時だった、僅かに涼しい風が私の頬を撫ぜた……もう夏が終わる…か。
なんだろう、思いっ切り深呼吸がしたくなった。失恋したはずなのにこの清清しさは……
まなぶの態度がよかったのもあったかもしれない。だけどそれだけじゃない。相手に想いを伝える……か
結果はどうでもよかったのかもしれない。高良先輩の言っていた奇跡ってこの事かな……
私はしばらく余韻に浸った。
 
 さて、まなぶの言うように私にはまだ仕事、ミッションがある。ゆーちゃんと佐々木さんを救わないと……
二人の気持ちは痛いほど分かる。だけどその感情に溺れてはいけない……いや、分かるからこそ他人事でいないといけない。
出来る、私も高良先輩のようになれる。つかさ先輩そして、かがみさん……力を貸して、もう一回……奇跡を。
 
もう時間もない。急ごう……最後のミッションへ……
 
『ピンポーン』
呼び鈴を鳴らした。もう日はすっかり暮れている。遅いのは分かっているけど、それでもゆーちゃんに会いたかったから。
そうじろう「お、田村さん……」
ドアを開けたのはおじさんだった。
ひより「こんばんは……夜分失礼します……ゆーちゃん、小早川さんはいますか?」
おじさんは険しい顔をした。
そうじろう「昨日から部屋から一歩も出ていなくてね、食事も食べようとしない……」
ひより「会えますか?」
そうじろう「……会えるとは思うが話しをしてくれるかどうか、さっきまで岩崎さんが居てくれたのだが効果はなかった……すれ違わなかったかい?」
みなみちゃん……みなみちゃんが来ても何も効果ないなんて……かなりの重症だ。
ひより「いいえ、きっと駅ですれ違ってしまったのかもしれません」
そうじろう「そうか、とりあえず上がってくれ」
私は家に入ると真っ直ぐゆーちゃんの部屋に向かった。
そうじろう「いったい何があったのだろう、知っているなら話してくれないか」
おじさんは私を呼び止めた。
ひより「誰もが一度は経験する事ですよ、恥かしくて誰にも話せない……苦しくて、切なくて……ここまで言えば分かるでしょうか」
そうじろう「そうか、それじゃ私の出る幕はなさそうだ……遅くなるようなら車を出すから時間は気にしないでくれ」
ひより「ありがとうございます」
おじさんはゆーちゃんの部屋を一度見るとそのまま居間の方に向かって行った。
 
『コンコン』
ドアをノックしても反応はなかった。三回ノックしても反応がなかったので私はドアを開けた。
ひより「ゆーちゃん入るよ……」
部屋が暗い……私はスイッチを入れて部屋を明るくした。ベッドの布団が膨らんでいる。布団を頭から被って寝ているようだ。私は部屋に入りゆっくりドアを閉めた。
ひより「こんばんは……」
ゆーちゃんは返事をしない。まだ怒っているのだろうか。
さてどうする。いや、どうするもこうするもない。する事は一つしかない。それもう決めてきた。
ひより「聞いているでしょ……そのままで聞いて……昨日ゆーちゃんから追い出されてから考えてね、それで分かった、私はまなぶが好きだった……
    ゆーちゃんの言った通りだったよ、自分自身に嘘を付いていた、だからその歪が一気に噴出した……それで……さっきまなぶに会って……告白した」
ゆたか「こ、こくはく……」
小さな声で言うと布団を払いゆっくり立ち上がった。私の目をじっとみつめるゆーちゃん。
ゆたか「そ、それで、どうなったの……」
ひより「いや~見事に振られた、空振り三振っスね」
私の笑顔を見るとゆーちゃんの目が潤み始めた。
ゆたか「……みなみちゃんの言っていたひよりちゃんの覚悟ってその事だったの……でも、なんで、なぜ笑うの……振られたのに悲しくないの、悔しくないの、切なくないの……」
ひより「多分その全てが正解……だけど何故かスッキリしたよ」
ゆたか「スッキリ……分からない」
ひより「相手に私が好きだって伝えられたから」
ゆたか「伝えられたから……それだけで……それだけでいいの?」
ひより「いいとは言わないけど、しょうがないじゃん」
ゆたか「しょうがない……」
ゆーちゃんは肩を落としてベッドに座った。
ひより「このまま此処に居ても何も変わらない、時間がけが過ぎて佐々木さんは故郷に帰ってしまう、どうする?」
ゆたか「どうするって言われても……」
ひより「告白もお別れも言えなくなっちゃうよ」
ゆたか「でも佐々木さんは……」
ひより「そう、佐々木さんは千年前の恋人を忘れられない……それをいのりさんに重ねている、でも考えようによっては重ねているだけでいのりさんを好きな訳ではないかも」
ゆたか「そ、それは……」
ひより「一日の恋が千年の恋に負ける理由はないよ、断ち切ってあげようよ千年前の恋人はもう居ないってね……その後はゆーちゃん次第」
ゆたか「どうやって、断ち切るの」
ひより「私と同じ事をすればいいよ、その後……どうなるか私にも分からないだけど、後悔はしないと思う」
ゆーちゃんは私を見た。
ゆたか「ひよりちゃんのその表情を見ていると少し落ち着いた……」
ゆーちゃんの顔色が少し良くなった。
ひより「みなみちゃんが来ていたって聞いたけど」
ゆたか「うん……私、悪い事しちゃった、寝たまま話しを聞くなんて……ひよりちゃんも昨日は追い出してごめんなさい……」
ひより「うんん、別に構わないよ、そのおかげで私はまなぶの恋に気付いたのだから、それよりみなみちゃんは何を話したの?」
ゆたか「昔の話の話し」
ひより「昔の話し?」
ゆたか「うん……ひよりちゃんにも話すって言っていたから……話すね」
ひより「うん……」
ゆたか「みなみちゃんが中学生の頃、お友達にラブレターの代筆をたのまれた、最初は断ったのだけど親友の頼みとあって断りきれなくて
    結局引き受けたって……文章を考える上で、恋人になったつもりで考えていくうちに……」
ひより「考えていくうちに、相手を好きになってしまった……私達と同じだ……」
ゆたか「うん……みなみちゃんは二通のラブレターを書いた、一通は代筆を頼まれた親友の分、もう一通は自分が書いた本当のラブレター……
    出すつもりはなかった、だけど親友にその手紙が見つかってしまって、それからは親友と話すこともなくなって……ラブレターも渡される事はなかった……」
あの話は本当にあった話だったのか……みなみちゃんがあまりのめり込まないのは自分の経験があったからなのか。
ひより「友情も恋も失っちゃったね」
ゆたか「自分の経験が活かせなかったって悔やんでいた、私もなんて言って返していいのか分からなかった……」
ひより「……みなみちゃんの場合は私達に当てはまらない、みなみちゃんは頼まれて代筆した、私とゆーちゃんは誰からも頼まれなかった、同じようで違うよね」
ゆーちゃんは黙ってしまった。話しを元に戻さないと。
ひより「お稲荷さん達が故郷に帰る日はそんなに遠くないみたい……どうするの」
ゆーちゃんは黙ってままだった。だけどさっきまでのゆーちゃんとは違う、顔色はもう元に戻っている。ただ踏ん切りがつかないだけ。なら背中を押してあげるだけだ。
ひより「ゆーちゃんはもう決めているんでしょ、」
ゆたか「で、でもそれが正解かどうか……」
ひより「高良先輩が言っていたよ、恋愛に正解はないって、やってみるといいよ」
ゆーちゃんは私を見上げた。
ゆたか「ひよりちゃんもそうやって決断したんだ……」
私は頷いた。
ゆたか「そうなんだ……凄いね……私も出来るかな……」
ひより「出来ると思うよ、私も出来たのだから」
ゆーちゃんは立ち上がった。
ゆたか「私……やってみる……でもひよりちゃんに手伝って欲しい」
ひより「私に出来る事なら」
ゆたか「それじゃね……」
『グ~~~』
私のお腹が鳴いた……
『グ~~~』
続いてゆーちゃんのお腹も鳴いた……私達二人の動きが止まった。
ひより「そういえば昨日から何も食べていない……」
ゆたか「私も……」
ひより「と、取り敢えず腹ごしらえしようか、腹が減っては軍はできないって言うし……兵法の基本だね」
ゆたか「別に戦いに行く訳じゃ……」
ひより「いいや、恋愛は戦いだよ、ささ、戦闘準備」
ゆーちゃんは笑った。
ゆたか「ふふ、台所見てくるね、少ししたら来て」
ひより「うん」
笑顔で足取りも軽くゆーちゃんは部屋を出て行った。元に戻った。でもこれは元に戻っただけ。さてこれからが本番、気を引き締めないと。
 
 軽食を食べて再びゆーちゃんの部屋に戻った。
ひより「話しの途中だったね、それで私は何を手伝えば?」
ゆたか「うん、神社の倉庫に佐々木さんを呼んでほしい……」
ひより「佐々木さんを呼ぶ……私が、何故、ゆーちゃんが呼べば良いじゃない?」
ゆたか「だって、恥かしいでしょ……」
顔を赤らめるるゆーちゃん。
ひより「恥かしいって……その先にもっと恥かしい事をするでしょ、それじゃ告白なんて出来ないよ」
ゆたか「……ひよりちゃん、私を手伝ってくれるって言ったでしょ、それとも手伝ってくれないの」
いつになく言い寄って来た。何かあるのだろうか。訳がありそうだけど……
ひより「分かった、手伝うよ……それで呼んだらどうするの」
ゆたか「呼んだら佐々木さんを置いてそのまま離れて……」
恥かしいからか……それなら最初から一人ですればいいような気がするけど……これが手伝いになるなのかな。
ひより「離れてもゆーちゃんと佐々木さんの行く末は見させてもらうよ」
ゆたか「分からないようにしていれば……いいよ」
いや、もう考えるのはよそう、ゆーちゃんはその気になったそれでよしとしよう。
ひより「OK、分かった、それで決行の日時は?」
ゆたか「今度の日曜、午後四時ぴったりで」
四日後か……
佐々木さんを確実に来てもらうようにしないといけない。明日整体院に行こう。私は帰り支度をした。
ひより「午後四時ね、分かった、食事ありがとう」
ゆたか「もう遅いよね、電車も少なくなるし車で送るね」
え、ま、またあの運転を……体験するのか……
ゆーちゃんは部屋を出た。
ゆたか「おじさん、車を貸して……」
結局、私の家はそんなに遠くないと言う事でおじさんに送って貰う事になった。
 
そうじろう「ありがとう……」
ひより「どうしてお礼なんか、何もしていませんけど」
車は私の家に向かっている。ドアを開けた時のおじさんの表情とはちがって明るい顔になっていた。
そうじろう「ゆーちゃんだよ、君が来てから明るくなった」
ひより「いえいえ、私の前にみなみちゃんが来てくれていましたから……」
そうじろう「どっちでもいい、良かった……」
ひより「いいえ、まだ終わってはいませんけどね」
車は赤信号で止まった。
そうじろう「ふふ、ゆーちゃんも、もう、そんな歳になったのか……早いものだな」
ひより「そ、そうかな、私達が遅いだけかも、他はもっと……」
おじさんは笑った。
そうじろう「ふふ、こなたにしてもそうだった、まさか友達の所に行くとは思わなかった、つかさちゃん……初めて見た時は一人で何かするような子には見えなかった、
      こなたを誘ってレストラン経営か……しかも上手くやっている、驚いているよ」
ひより「そうですか……私もゆーちゃんも憧れの先輩の一人ですよ」
そうじろう「これは失礼した」
信号は青になり車は再び走り出した。
ひより「あの、おじさんの時はどうだったのですか」
そうじろう「私か……私は悩んだりしたりしなかった、対象は一人しか居なかったから……君に語って聞かせるほど経験は豊富ではない」
ひより「奥さん一筋って事ですよね、素晴らしいじゃないですか」
そうじろう「ふ、そのかなたは去った……こなたも、そして今度はゆーちゃんも、皆私から去っていく……」
しまった、余計な事を言ってしまったか。
ひより「す、すみません、悲しい事を思い出させてしまって……」
そうじろう「いや、楽しいかった事も同時に思い出したよ……こなたやゆーちゃんが居なければ田村さんにも会えなかった……確か漫画を描いていると聞いたが、
      漫画で食べていく気はあるのかい?」
ひより「い、いえ……まだそこまでは考えていません……」
そうじろう「そうか……その信号を右だったな」
ひより「はい……」
 
それからおじさんは家に着くまで何も話さなかった。
おばさん……かなたさんはもう亡くなっていたのをつい忘れていた。
もし、お稲荷さんの薬があったら、おばさんは救えただろうか……
もう二十年以上前の話じゃないか、私も生まれていないのにそんな事できるわけない。
もし、佐々木さん達が帰るとき、お稲荷さんの仲間が迎えに来るならかなたさんや真奈美さんくらい生き返らせてもらいたい。
その時佐々木さんとの会話を思い出した。人が亡くなった後どうなるかと聞いたら分からないと答えが返ってきた。
つまり死んだ者を生き返らせた事なんか一度もなかったって言っている。
かがみさんの病気を治し、この宇宙を自由に飛び回れる力をもってしても生き返らせるって無理なのか……
そもそもそんな事って可能なの……
結局お稲荷さんも私達人間と同じ、私達より進んでいるれけど、どんぐりの背比べなのかもしれない。この宇宙の謎に比べたら……
 
 次の日、私は整体院を訪れた。呼び鈴を押すとまなぶが出てきた。
まなぶ「いらっしゃい……すすむだね、診療室にいるからそのまま入って」
まなぶが居るのか、まなぶは知っているのだろうか、ゆーちゃんの恋を……ここなら佐々木さんに声は届かない。
ひより「一つ聞きたい事が……ゆーちゃんについて」
まなぶ「小早川さん……彼女がどうかしたの?」
ひより「い、いや、人の感情が分かるなら……何か読み取れるかなって」
まなぶ「大人しい子だけど、芯はしっかりしている……それがどうかした?」
ひより「い、いや、何でもない、佐々木さんに会わせて貰うね」
まなぶ「どうぞ」
まなぶはゆーちゃんの恋を知らない……あんなに悩んで苦しんでいるのに、私の場合は自分でも気付かなかった感情を読み取っていた。どうしてだろう……
かがみさんみたいに心を読み取られない方法を知っているのか……まさか。
『コンコン』
診療室のドアをノックする。
すすむ「どうぞ」
私の顔を見た佐々木さんはうんざりするような顔になっていた。私もこれ以上お節介を焼くつもりはない。これが最後。
ひより「こんにちは……実は折り入ってお願いがあって来ました、電話でもなんですので直接話したくて……」
すすむ「そろそろ来るとは思っていた……私の気持ちは変わらない」
あの時の涙は嘘だったの……そう言いたかったけどここは堪えた。
ひより「はい、ですから最後のお別れと言う事で……明後日の午後四時、神社の奥倉庫に来て頂けませんか」
すすむ「……それは私もしようと思っていた……分かったその時間に行くとしよう」
ひより「ありがとうございます、それでは失礼します」
そのまま診療室を出ようとした。
すすむ「そ、それだけなのか?」
ひより「はい、私の用は終わりました、佐々木さんは何かあるのですか?」
すすむ「い、いや、無い……いや、呼吸法を、最後に呼吸法を教えよう」
意外だなって感じだ。私が淡白だったから。それだけではないはず。
ひより「本当ですか、嬉しいです、ゆーちゃんも連れてくればよかったかな」
すすむ「いや、彼女はもうマスターしている、もう私の教える必要はない」
いのりさんではなくあえてゆーちゃんの名前を出したのに何の反応もない。恋愛は私同様かなり鈍い……でも、これは責められないか。
それから私は佐々木さんに一時間ほどの練習を受けた。
 
すすむ「今日は完璧だ……そのリズムを忘れないように」
ひより「はい……」
私は帰り支度をした。
すすむ「も、もう帰るのか……」
ひより「はい……」
すすむ「そうか……短い間だったが世話になった」
ひより「こちらこそ、この呼吸法は私達人間が見つけたって言いましたよね、でも、それを知っているのは、教えられるのは佐々木さんだけです、
    残ってくれれば何人も助けられますね」
すすむ「……そう、そうかもしれない」
すこし肩を落とした。
やっぱり……全くこの地球に未練がないって訳じゃなさそう。
ひより「最後に質問いいですか、死んだ人間を生き返らす方法ってあります?」
すすむ「……なぜそんな質問をする」
ひより「私には二人ほど生き返らせたい人がいるので、方法があるのかどうかくらい聞いてもいいですよね」
すすむ「分からない、だが少なくとも私達の知識にはそれは無い……だがこの知識はここに来てから変わってない、あれから四万年経過している……」
ひより「故郷の仲間が見つけているかも?」
佐々木さんは少し考えた
すすむ「……いや、それはない、四万年程度で理解できるほど生命は単純じゃなさそうだ」
ひより「ですよね、だから佐々木さんも帰ると決め付けないで最後まで考えて……私達の寿命は短いのですから……私が言えるのはそれだけです、それでは明後日……」
私はそのまま整体院を出た。
 
 日曜日の午後三時三十分。神社の入り口で待っていると佐々木さんがやってきた。
あれから誰とも連絡は取っていない。もう私の出来る事はし尽くした。
これで私の関わるミッションは全て終わる。小林さんとひろしさんは私が直接関わっていないから高良先輩にお任せだ。あとは時間が解決してくれる。
すすむ「場所は知っている……別に待っていなくても……」
ひより「もしもがありますからね……行きますか」
倉庫の広場に付いた。
ひより「私が居てはなにかとやり難いでしょ、私は帰りますね……」
すすむ「……何から何まで世話になったな……」
ひより「さよならは言いませんから……」
私は広場を出て茂みの中に入り回り道をして広場出口の反対側に出た。ここなら誰にも見つからない。
さて、ゆーちゃんの手伝いは終わった。この後の展開を見るだけ……そう、見るだけ……
 
 午後三時五十九分……そろそろ時間。
『ザッ、ザッ、ザッ』
出入り口の方から足音が聞こえる……来た、ゆーちゃんが来る……
すすむ「いのりさん……」
いのり「佐々木さん……」
えっ……そ、そんな……
そこに来ていたのはゆーちゃんではなくいのりさんだった。
ば、ばかな、ゆーちゃんが来ないと、ゆーちゃんを先に会わすのが私の目的だった。私の様な失敗はさせまいと思ってゆーちゃんを最優先にしたんだ。
これは何かの間違えだ。私は茂みを掻き分けようと前に出た。
「邪魔したらだめ」
後ろから小声で私を止める人がいる。後ろから手が伸び私の腕を掴むとグイグイと茂みの奥に引っ張り込まれた。すごい力だ……いや、後ろから引かれているから力が出ない。
いのりさんと佐々木さんが見えなくなるまで移動すると手を放した。後ろを振り向くとゆーちゃんが立っていた。
ひより「ゆーちゃん!!」
ゆたか「やっぱりひよりちゃんはこうすると思った、来て良かった」
ひより「良かったって……ま、まさか、最初からいのりさんを会わすつもりだったの……どうして……」
ゆたか「だって、そう言ったらひよりちゃん反対するでしょ」
笑顔で話すゆーちゃん……
ひより「当たり前じゃない、これじゃ私と同じじゃないか、バカ、ゆーちゃんのバカ……お人好しすぎだ……」
ゆたか「まだ、二人が結ばれるなんて決まっていない……私は確かめるの」
ひより「確かめるって……何を?」
ゆたか「いのりさん佐々木さんの恋人の生まれ変わりかどうか……そうなら二人は結ばれる、違っていれば私にもチャンスがある……」
ひより「そんなおとぎ話みたいな話なんてないよ……」
ゆたか「だから確かめるの……生まれ変わりだったら素敵でしょ……」
ゆーちゃんは目を輝かせて広場の方に歩いてった。
 
 ゆーちゃんは絵本を書いた事をあるのを思い出した。メルヘンやファンタジーはゆーちゃんの大好物。 
ゆーちゃんに千年越しの恋話はしてはいけなかった……でも、あの時はまさかゆーちゃんが佐々木さんを好きになっているなんて知らなかった。
遅い……そう、遅い。たかしが私に言った言葉を思い出す……
先読みしていたつもりだった。だけど現実はその先を進んでいる。所詮恋愛の手助けなんて……
ゆーちゃんは自分を犠牲にしてまつりさんと佐々木さんをくっ付けようとしたのか。
違う。
……ゆーちゃんのあんなに喜んでいる姿なんて久しぶりに見た。犠牲になるような人があんな嬉しそうな顔になるのか……
ゆーちゃんはそれを選んだ……私はそれをただ見守るしかない……それなら見させてもらう、いのりさんが生まれ変わりかどうか。
私はゆーちゃんの後を追った。
 
 ゆーちゃんの隣に並んだ。そしてゆーちゃんの目線を追った。そこには二人が居た。佐々木さんは立っている。いのりさんがしゃがんでいる。しゃがんでいる所は、
コンが入ったダインボールを置いた所だ。
すすむ「本当にあの時は助かりました、コンが行方不明になって、そのまま居なくなってしまったら……」
いのり「始めは私が世話をしました、途中から、コンの記憶が無くなっていたと分かった時からはまつりが主に世話をしました……まつりがあんなに世話焼きなんてすこし驚いた、
ところで今、コンはどうしています?」
コンの話しをしているのか……
すすむ「元気にしていますよ……」
いのりさんは立ち上がった。
いのり「そうですが、今度また会ってみたいですね、引越しされると聞きましが、どちらへ?」
すすむ「え、そ、それは……」
いえる筈はない。遠い星へ、故郷へ帰るなんて。
いのり「言えないのでしたら無理には……遠くに行くのですね」
すすむ「は、はい……」
小さな声で返事をした。
いのり「それなら一つ聞いていいですか、とても下らない質問です、笑っちゃうくらい……」
すすむ「それは何ですか……」
いのりさんは少し照れながら話し始めた。
いのり「私の妹が一人旅に出て不思議な体験をした……一匹の狐に化かされて、それを切欠に仲良くなった……そしてその狐に命を救われたと……自分の命を引き換えにね」
すすむ「……妹さんがそんな話しを……」
いのり「そんな話は誰も信じない、もちろん私も最初はそうだった……でもね、同じ話しを妹は田村さんにもしたらしく……田村さんご存知かしら……」
すすむ「知っています、私の患者でもありますから……確かあの時此処にも居ましたね……」
いのり「……その田村さんがコンをその狐に似ていると言い出しね……笑っちゃうでしょ」
すすむ「ふふ、大学生と言ってもまだまだ子供ですよ……」
いのり「そう、普通なら作り話で終わってしまう……でも、妹は、つかさは違う、今まで目で見た事、体験した事しか話さなかった、それに嘘を付いたり騙したりする様な事もしない」
これは……私が苦し紛れに言った話しをしている。
いのり「コンは賢かった……どこかの救助犬か警察犬と見間違うくらい、それ以上かもしれない……私も田村さん同様に私もつかさの会った狐と酷似していると思うのです」
この話は知らなかった。いのりさんもかがみさんと同じようにコンの正体を見抜いていた……
すすむ「只の賢い犬です……私が躾けましたから……」
いのり「それともう一つ、私のもう一人の妹が倒れて病院に担ぎ込まれた……検査の結果は脳腫瘍、それもかなり危険な種類のものと診断されました……
    それがたった一晩で何事もなかったように退院、誤診となったようですが……私はその後、病院で確認しました、倒れた時に撮影されたCTスキャンに、かがみの脳には
    しっかり病巣が移っていました……かがみが病気だったのは何となく分かっていた……奇跡が起きたとしか思えません」
いのりさんはそんな事まで調べたのか……いのりさんは気付き始めている。お稲荷さんの存在に……そのヒントを出したのは……私……
すすむ「それと、妹さんの狐の話しと何か関係あるのですか……私には荒唐無稽でさっぱりです」
いのり「かがみはコンに助けられた……」
すすむ「ふ、ふふ、はははは、い、いのりさん、傑作だ、お別れの余興にしては上手い話ですよ、一生忘れられそうにない……」
大笑いしている佐々木さんだった。
それにしても惜しい所までいっていた。でもいのりさんがたかしを知っている筈もない。それでホッとして佐々木さんは笑っているのか。
いのり「それとも、佐々木さん、貴方が治してくれた-」
すすむ「ふふ、治したのは私ではありませんよ……」
いのり「では誰ですか、お礼が言いたい……」
すすむ「それは、たか……」
佐々木さんの笑いが止まった。
『バカ!!』
心の中で私は叫んだ。ゆーちゃんはクスリと笑った。そしていのりさんもクスっと笑った。
ゆーちゃんは佐々木さんを好きじゃないのか。二人がああして仲良く話しているのを見ていて何とも思わないのかな。
私だったら……私ならそんな光景は見たくない。その場を離れてしまいたい気持ちになる。ゆーちゃんときたらまるでドラマを見ているように平然としている。
本当にゆーちゃんは佐々木なんが好きなのか……まなぶもゆーちゃんの感情を読み取っていないみたいだったし……
まさか、最初からゆーちゃんは佐々木さんが好きではなかった……
いのり「……今のはボケていない……ですよね」
いのりさんの声で現実に引き戻された。ゆーちゃんの気持ちはさて置き、この二人の動向に目が離せない。
佐々木さんはどう話そうか苦慮している。
いのり「かがみもつかさも助けられたようですね、最後に分かっただけでも良かったです」
すすむ「……君は何とも思わないのか……私がそうだったとして、恐れないのか……」
いのり「ふふ、これでも巫女のはしくれですよ、神社に祭られているものを恐れたりしません」
佐々木さんの目がやさしくいのりさんを見つめる。
すすむ「……その言葉、千年前にも聞いたことがある……」
いのり「はい?」
佐々木さんは三歩後ろに下がった。いのりさんは首を傾げて佐々木さんを見ている。
すすむ「これから起きる事を全て受けいれらるなら君に私の気持ちを全て話そう、拒絶するなら私は故郷に帰る」
いのり「な、何を?」
いのりさんは両手を口元に持ち上げて不安げな表情になった。
すすむ「その目で確かめて下さい、その後は君の好きなように……」
 
 佐々木さんの体が淡い光に包まれた……
佐々木さんは狐になる姿をいのりさんに見せるつもりなのか。そんな事をしたら……そんな事をしたら。
私はその姿を見て逃げ出した。まつりさんは気を失って自らの記憶を変えてしまうほどのショックを受けた……
まさか、佐々木さんは自分が故郷の星に帰る理由をつける為に……
腕が熱い……
気付くと私の腕を力強くゆーちゃんの手が握っていた。ゆーちゃんを見ると瞬きをする間も惜しむように佐々木さんを見ている。
いのりさんは……いのりさんは佐々木さんを見ている。逃げることなく、気を失う事もなく……ただ狐に変わっていく様子を見ていた。私とゆーちゃんと同じように。
 
 そこには狐の姿の佐々木さんが居た。この姿を見たのは記憶を消されたので覚えているのは夢の中だけ。その夢の中の狐と同じ姿がいのりさんの前に立っていた。
狐はゆっくり歩き出しいのりさんの目の前まで近づくとお座りをしていのりさんを見上げた。
いのりさんは狐を見ているだけだった。だけど逃げ出さない。そして気も失っていない。いや、そのどちらも出来ないほどの状態なのかも。
やはり早すぎた。もっと時間をかけてからこうすべきだった。ゆーちゃんの手が私の腕から放れた。ゆーちゃんも私と同じ様に考えているのかもしれない。
いのりさんと佐々木さんは数分間動かず沈黙が続いた。
 
『ク~ン』
佐々木さんは一回悲しげな鳴き声を上げた。しかしいのりさんは何も反応を見せなかった。佐々木さんの頭が項垂れた。そしてそのままの状態で立ち上がりいのりさんに背を向けた。
ゆたか「そ、そんな……」
小さな声でゆーちゃんが呟いた。佐々木さんは諦めたと思っている……私もそう思った。終わりだ……
佐々木さんはゆっくりと歩き出していのりさんから離れていく。
あれ、いのりさんは離れて行く佐々木さんを目で追っている……いのりさんにはまだ意識がある。
いのり「ま、待って……」
しかし佐々木さんは止まらなかった。
いのり「待って、佐々木さん、佐々木……すすむさん」
ささきさんは立ち止まった。そして振り向いた。
佐々木さんの名前を呼んだ。いのりさんはあの狐を佐々木さんだと認識している……
いのり「その姿のままで帰ると危ないですよ、車やいたずらっ子がいますから」
いのりさんはにっこり微笑んだ。
佐々木さんはゆっくりといのりさんに戻っていく。いのりさんはしゃがんだ。そして佐々木さんはいのりさんの目の前で止まった。
いのり「……元に戻れるまで此処にいますから……貴方の気持ちを聞かせて……」
その言葉を聞くと伏せてゆっくりと目を閉じた。その姿をいのりさんは見守っている。
ゆたか「ふぅ~」
ゆーちゃんは溜め息を付くとその場を離れて茂みの奥に行ってしまった。私もすぐにその後を追った。
 
 ゆーちゃんは私を引っ張り込んだ所で止まっていた。
ひより「いいの、最後まで見届けなくて……」
ゆたか「もう、あの二人は大丈夫……だからもう私は要らない……」
ゆーちゃんは大丈夫には見えない。
ひより「いのりさんに全て話したみたいだね、だから今日まで四日も間を空けた」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「うんん、いのりさんには今日、此処に佐々木さんが来るって……それしか言っていない」
するといのりさんは私の話した情報だけで佐々木さんを理解したのか……
ゆーちゃんには酷だけど、確かめなければならない事がある。
ひより「佐々木さんを好きだったの?」
ゆたか「もう……知っていると思ったけど……何でそんな事聞くの」
少し不満げで口を尖らしていた。
ひより「まなぶがゆーちゃんの心をまるっきり知らなかったから……彼の能力は知っているかな?」
ゆたか「……かがみ先輩の病気を宮本さんから教えてもらった時、彼から直接私に話があった、佐々木さんを好きなんでしょって……彼には嘘は言えない、見透かされている、
    だから彼と約束をした、佐々木さんには絶対に話さないようにって、私の気持ちは佐々木さんには知られないように……だからひよりちゃんに話さなかったと思う」
佐々木さんに知られないように、それだと余計にゆーちゃんの言っている事が矛盾する。
ひより「……それなら私を佐々木さんの出迎えをさせたのは何故、私が佐々木さんに言ってしまうって思わなかったの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「それはないよ、私が佐々木さんに告白をするって思っていたから、そう思っているかぎりひよりちゃんは佐々木さんに言わない、そうでしょ、ひよりちゃん?」
ひより「最初から決めていたの……か」
悩んでいたのは選択ではなく方法だった。
ゆたか「ひよりちゃんの勘違いを利用させてもらちゃった……」
ゆーちゃんは申し訳なさそうに俯いた。今更そんな表情をされても私は困るだけだ。
ひより「どちらにしてももう私達のミッションは終わった、あとはかがみさんとつかさ先輩だけど、それは高良先輩に任せるしかない……すっきりしたよ
    なんだかお腹減っちゃったね、何か食べに行こうよ」
私が行こうとした時だった。
ゆたか「まだ終わっていない……」
ひより「終わっていない……なんで、終わったでしょ……それとも未練ができちゃったなんて言うの……?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「私……ひよりちゃんに謝らないと」
ひより「……さっきの事なら気にしないよ」
ゆたか「違うの、私……ひよりちゃんの記憶を奪った本当の理由を言わないといけない、それを言うまで私のミッションは終わらない」
ひより「ふふ……それも、もう終わった事でしょ、それで私が態度を変えるなんてないから」
私は笑って返した。
ゆたか「秘密にしたかった訳でもない、一人で解決したかった訳でもない……そんな事じゃないの……本当はね……
ひよりちゃんが佐々木さんを好きになるのが嫌だったから……これ以上ライバルを増やしたくなかったから……だから記憶を消した、そうだとしても変わらない?」
笑いが止まった。そしてはゆーちゃんを見た。高校時代から変わらないその姿……まだまだ子供だと思っていた。
今までゆーちゃんがやってきた事を総合すると、彼女は目的の為には手段を選ばない……そんな感じだ。
子供のようなあどけなさの影に小悪魔的な冷酷さが潜んでいる……
ゆたか「彼との恋が実らなかったのはきっと罰が当たったからだね……ごめんね……ひよりちゃん……」
でも人間はそんなもの。だから人間は面白い……その程度で私の気持ちは変わらない。
ひより「ゆーちゃんと同じ人を好きになるのは止めた方が良さそうだね~何をされるか分からないや……」
少し皮肉を込めて笑いながら話した。これが私の答え。
ゆーちゃんは私の顔を見ると目が潤み始めて、涙が零れだした。
ゆたか「何で、何でそんなに優しいの、もっと怒っていいのに、突き飛ばしてもいいのに……ひよりのバカ……ばか……」
ゆたかはその場に泣き崩れた。こんなに激しく泣く姿を見るのは初めて。
それもそのはず、ゆたかは大切な物を失い、同時に大切な物を得たのだから……
それは私も同じ……
同じだからゆたかの気持ちは分かる。分かるけど溺れない、溺れればきっとゆたかとの友情はなくなる、みなみちゃんの友人の時の様に。
落ち着いたら食事しに行こう、少しお酒も入れようか。
今は涙が涸れるまでゆたかを見守ろう。いのりさんの様に……
倉庫広場をいのりさん達が先に出たのか、私達が先に出たのかは分からない。だけど私達が神社を出たのはもう日が暮れて街灯が点く時間だった。
 
 それから暫くしてワールドホテル秘書、木村めぐみが自首した。つかさ先輩の家に匿われていたそうだ。もう一人、柊けいこを助けるためにそうしたと聞いた。
その木村めぐみさんに全てのお稲荷さんを故郷に帰す計画を託された泉先輩。
いろいろ四苦八苦したみたいだったけど無事任務を終えた。
そして、残ったお稲荷さんは……まなぶ、佐々木さん、小林さん……そして、最後につかさ先輩の恋人、ひろしも残る事になったそうだ。
柊四姉妹全てがお稲荷さんと結ばれる……これも何かの縁か運命なのだろうか。
だとしたら私とゆたかがどんなにもがいても叶うはずはない。
 
私とゆたかは大学を卒業すると同時に引越しをすることになった。それはにまつりさんやいのりさんに遠慮した訳じゃない。私はまなぶや佐々木さんに何回も会っている。
ゆたかも会っているみたいだけど、さすがに佐々木さんには会い難いと言っていた。
私達と入れ替わるようにつかさ先輩と泉先輩が戻ってきた。店ごとの引越しだそうだ。それを一番喜んだのは泉先輩の父、そうじろうさんなのは言うまでもない。
つかさ先輩は引っ越した店、レストランかえでの隣に洋菓子店を開いた。
それから間もなくいのりさんが結婚、あとは順番につぎつぎと結婚をした。
 
私とゆたかは同居している。そして同じ仕事をしている。
始めは違う仕事をしていた。ゆたかがふと思いついた物語が面白かったのでそれを私が漫画に描いてみてコミケに出してみたらたら意外とうけてしまった。
これが切欠となり私とゆたかはコンビで漫画界にデビューすることになった。まさかゆたかとこんな形でコンビになるとはは夢にも思わなかった。
それからは目まぐるしく時間が過ぎていく。学生時代がスローモーションに感じるほどに……
 
 
 十年後……
 
 私はつかさ先輩に呼ばれて洋菓子店つかさに来ていた。もちろんゆたかやみなみも一緒、いや……陸桜学園祭のチアリーディングメンバー全員が呼ばれた。
何でもつかさ先輩がピアノの演奏を皆に聞かせると言うのだ。皆が集まるのはあの時以来かもしれない。
私は約束の時間よりもかなり早く店に来ていた。あの出来事を直接つかさ先輩に話したかったから。
つかさ「……そんな事があったの、そこまでは知らなかった……」
私の恋、ゆたかの恋、そしてかがみさんの病気……そこで私達がしてきた事、つかさ先輩にはどれも初めて聞く話だったようだ。
ひより「ゆたかは話さないでって言っていたけど、もう時間も経っているし……」
つかさ「そうだね、もうあれから十年くらいかな……時間が経つのは早いね……でも不思議、ひよりちゃんとゆたかちゃんがコンビを組んでいるなんて、ゆたかちゃんは
    みなみちゃんと一緒に仕事をすると思っていたけど……」
ひより「それを言うなら私も同じですよ、泉先輩はかがみさんと一緒に何かすると思っていましたけど」
つかさ先輩は笑った。
つかさ「そうかもしれない、こなちゃんとお姉ちゃん、あんなに仲がよかったのに、私とと一緒に仕事をしているのはこなちゃんたよね、私の店と隣だし、
    お菓子もレストランに提供しているから毎日のように会っているよ」
私は辺りを見回した。
ひより「あの、旦那さんは?」
つかさ「あ、ひろしね、ひろしはお休み、同性だけで会う方が気兼ねしなくていいでしょって、子供を連れて実家に行くって」
ひろしさんは結婚式に会っているだけだった。一度いろいろ話してみたかった。
ひより「そうですか……そういえばつかさ先輩だけ柊の姓なんですよね……」
つかさ「そうなの、だからひろしにお父さんの仕事を引き継いで欲しいって……ふふ、面白いでしょ、お稲荷さんが神主をするかもしれないって」
ひより「そうですね、ふふ……」
私達は笑った。
つかさ「それでね、まつりお姉ちゃんはね……」
その時、私の表情を見たつかさ先輩は話すのを止めた。
つかさ「ご、ゴメン、今の話は止めておくね」
私はまだ諦めていないなのだろうか。つかさ先輩でも分かるほど表情に出たのか。もっとも今のつかさ先輩は昔とは違う。結婚もしているし一児の母でもある。
細かい表情の変化を見逃さないのかもしれない
そうだった。私はつかさ先輩に一番に会いに来たのを思い出した。今そのチャンス。この期を逃すわけにはいかない。
ひより「つかさ先輩、一つ聞いて良いですか」
つかさ「どうしたの、改まっちゃって?」
ひより「実は、このお稲荷さんの話しを漫画にしたのですが……私の話しをつかさ先輩が知らなかったと同じように私もつかさ先輩の話しを詳しく知りません、
    出来れば話して欲しいのですが……良いですか?」
つかさ「えっ、ま、漫画に……するの、私は構わないけど……皆が、特にお姉ちゃんが何て言うか、あの時の事、忘れていないでしょ?」
覚えている。
ひより「でも、この案を考えたのはゆたかです、」
つかさ「ゆたかちゃんが……」
ひより「それに事前に許可を得れば何も問題ない、皆が反対したら是非つかさ先輩に説得の手伝いをしてもらおうと思って……当事者の一人が賛成すれば説得力がでるでしょ?」
つかさ「でも……ひろしやすすむさん、ひとしさん、まなぶさんが何て言うか……だたでさえ正体を知られるのを嫌がっているし」
ひより「彼らはもう人間なのですよね、お稲荷さんじゃないでしょ」
つかさ「え、う、うん、そうだけど……」
困惑するつかさ先輩だった。
 
『ガチャ!!』
お店の玄関が開いた。今日は貸し切りって聞いていたけど……
こなた「やふ~、ひよりん、早いね……」
ひより「泉先輩……久しぶりです」
つかさ「いらっしゃい」
泉先輩は不機嫌な顔をした。
こなた「ひよりん、もう先輩は止そうよ、それにね、上の名前で呼ばれちゃ未婚だってバレちゃうでしょ」
ひより「へ~先輩もそんな事気にするようになったんだ」
こなた「う、うるさ~い、ひよりんには言われたくない!!」
今日呼ばれたメンバーで未婚なのは私、泉先輩…そしてゆたか……の三人だけ。
あのかえで店長も結婚をした。そのせいもあるのだろうか、最近は泉先輩も気にするようになったようだ。
つかさ「別に良いじゃない、結婚が全てじゃないよ」
こなた「結婚して幸せいっぱな人に言われても説得力ないよ……で、二人で何を話していたの?」
相変わらず切り替えの早い泉先輩。
つかさ「ひよりちゃんがね……お稲荷さんの話しを漫画にしたいって……プロになったのだし、あの時みたいな冗談じゃ済まないと思うの」
私よりも先に話されてしまった。つかさ先輩も切り替えが早くなったな……
泉先輩の目が輝き始めた。
こなた「私に内緒でそんな面白そうな企画をするなんて、つかさの話しなら私に聞くべきじゃないかな、つかさじゃ肝心な所が抜けるから」
つかさ「こ、こなちゃん……まだ決まった訳じゃなくて……」
 
『ガチャ!!』
ゆたか「こんにちは~お久しぶりです……えっ!?」
店の扉が開いた。ゆたかが入るな否や泉先輩が駆け寄った。ゆたかは驚いて一歩下がった。
こなた「ずるい、私に内緒で漫画を描くなんて、何で私をスタッフにしないのさ、私の大活躍の場面をいっぱい、いっぱい入れようよ」
ゆたか「え、ひ、ひより、もしかして、もう話しちゃったの?」
ゆたかは驚いた顔で私を見た。
ひより「い、いや、何て言うのか、タイミングが悪かった……本当はつかさ先輩だけに……」
つかさ「ゆたかちゃん、ひよりちゃん本当に良いの、お稲荷さんの話しを物語にするには二人の失恋を……あっ!!!」
慌てて両手で口を塞いだ。しかしもう遅かった。泉先輩が聞き逃すはずはない。
こなた「しつれん……失恋だって……」
益々目を輝かせてゆたかと私に駆け寄った。
こなた「そんな話は初耳だな……どう言う事かな……お二人さん」
つかさ「ご、ごめんなさい……つ、つい……」
顔の前で両手を合わせて謝るつかさ先輩。
ゆたか「別に構いませんよ、内緒にするつもりはありませんから」
あっけらかんと答えた。私はゆたかのその表情を見て愕然とした。どう言う事……
ゆたか「私……五年前に彼に会って、その時の気持ちを話した、彼、全く気付いていなかったって驚いた……でもね……彼はそれでもやっぱりいのりさんを選んでいたって……」
微笑みながら、恥じらいも無く淡々と話す。あの時のゆたかが嘘のようだ。
こなた「彼って誰……いのりさんが好を選んでいたって……え、え……ま、まさかゆーちゃんの好きだった人って……」
ゆたか「そう、佐々木すすむさん」
泉先輩は絶句した。
つかさ「ゆたかちゃん……」
ゆたか「一時は落ち込んで……苦しくて、泣いて、もがいていたけど、初恋の殆どは実らない……どうにもならない事がこの世にはあるって、そう割り切れた……」
ゆたかにとってあの時の出来事はもう過去の話し。ただの思い出になったと言うのか。
私はゆたかが結婚しないのはまだ失恋を引き摺っているのだと思っていた。違う……ただ縁がなかっただけ……
十年も一緒に仕事をしていて、同居して気付かなかった……
こなた「それで、ひよりんは……どうなの?」
ひより「私?」
……私が好きだったのは宮本まなぶ……い、言えない。ゆたかのように言えない。何故……
こなた「なにもったいぶっっちゃって、ひよりんらしくない」
ひより「い、いや、なんて言うのか、その、あの……」
だめだ、やっぱり言えない……どうして、あの時、私だって割り切れた。そうだったはず。
 
『ガチャ』
かがみ「オース……」
みゆき「こんにちは」
かがみさんとみゆき先輩……
みゆきさんはあれからお稲荷さんの薬を作ろうと日夜研究している。ところがつかさ先輩は作った方法を記録に残していなかったので全く研究が進んでいない。
でも、最近はすすむさんが手伝ってくれている。すすむさんは薬の化学式を知っている。それをみゆきさんに教えたそうだ。でも答えは分かっていても
どうやって合成するのかが見当もつかないらしい。ただつかさ先輩はたかしから教えてもらった材料だけは覚えていたのでそれをヒントに試作をしていると聞いた。
もし、あの薬が完成すればノーベル賞は確実。ガンバレみゆき先輩。
みゆき先輩は研究所で知り合った人と結婚した。
つかさ「ゆきちゃん、今日は来られないって聞いたのに……ありがとう」
みゆき「つかささんの初演ですものね、行かない訳にはいけません」
こなた「やふーかがみ、おひさ」
泉先輩はかがみさんのお腹をじっと見ている。
かがみ「な、何だよ、会うなり失礼だろ!!」
こなた「……三人目……だったかな」
かがみ「四人目よ、そ、それがどうかしたか」
こなた「お盛んですこと……ねぇ、みゆきさん」
みゆき先輩はクスリと笑った。
みゆき「羨ましいかぎりです」
かがみ「盛んで悪いか……って、みゆきまで……」
こなた「まぁ、かがみがエロいのは最初から分かっていたけどね」
かがみ「なんだと、さっきから聞いていれば、私が妊娠する度に同じ事を言っているじゃない……もう許さない」
泉先輩はお手上げのポーズをした。
こなた「懲りないね~」
かがみ「一回殴らないと気がすまない……」
かがみさんは拳を振り上げた。
こなた「あ、あ、そんなに怒ると、お腹の赤ちゃんに障るよ……」
かがみ「う・る・さ・い」
こなた「キャー」
ゆたか「かがみ先輩、危ないですよ」
みゆき「ふふ、泉さん……」
泉先輩は逃げ出した。それを追いかけるかがみさん。お店を所狭しと追いかけっこをし始めた。それを楽しそうにみゆき先輩とゆたかが見ている。
ふとつかさ先輩をみると目が潤んでいる。私が見ているに気付いたつかさ先輩は慌てて人差し指で目を拭った。
ひより「どうかしましたか?」
つかさ「うんん、何でもない……何時になっても私達って変わらないなって……真奈美さん……お稲荷さん達と出会っていなかったら、お姉ちゃんとこなちゃんは追いかけっこなんか
    していなかった……そう思ったら自然に涙が」
かがみさんは自分の旦那がお稲荷さんであるとことをもう既に知っている。驚くことも無く、恐れることも無く、ただ自然に受け入れたと……。
つかさ「私、今思ったのだけど、ゆたかちゃんはひよりちゃんの為に漫画の企画をしたかもね」
皆はかがみさんと泉先輩の死闘に夢中になっている。私とつかさ先輩だけで話している状態になっていた。
ひより「私の……為に……ですか」
つかさ「まなぶさんの正体を知らないのはまつりお姉ちゃんだけなの……こなちゃんの言うように私では伝わらない、どうかな、
ひよりちゃんからまつりお姉ちゃんに全てを話してもらえないかな……コンは亡くなったって事になっているし……」
ひより「それならかがみさん、いのりさんでも……泉先輩でも」
私は透かさず帰した。
つかさ「うんん、身内の話しは親身に聞いてくれない……それにこなちゃんはコンに一切関わっていないでしょ……恋の話しは話す、話さないはひよりちゃんの自由だよ」
ひより「で、でも……」
何故か素直に引き受ける気になれない。
つかさ「無理にとは言わない、まだ時間はあるからゆっくり決めて……」
そう言うとかがみさんと泉先輩の方に駆け寄っていった。
つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、もういい加減にして!!」
笑いと、怒号が飛び交う、何が何だか分からない締りのゆるい光景……確かにあの時のまま、何も変わらない……そして、私も……
いや、私は変わってしまった。もうこのゆるい空間には入れない……
私は皆に気付かれないように店を出た。
 
ひより「ふぅ~」
溜め息をついた。折角つかさ先輩が呼んでくれたけど、ピアノの演奏を聴ける状態じゃない。帰ろう。
「田村さん?」
駅に向かって歩き出して暫くして私を呼ぶ声がした。振り向くとかえでさんだった。
ひより「こ、こんにちは……お久しぶりです……」
かえで「久しぶりね、半年ぶりかしら……たまには私の店にも来てよね、っと言っても忙しそうね……漫画の連載をしているって聞いたわよ」
ひより「そんな事ないですよ、今度食べに来ますから……」
かえで「ところで、つかさに呼ばれたのよね、何故反対方向に?」
ひより「え、えっと……用事を思い出しましたので帰ろうかと……失礼します」
私はかえでさんに会釈をして立ち去ろうとした。
かえで「まちなさい……本当に失礼だわ」
叱り付ける様な厳しい声だった。背筋が伸びて立ち止まった。
かえで「貴女、つかさの友達でしょ、演奏を聞く前に帰るって……何の用事なの、親でも亡くなったか」
ひより「い、いいえ……」
かえで「それなら問題ない、戻りましょ」
ひより「……い、いいえ、戻れません、このまま帰ります……」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「つかさが何故演奏会をするのか知っているのか?」
ひより「知りません……」
かえで「別れた親友が好きだった曲……店を切り盛りして、しかも子育てをしながら練習した曲よ、それを聴かずに帰るのか?」
別れた親友……誰だろう。別れたって……少なくとも私の知っている人ではない。
ひより「親友って誰です、お店のスタッフの人ですか」
かえでさんは首を横に振った。そして空を見上げた。
かえで「彼女ははるか彼方……そしておそらくもう二度とつかさと会うことはない、生きている間はね……」
空を見つめて……はるか彼方……宇宙……そうか……
ひより「故郷に帰ったお稲荷さんですか……もう地球の事なんか忘れますよ……私達より遥かに進んだ世界、きっとパラダイスでしょうから」
かえでさんは首をまた横に振った。
かえで「彼等の故郷は災害に見舞われて危ないらしいわ……彼らは故郷を救おうと必死になっている」
ひより「まさか、お稲荷さんの知恵と技術があれば必死になる事なんかないですよ」
かえで「どんな災害かは聞いていない、例え聞いても私には理解できないかもしれない、それとも自らの過ちが招いた悲劇か、どちらにしても自然は計り知れないわ、
そして彼等も万能ではないって事……同じ災害が我々人類に来ない事をいのるばかりね……つかさはそんな友人を想いピアノを弾こうとしている……聴いてみる価値はあるわよ」
かえでさんってこんな感性を持っているのか……意外な一面を見た。料理人としてのかえでさんしか知らなかったので新鮮に感じた。
でも……答えは変わらない。
私は首を横に振った。
かえでさんは私をじっと見た。
かえで「よく似ている……私の古い友人もそうだった……その未練たっぷり表情がそっくりだわ……」
……私は顔を隠すように俯いた。
かえで「……その友人はもうこの世にはいない……自ら命を絶った」
辻さんの事を言っているのか
ひより「わ、私は……そんな事なんかしないです」
かえで「それなら行きましょう」
ひより「い、いいえ……」
かえでさんは店の方向を見た。
かえで「分からず屋ね、それじゃあの子に頼もうかしら」
私はかえでさんの見ている方向を見た。
ゆたか「ひより~」
ゆたかが私の名前を呼びながら走ってきた。息を切らしている。ずっと此処まで走ってきたのか……
ゆたか「ハァ、ハァ……どうしたの、急に居なくなっちゃって……つかさ先輩も心配しているよ」
かえで「演奏も聴かないで帰るってさ……」
ゆたかはかえでさんを見て会釈した。そして直ぐに私の方を向いた。
ゆたか「ど、どうして……」
私は何も言わない。言えなかった。
かえで「私じゃ手に負えない、後は頼むわ、先に行ってるわよ」
ゆたか「はい……」
かえでさんはゆたかの肩を軽く叩くとそのままつかさ先輩の店に向かって行った。
 
ゆたかは直ぐ近くの公園に私を連れて行った。
ゆたか「どうして?」
同じ質問をしてきた。
ひより「それは私が聞きたい、もう忘れかけていたいたのに……蒸し返すなんて酷いよ」
ゆたか「私は……」
ひより「可笑しいよね、完全に振り切った筈なのに……笑い話には出来ない、あの場所にいると惨めなだけだよ」
ゆたかは何も言わなくなった。慰めの言葉は今の私には辛く苦しめるだけ。
ひより「帰る、そろそろ演奏始まるよ……ゆたかも戻った方がいい」
私はゆたかから離れた。
ゆたか「人一倍の好奇心、どんな危険を冒してでも自分の好奇心を満たすために探求する」
私は立ち止まった。ゆたかは更に話した。
ゆかた「遠目でただ観察しているようで気が付くと自分からのめり込んでしまって身動きが取れなくなってしまう不器用な子」
ひより「な、いきなり何?」
ゆたか「高校時代、ひよりはよくこんな事を言っていたよねキャラの分析……でもね、一人だけ言っていない人が居るのを知っている?」
ひより「……いや、ネタ帳に私の知人は全て書いた……最近会った人は忙しくて書いていない」
ゆたかは歩いて私に近づいた。そして人差し指を私の胸に向けた。
ゆたか「ひより、自分の事は一言も言わなかったね」
ひより「自分の事……書く必要なんかないよ、私は私だよ……」
ゆたかは私に顔を近づけにっこり笑った。
ゆたか「……二年前にアシスタントなった小島さん、好きなんじゃないの?」
ひより「な、何をこんな時に……好きじゃない……彼とは仕事で付き合っているだけ」
ゆたかは首を横に振った。
ゆたか「やっぱり、何も分かっていないね……だからまりさんに先を越されちゃうの」
カチンと来た。
ひより「勝手にそう思ってればいい、お稲荷さんの話しはゆたか一人でやれば……私はもう協力しないから」
ゆたか「そうやって気付かない、自分が傷ついているのさえ気付かない、人一倍傷つき易いのに……かがみ先輩の時も、いのりさんの時もそうだった、そんなに傷だらけになって……」
ゆたかの目に光るものが……
ゆたか「かがみ先輩を救ったのはつかさ先輩じゃない、ひよりだよ、いのりさんとすすむさんを結んだのも、まつりさんとまなぶさんも……そして私も救ってくれた」
ひより「ゆたかを救った……私が?」
ゆたか「うん……ひよりの好奇心は全部外に向けられちゃって、自分には全く関心ないみたい、だから人が出来ないような無茶をする、
    普通は逆なのに、私にはそんな真似出来ない、うんん、つかさ先輩だってかがみ先輩だって出来ない……凄いよね、憧れの人は直ぐ側に、目の前に居た、
それに私に物語を作る才能があるのを見つけてくれたのもひより、私はひよりから沢山の物を貰った……」
私はそんな事をした覚えもつもりもない。でも、ゆたかの流している涙は嘘をついているようには見えなかった。
ゆたか「外に向けられた好奇心、それの十分の一、うんん、百分の一でも自分に向けてみて……そうすれば今、何をすべきかわかると思う」
自分に好奇心があるのは知っている。それに自分の分析は何度もしている……今更そんな事をしたって……
ひより「私はもう戻れない……」
ゆたかは目を拭うとにっこり微笑んだ。
ゆたか「そう、それも良いかもね」
ひより「それじゃ先に帰っているよ」
私は立ち上がった。
ゆたか「あっ、そうそう、つかさ先輩が演奏する音楽はラヴェル作曲、亡き王女のためのパヴァーヌ」
ひより「ラヴェル……クラッシック、難しそうだね」
ゆたか「うん、彼が若かった頃の作品……逸話があってね……彼は晩年、交通事故で記憶を失ってしまって作曲活動ができなくなってしまったの、ある日、たまたまこの曲を聴いた彼が
    素晴らしい曲だね、誰が作曲したのか……そう言ったって……ネタかもしれないけど……でもその曲はこの話しを納得させるだけの力があるよ、
    オーケストラ用にも編曲されているけど、私はピアノの方が好き」
ひより「……なんでそんな話しを?」
ゆたか「記憶を失っても自分の作曲した曲をすばらしいと言った……人の感性や好みや性格って記憶で決まるものじゃないって……私はひよりの記憶を奪った……だけどそれは
    私の目的にはまったく意味のない行為だった……それが分かったから、ひよりも聴けば何か分かると思って……話した」
ゆたかは腕時計を見た。
ゆたか「もうシナリオは出来ているよ、主人公はつかさ先輩とひよりがモデル……ひよりが手伝わないのは残念、私の話しをイメージ化して漫画に出来るのは
    ひよりだけだから……あ、もう戻らなきゃ」
ゆたかは走って公園を去っていった。もっと話しを聞きたかったのに……
 
 公園を出て私は分かれ道で止まった。
駅へと続く道……家に帰る道。もう一方はつかさ先輩のお店へと続く道……
何故立ち止まる。私はもう帰るって言ったのに。駅に向かえばいいじゃないか。でも、私の中のもう一人の私が帰るなと言っている。
かえでさんとゆたかの言葉が頭の中で何回も繰り返して再生される。
私は……どうすればいい……いや、私ならどうする。
自分に問うか……そういえばみゆき先輩もそんな事いっていたっけ。
もちろん面白い方を選ぶに決まっている。とっちが面白い……
このまま帰れば締め切りが近い漫画の仕上げをすることになるか……
亡き王女のためのパヴァーヌ。どんな曲なのだろう。そしてつかさ先輩はちゃんと弾けるのだろうか。興味が湧く……それを確かめるだけも……
ひより「ふふ、分かった、悩む必要なんか無かった、こんな時、私なら行く場所は決まっている」
年甲斐も無く独り言を呟いた。まだ間に合うかな……
私は走り出した。
 
 お店の入り口にゆたかが立っていた。
ひより「まだ……間に合うかな……」
ゆたか「待っていたよ、来ると思ってた」
笑顔で話すとゆたかはドアを開けた。
ゆたか「どうぞ、皆も待っているよ」
店に入るとテーブルは片付けられていた。そして椅子がピアノを囲むように並べられていた。そこに皆が座っている。そしてピアノの席にはつかさ先輩が座っている。
ピアノはこの日のために買ったそうだ。この演奏が終わった後はこのままこの店に置き定期的にみなみが来て演奏をするらしい。
みさお「これで全員だよな……早く始めようぜ」
気付くとみさお先輩、あやの先輩も来ている……私は空いている席をみつけて座った。かえでさんと目が合った。彼女は頷くとつかさ先輩の方を向いた。
ゆたかがつかさ先輩に合図を送った。
つかさ「今日は皆来てくれてありがとう……私がこの曲を弾くのは、別れた友人の為、亡くなった親友の為……そして、なによりひよりちゃんに聴いてもらいたい」
私……に
つかさ「まだ少しぎこちないかもしれないけど……聴いてください」
つかさ先輩はみなみ方を向いた。みなみはつかさ先輩に向かっておおきく頷いた。そしてつかさ先輩も頷く。
椅子に座って大きく深呼吸、そして目を閉じて精神集中……目を開けると両手をピアノの鍵盤に添えた……
 
 この曲……メロディ……聴いたことがある……静かな曲だった……
私がみなみの家に行った時に聴いた曲じゃないか……あの時の状況が……思い出が蘇って来る。
つかさ先輩はみなみと違って目を大きく見開いて鍵盤から一時も離さずに見ている。目を閉じる余裕がない。身体もすこし強ばって緊張しているのが私にも伝わるほどだ。
必死に弾いている。みなみの時の様な優雅さは感じなかった。必死に……静かな曲とは対照的……
そう、あの時の私も同じだった。必死に考えて、考えて……行動していた。
でも……何だろう、あの時は静かな曲のイメージしかなかったのにメロディが私の心に染み込んでいくような……そんな感じがした。
私の目が自然に閉じていく……
真奈美さん、故郷に帰ったお稲荷さん達……もう二度と逢えない……そんな切なさが……つかさ先輩の想いが伝わってくる。
私は考えるのを止めて音楽に、陶酔したい。
 
つかさ「片付けまでさせちゃって……もう良いから皆帰って……」
演奏会が終わり私、ゆたか、かがみさん、泉先輩、かえでさん、あやの先輩が残って店の片付けをしていた。
こなた「良い音楽聴かせてもらったからこのくらいはしないとね」
かがみ「こなたにしてはまともな事言うじゃない」
こなた「この後のスィーツが楽しみだな~」
つかさ「分かってる、ちゃんと皆の分もあるから」
かがみ「やっぱり、それが目当てだったか……あんたは昔から変わんないな」
呆れるかがみさんだった。
つかさ「お姉ちゃんももういいから、これ以上動くと赤ちゃんに障るから……」
かがみ「この位なら大丈夫、この後、佐々木さんの整体で体調を整えるから」
話しは遅れたが佐々木さんはお稲荷さんが故郷に帰った後、整体院を再開して今日に至っている。いのりさんはもちろんその助手として働いている。町でも評判のオシドリ夫婦だ。
秘術は普段見せないが、病気で苦しんでいる人を見ると惜しげもなく使っている。そのおかげで整体院は大盛況だ。
こなた「そんな事言って、かがみもつかさのスィーツが目当てなんでしょ?」
かがみ「な、何でそうなのよ」
泉先輩は笑った。
こなた「ふふ、その仕草、図星だね、かがみも昔から変わらないじゃん」
かがみ「か、変わらなくて悪かったな!!」
皆が笑った
あやの「でも……お稲荷さんだなんて……今でも信じられない」
かえで「そうね、夢の世界って感じ」
あやの先輩はワールドホテルに出店している喫茶店で働いていた。しかしけいこさんが逮捕、謎の失踪をしてからはレストランかえでで働くようになった。
泉先輩が引き抜いたそうだ。お稲荷さんの話しを最初は信じなかったが。すすむさんやひとしさんに会うと信じるようになった。
ひより「最後のテーブルの位置、ここでいいですか?」
つかさ「そこでいいよ……ありがとうこれで全部元通り、約束通りケーキをご馳走するね」
あやの「私はコーヒーを淹れる」
二人は厨房へ向かった。
 
 ケーキとコーヒーが皆に振舞われた。
こなた「ひより、演奏会前と違って元気があるじゃん」
ひより「……そうですか、あまり変わりませんよ」
かがみ「そうね、なにか吹っ切れたような清清しさがあるわね……つかさのピアノで何か変わった?」
変わった、確かに変わった。十年間のもやもやしていた雲が晴れた。
ひより「つかさ先輩、私、まつりさんに話しますよ……全て」
つかさ「ほ、ほんとに……」
ゆたか「ひより……」
つかさ先輩とゆたかの二人の表情を見て泉先輩が首を傾げた。
こなた「まつりさんに何を話すの」
ひより「まつりさんに、お稲荷さんの話しをする、そしてまなぶの正体を話す、彼は昔コンだった……って」
さらに泉先輩は首を傾げた。
こなた「その話しをするのに何故つかさとゆーちゃんが驚かなきゃならないの?」
ひより「それは……私がまなぶを好きだったから」
こなた「な~んだ、好きだったんだ……え」
かがみ「なっ!?」
かえで「え?」
あやの「うそ?」
四人は仰け反るように驚いた。
かがみ「ちょと、あの時言ったわよね、あれは間違いだって……なぜ、嘘をついたの……」
ひより「嘘はついていません、あの時点では……まつりさんとまなぶをくっ付けようとしているうちにまなぶの魅力に気付いてしまった、ミイラ取りがミイラっスね……
    十年前、私は彼に告白をした……それで終わったと思っていた、でも、それは思っていただけ、私未だ心の整理がついていなかった……」
私はゆたかの方を向いた。
ひより「つかさ先輩の演奏を聴いて分かったよ、私は確かに小島さんが好き、だけどまなぶのミッションを終わらせないと先に進めない……まだ途中だった」
ゆたかは何度も頷いた。
こなた「ま、まさかひよりんが恋愛を語るなんて……」
泉先輩はあんぐり口を開けて呆然と私を見ていた。
かがみ「い、いや、私がもっと早く気付いていれば、もっと違った展開があったかもしれない」
ひより「かがみさん、タラレバはもう止めて下さい、私は私なりに全力だったのですから……」
そう全力だった……
ひより「ゆたか、私の最後ミッションが終わった後、小島さんにアタックするつもりだけど」
ゆたか「何で私にそんな話しを私に?」
泉先輩は私とゆたかを交互に見てオロオロしだした。
ひより「い、いや、もしかしてゆたかも好き……なんて事はないよね?」
もう三角関係は嫌だ、ここははっきりしておく。
ゆたかはにやりと笑った。
ゆたか「ふふ……私が本当に好きだったら、愛していたら黙っているよ……ひよりに先を越されないようにね」
……そうだった、ゆたかは恋の為なら手段を選ばないのを忘れていた。要らない心配だった。
ひより「ふふ、そうだったね」
私も笑って帰した。
こなた「……ゆ、ゆーちゃん、なんか恐い……ど、どうしたの……なんかすごく挑戦的だよ……そんなのゆーちゃんじゃない……」
かがみ「それだけゆたかとひよりが成長したって事よ……あんたもいつまでも二次元に逃げていないで少しは現実に帰ってらどうなのよ、そうしないと何時までも独り者よ」
こなた「う、うぅ……」
唸り声を上げる泉先輩、言い返せない。こうなったらかがみさんの独壇場だ。
かがみさんは横目で泉先輩をじっと見る。
かがみ「そうやって黙って座っていればまずまずなのにね……ふぅ」
溜め息を付くかがみさん。
かえで「いやいや、どう見てもまだお子様でしょ……」
追い討ちをかけるかえでさん。
かがみ「もう三十路を超えているのにお子様なんて……こなたってお稲荷さんじゃないの、本当は幾つなの?」
ここぞとばかりに畳み掛けるかがみさん。
こなた「……う、うるさ~い、女は三十路からが良いんだよ!!」
叫ぶと目を潤ませて私とゆたかにに駆け寄ってきた。
こなた「私に彼氏を……愛のキューピット様……」
私とゆたかは顔を見合わせた。
ひより・ゆたか「お断りします!!」
こなた「そんな……」
かがみ「無理を言うな、彼氏が居ないのにどうやってくっつけるんだ」
皆、笑った……私も笑った。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。
 
こなた「うぅ……ひよりん……ひよりんだけは仲間だとおもっていたのに……」
ひより「あ、あの、まだ告白もしていないのに……気が早過ぎますよ……」
泉先輩はゆたかの方を向いた。
こなた「ゆーちゃんは、ゆーちゃんは居るの?」
ゆたか「……はい、心に決めた人ならば……」
泉先輩は絶句して硬直してしまった。
あやの「誰なの……その人は?」
ゆたか「出版社のマネージャの……」
ひより「え、まさか田所さん?」
ゆたかは顔を赤くして頷いた。
ひより「……あの人苦手だな……締め切り厳しいし……」
ゆたか「そんな事ないよ、とってもいい人だよ」
かえでさんが急に立ち上がった。
かえで「田村さん、小早川さんの恋が実るように、そしてこなたに彼氏ができるように……はなむけにワインを持ってくるわ、丁度三十年物が手に入ったのよ、皆であけましょ」
つかさ「え、手に入るの大変だったて言っていたけど、いいの?」
かえで「今出さずして何時だすのよ、グラス用意しておいて」
かえでさんは店を出て行った。隣のレストランに取りに行ったにちがいない。
つかさ「あのワイン、店で出すためじゃないのに……」
ワイングラスの準備しながら話すつかさ先輩。
あやの「え、出すためじゃないのなら何の為のに、私はてっきりお得意様のためかと……」
つかさ「旦那さんと一緒に飲むために買ったの、かえでさん忙しくて結婚式していないから……」
ゆたか「そんな大事なワイン飲めないよ……」
かがみ「それなら私は飲まないわ、お腹の赤ちゃんも居るしね、こなた達は分けてもらいなさい、かえでさんの結婚を祝うワイン……三人のはなむけにピッタリよ」
あやの「そうね、私も止めておく、車だしね」
つかさ「それじゃ二人は葡萄ジュースにしておくね、乾杯の時用に」
つかさ先輩は冷蔵庫からジュースの瓶を取り出した。それと同時にかえでさんが戻ってきた。
かえで「フランス、ボルドー産の三十年物よ」
こなた「……そんな事言われても分かんないよ、早くちょうだい」
かえで「こらこら、慌てるな、コルク栓を開けるところが良いのよ、見ていなさい」
かえでさんはコルク栓に栓抜きを慣れた手つきで差し込むと引っ張った。
『キュー シュポン!!!』
綺麗な音と共にコルク栓が取れた。つかさ先輩がグラスを持って来た。
かえで「いい香りね……」
ワインをグラスに注ぐ。三分一くらいの量だった。
こなた「けち臭いな~」
かえで「本来ワインは香りを楽しむものなのよ……足りなければまた注ぐわよ」
グラスをつかさ先輩が皆に配った。
かえで「つかさの演奏を聴いて思った事がある……私はつかさに会わなければ自分の店を持とうとは思わなかった、そしてこの町でまた店を開くなんて思いもしなかった、
    そして……ここに居る皆は知っているようにお稲荷さんとの出会い……不思議ね、田村さんと小早川さんもそうでしょ」
ゆたか「はい、彼らとの出会いが無ければひよりと同じ仕事をするなんて無かったかもしれません」
こなた「私もつかさと同じ仕事をするとはね……」
かがみ「私はひとしと一緒にはならなかった……」
かえで「一つの出来事が与える影響は大きい、本人が自覚していなくても何かをすれば水面に投げた石の波紋の様に広がっていく、これからもきっとそうなるわ、
    良い事も、悪い事もね……これまでの事に感謝しつつ、三人のこれからの門出に……乾杯」
皆『乾杯』
こなた「うげ~何この味……しぶい……これならボジョレーヌーボの方が飲み易いや……」
泉先輩が今にも吐き出しそうな顔をしている。
かがみ「バカね、その渋みが良いんじゃないの……まだまだお子ちゃまには分からない味ね」
かえで「こなた、もう少し味覚を鍛えなさい、それじゃホール長としては落第よ」
こなた「かがみとかえでさんが居るとやり難いよ~つかさ~何とかして~」
つかさ「ワインは料理にもお菓子にもつかうの……こなちゃん、私もそう思う……もう少し味覚を……」
こなた「えー」
泉先輩がいうように少し渋かった。大人の味と言われればそれまで。泉先輩は自分の気持ちに正直すぎる。それが子供と言われてしまうのかもしれない。
だけど……それが泉先輩の良い所でもある。同じ物が長所にも短所にもなるなんて。
面白い。やっぱり戻ってきて正解だった。私は久しぶりにネタ帳を手に取った。
シナリオはゆたかだけに書かせるのは勿体無い。私も参加させてもらう。
つかさ「それよりお姉ちゃん、独立するって聞いたけど」
かがみ「子供が生まれて落ち着いたら、ひとしが準備をしている」
かえで「それは初耳ね、よ~し、今日は前祝だ、店からお酒もってくるから」
つかさ「ちょ、今日は飲み会じゃ……」
制止する間もなくかえでさんは出て行った。
つかさ「しょうがない、おつまみも用意しないと……」
ひより「演奏会、良かったです、私の中が変わりました」
つかさ「ありがとう」
つかさ先輩は厨房へと向かって行った。
それから夜遅くなるまで下ネタから宇宙論までまったく何を話しているのか分からなく程いろいろな話しをした。

 

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