ID:W145K4B60:ひよりの旅(ページ2)

かがみ「他の星から来た……不慮の事故で置いてけぼりにされて、そして二つのグループに別れた」
私は頷いた。
かがみ「するとつかさの出会った真奈美というのは人から離れているグループだった訳ね、よくそんな人と仲良くなれたものだ」
ひより「つかさ先輩は癖がありませんからね、少し天然も入っていますし、それが幸いしたのでは?」
かがみ「それだけならまだ良かったわよ……つかさは……」
ひより「はい?」
かがみ「い、いや、何でもない、気にしないで、それより私が心配しているのはコンと佐々木さん、彼等の意図が分らない、田村さんの記憶を消されたのよ、何を企んでいる?」
さっきは何を言おうとしたのだろう。慌てて話題を変えた。私の言った事に対して何か反論しようとしていた。
聞き返しても教えてくれそうにないから詮索するのは止めよう。
ひより「真意は分りませんが、私が佐々木さんと話した限りでは敵対はしていないみたいです、むしろ好意的に感じました」
かがみ「そうね、そっちのお稲荷さんは人間の社会に溶け込んでいる感じがする、人間の法に触れるような事はしそうに無いわね……でもね」
かがみ先輩の顔が曇った。
ひより「何かあるのですか?」
かがみ「二年前くらいかな、私ね、殺されそうになったのよ、そのお稲荷さんに」
その時私は泉さんとの会話を思い出した。
ひより「もしかして、真奈美の弟がどうのこうのって話ですか?」
かがみ先輩は驚いた。
かがみ「……何故それを知っているの」
ビンゴ、当たった、だけどその内容まではしらない。
ひより「いいえ、知りません、泉先輩が言いかけて止めてしまったものですから」
かがみ「まったく、あいつは中途半端なんだから」
少し頬を膨らませて怒った。
ひより「その弟に殺されかけたのですか」
かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「違ったみたいね、別のお稲荷さんみたい、それはつかさが言ったけどそれ以上詳しく教えてくれなくてね、それでも分ったことは、少なくともそっちのお稲荷さんの人間に対する憎しみは相当なもの、つかさと真奈美が仲良くなったくらいで解決できるレベルではないわ」
ひより「その弟さんをつかさ先輩が好きになったって聞きましたけど」
かがみ「二人は別れたわよ……」
ひより「そ、そうですか……」
この先の話しを聞きたいけど、かがみ先輩の悲しそうな顔を見ると聞くに忍びない。
別れたって、すると二人は好き合っていた時期が合ったって意味と解釈するのが普通、片思いなら別れるなんて表現は使わない
……お稲荷さんと愛し合うことなんか出来るのかな……私の腐った感情では計り知れない。
かがみ「田村さん」
ひより「はい?!」
かがみ先輩は急に改まった。
かがみ「コンの教育係を本当にするつもりなの?」
ひより「一応約束したっス……」
かがみ先輩は溜め息をついた。
かがみ「そこまで言うなら反対はしない、忠告だけする、相手は人ではない、まずそれを念頭に入れないとダメよ、常識は通用しないわよ、それから相手にはちゃんと
    言葉で真意を伝えないとだめ、好きなら好きですってね」
ひより「ほえ?」
あ、あれ……好きですって……ち、違う、かがみ先輩は何を勘違いしていらっしゃるのか……
ひより「あ、あの、私は……」
かがみ「つかさの二の舞は勘弁してよね、成功を祈っているわ」
な、私の話しを聞こうとしていない。私はコンが好きなんて一言も言っていない。こんな時にボケなさるとは。
ひより「ちょっと待ってください……そうではなくて……」
かがみ「大丈夫、田村さんなら出来るわよ」
私の手を両手で握るかがみ先輩。完全にその気になっている。否定すればするほど逆効果なのかもしれない。
ひより「頑張り……ます」
かがみ先輩はにっこり微笑んだ。それはよくつかさ先輩に対して見せた笑顔だった。見事な勘違いだ。この辺りはつかさ先輩と同じ、双子の血は争えない。
今ならミッションを履行できかも、こっちも仕掛けてみるか。
ひより「かがみ先輩も誰か好きな人は居るのですか?」
握っていた手をいきなり離した。そして、顔が見る見る赤くなっていくのが分る。
かがみ「た、田村さんには関係ないでしょ」
泉先輩の言うようにかがみ先輩は恥かしがりや、この反応を見れば大体検討が付く、これ以上聞く必要はない。ある意味泉先輩のミッションの半分以上が達成された。
ひより「済みません、愚問でした、」
かがみ先輩は私があっさり引いてしまったのを意外に思ったのか、突っ込んで欲しかったのだろうか、少し寂しそうな顔になった。
泉先輩なら畳み掛けるように突っ込むだろうな……
流石に先輩に対してそこまでは出来ない。
かがみ「それじゃ今日はここまでね、まだ聞き足りないでしょ、続きはまた連絡するわ」
ひより「はい、よろしくっス」
こうして初回のコンの取材は終わった。
今度はコンの側から見た取材も出来る。彼はどんな話しをしてくれるのか。これは面白くなってきた。
 
 家に帰って今日の纏めをする為にパソコンを立ち上げた。泉先輩からメール着信が来ていた。内容は……
ミッションの経過報告を催促するものだった。意外と泉先輩はセッカチだな。なんて思ったりもしてみた。今日は色々な事がありすぎて頭が一杯だ。
纏めるのは後日でいいや、ボイスレコーダーにも録音してあるしね。
とりあえず「順調に進んでいます」とだけ返信しよう。
 
 それから一週間もしない休日の日、私は駅の改札口で待ち合わせをしていた。相手はゆーちゃんやみなみちゃんではない。コン改め、まばぶを待っていた。
まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。彼に何を教えるのか、それは彼がどの程度人間を理解しているかが解らないと出来ない。
そんな事を言って、私自身、どれほど人間を理解しているのか甚だ疑問ではある。ふと足元を見てみた。いつもの運動靴。普段着……
ひより「もう少しましな服を着てくれば良かったかな……」
独り呟く……
コンの人間の姿はどんなだろう。イケメン、ブサ……はっ!!
何を考えているのだろう。デートじゃあるまいし。デート。いや、そんなのを意識してはダメ……
かがみ先輩が変な事を言ったからから、会う前からドキドキしてしまう。
そういえば……
考えてみたら男性と二人きりで会うなんて初めてかもしれない。やばい。脂汗が出てきた。平常心、平常心……
私は何度もその言葉を頭の中で唱えた。
「お待たせ、すみません」
後ろから男性の声がした。私はゆっくり後ろを向いた。
身長は私より少し高いくらい。年齢は私と同じ位に見える。顔は……可もなく不可もなくって所だろうか。
「田村ひよりさんですよね?」
ひより「はい、そうですけど」
まなぶ「私はまなぶです、今日一日お願いします」
彼は深々と頭を下げた。こんな丁寧なお辞儀をされるは初めてだった。
ひより「い、いいえ、こちらこそお願いします」
私も彼に釣られて深々と頭を下げた。
まなぶ「まさか貴女が先生だったとは思いませんでした、すすむは名前を教えてくれませんでしたから」
ひより「私じゃダメでしょうか?」
すこし謙った言い方をした。
まなぶ「いいえ、私を助けてくれた人の一人ですよね……すみません、あの時の状況はあまり覚えていません」
ひより「助けたと言うより、見つけたって言った方が良いかも」
まなぶ「これからどうしましょうか?」
ひより「取り敢えず喫茶店で話しましょうか」
自然に会話が成り立つ。初めて会うのに初めてとは思わない、不思議な感がする。コンとして何度か会っているせいかもしれない。
 
 近くの喫茶店に私達は入った。飲み物はまなぶさんが持ってきてくれた。私の正面にすわるまなぶさん。どう見ても普通の人間。
少なくとも容姿ではお稲荷さんとは誰も見破る人は居ない。レジで頼んでから席までの動作を見ても不自然な所は無かった。私が教える所なんて無い様に思える。
ひより「人間になれるようになってから日が浅いと聞きましたが?」
まなぶ「つい一ヶ月くらい前からですよ、どうです、私の変身は?」
ひより「私には見分けが付かないです」
まなぶ「それは良かった、でもこの位は普通じゃないと人間の社会じゃ生きていけない」
私は頷いた。本人もそれを自覚している。私の出番は本当にないかもしれない。いや、まて、まだ一つあるかもしれない。
ひより「まなぶさん……呼び難いな、上の名前は無いの?」
下の名前で呼ぶには少し抵抗があった。
まなぶ「苗字は未だ無い、私達にはそう言うものはない、人間の社会で生きていくと決めたときに付ける、その時には戸籍とかに細工をしないといけない、
    最近はパソコンを利用しているみたい」
ひより「他のお稲荷さんにしてもらうのか……」
まなぶさんは頷いた。
ひより「名前が無いのならしょうがないね……これだけ聞いておきたかった、人間についてどう思うのか、率直に答えてえると嬉しい」
まなぶさんは目を閉じて少し考えていた。
まなぶ「とても寿命が短いと思う、それが第一印象、私はたかだか50年位しか生きていないから解らないけど、私達が人間の社会で生きていく時は、
    百年に一度、名前と容姿を変えるって言っていた、そうしないと私達の正体がバレてしまうって」
それはそうなると私も思った。百年でも遅いくらいかもしれない。
ひより「憎いとか、恨みとかはないの?」
まなぶ「私の両親は人間に殺された、そして、私はその人間に助けられた、正直一言では表現出来ない、少なくとも田村さん、小早川さんと柊家には感謝している」
ひより「人間は個人差があるからかもしれないね……」
あれ、さっき小早川って言っていた。ゆーちゃんの事を言っていると思うけど……私を良く覚えていないのになぜゆーちゃんの名前はすぐ出てくるのだろう。
「済みません、御代を頂きたいのですが……」
喫茶店の店員が私達の席にやってきた。
まなぶ「すまない、忘れていた」
そう言うとまなぶさんはポケットから財布を取り出した。財布を開けた時だった。私は目を疑った。お札入れの部分から緑色の物がはみ出していた。こ、これは、葉っぱ?
ま、まさか、葉っぱをお札にして渡す気じゃないだろうか。
ひより「あ、はい、私が払います」
私は慌てて鞄から財布を取り出して御代を店員に渡した。まなぶさんはキョトンとした顔で私を見ていた。店員が去ると私は彼を睨みつけた。
まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」
ひより「その財布に入っているの、葉っぱでしょ、それをお札に変えようとしたよね?」
まなぶさんは財布をポケットにしまうと頷いた。
まなぶ「小さい頃、真奈美さんから教えてもらった技だよ」
得意げに話すまなぶさん。
ひより「それはね、すぐに技が解けて葉っぱに戻っちゃうから後で大変になるよ、お金は本物を使うように……まさか今までもその葉っぱのお金を使っていたんじゃ?」
まなぶ「うんん、それはない、人間と一緒に行動するから試してみたかった、それだけ……そうか、使っちゃいけないのか」
まなぶさんは胸のポケットから手帳を取り出しメモを書き始めた……そうか、これが佐々木さんの言う教育ってやつのかもしれない。もう少し様子を見る必要がありそう。
それにしてもつかさ先輩の話がこんな所で役に立つとは思わなかった……
 
 喫茶店を出て電車に乗り、テーマパークに行く予定を立てた。しかし……まなぶさんときたら……
 
ひより「ダメ~!! 何故赤で信号わたるの!!」
まなぶ「えっ? だって、狐の時子供達が信号は赤渡るのが良いって言っていたから」
 
ひより「ちょ、何で隣の駅なのに最長距離の切符買っているの!!」
まなぶ「え、だって、みんな同じじゃないの?」
 
ひより「早く来て、間に合わないよ」
まなぶ「こ、この動く階段が……恐くて降りられない」
 
ひより「はぁ、はぁ、はぁ」
隣の駅に移動するのになんでこんなに体力を使わなければならないのか。このお稲荷さんはダメダメかもしれない。基本から教えないといけない。
まなぶさんは相変わらず私の言う事を黙々とメモしていた。
こんなのはメモするまでも無いのに……佐々木さんや真奈美さんとは大違いだ。交通事故に遭ったりする訳だ。
それにまつりさんがいろいろ手を焼いていたのも納得する。狐も人間も中身が同じなら行動も同じ。
ひより「次の駅を降りたら私に付いて来て、先に行かないように、分った?」
まなぶ「はい、分っています」
う~ん、本当に分っているのかな、この空返事が怪しいな。先が思いやられる。50年も生きているのにまるで子供の様だ。
でも、お稲荷さんの寿命を考えるとこの程度の年月は短すぎるのかもしれない。私達人間はその50年で人生の半分以上を使ってしまう……
仮に私が彼と親しくなったとしても……確実に私の方が先に亡くなるのか……
生きている時間の幅が違うだけで一緒に居られないなんて、同じ種で寿命が殆ど同じなのはそう言う意味もあるのかもしれない。
 
 テーマパークに着くとまなぶはまるで子供の様に大はしゃぎだった。これはこれで来た甲斐があった。
昼食が済むと彼は次第に私から注意を受けなくなってきた。それどころか外国人に道を聞かれて対応してくれる場面があった。彼に言わせると殆どの言語を理解出来ると
言っていた。この辺りはお稲荷さんと言わざるを得ない。帰りは地元の近くで食事をした。
まなぶ「顔に何か付いています?」
ひより「い、いや、付いていない……今朝と随分変わったと思って」
まなぶ「変わった、私は別にいつもと同じですが、田村さんがそう言うのであればそうかもしれません、今日はいろいろと勉強になりました」
まなぶは黙々と食事をした。私も食事をして暫く静かな時間が続いた。
まなぶ「あの~」
控えめな小さな声だった。私は食事を止めて彼の方を向いた。
ひより「はい?」
まなぶ「まつりさんにお礼が言いたいのですが……」
ひより「何故私にそんな事を、お礼なら自分で……あっ!」
まさか……
ひより「お礼って、コンの時に世話になったお礼?」
まなぶは頷いた。
ひより「それは出来ないし、止めた方が良いですよ、まつりさんは多分お稲荷さんの存廃を知らないし、説明しても理解出来るかどうか」
まなぶ「田村さんや小早川さんは理解していますけど」
ひより「私は普通とは少し違うから」
ん……またゆーちゃんの名前が出た。しかも理解しているって。するとゆーちゃんはまなぶや佐々木さんの正体を知っていると言うのだろうか。
そんな思いも束の間、まなぶは悲しい顔になって俯いてしまった。
ひより「もしかして、まつりさんが好きなの?」
まなぶ「それは……」
適当に鎌を掛けてみた。彼の顔が少し赤くなり俯いた。この態度から察するに図星に違いない。
ひより「あれだけ世話になったのだからお礼くらいはしたいですよね……」
二人を会わす。どうやって。まつりさんとコンなら佐々木さんの家に行けば良いし、最近も会っているみたいだから私が何かする必要はない。
人間として会わすなら……どうすれば良いかな……
『ピン!!』
頭の中の電球が点いた。
ある。あるぞ。閃いちゃった。
ひより「私はコンの取材って理由で柊家に行く予定になっているから、私の漫画の弟子って事にして同行すれば会える、話題がコンだから話し易いかも」
まなぶ「ほ、本当ですか、あり難いです、ありがとうございます、先生」
し、先生だって、高校時代の部活でも言われていないのに。合わせてくれているのは解るけど、なんか嬉しい。
ひより「取り敢えず日時が分ったら佐々木さんに連絡するから、それで良いよね?」
まなぶ「はい、お願いします」
嬉しそうな顔。恋のキューピット役もたまには良いかな。
 
『ピンポーン』
私は佐々木さんの玄関の呼び鈴を押した。
すすむ「はい」
扉が開き、佐々木さんが出てくると私を見て驚いた顔をした。
ひより「帰り道でいきなり狐に戻ってしまいまして……その場で倒れたので連れてきました」
私の腕の中にコンは静かに寝ていた。
すすむ「変身が未熟なので時間をコントロールが出来ないですよ、戻るとき、周りに人は居ませんでした?」
ひより「いえ、公園の茂みに隠れたので大丈夫だと思います」
私はそっと佐々木さんにコンを手渡しした。
すすむ「済みませんね、こんな大役を任せてしまって、疲れたでしょう、上がってお茶でもどうですか?」
ひより「いいえお構いなく、私もなんかいろいろ教えられたような気がします」
すすむ「ありがとう、ところでまなぶはどうでした」
ひより「また会う約束をしました、今度は柊家を訪ねる予定です」
すすむ「やはり、まなぶはまつりさんに会いたいのですか」
私は頷いた。佐々木さんは溜め息をついた。
すすむ「今日はもう遅い、車で家まで送ろう、まなぶを寝かしてから車を出すから少し待ってくれるか?」
ひより「ありがとうございます」
佐々木さんは家の中に入っていった。
 
 すすむさんはガレージから車を出してくれた。
すすむ「まなぶが狐になったのを見てどうだった?」
すすむさんの車が走り出すと同時に話しだした。
ひより「体全体が淡く光ったと思うと見る見る小さくなって……」
すすむ「いや、質問が悪かった、どう思ったのか、感じたのかと聞いたのだが」
ひより「どう思った……っスか?」
私は思わず聞き返してしまった。佐々木さんの質問の意図が全く分らなかった。
すすむ「大概、変身の姿の見た人間は失神するか、逃げるか、半狂乱になるのが普通だ、それなのに君はまなぶを抱いて家まで運んでくれた」
ひより「う~ん、見た時は確かに驚きましたけど、つかさ先輩の話がクッションになってくれたのかな、それとも悪夢を見たのが幸いしたのか、そんなには成らなかったっス」
佐々木さんは溜め息を付いてから話しだした。
すすむ「半狂乱になるくらいならまだ良い方だ、人間は自分の理解出来ないものを排除する傾向があるみたいでね、攻撃をしてくる者もいたのだよ、まなぶを見て分るように
    我々は狐に戻った瞬間が一番弱い、攻撃されれば終わりだ、それ故に最高機密としていた、君のように冷静でいられる人間は希なのか」
佐々木さんの質問の意図が分った。これはお稲荷さんの存亡に関わる内容なのかもしれない。
ひより「難しいっスね、私の様な人が私以外に居ないのでなんとも言えない……でも、見たものをそのまま現実として受け入れられるかどうかが鍵になると思います、
    私は、趣味のせいで見たものをそのまま模写する癖がありまして、そのせいかも知れません」
もっとも今では模写どころかだいぶ歪曲してしまっている。
すすむ「そうか……その君から我々はどう見える」
ひより「狐に変身出来るのを除けば私達とそんなに変わらないような気がしますけど……」
すすむ「変わらない……か」
佐々木さんの顔が曇った。
ひより「も、もしかして気に障りましたか、すみませんっス……」
今のはまずかったか。星間旅行が出来るまで発展した文明の星から来た人に対して言う言葉では無かった。
すすむ「ふ、ふふふ、その通りだ、変わらない……どうやら私は心の奥底では君達を未開の種族と見下していたのかもしれないな」
笑いながら話す佐々木さんだった。
すすむ「田村さん、君とはもっと早く出会いたかった」
これって私を褒めているのかな。あまり良い回答とは思わないけど……
私の家の前に車は止まった。私が降りるとウィンドーが下がった。
すすむ「この調子でまなぶの教育を続けて欲しい」
ひより「このままで良いのなら、てか、他にしようが無いっス」
佐々木さんは笑った。
すすむ「おやすみ」
ひより「ありがとうございました」
佐々木さんの車は走り去った。
 
 私は部屋の中で今日の出来事を振り返っていた。やはり何と言ってもまなぶが狐の姿になる場面が何度も鮮明に頭の中に蘇ってくる。
駅に着いたら直ぐに無言で公園に向かった。苦しそうだったし無言だったらトイレかと思っていたら予想を遥かに上回る出来事が起きた。
彼の体が淡く白い光に包まれたと思うとどんどん小さくなっていって、犬のような姿になってから狐になった。漫画やアニメで見たような……
正直いって佐々木さんの言うようにその場から逃げたい気持ちになったのは確かだった。
狐に戻ったまなぶはその場に倒れて動かなかった。公園の裏とは言え人の出入りはゼロではない。見つかればあの時と同じようにいじめられるかもしれない。
放っておけない。そっちの気持ちの方が大きかった。
この気持ちはまつりさんがコンの世話をしていた時と同じ気持ちなのだろうか……
さてと。
『カチ』
ボイスレコーダーの再生スイッチを押した。寝る前に、この前のまつりさんの録音を再生して纏めるつもりだった。
『見てしまったね……』
佐々木さんの声……あ、あれ?
これはこの前再生したものではないか。
ボイスレコーダーを手に取り表示を見てみた。なんてことだ、メモリが一杯になっていた。このレコーダーを買った記憶は私には無い。
そのせいかもしれないけどどうも操作が慣れない。この前のまつりさんとの会話は思い出しながら纏めるか……
『ガサ・ガサ』
再生停止をしようとした時だった。物音が録音されている。
そうか。私はあの時録音ボタンを押したままレコーダーを仕舞ってしまったみたい。それでメモリが一杯になっていたのか。買ったばかりで不慣れだったみたい。
この音は……私を佐々木さんが運ぶ音だろうか。私は音からどんな状況なのか想像しながら聞いていた。
『ピッ、ピッ、ピッ』
電子音が響いた。他の音は聞こえなくなった。きっと佐々木さん家の中なのかもれない。
『……私だ、君の言うように来てしまった……そうか来るのか……待っている』
あの電子音は電話のボタンを押す音だった。佐々木さんの声、誰かと話している。君の言うように……これって、私が佐々木さんの家に来たのを予想した人が居るってこと?
いったい誰だろう。
あの会話だと佐々木さんの家に来るみたいだ。もしかしたらその人と佐々木さんの会話も録音されているかもしれない。早送りボタンを押して時間を進めた。
『ピンポーン』
呼び鈴の音がしたので早送りを止めた。
『大丈夫、眠っているだけだ、安心しなさい……』
佐々木さんの声、眠っているのは私に違いない。
『本当に記憶を消していいのか、私は勧めない、万が一それが発覚したら責任は君に降りかかる、その覚悟があるのか』
音がしない。沈黙が続く、迷っているのか来訪者は黙っていた。
『はい、構いません、お願いします』
その声は私が良く知っている声だった……ゆーちゃん……
 
 佐々木さんと話していてどうも違和感があったけどこれで理解できた。佐々木さんはバレないようにゆーちゃんを庇ったから話しに違和感があったと私は思った。
それに佐々木さんはこのレコーダーを気にしていた。さっきの会話を聞かれたかどうか心配だったのか。最後まで聞くべきだった。
佐々木さんは私の記憶を消すつもりは無かった。記憶を消したのはゆーちゃん……
ゆーちゃんが私の記憶を消したのは何故だろう。
あの話しぶりだと既にゆーちゃんは佐々木さんがお稲荷さんだと知っている。おそらくコンの正体も知っている。
それは理解できるけど何故……
そういえばゆーちゃんは以前、私がコンの話しをしたら『そっとしておこうよ』って怒った事があった。
私はゆーちゃんにとって邪魔だったから……
何の邪魔だったのかな……知りたい……それはゆーちゃんにとって知られてはいけないものなのか。
私の知っているゆーちゃんとはこんな事はしないし、出来ないはず。お稲荷さんに強制された訳じゃない。その逆、ゆーちゃん自ら私の記憶を消すように頼んでいた。
……考えても先に進まない。これは直接聞くしかない。
しかし、私の記憶を消すくらいだから、そう簡単には教えてくれないだろう。どうする……
時計を見るともう日が変わっていた。
あっ、もうこんな時間か……一度寝て少し落ち着こうか。
 
 次の日、
大学の講義が終わり私は寄り道もせず泉家に向かった。アポは取っていない。その方が聞きやすいと思ったから。ゆーちゃんに弁解の機会を与えないで
真実のみを話してもらう。これがアポなし訪問の理由。もっとも居なければ出直すしかない。
さて……居ますように。
呼び鈴を押すとおじさんが出てきた。
そうじろう「おや、田村さんだったね、ゆーちゃんなら今帰ってきた所だ」
これは幸運だ。心の中でガッツポーズをした。
扉を全開にして私を通してくれた。
そうじろう「ゆーちゃん、お客さんだぞ」
ゆーちゃんの部屋に向かって大声で呼んだ。
暫くすると部屋からゆーちゃんが玄関にやってきた。
ゆたか「ひ、ひよりちゃん、どうしたの……急に……」
驚くゆーちゃん。この驚きは何を意味するのだろうか。
ひより「ちょっと取材でこの近くに寄ったものだから、居なければ帰るつもりだった」
ゆたか「そうなんだ、それじゃ私の部屋に来て」
ひより「お邪魔します」
靴を脱ぎゆーちゃんの後に付いていった。
そうじろう「後でお茶でも持って行こう」
ひより「有難うございます」
ゆたか「あっ、私がしますから」
そうじろう「それじゃ、そうしてくれ」
おじさんは自分の部屋に戻っていった。
 
 部屋に入るとゆーちゃんは部屋を出て行った。しばらくするとお茶とお茶菓子を持って帰ってきた。
ゆたか「取材の帰りって言っていたね、もしかして漫画を再開したの?」
そうだった。コミケ事件から描いていなかった。でも、話としては入りやすい。まさかゆーちゃんからこの話を振ってくるとは思わなかった。
ひより「うん」
ゆたか「そうだよね、やっぱり好きな事をするのって一番楽しいから、それでなんの取材をしていたの」
ひより「コンの記憶が戻る過程の取材」
ここは嘘を付いても意味が無い。それにゆーちゃんの反応も見てみたい。
ゆたか「えっ、そ、それって、柊家の取材でしょ、だ、ダメだよ、また知り合いをネタにしたら、あの時どうなったか分かっているでしょ?」
動揺するゆーちゃん、一見私を心配しているようだけど、裏を知ってしまうとまた違って見えてしまう。
ひより「ふふ、その点は大丈夫、かがみ先輩のお墨付き、泉先輩が介入しないなら良いって言ってくれた」
ゆーちゃんは黙ってしまった。嘘を言っていないから私的に気は楽だけどゆーちゃんから見れば気が気じゃないよね。
これで大体分かったけど核心に触れなければ私の気が治まらない。鞄からボイスレコーダーを取り出した。
ゆたか「なに?」
首を傾げるゆーちゃん、私は再生ボタンを押してゆーちゃんの目の前に置いた。
『○月○○日、晴れ、町を歩いているとたい焼き屋さんを発見した、どうやら新規オープンしたようだ、手持ちは……準備していなかった、
 一個分のお金しか持って来ていない、さて、たい焼きの中身を何にするか……』
あ、な、なんだ、ち、違う。
ゆたか「……そうだよね、そうゆう時って悩むよね……私だったら……」
ひより「ちょ、ちょっと待って、今のは違うから」
ボイスレコーダーを取り再生トラックを変えた。ゆーちゃんが慌てている私を見て笑っている。しくじった。
『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』
ゆーちゃんの顔が厳しく豹変した。顔色が見る見る青くなっていく。ボイスレコーダーは最後にゆーちゃんの声を再生した。
『はい、構いません、お願いします』
再生が終わると私はボイスレコーダーを鞄に仕舞った。
 
 ゆーちゃんは俯いたまま何も話さない。あまりに決定的な証拠を突きつけられて何も言えなくなってしまったのだろうか。
私はゆーちゃんの言葉を待った。だけどその言葉はこのままでは聞けそうにない。ちょっとダイレクト過ぎたかも。
ひより「私ね、この録音を途中までしか聞いてなかった、だから私は佐々木さんに会いに行ってきた、そこで佐々木さんは紳士的に対応してくれた、
    もちろん自分の正体も教えてくれたし、コンの話もしてくれた、残りの録音の昨日聞いた……それで佐々木さんはゆーちゃんを庇っていたのに
    気が付いた、だからこうして私はここに来た、私の記憶を消したのはゆーちゃんだよね……どうして?」
口を噛んでいるように硬く閉じて開こうとしない。そんなに私に知られたくない内容なのだろうか。私は怒っていない。それは私の表情からも分かるはず。
あまりこんな事はしたくないけど。ゆーちゃんのかたくな態度を見るとせざるを得ない。
ひより「これがもしみなみちゃんだったら、同じ事をしていた?」
ゆたか「そ、それは……」
話そうとしたのも束の間、口が開いたがまた閉じてしまった。私は暫く真面目な顔でゆーちゃんを見ていた。
ひより「ふふふ、その姿、泉先輩と同じだね」
私は笑った
そう、これはコミケ事件の場面でかがみ先輩が私を尋問する時に使った手法だ。厳しい態度を見せておいてから一転して砕けた笑顔。
かがみ先輩がそれを意識していたかどうかは分らない。こんなのは大学でも教えていないだろうし、そもそもそんな手法があるのかどうかさえ知らない。
だけど少なくとも私には効果があった。それをそのままゆーちゃんに試したのだった。それに私はかがみ先輩の様な笑顔はつくれない。上手くいくだろうか。
ゆたか「お、お姉ちゃんと……同じ?」
驚きながらも意味が分らないのか首を傾げて聞き返してきた。私は頷いた。
ひより「今、ゆーちゃんのしている事は、あの時の泉先輩と同じ、私はそう思う」
ゆたか「あ、う……」
よっぽど話したくないのか、目が潤んできてしまった。肩が震えているのが分る。
私もこれ以上責めるつもりは無い。それに付け焼刃の試みも失敗に終わった。
ひより「分った、ゆーちゃんが話してくれないのなら、もう聞かない、私は私のしたい様にするから、ゆーちゃんもしたい様にすればいいよ」
私は立ち上がり部屋を出ようとした。私は怒っていない。むしろゆーちゃんが隠し事をしているのが新鮮でとても興味があった。高校時代ではまず在り得なかった。
 
ゆたか「私……お稲荷さんを知っていた……」
ボソボソと話しだすゆーちゃん。私は立ち止まった。短いけどこれだけ話してくれただけでも嬉しい。私は振り返ってゆーちゃんの前に座った。
ゆたか「ごめんなさい……私、取り返しのつかない事をしちゃった……」
ひより「そうだね、そのおかげで私はボイスレコーダーを買った事実さえ忘れてしまった、何が録音されているかもね、それに、未だに操作が覚束ないよ、このレコーダーが
私の物って実感がない、だからゆーちゃんの所に来た」
ゆーちゃんは何か吹っ切れたように話しだした。
ゆたか「佐々木さんが言っていた、一つの記憶だけをピンポイントで消せないって……関連している記憶も消えてしまう可能性があるって……私、もしかしたら、
    ひよりちゃんにとってもっと大切な記憶を奪ったかもしれない……」
ひより「ふふ、今度消されたらゆーちゃんやつかさ先輩の記憶まで消えちゃうね」
ゆたか「も、もう、そんな事しないよ……出来ないよ……」
私が笑うとゆーちゃんの目から大粒の涙が零れだした。そんなにしてまで私から何を隠そうとしていたのだろう。今ならそれも問い詰められそうだけど、
泣いている姿を見ているとやり難い。それに、あのかがみ先輩ですら泉先輩をあれ以上問い詰めなかったのだから。
 
ひより「佐々木さんの正体、何時知ったの?」
ゆーちゃんは少し落ち着きを取り戻した頃話し始めた。
ゆたか「整体院に通うようになって直ぐ……私がその日の最後の患者の時だった、治療が終わって外に出たら次回の予約を取っていないのに気が付いて、急いで戻ったて
    診療室のドアを開けたら……佐々木さんの姿が……狐の姿に……なっていくのを見てしまった」
まだ少し泣き声が混ざりながらだった。
通うようになって直ぐ……私達がレストランかえでに行く前じゃないか。ゆーちゃんはつかさ先輩からお稲荷さんの話しを聞く前に既に知っていたのか。
ひより「それで……逃げたの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
この時のゆーちゃんの行動にすごく興味を引かれた。
ゆたか「恐かった……恐かったけど、逃げさすほど恐くなかった、多分佐々木さんの方がもっと驚いたのかもしれない、私を見るなり机の下に隠れてしまって……」
私の見ていた夢が消えた記憶の断片なら私はあの時逃げようとしていた。条件は同じなのに。
ゆたか「私は佐々木さんに向かって、「ごめんなさい、突然開けてしまって」……そう言ったら、机の下からゆっくり出てきてくれた、
    狐の姿だと言葉が喋られないみたいで……何を私に言いたいのか理解できなかった、だから、私は明日来ても良いですかって言ったら頷いてくれた」
ひより「す、凄いね、狐になった佐々木さんに声を掛けられるなんて、よっぽど勇気がないとそんな事できないよ……ゆーちゃんを見直しちゃったよ」
これは素直に感心するしかなかった。ゆーちゃんは照れ気味なのか顔が少し赤くなったように見えた。
ゆたか「次の日、佐々木さんは全てを話してくれた、佐々木さん達は遠い星から来た人だって、それも数万年も前、事故が原因で帰れなくなったって言っていた」
ひより「数万年前、そんなに昔……そこまで私は聞いていなかった、凄い昔、確か調査で来たって言っていたけど……調査に来るって事は、やっぱり地球は珍しい星だったね」
ゆたか「うんん、地球みたいな星は結構いっぱい在るって言っていた、ここに来る前にも100個くらい調査したって言っていたよ」
ひより「百個……」
この星もそんな有り触れた星に過ぎないのだろうか……
ゆたか「あっ、でも、文明をもつ星は珍しいって、少なくとも調べた星では一個も無かったって」
ひより「い、いや、数万年前じゃ、私達も文明なんてレベルじゃ無かったよ」
ゆたか「そうだよね、人間をもっと早く知っていれば狐にならなくて済んだって言っていた」
ん、ちょっと待て、ゆーちゃんの話しは具体的でなんか実際に見てきた様な言い方だよね。まさか……
ひより「佐々木さんって何歳なの、その話しを聞いていると当時から居るような気がしてならないよ」
ゆたか「うん……当時からずっと生きているのは佐々木さんを含めて三人だけになったって……凄いよね……私達から見ればやっぱりお稲荷様だよ」
ひより「それじゃ、コンがお稲荷さんって言うのも知っていたの?」
ゆたか「……うんん、始めは気が付かなかった……佐々木さんの整体院で一回もコンちゃんには会っていなかったから……佐々木さんに話してどうやってコンちゃんを引き取ろうか
いろいろ話し合って……でも皆には秘密にしたいから……」
秘密にしたいからコンの迷子のポスターを作るなんて言ってしまった。でも私はどんどん調べていくから記憶を奪おうなんて考えた。
私の頭の中の整理が付いた。
 
 
 ゆーちゃんの話しは興味をそそるものだった。SFに興味ない私が聞き入ってしまうくらい。
お稲荷さんは仲間に連絡を取るために人間に知識を教えた事もあった。だけどその知識の為に人間同士争いってしまい文明が滅びてしまった。
それの繰り返し、それで人間から疎まれはじめて、追われて、逃げて……千年くらい前に日本に住むようになったそうだ。
お稲荷さんは約二十名が生き残って細々と暮らしている。殆どはつかさ先輩の居る町の神社に住んでいると。
佐々木さんの様に人間と一緒に生きているのは極少数、お稲荷さんをやめて人間になってしまった人も居ると言っていた。
それだったら最初から人間になっちゃえば良い。なんて思ったりもするけど、物事はそんなに単純じゃない。
何千年、何万年も生きられる事で私達には分らない良い何かがあるに違いない……
もっとも、たかだか二十年そこそこしか生きていない私が考えた所で分るはずも無い。
 
ゆたか「コンちゃんの教育係?」
私は頷いた。ゆーちゃんの話が終わると今度は私が今までの経緯を話した。ゆーちゃんは食い入るように私の話しを聞いていた。
ひより「昨日行ってきたけど……まぁ、子供と言うのか、笑っちゃうくらい」
ゆたか「そ、そうなんだ……」
ゆーちゃんは少し寂しそうな顔になった。
ひより「ん、どうしたの?」
ゆたか「え、あっ……佐々木さんは私にコンちゃんの話しはしなかったから……私ってまだ子供なのかな……」
ゆーちゃんがこんな事言うなんて……ゆーちゃんも教育係をしたかったのだろうか。
ひより「そうかな、佐々木さんは私にゆーちゃん程詳しく自分達の話しをしてくれなかったから……同じじゃないかな?」
ゆーちゃんはあまり納得していなかった様子だった。私は話しを続けた。
ひより「それで今度、柊家に彼を連れて行く」
やたか「えぇ、それって、正体を話しちゃうって事、だ、ダメだよ」
身を乗り出して迫ってきた。
ひより「い、いや、そうじゃなくて、まばぶさんがまつりさんにお礼を言いたいって言うから……勿論、正体なんかばらすつもりは無いよ、いきなりコンはお稲荷さんで、
    人間に化けて来ましたよ、なんて言ったって信じてくれるわけ無いから」
ゆーちゃんは私から離れてホッと胸を撫で下ろした。
ゆたか「そうした方が良いよ……まつりさんにお礼……もしかして、コンちゃんは……まつりさんの事……」
ひより「そうだね、愛している……とは言えないけど、少なくとも好意は持っていると思う、殆どまつりさんが世話をしたって言うから、当然と言えば当然だね」
ゆたか「……そ、そうなんだ……ねぇ、ひよりちゃん……」
今度は改まって私に迫ってきた。だけど目は私を見ていない。言い難い話しなのかな。
ゆたか「うんん、何でもない……なんでもない……まなぶさんとまつりさん……か……うまく行くと良いね」
何を言おうとしたのだろう。少し気になるけど……今は考えるのは止めよう。
ひより「ふふ、ダメダメ、きっとまつりさんの好みじゃないと思うよ」
ゆたか「そんな事ないよ、きっとうまくいくよ!!」
珍しく私のおふざけに食いついてきた。もちろんまつりさんの男性の好みなんて知らない。適当にふざけただけだった。それなのにこの食いつき様は……
これはゆーちゃんも私と同じような状況にあると思って良い。
『よし!』
頭の中で気合を入れた。
ひより「もしかして、ゆーちゃんも誰かと誰かをくっ付けたい、なんて思っていない?」
ゆたか「えっ!?」
ゆーちゃんの表情が固まった。図星だ。この状況から察するに答えは自ずと導き出される。
ひより「ズバリそれは、佐々木さんといのりさん……」
ゆたか「え、え~ど、ど、どうしてそれを……」
動揺してどもってしまうゆーちゃん、やっぱりゆーちゃんは嘘を付けない。ちょっとだけホッとした。
ひより「佐々木さんがコンを引き取りに来た時、佐々木さんといのりさんが良い雰囲気だったのを思い出したから、もしかしたらと思ったのだけどね」
暫くするとゆーちゃんは納得したように落ち着きを取り戻した。
ゆたか「ひよりちゃん凄い……あの時そこまで気が付かなかった、鋭い洞察力だね」
ゆーちゃんにまで同じ様に褒められるとは。流石に照れてしまう。
ひより「それで、お二人はどこまで進んでいるのかな~?」
調子に乗った私はまたちょっとふざけ気味になった。ゆーちゃんの顔が曇った。
ゆたか「私がいのりさんに整体院を教えてから何度か通うようになって……」
いのりさんが整体院に通う……見た所身体が悪そうに見えないけど……好きになると通いたくなるものなのかな~
整体師と巫女の恋物語……う~ん、ちょっといやらしいかな、いや、そう思う私がいやらしいのかもしれない……でも、もっと良い題名付けられないかな……
ゆたか「ひよりちゃん……聞いている?」
ゆーちゃんの声に我に返った。
ひより「は、はい、 なんでしょうか、佐々木さんが通うようになった……はい、次お願いします」
ゆーちゃんは頬を膨らませて怒った。
ゆたか「やっぱり聞いてない……」
やばい、やばい、妄想が止まらなくなってしまう。いつもの癖が出てしまった。私はゆーちゃんを見て集中した。
ゆたか「……いのりさんが佐々木さんに好意を持っているのは私もそこで分ったのだけど……佐々木さんの方がいのりさんを避けているような感じがする……
    何とかしたいのだけど、私の力ではどうする事も出来ない……何か良い考えがないかな……」
ひより「う~ん」
両手を組んで考え込んだ。これは難題だ。そもそも恋愛は私の得意分野ではない。いや、そもそもこうすればこうなるみたいな方程式なんか無い。
それが恋愛……
まなぶとまつりさんも同じ。それはつかさ先輩と相手のお稲荷さんも然り。
ひより「ごめん、私もそれに関しては全くのノーアイデア」
ゆーちゃんは沈んだ顔になった。もしかして、ゆーちゃんはこの恋愛の為に私の記憶を消したのかもしれない。
そうだ、そうに違いない。それしか考え付かない。自分だけで解決したい……そうか。無理しちゃって……
ひより「まなぶとまつりさんを会わせてそのまままつりさんがまなぶを好きになってくれれば私は何もする事がない、でもそう簡単にはいかないと私も思っている、
    こうして片足を突っ込んだからには何とかしないと、お互いにね、ゆーちゃんもそう思っているでしょ?」
ゆたか「それじゃ……ひよりちゃんも?」
ひより「恋って他人がどうこうするものじゃないって言うのは認識しているけど、相手がお稲荷さんだとやっぱり放っておけない」
ゆーちゃんは当然と言わんばかりに相槌を打った。
ゆたか「このまま私はいのりさんと佐々木さんを担当するから、ひよりちゃんはまつりさんとコンちゃんをお願い」
ひより「うん」
さて、ゆーちゃんと話してほぼ目的を果たした。でも、もう一つ決めておかないといけない事がある。
ひより「……みなみちゃんにはどうやって説明するか、それが問題だね」
突然ゆーちゃんの顔が豹変した。
ゆたか「みなみちゃ……みなみには話す必要なんかないよ」
ひより「へ?」
私は呆気にとられた。どう言うことなんだ?
ゆたか「ひよりちゃん、この話しはみなみに話したらダメだから、約束して」
いつになく強い口調だった。
ひより「……約束するのは構わないけど、みなみちゃんと何かあったの」
ゆたか「ひよりちゃんには関係ない事だから……」
言葉のトーンが少し下がった様な気がした。関係ないと言われても関係ないはずはない。
ひより「もしかして、喧嘩でもしたのかな」
ゆたか「もうその話しは止めて!」
ひより「う、うん、もう話さないよ」
また強い口調になった。どうやら喧嘩をしたのは確かなようだ……そういえば泉先輩を見送った後、かがみ先輩がそんな話しをしたっけ。
私には気が付かなかったけど、かがみ先輩の方が私より鋭い目を持っているのかもしれない。
喧嘩とはまた厄介な問題だ。
ゆーちゃんはああ見えて一途な面をもっている。みなみちゃんはちょっと言葉足らずな所があるから今まで喧嘩をしなかったのが不思議だったのかもしれない。
やれやれ、これも私がなんとかしないとならいみたいだ。
ゆたか「あっ、もうこんな時間、もう遅いし、夕ご飯を食べていかない?」
いつものゆーちゃんに戻った。
ひより「え、私は……」
ゆたか「遠慮しないで、いつも二人で寂しいから、おじさんもきっと喜ぶし、ね」
ひより「……それではお言葉に甘えまして……」
なんだろう、ゆーちゃんにこんな二面性があったなんて、これもツンデレの一種なのだろうか。いや、みなみちゃんと何があったからかもしれない。
でも喧嘩なんてどっちもどっちって落ちが殆どだし……
取り敢えずまなぶと会う前にみなみちゃんに会う必要がありそう。
 
 夕食はゆーちゃんとおじさんを含めた三人で食べた。おじさんは泉先輩の話しかしなかった。ゆーちゃんは何故かつかさ先輩の話しが中心になっていた。
その合間を縫うように私は雑談をした。やっぱりなんだかんだ言って泉先輩が抜けたのはこの家にとって大きな出来事だったのだろう。
そんな気がしてならなかった。
話しは長くなりすっかり夜も遅くなってしまった。おじさんの車でゆーちゃんが家まで送ってくれると言うので送ってもらう事になった。
 
ひより「家に連絡をとって兄に迎えに来てもらうよ」
ゆたか「うんん、引き止めたのは私だし、気にしないで」
ゆーちゃんは車のロックを解いた。
ゆたか「どうぞ」
私は助手席に乗った。そういえばゆーちゃんの車の運転は初めてだった。ゆーちゃんは運転席に乗りシートベルトを締めた。ゆーちゃんは私の方をじっと見つめた。
ひより「はい?」
ゆたか「シートベルト」
ひより「あ、そうだった」
私はシートベルトを締めた。その瞬間、ゆーちゃんの目つきが鋭くなった。道路の向こうの一点を凝視する目、獲物を狙う猛禽類そのものだった。
ひより「え、な、何?」
戸惑う私を尻目にゆーちゃんはサイドブレーキに手をかけた。
ゆたか「いくよ!!」
『ヴォン!!』
エンジンが爆音を上げた。
嗚呼……ゆーちゃんは成実さんと同じ血が流れているのを忘れていた。隣に座っているのは紛れもなく成実さんの妹であった。
その後の私はゆーちゃんのドライブテクニックを嫌と言うほど味わう事となった。
 
 数日後私はみなみちゃんに連絡を取った。するとみなみちゃんの方から私の家に出向くと言ってきた。私はすぐに了承をした。
 
さて、みなみちゃんを呼んだのは良いけどどうやって話せば……
ゆーちゃんは昨日の話しはするなと言う。曲がりなりにも約束をしたからにはうかつには話せない。
みなみ「急用は何?」
ひより「え、えっと……」
ここに来て口篭る。みなみちゃんはゆーちゃんと一緒に居たから気兼ねなく話せたけど、こうして二人きりだと話しのペースが掴めない。
どうやって切り出すか。みなみちゃんはまごまごしている私を不思議そうに見ていた。ここ単刀直入にいくしかなさそうだ。
ひより「最近、ゆーちゃんと喧嘩していない?」
みなみ「ゆたかと……喧嘩」
復唱するとそのまま黙ってしまった。ゆーちゃんと違って表情からは何も分らない。
ひより「泉先輩の引越しの見送りに来なかったでしょ、泉先輩が出発した後ね、ゆーちゃんが……」
みなみ「あの時は用事があったから……」
私の話しに割り込んで来た。
ひより「みなみちゃんの話しはしたくないって……数日前だよ、本当はゆーちゃんもここに連れてきて一緒に話しをさせたいくらい」
みなみ「……その必要はない、あんな分らず屋といくら話しても結果は同じ」
ひより「ちょ……みなみちゃん……」
みなみちゃんとは思えないセリフだった。事態は思ったより深刻そうだ。
みなみ「ひよりは聞いたの、佐々木さんといのりさんの話しは……」
ひより「えっ!?」
まさかその言い方からするとみなみちゃんも話しを聞いているって事なの?
みなみ「お稲荷さん、あえてそう言わせてもらう、彼らはつかさ先輩、かがみ先輩の命を奪おうとした、そんな人達といのりさんを一緒にさせるなんて正気の沙汰とは思わない」
ひより「人間もいろいろ居るのと同じ、お稲荷さんだっていろいろ居る、佐々木さんは私が見た所普通の人と同じ思考だと思う、いや、普通の人より理性的、
    一緒に考えちゃダメだよ」
みなみちゃんはお稲荷さんの事を良く思っていない。つかさ先輩の話しを聞いていた時は感動している様にみえたのに……
みなみ「みゆきさんは言った、人は人意外愛せないって……まして彼らは他の星から来た者、愛し合うなんて出来るはずない、ゆたかのしようとしている事は悲劇しか生まない」
う、確信を付いてきた。確かに普通に考えるとそうかもしれない。でも、何故、みなみちゃんは心変わりしてしまったのかな。高良先輩の名前が出てきたけど……
そうか、高良先輩の影響をもろに受けてしまったみたい。高良先輩もお稲荷さんを良く思っていないって泉先輩が言っていたのを思い出した。
みなみ「ひよりからも止めるように言って欲しい……」
急に悲しい顔になった。喧嘩をしていてもゆーちゃんを心配している。そこは変わっていないみたい。なんかホっとした。
でも、みなみちゃんの言っている内容はそのまま私がしようとしている事に対しても止めろと言っている様に聞こえる。
ゆーちゃんはこうなるのを分っていて話しをするなって言ったのかな。
ひより「私は……止められない、正しいのか、間違っているのか、私には分らないけど、これだけは言える、好き合っているなら良いんじゃないの」
みなみちゃんは私を鋭い目で睨みつけた。
みなみ「……ゆたかはそんな不確かな感情で動いている、遊びで二人を弄んでいる、それこそ佐々木さんの怒りを招くだけ……」
ひより「あ、遊び……」
みなみちゃんは立ち上がって身支度をし始めた。
遊びだって……私はそんな浮ついた気持ちでまつりさんとまなぶを会わせようなんて思っていない。胸が熱くなった。込み上げる感情を抑えられなくなった。
ひより「違う、違うよみなみちゃん」
みなみちゃんは身支度を止めた。
みなみ「違う?」
ひより「そうだよ、私は命を懸けて佐々木さんの所に行った、それを遊びだなんて言わないで、私は……私は、少なくと私は間違っていないと思うから、二人を会わせて、
    その後は二人で決める、それだけだよ、無理強いなんかしないし、させない、切欠を与えるだけ、それでもダメなの?」
みなみ「な、なにを言っているのか分らない、私はゆたかに言っているのに、なぜひよりがムキになる……」
私は我に返った。しまった。思わず自分に言われているような気がしてしまった。そんな私を見てみなみちゃんは微笑んだ。
みなみ「ひよりが趣味以外で熱く語るのを初めて見た……ゆたかが羨ましい」
みなみちゃんは身支度を終えると部屋を出ようとした。
みなみ「私は手伝えない、だけどひよりが正しいと思うならゆたかを助けてあげて……お邪魔しました、帰ります」
みなみちゃんは部屋の扉に手を掛けた。
ひより「もし、真奈美さんが生きていたら、きっとつかさ先輩の友達……親友になっていたよね、うんん、もうとっくに親友だった、二人はお稲荷さんと人間だよ……
    だから私も同じ様に……」
一瞬動作が止まったけど、そのまま玄関の方に向かい、家を出て行ってしまった。
ゆーちゃんとみなみちゃんの仲直りすら誘導できないなんて……みなみなちゃんの言うように私達は間違っているのかな……
いや、成功させれば誰も文句は言わない。ゆーちゃんの為にも成功させてみせる。
 
 私達は柊家に向かっていた。
ひより「打ち合わせの通りお願いね、シミュレーションを忘れないように」
まがぶ「分った……」
それから一週間後、二回目のまつりさんの取材の日になった。今度はまなぶと一緒だ。まつりさんがどんな行動をするか事前にシミュレーションをしておいた。
万全には万全を、少しでもまなぶの好感度を上げておきたい。あれ、まなぶの表情が硬い。
ひより「まなぶさん、まだ会ってもいないのに緊張しちゃダメ」
まなぶ「分っている、分っているけど、人間として会うのは初めてだ、私を見てどう思うだろう?」
ひより「……私はまつりさんじゃないから分らない、あまり気取らないで自分らしくいくしかないと思う」
この程度のアドバイスしか出来ないとは我ながら情けなくなる。
まなぶ「……家が見えてきた」
ひより「まつりさんには私のアシスタントも同行するって言ってあるから」
まなぶは手の平に人と三回書いて飲んでいる……そんなおまじないで緊張が解けるわけ……まさかお稲荷さんがその起源?
確認をする間もなく柊家の玄関の前に着いた。
ひより「それでは行きます……」
私は呼び鈴を押した。暫くすると扉が開いた。
かがみ「いらっしゃい、待っていたわよ……」
私の隣にいるまなぶをかがみ先輩がじっと見た。かがみ先輩にはまなぶの正体はまだ言っていない。取材が終わったら話すつもりでいた。
かがみ「……貴方が田村さんのアシスタントね……」
ひより「はい、大学の同級生でまなぶと言います」
まなぶ「よろしくお願いします!」
まなぶは深々と頭を下げた。
かがみ「取り敢えず中に入って、まつり姉さんが買い物から帰ってこないのよ……」
ひより「はい」
私達は家の中に入った。
かがみ「居間で待っていて、直ぐに呼ぶから」
かがみ先輩は携帯電話を取り出した。
まなぶは何の迷いもなく居間に向かって歩き出した。しまった。まなぶはこの家は初めての筈、だ、だめだよ。私は小走りでまなぶの前になって居間に進んだ。
ひより「家に入ったら勝手に歩いたらダメって言ったでしょ?」
私は彼の耳元で囁いた。
まなぶ「あっ、そうだった、ごめん、狐の頃を思い出してしまった、今度から気を付けるよ」
まなぶも小声で囁いた。これじゃ先が思いやられる……
かがみ先輩は携帯電話でまつりさんと会話をしている。おそらくさっきは見られていない。
かがみ「そうなのよ、もう彼女達来ているわよ」
……
かがみ「忘れていたって……ちょ、姉さんしっかりしてよ、今どこに居るの?」
……
かがみ「それじゃ直ぐ戻ってきて……急いで!!」
 
かがみ先輩は携帯電話を仕舞うと居間に来て私達の前に座った。
かがみ「ごめんね、姉さんすっかり忘れたみたい、急いで戻ってくるから少し待っていて」
ひより・まなぶ「はい」
かがみ先輩は私の隣に座っているまなぶをじっと見つめた。
かがみ「ふ~ん、成る程ね……」
かがみ先輩は腕を組み納得する様に二度頷いた。
ひより「なんでしょうか?」
かがみ先輩はまなぶを指差し言った。
かがみ「あんた、コンじゃない?」
ひより・まなぶ「ふえ?」
あまりに唐突で、的を射た発言に私達二人は奇声を上げるしかなかった。そんな私達を見てかがみ先輩は笑った。
かがみ「図星みなたいね」
ひより・まなぶ「ど、どうして分ったの?」
かがみ「コンは人の顔を見る時、二回瞬きをする、そのタイミングと間隔が全く同じだった」
まなぶは慌てて両手で目を隠した。それを見たかがみ先輩はまた笑った。
ひより「そ、それだけで、たったそれだけで分ったのですか?」
かがみ「勿論それだけじゃ分らない、田村さんのいままでの行動や、私の体験、つかさの話しとかを総合的に考えてね……今は私しか家に居ないから
    思い切って聞いてみたのよ、仮に違っていても彼にさんにとっては意味不明な会話になるから問題ない」
ひより「まいったなぁ~そこまで考えた上の質問だったっスか……私からはもう何も言う事はないっス」
まなぶ「ま、まずい、これじゃまつりさんにもバレしまう……は、早く帰ろう……」
慌て始めたまなぶを見てまたかがみ先輩は笑った。
かがみ「ふふ、まつり姉さんは分らないわよ、お稲荷さんの話しを知らない、仮に知っていたとしてもまなぶさんとお稲荷さんを結びつけるような思考はないと思う、
    田村さんみたいに想像力がある人じゃないと理解できないわよ」
ひより「そ、そうですか」
これって、褒められているのだろうか……
急にかがみ先輩は真面目な顔になった。
かがみ「それはいいとして……なぜ連れてきたの、コンの話しをするのに本人を連れてくるなんて……もっと相談くらいはして欲しかった」
私とまなぶは顔を見合わせた。
ひより「……これには人には話せない深い事情がありまして……」
かがみ「深いって……今更私に何を秘密にすると言うのよ、つかさ、こなた、みゆき、私はもう殆ど知っているのよ、貴女達だってつかさから聞いているでしょうに」
ひより「はい、ですから事情であります」
かがみ「事情……事情って何よ」
かがみ先輩はまなぶの方を見た。まなぶは俯いて少し顔が赤くなっている。
かがみ「……何よ、人に言えない様な恥かしい事なの……」
私達は黙った。
かがみ「……ちょっと待って、まさか、まつり姉さんを……た、田村さんちょっとこっちに来なさい」
かがみ先輩は立ち上がり居間を出た。
かがみ「まなぶさんはそこで少し待っていて下さい」
私は居間を出ると二階に上がりかがみ先輩の部屋に連れられた。部屋に入るとかがみ先輩は扉を閉めた。
かがみ「どう言う事なの、あんたまなぶさんを好きじゃなかったの」
ひより「いいえ、私は別に好きでもなんでもないです、あの時は否定するほどかがみ先輩が勘違いされるものですから……」
かがみ先輩は自分の間違えに気付いたせいか少し照れてしまっていた。
かがみ「そ、そうだったの……そ、それなら別に問題はないけど……それにしても、選りに選って……まつり姉さんなのか……」
私は頷いた。
かがみ「確かにまつり姉さんはコンの世話をしたかもしれないけど……それはあくまで犬として、狐として見ていただけでしょうに」
ひより「それは私も彼に言いました、それでもお礼を言いたいって……」
かがみ「……あんた、何故そんなに首を突っ込む、下手をするとつかさの二の舞になるわよ……」
みなみちゃんと同じような言い方だ。
ひより「もう突っ込んでしまっていますから、私が何もしなくてもまなぶさんはきっとまつりさんに会おうとする、それならお膳立てくらいはしても良いかなって……」
かがみ先輩は腕を組んで考え込んでしまった。ここまで話したのならもう一つの話しもするかな……
ひより「あの、もう一つついでに……いのりさんと佐々木さんも同じような事をゆーちゃんがしようとしています」
かがみ「はぁ……な、なんだと、つかさといい、姉さん達といい、あんな狐に化けるお稲荷さんのどこが良いのよ」
呆れ顔でお手上げのポーズのかがみ先輩。
ひより「つかさ先輩は置いておいて、お二人はまだお稲荷さんの正体を知らないから何とも言えないっス」
『ブルブルブル』
かがみ先輩のポケットから携帯のバイブ音が鳴った。かがみ先輩はポケットを手で押さえた。
かがみ「まつり姉さんが帰ってくる……あぁぁん、もう、こんな時に限って早いんだから……もうこうなったら自棄(やけ)よ、田村さんは居間に戻って、
    私もそれとなく手伝うから、どうなっても知らないわよ」
ひより「はい!!ありがとうございまス」
私は急いで居間に戻った。かがみ先輩が協力してくれるとは思わなかった。希望が湧いてきた。
 
 居間に戻るとまなぶが心配そうな顔をしていた。
まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」
ひより「あ、ああ、何でもない、それよりまつりさんがそろそろ来るって、シミュレーション通りで行くから……」
まなぶ「分った」
言えるはずも無い、かがみ先輩が勘違いしていたなんて……わざわざかがみ先輩が部屋を移した意味がやっと分った。
まつり「ただいま~ごめん、ごめん、すっかり忘れてた~」
玄関の方からまつりさんの声がした。
かがみ「ごめんじゃないわよ、最低よ……文句は後ね、それより急いで、居間で待機しているわよ」
階段から降りてきたかがみ先輩。呆れた様子が声だけで分る。
まつり「サンキュー!」
まつりさんが居間に入ってきた。
ひより・まなぶ「こんにちは~」
まつり「こんにちは……」
部屋に入ったまつりさんは最初にまなぶに目線を向けた。
ひより「あ、紹介します、私の大学で、アシスタントをしている……」
まつり「宮本さんでしょ、話しはかがみから聞いてる」
聞いているって何を……まつりさんの顔が少しにやけているように見えた。
まつり「お似合いのカップルじゃない」
ひより・まなぶ「へ?」
居間の入り口から半身隠れてかがみ先輩が私の方を向いている。腕を顔まで上げてゴメンのポーズをしていた。ま、まさか、
『なんて事をしてくれたの!!!』
私は心の中で叫んだ。早とちり過ぎる。すんなり協力するなんて言ったのはこの為だったのか。
ひより「ち、違います、私達はそんなんじゃありません」
まつり「その必死に否定するのが余計に怪しい……」
まつりさんは笑いながら私達の前に座った。この誤解を解くのは並大抵のことじゃ出来ない……
まなぶが呆気にとられて放心状態になっている。まずい、まつりさんのペースに流されてはいけない。
ひより「あ、あのですね……」
まつり「ふふ、冗談はこれまでにして、取り敢えず自己紹介、私は柊まつり、この家の四人姉妹の次女、大学を卒業して現在は近所の工場の経理をしています」
まつりさんはまなぶの方を見ていた。さっきまでのふざけた姿とはもう違っていた。私は肘で軽く突いて合図をした。まつりさんの切り替えの早さには私も付いていけない。
まなぶ「私は宮本まなぶです、田村さんと同じ大学で学んでいます、家が遠いので佐々木整体院の佐々木さんの所に住み込させてもらっています」
まつり「佐々木整体院……佐々木さんの親戚なの?」
まなぶ「はい」
まつり「それじゃ、そこで飼っている犬のコンは知っているでしょ?」
『しめた!!』
 
私は心の中でガッツポーズをした。シミュレーション通りの反応だった。
嘘を付けばその嘘を誤魔化すためにまた嘘を付かなければならなくなる。嘘が嘘を呼び収拾がつかなくなり、重なっていくうちに辻褄が合わなくなりやがて嘘はバレてしまう。
私は考えた。嘘を付く必要なない。要はまなぶの正体だけを隠せば良い。
まなぶは実際に佐々木さんの家に住んでいる。居候であるのも事実。そこに何の間違えも無い。
そこで私は佐々木さんに頼んで苗字を付けてもらった。そして私の大学の学生になってもらった。佐々木さんの友人に戸籍や名簿の操作を出来る友人が居て、その人がしてくれた。
佐々木さんの友人なのだからやっぱりその人もお稲荷さんに違いない。
 
まなぶ「はい、コンは散歩が好きでよく佐々木さんと出かけていましたね」
まつり「ふふ、田村さん、取材なら私より宮本さんの方が詳しいかもよ」
本人なのだから彼ほどコンに精通している人はいない。
まなぶ「この度はコンの世話をしていただいてありがとうございました、遅ればせながらお礼を言わせて下さい」
まつり「どう致しまして……」
やった。お礼を言う事が出来た。これでまなぶの目的はほぼ達成された。私の目的もほぼ達成した。
まつりさんはまなぶをじっと見た。
まなぶ「何か?」
まつり「う~ん、何だろうね、初めて会うのに以前何処かで会ったような感覚……デジャビュって言うのかな」
まなぶ「私の様な人は沢山しますからね、他の人からも時より言われます」
まなぶとまつりさんの会話は私のシミュレーションでしていない領域に入った。あれほど緊張していたまなぶも自然体になっている。
 
 まなぶとまつりさんの会話は弾み、私は会話の中に入る事すら出来ない状態だった。そんな時、まなぶは時計をちらちらと見だした。
私も時計を見てみた。そうだった。忘れていた。そろそろまなぶの変身時間が切れてしまう。
まつり「どうしたの?」
まつりさんもそんなまなぶの表情に気が付いた。
まなぶ「す、すみません、そろそろ私は帰らないといけません……」
そこにお茶とお菓子を持ってかがみ先輩が入ってきた。
かがみ「折角お菓子なので食べてからでもいいでしょ?」
まなぶ「そうしたのですが、時間がないので」
まなぶは立ち上がった。私も立ち上がった。
かがみ「田村さんも帰るの、少し話がしたいけど良いかしら?」
時間はいくらでもある。だけどまなぶが少し心配だ。
ひより「お話ですか……」
まつり「おやおや、宮本さんと一緒じゃないと淋しいのかな~」
ひより「い、いえ、そのような事はありません、でス」
またぶり返してしまった。そんな気なんか全く無いに……
まつり「それなら、私ももう少し宮本さんと話したいから、宮本さんを駅まで送っていく」
ひより「それは……」
それはまずい、もし変身が解けてしまったら……
まつり「大丈夫、横恋慕なんかしないから」
うゎ、こんな台詞が出てくるとは。これ以上こだわると誤解が膨らむばかりだ。
ひより「それでは取材は終わりで解散します……」
まつり「それじゃ行きますかな」
まなぶ「はい」
二人は楽しそうに部屋を出て行った。
まなぶ「お邪魔しました」
玄関を二人は出て行った。
 
 かがみ先輩が居間に入ってきた。
かがみ「どうした、二人がこうなるのを望んでいたんじゃないの、それとも彼が好きだった?」
私の表情はそんな風にみえるのだろうか。
ひより「い、いいえ、彼はまだ人間に化けられる時間が短いので……それが心配なだけっス」
かがみ「……そうだったの、確かに途中で狐に戻られたら姉さん……気絶するかもしれないわね……私ってこうゆう所が分らないからダメなのよね……」
珍しく卑下するかがみ先輩。私の前にお茶とお菓子を置いた。
かがみ「悪いとは思ったけど宮本さんと姉さんの会話を聞かせてもらった……巧いわね……真実を話して核心を隠すなんて、私も宮本さんとコンが別人のような錯覚を
    してしまった、もしかして田村さんが考えたの?」
かがみ先輩からこんな風に言われるなんて。
ひより「隠したいのは宮本さんの正体がコンであるこの一点のみなので……そこだけを隠すだけを考えたらこうなったっス」
かがみ「……凄いわ、私の手伝いなんて要らなかった、いや、むしろ足を引っ張った……ごめんなさい……」
ひより「先輩から謝れると私も困りまス」
かがみ先輩が謝るなんて初めてみた。泉先輩と言い合いの喧嘩をよく見たけどかがみ先輩が謝る姿は一度もなかった。
ひより「ところで話しってなんでしょうか?」
かがみ「小早川さんといのり姉さんについてもっと詳しく聞きたい」
ひより「私も詳しく聞いたわけではありません、ゆーちゃんも私と同じようにいのりさんと佐々木さんをくっつけようとしているみたいで……」
かがみ「いのり姉さんが佐々木さんの整体に通っているのは知っていた、でも、それはゆたかちゃんの勧めだと思っていた」
ひより「それもあるかも知れませんが……いのりさんは佐々木さんが整体院を建築する時の地鎮祭でもう既に会っていたみだいっス」
かがみ先輩は私の話しを驚きながら聞いていた。
かがみ「運命……この言葉はあまり好きじゃない、だけど何かに導かれているようなそんな気になる、それはそれとして、田村さんとゆたかちゃんは何故人の恋愛の
    お節介なんかするの、普通は放っておくものよ、それにね、たとえ姉さん達が恋人になったとしてもあんた達に何のメリットもないわよ」
メリット……確かに何もないかもしれない。どうしてだろう。私は自分に問いかけた。
何も答えは出てこない
ゆーちゃんの場合は何か理由はあるのだろうか……私自身が分らないのに他人の理由が分る訳がない。
ひより「何ででしょうね?」
手を頭の後ろに回して苦笑いをした。
かがみ「……呆れた、分らないでそんな事しているの……でも……そうゆうの嫌いじゃない」
ひより「強いて言えば、つかさ先輩の影響かもしれません」
かがみ「つかさの……確かにつかさが此処に居たら田村さん達と同じ様な事をしていたかもね……」
この雰囲気なら……
ひより「ところでかがみ先輩はどこまで進んだっスか?」
かがみ「わ、私にそんなお節介は無用よ!!」
相変わらず分り易い反応だった。これは恋人が居るのを認めているようなもの。それに、今はまつりさんで精一杯、かがみ先輩までは手が回らない。
ひより「どんな人なんです?」
かがみ「……私の大学のOB……法律事務所の仕事をしているわ」
ひより「社会人なんですか、どうやって知り合ったっス?」
かがみ「え、どうだったからしら……確か……彼が何か書類を大学に取りに来た時……道を尋ねてきたから……」
え、大学OBなら道なんか聞かなくて分るはず、なぜわざわざ聞くような事をしたのだろう。
かがみ「田村さん、どうかしたの?」
ひより「え、ええ、いや、大学の卒業生なら道を聞くのは不自然だと思いまして……」
かがみ先輩は今、それに気付いたような素振りで驚いていた。コンの正体を見破った人物と同じとは思えないほどの鈍感ぶり。
かがみ「そういえばそうね、どうして道なんか聞いたのかしら……」
ひより「別に考えなくても分りますよ」
かがみ「え、分るの、それだけの情報で?」
身を乗り出して迫ってきた。
ひより「最初からかがみ先輩を目当てで話して来たのですよ……簡単に言えば軟派っスね」
かがみ「え?」
突然おどおどし始めるかがみ先輩。いままで軟派された経験がないみたいだ。かがみ先輩くらいの女性なら一度や二度くらいはあっても不思議ではないのに。
う~ん、男性を避けているようにも見えない。それは高良先輩にも言えるのだが、男性の方が敬遠してしまっていたのかな……
ひより「切欠は何にしても親しくされているのなら隠す必要はないのでは?」
この話しになってから既に赤く成っていた顔が更に赤くなった。
かがみ「だ、だめよ、恥かしいじゃない……」
泉先輩が言っていたけど。かがみ先輩は恥かしがり屋だって。話し以上だなこれは。これじゃ泉先輩にいじられるのも納得してしまう。
私もかがみ先輩が同じ歳なら同じ事をしていたかもしれない。
かがみ「それよりあんたはどうなのよ、彼氏くらい居るでしょ?」
私の場合は……
ひより「ご期待にそぐえませんで……」
かがみ「はぁ、これじゃ一方的じゃない……言っておくけど、こなたにだけは言ったらダメだから」
その泉先輩から受けたミッション。泉先輩はかがみ先輩に恋人がいるのを見抜いた。私が黙っていてももう遅いかも。でも、知らぬが仏とも言うし、ここは黙っておこう。
ひより「私が黙っていてもいずれ分っちゃいますよ?」
かがみ「それでも黙っていて」
ひより「はい……」
それから私達は雑談をして過ごした。
 
私は一息入れてかがみ先輩が出してくれたお茶とお茶菓子を口に入れた。
ひより「ふぅ~」
やっぱり他人が淹れてくれたお茶は美味しい。
『ブ~ン、ブ~ン』
私のポケットの携帯電話が振動した。液晶画面を見ると……佐々木整体院からだ。
ひより「失礼します」
かがみ先輩に断りを入れて電話に出た。
ひより「もしもし」
すすむ『田村さんか……すまない、まなぶが失敗を……まつりさんの目の前で変身が解けてしまった、彼女はその場で倒れて私の診療所で眠っている……』
私が心配していたのが現実になってしまった。
ひより「私、そちらに行きます……何もしないで下さい、お願いします」
何もしてほしくない……私と同じように記憶を消されたら大変。万が一を考えて念を押した。
すすむ『何もしない、待っている……』
携帯を切り、ポケットに仕舞った。
かがみ「どうしたの、何かあったの?」
心配そうに私を見るかがみ先輩。事態は重大、黙っていられない。
ひより「まなぶさんがコンに戻ってしまったみたい……まつりさんの目の前で……」
かがみ「な、なんだと……そ、それで、姉さんはどうしたの」
かがみ先輩は立ち上がった。
ひより「佐々木さんの家で眠っているそうです」
かがみ先輩は両手を力いっぱいに握り締めていた。
かがみ「……私が田村さんを引き止めてしまったからだ……なんて事をしてしまったの……バカみたい……私は……つかさを助けられなかった……
    まつり姉さんまでも……」
つかさ先輩を助けられなかった。何かあったのだろうか。そういえばかがみ先輩は呪われたって言っていたけど、それと何か関係しているのであろうか。
ひより「かがみ先輩は何も知らなかったから、不可抗力っス」
かがみ「私は……私は……」
私の話しを聞いていない。私も急いで佐々木さんの所に行かないとならない。
ひより「あの、私、急ぎますので、お邪魔しました」
部屋を出て玄関に差し掛かった時だった。
かがみ「待って……私も行くわ……車の方が早く着くでしょ」
かがみ先輩の手には車のキーがあった。
ひより「は、はい……」
かがみ先輩は携帯電話を取り出しボタンを押した。
かがみ「あ、お父さん、かがみだけど、急用が出来て車を借りたくて……」
……
かがみ「うんん、近くよ、こなたの家の近くだから隣町」
……
かがみ「はい、はい、分った……」
かがみ先輩は携帯電話を仕舞った。
かがみ「急ぎましょ……」
ひより「はい」
私達は玄関を出た。
 
ひより「つささ先輩を助けられなかったって言っていましたけど、何ですか?」
かがみ先輩の用意した車に乗ると同時に私は聞いた。かがみ先輩はエンジン掛けてゆっくり車を出した。
かがみ「ごめんなさい、今は話したくない……」
話したくないのか、それではこれ以上私は何も聞けない。
その後佐々木さんの整体院まで私達は何も話さなかった。
 
 佐々木整体院の駐車場に車を止めると私達は玄関に向かった。整体院の入り口には休診の看板が立て掛けられていた。
呼び鈴を押すと佐々木さんが出てきた。佐々木さんは私の後ろに居るかがみ先輩に気付いた。
すすむ「君は……確か……」
かがみ「まつりの妹のかがみです」
ひより「彼女はお稲荷さんの事は知っていますので大丈夫です、入っても良いですか?」
佐々木さんはドアを開けて私達を入れてくれた。
かがみ「姉さんは大丈夫なの?」
玄関に入ると詰め寄るように佐々木さんの側に寄った。
すすむ「あまりのショックで気を失った様だ、今は静かに眠っている……診療所に行こう」
診療所に向かう途中の居間を通ると居間からゆーちゃんが出てきた。
ひより「ゆーちゃん」
かがみ「ゆたかちゃん、どうして此処に?」
ゆたか「丁度診療中だったから、突然受付の方から悲鳴が聞こえて……私と佐々木さんが受付に行ったら、まつりさんが倒れていて……そのすぐ横にコンちゃんが……」
私達は歩きながら話した。
すすむ「受付に人が居なくて幸いだった、すぐに休診にしてまつりさんを診療室に連れて行った」
佐々木さんは診療室のドアを開けた。
すすむ「どうぞ」
診療室のベッドでまつりさんは静かに眠っていた。そのベッドの直ぐ横に狐の姿になったまなぶがまつりさんを見守るように座っていた。
かがみ「まつり姉さん……」
かがみ先輩は駆け寄ってまつりさんに手を伸ばした。
すすむ「待ちなさい、起こしてはいけない……」
佐々木さんは小声だった。かがみ先輩はその言葉に反応して立ち止まった。そして、恨めしそうに佐々木さんを見た。
すすむ「今は落ち着いている、しかし起きた時、彼女が発狂するようなら……」
ゆたか「記憶を消すのですね……」
まなぶ「ク~ン」
まなぶは悲しそうな声を出した。
すすむ「残念ならそうじないと彼女の命が危ない」
かがみ「……それで記憶を消した場合、姉さんはどうなるの、まなぶさんや佐々木さん、コンの記憶まで消えるのか?」
すすむ「……それは分らない」
かがみ「分らないって、何よ、そんな不安定な術なんか……」
ゆたか「シー、かがみ先輩、声、大きい」
かがみ先輩は両手で自分の口を押さえて少し間を空けてから再び小声で話した。
かがみ「そんな不安定な術を姉さんに掛けさせないわよ」
すすむ「自分の見た現象が理解できず脳内が混乱し気を失った、今度目覚めた時、同じ事が起これば、彼女の脳内は飽和し、脳細胞が死んでしまう、それでも良いのか」
かがみ「姉さん……」
かがみ先輩はまつりさんの方を見てそれ以上何も言わず黙ってしまった。
まつり「う~ん」
まつりさんが唸り声を上げた。
すすむ「まなぶ、小早川さん、田村さんは此処にいるとまずい、更衣室へ……かがみさんはこのまま居て下さい、そして私に合わせて欲しい」
かがみ「は、はい……」
私達は更衣室に向かおうとしたけどまなぶさんは動こうとしなかった。
すすむ「気持ちは分るが今は隠れてくれ……」
まなぶ「ク~ン」
まなぶは動こうとしない。私が連れれにまなぶの所に向かおうとした時だった。ゆーちゃんが小走りにまなぶに駆け寄った。
ゆたか「コンちゃん、来て」
それでも動こうとしない。ゆーちゃんはまなぶを抱きかかえると小走りで更衣室に入った。私もその後を追うように更衣室に入った。
まなぶはゆーちゃんの腕の中でもがいて離れようとしていた。ゆーちゃんはそれを必死に放さまいと前足を握って押さえ付けていた。
ゆたか「ダメだよ、今、まつりさんがコンちゃんを見たら……お願い分って……」
まなぶ「フン、フン!!」
息が荒くなるまなぶ。しかしゆーちゃんの手はしっかりまなぶの前足を掴んでいた。
狐の姿になったまなぶはゆーちゃんの力でも容易に抑えられるみたいだった。もっとも変身が解けたばかりで力が出ないのかもしれないけどね。
ドアの隙間からベッドが見えた。まつりさんが動いたのが見えた。寝たまま大きく背伸びをしている。
まつり「ふぁ~~」
ひより「まつりさんが起きたよ……静かに……」
その声にまなぶは抵抗しなくなった。ゆーちゃんは静かに手を放した。ゆーちゃんとまなぶは私と同じようにドアの隙間からまつりさんの様子を見る。
まつり「う~ん、良く寝た……」
辺りを見回すまつりさん。かがみ先輩を見つける。
まつり「かがみじゃない、おはよ~」
かがみ「何が「おはよ~」よ」
まつりさんは暫くボーとしてから気が付いた。
まつり「あ、あれ、ここは……何処?」
すすむ「どうでしたか、私の整体は、途中で眠ってしまったので、ご家族の方をお呼びしました」
かがみ「まったく、迷惑掛けるのもいい加減にしろよな」
成る程、かがみ先輩はすすむさんに合わせている。
まつり「私って……あれ、確か宮本さんと一緒に……」
かがみ「どうせ此処まで来たから整体でもやっておこうと思ったのでしょ……」
まつりさんはベッドから起きて立った。
まつり「……そうだったかな……」
かがみ「帰るわよ……佐々木さん、どうもすみませんでした、姉さんも謝って」
まつりさんは戸惑いながらも佐々木さんにお辞儀をした。
すすむ「いいえ、また来て下さい、待っていますよ」
まつり「あれ……宮本さんは?」
一瞬、かがみ先輩と佐々木さんは怯んだ。まなぶも一瞬ピクリと動いた。
すすむ「あまりに気持ち良さそうに眠っているので……コンと一緒に散歩に行きました」
まつり「……そうですか、帰ってきたら今日はすみませんでしたと伝えて下さい……」
すすむ「伝えておきます、出口は玄関からどうぞ、履物はそちらにあります」
まつり「はい……」
かがみ先輩とまつりさんは居間の方に歩き出した。するとまつりさんは突然止まった。
まつり「フフフ~」
かがみ「なのよ、突然笑い始めて……」
まつり「夢を見ていた、それが面白くってね……コンが宮本さんに化けちゃう夢だった、笑っちゃうね、彼、何処となくコンに似ているから……そんな夢をみたのかな」
『バン!!』
私は心の中で『しまった』と叫んだ。
突然まなぶが隙間をこじ開けて飛び出してしまった。私も、ゆーちゃんも止める暇がなかった。
そしてまつりさんの目の前走り寄るとお座りをした。
まつり「コン、コンじゃない、久しぶり……」
まつりさんはまなぶの頭を軽く撫でた。
まつり「ダメじゃない、飼い主より先に帰って来ちゃ……そういえば家でもそうだったな……今日はこの家に迷惑をかけたから帰らなきゃ…」
まなぶ「ク~ン……」
まつり「そんなに悲しむな、また来るよ」
かがみ「駐車場に車があるからそこで待っていて……トイレ行ってから向かう」
かがみ先輩は車のキーをまつりさんに渡した。まつりさんはそのまま居間を出て玄関から外に出て行った。
 
 私とゆーちゃんは更衣室から出た。
かがみ「佐々木さん、これはどう言う事なの……」
ゆたか「佐々木さん、何故、記憶を消しちゃったの、何故……」
私が聞きたい質問を先に二人がしてしまった。佐々木さんは椅子にゆっくり座り目を閉じた。
すすむ「私は記憶を消していない……まつりさん自身がパニックを回避する為に無意識に記憶を歪めたのだ……脳を守るための自己防衛だ……」
ゆたか「そ、そんな事って、これじゃ……」
すすむ「そうだ、これが私達の正体を知った人間の反応だ……これがあるが故に私達は人間に正体を教えられない、私達を認めてくれない……認めると精神崩壊がおきる……
    君達の様に在りのままの私達を受け入れてくれるのは希だ……」
かがみ「現実主義で、オカルト、迷信、ジンクスなんか信じない……そんな私でもパニックなんか起こさなかった、何故、まつり姉さんと何が違うと言うの」
すすむ「感性の違いとしか言いようが無い、後は知識や経験もあるのかもしれない」
まなぶ「ウォー!!」
まなぶは遠吠えの様に吠えると更衣室に走りこんでしまった。
ゆたか「コンちゃん……」
すすむ「小早川さん、田村さん、これで分っただろう……もう私達に関わるのは止めてくれ……」
まさか……これを言いたい為にわざわざ私をまんぶの教育係にさせた訳じゃないでしょう。いくらなんでもあんまりだ。
ひより「私……」
かがみ「ちょっと、何よその言い草は……」
私の言い出したのを打ち消すようにかがみ先輩が猛烈な勢いで佐々木さんに詰め寄った。
かがみ「いきなり変身を見せれば誰だってああなるわよ、私や田村さん、ゆたかちゃんはね、事前に狐や、変身の話しを体験者から聞いているのよ、
    違いはそれ以上無いわ、まつり姉さんだって知っていればあんなに成らなかった」
佐々木さんは静かに立ち上がった。そしてかがみ先輩とは対照的に静かに、ゆっくりと話した。
すすむ「話しを聞いただけで正常でいられるなら貴女達はやはり特別だ、話からリアルに想像できる感性を持っている、私は……私達はこうして何度も
    人間と別れてきた……無二の親友になった者もいる、それでも、正体を見ると……もう分るだろう、
    何故殆どの仲間が人を避けるようになったのを……人間と争い、憎むだけが理由ではないのだよ」
かがみ「……う」
喉が詰まったように黙ってしまった。
いつも勢いで押し切るかがみ先輩が静かに話す佐々木さんに押されて言い返せないなんて。
『ピピピピ~』
沈黙を破るようにかがみ先輩のポケットから携帯電話の着信音が鳴り出した。かがみ先輩は相手も確認もせず透かさず耳に当てた。
かがみ「誰よ……」
鋭く尖った口調だった。
かがみ「遅くて悪かったな、詰まって出なかったのよ……」
うゎ、ちょっと下品すぎる。よっぽど佐々木さんとの言い合いで頭に来ているみたい……多分相手はまつりさんだろう。来るのが遅いから連絡したに違いない。
かがみ「今から出るから待ってろ!!」
話しの途中かもしれなかったけど強引に切りボタンを押して携帯を仕舞った。そして……佐々木さんを睨みつけた。
かがみ「ややこしいのよ、あんた達は、そんなに人間が嫌ならさっさと故郷の星に帰りなさい!!」
捨て台詞を吐くとそのまま玄関の方にドタドタと大きく足音をさせながら向かって外に出てしまった。
 
『ブォン』
かがみ先輩の乗ってきた車のエンジン音がした。そしてその音は小さくなっていく。かがみ先輩とまつりさんは整体院を離れていった。
佐々木さんは診療所の窓からその車を見えなくなるまで見ていた。
すすむ「ふふ……ややこしい……故郷の星に帰れ……か……ズケズケとはっきり言う娘だ」
微笑みかがみ先輩の言った言葉を噛み締めながら言った。
すすむ「柊かがみ……彼女は数年前に我々の使う拷問術に掛けられた形跡がある……」
拷問術……やけに穏やかじゃない名前……もしかして……
ひより「それってもしかして呪いですか?」
佐々木さんは頷いた。
すすむ「そうとも言うか、私達の間では禁じられているものだ……命令を強制させるもので、反抗すれば激しい苦痛を伴う……」
そういえばかがみ先輩自ら呪われたって言っていたっけ。
ひより「つかさ先輩を殺そうとしたお稲荷さん達ですか?」
すすむ「それしかあるまい……術が解けるまで耐えたのか……強い精神力だ……いったい何を彼女に命令したと言うのだ」
ひより「それならかがみ先輩の心の中を見れば良かったじゃないですか?」
佐々木さんは苦笑いをした。
すすむ「ふふ、全ての仲間が出来る訳じゃない、それぞれ得手不得手があるのだよ」
佐々木さんは人の心を読めないのか……
ひより「え、つかさ先輩と真奈美さんの話はどうやって知ったの?」
佐々木さんはゆーちゃんの方を見た。そうか……ゆーちゃんが話したのか……
そのゆーちゃんは肩を落とし項垂れていた。まつりさんの行動がショックだったに違いない。
私がゆーちゃんに声を掛けようとした時だった。
すすむ「田村さん、小早川さん、短い間だったがありがとう、もう私達は放っておいてくれ、それが私達、君達の為だ……」
かがみ先輩に言ったのは本気だったのか。まさか私達にも同じ事を言ってくるなんて。
ゆーちゃんの肩が震えはじめた。項垂れていて表情が分らないけど、きっと目にはいっぱいの涙が溜まっているに違いない。
すすむ「小早川さん、呼吸法は全て君に教えた、私は必要ない……」
ゆたか「う、う……ほ、本当……に」
声が上擦って聞き取れない。だけど何が言いたいのか私には分る。
ひより「あまりに一方的じゃないですか、それに、まつりさんだって……」
まつりさんだって、二度見れば理解出来る筈。
すすむ「これ以上悲劇を繰り返すと言うのか、もう一度変身を見ればどうなるか、さっき見たばかりだろう……今度は失神では済まないぞ」
真剣な目で語る佐々木さん。どうやら嘘を言ってはいない。
ゆーちゃんはゆっくりと立ち上がった。そして玄関の方にフラフラと歩き出した。ちょ……いくらなんでも簡単に諦めすぎる。
ひより「待ってゆーちゃん、帰るのはまだ早いよ」
私はゆーちゃんを呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まった。
ひより「佐々木さん、まなぶさんの教育、まだ終わっていないっス」
まなぶ「まなぶも、もう人間には興味ないだろう、かがみさんも私達を恨んでいる……それもそうだ、呪いを掛けたのだからな、私達は分かり合えないのだよ……」
だめだ。佐々木さんはもう私達を避けようとしている。どうしよう。
かがみ先輩がお稲荷さんを恨んでいる……確かに別れ際にあんな捨て台詞をしたら……
でも、かがみ先輩は私がまなぶを好きだと勘違いをした時、励ましてくれていた。恨んでいたとしたら応援なんかしないで反対していたと思う。
そうか……かがみ先輩はお稲荷さんとか人間とかそんなカテゴリーで物事を考えていないのかもしれない。問題は本人と相手の気持ち、この一点のみ。
そう考えれば今の佐々木さんにかがみ先輩が怒ったのも頷ける。
よし、かがみ先輩のその考えを取り入れよう。
 
ひより「いのりさんをどう思っているのですか?」
すすむ「どう思うとはどう言う意味だ」
ひより「そのままの意味です、好きか、嫌いか……私が見た所……少なくといのりさんは佐々木さんに好意をもっていると思います……」
ゆたか「ひ、ひよりちゃん……もう、もういいよ……これ以上は……」
力の無い弱弱しい声だった。私は構わず続けた。
ひより「どうですか?」
すすむ「それを聞いてどうする、もし、彼女が好きならまなぶの時の様にお節介をすると言うのか」
ひより「いいえ」
佐々木さんは気を悪くしたのか、少し眉毛が逆立った。
すすむ「なっ、バカにしているのか、遊んでいるのか」
ひより「好き合っているならお互いで決められる、かがみ先輩はそう言いたかった、過去に誰とどんな別れ方をしようが関係ないって……それに、さっきの怒り方、
    いのりさんを少なくとも嫌いじゃない、嫌いなら怒らない……でしょ?」
すすむ「……お節介だな……今日はもう帰ってくれ……」
佐々木さんはまつさんの寝ていたベッドのシートを畳み始めた。
私も帰り支度をてから更衣室の方を向いた。
ひより「来週の日曜日、確かまつりさんは何の用事もない筈、午前十時、駅で待っているいから……取材に行くよ、多分最後の取材になると思う」
『ゴト、ゴト』
更衣室の奥で何かが動いている音がした。多分まなぶは聞いている。
ひより「行こう、ゆーちゃん」
ゆたか「う、うん……お邪魔しました……」
 
 整体院を出てからゆーちゃんは一言も話してこない。私もいつ話そうかタイミングをうかがっていた。どうもそのタイミングは無さそうだ。
分かれ道が見えてきた。私は駅の方に、ゆーちゃんは泉家に向かう。そして、分かれ道に差し掛かった。
ひより「それじゃ、また……」
別れの挨拶が話すタイミングになってしまった。ゆーちゃんは俯いたままだった。私が駅の方に向かう道に身体を向けた。
ゆたか「待って……」
私は振り向いた。ゆーちゃんは悲しそうな顔をして私を見ていた。
ひより「何?」
ゆたか「……かがみ先輩が怒っていた理由って……ひよりちゃんが言っていた通りなの、かがみ先輩はお稲荷さんを恨んでいないの?」
ひより「うんん、分らない……私の推理と勘でそう思った」
ゆたか「分らない……そんな不確かな話しを平気で……」
ゆーちゃんの顔が険しくなった。
ひより「でも、それで佐々木さんの気持ちが少し分った、これは収穫だと思わない?」
ゆーちゃんはまた俯いてしまった。
ゆたか「……私が何度も試しても聞けなかったのに……コンちゃんとまつりさんを合わせて……佐々木さんの気持ちまで聞きだせちゃうなんて……」
ひより「まなぶさんとまつりさんは失敗だよ……佐々木さんだってはっきり「好き」と言った訳じゃないし……」
ゆたか「何故なの、ひよりちゃんは平気でいろいろな事が出来るの……私は佐々木さんやいのりさんがどうなるか……恐くて……先に進めない……
    整体院を出るとき、コンちゃんに会う約束までした……あんな悲しい事が起きたばかりなのに……」
そう言われるとそうなのかな……私は暫く考え込んだ。
ひより「別にたいした事じゃないよ……ぶっちゃけて言えば他人事だし……」
ゆちゃんは俯いた顔を持ち上げ、私を鋭く睨んだ。
ゆたか「た、他人事って、そんな言い方は無いよ」
表現が不謹慎だったかな。でも訂正する気はなかった。
ひより「私の人助けは生まれて初めてかもしれない、でもね、人助けなんて他人事じゃないと出来ないよ、いや、他人事だからこそ出来ると思うよ」
ゆーちゃんは納得出来ない様子だった。
ひより「溺れている人を助けようとして溺れている人の気持ちになったらどうなる?」
ゆたか「……それは……」
ひより「水か恐い、苦しい、もがいてももがいても浮かばない、下手をすれば自分が溺れちゃう……助けに行けないよね、他人事なら関係なく水に入れる、泳げなくても浮き輪を
投げられるし、周りを見れば助けを呼べるかもしれない」
そう、かがみ先輩は自分の恋愛に対しては放ってくれと言っているのに、私やまつりさんの事になると首を突っ込んでくる。それは他人事だから出来る事。
ゆーちゃんは目を大きく見開いていた。
ゆたか「私と全く逆なんだね……そんな考え方があるなんて」
ひより「うんん、私はまだ誰も助けていないから多分間違っているよ……こんな考え方、ゆーちゃんの方がきっと正しいね、忘れて」
ゆーちゃんには私の捻くれた考えは教えない方が良かったかな。
ゆたか「そんな事ないよ、何か今までモヤモヤしているのが取れた感じがする」
確かにそんな目覚めの時の様な顔をしている。あんな考えでも少しは役に立つのかな?
ゆたか「そんな事より、コンちゃんとまつりさん、また会って大丈夫なの?」
ひより「変身を見なければね、人間に居られる時間がもっと欲しい」
ゆたか「佐々木さんは一週間位が限度だって言っていたよ」
一週間か。まばぶは一日持つかどうかって感じだな。でも、この前みたいに変身が解けてその場に倒れていないみたいだから成長している。
ゆたか「やっぱり、私達のしようとしている事って、無理があるのかな……もう関わらないで、なんて……」
ひより「どうかな、佐々木さんは心底そうは思っていないかも」
ゆたか「どうして?」
ゆーちゃんは疑いの眼で私を見ている。
ひより「佐々木さんは向こう側のお稲荷さんの所じゃなくて人間の町に住んでいる、だから心底人間が嫌いじゃないと思うよ、嫌いなら整体院なんか開業しないでしょ」
ゆーちゃんは黙って私を見ていた。これからどうするのか考えあぐねているのかもしれない。でもそれは私も同じ。
まなぶに帰り際、あんな事言ったけど実際どうして良いか分らない。
ひより「う~ん、困ったね、これは二人ではどうしようもないね、誰か応援を頼まないと」
一人、二人では出来ないけど、三人なら何とかなるかもしれない。
ゆたか「応援って、ひよりちゃん以外に誰を……つかさ先輩、お姉ちゃんは遠い所だし、かがみ先輩は怒っちゃったし……高良先輩は……ちょっと頼み難いよ……」
ひより「かがみ先輩は最初から協力してくれているよ……先輩達じゃなくて、居るよね、もっと身近な人が」
ゆーちゃんは首を傾げて考え込んだ。
ひより「やだな~みなみちゃんが居るでしょ」
ゆたか「みなみ……ちゃん」
ゆーちゃんの顔が曇った。そうなると思った。喧嘩の本当の理由を聞きたい。だけど普通に聞いても教えてくれないだろう。
ひより「みなみちゃんが関わらないのは、お稲荷さんがつかさ先輩やかがみ先輩を苦しめたら、でも佐々木さんやまんぶさんと会えばそんなイメージは無くなると思う」
ゆたか「違う、そんなんじゃない、私が遊び半分でしていると思っているから……だから手伝ってくれない」
やっぱり。そうだったのか。
ひより「ゆーちゃんとみなみちゃんが初めて会った時、ゆーちゃんは気持ち悪くて苦しんでいた、その時、手を貸してくれたのはみなみちゃんだったよね」
ゆたか「う、うん、そうだけど」
小さな声で頷いた。
ひより「それならもう一度苦しんで居る所を見せてやればいいよ、遊び半分じゃない、真面目で真剣な所を見せればきっと分ってくれる、それがみなみちゃんだよ」
ゆたか「でも、それをどうやって見せるの?」
私は腕を組んで考えた……
頭の中の電球が光らない……まなぶの時に出てきたようなアイデアが出ない。でも、あれは半分成功して半分失敗してしまった。
まつりさんと一緒に帰すのはすべきではなかった。ちがう、違う、今はそんなの事を考えて居る時じゃない。とは言っても今度失敗したらゆーちゃんとみなみちゃん、
絶交してしまうかもしれない。失敗は許されない。
ひより「う~ん」
頭を捻っても何も出てこない。
ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、やっぱり人間とお稲荷さんは仲良くなれないよ、まして愛し合うなんて……地球の人じゃないから……しょうがないよね」
弱弱しく話すゆーちゃんだったけど、その言葉は私の胸にも深く突き刺さった。無理……つかさ先輩も愛し合っているのに別れた。無理なのか……
このままで良いのか、いや、良くない。何かが引っかかる。私のしている事が間違っているなんて思いたくない。
ひより「このままだと、みなみちゃんに「やっぱりこうなった」って笑われちゃうよ……みなみちゃんは結末が見えていた、だから手伝わなかった」
ゆたか「そうかもしれない……みなみちゃんに謝らないといけないね……」
謝る……何で、悪い事なんかしていない。
ひより「謝るのはまだ早いよ、まだ希望はある」
ゆたか「何、何で、この期に及んで何が出来るの」
ひより「まず一つ、まつりさんはコンとまなぶさんを夢の中で変身させていて精神を保った、まつりさんはコンがまなぶさんだったら良いなって思っている証拠、
    今はダメでも時間を掛ければきっと理解出来ると思う、それともう一つ、さっきも言ったけど佐々木さんも人間との係わり合いが嫌なら人間の社会に居ないでしょ、
    きっと心の何処かで人間が好きなんだよ、まだ諦められないと思わない?」
ゆたか「う、うん……」
力のない返事だった。
 
「小早川さんじゃない」
突然後ろから声がした。私達は振り返るといのりさんが居た。なんでこんな所にいのりさんがいるのか。
ゆたか「まつりさん、こんにちは、もしかして整体院に行くのですか?」
いのりさんは頷いた。そうか、それなら理解出来る。私はいのりさんに会釈をした。
いのり「最近まつりが手伝ってくれないから、巫女の仕事は全部私がやっている、そのせいで疲れが酷くて、佐々木さんのマッサージは効くからね」
ゆたか「あっ、今日は臨時休暇でしたよ」
いのり「え、そうなの……残念ね……でも教えてくれてありがとう」
いのりさんは駅の方に引き返そうとした。
ゆたか「あ、あの、いのりさん?」
いのりさんは立ち止まり、ゆーちゃんの方を向いた。
ゆたか「佐々木さんをどう思いますか?」
いのり「どう思うって……」
いのりさんは空を見上げて少し考えた。
いのり「とても上手い整体師だと思う、小早川さんも元気になったみたいだし」
ゆたか「い、いえ、そうではなくて、男性として……」
その言葉を聞いた途端いのりさんの顔が少し赤くなった。私の方をチラリと見た様な気がした。私が居ると気になるのだろうか。
いのり「か、彼は優しいし、話しも面白いから……やだ、なに言わせるの、年上をからかうものじゃない」
さらに顔が赤くなった。
ゆたか「すみませんでした、それは好きって事でいいですか?」
いのり「突然何を言っているの、もう帰る!!」
いのりさんは駅の方に足早に向かって行ってしまった。ゆーちゃんはその姿を見えなくなるまで見送った。
ゆたか「ふふ、かがみ先輩と同じような反応だった、やっぱり姉妹だよ、ひよりちゃんが居たから意識してたんだね」
久しぶりにゆーちゃんの笑顔を見た。
ひより「いのりさんを試したの?」
ゆたか「うん……今まで聞けなかった、だけど、ひよりちゃんが他人事じゃないとダメだって言うから、そう考えたら、自然に聞くことが出来た……いのりさんは
    佐々木さんが好き……それで良いよね、ひよりちゃん?」
ひより「う、うん、私もそう思う」
突然積極的になった。私のアドバイスが効いたのか、それとも自棄になったのか。いや、自棄ならあんな笑顔はしない。ゆーちゃんは思っていたよりも
柔軟な思考の持ち主なのかもしれない。
ゆたか「二人は愛し合っている、大袈裟かもしれないけど……何とかしたい、だけどどうして良いのか分らない、やっぱりみなみちゃんの考えを聞いてみたい」
別に小細工なんか必要ない。今のゆーちゃんをそのまま見せればいいのでは。私でも分るのだからみなみちゃんなら……よし!
ひより「それなら明日は空いているかな?」
私も来週の日曜までに方針を決めたい。みなみちゃんに会うのは早いほうがいい。
ゆたか「うん、明日は午後からなら空いているけど」
ひより「それなら、明日、みなみちゃんの家に行こう、私が連絡しておくから、もちろんゆーちゃんが行くのは伏せておく」
ゆたか「伏せるの?」
ひより「喧嘩している相手がいきなり訪問じゃ構えちゃうでしょ?」
ゆたか「……喧嘩……そうだった」
ゆーちゃんの顔がまた沈んだ。
ひより「それじゃ帰るよ、明日、駅で待ち合わせしよう、時間はメールで送るから」
ゆたか「うん、分った、それじゃ」
私達は別れた。
 
 私達は岩崎家の玄関の前に着いた。私は呼び鈴のボタンを押そうとした。
ゆたか「ちょっと、待って……私だけ追い出されたらどうしよう」
声が少し震えている。
ひより「普段通りでいけば大丈夫だよ……多分……」
自信がなかった。多分って、これでは不安を余計に助長してしまうではないか……ボタンを押すのを躊躇した。
ゆたか「うんん、大丈夫、いつかはこうやって会わないといけないから」
その力強い声に後押しされる様に私は呼び鈴を押した。いつもならおばさんがドアを開けて対応する。しかし今回はみなみちゃん自ら私達を出迎えた。
みなみちゃんは私を見ると少し隠れ気味にいたゆーちゃんを見た。何も言わずドアを全開にした。
そしてそのままみなみちゃんの部屋に案内された。おばさんは見えない、出かけたみたいだった。チェリーも外に出されている。何時になく静かに感じた。
ひより「ピアノの練習をしていたの?」
みなみちゃんは頷いた。家から微かに漏れてきたピアノの音、この家にはみなみちゃんしか居ない。聞くまでもなかった。でも、今はこんな事しか聞くことが出来ない。
やっぱりゆーちゃんとみなみちゃんは何時もとは違う雰囲気だ。
みなみ「もう少しで弾けるようになる曲を練習していた」
これが普通なら「聴いてみたい」とか「どんな曲なの」とか、ゆーちゃんは言うだろう。でもゆーちゃんは何も言わなかった。もちろん私も言えそうにない。
何か話す切欠でもと思ったのに……この沈黙。時間だけが過ぎていく。
みなみ「これ以上何も出来なくなった、だから二人は此処に来た」
見透かしたような眼差しで私達を見ていた。当たっているだけに反論できない。
みなみ「これで分ったと思う、恋愛に他人が口を出すなんて出来ない、ましてお稲荷さん、異星人と人間の恋だなんて……」
みなちゃんの言っている事は多分正しい。それじゃ私の、私達がしようとしているのは間違っているっているのか。
ゆたか「みなみちゃん、佐々木さんが人間なら、コンちゃんが犬だったら、私もみなみちゃんの言うように何もしないし、お節介なんかしない、だけど……
    佐々木さんもコンちゃんもお稲荷さんだから……放っておけないよ」
みなみ「放っておけない……」
放っておけない。確か私もそう思った。
ゆーちゃんはつかさ先輩の話しを聞く前からお稲荷さんを知っていた。みなみちゃんも同じ。
ゆーちゃんが言うには彼らは好き好んで狐の姿になっている訳じゃないらしい。彼等の母星の大気成分が地球と違っていて
素のままでは長い時間生きていけない。遭難して殆どの機械が壊れて、少ない機材を使い苦肉の策で近くに居た狐の遺伝子を使って地球の環境に合わせた。
そして、一時的なら他の動物にも化けられるようにしたらしい。
それから暫くしてから人類を発見したと言っていた。狐の姿だと何かと不便なので人間の遺伝子を取り込もうとした時に装置が壊れてしまって中途半端な
状態になってしまったらしい。
狐と人間の姿を繰り返しながら生きてきた。それがお稲荷さんの正体だ。
もし、狐よりも先に人間を見つけていたら動物に化ける必要はなかった。そのまま装置を直して母星に帰れたかもしてないし、人間の代わりに地球を支配していたかもしれない。
狐と人間を見つけた順番……これがお稲荷さんの運命を変えた。ほんの少し、少し違っただけで今とは違った世界に成っていたかもしれない。
そして、私も……
ひより「つかさ先輩の話しを聞かなければコンはすごく賢い犬で終わっていた、佐々木さんの整体院に調べに行ったりしなかった、記憶を消される事もなかった、
    佐々木さんの正体を知る事もなかった、勿論今日、こうして皆と会って話しをするなんて事もない、そして、なによりその出来事は私の想像をはるかに
    超えている……これは一生掛かっても体験できないと思う、そうでしょ?」
私はみなみちゃんとゆーちゃんを見ながら話した。
みなみちゃんは私が話すとは思っていなかったみたいだった。私を見ている。私は更に続けた。
ひより「惚れた腫れたは興味なんてないけど、いのりさんとまつりさんはそれとは違う何かを感じる……だからこうしてみなみちゃんに助けを求めているの」
みなみちゃんは溜め息をついて今度はゆーちゃんの方を向いた。
ゆたか「わ、私は、只、元気にしてもらったお礼がしたから、いのりさんも佐々木さんの事が好きだって分ったら……」
元気になったお礼か。確かに高校時代のゆーちゃんとは比べ物にならないくらい元気になった。顔色も良いし、体付きも大人びて見える。
その嬉しさは本人にしか分らないのかもしれない。
みなみちゃんはもう一度溜め息を付いた。
みなみ「二人の言い分は理解できる……それでも私は協力できない、出来たとしても……解決するだけの力も知識もない」
ゆーちゃんはガックリ肩を落とした。みなみちゃんを巻き込もうと言い出したのは私、言い出しっ屁としてはそう簡単に引き下がれない。
ひより「何故、それはお稲荷さんがつかさ先輩を殺そうとしたり、かがみ先輩を呪ったりしたから?」
みなみ「それは……」
言い訳をするつもり、言い訳はさせない。間、髪を容れずに話した。
ひより「みなみちゃんはお稲荷さんがした事を全てお稲荷さんのせいにしちゃうの、まずは佐々木さん、宮本さんに会ってからでも遅くはないでしょ」
みなみ「ち、違う」
否定をした。それなら私達の相談を断る理由はない。それなのに拒んでいるのは何故だ。その答えは一つしかない。
ひより「高良先輩がお稲荷さんを嫌いだからでしょ?」
みなみちゃんは黙ってしまった。図星みたいだ。
ゆたか「殺そうとしたお稲荷さんはつかさ先輩を救った、私を元気にしてくれた人もお稲荷さんだよ、高良先輩は忘れて、みなみちゃんの意思で決めてお願い」
悲痛の叫びのように聞こえた。
二人は喧嘩をしていると思っていたけど、これは喧嘩じゃない。ただ二人の意見が違うだけだったのか。喧嘩だったらゆーちゃんがこんなに親身にならない。
ひより「遊びかもしれない、余計なお世話かもしれないし、お節介かもしれない、だけど、こんな事が出来るのは学生の時くらいかもしれない、
    今なら失敗しても成功しても許されるよ、社会に出てしまったら成功しか許されなくなる……そうは思わない?」
みなみちゃんは黙ったままだった。私とゆーちゃんは顔を見合わせた。どうやら説得は無駄だったみたい。
 
私は立ち上がった。
みなみ「どうしたの?」
ひより「ごめん、やっぱり無理強いはよくない、私達二人で何とかする」
ゆーちゃんも私に合わせる様に立ち上がった。
ゆたか「うん、こんな話しを持ち込んじゃってごめんね、頑張ってみるから……」
諦めて一度帰る素振りを見せる……これは泉先輩がかがみ先輩によくやると言っていた。何度も成功しているらしい。
私達は泉先輩ではないし、相手はかがみ先輩でもない。成功するかまったく未知数。勿論失敗したら後戻りが出来ない諸刃の剣。
それを知ってか知らずかゆーちゃんは私に合わせてくれた。実際、ゆーちゃんは本当に諦めたのかもしれない。内心、祈るような気持ちで部屋を出ようとした。
みなみ「そこまでして……分った、直接参加は出来ないけど、一緒に考えよう……」
ゆたか「本当に、高良先輩はいいの?」
みなみ「みゆきさんにはむしろ協力して欲しい、私から頼んでみる」
ゆたか「やったー!」
飛び跳ねて喜ぶゆーちゃん。私もホッと一息ついた。ゆーちゃんは早速みなみちゃんの近くに座ったが直ぐに立ち上がった。
ゆたか「嬉しくなったら緊張が取れたのか……ちょっとお手洗い借りるね……」
ゆーちゃんは小走りに部屋を出て行った。部屋を出て行くのを確認するとみなみちゃんは溜め息をついた。
ひより「ありがとう、高良先輩までも巻き込んでくれて」
みなみ「……ゆたか一人では何も出来ない、それにひよりも巻き込むなんて思わなかった、まさか記憶を奪うなんて、ひよりは怒っていないの?」
ひより「うんん」
みなみ「それは良かった」
みなみちゃんは笑顔を見せたのも束の間、急に悲しい顔になった。
みなみ「ゆたかを止めたのは失敗するとか成功するとかの問題ではなかった、それはひよりにも言える」
ひより「え、何それ、何が心配なの?」
みなみ「もう既にゆたかには話した……ゆたかから聞いて」
ひより「やだなぁ~そんな勿体ぶってさ、教えてくれてもいいじゃん、もう隠し事したって意味無いよ」
みなみ「もう、ゆたかには話したから……」
いったい何を話したというのだろうか。少し気になる。でもみなみちゃんは口を閉じてしまった。
ゆたか「おまたせ……」
扉を開けたゆーちゃんは私とみなみちゃんの表情を見て一瞬立ち止まった。
ゆたか「私がいない間に話しを進めちゃって、ずるいな~」
ゆーちゃんはさっき座った所に腰を下ろした。さっきみなみちゃんが言わなかった内容を聞きたいけど流石にみなみちゃんの目の前では聞けない。
みなみ「佐々木さんと宮本さん、二人をそれぞれゆたかとひよりで担当していたと聞いたけど、それで合っている?」
突然みなみちゃんは本題に入り始めた。私がゆーちゃんに質問をさせないためだろうか。
ゆたか「うん、そうだよね、ひよりちゃん」
ひより「う、うん、そうだったね、ちょっと競争っぽくなったのだけどね」
みなみ「一人では力が分散してしまうと思う、例えば誰か一人を重点的にしてみたらどうだろう、佐々木さんと宮本さん、どちらが危機的かにもよるけど」
どちらが危機的か、それはどう考えてもまつりさんとまなぶだろう。
ゆたか「やっぱりまつりさんとコンちゃんかもしれない……」
これはゆーちゃんと同意見だ。私は頷いた。
みなみ「一致したなら話しは早い、まつりさんと宮本さんを二人で担当してみれば?」
私とゆーちゃんは顔を見合わせた。
ゆたか「やってみようか」
ひより「そうだね」
ゆたか「今度の日曜日、取材するって言っていたよね、私もそれに同席しても良いかな?」
ひより「別に構わないと思う」
話しはスムーズに進行していく。みなみちゃんはそれをただ見守っていた。
 
 話しが終わり、帰りの時間が近づいてきた。私が玄関を出るとゆーちゃんはチェリーちゃんに挨拶すると言って庭の方に向かって行った。
そして玄関にはみなみちゃんと私が残った。
ひより「さて、どうなるかな、楽しくなってきた」
みなみ「……楽しくなってきたなんて、とても当事者の発言とは思えない」
ひより「うんん、当事者はいのりさん、まつりさんとお稲荷さんの二人、私とゆーちゃんはそれを傍観しているにすぎないよ」
みなみ「傍観者、まるで他人事の様に物事をとらえる、そんな考え方あるなんて、ひよりなら大丈夫かもしれない」
ひより「大丈夫って?」
ゆたか「おまたせ~」
みなみちゃんから何か聞けるような気がしたけど、丁度ゆーちゃんが戻ってきて聞けなくなってしまった。
ゆたか「チェリーちゃん、お散歩がしたいみたいだった」
みなみちゃんは腕時計を見た。
みなみ「もうこんな時間、支度しないと」
ゆたか「そうだね、私達も帰ろう」
ひより「うん、みなみちゃん、今日はありがとう」
私達は岩崎家を後にした。
 
ゆたか「ひよりちゃん、みなみちゃんを説得する時、つかさ先輩の話しを持ち出したけど……」
駅に向かう道を歩いている時だった。歩きながら話しかけてきた。
ひより「私からしてみればつかさ先輩の話しがこの一件の始まりであり、切欠だからね」
ゆーちゃんは立ち止まった。私は二、三歩歩いてから止まりゆーちゃんの方を振り向いた。
ゆたか「ごめんなさい……」
突然の謝罪、意味が分らなかった。
ひより「いきなり謝られても意味が分らないよ」
私は一歩ゆーちゃんに近づいた。
ゆたか「ひよりちゃんの記憶を奪ったのはひよりちゃんにお佐々木さんの正体を隠す為じゃなかったの」
ひより「え、それ以外に何があるの言うの?」
私は更に一歩近づいた。今更理由が違ったとしても何が変わるものでもない。だけど興味はあった。聞いてみたい。
ゆたか「私……一人で解決したかった、だから……」
ひより「一人で、解決?」
余計分らなくなった。私の復唱にゆーちゃんは頷いた。
ひより「詳しく話して……」
ゆーちゃんは近くの公園に歩いて行った。私はゆーちゃんの後に付いて行った。
 
 ゆーちゃんは公園のベンチに腰を下ろした。私はゆーちゃんの目の前に立ったまま話しを聞いた。
ゆたか「佐々木さんといのりさんを恋人にしてあげたい、そう思った、だけどそれは私一人で、私だけの力でしたかった、でも、ひよりちゃんはどんどん佐々木さんの正体に
    近づいてくるから、きっと正体を知れば私を手伝いたいって言うに違いない、そう思ったから、なるべくひよりちゃんを佐々木さんに近づけたくなかった……」
ゆーちゃんの推測は間違っていない。知れば私は手伝いに行く。現にまつりさんとまなぶに関してはゆーちゃんと同じ事をしている。
ひより「なんで、そんなに一人にこだわるの、こうゆうのは一人より二人、二人より三人で解決した方がいいに決まってる」
ゆたか「それは……つかさ先輩が一人で……一人で解決したから」
一人で、ゆーちゃんはつかさ先輩の話の事を言っているのか。
ひより「それはつかさ先輩と真奈美さんの話しを言っているの?」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「つかさ先輩は叩かれるのを覚悟してこなたお姉ちゃんを守った……凄いよ、」
ひより「確かに凄いと思った、いくらかがみ先輩とは言え、本気で殴りかかったからね、泉先輩も言っていたけど、一人旅をしたつかさ先輩は以前とは比べ物にならないね」
ゆたか「うんん、つかさ先輩は一人旅をする前からそうだった、私は知っていた、つかさ先輩の凄さ」
ひより「それはまた凄い評価だね……」
ゆたか「初めて会った時だった、つかさ先輩は私を見ると腰を下ろして同じ目線で話してきた、子供扱いされたと普通は思うけど、全然そうは感じなかった
   それどころかとても話し易くて、お姉ちゃんと話しているみたいだった、これはみなみちゃんでも感じなかった……」
ひより「つかさ先輩は誰とでもすぐに仲良くなれそうな感じはしていたけどね……でもそれはかがみ先輩、うんん、いのりさんやまつりさんの影響があったからだと思う」
最近、つかさ先輩の話しをすると思っていたけど、まさか憧れの対象だったとは……
そうか、ゆーちゃんは成実さんの運転の真似をしたのは成実さんへの憧れではなかった。つかさ先輩の真似をしたかったのか……
ゆたか「かがみ先輩が言っていたのを覚えてる、つかさ先輩の一歩先に居たかったって言っていたのを」
ひより「……そんなの言っていたね、一歩先どころか学年でもトップクラスだもんね、釣り合いが取れないよね」
ゆたか「うんん、かがみ先輩は知っていた、普通じゃつかさ先輩に勝てないって、学年でトップの成績くらい取らないとつかさ先輩と釣り合わない、つかさ先輩は
    数値や目に見えるものでは測れない物を持っていたから」
もしかしてそのつかさ先輩と同じようになりたいと思って今まで無理をしてきたって事なのだろうか。
ゆたか「でももうそれは敵わないのが分った、みなみちゃんの言うように私は一人じゃ何もできない」
そうか、みなみちゃんのアドバイスが裏目に出たのか、二人で解決するって今のゆーちゃんを否定しているのと同じだ。
ひより「みなみちゃんはゆーちゃんのその目的を知った上であんな事言ったのかな、それでもいいじゃない、ゆーちゃんはゆーちゃんだよ、別につかさ先輩になる必要はないし、
    かがみ先輩の様にする必要もないよ、ゆーちゃんだって数値や目に見えるものでは測れない物を持っているよ」
ゆたか「あるの、そんな物?」
潤んだ瞳で見上げて私を見ている。
ひより「つかさ先輩の隠れた才能を見抜くなんて誰もが出来ることじゃない、身内でもない、ましては高校になって初めて会ってそれが分るなら凄いと思うよ、それに、
    佐々木さんからお稲荷さんの秘密をいろいろ聞き出しているじゃない、まなぶさんも教えてくれなかったのも沢山あった」
ゆたか「そ、そうかな?」
ひより「そうだよ」
これは慰めでもなんでもない。私が思った事をそのまま話しただけ。笑顔が少し戻った。
「バゥ!!」
突然私の後ろから白い陰が横切りゆーちゃんの目の前に覆いかぶさる様に現れた。
ゆたか「ちぇ、チェリーちゃん!!」
ゆーちゃんのその声に反応するようにゆーちゃんの目の前でお座りをするチェリーちゃん。良く見るとリードが付いたままになっている。
ゆたか「どうしたの、だめじゃない、みなみちゃんを置いてきちゃ」
ゆーちゃんはチェリーちゃんの頭を軽く叩いた。耳を折り畳み、申し訳無さそうな態度をとるチェリーちゃん。まるでまつりさんとコンのやり取りを思い出させる光景だった。
みなみ「チェリー!!」
公園の入り口からみなみちゃんが駆け寄ってきた。息を切らしている。
みなみ「ひより……ゆたか……まだ帰っていなかったの?」
私は頷いた。ゆーちゃんはチェリーちゃんを構っていてみなみちゃんに気付いていない。
みなみ「この公園は散歩のコースに入っていない……チェリーが突然を振り切って走って行ったから……」
ゆーちゃんの匂いでも追ってきたのだろうか。でも、こうしてまた三人が集まった。これは偶然か。偶然だろう……だけど。
ひより「チェリーちゃん、お稲荷さんじゃないよね?」
みなみ「まさか、普通のハスキー犬、私が小さいとき……」
ひより「ふふふ、分っている、冗談だよ、冗談」
私が笑うと暫くしてみなみちゃんも笑った。そして、ゆーちゃんとチェリーちゃんを見た。
ひより「まるで飼っているみたいに仲が良いね、ゆーちゃんとチェリーちゃん」
みなみ「うん」
ひより「チェリーちゃんは私には何故か唸るだよね~」
みなみ「うん……」
ひより「ゆーちゃんはつかさ先輩に憧れていた、そしてつかさ先輩と同じようになろうとした、一人で人間とお稲荷さんの因縁を断ち切ろうとしていた」
みなみ「え……一人で……」
ひより「みなみちゃんには言わなかったみたいだね、考えてみれば言わない筈だよ、一人でしようとしたのだから」
みなみ「憧れは自分がそう成れないから憧れるもの、一人でなんて……はっ!!」
みなみちゃんは自分の言った事に気付いたみたいだった。
ひより「つかさ先輩はとんでもない事に巻き込んでくれた」
自分の世界に入っている。私の話しを聞いていない。やれやれ、それなら最初から喧嘩なんかしなければ良いのに。
みなみ「私は……ゆたかの真意を知らなかった……」
ひより「知らなかったじゃなくて、知られたくなかった、誰にも知られずに完結したかったんだね」
ゆーちゃんはみなみちゃんに気付いた。
ゆたか「みなみちゃん、いつの間に……」
みなみ「チェリーが迷惑をかけたみたい……」
ゆーちゃんはベンチから立ち上がった。そしてチェリーちゃんのリードをみなみちゃんに渡した。
ゆたか「ダメだよ、大型犬を放したら大変な事になっちゃうでしょ、小さい子にじゃれついたら大怪我だよ」
みなみ「確かに……」
みなみちゃんはリードを強く握り締めた。そんなみなみちゃんを見ながらゆーちゃんは話した。
ゆたか「人間になったり、狐になったり、遺伝子操作をしているのは分るけどそれ以上は分らない、遠い星から来るのくらいの文明をもっているのだから理解できなくて
    当然だよね、私達の知識や経験じゃ及びもしないよね、そんな彼らでも事故が起きてしまうなんて」
みなみ「今の私達より進んだ文明の技術、私達では理解出来ないくらい素晴らしいもの、でも、所詮人が使っている以上そんなものなのかもしれない」
ゆーちゃんは空を見上げた。
ゆたか「お稲荷さんの故郷……何故助けに来ないのかな……連絡はとれないの」
みなみ「みゆきさんが言っていた、お稲荷さんの故郷はおそらくとても遠い星、人間の技術で彼等の故郷と連絡はできないって」
ゆたか「そうなんだ……だから帰れないんだね」
ゆーちゃんは空を見上げるのを止め、みなみちゃんの方を見た。
ゆたか「帰れないのなら、やっぱり私達と一緒に暮らすのが一番」
みなみ「それが最善ならそうかもしれないけど……現実はそうではなかった、その原因は私達人間の方にあるのかもしれない……」
ゆたか「そうだね……難しいね」
ゆーちゃんとみなみちゃん、今まで話せなかった分を取り戻すように語り合っている。やっぱり二人はこうでなくてはならない。高校時代を彷彿とさせる。
私は二人の会話に入らず暫く見ていた。チェリーちゃんも静かに二人をみていた。

 

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