ID:W145K4B60:ひよりの旅(ページ1)

注意点
・この物語は「つかさの一人旅」の続編にあたります。
つかさの旅つかさの旅の終わり、の内容が含まれて居ますのでそちらを先に読んだ方がいいかもしれません。
 
 
 
ゆたか「田村さん、物語ってどうやって作るの」
ひより「へ、どうやって言われても……」
突然だった。昼休みの時間、昼食を食べ終えて少したった頃だった。突然降って湧いたように聞かれた質問。私は漫画を描いていてネタに困ったりしたりしているけど。
こう率直に聞かれると返答に困る。
ゆたか「起承転結……登場人物、物語の進めかた……難しいよね」
ひより「ん~その言い方、もしかして、小早川さんも何か物語を考えているの?」
ゆたか「出来たらいいな~なんてね」
はにかみながら笑う小早川さん。そういえば何度か同じような質問をされた事を思い出した。まともな答えをしていなかったっけ。
とは言え、どうやって答えるかな……
ひより「起承転結とか、構成なんか考えると余計難しくなるから……私なんかはキャラからイメージを考える」
ゆたか「キャラクター?」
私は頷いた。私は目を閉じながら話した。
ひより「少女を思い浮かべよう、背は小さいけど運動は得意……その割にはインドア派、いつも冗談や悪戯ばかりして周りを怒らせたり、楽しませたり……
でも、どこが物悲しげな雰囲気が微かに漂う青い髪の女性」
ゆたか「あ、それは……こなたお姉ちゃん……みたい」
ひより「当たり……キャラクターを決めちゃえば勝手に頭の中で動いてくれるよ」
ゆたか「そんな物なのかな……」
考え込んでいる小早川さんだった。
ひより「料理が大好き、いつも笑顔で……」
ゆたか「いつも笑顔で周りを和やかにしてくれる……つかさ先輩?」
私は頷いた。
ひより「彼女はとっても良いネタ……は!!」
ゆたか「ねた?」
ひより「い、いや、なんでもない、なんでもない」
まずい、まずい、皆をネタになんて……泉先輩と描いている漫画の事がバレでもしたら。
ひより「と、兎に角、これはほんの一例だから、キャラから入っていくのもアリって事」
ゆたか「ありがとう……ところでその、つかさ先輩なんだけど、専門学校を卒業して、就職したって聞いた?」
話題が変わった……あり難い。
ひより「うん、何でも近くのレストランに決まったって……」
ゆたか「専門学校だと目的がはっきりしているから……いいな~」
ひより「その私達も……大学生だよ」
ゆたか「そうだね」
ひより「それより岩崎さんは……」
教室の周りを見渡しても居なかった。
ゆたか「みなみちゃんは音楽室に行っているよ……」
 
 泉先輩達がこの陸桜学園を卒業して二年、私達も卒業間近となった。皆が卒業しても頻繁に会っているので在学中とそんなに変わらない日々が続いた。
つかさ先輩が就職すれば今まで通りに会うことは出来なくなりそう。でもそれは直ぐに現実になってしまった。
私達が卒業してから、つかさ先輩だけ、極端に合う機会が減ってしまった。個人的にはいろいろネタ的なものを提供してくれてはいたので残念と言うしかない。
 
こなた「つかさねぇ……先週会ったよ」
ひより「ほんとっスか?」
こなた「嘘付いてもしょうがないじゃん」
ひより「そ、それはそうですけど……それで、どんな感じっスか?」
私は泉先輩の家に居た。卒業前からの極秘ミッションを完成させる為に。
こなた「どんな感じって言われてもね、普段通りのつかさだよ」
ひより「そうですか……」
こなた「あ、そういえばね」
何かを思い出したように左手を握り左手を広げてポンと叩いた。
こなた「何でも二十歳になったから一人旅をしたいなんて言っていたね、まぁ、地図すら読めないつかさの事だから、迷子になって泣いちゃうのが落ちだろうけどね……」
ひより「一人旅……っスか……」
つかさ先輩が背伸びをするなんて……職場で何かあったのだろうか。
こなた「それは、それとして……ひよりん、ミッションの方はどうなっているの」
ひより「……完成しました」
こなた「ほんとに、見せて、見せて」
身を乗り出して私に迫ってきた。そんな先輩を尻目にゆっくりと鞄を開けて焦らせた。
ひより「構想から二年……永かったっスね……」
鞄から本を取り出すと先輩はひったくる様に本を私の手から奪った。そして本を開いて見た。
こなた「……お、お、これは……さすがひよりん、やっぱり凄いや」
ページを捲るたびに目を輝かせていた。
ひより「でも、これで本当いいのかな……」
小さく呟いたつもりだった。先輩の動きが止まった。聞こえてしまった。
こなた「ひよりん、もうミッションは動いているのだよ……今更止める訳にはいかないよ」
ひより「い、いえ、反対しているのではなくて……これを極秘にしている……気が引けるっス、せめて……私達以外の誰かに見せてからでも……」
そう、この本は私と先輩で描いた漫画……登場人物が私や先輩の友人をパロディにしたもの。
見る人が見れば誰だか特定できそうな内容だった。面白半分にミッションに乗ったものの、現実に完成してみると何かしてはいけない事をしてしまったような罪悪感が
芽生え始めていた。最終的には夏コミに出すとか出さないとか……困ったな……
こなた「見せる……見せるねぇ~誰に見せる、かがみがいいかな」
ひより「げっ!! そ、それだけはご勘弁を……」
こなた「ゆーちゃん?」
ひより「これを見せるにはまだ早いかと……」
こなた「みなみちゃん?」
ひより「……きっと人格を否定される……」
先輩は溜め息をついた。
こなた「だから極秘にしてきたのでしょ、あともう少しでミッションは終わるだから、迷いは禁物!!」
それは先輩自信が自分に言い聞かせているようにも見えた。
ひより「は、はい……」
私は頷いた。
こなた「それで、ひよりんのサークルは参加出来るの?」
ひより「当選したっス」
こなた「よしよし……それで、この本を何冊刷るかなんだけどね」
嗚呼……話がどんどん具体的になってきた。
ひより「まったくオリジナルなのでどの位売れるかは未知数ですね……100……50冊でも多いかも……」
と言いつつ、私も話しに乗ってしまうのだった。
 
 
 夏コミ三日前だった。突然私は泉先輩に呼び出された。それは泉先輩の家ではなく柊家だった。理由を聞いても先輩は答えてくれない。
何かとっても悪い予感がした。だけど断ることは出来なさそうだ。
私は柊家の玄関の前に立っていた。呼び鈴を押す手が重い。
『ピンポーン』
ドアが開くとかがみ先輩が出てきた。
かがみ「居間に行ってくれる」
冷たい声だった。いつもなら笑顔で迎えてくれるはず。それなのに……
後ろから刺すようなかがみ先輩の視線を感じながら居間に向かった。居間の入り口の扉を開くと……
つかさ先輩、高良先輩、日下部先輩、峰岸先輩が奥の方に並んで座っていた。そして、その対面に、みなみちゃん、ゆーちゃんが並んでいる。
二つの列に挟まれるように泉先輩が座っていた。なにかに怯えるように肩を竦めていた。
ひより「こ、こんにちは~」
みさお「おっス、こりゃ驚いた、久しぶりじゃないか、全員集合なんて」
日下部せんぱいはいつも通り……ここに呼ばれた理由を聞いていないみたい。私は泉先輩の隣に座った。
少し遅れてかがみ先輩が入ってきて居間の上座に座った……
みさお「ところで柊、なんで呼び出したんだ?」
かがみ先輩は手に持っていた本を人数分皆に渡した。
かがみ「これと同じ物が30冊……こなたの部屋から発見された」
皆は本を手に取り開き始めた。あの本は……ま、まさか……
発見した……誰が?
その時、鋭い視線を感じた。恐る恐るその方見ると……ゆーちゃん……私と泉先輩を軽蔑する様な眼で私を睨んでいた。本を手に取っていない。
まさかゆーちゃんは既に見ているのか……本を発見したって……ゆーちゃんが……
私の顔が青ざめていくのが分った。やはり、印刷は私がすべきだった……
顔が赤くなったつかさ先輩、目つきが恐くなった日下部先輩……無表情な高良先輩とみなみちゃん、峰岸さん……
みさお「……これって、私達だよな……こんな事をするような奴は……」
日下部先輩が私達に向くと皆が一斉に私達の方を向いた。
かがみ「これから泉こなたの弾劾裁判を施行する!」
さながら裁判官か検事の風貌を漂わせたかがみ先輩。
こなた「あの、ひよりんは……」
かがみ「被告人は黙っていなさい」
かがみ先輩の目つきが豹変した。
こなた「ひ、ひぃ……」
かがみ「この本を見てもらって分るように罪状は明らかよ、これは悪戯の域を超えたもの、ここまで私達を侮辱されたのは始めてだ」
日下部先輩とゆーちゃんは頷いた。
かがみ「同じ物を30冊も、どうするつもりだった」
かがみ先輩は泉先輩を睨んだ。泉先輩は方をつぼめたまま話そうとはしない。
かがみ「この期に及んで黙秘権か……見損なったわよ、田村さん、答えてくれるわね……」
かがみ先輩の目が和らいだ、私はその目に吸い込まれそうになった。
ひより「あ、あの……夏コミ……コミックマーケットに出品を……」
こなた「ば、バカ、そんな事を言ったら……」
『バン!!!』
かがみ先輩は手に持っていた本を泉先輩に向かって叩き付けた。本は泉先輩の顔に当たった。いすみ先輩の鼻から血が少し出てきた。
かがみ「いい加減にしろ、まだ隠そうとするのか、バカ!!」
この時分った、かがみ先輩は本気で怒っている。皆もそれを見て少し怯んだように見えた。かがみ先輩は泉先輩に近づいて腕を上げた。殴るつもりだ……
私は目を閉じて顔を背けた……あれ、叩いた音がしない。私はゆっくり目を開けた。かがみ先輩は腕を上げたままだった。泉先輩の前につかさ先輩が立っていた。
かがみ「つかさ、何のつもり、そこをどきなさい」
つかさ先輩は首を横に振った。
かがみ「奴を庇うつもり、何故よ、つかさも本を見たでしょ、こなたには鉄槌が必要だ!!!」
つかさ「殴っても何も変わらないよ……見てよ、こなちゃん怪我しちゃったよ」
かがみ先輩はつかさ先輩を睨んだ。つかさ先輩はそんなかがみ先輩を尻目にポケットからハンカチを出すとかがみ先輩を背にして泉先輩の鼻血を拭い始めた。
つかさ「大丈夫、痛かった?」
優しい声だった……何だろう、今までのつかさ先輩と違う……かがみ先輩が怒っている時、私の知っているつかさ先輩はおどおどしているだけだったのに。
かがみ先輩の怒りに動じていない。それどころか泉先輩を気遣っているなんて……
かがみ「あんたはこなたが憎くないの、つかさがこの本でどう扱われているのか分って言っているのか」
つかさ「お姉ちゃんがこなちゃんを殴ったら、もう二度とこなちゃんはお姉ちゃんと会えなくなるよ……それでもいいの」
かがみ「別に殺すわけじゃない……」
つかさ「お姉ちゃんは友達としてもう会えなくなるよって意味だよ……」
こなた「……ゴメン……なさい」
泉先輩はつかさ先輩のハンカチを取るとそのまま目に当てた……泣いている?
こなた「皆……ごめんなさい」
声が少しかすれている。泉先輩は泣いている。
かがみ「あ、謝って済むと思っているの……」
珍しくかがみ先輩が動揺している。
つかさ「私は……許すよ、もうあの本は出さないよね」
こなた「う、うん……」
泉先輩が謝った……それも驚いたけど、もっと驚いたのはつかさ先輩の言動だった。何かを守ろうとしている。それが伝わってきた。
泉先輩が泣いたのもそれが分ったからじゃないかな。私も何か心が動かされた。
ひより「済みませんでした……最初に原案を提案したのは私です……私も同罪」
かがみ「た、田村さん……」
かがみ先輩が一歩下がった。
みさお「……私も許す……ちびっ子、つかさに感謝するんだな」
みゆき「もう充分だと思います、弾劾は終わりました……」
ゆたか「……も、もう、良いよ、お姉ちゃん、田村さん……」
かがみ「……みんな甘い、甘すぎるわ……」
かがみ先輩の上げていた腕は下ろされた……その時のつかさ先輩の笑顔が印象に残った。
それから私と泉先輩だけ残り皆は帰った。その後、かがみ先輩の部屋に移り、私達二人はみっちりお説教を受けたのだった。
30冊の本は柊家の中庭にてかがみ先輩の立会いの下で燃やされた。
 
 私が柊家の玄関を出るとゆーちゃんが立っていた。
ゆたか「あの本……燃やしたの、庭から煙が見えたから……」
私は頷いた。
ゆたか「私……そこまでするつもりは……」
ひより「うんん、自業自得だったよ……」
私達は並んで歩き始めた。
ゆたか「それにしても……つかさ先輩、かっこ良かった……憧れちゃうかも」
ひより「専門学校を卒業してから会っていなかったけど……一回り大きく見えた」
ゆたか「つかさ先輩、かがみ先輩の目を見ながら必死にお姉ちゃんを庇っていた、多分、叩かれるのも覚悟の上だったかもしれないね」
ひより「……社会人になるとこうも違うのかな……凄いね」
ゆたか「う~ん」
ゆーちゃんは立ち止まった。
ひより「どうしたの?」
ゆたか「社会人になるのとはあまり関係かないかも、ゆいお姉ちゃんは学生時代とあまり変わらなかったような……」
ひより「……成実さんは変わらないと言うよりは……最初から変わっているよ……い、いや、良い意味で言っているから」
ゆたか「ふふ、別にそのくらいじゃ怒らないから大丈夫だよ……」
よかった。笑ってくれた……
ひより「みなみちゃん、何も言っていなかったけど……もしかして、私、嫌われちゃったかな……」
ゆたか「うんん、それは大丈夫だよ、怒るよりも本の出来が良かったって感心していた」
ひより「かがみ先輩と随分違う反応だな……むしろ軽蔑されるかと思ったけど」
ゆたか「そうだね……やっぱりこうゆう物を作る時は、手順を踏まないと理解してもらえないよ」
それはかがみ先輩が何度も言っていた。秘密にするのが一番いけない事……そうだね。
私達は駅に向かった。
 
『キキー!!!』
大通りに出る少し前だった。凄いブレーキ音、それ共に猛スピードでトラックが近づいてきた。私達の少し前で止まると、エンジンを空吹かしして走り去った。
ひより「乱暴な運転だね~」
ゆたか「ふぅ~少し驚いちゃった……」
少し歩くと道端に丸い茶色の塊が見えた。ゆーちゃんは直ぐにそれが何か分ったみたいだった。その丸い物に走り寄ってしゃがんだ。私も直ぐ後を追いかけた。
ひより「何、何なの?」
ゆたか「犬だよ……酷い……さっきのトラックの急ブレーキはこの犬が来たから……」
これは犬だろうか。確かに柴犬みたいな毛、大きさもそのくらいだけど……首輪をしていない……
ひより「柴犬ってもっとコロコロしていない?」
ゆたか「うんん、それは冬の毛、今は夏毛だから細く見えるって」
ゆーちゃんは優しく犬の背中を擦った。ピクリともしなかった。
ひより「もしかして……死んでいる?」
ゆたか「うんん、背中から鼓動が伝わってくるよ……」
ゆーちゃんは犬の身体を細かく見だした。
ゆたか「怪我はしていないみたい……」
しかし、犬は動かないままだった。
「どうかしましたか?」
後ろから声がした。私達は声のする方を向いた。
「あら……小早川さん……えっと、田村さんでしたっけ?」
私達を知っている。でも私は知らない……あれ、会ったことあるかな……思い出せない。
ひより「あ、あの~どちら様で?」
ゆたか「田村さん、知らないの、何度も会っているでしょ、柊いのりさん……」
そう言われてみると目がかがみ先輩に似ているような気がする……巫女姿……もっと直ぐに思い出すべきだった。
いのり「かがみ……つかさ、どちらの友達だったかしら……」
ゆたか「どちらの友達でもありますけど……」
いのり「今後とも二人をよろしく……っと、挨拶は置いておいて……こんな道端でどうしたの?」
ゆたか「実は……犬が車に……」
私達は倒れている犬の方向いた。いのりさんも私達と同じ方を向いた。いのりさんはそっと犬を抱きかかえた。
いのり「大丈夫かな……」
いのりさんの顔が緩んでいる。犬が好きなのは直ぐに分った。
いのり「……この子、犬じゃないね……狐じゃない?」
ひより・ゆたか「きつね、野生の?」
いのりさんは頷いた。
ひより「い、いくらなんでもこの街に狐だなんて……狸なら居るかもしれないけど……ねぇ」
私はゆーちゃんに同意を求めた。
ゆたか「狐にしろ、犬にしろ、このままじゃ可愛そうだよ……」
ゆーちゃんの顔が悲しげになってきた。
ひより「う~ん、家はもう犬を飼っているから引き取れない、ゆーちゃんだって居候の身だから同じでしょ」
ゆたか「そ、そうだけど……実家も犬を飼っているし……」
いのり「家も両親、四姉妹の大所帯だから……」
重い空気が立ち込めてきた……八方塞って所か。
沈黙が暫く続いた。
いのり「神社の境内にある掃除用具倉庫……そこがいいかな」
いのりさんが呟くように話しだした。いのりさんは犬……じゃなかった、狐をゆーちゃんに手渡した。
いのり「神社の入り口で待っていてくれる、いろいろ持ってくるから」
ひより・ゆたか「は、はい」
私達は来た道を戻り神社に向かった。
 
 狐はゆーちゃんの腕の中で静かに眠っている。神社に着いて10分くらいした頃、いのりさんがダンボールを抱えて走ってやってきた。服は着替えていない。巫女服のままだった。
いのり「ごめん、待たせてしまった」
私はダンボールを受け取り、ゆーちゃんは狐をいのりさんに渡した。
いのり「付いて来て」
いのりさんに言われるまま、私達は神社の奥へと進んでいった。
いのり「家に行ったら、泉さんが居てね……話が弾んでいたみたいだから何も言わないで来てしまった」
私とゆーちゃんは顔を見合わせた。
ゆたか「ふふ、仲直りしたみたいだね」
ひより「そうだね」
いのり「仲直り……なにかあったの?」
私達は今までの経緯を話した。
 
 神社の奥にある倉庫。その裏にいのりさんは私達を案内した。倉庫の裏にダンボールを置き、タオルを敷いて狐をそっと寝かせた。
いのり「そんな事があったの……つかさがね……確かに今までつかさじゃそんな事はしない……きっと一人旅をしたせいかしら」
ゆたか「つかさ先輩、一人旅をしたのですか……どうだったのかな」
いのり「……かがみには話したみたいだけどね、私やまつりにはさっぱり……でも、悪い体験じゃなさそうだから私も敢て聞こうとは思わない」
寝ている狐を優しい目で見ているいのりさん。そんな目で妹達を見ていたと思う。今までそんなに話した事なかったけど、やっぱり長女だなと思った。
ゆたか「ところで、いのりさんのその巫女服はどうしたの?」
いのり「あ、ああ、これね、これは近所の地鎮祭の帰りだったから……着替えるの忘れていた……」
私達は笑った。
『ガサ・ガサ』
ダンボールの方から音がした。狐の意識が戻ったみたいだった。狐は私達をじっと見ている。
ゆたか「あ、気が付いた、大丈夫、狐さん」
ゆーちゃんが狐に手を伸ばそうとした時だった。
いのり「止めなさい、野生の動物だから危険、触ったら噛まれるかもしれない」
ゆーちゃんは直ぐに手を引っ込めた。
狐は私達を恐れるわけでもなく、甘えるわけでもなく、じっと観察しているみたいに見えた。
ゆたか「気が付いて良かった……でも、これからどうしよう……」
いのり「ここなら雨風は防げるし、野犬の心配もない、あとは元気になるまでの食料をどうするか」
ゆたか「私とひよりちゃんは夏休みだから交代で餌をあげられます、ねぇ、そうだよね、ひよりちゃん」
ひより「え、ええ、そうだね、出来る……でも、コミケが終わってからでないと……」
いのり「それなら、当分行事がないから私も手伝うよ」
ゆたか「ありがとう、いのりさんが手伝ってくれるなら百人力です」
な、なんだ……私は自分の目を疑った。いのりさんとゆーちゃんは気が付かないみたいだけど。私ははっきりと見た。この狐は何かおかしい。
ゆーちゃんといのりさんの会話を聞いている。ゆーちゃんが話して、いのりさんが話し出す前に顔をいのりさんに向けている……これは会話を理解していないと出来ない。
そもそも野生の狐がここに居る事自体がおかしい……何だろう、この違和感は……
私は狐をじっと見た。狐はそれに気付き目線を逸らした……そんな……ますます怪しい……そんな仕草は家の犬もチェリーちゃんでさえしない。
ゆたか「田村さん、田村さん、どうしたの?」
私はハッと我に返った。こんなのは確証も何も無いし、話したってバカにされるだけ。それに私の病気、妄想が出てきただけかもしれない。忘れよう。
ひより「え、あ、いや、何だろうね」
ゆたか・いのり「何だろうね?」
ひより「あ、ああ、そうでなくて、えっと、そうだ、狐さんも気が付いた事だし、何か餌をあげないと……」
いのり「餌ね……そこまで頭が回らなかった……あ、そういえば地鎮祭で頂いた稲荷ずしがあった」
いのりさんは袖の下から袋を取り出した。狐は起き上がり前足をダンボールの淵に乗せた。
いのり「あらあら、食べたいの、稲荷ずしだけど食べるかしら……」
狐の口からポタポタと唾液が落ち始めた……まさかとは思うけど……中身が稲荷ずしって分っている……訳ない……う~ん。
いのりさんが袋から稲荷ずしを取り出すとゆっくり狐の口元に差し出した。狐は稲荷ずしをパクっと食べ始めた。
ゆたか「美味しそうに食べているね……狐って昔話みたいにやっぱり油揚げの料理が好きみたいだね」
いやいや……それは違う、普通の狐はネズミや小動物が餌のはず……それに人間から餌を貰うなんて……
いのり「人間にも馴れているみたいだし、きっとどこかで飼われていたのかもしれない」
ひより「それだ!!」
思わず叫んだ。二人はポカンと私を見ていた。
ひより「ですよね~そうですよ、狐がこんな所に居るはずない、きっと誰かが飼っていたにちがいないですよ、珍しいから飼い主も見つかるかもしれない」
なんだ、そうだよ。それしか考えられない、私ったら……なにボケているのだろう。
いのり「明日は私が来るから、元気になるまでここに居て良いからね」
狐はいのりさんをじっと見つめていた。
ひより「それよりこのままだと逃げ出したりしないかな……繋げないと……」
ゆたか「あ、今、狐さん嫌がったみたい、大丈夫だよこのまま大人しく元気になるまで居てくれるよ……」
狐はダンボールの中で丸くなった……いのりさんはホッとした表情を見せた。
いのり「それじゃ、帰ろうか」
ひより・ゆたか「はい」
 
 やっぱりおかしい……二人はスルーしたけど、私が狐を繋ぐ話しをしたら嫌なポーズをした……それはゆーちゃんもそう言ったから間違えない。
人間の言葉を理解出来る動物……それは躾や、訓練のレベルじゃないような気がする。私はあの狐に妙な興味を抱くようになった。
でも、目前にコミケが……コミケが無ければ……私の痛い性がこれ以上の詮索を許さなかった。
コミケが終わり、私の餌当番が来た時には狐は居なかった。いろいろ試してみたい事があったと言うのに。いったいあの狐は何だったのだろうか?
もう一つ不思議なことがあった。ダンボールとタオルが綺麗なままだった。どうやって?
今となってはどうする事も出来ない。
 
 つかさ先輩にお礼を言いたい。そう思っていた。しかし程なく彼女は一人で遠地に引っ越す事になった。なんでも一人旅で出会った人に
スカウトされてそこの店で働く事になったらしい。つかさ先輩の料理の腕は高校時代だからは知っていたけど、スカウトされる程だったとは思わなかった。
そこで私はお礼と、新天地での就職の祝いを兼ねてゆーちゃんとみなみちゃんを誘ってつかさ先輩の働く店を訪ねる事になった。
 
ゆたか「……レストランかえで……そう言っていたよね?」
みなみ「神社がある……少し行き過ぎたみたい」
地図を持っているみなみちゃんは反対方向を指差した。
ひより「それじゃ戻るかな……しかし、まだ泉先輩達が店に行っていない……私達の方が早いなんて、ちょっと順番が逆のような気がするね」
ゆたか「そうだね、なかなか時間が合わないみたい」
みなみ「私達が行けばきっと喜んでくれそう……」
新しい店なので地図には載っていない。温泉宿を目標に私達は歩いた。
 
ひより「レストランかえで……これだ!!」
新しい店……そう聞いていた。だけど古い温泉宿の一部を改装したようだ。目新しさはまったく感じられなかった。
ひより「う~ん、これってどうなんだろう、見た目はたいした事ないような……」
ゆたか「田村さん、失礼だよ、何をしに来たのか分っているの!!」
ひより「あ、失礼、失言でした……」
ゆーちゃんが怒るのも無理はない。私はお礼と祝いに来たのだった。インネンを付けにきたのではない。
みなみちゃんが店の扉に近づいた。みなみちゃんがドアに触れる前にドアは開いた。
「いらっしゃいませ」
店内から女性が出てきた。どうやら店員らしい……だけどなんとなく堂々として威厳があるような……
みなみ「予約しました田村ひより他2名ですけど」
「……伺っております……貴方達が高校時代の後輩のお客様ね、私は店長の松本かえでです」
みなみ「私は、つかささんの後輩、岩崎みなみです……」
ゆたか「私は、小早川ゆたか……」
ひより「田村ひよりっス……」
かえで「遠路はるばるお疲れ様でした、お待ちしておりました、どうぞ……」
松本さんは手を広げてお辞儀をして店内に招いた。松本さんに案内された席に着いた。
かえで「少々お待ち下さい」
すると松本さんは私達の席の近くに寄り、小声で話した。
かえで「つかさは何度も貴方達の話しをするのよ……よっぽど嬉しいみたい……今日は楽しんで行ってね」
松本さんはウィンクをすると厨房に向かって行った。
みなみ「松本さん……厳しい人だと聞いていた」
ゆたか「うん、そう聞いていたけど……仕事以外の話しをするのは、それだけつかさ先輩が信頼している証拠だと思うよ」
店内を見回した。概観とは打って変わってなんとも落ち着いた佇まい。椅子、テーブル、窓、カーテン、電灯……店長、松本さんのセンスなのだろうか。
この雰囲気……デッサンしたくなる。ゆーちゃんとみなみちゃんが楽しそうに話している。
さすがにこの状況でスケッチブックは出し難いね……
つかさ「いらっしゃいませ」
声の方を向いた……あれ……これがつかさ先輩……学生服と私服した見たこと無かった。白い調理用の制服……短い髪が清潔感をかもし出している。
大人っぽい……これが社会人ってやつなのか……かがみ先輩や高良先輩とは違った魅力を感じる。
ゆたか「うわ~かっこいいですね、すっごく似合っています」
少し照れて顔を赤くする所はまだ高校時代のままだ。だけど高校時代にそんな色っぽくはなかった。この表情もスケッチして取っておきたい……
みなみ「今まで来られなくてすみませんでした……」
つかさ「うんん、まだまだひよっ子だから……出来ればもう少し落ちてから来てもらいたかった……でも、ありがとう、今日の献立は私に任せて」
ゆたか・みなみ「はい、お任せします」
ゆたか「ひよりちゃん……ひよりちゃん」
ひより「……良い……」
ゆたか「いい、いいって何?」
私は我に帰った。
ひより「え、あ、な、何でもない」
相変わらず妄想が激しいな……自重しないと……
ゆたか「料理は任せてって」
ひより「うん」
 
 前菜から始まり、スープ、肉料理、サラダ、そしてデザート……フルコースだった。
田舎で素材が良いのもあるのかもしれない。だけど、松本さんの作る料理は確かに違う……ゆーちゃんもみなみちゃんも会話を忘れて食べるのに夢中になっている。
確かつかさ先輩と同じ専門学校だって言っていたっけ。旅で出会った。こんな人と出会えるなんて。つかさ先輩もなかなかの強運なのかもしれない。
つかさ「いかがでしたか?」
厨房からつかささんが来た。
ゆたか「とっても美味しかった……全部食べたの、はじめてかも」
確かに、食の細いゆーちゃんがあんなに食べるのを見るのは初めてだ。
みなみ「言葉には表せません……」
つかさ「ありがとう……えっと、最後のデザートなんだけど、私が作ったのだけど……どうだった?」
私達は空になった器をつかさ先輩に見せた。つかさ先輩は満面の笑みを見せた。
つかさ「ありがとう」
そのまま松本さんの居るホールに駆け寄って何か話している。松本さんも私達の方を向いて喜んでいる……何だろう。二人が姉妹みたいに見えてきた。
……なるほどね、つかさ先輩にとって、松本さんはかがみ先輩の代わりなのかもしれない。この店は繁盛する。そう確信した。
暫くするとつかさ先輩がまたこっちの方に来た。
つかさ「今夜はここの温泉宿に泊まるって聞いたけど?」
私達は頷いた。
つかさ「仕事が終わったらお邪魔しても良いかな……」
私達は顔を見合わせた。
ゆたか「ぜんぜん、構わないです」
つかさ「それじゃ、温泉でも入って待ってて、ここの温泉はとっても良いからね」
つかさ先輩は厨房に向かって行った。
みなみ「……つかさ先輩、はつらつとしていて良かった」
ゆたか「元気いっぱいって感じ、それに料理も……高校時代に食べたクッキーなんか比べ物にならない」
ひより「そんな時代と比べたら可愛そうだよ」
私達は笑った。
 
ひより「ふぁ~」
欠伸が出た。私とゆーちゃんは一足先に温泉に入ってきた。つかさ先輩が言うようにとてもいい湯だった。移動してきた疲れも取れた。
ゆたか「とっても良い湯だからみなみちゃんもどうぞ」
みなみちゃんは準備をし始めた。
みなみ「つかさ先輩……遅い、もうお店も終わる時間だと言うのに……」
ひより「これが社会人ってもの、後片付けや、明日の準備、打ち合わせなんかすればあっという間に時間は過ぎる」
ゆたか「大変なんだね……私……自信なくしちゃうな……身体も弱いし……」
ひより「高校を卒業してから随分元気になったと思うよ、ね」
私はみなみちゃんの方を向いた。
みなみ「熱が出なくなった、乗り物酔いも無くなった……」
ひより「ほらほら、元保健委員のみなみちゃんが言ってるのだから」
みなみちゃんは立ち上がり部屋を出ようとした。
『コンコン』
ドアがノックされた。ドアに一番近いみなみちゃんがドアを開けた。
つかさ「遅くなってごめ~ん」
直ぐ隣の建屋からの移動、ぎりぎりまで店で仕事をしていたに違いない。みなみちゃんは温泉に行くのを止めて部屋の中央に戻った
ゆたか「お疲れ様でした」
つかさ「明日の準備に手間取っちゃった……かえでさん、連れて来ようとしたけど……今日は無理だって」
なるほどね、つかさ先輩は松本さんを下の名前で呼んでいる。でもまぁ、今更驚くことじゃないか。お昼の二人を見れば分る。
松本かえで……もう少しどんな人か知りたかったな。残念。
ゆたか「松本さんってどんな人なの」
ゆーちゃんはお茶の準備をしながら質問をした。
つかさ「怒ると恐いけど……とっても優しくて、いろいろ教えてくれる人……」
ゆたか「恐くて優しい……なんか複雑で難しい表現ですね」
ひより「そうでもない、身近な人で似ている人が居るよ」
つかさ・ゆたか・みなみ「誰?」
うわ、つかさ先輩まで聞いてくるとは思わなかった。これは本来つかさ先輩が言うべき事なんだろうけど、つかさ先輩のこう言うキャラがいい味をだすのよね。お昼の時とは違う、私の知っているつかさ先輩。でも、しったかぶらない所は見習わないといけないのかもしらない。
ひより「それは、かがみ先輩」
ゆたか「あ……そう言われてみると……」
みなみちゃんも納得した表情をした。つかさ先輩は少し考え込んだ……納得していないようだった。かがみ先輩はつかさ先輩から見ると「恐い」が抜けて見えてしまっているから
松本さんを似ていると認識出来ない。そう私は理解した。もっともかがみ先輩がつかさ先輩を直接怒った所は一度も見たことはないけどね。
みなみ「お仕事、大変層ですね……」
みなみちゃんが話題を変えた。
つかさ「そうだね、まだ店が独立したからそんなに経っていないから、落ち着くまでは忙しいってかえでさんが言っていた」
みなみ「すみません、そんな状態でお邪魔してしまって」
つかさ「うんん、来てくれて嬉しかった……あぁ、そうそう、みなみちゃん達、未成年でしょ、お姉ちゃんから連絡があって、私が引率しなさいって言うから、
    泊まらせてもらうね、私、お邪魔しちゃって良い?」
かがみ先輩……硬いことを……
みなみ「重ね重ね、すみません……」
かがみ先輩のおかげなのだろうか。専門学校を卒業してから殆ど話す機会のなかったつかさ先輩と話す時間が出来た。私達は時間を忘れてお喋りを楽しんだ。
 
ゆたか「あの、つかさ先輩は何故、松本さんの誘いを受けたのですか……」
その時、つかさ先輩は私には一度も見せなかった悲しい顔になった。何故だろう。ゆーちゃんもつかささんの表情に気が付いたみたいだった。
ゆたか「あっ、ごめんなさい、言い難い事でしたら結構です……」
つかさ先輩は直ぐに笑顔になった。
つかさ「うんん、話しても良いけど……信じてくれるかな」
ゆたか「どう言う事ですか……?」
信じてくれるかどうか。この言葉にものすごく興味を抱いた。どんな話しなのか、つかさ先輩に何があったのか。何故一人でこんな田舎に引っ越したのか。
何か衝撃的な何かなければ無ければこんな事はしない。これは聞かないわけにはいかない。
ひより「是非、聞かせてください」
ゆたか・みなみ「おねがいします」
つかさ先輩は静かに目を閉じた。話すのを躊躇っている……違う、どう話すのか自分の頭の中を整理している様に見えた。
つかさ先輩はポケットから財布を出すと中から一万円札を出した。
つかさ「これ、何に見える?」
ゆたか「いち……一万円札にしか見えませんが……」
私とみなみちゃんも頷いた。
つかさ「これね……触れてから半日経つと、葉っぱに見える……うんん、元の葉っぱに戻るだけなんだどね……」
私達は顔を見合わせた。
ゆたか「言っている意味が分らないのですが……」
つかさ先輩は一万円札を財布にしまった。
つかさ「話すよ、私が何故、ここに移り住んだ訳を……」
つかさ先輩は静かに話しだした。
 
 
 
『ひよりの旅』
 
 
 
 つかさ先輩が話しを終えると辺りは静まり返った。
いつもポーカーフェイスのみなみちゃんがハンカチで目を押さえていた。こんな姿を見たのは、はじめてだった。
つかさ「ご、ごめんなさい……私そんなつもりで話した訳じゃないけど……」
つかさ先輩も目が潤んでいた。思い出してしまったに違いない。
つかさ「わ、私、温泉に入ってくるね、まだ入っていない人、一緒にどうぞ……」
慌てて準備をして部屋を出て行くつかさ先輩。後を追うようにみなみちゃんも部屋を出て行った。
 
 つかさ先輩の一人旅……真奈美さん、松本さんとの出会い。松本さんの友人の辻さん……
とても感慨深い話だった。このまま私が漫画のネタにしてしまいたいくらいだった。
つかさ先輩が泉先輩を庇った理由もこれで納得がいく。それに、つかさ先輩が妙に大人っぽく見えたのもこれが原因だった。
私もその場で涙を流してしまいそうだった。でも涙はでなかった。涙を出すのを止めてしまった出来事を思い出してしまったから。
それは、つかさ先輩の出会った真奈美さん。お稲荷さんと言っていた……そのお稲荷さんとゆーちゃんの見付けた狐が私の頭の中で一致してしまったからだ。
あの狐はどう考えても野生の動物ではない。私はゆーちゃんの方を見た。ゆーちゃんは乾かしていたタオルを取り、温泉に行こうと部屋を出ようとしていた。
ひより「ゆーちゃん?」
私は呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まり私の方を向いた。ゆーちゃんも目が潤んでいる。
ゆたか「私……もう一度温泉に入ってくるね」
そう言うとドアに手を掛けた。
ひより「つかさ先輩の言っていたお稲荷さんなんだけどね、あれってこの前、車に轢かれそうになった狐と同じだとは思わない?」
ゆーちゃんの動きが止まった。
ひより「やっぱり、ゆーちゃんもそう思うよね」
ゆたか「あの子は狐じゃなかった、いのりさんが調べてくれた、柴犬の雑種だったみたいだよ、だから狐に見えたって……」
ひより「い、いや、そうじゃなくて、私は見たよ、あの行動は犬や狐じゃ説明できるものじゃ……」
ゆたか「私……行ってくる……」
ゆーちゃんの目から涙が零れているのが見えた。ゆーちゃんはそのまま部屋を出て行った。
あの時私の見たのは何だったのだろう。狐でなく犬だったとしても……
静まり返った部屋に私一人……その時私は気が付いた。
ひより「ふぅ」
溜め息を一回。
空気が読めないって私の事だった。今はつかさ先輩の話しで皆は頭がいっぱいだった。
それに、もう何処に行ったか分らない犬の話しをしても意味はない。それより素直につかさ先輩の話しに浸った方が良い。
私も温泉に行く準備をして部屋を出た。
 
 一番髪の長いせいなのか、更衣室に私一人、ドライヤーで髪を乾かしていた。皆はもう部屋に戻ったみたいだった。
温泉での話しで妙に私だけが浮いているのが分った。
涙を流さなかったのは私一人、狐の一件が無ければ……本当にそうなのかな。私はつかさ先輩の話しをネタの一つにしか思っていなかった。だから心から感動しなかった。
いつも第三者的な目の私……何時からこんなになったのだろう。
ふと鏡を見てみた。そこには髪をドライヤーで乾かしている私が映っていた。
ひより「ふふ」
笑うと鏡に映っている私も笑う……
何時からって、それは私が生まれた時から……私は私。
髪は乾いたみたい。ドライヤーを止めて席を立った。さて、部屋に戻ろう。
 
 更衣室を出ようとした。椅子にゆーちゃんが座っていた。どうしたのだろう。私を待っていてくれたのだろうか。ゆーちゃんに声をかけようとした。けど、止めた。
ゆーちゃんは目を閉じて静かに座っている。何だろう。瞑想でもしているかのような雰囲気だった。全身の力をぬいて一定の間隔で呼吸をしている。
ゆたか「ふぅ~」
最後に大きく息を吐くとゆっくり目を開けた。そして私の方を向いた。
ゆたか「あ、あれ、ひよりちゃん……」
私が居たのを今、気付いたみたいだった。
ひより「……何をしていたの……神秘的な感じだった」
ゆたか「えっと、健康呼吸法って言ってね、先生に教えてもらったのをしていたのだけど……」
ひより「先生?」
ゆたか「うん、高校を卒業するくらいの頃ね、近所に整体がオープンしたから、そこで教えてもらった」
ひより「整体……」
私の頭の中にいけない何かを思い浮かべようとしている。
ゆたか「どうしたの?」
ひより「え、何でもない……ゆーちゃんが最近元気なのも、そのおかげかもしれないね」
ゆたか「大学になってから一度も休まなくなったから……そのおかげかな……」
ゆーちゃんは席を立った。
ひより「部屋に戻ろう」
私は更衣室を出ようとした。
ゆたか「ちょっと待って……」
ひより「何?」
私を呼び止めた。振り向くとゆーちゃんは何か言いたげな感じだった。ためらっているのか、少し話しだすのに時間がかかった。
ゆたか「……さっきの話しなんだけど……ひよりちゃんもあの犬をお稲荷さんだと思うの?」
「も」……ゆーちゃんはそう言った。やっぱりつかさ先輩の話しを聞いてゆーちゃんも私と同じ事を考えていた。
ひより「そうだけど、もうそれを確かめる事も出来ないし……私の話しは忘れて」
ゆたか「……うんん、確かめられるよ……あの子ね、まだ神社から出ていないから……」
ひより「出ていないって、どう言う事なの?」
ゆーちゃんはまた暫く話そうとはしなかった。
ゆたか「……週に二回、いのりさんの稲荷寿司を食べに神社に来るようになった、私と交代で世話をしているの……」
ひより「ちょっと待って、あれから二ヶ月も経っているよ……私もあの時一緒に居たのに、」
ゆたか「……ごめんなさい……いのりさんが秘密にしようって言うから……言いそびれちゃった」
ゆーちゃんは申し訳なさそうに肩を落としていた。今まで黙っていたのはいのりさんと約束のせいだったのか。
ひより「それで、何で今、話す気になったの?」
ゆたか「私もあの犬はちょっと不思議な感じがするなって思っていた、それに、さっきのつかささんの話しを聞いて、それからひよりちゃんがさっき言うものだから……
秘密に出来なかった……本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げるゆーちゃん。
ひより「このままずっとって訳にはいかないと思うよ、犬の放し飼いは違法だし、下手すると保健所に捕まって……処分室に……」
ゆーちゃんは両手で耳を押さえた。
ゆたか「止めて、その話は……分っている、分っているけど……どうにもならない」
話しは思った以上に深刻だった……
ひより「柊家では飼えないの?」
ゆたか「いのりさんは家族に言ったみたいだけど……かがみ先輩は反対、まつりさんは猫の方が良いって、ご両親は皆がよければって……」
するとかがみ先輩とまつりさん次第って訳か。
ひより「私も協力したいけど良いかな?」
ゆたか「本当に……ありがとう」
ゆーちゃんは私の手を両手で握って喜んだ。
ひより「私も当事者みたいなものだしね……」
それもあるけど、なにより犬の正体を確かめたい。その好奇心の方が強かった。
ゆたか「早速だけど、明後日の夕方、私の当番なんだけど一緒に来てくれないかな?」
ひより「うん」
つかさ「大丈夫?」
ひより・ゆたか「うわー!!」
突然つかさ先輩が入ってきた。話しに夢中で近づいてくるのが分らなかった。
ゆたか「だ、大丈夫です」
つかさ「のぼせたのかと思って心配しちゃった、部屋に戻ったらお話ししようね」
ひより・ゆたか「はい」
つかさ先輩は部屋に戻って行った。
ゆたか「ひよりちゃん……この話しは皆に……」
ひより「分っている、内緒でしょ……みなみちゃんにも内緒にするの?」
ゆーちゃんは頷いた。まさかみなみちゃんにも内緒にしているとは思わなかった。もっともみなみちゃんも犬を飼っているから話し難いのは分るような気がする。
あの時、現場に居合わせた偶然に感謝するばかり。
ゆたか「部屋に戻ろう」
ひより「うん」
部屋に戻って私達は夜遅くまでお喋りをして過ごした。
話しは私達が陸桜を卒業するまでの話しや、大学の話が主になった。つかさ先輩も松本さんや、店の話しをしてくれてとても楽しかった。
次の日、つかさ先輩との別れは卒業の日よりも悲しく思えたのが印象的だった。
 
 神社の入り口の前で私はゆーちゃんを待っていた。
ゆたか「ごめーん、待った?」
駆け足で来たゆーちゃん。息が切れていた。
ひより「うんん、時間通りだし」
ゆーちゃんは鞄から袋を出し私に渡した。
ひより「これは?」
ゆたか「今日、あの子にあげる餌、稲荷寿司」
私は袋を受け取った。
ひより「あの子って、名前、付けていないの?」
ゆたか「う、うん、飼い主が居るかもしれないから、また付けていない……いのりさんを呼んで来るから先に行ってて」
ゆーちゃんはまた走り出して柊家の方に向かった。
稲荷寿司か……私は袋をじっと見た。毎週のように稲荷寿司を食べに来る犬って、そんなに寿司が好きなのか。それとも他に目的があるのだろうか。
ここで考えていても分らないか。とりあえず向かうか。
神社の境内。狭いとばかり思っていたが、思いのほか広かった。二ヶ月ぶりの場所、しかも一回しか行った事がなかったので迷ってしまった。
確か掃除倉庫って言っていた。
迷った挙げ句に倉庫に着いた。既にゆーちゃんといのりさんは到着していた。例の犬も姿を見せていた。
ゆたか「ひよりちゃん、どうしたの?」
ひより「いやいや、迷ってしまって……」
ゆーちゃんといのりさんは顔を見合わせると笑った。
いのり「ふふ、協力してくれるって聞いた、ありがとう」
ひより「微力ながら……反対されている様ですが……」
いのりさんは溜め息を付いた。
いのり「つかさが居なくなったから良い機会だとは思ったのが間違えね、まつりは猫だったら良いって言い出すし、かがみは話しにならい……困ったもの」
ゆたか「それより、ひよりちゃん、餌をあげて」
気付くと犬はじっと私の持っている袋を見ていた。
ひより「あ、ごめん、ごめん」
袋から稲荷寿司を出すといのりさんは小皿を取り出した。私は不思議に思い動作を止めた。
いのり「地面に置くと食べないから、お皿に置いて」
私はいのりさんの持っている小皿に稲荷寿司を置いた。そして、犬の目の前に小皿を置いた。犬はいのりさんの目をじっとみている。
いのり「おあがり」
その言葉を聞くと同時に犬は稲荷寿司を食べ始めた。
ひより「お預けをするなんて、よく躾けましたね」
ゆたか「うんん、躾けてなんかいないよ、自然にできたよ」
やはり、この犬は捨て犬じゃない。どこかで飼われていた犬だ。
いのり「さて、これからどうしよう、里親を探すしかないかしら」
ゆーちゃんはすごく悲しそうな顔をした。
ひより「どうでしょう、かがみ先輩とまつりさんに来てもらってこの犬を見てもらうのは、実際に見ると可愛くて気にってくれるかもしれませんよ、
    この子は人見知りもしないみたいですし」
いのり「……それは良いかもしれない」
いのりさんは携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
ゆたか「すごい、今まで考えもしなかったのに、ありがとう」
そういわれると照れてしまう。その時だった、犬は稲荷寿司を食べ終わり私達から離れようとしていた。
ゆたか「待って!」
その言葉に犬は立ち止まった。
ゆたか「合わせたい人が居るからもう少し居て、いのりさん達に飼われてみたくない?」
暫くそのまま動かなかったが、私達の所に戻ってきた。
ひより「まるで言葉が分っているみたい……って言うより理解しているよ、これは……」
ゆたか「う、うん、実はね、私もそう思う事が何度かあって……まさか今回も戻って来てくれるとは思わなかった……でも、「待って」って言う声に反応しただけかもしれないし」
私達二人は犬をじっと見た。するといのりさんの陰に隠れるように移動した。
いのりさんは携帯電話をしまった。
いのり「かがみは今来る……まつりがまだ帰ってきていない、直接聞いてみたら明後日なら都合がいいみたい」
ゆーちゃんは喜んだ。いのりさんは犬を抱き上げた。
いのり「さて、どうなるかしらね、あとは君しだいだいだから、しっかりね」
犬はいのりさんを見ている。ゆーちゃんの言うようにこれだけではあの犬がお稲荷さんとは言えない。
もっといろいろ試してみたかったけど、
かがみ先輩とまつりさんが来るとなると直接試せない。かがみ先輩が来て犬がどんな反応をするのか、それで見極めるしかない。
 
 暫くするとかがみ先輩が来た。
かがみ「貴女達は……小早川さん、田村さんまで……何故こんな所に……」
驚きの眼だった。私達は笑顔で答える。
ゆたか「一人……一匹の命が懸かっています、どうか助けてください」
かがみ先輩はいのりさんの方を見た。
かがみ「成るほどね……そう言うこと、いのり姉さんも考えたものね、感情に訴えて私を落とすつもりね……」
いのり「そんなつもりは……」
犬はかがみさんの近くに歩いて行った。そして尾っぽを振っている。かがみ先輩と犬の目が合った。
かがみ「……ちょっと、これ……本当に犬なの……これはどうみても……きつ……」
ゆーちゃんは慌ててかがみ先輩の口に割り込みを入れた。
ゆたか「犬、ですよね」
ゆーちゃんはいのりさんを見た。
いのり「犬でしょ」
ゆーちゃんといのりさんは私を見た。
ひより「お、尾っぽを振っていますね……犬以外考えられません……」
かがみ先輩は腰を下ろした。
かがみ「お手……」
かがみ先輩が手を出すと前足をかがみ先輩の手の上に乗せた。
かがみ「伏せ……」
何度かかがみ先輩の言う命令を難なくこなしていく犬だった。
驚いた。初めて会う人間にこれだけ忠実に命令を聞くなんて……私の心の中では既にこの犬の正体はお稲荷さんだと確信付けている。
かがみ先輩は犬の頭を優しく撫ぜた。
かがみ「……大人しくて、賢い犬ね……何か特殊な訓練でもしているのかしら……」
かがみ先輩は立ち上がった。
かがみ「……家でも吠えるような事も無さそうだし……私が反対する理由は無い……」
いのり「これで決まりね……」
私とゆーちゃんもほっと一息する間もなく、かがみ先輩は話しだした。
かがみ「……いや、まだよ、飼うには二つの条件があるわ、一つはまつり姉さんをどうにかする事、もう一つは、これだけ賢い犬をおいそれと捨てる飼い主は居ないはずよ、
    探しているかもしれないわ、飼い主が居ないのを確認できれば文句は言わない」
いのり「……かがみらしい条件ね……わかった、まつりは明後日決着が付く、飼い主の件は……」
いのりさんは考え込んでしまった。
ゆたか「写真を撮って、町中に貼ればいいと思います……」
いのり「それは良い考え、町内の掲示板に貼り付ける、貼り付けの期限が丁度一週間だから、それまでに飼い主が名乗りでなければ……良いわね」
かがみ先輩は頷いた。私は携帯電話を取り出しレンズを犬に向けた。犬は私の方を向いて……ポーズを取っている様に見える……
『パシャ』
かがみ「それじゃ私は帰るわ……田村さん、小早川さん、姉さんをよろしく」
かがみ先輩は帰って行った。
 
いのり「ふぅ、厄介な注文をつけるな、かがみは……」
溜め息をつくいのりさん。
ひより「はたしてそうでしょうか、かがみ先輩は言いました、この犬をおいそれと捨てる人は居ないって、逆に言えばこの犬は最初から飼い主が居ない確率の方が高いかも
    しれません……条件の一つはほぼ成立したと同じじゃないでしょうか、かがみ先輩もこの犬を飼いたくなったのでは、私はそう思いますけど」
いのり「……始め反対したからすぐには態度を翻せないって訳ね、素直じゃないね……」
そう、それがかがみ先輩。犬を見た時のかがみ先輩の目はもう「飼いたい」って訴えたように見えた。
ゆたか「飼い主探しのチラシ……私が作っても良いかな?」
ボソっと小さな声だった。
いのり「作ってくれるなら嬉しい」
ひより「撮った写真はゆーちゃんのメールに送っておくよ」
ゆたか「ありがとう」
いのり「ところで、明後日なんだけど……まつりはある意味かがみよりも厄介な相手、気まぐれで私にもどうなるか読めないところがある」
ゆたか「及ばずながら、立ち合わせて頂きます」
ひより「同じく」
いのり「二人が居てくれれば心強いな、成功したら何か御礼をしないとね」
ゆたか「あ、犬の名前決めておかないと、いつまでも犬じゃ可愛そう」
犬はお座りをしながら首を後ろ足で掻いていた。この辺りは犬そのものに見える。
ひより「……ポチ、チビ、が一般的なのかな……」
『フン!!』
犬が咳払いのような声を出した。
ゆたか「……そんな名前じゃ嫌みたい……」
いのり「名前は飼い主が現れなかったからでもいいじゃない、それからでも遅くない」
う~ん、この犬がお稲荷さんだとすと、必ず人間に化ける時が来るはず、そこを押さえれば正体を明かす事ができそうだ。
ゆたか「あと一週間、こんな状態が続く、また交通事故に遭うかもしれないし……」
いのり「……君、あと一週間、この倉庫を寝床にしてくれないかな、ここなら安全だよ」
いのりさんが犬に語りかけた。これは決定的な瞬間を見られるかもしれない。私は息を呑んで犬の次の行動を観察した。
犬は立ち上がると草むらの中に走って消えてしまった。これは……私が正体を暴こうとしているのを察知したのか。それとも今までが偶然だったのか……
ゆたか「行っちゃった……明後日、来てくれるかな……」
いのり「……さぁ、でも、今日来てくれたのだから、きっと来てくれるでしょ、でなきゃまつりの約束は無意味、飼う事も出来なくなる……」
 
 いのりさんと別れて私達は駅に向かって歩いていた。
ゆたか「ひよりちゃん、どうだった、あの犬、お稲荷さんだと思う?」
ひより「……五分五分ってところかな……妙な所で犬みたいな行動するし……つかさ先輩が言うみたいに人間になる所を見ないとね……」
ゆたか「……私……あまり詮索しない方がいいと思うのだけど……」
ひより「どうして、分かったって何が変わる訳でもないよ」
ゆーちゃんは立ち止まった。
ゆたか「お稲荷さんは人間に正体を知られないようにしている、だから今まで表に出てこないと私は思うの、正体を知ったら……私達、消されちゃうかもしれない、
    つかさ先輩も殺されかけたでしょ……中途半端な好奇心は危ないよ」
心配そうに私を見るゆーちゃん。
ひより「あの犬……狐が私達を殺すような仕草をしたかな」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ひより「私は結構意識してあの犬を見て、うんん、観察しているから向こうもそれに気付いているはず、でも、全く向こうは私に敵対してこない……そればかりか
    正体を明かすヒントを出しているようにも見える、だから少なくともあの犬は私達を敵とは思っていない、これが私の見解」
ゆたか「で、でも……」
ひより「もう今更止められないよ、それに、あれの犬は本当に「ただの犬」かもしれないしね」
ゆーちゃんはゆっくり歩き始めた。
ゆたか「敵対していないのは分るとして、何で毎週のように神社に来て餌を食べにくるのかな……」
ひより「もしかしたら、ゆーちゃんかいのりさんを好きになっちゃたりして……」
ゆたか「えっ!?」
ゆーちゃんの顔が急に赤くなった。冗談で言ったつもりなのに。
ゆたか「そんなのは無いよ……」
ゆーちゃんの歩く速度が速くなった。私はニヤニヤしながら後を追った。
 
お稲荷さんと人間。確かにつかさ先輩の話しからすると何か良くない因縁を感じる。彼らもそう簡単には正体を見せてくれない。
いっその事直接聞いてみるのも良いかもしれない。その時、本性をあらわにして私の命を狙ってくるかも……好奇心は猫をも殺すって諺があるけど……
うんん、そんなの恐れていては何もできない。これはきっと良いネタになるに違いない。
それにしてもゆーちゃんは何故あの犬にこれほどまでに親身になっているのだろう。それともいのりさんの為なのだろうか……
いのりさんもあの犬には特別の想いでもあるのだろうか。私がコミケに参加していた間に何かがあったのかな……
今日はもういのりさん、ゆーちゃんと別れてしまったから聞けない。分らないから想像する。だから楽しい。
それぞれの思惑が交錯して新たな物語が生まれる……これは面白くなってきた。
 
 そして、三日後……
少し早かったか。一本早い電車で来てしまった。神社で少し待つようになるけど……まぁそれはそれで良いか。
神社への道を歩いていた……何だろう、何か騒がしい。子供が騒いでいるみたいだ。もう夕方に近いからか。歩いていくと子供達の声が次第に大きく聞こえてきた。
近づいている。ふと声のする方を見てみた。数人の小学生くらいの子供達が集まって何かをしている。このご時勢に外で遊ぶ子供もいるな…んて……あれ?
子供の足の間から茶色い物が見えた。私は立ち止まって良く見てみた。犬、あの犬だ。子供に追い詰められてうずくまっている。
子供達は犬を囲うようにして棒で突いていた。俗に言ういじめってやつか……
私が注意してはたして止めてくれるだろうか。子供と言っても数人ともなれば女の力で抑え付けられるかな……あまり自信はない。
棒で犬を突く。もう犬は怯えきって壁を背に丸まってしまった。子供は笑いながら更に棒で犬を突いていた。どんどんエスカレートしていく。見るに耐えない。
一人の子供がバットを持ち出して来た。これはまずい。私は子供達の所に駆け寄ろうとした時だった。
「こら、やめなさい!!」
私の後ろから怒鳴り声が聞こえた。子供達は私の方を向いた。私は後ろを振り向いた。女性だった。あれ……この女性は……見た事ある……思い出せない。
「そんな事をして楽しいの、放してあげなさい」
子供はその場を動こうとしなかった。女性は子供達の所に歩いて向かった。私を通り越し、子供の直ぐ近くに近寄った。子供達は黙って女性を見ていた。
女性は子供達を睨むと子供から棒を取り上げた。
「なにするんだよ!!」
子供が女性につかみかかろうとした。
『バシ!!』
女性は激しく奪った棒で地面を叩いた。鋭い眼光で子供達を睨んだ。その音で子供達は驚いて怯んだ。
「犬と同じ目に遭いたい子は出てきなさい」
一人の子供が逃げるように駆け出した。その子供を追うように他の子供達も走り出して逃げて行った。
「まったく最近の子供は……」
女性は棒を捨てるとうずくまっている犬に近づきそっと抱き上げた。犬はブルブルと震えていた。
「恐かったね、もう大丈夫だから」
 
優しい声……目も優しくなった。この目、誰かに似ている……つかさ先輩にそっくりだ。
あ、思い出した。この女性はまつりさんだ。やっと思い出した。
私は彼女に近づいた。
ひより「あ、あの~」
まつりさんは私の方を向いた。
まつり「あら……えっと、確か、かがみかつかさの友達だったね、どっちだっけ?」
……いのりさんと同じ質問をしてくるなんて。やっぱり姉妹なんだな……。
ひより「二人とも友達ですけど……田村ひよりです」
まつり「田村さん……なんか凄い所を見せてしまったかな」
まつりさんは苦笑いをした。
ひより「子供とはいえ……なかなか出来る事ではないと思います」
まつり「ちょっとムキになり過ぎたか……」
まつりさんは犬を抱いたまま立ち上がった。
まつり「かがみは家には居ないけど何か用事でも?」
ひより「いえ、かがみ先輩ではなく、いのりさんに用事がありまして……」
まつり「姉さんに?」
まつりさんは首を傾げた。
ひより「まつりさんもいのりさんと約束していませんか?」
まつり「そうだった、これから神社に行って姉さんと会う約束をしていたっけ……それで何故田村さん姉さんに用事って」
ひより「犬をまつりさんに飼ってもらいたくて……」
まつり「かがみが急に犬を飼いたいなんて言い出すから、びっくりしたよ、つかさが居なくなってやっぱり寂しいのかね」
そう言うまつりさんも顔が寂しそうに見えた。
ひより「この前、つかさ先輩の働くお店に行きました」
まつり「え、本当に、で、どうだった、ちゃんとやってる?」
私に向かって身を乗り出してきた。なんだかんだ言ってまつりさんもつかさ先輩が心配なのか。
ひより「え、ええ、店長とも馬が合っているみたいで、楽しそうでした」
まつりさんは嬉しそうにも、悲しそうにも見える表情をした。そして抱いている犬を撫でながら話した。
まつり「姉妹の中でかがみが最初に家を出ると思っていたのに、つかさが出るとは思わなかった、つかさが居なくなって家が変わった、何かが物足りない、何が足りない、
    分らない、つかさは家に居ても特に何をするって訳じゃなかったけど……」
甘えてくる妹が居なくなったからから。かがみ先輩は甘えるって柄じゃないよね。だから猫の方を飼いたいなんて言っているのかもしれない。
まつりさん。いつもかがみ先輩と喧嘩ばかりしているイメージだったけど、こうして会って話しをするとまた違った側面が見えてくる。
まつり「そろそろ行かないと待ち合わせの時間ね」
ひより「はい」
まつりさんは抱いていた犬をそっと地面に下ろした。
まつり「さぁ、行きなさい、今度は捕まるなよ」
犬はまつりさんを見上げたまま動こうとはしなかった。
まつり「どうした、早く行きなさい……」
犬はまつりさんの足元にぴったりと付いて離れなかった。まつりさんは溜め息をついた。
まつり「さて、どうしたものか」
ひより「あの、その犬が飼ってもらいたい犬です……」
まつり「え?」
まつりさんは驚いて私を見た。
ひより「その犬も待ち合わせの場所に行こうとしていたのかもしれません」
まつりさんは犬を暫く見るとまた抱き上げた。
まつり「しょうがない、連れて行こう」
ひより「はい」
私は神社の待ち合わせの場所に行くまでにこの犬と出会ってからの経緯をまつりさんに説明した。まつりさんは熱心に私の話しを聞いていた。
もちろんお稲荷さんの話しは話さない。ゆーちゃんと約束したから。
 
 待ち合わせ場所に着くと既にゆーちゃんといのりさんが居た。あ、あれ、もう一人居る。男性だ。見たことも会ったこともない人だ。誰だろう。歳は三十くらいだろうか?
まつり「おまたせ~」
私とまつりさんは男性を見た。男性は軽く会釈をした。それに合わせて私達も会釈をした。
まつり「だれ?」
ゆたか「こちらは、私がお世話になっている整体の先生で佐々木すすむさんと言います、そしてこちらが柊まつりさん、私の友達の田村ひよりさんです」
ゆーちゃんが通っている整体の先生だって。通りで知らないはず。でも何故そんな先生がこんな所に来るのか。私はゆーちゃんの顔をじっと見た。
ゆたか「迷子の犬のポスターを貼ってもらおうと先生にお願いにしましたら、先生がその犬の飼い主だと分りましたので……引取りに来ました」
すすむ「うちの子が迷惑をかけてすみませんでした……」
佐々木さんは深々と頭を下げた。ゆーちゃんはまつりさんの抱いている犬に気が付いた。
ゆたか「コンちゃん……まつりさんが何故抱いているの」
まつりさんの抱いている犬を見てそう言った。
コン……コンってこの犬の名前だろうか。コン。この名前はどうしたって狐を連想させる。
いのり「狐によく似ているからそう名付けたそうよ、出来れば私達で飼いたかったけど、飼い主が現れたとなれば返すしかない……で、何故まつりがその犬を?」
まつり「近所の子供達にいじめられているのを田村さんと助けた」
私と助けたって、そんな事はない……私は何もしていない。まつりさんが居なかったらはたして私はコンを助けていただろうか。
すすむ「重ね重ねすみませんでした」
まつり「どうして犬を放すような事をしたの、可愛そうに、さっきまで恐怖で震えていたよ」
まつりさんは佐々木さんを見て少し怒り気味だった。その気持ちは私も分る。佐々木さんはただ頭を下げるだけだった。
いのり「散歩中に雷雨があって、その雷鳴に驚いて逃げ出してしまった、もうその位にしなさい、まつり」
まつり「だって、姉さん……」
まつりさんのトーンが下がった。そして少し悲しい顔になった。
いのり「今度はしっかり放さないようにしてください……さぁ、まつり、コンを……」
まつりさんはコンをギュっと力強く抱きしめたように見えた。そうか、怒ったのは佐々木さんがコンを放したからじゃない。飼い主が現れて、コンを飼えなくなったから。
そんな風に理解した。
まつりさんはためらう様にコンを地面に置いた。
まつり「飼い主の所に行きなさい……」
コンはまつりさんをじっと見ていた。佐々木さんは散歩用のリードを取り出した。首輪に付けるタイプじゃないのか。前足を襷の様に固定するタイプ。犬の首に負担がかからない
から最近ではこれが主流。佐々木さんはコンに近づいた。コンもそれに気が付いた。コンは素早くまつりさんの後ろに廻り込んでしまった。
すすむ「どうしたかな、このリードを見るといつも喜んでいたのに……コン、帰るぞ、さあ、おいで……」
佐々木さんの声にコンは何の反応も示さなかった。おかしいな。あんなに賢い犬なのにどうして……あれじゃ佐々木さんが飼い主じゃないみたい……まさか
ひより「もしかして、この前の車に轢かれそうになった時のショックで記憶喪失になったかもしれない……」
皆は私に注目した。
ひより「こんなに賢い犬なら、一度はぐれても家に戻ると思います、現にこの倉庫に何度も来ていますし、それに飼い主を見ても喜ばない犬なんて聞いたことないです」
いのり「そうね、かがみも何故帰らないのを不思議がっていた、田村さんの推理も結構合っているかもしれない」
まつり「この犬、本当にコンなの、間違えじゃないでしょうね」
いやいや、それはない。こんなに特徴のある犬を見間違いするはずもない。
すすむ「間違えはないです、間違いなくコン」
私は聞き逃さなかった。佐々木さんがその直後「まなぶ」とコンを見ながら小声で言った。私はピンと感じた。この犬の名前はコンではない。
「まなぶ」と言うのが本当の名前。佐々木さんはコンが飼い犬であるかのような振る舞いをしている。すると自ずと結果は導き出される。
コンはつかさ先輩が出会った真奈美さんと同じお稲荷さん。そして、佐々木さんはコンがお稲荷さんだと知っている人……いや、まて、
佐々木さんもお稲荷さんって可能性もある。ゆーちゃんを呼吸法だけで元気にした人。いくら整体の先生でもそんな方法を知っているなんて考えられない。
考えれば考えるほど怪しい……
 
ゆたか「ひよりちゃん」
絶対に真実を突き止めてみせる。
ゆたか「ひよちちゃん、聞いている?」
ゆーちゃんの声に私は我に返った。
ひより「はぃ、何でしょうか?」
ゆーちゃんは頬を膨らませて怒り気味だった。
ゆたか「これからどうしようって話しをしているのに、真面目に聞いて」
皆を見ると腕組みをして考え込んでいた。
ひより「す、済みません、何も聞いていませんでした」
いのり「コンが佐々木さんの言う事を聞いてくれない、無理に連れて行くのもどうかと思う、でも、このままだとまた子供達に悪戯されるか、
交通事故に遭ってしまう事だって考えられる、」
私が妄想に耽っている間に話しは進んでしまったみたい。
ゆたか「私は連れて帰ってもらいたい、住んでいる家、町並みを見ればきっと記憶が戻ると思う」
強行するは無理があるかもしれない。
ひより「記憶が戻らなかったら、またこの倉庫に戻って来ちゃうかも?」
ゆーちゃんは溜め息をついて肩を落とした。
まつり「それなら、私がコンを記憶が戻るまで預かります、それなら悪戯や事故は回避できるでしょ、それに、佐々木さんも私の家にくればコンと何時でも
    会えるから安心できる……どう、この考、姉さん」
いのり「えっ、あ、わ、私は別に構わないけど、佐々木さんはどうです?」
あれ、いのりさんが動揺しているように見える。どうしたのだろう。
佐々木さんは暫く考え込んでいた。
すすむ「ご迷惑ではないですか、コンはこう見えてもわがままで……贅沢をさせてしまったせいかもしれませんが」
いのり「コンの好物は知っています、わがままなのは一人家にも居ますから問題ないと思います」
まつり「ちょっと、姉さん……その一人って誰よ」
佐々木さんは笑った。そしてリードをいのりさんに渡した。
すすむ「それではお言葉に甘えさせて頂きます、コンをよろしくお願いします」
佐々木さんは深々と頭を下げた。まつりさんはコンを抱き上げた。
まつり「さて、これからよろしくね、コン」
まつりさんとコンは見つめ合っている。なるほどね。条件があるけど。これでコンを柊家で飼えるのか……
いのりさんの方を見てみると……
いのり「あの……覚えていますか、地鎮祭の時、私居たのですが……」
すすむ「地鎮祭……はて、確かにそれはしましたが……あ、その時来ていた巫女様が……」
いのりさんは頷いた。
すすむ「いやいや、服が違うと全然分らないですね……」
照れ笑いする佐々木さん。この二人、会うのは初めてじゃないのか。それにしても良い雰囲気。歳もそんなに離れていないみたいだし……
 
後ろからツンツンと背中を突かれた。振り向くとゆーちゃんだった。
ひより「なに、どうしたの」
ゆたか「もう私達の役目は終わったね、帰ろう」
ひより「役目って……ゆーちゃん、まだコンの記憶が戻っていないし、正体だって」
ゆーちゃんは首を横に振った。
ゆたか「まだそんな事言って……どう見てもコンは犬、間違えようがないよ」
ひより「い、いや、私の推理だとコンは……」
ゆーちゃんは私を振り切るように話しだした。
ゆたか「私達は帰ります、コンちゃんの記憶が戻ると良いですね」
いのり「ありがとう、小早川さん、田村さん」
まつり「後は私に任せておいて、しっかりやっておくから」
佐々木さんは私達に頭を下げた。ゆーちゃんは会釈すると神社の出口に向かって歩き出した。私はここに居る理由が無くなってしまった。
私も会釈するとゆーちゃんの後を追った。
 
 神社を出て駅に続く道に差し掛かった頃だった。私はゆーちゃんに声をかけた。
ひより「ゆーちゃん、私はただ真実が知りたいだけだったのに……あんな別れ方したら……」
ゆたか「真実を知ってどうするの、仮に、コンちゃんがお稲荷さんだったとしたら、ひよりちゃん、どうするの」
ひより「どうするって……そう言われると……」
ゆーちゃんは立ち止まった。私もその場に止まった。
ゆたか「コンちゃんが何かしたの、誰にも迷惑かけていないのに……そっとしてあげようよ……」
ゆーちゃんの目が潤み始めた……私のしている事はそんなに酷いことなのかな。
ひより「お稲荷さんの全てが悪いなんて言っていない、真奈美さんは違ったでしょ、だから……」
ゆたか「ひよりちゃんの分からず屋!」
甲高い声で怒鳴った。ゆーちゃんが怒る姿を見たのは……二度目かな。でも直接怒らせたのは初めてか……
ゆーちゃんはそのまま駅の方に走り去って行った。
このまま歩いても駅でゆーちゃんに会ってしまう。電車を一本遅らせるかな……
 
 家に戻り自分の部屋に着いた。携帯電話を充電しようとしたら。メールの着信があるのに気が付いた。ゆーちゃんからだった。
『さっきはごめんさい』
メールにはそう一言書いてあった。ゴメン、ゆーちゃん。
一度点いた好奇心の火はそう簡単に消えない。許して……
 
 
 佐々木整体院……ここだ。
私は佐々木さんの経営している整体院の目の前にいた。見た所ごく普通の整体院……
休院日は毎週土日……今日は日曜日だからお休み。それをわざわざ選んで来た。ゆーちゃんの言うように私達が陸桜を卒業した頃から創業をしている。
評判は上々。遠くからも客が見えるほどの繁盛ぶり。きっとゆーちゃんもそんな好評からこの整体に通うようになったに違いない。
もっとも泉家からさほど離れていない所もゆーちゃんの条件に合ったのかも知れない。
もちろん佐々木すすむさんについても調べてみた。
柔道、空手、合気道……一通りの武道の有段者、私の見た限りではそんな武道をやっているような筋肉質な体には見えなかった。
月に数度、近所の道場で指導をしているらしい。しかし、そこまでの人なのに一度も大会に出場していない。出場していなから記録も残っていない。
私の調べられる所はそこまで。出身地、卒業した学校などは分らなかった。
もし私の推理が正しければ佐々木さんもお稲荷さん。何か証拠があれば。そんな期待をしながらここにやってきた。
こうして整体院の前に突っ立っているだけじゃ何も分らない。私は性退院の周りをゆっくりと一周してみた。別段変わった様子はない。
それは当たり前。どうやって調べよう。まさか黙って入る訳にもいかない。
呼び鈴を押して取材だって言えば入れてくれるかな。全く知らない人じゃないし。よし、この作戦で行こう。
整体院のすぐ隣に佐々木家の玄関があった。私は呼び鈴を押そうとした時だった。何かが私の横を横切った様な気配を感じた。呼び鈴を押すのを止めて
気配のする方に歩いて行った。整体院の裏の方に気配は動いていったような気がした。ゆっくりと近づく。そこに居たのは狐だった。
コンなのかな、いや、コンより少し大きいようなきがする。狐は辺りをキョロキョロと警戒している。私は息を潜めた。安心したのか、狐は警戒を解いたみたい。
そのまま動かなくなった。そして、次の瞬間。狐の体の周りから淡い光が出たかと思うと見る見る大きくなって……人の形に……そして……佐々木さんになった。
やっぱり私の勘は正しかった。佐々木さんはお稲荷さんだった。もう用は済んだ。帰ろう……ゆっくりと後ろを振り向いた。
私の目の前に佐々木さんが立っていた。そんな筈はない。さっきまで整体院の裏にいたのに。
すすむ「見てしまったね」
静かな口調だったけどとても重みを感じる。私は言い訳を考えていた。とりあえず何か言わないと……あ、あれ……声が、出ない。そして、身動きも取れなかった。
私は佐々木さんの目を見ていただけだった。まさか、これがつかさ先輩の言っていた金縛りの術ってやつなのか。今更気が付いても遅い……
すすむ「見てしまったのなら仕方が無い、可愛そうだが……口封じをさせてもらうよ」
佐々木さんの手の爪が伸びていく。私はこのままあの爪で切り裂かれるのか。好奇心は死を招くって……恐い、怖いよ……助けて、ゆーちゃん、みなみちゃん……つかさ先輩。
すすむ「大丈夫、急所を一突きだから、一瞬だよ」
声が出ない。呼吸がヒューヒューとするだけだった。目も閉じられない。佐々木さんの目を見ているだけだった。彼の手が高く上がった。そして振り下ろされた。
『ギャー』
 
 
ひより「はぁ、はぁ、はぁ」
ここは私の部屋……そしてベッド……冷や汗でパジャマがグッショリ濡れていた。夢だった……
もうこの夢は三回目だった。見る度に恐怖が私を襲う。時計を見ると午前5時……起きるには早いけど、寝るものも中途半端な時間。いや、もう眠ることなんか出来ない。
シャワーでも浴びよう……
佐々木さんの家に取材に行こう。そう決めた前日からこの夢を見るようになった。とてもリアリティがある夢で私が殺されかけようとする所で目が覚める。
この夢は私の好奇心への警告なのか。それともただの悪夢なのなか。ゆーちゃんの言うように私は触れてはいけない物を調べているのかな。
「知ってどうするの」
ゆーちゃんはそう言った。漫画のネタにするには重過ぎるし、私の趣味にも合わない。
好奇心。言ってみればそれだけ。動機がない……命を懸けてまで調べるものではないのかも。好奇心が薄らいでいく自分を感じていた。
 
この夢を見てから私は神社にも柊家にも行っていない。コンの状態はゆーちゃんから聞くしかなかった。
話では二ヶ月ほどしたら散歩用のリードを見て記憶が戻ったらしく佐々木さんが引き取りに来たって言っていた。佐々木さんを見るなり喜んで飛びついたそうな。
コンとの別れの時、まつりさんの悲しみ方はゆーちゃんにも伝わってくる程だったらしい。それから先の話しはしていない。いや、しなくなった。
時が経つに連れて悪夢も見なくなっていった。
これで狐の一件は全て終わった……
 
 
 
ひより「泉先輩がつかさ先輩に誘われた?」
頷くゆーちゃん。
今日は久しぶりに三人が集まり、食事をしながら近況の話しをしていた。
みなみ「泉先輩の卒業後の就職先は?」
ゆたか「決まっていない……と言うか、全く就職活動してなかった、おじさんも心配になって居た所に……つかさ先輩からの誘いが来た」
ひより「それで泉先輩は返事したの?」
ゆたか「明日返事をするって言っていたけど……」
ゆーちゃんはその先を言わなかった。
みなみ「就職先がないのなら断る理由はないと思う、お店の経営も順調と聞いている、泉先輩も飲食店で働いた経験があるから問題ないと思う」
飲食店ね……少し違うけど、経験があるのは確か。どうもゆーちゃんは浮かない顔をしている。
ひより「どうしたの、さっきから元気ないよ」
ゆたか「う、うん……」
俯いてしまった。
ひより「もしかして、泉先輩と別れるのが嫌なの?」
ゆたか「えっ、そ、そんなんじゃないよ……」
みなみ「行く、行かないは泉先輩が決めること、雑音を出すと泉先輩が迷ってしまう」
ゆたか「そうだね……」
泉先輩とは陸桜を卒業してからも交流してきた。その友達である、柊姉妹、高良先輩、日下部……あやの先輩は結婚したのだった。
それにしても泉先輩が誘われているなんて初めて聞いた。ほんの数日前にも会ったばかりなのに教えてくれないなんて。
泉先輩とつかさ先輩が同じ職場で働くなんて想像もしていない。まだ決まっていない話しだけど、むしろ泉先輩はかがみ先輩の方が親しいと思っていたけど
意外だったな……
もっとも仕事とプライベートは違う、親しすぎるとかえって仕事がうまく行かないって聞いたことがある。
ひより「そういえば高良先輩も大学院に進学って聞いたけど」
みなみちゃんは頷いた。
ひより「私達も二年後には卒業だよ」
みなみ「ひよりは漫画家になるって言っていた」
ひより「ははは、それは夢であって現実的にそれで食べていけるとは思っていないよ」
みなみ「夢は出来ないと思った時点で覚めてしまう物、漫画なら別の仕事をしていても描ける、腕さえ使えれば歳をとっても描ける」
何時になく真面目な顔で答えるみなみちゃんだった。これでは私もふざけた対応はできなくなってしまった。
ひより「そう言ってくれるのは嬉しいけど……才能がね……」
みなみ「かがみ先輩に焼かれた本……私達が題材になっていた、だから皆が怒った、それを除けばとても良い作品だった、続きが見たい」
ゆたか「私……そこまで詳しく内容までは見ていなかった……」
みなみちゃんが私を褒めるなんて初めてだ。それはそれで嬉しいけど……もうあの漫画は無い。
それに、ゆーちゃんもあまりこの件に関しては話したくなさそうだし、話しを元に戻そう。
ひより「ところで泉先輩がつかさ先輩の所に行くとなると見送りをしないとね」
ゆたか「まだ決まっていないよ」
なるほどね、ゆーちゃんは泉先輩が家を出て行くのが寂しいのか。寂しげな答え方がそれを物語っている。いや、決まっていないなんて言い方は家を出るのを反対しているのでは。
確かめても良いけど、みなみちゃんの前では素直に答えてくれそうもない。
ひより「そうだね、私も泉先輩が居なくなるのは寂しいな」
ゆーちゃんはその後、何も言わなくなってしまった。
私とみなみちゃんで楽しい話題してみたが効果はなかった。
 
 それから一週間もしないうちに泉先輩はつかさ先輩の所へ引っ越すことになった。
 
 引越しの当日、皆が見送りに来る前の早朝に泉家を訪れた。泉先輩に呼ばれたからだ。
ひより「しかし、おじさんもよく承知しましたね、反対しなかったっスか、大事な一人娘を結婚もしないうちに外に出すなんて」
こなた「ん~確かにね、ゆーちゃんとゆい姉さんが居なかったら実現しなかったかもね」
あれ、一週間前とは様子が違う。ゆーちゃんは反対しなかった。それとも何か心境の変化でもあったのだろうか。
こなた「実ね、これはつかさには内緒なんだけど、峰岸さんからも誘いが来ていたのだよ」
ひより「先輩、あやの先輩は結婚したっス」
こなた「あっと、そうだった、そうだった」
笑ってはぐらかす泉先輩。
あやの先輩は日下部先輩のお兄さんと大学を卒業すると同時に結婚をした。泉先輩も式に出席したはずなのに。
そういえばあやの先輩はホテルの喫茶店に就職したって聞いたけど。
ひより「それで、何故つかさ先輩の所に、あやの先輩の店なら実家から通勤も可能だったのでは?」
泉先輩は立ち上がり部屋の窓を開けて外の景色を見だした。
こなた「つかさは変わったよ、これも一人旅をしたせいかな、ふふ、帰って来てかがみに抱きついて大泣きしたってさ、私の思った通りにはなったけど、
    でもそれはもっと違った意味の涙だった……ところでひよりん、つかさからお稲荷さんの話しは聞いているかい?」
私は頷いた。
こなた「つかさはお喋りだから話すとは思った、それなら話しは早い、私もつかさの旅に同行したいと思った……それが理由だよ」
ひより「確かにコミケ事件ではつかさ先輩に助けられたっス、卒業して一番変わったのがつかさ先輩かも」
泉先輩は笑った。
こなた「ふふ、相変わらず天然は治っていないけどね」
つかさ先輩の旅と同行か、私もそんな旅をしてみたいものだ。
ひより「ところで先輩、私を朝早くから呼んだのは何故ですか」
泉先輩は窓を閉めて私の目の前に座った。
こなた「呼んだのはね、ひよりんにミッションを頼もうと思ってね」
ミッション、懐かしい響きだ。高校を卒業してから先輩からその言葉を聞くのは初めてかもしれない。コミケ事件でかがみ先輩からこってり扱かれてからは私も
先輩も取材をしなくなった。
ひより「ミッションっスか、して、何を?」
こなた「かがみを少し見張っていて欲しくてね」
ひより「かがみ先輩をですか、でも、泉先輩と言うジャンクションがあったからかがみ先輩と会えましたけど、それが無くなると、なかなか機会がないっス」
こなた「最近のかがみは少し変わった、呪いのせいかもしれない」
ひより「のろい?」
泉先輩は激しく動揺しているように見えた。
こなた「い、いや、こっちの話し」
私は腕を組んで考えた。かがみ先輩とどうやって会うのかを。
こなた「そんなに考え込む必要はないよ、普段通り玄関のベルを鳴らして会えばいいじゃん、かがみもお喋りは嫌いじゃないから付き合ってくれるって」
ひより「まぁ、やってみます、それにしても何故かがみ先輩を、先ほどの呪いがどうの言っていましたけど」
こなた「二年前、レストランかえでに三人で行った時に真奈美の弟が現れてね……ひと悶着あったのさ、よりによってつかさがその人を好きになっちゃってね……」
泉線はその後の話しにブレーキをかけるようにして止めた。
ひより「真奈美ってお稲荷さんの事ですよね、面白そうな話っス」
こなた「い、いや、ごめんこれ以上は話せない」
私は何度か泉先輩の話しを引き出そうと促したが効果はなかった。ここまで頑なに話そうとしない泉先輩は初めてだった。
つかさ先輩の話しはあれで終わりじゃないみたい。それは泉先輩を見て解った。
『ピンポーン』
こなた「あ、もうこんな時間じゃないか、かがみ達が来ちゃったよ、とりあえずミッションの件はよろしくね」
泉先輩は呼び鈴を聞くと慌しく部屋を出て行った。私もその後を一呼吸置いて追った。
 
 部屋を出た頃、泉先輩は既に玄関を出ていた。廊下を歩いて玄関に向かうと丁度ゆーちゃんも玄関に向かっていて鉢合わせになった。
ゆたか「お姉ちゃんと話しは終わったみたいだね」
声は寂しげだった。だけど表情は何か吹っ切れたような爽やかさを感じる。一週間前とは大違いだ。
ひより「うん」
私が頷くとゆーちゃんは靴を履きドアを握った。
ゆたか「行こう、送ってあげないと」
ひより「うん」
それでもやっぱりゆーちゃんは悲しそうな顔だった。辛いのを必死に堪えているようだった。
 
 玄関を出ると目に前に車が停まっていた。新車だ。運転席側のドアに泉先輩がいる。どうやら泉先輩の車のようだ。その泉先輩を囲んで成実さん、かがみ先輩、高良先輩、
みさお先輩が居る。辺りを見回すとおじさんの姿が見えなかった。そういえば家の中にも居なかったような気がする。それにあやの先輩の姿も見えない。
ひより「おじさんは?」
ゆたか「昨日、お別れをしたから良いって……」
そう言うとゆーちゃんは泉先輩の元に駆け寄って行った。何となく昨日の風景が想像できた。泣きじゃくる姿は他人には見せたくないのかな……
ゆたか「こなたお姉ちゃん、いってらっしゃい!!」
力の籠もった元気な声だった。今までのゆーちゃんの表情を知っている私から見れば余計に悲しく見えてしまう。そんなゆーちゃんの心境を知ってか知らずか、
泉先輩は皆に愛嬌をふりまいていた。
みさお「これはちびっ子の車のなのか」
頷く泉先輩。
こなた「そうだよ、餞にお父さんが買ってくれたんだ、田舎だと車が足になるからね」
みさお「まぁ、頑張ってこい、つかさによろしくな、たまには帰ってこいって」
高良先輩が包装された箱を泉先輩に渡した。きっと餞別だろう。
みゆき「暫く合えませんね、頑張ってきて下さい」
泉先輩は物欲しそうにかがみ先輩の顔を見た。
かがみ「何もないわよ、こうして来ただけでもあり難く思いなさい」
冷たくあしらうかがみ先輩。
こなた「これから妹の所に手伝いに行くというのに、なんて態度なのかな~」
かがみ「そのつかさと同居するのでしょ、引越しの荷物はもう送ったのか」
首を横に振る泉先輩。
こなた「車に積んであるよ、ディスクトップパソコン、ノートパソコン、ゲーム機一式に着替え一式……以上」
かがみ「おいおい、それだけなのか、つかさの物を使う気満々だな、パラサイトかよ、」
こなた「食器や照明はあるって言っていたしお風呂は天然温泉……制服は支給、それに家賃、光熱費、食費はちゃんと半分払うことになっているから大丈夫だよ」
かがみ「何を得意げに言っているのよ、それは最低限の事でしょうが!!」
相変わらずの二人の受け答え。当分これが見られなくなるのも少し寂しい。
かがみ先輩は変わったって泉先輩が言っていたけど、こうして見ていると何も変わった様子はない。いったい泉先輩はかがみ先輩の何が変わったと思っているのだろうか。
私が知らない間に泉先輩達はレストランに行ったみたいだけど。その時に起きた出来事と関係しているのだろうか。泉先輩は途中で話すのを止めてしまった。
ミッションを頼むならもっとちゃんと話して欲しかった。
ん、まてよ、かがみ先輩や高良先輩に聞くのも良いかもしれない。もっとも泉先輩が話すのを止めるくらいだから聞き出すのは至難の業かもしれない。
 
 あれこれ考えているうちに泉先輩は車に乗り込み出発体勢になった。エンジンをかけるとウィンドーを開けて皆に笑顔を振り撒く泉先輩だった。
ゆーちゃんは目に涙を一杯溜めていた。やはり別れって辛いものかな。
ゆたか「お姉ちゃん」
ゆい「こなた……」
ゆーちゃんと成実さんが窓に、泉先輩の近くに駆け寄る。
こなた「それじゃ、行って来るよ」
二人とは対照的に無表情な泉先輩。泉先輩は寂しくないのかなと思った時だった。ウィンドーを閉める瞬間、泉先輩の目にも光るものを見たような気がした。
車はゆっくりと動き出し徐々に速度を増しながら私達から離れていった。そして、車は私達の視界から見えなくなった。
 
かがみ「こなたの奴、どうなるか心配だわ」
溜め息をするかがみ先輩。
みさお「つかさがやってこられたのだから大丈夫じゃないの」
かがみ「つかさは好きな仕事をしているのだから問題ない、こなたはつかさに誘われて行った、だから心配なのよ、あの松本店長との相性もあるしね」
松本さんとの相性は問題ないと私は思った。
みゆき「それは大丈夫だと思います、かがみさんが一番分っていると思いましたが」
かがみ先輩は何も言わず目を閉じてしまった。松本さんとかがみ先輩に何かあったのだろうか。
みゆき「今は見守るだけですね……私はこれで失礼します」
会釈をすると高良先輩は駅の方に向かって歩き出した。そして、みさお先輩も後を追うように帰って行った。
ゆーちゃんがうな垂れて肩を震わせていた。耐え切れなくて泣いてしまったのだろうか。成実さんが側に居て慰めている。私も何か言ってあげようと二人の所に向かおうとした。
後ろから肩を軽く叩かれた。振り向くとかがみ先輩だった。かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「そっとして置きましょう」
ゆーちゃん達に聞こえないようにしたのだろうか、小声だった。
ひより「は、はい」
私もそれに合わせように小声で答えた。かがみ先輩は駅の方向を指差した。私達は二人に気が付かれない様に駅の方に歩き出した。
 
 かがみ先輩と二人きりで帰るなんて高校時代でもなかった。必ず泉先輩かつかさ先輩もしくは高良先輩が一緒に居た。こんな時どんな事を話せばいいだろう。
ひより「あ、あの、松本さんと何かあったのですか」
駅まで中ほどまで歩いた頃、私はかがみ先輩に質問をした。かがみ先輩は立ち止まった。やばい、気分を損ねてしまったかも。もっと気の利いた話をすればよかった。
かがみ「さっきみゆきが言っていた事を聞いているの?」
ひより「はい」
意外だった。かがみ先輩はその場で話し始めた。
かがみ「ふふ、私は彼女に喧嘩を売ったのよ、二年くらい前になるかしら」
ひより「喧嘩を……ですか、どうしてです、松本さんと馬が合わなかったとか……」
かがみ「つかさを守るため、そう、それが大義名分だわ、でもね、それはあくまで表向き、本当は悔しかった……つかさとあれほどうまくやって行けるなんて、
    つかさを知っているのは私意外に居ないと思っていた、思い上がりだったわね……これが嫉妬ってやつだった、
その想いを思いっきり彼女にぶつけた、でもね、彼女は冷静だった、逆にコテンパンにされたわ……
私より二枚も三枚も上手だわ、くやしいけどこなたの言動には手を焼いていた事もあった、松本さんならそんなこなたをうまく指導してくれるかもしれない」
あれ、かがみ先輩って自分の弱みとか失敗なんかを人には話さないって誰かに聞いたな。見栄っ張りだって。それは高校時代から分かっていた。
泉先輩に突っ込むのも、つかさ先輩の世話を焼くのも、失敗すると必至に弁解するのもそれがあったからだと思っていた。
でも、今そこにいるかがみ先輩は違う、なんの躊躇いもなくそれを私に話している。昔のかがみ先輩ならこんな話は自分からしない。確かに泉先輩の言うようにかがみ先輩は
変わった。
かがみ「変な話をしたかしら」
ひより「い、いえ、そんな事はないっス」
人が大きく変わる時ってどんな時だろう、死ぬような思いをした時、感動した時……恋をした時……まさか。でもそれは有り得る。
かがみ先輩ともう少し話をしたい。どうやって。考えろ、田村ひより!!
ひより「か、かがみ先輩」
かがみ「何かしら?」
私が妙に改まってしまったのでかがみ先輩はすこし身構えたように見えた。
ひより「えっと、コンを預かってから佐々木さんの所へ戻るまでの経緯を聞きたいのですが」
しまった。私は何を聞いている。もう少しマシな話は無かったのか。
かがみ「コン、佐々木さん……あぁ、記憶喪失だった犬の話ね……コンはまつり姉さんが餌から散歩まで殆ど世話をしていたから、詳細は分からないわ……
    何故今頃になってそんな話を?」
ひより「今度描く漫画の題材にしようかと……」
漫画の題材。そんな漫画なんか描いていない。咄嗟に出た嘘だった。
かがみ「……面白そうね、こなたが介入しないなら協力するわよ」
かがみ先輩が引っ掛かってくれた。もうこのまま流れで行くしかない。
ひより「泉先輩は先ほど引っ越してしまいました」
かがみ先輩は笑った。
かがみ「それもそうだ、取材なら家に来てまつり姉さんと話すと良いわ、私が取り合うから田村さんの都合のよい日時を教えて……」
トントン拍子に話は進んで行った。これで私は柊家に行く正当な理由が出来た。まつりさんに会うと言う事は必然的にかがみ先輩にも会える。
ミッションもその時に履行すれば良い。
 
 駅の改札でかがみ先輩と別れる事になった。
かがみ「それじゃ取り敢えずまつり姉さんに伝えておくわ、連絡がなければ予定通りでね」
ひより「はい」
私は会釈をしてホームに向かおうとした。
かがみ「ちょっと待って」
私は立ち止まりかがみ先輩の方に向いた。
かがみ「余計なことかもしれないけど、みなみちゃんが見えなかったけど何かあったの?」
そういえば気が付かなかった。
かがみ「今のゆたかちゃんに一番必要な人物だと思ったけど、喧嘩でもしていないわよね」
ひより「それは無いと思います」
かがみ「そうよね、そうだったらみゆきが何かしているわよね、やっぱり余計な事だった」
かがみ先輩は手を振ると私とは別のホームに向かって行った。
みなみちゃんが来なかったのはゆーちゃんと何かがあったから?
そんなはずはない。この前だって普通に接していたし。それでは何故来なかったのか。
みなみちゃんと泉先輩は高校時代からそんなに親しくなかったかな……
高良先輩がもし泉先輩と同じように引っ越したら、私は見送りに行かないかもしれない。そんな感じかな……
さて、そんなのはどうでもいいや。忙しくなる。帰ったら取材の準備だ。
 
 家に帰ると直ぐに自分の部屋に入った。そして押入れの奥から鞄を引っ張り出した。
コミケ事件から封印した取材用の鞄。取材用といってもノートと筆記用具くらいしか入っていない。昔はよく持ち歩いてネタが閃いたら即この鞄からノートを出して
メモをしたものだ。ちょっと懐かしいな。鞄を開けて中身を取り出そうとした。
『ゴトン!!』
何かが鞄から落ちた。足元に小さな黒い塊……よく見るとボイスレコーダーだった。私はそれを拾い上げた。何故こんなものが中に。誰のだろう。
泉先輩……いや、泉先輩はこんな物は使わない。こうちゃん先輩……借りた覚えはない。こんなに時間が経っているのだから『返せ』って言われているはず。
まったく分からない。
『カチ』
あ、ボタンを押してしまった。
『○○年○月、ついに私はレコーダーを買った、これでノートを開く間にネタを忘れてしまう事は無くなるだろう、レコーダーの性能に期待する』
この声は……私。
再生ボタンを押したみたいだった。
私はレコーダーを買った。いくら安くなったとは言っても学生である私が忘れるような値段じゃない。それに言っていた年は二年前……
私は二年前にボイスレコーダーを買った……まったく覚えていない……
『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』
再生は続いていた……佐々木整体医院……ま、まさか、そんなはずはない……夢の中の出来事だったはず。
『もう少し調べたい、家の裏に廻ろう……ガサ・ガサ……』
何か音がしている。何だろう。私は息を呑んで次の音を待った。
『見てしまったね……』
思わずレコーダーのスイッチを切った。
これは夢で見た出来事じゃないか……い、いや、あれは夢ではなかった。最後の声は佐々木さんの声だった。間違いない。
私は二年前、夢と同じように佐々木さんの家に行って調べていた……
でも夢とは違うところが一つだけある。私は生きている……
何故……
 
 ボイスレコーダーが意味するもの。佐々木さんの正体はお稲荷さん。おそらくコンもお稲荷さんに違いない。秘密を知ってしまった者は消されてしまう。
それは昔話からでも想像できる。でも私はこうして生きている。それも記憶を消されて。そして夢は警告なのか。
今度また調べるような事をすれば夢のようになるぞ……
いや待て、それならば記憶を消す必要はない。夢で脅せばそれで済むのでは……
まつりさんの所に取材に行く前に確かめなければならい。そうでないと私がコンの事を調べていると知られたらまつりさんも大変な事になってしまう。
私の心の中に再び湧き出した好奇心。それは恐怖では消えない。何故なら目的が出来たから。
 
 次の日、大学の帰りに佐々木整体院に寄った。時間は診療時間が終わる時間。時計を見て確認した。
佐々木整体院。夢で見た建物と全く同じ造り。私の推理が正しいのを裏付けている。整体院の玄関から最後の客が出て行く。もう、後戻りは出来ない。
私は大きく深呼吸した。そして整体院の玄関ではなく、住居側の玄関の前に立った。
もうコソコソはしない。正々堂々とする。隠れる必要なんかない。
呼び鈴を押した。
『ピンポーン』
家の中にチャイム音が響いた。暫くすると扉が開いた。
すすむ「すみませんね、もう診療時間は……」
佐々木さんは私の顔を見るなり固まってしまった。そして数秒間私をじっと見ていた。
すすむ「……来てしまったか、このまま帰りなさい、それが貴女の為だ」
私はその場を離れる気は無い。首を横に振った。
佐々木さんは玄関を出て扉を全開にした。
すすむ「入りなさい……」
私は家の中に入った。
 
 私は居間に案内され待つように言われた。適当な椅子を見つけてそこに座った。辺りを見回した。特に変わった所は見受けられない。
何処にでもあるような家具が並んでいる。テレビやオーディオなんかも置いてある。照明器具も……
奥から佐々木さんが入ってきた。そして私の目の前にお茶を置くと佐々木さんは私の正面の椅子に座った。
すすむ「ここに来ないようにしたつもりだったが、君には通じなかったようだね」
私は鞄からボイスレコーダーを取り出し、机の上に置いた。
ひより「私は何も知りません、だから来ました、佐々木さんはお稲荷さんなのですか」
佐々木さんはボイスレコーダーを見て苦笑いをした。
すすむ「ふっ……そんな物を持っていたのか、そこまでは気が付かなかったよ……」
佐々木さんは少し下を向いて何か躊躇っているような気がした。
すすむ「単刀直入な質問だな……君達の言うお稲荷さんと違うが、かつてそう呼ばれた事がある……」
ひより「それではつかさ先輩と出会った真奈美ってお稲荷さんと同じですか」
佐々木さんは頷いた。
やっぱり、私の思った通りだった。もやもやしていた物が一気に晴れたような気がした。
すすむ「今度は私からの質問だ、何故ここに来た、君には「恐怖」を植込んだはずだ、普通の人間なら来られるはずはない」
ひより「どうしても知りたいから……」
すすむ「知りたい、好奇心だけでここに来たと言うのか、死は恐くないのか」
佐々木さんは驚いた様子で私を見ていた。
ひより「死は恐いです、でも、もし佐々木さんが私を殺す気なら二年前、とっくに殺していると思いまして……最初から殺す気なんか無かったのではないかと」
すすむ「……鋭い推理だな……その推理の裏付けが恐怖を克服したか……」
ひより「そ、そんな大袈裟な事ではないです……」
まさか褒められるとは思わなかった。でも、良かった私を殺す気は無かった。もし佐々木さんがそのつもりなら私はこの場で死んでいた……
私は出されたお茶を手に取り飲んだ。
すすむ「出された物を口にすると言うのは、相手を信頼した、そう思っていいのだな」
微笑みながらそう言った。私はティーカップをテーブルに置いた。
ひより「私は何故記憶を消されたのですか、真実を言ってくだされば他言は致しません、それに、つかさ先輩は記憶を消されていませんでした」
すすむ「柊つかさからどこまで私達の話しを聞いていたか知らないが、私達は狐に戻った時が一番弱い、それを悟られない為に昔は見てしまった人間の記憶を奪っていた、
    その癖がまだなおっていなかった……すまない、奪った記憶を元に戻すことは出来ない」
佐々木さんは頭を深々と下げた。
ひより「もう過ぎてしまった事を言ってもしょうがないです、ただ、佐々木さんの方から言って欲しかった、私が来なければずっと黙っているつもりでしたか?」
すすむ「そ、そんな事はない……時がくれば話すつもりだった」
何だろう、玄関を開けた時とは少し雰囲気が違う。だけど嘘をついている様にも見えない……疑っても意味が無い、その言葉を信じるしかなさそうだ。
ひより「あの、聞いても良いですか、貴方達はいったい何者なのですか、狐に化けたり、記憶を消したり、人間業とは思えませんが」
話してくれるとは思わなかった。しかし今度は躊躇う様子も見せずに話し始めた。
すすむ「未だ、君達人類が文明すら無かった遥か昔、私達はこの太陽系の調査のために来た調査隊やその末裔……」
ひより「それって、いわゆる宇宙人って事で?」
佐々木さんは頷いた。
すすむ「……この地球を調査しようとした時、宇宙船にトラブルが発生してしまって不時着をした……乗組員は全員無事だったが宇宙船は修理不能までに壊れてしまって
    助けも呼べずこの地球に取り残されてしまった」
凄く悔しそうに話す佐々木さんだった。テーブルの上に乗せていた両手を力強く握り締めているのが分る。
ひより「救助は来なかったのですか?」
すすむ「木星の衛星に中継基地を作ってそこに待機しているメンバーも居たはずなのに……帰ってしまった……未だそれが分らない」
ひより「宇宙戦争でも起きたのではないでしょうか?」
すすむさんは笑った。
すすむ「ふっ、君は想像力が逞しいな、しかしそれは無い」
ひより「何故です、何処かに凶暴な帝国を築いた星があっても不思議じゃないですよ」
すすむ「そんな星があっても星間航行を可能にするレベル達する前に自滅してしまう、そういう星を何度も見てきた」
ひより「たまたまバッタリ出会って戦争なんて事も考えられますよ」
すすむ「そんな奇跡が起きたならむしろお互いに歓喜するだろう、宇宙は君達が想像するよりも過酷で厳しい所、戦争なんかする余裕すら無い、
    資源はこの宇宙に幾らでもある、わざわざ文明のある星に出向く必要はない、それに文明を持つ星はこの地球のように大きく重力も強い、
    争って奪うより月、火星、木星や土星の衛星で開発した方が良いのだよ」
ひより「なんか説得力がありますね……映画や漫画のような世界は在り得ないみたい、でも、貴方達はつかさ先輩を殺そうとしましたね」
すすむ「……この地球に降りてから私達は二つに別れた、一方は人類の中で生きるもの、一方は外で生きるもの、どちらもこの地球で生きる為に
    取った行動だ、どちらも辛く、苦しいのは変わらない、我々も文明と取ってしまえば地球の生命とさほど変わらない、感情や生理現象も然り」
ひより「それじゃ私達も、佐々木さん達と同じようにいつかはこの宇宙を行き来出来るようになるわけですね」
すすむ「それは君達次第だ」
 
なんかスケールが大きい話しになってしまった。これはネタには使えそうにないかな……
私の趣味にも合わないし……
佐々木さんは立ち上がった。
すすむ「その人から離れて生きている方から一人の若者が来て同居するようになった」
ひより「それって、もしかしてコンの事ですか?」
佐々木さんは驚いた顔で私を見下ろした。
すすむ「コンが私達と同じと気付いたのは何時からだ」
ひより「……ゆーちゃんが見つけた時からかな……私達の会話を追って行くのが解りました、これは普通の犬じゃないって、名前はまなぶって言うのでは?」
すすむ「ど、どうして分った?」
動揺しているのが分る、佐々木さんはまた椅子に座った。
ひより「コンを引き取りに来た時ですよ、佐々木さんの唇が動くのを見てそう思いました」
すすむ「大した洞察力だな」
ひより「腐っても漫画家志望なので昔から人の表情とかを観察したりしていましたから……そのコンちゃんは何処にいるのですか?」
すすむ「最近やっと人間になるのを覚えて街に出かけている……まだ早いと言ったのだがな」
佐々木さんは溜め息を付いた。
私は笑った。そんな私を佐々木さんはじっと見ていた。
すすむ「田村さん、どうだろうか、コン……まなぶの教育係になってくれないか」
ひより「へ?」
寝耳に水だった。
ひより「私がですが?」
佐々木さんは頷いた。
ひより「教育って何を教えるのですか、私なんか何も教えるような物はないですよ、佐々木さんの方が私よりもずっと生きているのですから……」
すすむ「私はこうして仕事を持っている、彼に付き合う時間がない、それに何年生きようと所詮人間の真似事にすぎない、やはり人間の事は人間に学ぶのが一番だよ」
ひより「う~ん~」
すすむ「それに私達の正体を知っても動じないその精神も高く買っている、どうだろう」
ここまで見込まれては断るわけにもいかない。でも、その前に私も言わなければならない事がある。
ひより「私は友人からかがみ先輩を調べるように頼まれました、その際、コンについても調べる事になっています、今後どうなるか分りませんが、佐々木さんについても
    調べるかもしれません、そしてこの一連の出来事を記録しても良いですか」
すすむ「ノンフィクションとして残すと言うのか」
佐々木さんの声が少し低くなった。
ひより「はい、でも、私なりに少しは着色しますけど」
すすむ「記録するなり、発表するなり好きにするが良い」
即答だった。おかしい、それなら私の記憶を消す必要なんか最初から無かったのでは……
私はそんな疑問を持ちつつ机の上のボイスレコーダーを鞄にしまった。
ひより「何か?」
佐々木さんの視線を感じた。
すすむ「い、いや、それでまなぶの件についての返事を聞いていないのだが」
ひより「良いですよ、まなぶさんが良ければ」
すすむ「ありがとう、まなぶに聞いてから返事をしよう」
私は佐々木さんに携帯電話の番号を教えた。
 
 佐々木さんの家を出ると外はすっかり暗くなっていた。思わず空を見上げた。満天に星がいっぱい瞬いている。その中のどれかがお稲荷さんの故郷があるのだろうか。
佐々木さんとの会話で心に残った……宇宙戦争はない、出来ないって言っていた。宇宙は過酷で厳しい……か、意味深長な言葉。
私達はお稲荷さんのように宇宙を旅することが出来るのかな……
『ゴン!!』
ひより「フンギュ!!」
顎に激痛が走った。電信柱に当たってしまった。歩きながら空を見上げるのは無理があったか……幸い眼鏡に傷はない。
普段考えもしないことをするとヘマをする……
ネタ帳に書いておこう……
顎を擦りながら私は帰宅した。
 
 かがみ先輩と約束の日が来た。
約束の時間に柊家を訪れるとかがみ先輩は居間に通してくれた。
かがみ「少し待っていてくれる、まつり姉さん呼んでくるから」
ひより「はい」
暫くするとまつりさんが居間に入ってきた。
ひより「こんにちは、お久しぶりっス」
まつり「ほんと、久しぶりね」
まつりさんは私の正面に座った。
まつり「さて、なにから話せばいいかな?」
まつりさんから先に質問をされてしまった。どうしよう。いったい何から聞けばいいのだろう。
ひより「最近、コンとは会っているのですか?」
昔の話しより最近の方が思い出し易いはず。
まつり「姉さんが整体に良く行くようになったから、便乗してちょくちょく行っている」
ひより「いのりさんっスか?」
確認の為に聞き直した。まつりさんは頷いた。そしてにやけた顔になった。
まつり「姉さんは整体が目的じゃない、あれば絶対に佐々木さんが目当てだね、姉さんは隠しているみたいだけど、私には解る」
あぁ、そういえばコンを飼うと決まった時、いのりさんと佐々木さんが親しげに話していたのを思い出した……あれから二年、二人の仲が進展したのかな?
おっと、今はコンの話しをしている。その話にも興味はあるけど今は止めておこう。
ひより「コンの世話を殆どしていたと伺っていますが」
まつりさんはいのりさんと佐々木さんの話しを続けたがっていたようにも見えたが、思い出すように少し考え込んだ。
まつり「……何でだろう、そう聞かれると……なんて言うのかな、放って置けないって言うのか……そうそう、コンってね、結構ドジでね、散歩中に溝に落ちるし、
    四足なのに岩に躓いて転んだり、川に飛び込んで溺れたり……」
な、何だ、お稲荷さんの神々しいイメージとはちがってダメダメ犬だ、演技なのか、素なのか……記憶が無いのなら普段の力を発揮出来ないって事も考えられる。
それに、まつりさんは話しをしている間微笑んでいた。ドジっ子が好きなのかな……
まつり「それに、コンは私の言っている事を解っているような気がする、かがみが言うように利口な面もあって、世話をしていても飽きなかった」
気がするじゃなくて本当に解っている。犬として見ればこれほど面白い犬は居ないかもしれない。
かがみ「失礼します」
かがみさんが飲み物を乗せたお盆を持って入ってきた。そして私達の目の前にグラスを置いた。
ひより「お構いなく」
まつり「それでね、コンって恥かしがりやでね、」
かがみ先輩が居るのが気付かないのか夢中で話している。
まつり「自分からは絶対に舐めてこない、だから私からたまに抱きしめてね」
ひより「えー!!!? だ、抱きしめるっスか!!」
まつり「ん?」
思わず身を乗り出してしまった。なんて大胆な……あ、そうだった、コンはまつりさんから見れば犬。そのくらいは普通。私もチェリーちゃんや家の犬でもよくやる光景。
人間に化けられるお稲荷さんと分ると、その行為は少し意味合いが違ってくる。もっともまつりさんはそれを意識していないし、コンの正体も知らない。
ひより「い、いえ、何でもありません、失礼しました……」
まつり「かがみ、いつから居る、盗み聞きは良くないよ」
まつりさんはかがみ先輩に気が付いた。
かがみ「いつからって、さっきからよ、堂々と入って来ているのに盗み聞きも何もないわよ、ねぇ、田村さん」
ひより「は、はい……」
ここはかがみ先輩に合わすべきか。まつりさんは少しきつい目でかがみ先輩を見ていた。
かがみ「そんな事より、コンの記憶が戻ったのをどうやって知ったのよ、私はそれが不思議だった、佐々木さんから預かったリードが切欠としか聞いていない」
この質問は私が一番したかった。先にかがみ先輩がするとは思わなかった。でも、これで回り道をしなくて済みそうだ。
 
まつり「そう、あれは朝の散歩の用意をしている時だった、いつも仕舞っているはずの場所にリードが置いてなかった、探しているとね、
    玄関の前にコンがリードを咥えて座っていた、私を見るとね、私の足元にリードを置いた……そして玄関の扉を前足で押した、もちろん開けあれるはずもない、
    これで分った、佐々木さんの家に帰りたがっているのをね、それで直ぐに佐々木さんに連絡をして……」
まつりさんの目がどんどん潤んでくるのが分った。かがみ先輩は黙って静かに居間を出て行った。
ひより「……今日はここまでにしましょうか」
まつり「え、あ、ご、ごめん、私ったら……このままコンが記憶喪失のままだったらずっと飼っていられた、なんてね……わぁ、もうこんな時間だ
    丁度良い時間ね、私もこの後出かけないといけないから」
ひより「ありがとうございました」
まつりさんは慌てて居間を出て行った。さてと、私も帰って話しを纏めないと。身の周りを整理して居間を出た。
かがみ「田村さん」
かがみ先輩が玄関に立っていた。
ひより「今日は有難うございました」
かがみ「少し、時間あるかしら」
ひより「今日は特に用事もありませんし、何でしょうか」
かがみ先輩は階段の方に歩き出した。何だろう。かがみ先輩の後に付いて行った。かがみ先輩は自分の部屋に入った。私も部屋に入ると扉を閉めた。
ひより「あの、御用はなんでしょうか」
かがみ「悪いわね、まつり姉さんがまだ家にいるから」
まつりさんに聞かれては困る事なのか。かがみ先輩はしばらく扉の向こうに聞き耳を立てている。そしてまつりさんが出掛けたのを確認したてから話しだした。
かがみ「もう良いわね……話しは他でもないコンの事、田村さんはもう気が付いているでしょ?」
かがみさんは私に何を話してもらいたいのだろう。なんとなく察しがつくけど安易にお稲荷さんの話しはしない方がいいのかもしれない。
ひより「まつりさん、コンとの別れの時、寂しかったみたいですね」
かがみ先輩は首を横に振った。
かがみ「犬はね、どんなに訓練しても喜怒哀楽は伝えられても自分の意思を伝えるなんて出来ない、そんな事ができるのは人間以外では類人猿や鯨だけよ、でもコンはそれをした」
流石かがみ先輩、コンの正体を解ってしまったのかもしれない。それなら無理に隠しても意味はない。
ひより「はい、かがみ先輩のお察しの通りです、コンはお稲荷さんです」
かがみ「やっぱり……」
かがみ先輩は腕を組み納得するように頷いた。
ひより「ちなみに……佐々木さんも……」
かがみ「なっ?!」
かがみ先輩は驚いたが私が想像していたよりも冷静だった。もしかしたらそっちもかがみさんの推測の範囲の中だったのかもしれない。侮れない……かがみ先輩。
かがみ「田村さんはこの話しに詳しそうね、良かったら話してくれないかしら」
かがみ先輩もお稲荷さんに興味があるのか。いや、私とは違ってつかさ先輩も関係しているし私より事情は深刻かも。
ひより「わかりました」
私は今までの経緯を話した。

 

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