ID:O1mi2Otc0氏:つかさの旅の終わり(ページ4)

そして時は流れた……



 私は彼を待っていた。今日は大事な日になると言うのに……
シートを敷いてお弁当の準備も出来ていると言うのに。
ひろし「おーい」
ひろしさんの姿が見えた。彼は手を振って走って来た。
つかさ「約束の時間を1時間もオーバーしたよ」
私は少し怒った。だけど大声は出せない。
ひろし「ごめん、ごめん……でも、遅れたのはお互い様だろ」
つかさ「あ、五年も前の事を今更……あの時はね」
ひろし「そう、あの時の事は知っている……つかさは人類を救ったのだからな……」
ひろしさんは私の横に座った。私はお茶と、サンドイッチを彼の前に出した。
つかさ「ねぇ、今だから聞くけど……もし、あの時データを送ることが出来なかったら……皆はどうしていた?」
ひろしさんはサンドイッチを取ると一口食べた。
ひろし「そうだな……少なくともたかしは感情に任せて二人を救いに行ったろうな、たかしはお頭代理だったから賛同する者も居るだろう……」
つかさ「……禁呪も使っていた?」
ひろし「さぁ……そこまでは分らんが、したかもしれないな……そう言う意味では我々は人類と大差はないって事だよ……人類より少し早く生まれた、その時間分だけの知識と
    技術を持っていたに過ぎない……ふふ、知識を教えるとか言って先輩ぶって……今頃けいこも反省しているだろう」
お腹が空いていたのか、ひろしさんはサンドイッチをもう一つ取った。
つかさ「……それから、ひろしさんは何で戻ってこられたの、母星が一大事だったって言っていたけど……」
これは今まで聞けなかった……今だから聞けるのかもしれない。
ひろし「確かに、僕、個人の希望だけでは戻れなかった……けいこが、忘れ物を取りに戻りたいと言って……」
つかさ「忘れ物……何だろう?」
ひろし「何でも働いていたビルに置いてきたと言っていたが……僕が船を降りてから取りに行ったから分らない」
働いていたビル……ワールドホテルの本社ビル……そこの会長室にある物……一つだけ心当たりがあった。この地球にしかない物。それを取りに来た。
つかさ「それはきっとピアノだよ」
ひろし「ピアノ……楽器のピアノか……そんな物を取りに来たと言うのか……」
つかさ「そうだよ、楽器がないと奏でられないでしょ……きっと向こうで、災害で苦しんでいる人達の心を癒していると思うよ」
ひろし「音楽か……確かにそれは向こうには無いな……そういえばつかさからCDを貰ったのを思い出したよ……」
ひろしさんはお茶を飲んだ。私は別のお弁当からおにぎりを出して食べた。
ひろし「さて、今度は僕からの質問だ、何でこの神社は壊されなくて済んだ……」

 そう、この神社は三年前に壊されてテーマパークになる予定だった。今、シートを敷いて座っているこの場所がその神社……あの時のままの姿を留めている。何をしたのかって?
それは、けいこさん達が帰った日までに遡る……
こなちゃんは私のした事に対して当然、報酬を払うべきだって言った……誰が支払うって、それは全人類から……そんなの出来るわけない。私はそう言った。
私達の社会で使っている通貨……それは全てコンピュータで管理されている。物を買う時、売る時、それは全世界で行われている。
そのの取引で一円以下の小数点の値は全て切り捨てているらしい。そこでこなちゃんは、その小数点以下の値を切り捨てないで全てスイス銀行の口座に
振り込ませるようにした。
どうやって……全く分らないけど、めぐみさんから教わったハッキングの応用らしい……
一円以下の雀の涙よりも少ないお金……全世界で使われているお金の量……塵も積もれば……わずか一年でとんでもない金額になってしまった。この神社の土地を買うのに
充分なお金が貯まった。
こなちゃんはこれを『元気玉作戦』なんて名付けたけど……
そのお金で神社の土地を買い戻して、匿名で町に寄贈した……寄贈の条件として、土地は一切の手を加えない事。それだけで充分。
そして目的を達成したから『元気玉作戦』を止めてもらった。こなちゃんは残念がっていたけど、必殺技は一度きり。これがこなちゃんとの約束だった。

 レストランかえでは買い戻せられずに予定通りに工場団地になってしまった。それでも神社の影響もあって当初よりも工場の規模は縮小された。
そのおかげで温泉はそのまま営業出来るようになった。
私達のお店は結局移転したけど、貿易会社のお世話にはならない。
土地を探して新しい店を建てた……そこは偶然にも実家のすぐ近く。その隣に独立して洋菓子店つかさを開店した。私はかえでさんから独立した。独立したと言っても
店は隣だから毎日のように皆と会える。
私が居なくなったレストランにはあやちゃんが代わりに働くようになった。元々けいこさんの人望で集まったテナント、だからけいこさんが居なくなれば
自然に店は貿易会社から撤退していく。そこに目をつけたこなちゃんがあやちゃんをスカウトした。

 変わったと言えばゆきちゃん……五年前、お稲荷さんのお薬をゆきちゃんに渡した。ゆきちゃんは作り方を知りたがってしたけど、私の覚えているのは材料だけ、
作り方は殆ど忘れてしまった。それでもゆきちゃんは残った薬のサンプルと私の記憶の断片を頼りに薬の再現の研究に没頭している。
私はひろしさんやひとしさんから教えてもらったらって言ったけど、あの薬はたかしさんしか作れないって……それならレシピをメモに残しておけばよかった。
でもね、あの時、そんな余裕なんかなかった。ごめんね……ゆきちゃんならきっと成功するよ……

 お姉ちゃんはひとしさんと結婚。小林かがみになった。けいこさんとめぐみさんが謎の消失事件。その担当弁護をしたひとしさんの事務所は当時、彼女達を逃がしたのでは
ないかと、疑いをかけられた。それでもひとしさんは誠実に行動してみごと信頼を回復。今では弁護の依頼が殺到してお姉ちゃんも大忙し。
私も会える機会が少なくなってしまった。折角実家の近くに移ったのに……全てがうまく行くなんてないからこれは諦めるしかないよね。


つかさ「……って訳」
私はひろしさんに説明をした。
ひろし「そんな事をしたのか……まさに裏技ってやつか……その気になれば億万長者になれたものを……」
ひろしさんは感心するような、飽きられたような顔をした。
つかさ「そのこなちゃんのおかげで今の私達があるから、文句は言わないの」
そして……私とひろしさんも結婚をした……ひろしさんは人間の名前がないから……私の姓を取って柊ひろしになった……戸籍や住民票は……こなちゃんお得意のハッキングを
使わせてもらった。
洋菓子店は私とひろしさんで切り盛りしている。ひろしさんの男の人の力があると仕込みとかがとっても楽で助かっている。
ひろし「所で何故、店を臨時休業してまでこんな所に来た……もうここは壊される事は無いって言っていたじゃないか」
私は立ち上がり、森の中に入った。彼も私の後を付いてきた。
つかさ「ここだよ……ここでまなちゃんと初めて出逢った場所……稲荷寿司を置いた石……」
石の前で私は立ち止まった。
ひろし「おねえちゃ……いや、姉が亡くなった場所……」
そう、ここでいろいろな事があった……
私は稲荷寿司とパンケーキを石の上に置いた。そして腰を下ろして手を合わせてお祈りをした。それを見たひろしさんも腰を下ろし私と同じように手を合わせて祈った。
つかさ「私ね……もう一度ここに来るって決めていたの……彼女に報告するから」
ひろし「報告……報告って何だ、何か約束でもしたのか」
つかさ「うんん、私が勝手に決めたから……新しい命が宿ったら教えに来るって決めていたの」
私は自分のお腹を擦った。
ひろし「……え……もしかして……できたのか?」
私は頷いた。
ひろし「やったじゃないか、つかさ」
ひろしさんは立ち上がり私の両脇に腕を入れると軽々と持ち上げて喜んだ。でも、私の顔を見る私をとゆっくりと下ろした。
ひろし「どうした、嬉しくないのか……何か心配するような事でもあったのか?」
ひろしさんは手を私の頬にそっと添えた。私は彼の手に自分の手を重ねた。
つかさ「本当にこれで良いの……あなたは人間に……もう何千年も生きられないでしょ……私の為に……」
ひろしさんは親指で私の涙の溜まった目を拭った。
ひろし「それはここに残る時に決めた事だよ、つかさが悲しむ必要なんかない」
つかさ「でも……」
ひろし「そんなに心配すると、お腹の子供に良くない……戻ろう」
ひろしさんは森を出てシートの所まで私を引いて行った。。そして私を座らせた。
ひろし「こんな所まで来て、階段だってあると言うのに、報告なら生まれてからでも遅くないだろう」
つかさ「大丈夫だよ、今の所つわりもないし……それに私の決めた事だから」
ひろしさんもこれ以上何も言わずにシートに座り、お弁当を食べ始めた。
つかさ「ふふ、これで結婚していないのは、かえでさん、こなちゃん、ゆきちゃんになったかな……」
でもね、私は知っている。かえでさん、ゆきちゃんには好きな人が出来たって……まったくその気がなさそうなのがこなちゃん。それとも私が知らないだけなのかな……
いのりお姉ちゃんもまつりお姉ちゃんも四年前に結婚したし……
あれ……四年前……これって、お姉ちゃんも結婚した年……どう言うことなの、私は三年前だったし……
なんで私達姉妹が立て続けに結婚を……今までスルーしてきたけど、今考えてみると不思議……
確か……残ったお稲荷さんも四人……これって偶然なの……
ひろし「どうした、つかさ……気分でも悪くなったのか」
これは聞くしかない。
つかさ「えっと……地球に残ったお稲荷さん……あと二人って何処で何をしているのかな」
ひろし「さぁな、人間になると勘が鈍くなる……仲間の消息までは分らんよ」
この言い回し、ひろしさんは何か隠している。そういえばこの前こなちゃんにもはぐらかされた。こなちゃんはデータを作っているから誰が残ったか知っているはずだったのに。
つかさ「あなた、知っているでしょ……」
私は彼の目を見た。しかし彼は目を合わそうとはしなかった。
つかさ「ひ・ろ・し」
私は低い声で彼に迫った。
ひろし「……隠すつもりはなかった……残った二人は……つかさのお察しの通りだ……姉さん達の夫になった……」
つかさ「お姉ちゃん達はそれを知っているの……」
ひろし「まつりさんは多分知らない、いのりさんには全て話してあると聞いている……かがみさんは、ひとしから話したそうだ……」
まつりお姉ちゃんに教えるのはまだ少し早そう……
ひろし「……これは、それぞれの子供が物心のつく頃になったらご両親も含めて話そうと……かがみさんはそう言ったから……黙っていた」
私達姉妹って、ややこしい人が好きなのかな……
つかさ「ふふ……ふふふ、はははは~」
ひろし「な、何が可笑しい?」
これが笑わずにはいられない。
つかさ「ふふ、何でもないよ、それより、あなた、お寿司食べる……お酒も少しあるよ」
ひろし「おお、美味そうな五目稲荷……二人で祝おうか」
つかさ「うん」
私はジュース、ひろしさんにはお酒を注いだ。
つかさ・ひろし「新しく生まれる命に、乾杯!」
ひろしさんは一気にお酒を飲み干すと、美味しそうに稲荷ずしをほおばった。
ひろし「美味しい」
満面の笑みを浮かべながら食べている。
この光景……あの時と同じだよ……
まなちゃん……
そうか、分ったよ、まなちゃんが私の稲荷寿司を食べようとした直前に笑った訳が……
けいこさん、地球人は私達家族だけ、一足先にお稲荷さんと仲良くなっているよ。
静かな神社に私達の笑い声と話し声が響いていた。

そして、赤ちゃんが生まれた……可愛い女の子……その子の名前を私は真奈美と名付けた。


エピローグ

みなみ「それでは全部通して演奏してみましょうか」
つかさ「うん……みなみちゃん、あ、ちゃん付けは失礼かな、もうそんな歳じゃないよね」
みなみ「……いいえ、それはそれで構いません……」
つかさ「年甲斐もなくピアノを習おうだなんて……ごめんね、付き合わせちゃって」
みなみ「いいえ……歳など関係ありません……どうぞ」
私はピアノの前に座り、鍵盤を見て呼吸を整えた。

 子供を、真奈美を生んで間もなく、私は時間を見つけてはみなみちゃんの家でピアノのレッスンをするようになった。みなみちゃんはピアノの教室を開いたので、
その生徒第一号に。一曲だけ、どうしても弾いてみたい。そんな衝動に駆り立てられたから。基礎から練習するのが普通だけど、いきなりその曲の練習から始めた。
難易度が高い。ゆきちゃんはそう言っていた。その通りだった。みななちゃんももっと簡単な曲から始めるのを薦めたけど無理を言ってしまった。
それでもみなみちゃんは丁寧に教えてくれた。もう二年も経ってしまった。
そして今日、みなみちゃんに通しで聴いてもらう。そのうちに皆にも聴いてもらうつもり。だから気を引き締めないと。

 私は鍵盤に手を添えるとゆっくりと弾き始めた。
ラヴェル作曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」
けいこさんが弾いた曲。教えてもらった曲。
曲の名の通り、亡き王女を偲ぶ、ちょっと切なく響く曲……
今度けいこさんがこの地球に来る時、きっと私はもうこの世にはいない。
その時、けいこさんはきっとこの曲を私達に奏でる。
それは調査の為ではない。知識を教える必要も無い。私達を友として招くために。
そんな遠い日を想いながら私はピアノを弾いた。


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コメント:
  • 壮大な話で、とりあえず凄かった!good! -- 名無しさん (2017-05-14 19:38:39)
  • いい話でした。gj! -- 名無しさん (2012-08-08 11:23:59)

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最終更新:2017年05月14日 19:38
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