ID:dHJNhOn80氏:幻想(ページ2)

 お姉ちゃんの教室に入った。普通なら入り口で誰かに呼んでもらう。そんな事なんかしていられない。直接お姉ちゃんに言いたかった。
お姉ちゃんは日下部さんと峰岸さんと一緒だった。私はお姉ちゃんの目の前に立った。
かがみ「ほら、やっぱり来た、こなたを使って言い包めようなんて、なんて卑怯なの、今度はみゆきを使うつもり」
お姉ちゃんの言葉とは思えなかった。
つかさ「お姉ちゃん、それ、本気で言ってるの、こなちゃんは自分で行くって言ったんだよ、ゆきちゃんも心配してるよ」
かがみ「……な、なんでみゆきが心配しなきゃいけないのよ、関係ないでしょ」
つかさ「関係ないこなちゃんを巻き込んだのはお姉ちゃんの方だよ、何で昨日から怒っているの、分らないよ」
お姉ちゃんは立ち上がった。
お姉ちゃんは時々怒る。怒るけど、何故怒ったかは直ぐに分った。だから今まで喧嘩にならなかったのかもしれない。
今のお姉ちゃんの気持ちが分らない、理解できない。
かがみ「分らないなら分らないでいい、もう私に話しかけないで」
日下部さんと峰岸さんも立ち上がった。
みさお「お、おい、柊、もうそのくらいに……」
あやの「妹ちゃんも、放課後ゆっくり話そう……」
お姉ちゃんは私を睨み付けると教室を出て行ってしまった。
つかさ「お姉ちゃん、どうして……」
みさお「それにしても、柊と、柊の妹が喧嘩なんて、初めて見たよ」
あやの「そうね……仲がいい場面しか思い浮かばない」
つかさ「ごめんなさい……」
みさお「別に柊の妹が謝る必要なんかない、柊のやつ最近おかしかったし、いい薬だ」
つかさ「おかしかった……いつから?」
みさお「あやの、2週間くらい前だったよな?」
あやの「そうね……」
それは、私がアルバイトを始めた時と同じだった。
みさお「なんだ、柊の妹、心当たりあるのか?」
私の表情を見て日下部さんは言った。
つかさ「……お蕎麦屋さんでアルバイトする事になった時と同じ……」
みさお・あやの「お蕎麦屋さん!?」
うわ、こなちゃんとゆきちゃんと同じ反応をした。私がお蕎麦屋さんでアルバイトするのがそんなに驚くことなのかな。
つかさ「そんなに珍しい?」
みさお「珍しいと言えば、珍しいけど……なんでお蕎麦屋さんなんかに」
つかさ「そのお蕎麦屋さんの店主のお爺さんがね……」
私は夢中になってお蕎麦屋さんのお話を二人にしていた。

みさお「お、眼鏡ちゃんがお呼びみたいだ」
教室の外の方を見てみるとゆきちゃんが心配そうに私を見ていた。時計を見るともうお昼休みが終わろうとしていた。
つかさ「あ、私ったら、夢中になっちゃって」
あやの「うんん、面白いお話だった、今度そのお蕎麦屋さんに行ってみたい」
みさお「そうだな、そういえばこんなに柊の妹と話した事なかったよな……何でだろう」
そういえばそうだった。お姉ちゃんのお友達だから遠慮していたのかな。分らない。
つかさ「それじゃ、戻るね……お姉ちゃんの事は」
みさお「任せなさい、後で言っておくから、途中から逃げるなって、やっぱりちゃんと話さないと」
つかさ「ありがとう」
私はお姉ちゃんの教室を出た。自分の教室に戻りながらゆきちゃんとお話をした。
みゆき「戻ってこなかったので、様子を見に来たのですが、大丈夫でしたか」
つかさ「お姉ちゃん、途中で席を外しちゃって……あまり話せなかった」
みゆき「そうですか、委員会でかがみさんは話しの途中で席を外した事は無かったのですが……つかささんに話せない、話したくないものがあるのでは?」
つかさ「それって何だろう」
みゆき「私にも分りません……」
自分の教室に着くとこなちゃんが駆け寄ってきた。
こなた「かがみは、どうだった?」
つかさ「お姉ちゃん、私がこなちゃんを使わせたと思ってる、私は否定したけど、余計に怒っちゃった……」
こなた「つかさがそんな事なんかしないくらいかがみなら分りそうな気がするけど、どうしちゃったの、もうかがみが分らないよ」
こなちゃんは悔しいような、悲しいような顔だった。
みゆき「放課後はお蕎麦屋さんに行くのですか?」
つかさ「そのつもりだけど」
ゆきちゃんはちょっと言い難かったのか、少し間が開いた。
みゆき「一度休んでみてはいかがですか、それでかがみさんとじっくり話されては?」
やっと蕎麦打ちを教えてもらえるまでいったのに、これで休んだりしたら……
つかさ「ちょっとそれは出来ない、あと一ヶ月くらいは休みたくない……」
こなた「そうだよ、みゆきさんの言う通りだよ、かがみがあのままでいいの」
あのままのお姉ちゃん……
『キンーンコンカーン』
昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎に響いた。先生が廊下を渡って私達のクラスに近づいてきた。
クラスの皆は一斉に自分の席に戻った。

 話すなら放課後しかない。家だと部屋に入られちゃうと、話す機会がなくなってしまう。お蕎麦屋さんには携帯で今日は休むって言えばなんとかなるかも。
こなちゃんじゃないけど、このままお姉ちゃんと絶交にまでになったら。うんん、少なくともこなちゃんとお姉ちゃんの絶交はなんとかしないといけない。
放課後、休みの電話をかけようとした時だった。ゆきちゃんが教室に入ってきた。
みゆき「すみません、かがみさんはもう既に帰ってしまったそうです……」
携帯を操作する動作が止まった。こなちゃんも驚いていた。
みゆき「本当にすみません、もっと早くかがみさんに伝えていればこのような事にならなかったのですかが……」
お姉ちゃんは私達が放課後会おうとしているのを知っていたのかな。どっちにしても学校に居ないのなら家に帰ってから私自身でお姉ちゃんと話さないと。
つかさ「もういいよ、ありがとう、やっぱり、私がなんとかしないとダメだよね、アルバイトから帰ったらお姉ちゃんと話すよ」
こなた「アルバイトって、お蕎麦屋さんに行くつもりなの?」
つかさ「うん、もう後は時間の問題だから、アルバイトが終わってからでも……」
こなた「つかさ、かがみとアルバイト、どっちが大事なの」
こなちゃんの態度が急に変わった。怒っているのが分る。
つかさ「どっちって、比べられないよ、」
こなた「かがみが、自分のお姉さんが変わって何とも思わないの、私なんか絶交だって言われた、」
言葉に詰まった。どうして良いか分らない。そんな私を見てこなちゃんは痺れを切らせた。
こなた「これからかがみの所に行く、話してくるから、つかさはアルバイトでも何でも行ってかがみに嫌われちゃえばいい!!」
つかさ「こ、こなちゃん……」
こなちゃんは全速力で教室を飛び出して行った。
みゆき「泉さんはかがみさんに絶交と言われてよほどショックだったに違いありません」
つかさ「どうしよう……」
みゆき「泉さんはかがみさんと会うはずです、これから行っても邪魔になるだけしょう、つかささんはアルバイトに行ってその後からでも良いのではないでしょうか」
つかさ「ゆきちゃんは?」
みゆき「私は……今のかがみさんに何も出来ません、明日、学級委員会があるのでその時に話そうと思っていました……泉さんから言わせれば遅すぎるのかもしれません……」
ゆきちゃんはうな垂れてしまった。妹の私が何も出来ないのに、友人でも他人のゆきちゃん達に何かを期待するのは間違っているのかもしれない。
つかさ「とりあえず帰ったらお姉ちゃんと話してみる、また明日ね」
みゆき「また、明日……」

『かがみとアルバイトどっちが大事』
こなちゃんの言葉が頭から離れない。お姉ちゃんは私を避けている。こなちゃんも私を嫌いになってきているみたい……こなちゃんとお姉ちゃんも……ゆきちゃんは。ゆきちゃんまでも。
やだ。そんなのいやだ。なんで。私がアルバイトしただけでこんなになっちゃうの。こなちゃんだってアルバイトをしているのに。……分らないよ。
誰も教えてくれない。やっぱり私はまだアルバイトなんかしてはいけなかった。そんな気さえしてきた。
気付くと、いつの間にかお蕎麦屋さんの前に立っていた。お品書きは相変わらず傾いて立て掛けられていた。いつものように真っ直ぐに立て掛けなおす……
今日、最後のアルバイトにしようかな。お爺さん、せっかく蕎麦打ちを教えてくれるって言ってくれたのに。まだ一ヶ月も働いていないのに……でも、もうこれ以上続けられない。

扉を開けた。
つかさ「こんにちは」
老人「遅いぞ、さっさと着替えろ」
威勢のいい声。この声を聞くのも今日が最後かもしれない。
着替え終わり、厨房に入ると今日使う蕎麦の実は全て粉にしてあった。そしてボールに蕎麦粉が入っていた。
老人「二週間も粉挽きやっていたからもう良いだろう、最初にこの蕎麦粉を固めてみなさい、方法は……」
つかさ「方法は見ていて分りました、やってみます」
お爺さんは黙るとボールを私に渡した。
お爺さんの蕎麦打ちを何度も見て何となく分る。蕎麦掻きの時と同じ。それに小麦を使った料理なら何度か作ったことがあるし、上手くできた。その要領で作れば良い。
手を軽く水に濡らして……水を少しずつボールに入れて捏ねていけばいい。私だってこのくらい出来る。蕎麦粉は水を含んで徐々に固まっていく……
……
……
……
あれ……おかしいな。蕎麦粉が全く固まらない。力が足りないのかな。力を込めて蕎麦粉を押し付けた。まるで乾いた砂のようにすぐに崩れてしまった。
水が足りないのか。そうだよ。
ボールに入れる水の量を少し増やした。今度は固まってきた。やっぱり。よ~し。一気に練り上げるぞ。固まった蕎麦粉を掴むとボロボロとまた崩れ始めた。
つかさ「そんな~」
思わず声が出た。お爺さんがじっと見ている。出来るって言ったからには早く固めないと……
何度やっても蕎麦粉は固まらなかった。気ばかりが焦っていく。固めたはずなのに粉は直ぐに離れてしまう。分らない。どうして。
何度も、何度も、粉を抑えても固まらない。バラバラと離れてしまう。まるで今の私とお姉ちゃんみたい。時間ばかりが過ぎていく。
……
……
ボールの中でウサギの糞くらいの塊が出来るだけだった。私は機械みたいに蕎麦粉を捏ね続けた……固まらない。言う事を聞いてくれない。額から汗が出てきた。
蕎麦掻きは見ただけで出来たのに。水の量がまだ足りないのかな。思い切って水をボールに入れた……水が粉から溢れてきてしまった。
そして泥水のようになってしまった……失敗だ。
つかさ「どうして……固まらないの……」
……なぜか目から涙が出てきた。
老人「蕎麦に嫌われたな……」
ぽつりと言うとお爺さんは、私の使っていたボールを取り泥水のようになった蕎麦粉を捨てた。
つかさ「なぜ、なぜなの」
お爺さんのやっていた通りにした。水だって最初はお爺さんと同じ量を入れた。蕎麦粉の一粒、一粒が繋がろうとしなかった。
老人「蕎麦粉に、小麦粉の扱いをしてどうする……蕎麦粉は蕎麦粉だ、蕎麦は小麦みたいに繋がり易くはない……もう分っていると思ったがな」
お爺さんはボールを洗い始めた。
私って何も分ってない。もう、ここに居ても意味はないよね……
つかさ「短い間でしたけど、お世話になりました」
お爺さんにお辞儀をした。
お爺さんは封筒をカウンターに置いた。
老人「二週間分の給料だ」
そんな物受け取れない。私は更衣室に入ろうとした。
老人「涙がでたのならもう分っている筈なのに、残念だ、また何時でも来なさい……お品書きをいつも直してくれてありがとう」


 家に着くとお母さんが玄関に立っていた。
みき「おかえり、さっき泉さんが来ていたけど帰ったわよ、会わなかった?」
私は首を横に振った。
みき「そう……夕食でも食べて行きなさいって言ったのだけど……どうしたの、元気ないけど、気分でも悪い?」
つかさ「うんん、なんでもない……なんでもないよ」
みき「それなら良いけど……かがみと泉さんも同じようだった、喧嘩でもしているわけじゃないでしょうね」
つかさ「だから、なんでもないって!!」
私は自分の部屋に駆け込んだ。鞄を放り投げて。そのままベッドに倒れこんだ。
もうお姉ちゃんもこなちゃんも皆別れてしまう。あの蕎麦粉みたいに何度捏ねてもやってもくっつかない。何をやってもだめ……私達と同じ。
これから三年生になって。みんな別々のクラスになって……皆バラバラになって……淋しい卒業式……
そんなの嫌……
すぐ隣の部屋にいるお姉ちゃんにすら何も出来ないなんて。アルバイトなんかしなければよかった。

 遠くから子供達のはしゃぐ声が聞こえる。もう外は夕方か……学校からの帰り道かな。ときより笑い声も聞こえる。
そういえば小学校の頃だっけ、風邪をひいて休んだ時、こんな音が聞こえてきて外に出で遊びたいな、なんて思ったりした。そんな時、お姉ちゃんが来てくれて……
涙がまた出てきた。
いままで仲良く出来たのは私達が子供だったから……損得を考えたりしなくて済んだから……仲良く出来た。
もう私達は高校生……もう取り戻せない物があるから涙が出てくる。
取り戻せない……あれ……
蕎麦粉を固めているとき何で私は泣いたのかな。初めてだから失敗するのは当たり前。違う……初めてじゃない。私は一度蕎麦粉を固めている。蕎麦掻き……
そうだよ。私は蕎麦掻きを作ってお爺さんにあげた。あの時は……お湯を使った。粘りが出るまで箸で掻き回した……。
あの時、直ぐに固まると思ったから、なかなか固まらないからどんどん水を入れちゃって……水を入れるのが早かった……小麦粉じゃない。お爺さんはそう言っていた。
固まるまで待てば良かった。分った。分ったよ。お爺さんの言っている意味が。今ならきっと蕎麦粉を固められる。
私はベッドから起き上がっていた。もう一度やってみたい。そう思った。
でも……私はもうアルバイトを辞めてしまった。うんん、もう一度、もう一度お爺さんに言えば……
私は立ち上がり、涙を拭った。お蕎麦屋さんに行こう。
私は家を飛び出した。

 駅を降りて学校へ行くバス停とは反対側へ向かって……そこにお蕎麦屋さんはあった。扉が開いてお爺さんが出てきた。のれんとお品書きを仕舞おうとしている。
もう店じまいをしている。まだ閉店には時間があるのに。
つかさ「お爺さん待って!!!」
私は走りながら叫んだ。お爺さんは私に気付いた。
老人「そんなに急いで、忘れ物でもしたのか、更衣室はまだ何も手をつけていないから見てくるといい」
つかさ「違う、違うの、分ったの!!」
老人「分った、何が?」
お爺さんは目を細めて考え込んだ。
つかさ「蕎麦粉の固め方が分ったよ、もっと時間をかけて水を入れる時間を遅らせればいいんでしょ?」
老人「何だ、そんな事を言いにわざわざ来たのか……」
そうだった。嬉しくてつい……
つかさ「お爺さん、もう一度雇っていただけませんか?」
私は深々と頭を下げた。すると、お爺さんはのれんを外しだした。
老人「つかさが帰ってから団体のお客さんが来てね、今日の分の蕎麦は無くなったから、店じまいする、つかさがダメにした粉は給料から引いておくぞ……それでいいなら明日来なさい」
つかさ「やったーありがとう!!」
私は思わずお爺さんに抱きついた。
老人「ば、ばかやろう、作業の邪魔だ、放せ!!」
つかさ「ご、ごめんなさい」
私は離れた。
つかさ「あ、あの、ちょっといいですか、明日なんだけど、もしかしたら私の友達と、姉を連れてきたのですけど……いいですか、来られるかどうか分らないけど」
老人「友達だろうと家族だろうと、客は客だ、好きにするがいい」
つかさ「ありがとう、それじゃ明日、放課後来ます」
老人「待ちなさい」
私は立ち止まった。
老人「蕎麦粉を固める時泣いていたが、固まらなかっただけが原因ではあるまい……」
つかさ「うん、あの蕎麦粉みたいに私のお姉ちゃんと友達がバラバラになろうとしていたの、だから……」
老人「そうか……来てくれるといいな、この店に」
つかさ「やれるだけのことをするだけ……」
老人「いい顔だ、失敗を懼れない自身に満ちている顔だ」
私はお爺さんに一礼すると。駅に向かって歩き出した。

つかさ「ただいま~♪」
玄関を勢いよく開けた。
みき「つかさ、何処に行っていたの……着替えもしないで」
お母さんが居間から出てきた。少し起こり気味だった。
つかさ「うん、ちょっとアルバイトの所まで」
みき「携帯かけても出ないから夕食はすませちゃったわよ、つかさの分は台所に置いてあるから食べなさい」
つかさ「ありがとう、後でだべるよ」
最初にする事はお姉ちゃんに会うこと。お姉ちゃんの部屋に向かうために階段を上がろうとした。
まつり「つかさ、いやに張り切っているけどどうしたのさ?」
つかさ「これからお姉ちゃんの所に行くところ」
まつり「お、またこの前みたいに、言い合いの喧嘩になりゃなきゃいいけど……」
言い合いの喧嘩。私もお姉ちゃんの言葉に反応して反発していた。だから固まらない。
つかさ「もうそれはないと思うよ、もう喧嘩なんて嫌だから」
まつり「そうだ、その調子」
まつりお姉ちゃんの励ましでまた勇気が湧いてきた。まつりお姉ちゃんは自分の部屋に行った。そして私は、お姉ちゃんの部屋の前にいる。
これからどうなるかな。また喧嘩になって、本当に絶交になるかもしれない。でも、このまま放っておいても絶交になっちゃう。それならやれる事をするだけ。
少なくとも私はお姉ちゃんと絶交はしたくないから。一回深呼吸をして心を落ち着かせた。

『コンコン』
つかさ「お姉ちゃん、入るよ」
ドアをノックしてドアをゆっくり開けた。お姉ちゃんは机に向かっていた。後ろを向いているので何をしているのかは分らない。読書か勉強と言ったところかな。
部屋に入ってもお姉ちゃんは机に向かったままだった。さて、何て言おう。もうそれは決めていた。
つかさ「こなちゃんが来たって、お母さんが言ってた……お姉ちゃん、こなちゃんと絶交するの?」
お姉ちゃんは本を机に置き、座ったまま私の方を向いた。相変わらず私を睨んでいた。
かがみ「つかさが悪い、こなたの顔なんて二度と見たくない……」
私が悪い。お姉ちゃんはそう思っていた。昨日の私なら否定していた。でも、水は入れちゃいけない。
つかさ「恋人が出来た振りしてアルバイトしていた、だからお姉ちゃんは怒っていた……ごめんなさい」
私は頭を下げた。するとお姉ちゃんはいきなり立ち上がった。
かがみ「何を今更……謝って済むと思っているの、出て行きなさい」
私は水を入れて蕎麦粉を固める事は出来ない。だけど。お湯を入れて固めることは出来る。
つかさ「お姉ちゃん、私がこの部屋を出て行ったら……もう二度と会わない、お喋りもしない、学校も別々に行く……それでもいいの、あと一年もあるのに、それでもいいの、
高校を卒業したら、もう、今まで通りにならないよ、それは、こなちゃんやゆきちゃんだって同じ」
かがみ「そんなのは知っているわよ、バカじゃないの」
お姉ちゃんはそっぽを向いてしまった。お姉ちゃんの声がすこし上がっている。
つかさ「そうだよね、私ってバカだから、もうどうして良いか分らないよ、だから、明日、私の働いているお蕎麦屋さんに来て、それから絶交でも遅くないと思うけど」
かがみ「蕎麦屋に行ってどうするのよ」
つかさ「お蕎麦屋さんに行ってする事なんて一つしかないと思うけど……」
お姉ちゃんは黙ってしまった。
つかさ「はい、それじゃ決まり、明日の放課後、私の乗るバスから二本遅れで来て、待っているからね」
私は部屋を出ようとした。
かがみ「こなたに……私はこなたに、絶交って言ってしまった、もう後戻りはできない」
すがりつくような目つきだった。
つかさ「こなちゃんも絶交って言ったの?」
お姉ちゃんは首を横に振った。それなら大丈夫。
つかさ「私ね、こなちゃん、ゆきちゃんも誘おうと思ってる……日下部さんや峰岸さんも、こなちゃんだってきっと来てくれると思うよ、その時に謝っちゃえばいいよ」
お姉ちゃんは顔を隠すように俯いてしまった。
かがみ「……話しはそれだけ、もう出て行ってくれない、読書の邪魔だわ」
椅子を回転させて私に背を向けた。ここでもう少し粘りたい所だけど、しつこ過ぎても逆効果、ここは一旦引こう。まだ明日があるから。
つかさ「私、まだ晩御飯食べていないから出るね、おやすみなさい」
お姉ちゃんの後ろを向く時の表情が少し変わったような気がした。お湯を入れた効果が出てきたのかもしれない。

 食事を終え、お風呂に入ってあとは寝るばかり。自分の部屋の目覚まし時計をいつもより30分早く鳴るようにセットした。きっとお姉ちゃんは私よりも早く登校すると思ったから。
ベッドに入って寝るまでの間、何度か部屋の入り口の扉に人の気配を感じた。多分お姉ちゃん、私の部屋に入りたいのかも。入りたければ入ればいいのに。
そんな事を思いつつ、心地よい眠気が……そのまま眠ってしまった。

 自然に目が覚めた。心地よい、よく眠れたみたい。目覚まし時計より早く目覚めるなんて、小学校の遠足の時以来かもしれない。 目覚まし時計のアラームを止めて部屋の外に出た。
ドアを開けると、丁度お姉ちゃんもドアを開けて出てきた。自然と目と目が合った。
つかさ「おはよー」
にっこり微笑んで挨拶をした。
かがみ「おは……寝癖が凄いぞ……」
私が頭を押さえると。そのまま階段を降りて洗面所に行ってしまった。その後はお姉ちゃんと競争、朝食を食べて、着替えて、髪を整えて……リボンを付けて……
遅刻をする訳でもないのに大忙しだった。やっぱり手際が良いお姉ちゃんの方が先に支度が終わった。
私の支度を待たないで。そのまま家を出てしまった。少し遅れて私も家を飛び出した
つかさ「いってきまーす」
走ってお姉ちゃんを追いかけた。お姉ちゃんの後ろ姿が見えた。
つかさ「待って~」
呼びかけるも早足で駅に向かうだけだった。追いつくとお姉ちゃんの横に並び同じ速度で歩いた。
つかさ「なんだか、こうやって一緒に登校するのが何年ぶりにも感じるよね」
かがみ「何言ってるの、一人で登校したのは昨日だけじゃない、大袈裟なのよ」
つかさ「あ、やっと話してくれた」
お姉ちゃんは口をギュっと結ぶと歩く速度を上げた。
つかさ「昨夜、私の部屋の前に居なかった、お蕎麦屋さんに来てくれる返事だったの?」
かがみ「トイレに行っていたのよ!!」
その後は学校に着くまで何の会話もなかった。

 校舎に着くとお姉ちゃんと別れた。私は教室には行かずに校庭に向かった。まだ早いせいか生徒は殆どいない。この時間に居るのは部活をしている生徒くらい。
きっと日下部さんが居るはず
みさお「柊の妹じゃないか」
後ろから声がした。私は声のする方に振り向いた。もう部活が終わったのか、制服の姿の日下部さんが立っていた。
みさお「部活をやっていなのに早いな、誰かを探しているのか?」
つかさ「おはよー、日下部さんを探していた」
みさお「おはよう、なんだ、私か、それで私に何の用?」
つかさ「昨日、お蕎麦屋さんでアルバイトしているって言ったよね、今日の放課後、峰岸さんと一緒にどうかなって」
みさお「蕎麦か……放課後は部活もないし、たまには良いかな、あやのも誘ってみるよ……って柊は?」
私は首を横に振った。
みさお「なんだ、まだ喧嘩していたのか……」
つかさ「何度か誘ったのだけど、返事してくれなくて」
みさお「分った、柊も一緒に誘ってみるよ」
つかさ「あまりしつこく誘わないでね」
日下部さんは笑った。
みさお「柊の性格は分っているつもりだから、大丈夫、無理はしない、あいつは無理するとすぐに怒るからな、さらっと言うよ」
つかさ「ありがとう」
みさお「蕎麦か……楽しみだな」
つかさ「場所はバス乗り場から駅を通り越す古い建屋があるからすぐわかるよ、念のために携帯電話の番号教えるから」
みさお「サンキュー、ついでにあやの番号を教えてあげる、あっ、他人の番号を勝手に教えるのはまずいな、メアドも教えて、後で送る」
携帯番号をお互いに教えあった。中学生からの知り合いなのに。今になって……そう、蕎麦粉のようにくっつき難かった。時間がかかっても仲良くなれる。
私のしようとしているのが例え失敗したとしても諦めない。

 教室に入った。一番乗り……と思ったら二人既に居た。こなちゃんとゆきちゃん。
こなちゃんは昨日お姉ちゃんに絶交って言われたから登校するのか少し心配だった。来てくれて良かった……
と思ったのは束の間だった。こなちゃんは病人のような顔色で自分の席に座っていた。それを心配そうにゆきちゃんが見ていた。
みゆき「先ほどかがみさんが通るのを見かけました、私が行ってきます」
ゆきちゃんの顔に少し怒りの表情が見えた。怒っているゆきちゃんを見るのは初めて……なんて感心していられない。怒りをぶつければ怒りでしか返って来ない。
私がお姉ちゃんの教室に行こうとしたら、そう言って止めたゆきちゃんなのに……怒るとそんな事すら忘れてしまう。
つかさ「おはよー」
少し飛び込むように教室に入った。ゆきちゃんは私の所に駆け寄ってきた。
みゆき「……つかささん、泉さんを見てください、酷すぎます、かがみさんの言動とは思いたくありません、つかささんもそうは思いませんか、これから抗議に行くところです」
朝の挨拶を忘れて声を荒げてしまっている。普段のゆきちゃんからは想像もできない。私は首を横に振った。
みゆき「何故です、つかささんも理不尽な扱いを受けたではありませんか」
つかさ「落ち着いて、お姉ちゃんがああ成ったのは、きっと私のせい、だから、私に任せて欲しい、今は何もしないで」
みゆき「しかしながら……」
つかさ「ゆきちゃん、こなちゃんも聞いて、今日の放課後、私がアルバイトをしているお蕎麦屋さんに来て欲しいの、お姉ちゃんも誘ったけど、来てくれるかどうかは分らない、
    でもね、日下部さんは来てくれるって言ってくれた、多分峰岸さんも来てくれる」
こなた「……つかさ、そこで何をするの、もうかがみは何を言ってもだめだよ」
弱弱しい声だった。
つかさ「皆を固める」
固めるためには皆を同じ場所に集めないといけない。
みゆき「かためる、固めるとはどうゆう事ですか」
つかさ「それを知りたいなら、お蕎麦屋さんに来て……お願い」
私は祈るように両手を組んでお願いした。
こなた「勿体ぶるなんてつかさらしくないや……かがみが来るなら行くよ、そこで私からお別れを言うから……」
みゆき「私には分りませんが何か考えがあるようですね、つかささんがそこまで言うのであれば……」
つかさ「ありがとう」
こなちゃんがあんな事言うなんて、自信がなくなってきた。もしかしたら私は皆を集めてお別れ会をしようとしているのかも……私のしようとしているのはただの幻想なのかな。
あの時の蕎麦粉のように固まらないかも……うんん、迷ったらダメ。

 お昼休み、日下部さんからメールが来た。峰岸さんも来てくれる。あとは……お姉ちゃん。
お姉ちゃんの態度は、はっきりしていないってメールには書いてあった。

 放課後、私は真っ直ぐお蕎麦屋さんに向かった。お品書きは真っ直ぐ立て掛けられていた。店の扉を開けた。
つかさ「こんにちは」
老人「おう、来たか、それで今日は来るのか?」
つかさ「うん……一番来て欲しい人が分らない」
老人「そうか、とりあえず何人分だ?」
つかさ「うんん、お蕎麦はいいの」
老人「おいおい、蕎麦屋で蕎麦を出さなくてどうする」
つかさ「お椀5個と、お箸、蕎麦粉、それとだし汁、それを準備できますか?」
お爺さんは私をじっと見た。
老人「……蕎麦掻きか」
つかさ「うん、私が作りたいから、お蕎麦はまだ作れないから」
老人「一人で5人分か、辛いぞ」
つかさ「一人ずつ作る」
老人「着替えな、用意しておく……」

 そろそろ約束の時間。お姉ちゃんも来てくれますように……
『ガラガラ』
店の扉が開いた。
つかさ「いらっしゃいませ!!」
みさお「お、やっぱりここだ、おーい、あやの、こっち、こっち!」
最初に来たのは日下部さんと峰岸さんだった。二人が店に入ると私はカウンターに案内した。
みさお「その服、似合ってる、けっこうはまってるかも」
あやの「粋で、かっこいいよ」
つかさ「ありがとう」
私はお茶を二人の前に置いた。日下部さんが少し暗い顔になった。
みさお「柊は……すまん、図書室で用事があるって、わざわざこんな時に用事を作らなくてもいいのに、柊は変わったな」
来ない……覚悟はしていたけど、来ないって分ると悲しみが込み上げてきた。でも折角来てくれたお客さんにそんな顔を見せられない。二人に精一杯の笑顔を見せた。
つかさ「来ないのは仕方がないよ、こなちゃん達も来るかどうか分らないから、始めるね」
みさお「始めるって……なんだ?」
そうだった。誘っただけで何も話していなかった。
つかさ「たった二週間じゃ、お蕎麦は作れないからごめんね、でもね、蕎麦掻きならなんとか出来るようになったから、みんなに食べてもらおうと思って」
みさお・あやの「そばがき?」
老人「最近の子は食べないし、作らないみたいだな……つかさの作る蕎麦掻きはうまいぞ」
つかさ「そ、そんなにおだてないで、調子が狂っちゃうから」
お爺さんは笑いながら厨房の奥に引っ込んだ。
つかさ「え、えっと、蕎麦粉をお湯で練って固めたものをだし汁で食べる料理だよ」
みさお「ふ~ん」
興味津津で私を見る二人。ちょっと恥かしいけど……作ろう。二人の為に……
私はお椀に蕎麦粉を入れ、お湯を少しずつ入れながら箸で掻き回した。
中学生から知っているとは言え、殆ど話した事のない二人。いつもお姉ちゃんと遊んだり、勉強したりしていた。そんな姿を見かけるくらいだった。
そんな二人が私を見ている。お姉ちゃんでも、こなちゃんでも、ゆきちゃんでもない。他人に近かった二人。お姉ちゃんの友達でなかったから、
一生会うこともなかった。そんな想いを込めながら作った。
つかさ「どうぞ」
二つのお椀を二人に出した。蕎麦掻きが珍しいのか、暫くお椀を見ていた。そして。箸を持つと蕎麦掻きを挟んで口の中に入れた。
みさお「お、これ、うまい、うまいよ」
あやの「……お蕎麦ってこうゆうものなのね……」
つかさ「ありがとう」
その後は、二人は黙々と蕎麦掻きを食べていた。
『ガラガラ』
店の扉が開いた。そこに立っていたのはゆきちゃんだった。
みゆき「ごめんください」
つかさ「いらっしゃいませ!」
ゆきちゃんは店に入ろうとせずに入り口に立ち尽くしていた。
つかさ「どうしたの、入って」
それでもゆきちゃんは入ろうとしなかった。ゆきちゃん一人だけみたい……そうか、こなちゃん、来なかった……お姉ちゃんが来るのが条件だった。
みゆき「すみません、私……私は……」
今にも泣きそうな顔だった。
つかさ「もういいよ、ゆきちゃん、お姉ちゃんとこなちゃんを誘ってくれたんだね、入って、蕎麦掻きを作ってあげるから」
みさお「柊の妹もそう言ってるし、入ったらどうだい、眼鏡ちゃん、美味しいぞ……蕎麦掻」
あやの「折角来たのだし、食べて帰ったらどう?」
みゆき「え、あ、はい」
ゆきちゃんはゆっくり店の中に入った。そして峰岸さんの隣に座った。
つかさ「それじゃ作るね……」
お椀の蕎麦粉を掻き回した。腕が重くなってきた。一人分作るのに沢山掻き回さないといけない。それに掻き回していくと粘りが出てきてどんどん重くなっていく。
お爺さんの言った「辛い」の意味が分った。
みゆき「蕎麦掻き……ですか、蕎麦を麺にして食べるようになったのはかなり最近になってからと聞いています、小麦のようにグルテンが無いので繋げるのが難しいのです」
ゆきちゃん……なんでも知っている。勉強も親身になって教えてくれるし、教え方はお姉ちゃんより上手かもしれない。学級委員長もしている。
だけどそれを自慢しない。いつも控えめ。お姉ちゃんと知り合いじゃなかったから、近寄り難くて声もかけられなかったかも。
そんな想いを込めながら掻き回した。
みゆき「……辛そうですね、無理もありませんグルテンが殆ど無いので蕎麦粉はすぐにバラバラになってしまいます、そこにお湯を入れて蕎麦粉を繋ぎ……はっ!!」
ゆきちゃんは突然立ち上がった。日下部さん達は驚いた。
みゆき「つなぎ難い、バラバラになった蕎麦粉を繋げる……もしかして、つかささん、私達を蕎麦粉に例えているのですか?」
つかさ「あたり……私ってこんな事しか出来ないから……分って貰えるかな……私、お湯になれたらなって」
ゆきちゃんは席に座った。
みゆき「もう既にお湯になっています……今朝、私を止めなければ私は怒りに任せてかがみさんを責めて喧嘩をしていました……」
つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃんに褒められるなんて」
みゆき「実際に作った事がなければ思いつかない発想です……嗚呼……もっと早く分っていれば、引きずってでも二人を連れてきていました」
つかさ「どうぞ……」
悔しがるゆきちゃんの前に蕎麦掻きを置いた。
みさお「すげえな、蕎麦粉でそんな発想できるなんて、柊の陰に隠れて目立たないと思っていたけど、柊の妹、見直した!」
ゆきちゃんは蕎麦掻きをじっと見た。
みゆき「いただきます……」

 私が思い描いた幻想。初めて他の人に理解できてもらった。幻想じゃなかった。今、私のしようとしている事が正しかったのを実感した。
あやの「高良さん……でしたね、はじめまして」
みゆき「こちらこそ、かがみさんのお友達とは存知していました、何か切欠がなければなかなか話せないものですね」
日下部さんと峰岸さんがゆきちゃんとお話をし始めた。
この場にお姉ちゃんとこなちゃんが居てくれれば……
扉を見た。
何だろう……人影かな。扉に人影が何度も横切っている。もしかして、お姉ちゃん?
私は扉に向かい、扉を開けた。
こなた「つ、つかさ……」
つかさ「こなちゃん、来てくれて嬉しい、入って……」
こなちゃんを招きいれようと店の外に一歩踏み出した。壁の陰にお姉ちゃんが立っていた。
つかさ「お姉ちゃん、お姉ちゃんも来てくれた……良かった、待っていたよ、入って」
こなちゃんは店の中に入った。だけど、お姉ちゃんは入ろうとしなかった。
こなた「絶交するならつかさの前で……そうかがみに言ったら、ここに来る事になった……」
私はお姉ちゃんの手を掴んで引っ張った。
つかさ「席に座っているだけでいいから、ね?」
お姉ちゃんの足が動いた。
私はお姉ちゃんとこなちゃんを隣の席に座らせた。

 本当は私とお姉ちゃんの喧嘩だったのに……いつの間にかお姉ちゃんとこなちゃんも絶交の危機に曝されている。
お姉ちゃんとこなちゃんは俯いて座って何も話そうとしない。
みゆき「泉さん、かがみさん、つかささんは、蕎麦の……」
つかさ「ゆきちゃん」
私はゆきちゃんに首を横に振った。言葉では分ってくれない。そう思ったから皆をここに呼んだ。
こなた「かがみ、つかさと私に言いたい事があるんでしょ、早く話してよ」
まるで挑発するかのような口調だった。その声にお爺さんは様子を見に来るくらいだった。
つかさ「こなちゃん、お姉ちゃん、ここに来たから、まずは、私の作る蕎麦掻きを食べて、何か言いたいのならそれからにして」
私は二人を見据えて落ち着かせるように話した。
かがみ・こなた「蕎麦掻き……」
お椀に蕎麦粉を入れて……お湯をいれて……箸で掻き回す……四回目の蕎麦掻き、腕が痛い。だけど休めない。
こなちゃん……目的が何にしてもお姉ちゃんを連れてきてくれた。それが何より嬉しい。
私と友達になって直ぐにお姉ちゃんとも友達になった。最近になっては私よりお姉ちゃんの方と会う機会が多いかもしれない。
でもそれを寂しいと思ったことはなかった。ゆきちゃんとは違った面白いお話をいろいろ聞かせてくれる。漫画も貸してくれる。
私と似たような所もあるし、気の合う一番の友達……そんな想いを込めながら……
二人は呆然と私がお椀を掻き回している姿に見入っていた。
こなた「なんでそんな必死になって掻き回さなきゃいけないの?」
つかさ「蕎麦粉はとっても頑固なの、こうしないと固まってくれないからだよ、蕎麦打ちを教えてもらったけど少しも固まってくれなかった」
みゆき「どこか、誰かに似ているとは思いませんか」
ゆきちゃんが合いの手を入れてくれた。私から言う言葉はもうない。掻き回すお椀に全てを集中した。
固まった蕎麦掻きにだし汁を入れて……
つかさ「どうぞ」
こなちゃんの目の前に蕎麦掻きを置いた。でも、こなちゃんは食べようとはしなかった。
つかさ「冷めないうちに食べてね」
腕が鉛のように重い。だけど。最後にもう一人分作らないと。
つかさ「それじゃお姉ちゃんの分」
お椀を持ち上げた。手の力が抜けて落としてしまった。蕎麦粉が床に散らばった。
つかさ「ごめんなさい……私ってダメだね」
苦笑いをした。お爺さんが直ぐに代わりの蕎麦粉の入ったお椀を持ってきてくれた。
老人「片付けておくから、続けなさい」
つかさ「うん、ありがとう」
お椀をお爺さんから受け取った。一回深呼吸した。お湯を少し入れて……掻き回して……
つかさ「お姉ちゃん、私と双子のお姉ちゃん、私が物心ついた頃から一緒に居た、いつも一緒だった、ご飯を食べるのも、遊ぶのも、お昼寝するのも……
    それから高校まで同じ学校……一番身近だった人……分っていると思っていた、怒っている時だって何で怒っているのか分った、悲しんでいるときも、笑っているときも、
    でも、そう思っていただけ、本当は一番分らなかった、分った気になっていた、だから喧嘩しちゃった」
私はお本当のお姉ちゃんを知らなかった。今までのお姉ちゃんは私が思い描いた幻想、蕎麦粉を小麦粉と同じと思ったのと同じ……
つかさ「どうぞ」
お姉ちゃんの目の前に蕎麦掻きを置いた……でもお姉ちゃんも食べようとはしなかった。
つかさ「どうしたの、二人とも、食べて」
こなた「う、うん」
こなちゃんはお椀を持ってチラっとお姉ちゃんを見た。
こなた「かがみ?」
こなちゃんはお姉ちゃんを見たままになっていた。私もお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんはお椀を見ながら涙を流していた。
そして……
かがみ「……う、う、わー!!」
号泣。お姉ちゃんはお椀を見ながら大声で泣き出した。これは……固まらない蕎麦粉を見て泣いた私と重なった。お姉ちゃんも私の事が分らなくなっていた。
そうだったんだね。お互い様だね。お姉ちゃん。
『ガラガラ』
お客さんが入ってきた。
老人「すまないね、今日は貸し切りだ、明日、また来てくれ」
お爺さんは店の外に出るとのれんとお品書きを仕舞った。

泣くといいよ、涙が涸れるまで……
泣き終わったら仲直りしようね。



 卒業式の日、私はもう一度、周一さん店に皆を呼んだ。周一(しゅういち)さん?
お蕎麦屋さんのお爺さんの名前、あの日、教えてくれた。
アルバイトの最終日、皆に私の打った蕎麦を振舞った。
蕎麦打ちは何とか一通り出来るようになった。でも、周一さんに言わせればまだまだ合格点はつけられないって。
これから私は専門学校生、もうお蕎麦屋さんで働くことが出来なくなった。アルバイトも卒業。いつかお爺さんに、周一さんに合格って言ってもらうために、蕎麦打ちの道具を買った。
お姉ちゃん達は大学生。もう同じ学校に行く事もない。皆別々の道を歩み始めた。でも、寂しくはない。
一度固まった蕎麦粉はもう二度と離れることはないから。





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  • 名作確定
    GJ! -- 名無しさん (2017-05-27 14:10:51)
  • どうもありがとうございます
    拝見させていただきます -- 名無しさん (2016-03-05 04:22:57)
  • 作者別作品で№1が私の作品なのでよかったらどうぞ
    -- 作者 (2015-10-15 02:08:53)
  • なるほど、ありがとうございます
    まさか作者さんがコメントして下さるとは・・・
    出来れば見て見たかったですが仕方ないですね
    また何か書いて頂けたら嬉しいのですが -- 名無しさん (2015-10-14 01:33:28)
  • 「何故かがみがあそこまで怒っていたのかがよくわからない」
    それゆえつかさの苦悩を表現したかった。
    コンクール期間内に書かなくてはならなかったのでそこまでの表現を書ききれなかった。
    それに、作った当時にしてもかがみの激怒の本当の理由を自分自身設定していなかったのは確かです。
    貴重な意見ありがとうございました。
    今からでも後日談として書こうと思えば作れますが後付臭くなりますので止めときます。
    仲直りする直前のかがみが泣いたシーンでいろいろ考察するのも
    面白いかもしれません。 -- 作者 (2015-09-23 00:26:05)
  • 面白かったです!
    そばがき作ってみようかな
    ただ何故かがみがあそこまで怒っていたのかがよくわからない・・・ -- 名無しさん (2015-09-22 06:00:14)
  • 面白かった!
    蕎麦がき食いたい! -- 祝! 『宮河家の空腹』地上波アニメ化決定! (2013-09-04 20:53:55)
  • すごい良い話だった
    書いた人,ありがとう -- 名無しさん (2012-04-06 02:14:18)
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