ID:ilryqbMC0氏:つかさの旅(ページ2)

三部 <疑惑、怨み……そして>

 
つかさ「う~ん」
 ……私ったらいつの間に寝ちゃったのだろう。気付くと私に毛布がかけられていた。辺りを見回すとこなちゃんもゆきちゃんもテーブルにもたれて眠っていた。
二人にも毛布がかけられている。二人もそのまま眠ってしまったみたい。
あ、あれ。直ぐ隣で眠っていたはずのお姉ちゃんが居ない。布団が畳まれていた。着ていた浴衣も畳んである。
つかさ「こなちゃん、ゆきちゃん、起きて……お姉ちゃんが……」
私は二人を揺すって起こした。
こなた「むにゃ、むにゃ……あ、つかさ、おはよ~」
眠気眼のこなちゃんだった。
つかさ「お姉ちゃんが居ないの……」
こなた「え、居ないって、温泉かトイレでも行ったんじゃないの……」
目を擦りながら話すこなちゃん。
つかさ「だって布団を畳んで、着替えているみたいだし……」
私が慌てているにようやくこなちゃんは気付いた。
こなた「着替えてるだって……本当だ……何で、何処にいったのかな……」
ゆきちゃんもゆっくりと起きだした。
みゆき「この毛布は……かがみさんがかけたのかもしれません」
ゆきちゃんはお姉ちゃんの畳んだ布団に近づき浴衣を手に取った。
みゆき「冷たいですね、かなり時間が経っているようです」
こなた「かがみめ、あんな身体で何処に行くって言うんだよ……まったく、もう」
こなちゃんはバックから携帯電話を取り出した。
みゆき「携帯電話をかけても意味はありません、かがみさんの携帯はここに置いてあります」
こなちゃんは携帯電話をかけるのを止めた。
こなた「これじゃ何処にいったか分らない……私達に来るな、って言いたいのか……」
みゆき「そのようですね、恐らくかがみさんは、呪いをかけた本人に会いに行ったのでしょう……」
つかさ「ごめんなさい、私、寝ちゃったから……」
みゆき「それは私も同じです、三人とも寝てしまったのも不思議ですが……そんな詮索よりもかがみさんを探さなければなりません」
探すと言っても何処に行ったのか見当も付かない。
こなた「つかさ、何処か心当りないかな、私達より土地勘あるから想像できない?」
つかさ「わからないよ、私だってこの町に来て一年経っていないから……稲荷さんの秘密の住処とか……そんなのだったら……」
みゆき「……秘密の住処……」
ゆきちゃんはブツブツと小声で言い始めた。
みゆき「かがみさんもこの土地に関しての知識は私や泉さんとさほど変わらないでしょう、私の考えが正しければかがみさんの行こうとしている場所は一つしかありません」
つかさ・こなた「それって、何処なの?」
二人同時詰め寄った。
みゆき「……神社、山の上の神社以外に考えられません」
こなた「神社か……最初に案内された所……」
みゆき「そうです、かがみさんは来ていない……もしかしたらと考えていました、呪術者の目的はつかささんをあの神社に連れて行くことなのでは」
つかさ「あの神社、私は頻繁に行っているよ、それににゆきちゃん達も案内したから……わざわざお姉ちゃんが連れてこなくても……」
みゆき「かがみさんとつかささん、二人が揃って初めて呪術者の目的が達成されるとすれば、つかささんだけがあの神社に行っても意味がありませんから……」
こなた「……他に候補がなければ行こう、ここで話していても何も進まないよ……」
つかさ「うん、車を出すから」
 
 結局あの神社……そういえばこの前も安否を心配してあの神社に登ったのかな。もうこんな事は無いと思っていたのに。今度はお姉ちゃんを心配して登らないといけない。
何か嫌な予感がしてどうしようもない。でも、行かないとお姉ちゃんは助けられない。
皆が車乗り込んだ。私はエンジンをかける前に話しておこうと思った。
つかさ「もし、神社で呪術者と会って、何かあったらなんだけど……」
こなた「何かって何?」
あって欲しくない、襲ってくるなんて……
つかさ「何があっても相手の目を見たらダメだから、お稲荷さんには人を金縛りしてしまう術があるから、身動きがとれなくなるよ」
こなた「相手の目を見ると心が相手に奪われる……」
つかさ「……こなちゃん知ってるの?」
意外な返答に驚いてしまった。
こなた「いやね、武道では相手の目を見て戦うのはタブーなんだ……昔、聞いたことがあるよ……」
みゆき「そういえば泉さんは武術の心得がありましたね」
こなた「……心得といってもお遊び程度だよ……実践ではやったことないし……」
私は車のエンジンをかけた。こなちゃんが頼もしくみえた。
つかさ「私はお姉ちゃんが無事ならそれで良いから……できれば争いたくない」
こなた「それは私も同じ」
みゆき「私も……」
ライトを付けて車を走らせた。
 
外はまだ薄暗い早朝。神社の入り口近くに車を停めた。私達は車を降りた。
そして私達三人は階段を登った。私はもう慣れているので最初に登った時よりは速く登ることができる。こなちゃんがやや遅れて付いてくるけどゆきちゃんは
どんどん私達と距離が離れていった。私が立ち止まって待っていると、息を切らせながらゆきちゃんは話した。
みゆき「私に構わず先に言ってください……」
つかさ「ゆきちゃん、ごめん……こなちゃん、スピードを上げるよ」
私が速度を上げるとこなちゃんは黙って後を付いてきた。いくら慣れているとはいってもこれだけ速度上げると息が切れてきた。こなちゃんも必死に付いてきている。
頂上にお姉ちゃんはいるのかな。ただそれだけを祈って登った。
 
 頂上に着くと私は辺りを見回した。森の中は暗くて何も見えない。少し遅れてこなちゃんが着いた。
こなた「ふぅ、疲れた、流石何度も登ってるだけはあるね……つかさ」
つかさ「シー!!」
森の奥で何か気配がする。私はゆっくりと気配のする方に近づいた。こなちゃんも私の後についてくる。森の入り口で私は止まった。こなちゃんは私の耳元で囁いた。
こなた「誰か居る……」
私が稲荷ずしを置いていた辺りかな、暗くてよく見えない。話し声が聞こえる。
「何故つかさをつれてこなかった、お前、死にたいのか」
男の声だ、私の名前を言っている、声はしっかりと聞こえるけど誰だか分らない。
かがみ「つかさが此処に来たら……そんなの……出来ない」
お姉ちゃんの声だ、やっぱりこの神社に来ていた。それにしても誰と話しているのだろう、きっとお姉ちゃんに呪いをかけた本人に違いない。
「携帯で今すぐ呼べ……」
私をここに連れてくるように言っている。どうしよう。今、出て行ったらどうなるか分らない。
かがみ「そんなものは無い」
こなた「あいつが……あいつがかがみに………許せない……」
こなちゃんが私よりも一歩前に出た。これ以上近づくと気付かれちゃう。私はこなちゃんの腕を掴んだ。でもこなちゃんはまた一歩近づこうとする。
つかさ「だ、ダメだよ……」
小さい声でこなちゃんを止めた。だけど引っ張る力はどんどん強くなるばかり。
「お前には呪いがかかっているのを忘れるな」
こなた「うわー!!!」
男の声が引き金になったみたいにこなちゃんは大声を上げて私の手を振り払った。そして真っ直ぐ男の声のする方に全速力で突進していった。
こなちゃんが森の闇に消えた。それと同時に物が当たった音がした。鈍く低い音だった。こなちゃんと男の唸った声が聞こえた。
地平線から朝日の光が森の奥に射し込んだ。こなちゃんと男が倒れている姿が照らし出された。その少し奥にお姉ちゃんが呆然と立ち尽くしていた。
こなちゃんは直ぐに起き上がりお姉ちゃんの前に立った。少し遅れて男が立ち上がった。私からは後姿で誰だか分らない。
男はこなちゃんを見た。
「お、お前は……確か……泉こなた」
こなちゃんも男を見た。こなちゃんは驚いた顔をした。
こなた「……つかさ、私の勘は正しかった……こいつ……とんだ詐欺師だよ……」
「つ、つかさだと」
男は振り向いた……朝日に照らされてはっきり顔が見えた……その人はひろしさん……
こなた「かがみの呪いを解け!!」
こなちゃんはひろしさんに向かって怒鳴った。ひろしさんはこなちゃんの方を向いた。こなちゃんは素早くお姉ちゃんを庇うように構えた。
ひろし「……ほう、武術をするのか……面白い」
こなちゃんはひろしさんを見ず私の方を見ていた。
ひろし「こいつ、つかさから入れ知恵うけたか」
ひろしさんは金縛りの術をするつもりだったみたい。こなちゃんとひろしさんは睨みあいを続けた。
こなた「つかさを呼んでどうするつもりだった!!」
ひろし「姉が死んだ苦しみを味あわせる為に、俺と同じ苦しみを味わってもらう、かがみを殺せば俺の気持ちが分るだろう……つかさ……本来はお前が死ぬべきだった筈だ」
 
 ひろしさんがお姉ちゃんに呪いをかけた。それじゃ今までひろしさんは私を騙していた……嘘、嘘だよ、
私をまなちゃんと間違えたのも、お店に何度も来てくれたのも、一晩家に泊まったのも、お姉ちゃんを助けたのも……車に乗ってくれたのも……みんなお芝居だった。
信じていたのに……お姉ちゃんに呪いをかけた……
ひろし「そこを退け、お前には用はない」
あきらさんは両手の爪を伸ばして臨戦態勢になった。こなちゃんは退かずにお姉ちゃんを庇っている。
違う、こんなんじゃダメだよ、お姉ちゃんを殺したって何も解決しない。
つかさ「止めて!!」
私は叫んだ。あきらさんはピクリと反応して振り返った。そして私を見た。
つかさ「まなちゃんは、私の為に死んだんじゃない、そんなのも分らないの……弟さんでしょ」
ひろし「なに……」
私はあきらさんの目を見て話した。あきらさんは少し驚いた顔で私を見ている。
つかさ「まなちゃんは仲間の為に死んだ、死なせたのは皆の怨みのせい……それをまなちゃんは教えてくれた……もう止めようよ、あきらさん……」
私はあきらさんに向かって歩き出した。あきらさんは一歩退いた。
こなた「つかさ、それ以上近づいちゃだめだ」
こなちゃんの忠告……それでも私はあきらさんに近づいていった。
みゆき「こっちです、こっちで暴行している人がいます、来てください」
ゆきちゃんの声が突然した。
あきら「ちっ、人を呼んだか……」
あきらさんは森の茂みの奥に駆け込んで消えた。
 
ゆきちゃんが階段を登って来た。
みゆき「物々しかったので人を呼んだふりをしました……余計な事をしてしまったのでしょうか……」
こなた「……うんん、た、助かったよ……」
こなちゃんはその場にへたり込んだ。私はこなちゃんに駆け寄って手を引いて立たせた。
つかさ「こなちゃん、凄いね、かっこよかったよ」
こなた「……あれはハッタリの構えだよ……正直あのまま襲われたらどうなってたか分らない、みゆきさんの機転の方が凄いよ……それより、つかさ、
    無防備であいつに近づくなんて……しかも目を見るなんて……殺されるところだったよ」
つかさ「あまりよく覚えていない……夢中だったから……」
こなた「あいつが好きなのは分るけど、無茶すぎだ」
私はあきらさんが好き……もう否定はしない。好きになってしまったのはどうしようもない。でもあれが全部策略だったなんて、今でも信じられない。信じたくない。
かがみ「……何も言っていないのに……よく此処がわかったわね」
お姉ちゃんはうな垂れていた。
こなた「土地勘の無いかがみが行く所なんて限られているよ……と言ってもみゆきさんの推理だったけどね……呪いか……これでかがみの不可解な行動の謎が解けた、
    つかさを守るために呪いと戦っていた」
かがみ「そんなんじゃない、あんな強制的な命令なんて誰が聞くものか……」
みゆき「ちょっと待ってください、もうこれ以上呪いの話は止めたほうが……いつ呪いがかがみさんに襲ってくるか分りません」
こなた「おっと……」
こなちゃんは両手で口を塞いだ。
かがみ「……何故かしら、身体が軽い……」
お姉ちゃんは右腕を持ち上げて見た。
かがみ「……二の腕にあった呪いの印が消えている……」
こなた「呪いが解けたって事?」
かがみ「分らない、分らないけど……解けたみたい」
つかさ「ひろしさんが解いてくれたんだ」
私は喜んだ。
みゆき「……それはどうかな、あいつ自ら呪いを解くなんて考えられない、それは単に呪いの命令が実行されたから消えただけだよ、結果的にかがみがつかさをここに
    連れてきたようなものだから」
みゆき「つかささんには悪いですけど、今回だけは泉さんの考と同じです」
ゆきちゃんまでひろしさんを……でもこの状況から考えられる結果はそうなのかもしれない。
こなた「さて、これからどうするかだ……またあいつ襲ってくるよ」
どうすると言われてもどうする事も出来ない。沈黙が続いた。
かがみ「考えたって答えは出ないわ、私が帰れば少なくとも彼の目的は達成出来ない……それでいいじゃない」
こなた「それだと今度はつかさを襲うに違いない」
かがみ「それは無い」
こなた「何で言い切れるんだよ、つかさ一人にして心配じゃないの」
かがみ「こなたなら守れると言うのか、言っておくけど私やみゆきは戦力にならないわよ、警察に話したって信じてもらえない」
こなちゃんは黙ってしまった。ゆきちゃんも成す術なしって感じだった。
かがみ「何、みんな辛気臭い顔をしてさ……まだお礼を言ってなかった、つかさ、こなた、みゆき……ありがとう、呪いが解けたのは皆のおかげね」
お姉ちゃんは背伸びをして森を出た。
かがみ「うわー、綺麗な眺めね、朝日がキラキラ反射しているわよ、皆も来てみなよ」
嬉しそうに私達を誘った。
こなた「なんだい、あの変わりよう……呪いが解けた途端に……」
みゆき「ふふ、元のかがみさんに戻った……それだけです」
ゆきちゃんはお姉ちゃんの方に向かって行った。ゆきちゃんとお姉ちゃんは楽しそうに景色を眺めていた。
こなた「元のかがみね……元には戻っていない、良い意味でね……つかさの家に泊めてもらわなくて済みそう……」
つかさ「でも……ひろしさんが……」
こなた「かがみの言うように私達じゃどうしようもないよ、また襲ってくるかもしれないし、二度と来ないかもしれない、でも、例え襲ってきたとしても
    つかさならなんとかなりそう、何とかしそう、そんな気がしたよ」
こなちゃんもお姉ちゃんの方に向かって行った。
 
 私に何が出来る。何もできないよ。まなちゃんと全然状況が違うし。ひろしさんは明らかに私を恨んでいる。今までのひろしさんの行動が全部嘘だとしたら……
私の気持ちはどうすればいいの。お姉ちゃんに呪いをかけたはずなのに彼を嫌いになれない。また会って真意を聞きたい。
聞いてどうするの、もし本当に私を恨んでいるって言ったらどうするの……何も答えは出てこない。
まなちゃんならどうするの……
いつまでもまなちゃんと座って語った石を見つめていた。
 
 神社の森を出るとお姉ちゃんはまだ外の景色を見ていた。
つかさ「こなちゃんとゆきちゃんは?」
かがみ「先に下りたわよ」
景色を見ながら答えた。
つかさ「すっかり日が昇ったね、今日も暑くなりそう……」
お姉ちゃんは私を見た。さっきまで元気だったのに少し顔が曇って見えた。
かがみ「つかさを助けたかった、その為の演技だった、皆はそう思っている、」
つかさ「私もそう思ってる、お姉ちゃんはあんな事はしない」
かがみ「呪いに反抗した、確かに反抗した、だけどね、30……うんん、80%以上は本当につかさに帰ってもらいたかった、これが私の本音よ、
    可笑しいわね、自分で真っ先に賛成したのに、心の中では離れて欲しくなかった……松本さんの言うのにシスコン丸出しだったわね」
つかさ「お姉ちゃん……」
かがみ「つかさは私の言うことに全く動じなかった……今思えば恥かしい……もっと他に方法は無かったのかしらね」
つかさ「でも、呪いを隠し続けながら今まで私を帰そうとした、どれだけ苦しかったか想像もできないよ」
お姉ちゃんはまた景色を見た。
つかさ「……ひろしって人を恨んでるの?」
聞くまでも無い事を聞いてしまった。
かがみ「こなたから聞いた、あの人ひろしって名前らしいわね……」
それ以上何も言わなかった。もしかしてこなちゃんは私がひろしさんを好きって言っちゃったのかな。私もそれ以上聞かなかった。
お姉ちゃんは私景色を見るのを止めて私を見た。
かがみ「松本さんを巻き込んだのはまずかったわ、あの時、形振りは構っていられなかった……今更許してなんて……虫がよすぎるわよね」
お姉ちゃんは呪われていたなんてかえでさんに言えない。それならば。
つかさ「かえでさん、お姉ちゃんが料理を褒めてくれたの、お店を出して初めてだったって、とっても嬉しかったって言っていたよ」
かがみ「え、まさか、以前に店に行ったのを覚えていてくれた?」
つかさ「うん、もう一度美味しいって言ってもらいたいって、もう一回笑顔が見たいって……」
かがみ「バカよ、あれは嘘だったのに……真に受けてどうするのよ……」
お姉ちゃんの目が潤み始めた。
つかさ「呪いが解けたなら……本当の事が言えるよね、私、これから出勤する、お店で待ってるから帰る前にお昼食べに来て、かえでさんには黙っているから」
かがみ「そうね、私自身で解決しないといけないわね……お腹が空いてきた、ここに来てまともに食べていないから……」
つかさ「行こう!」
私達は階段を下りた。神社の入り口の鳥居を潜り、神社を出ると私の車の横にこなちゃんとゆきちゃんが待っていた。
こなた「お二人とも、もう話は決まった?」
つかさ「私は店に行く」
かがみ「旅館に戻って帰る支度よ、お昼にお店で食べてから帰るわ」
こなちゃんとゆきちゃんな頷いた。これで良い、もう一度最初からやり直し。
つかさ「皆車に乗って、目的地は同じだよ!!」
 
 
 お店の駐車場に車を停めた。皆は車を出た。直ぐにこなちゃんが何かに気付いた。
つかさ「どうしたの?」
こなた「いや、普段よりも車の数が多いなって」
辺りを見回すと駐車場に停めてある車の数が確かに多い。まだお昼前で開店していないのに。
つかさ「なんだろう、旅館と共同駐車場だからもしかしたら宿泊客かも……でもこんなに宿泊客が来るなんて聞いてない、朝晩の料理の仕込みがあるから宿泊している人数は
    事前に教えてもらっているはずだけど……」
かがみ「つかさ、私達は旅館に戻るわ」
つかさ「それじゃお昼に……」
とりあえずお店に行こう。
 
 私は店の中に入った。厨房は仕込みが一段落しているみたいでみんな一休みをしていた。
つかさ「おはようございます」
皆は私を見た。特にかえでさんはかなり驚いた様子だった。私はタイムカードを押すとそのまま更衣室に入った。すぐにかえでさんも更衣室に入ってきた。
かえで「どうしたの、帰ったんじゃなかったの、お姉さんと、かがみさんと何かあったの?」
心配そうに私をみている。私は着替えながら話した。
つかさ「私は帰らなくてもよくなったから……心配かけてすみませんでした」
わたしの表情を見てすぐに笑顔に戻った。
かえで「……何があったのかは分らないけど、解決したみたいね……良かったわ……」
つかさ「ありがとう……それより駐車場の車は……」
これ以上お姉ちゃんの話をするとお昼に来るのを言ってしまいそうなので話題を変えた。
かえで「ああ、あれね……急に団体さんが泊まる事になって、地元の猟友会のメンバーね、いつもこの旅館を使用していただいているわ」
つかさ「猟友会……それって狐狩りの、で、でも狐狩りって冬にするって……」
かえで「そういえばつかさはここの狐狩りは初めてよね、いつもはそうだけど、今年は特に増えちゃったみたいで臨時に間引くようね」
この狐狩りで狐と間違えられて何人もお稲荷さんが……
つかさ「間引くって……野菜や果物じゃないよ……」
かえで「……そうね、可愛そうだけど、でも、狐狩りはこの町の伝統なの、それに増え過ぎると農作物に悪影響を与える……この店で使う野菜や果物にも影響がでるわ」
つかさ「そ、それはそうだけど……」
かえで「私も子供の頃はいろいろ疑問に思っていた、天敵の狼が居なくなったから誰かが代わりをしないとならない……悲しいけどこれが現実よ」
この町の人達はお稲荷さんを知らない、どうしよう。
かえで「つかさは優しいわね……」
かえでさんは更衣室を出て行った。
 
 開店してどのくらい経ったか、狐狩りの事で頭がいっぱいで作業が思うようにいかない。今までは仕事中は集中できたのに。チラっと客席を見る。
やっぱりひろしさんは来ていない。来て欲しかった。あれは何かの間違えって言って欲しかった。狐狩りも教えたかった。
でも、来ないって言うことは……やだ、もう考えたくない。
かえで「いらっしゃ……」
かえでさんの声が上擦った。私はかえでさんを見た。そして、かえでさんの目線の先に立っていたのはお姉ちゃんだった。お姉ちゃんはかえでさんに深々と頭を下げた。
かがみ「先日は大変失礼しました……あの時はどうかしていました、もし、許されるならば……入ってもいいでしょうか……」
かえでさんは暫く固まっていた。
つかさ「店長……」
私はそっとかえでさんを呼んだ。かえでさんははっとして我に返った。
かえで「どうぞ……」
かがみ「ありがとう……」
かえでさんは席に案内した。お姉ちゃんの後からこなちゃんとゆきちゃんも入ってきた。お姉ちゃん達はかえでさんの案内した席に座った。かえでさんがメニューを
渡そうとすると。
かがみ「この前のメニューと同じものでいいわ」
こなちゃんとゆきちゃんも頷いた。
かえで「かしこまりました」
かえでさんは厨房に来た。そして私を睨んだ。
かえで「つかさ~、来るなら来るって言いなさい……なぜ出勤してきたのか今分ったわよ……私を驚かすつもりだったのね」
私は頷いた。かえでさんは帽子を被った。
かえで「もう不味いとは言わせない、私が鍋をふるわ……デザートはつかさ、頼むわよ」
つかさ「はい!」
いろいろ心配事はある。だけど今はデザートを作る事だけに集中しよう。
 
 料理が次々とお姉ちゃん達の席に運ばれる。お姉ちゃん達は楽しそうにお喋りをしながら料理を食べていた。私もお姉ちゃん達の会話にまじりたいほど楽しそう。
この前と全然雰囲気が違う。もう感想なんて聞かなくても分る。美味しければ自然に会話は弾むもの。私も自然と作業のペースが上がっていく。
そしていよいよ私のデザートを出す番が来た。
つかさ「もういいかな」
かえで「いいわ、行きなさい」
自ら作ったデザートをお姉ちゃん達の席に持っていった。後からかえでさんが付いてくる。
つかさ「どうぞ、デザートです」
それぞれの席にデザートを置いた。皆は静かにスプーンを下ろして掬って食べた。
こなた「美味しい、学生の時に作ってくれたのとは別物だよ……つかさ」
みゆき「素晴らしいです、他にはない工夫がされていますね」
お姉ちゃんはただ黙って食べていた。かえでさんは帽子を取り私の前に出た。
かえで「いかがでしたか?」
この問いはお姉ちゃんに向けて言っている。そう思った。お姉ちゃんはゆっくりスプーンを置いてかえでさんの方を向いた。
かがみ「美味しかった……前よりもね、つかさもただ甘いだけのデザートじゃない、きっと松本さんに鍛えられたのね」
お姉ちゃんはにっこりと微笑んだ。
かえで「ありがとうございます……」
一礼をするとかえでさんは更衣室の方に行ってしまった。
こなた「あらら、店長さんどうしたのかな」
みゆき「急にどうしたのでしょうか」
つかさ「きっと嬉しすぎて涙がでちゃったと思うよ」
かがみ「大袈裟ね、私は有名な批評家でもなんでもないのよ、私が美味しいって言ったって繁盛するわけじゃないし……」
こなた「そんな事言っているわりには照れているね」
かがみ「そんな事ないわよ……」
つかさ「私も褒めてくれありがとう……実は私も褒められたのは初めてで……ちょっと……私も……」
みゆき「あらあら……」
ゆきちゃんは慌ててハンカチを私に渡した。そしてそっと肩を貸してくれた。
私は分る。褒められて泣いたんじゃなくてお姉ちゃんの笑顔が嬉しかった。そうだよね。私は暫く仕事を忘れて泣いていた。周りのお客さんが不思議そうに
私を見ているけど。構わずその場で涙をながした。
 
 お姉ちゃん達が会計を終えて店を出て直ぐだった。
かえで「さて、つかさ、これから駅まで見送りしにいきなさい」
つかさ「でもまだ私は仕事が……」
かえで「何言っているの、今日は休みのはずだったでしょう、お姉さんと友達を送ってあげなさい、電車が出るのは当分先のはずよ……私だったらそのまま飛び出して行くわよ」
つかさ「あ、ありがとうございます」
私は更衣室に向かった。
 
 駅に着き入場券を買って駅の構内に入った。お姉ちゃん達は電車を来るのを待っていた。私は手を振った。
つかさ「おーい」
お姉ちゃん達も手を振って答えた。私は駆け寄った。
こなた「見送りなんていいのに……」
つかさ「でも……次に会えるの、いつになるか分らないし……」
かがみ「年末年始は帰ってくるでしょうね……」
つかさ「もちろんそのつもりだけど」
みゆき「長い時間ですね、名残惜しいです……」
こなた「まぁ、その前に就活があるけね~」
かがみ「こなたかからそんな言葉が聞けるとは思わなかった」
私達は笑った。
良かった……元に戻った……私達はこうでないとね。
こなた「……それより、つかさが帰りたいって言わないのが不思議でしょうがないよ、ホームシックにはならかったの?」
つかさ「毎日が夢中でそんなの考えていられなかった……だけどお姉ちゃんが帰るように言ってから……」
こなた「あらら、かがみが望郷心煽っちゃった……」
かがみ「そうね、それは認める……でもね、呪われて居なくとも何らかのアプローチはしていたかも……私もまだまだ子供だったってことよ」
つかさ「お姉ちゃん……」
お姉ちゃんが皆の前でこんな事を話すなんて。
かがみ「つかさが居なくなって家も少し変わったわ……何かが足りないってね、帰って欲しいのは私だけじゃないわよ」
みゆき「かがみさん……もうそのくらいにしませんと、つかささんが辛くなってしまいます……いいえ、私も辛くなってしまいます」
普段ならこんな時はこなちゃんの冗談が飛び出すはずだけど、こなちゃんも俯いてしまって何も言ってこない。
かがみ「はい」
お姉ちゃんはポケットからお守りを取り出し私に差し出した。私はそれを受け取った。これはパワースポットの石が入ったお守りだった。
かがみ「もう私には必要ないもの、返しておくわ」
つかさ「返すって、この石は私が持ってきたものじゃないよ」
みゆき「それはひろしさんが持ってきた物……」
こなた「さん付けしなくていいよ、あんな奴……思い出したくもない」
急にこなちゃんが怒り出した。そういえばこなちゃんは最初からひろしさんを疑っていた。
つかさ「私達とお稲荷さん……仲良くなれないのかな」
こなた「まだそんな事いっている、かがみを呪って殺そうとまでしたんだ、つかさだっていい様に使われて下手したら殺されていた……許せないよ」
かがみ「これが一般的な反応だ、つかさ、あんたはそれでもひろしが好きなのか……」
つかさ「う、うん」
かがみ「辛いわよ……」
お姉ちゃんは鞄を取ってホームに並んだ。
つかさ「辛い……」
みゆき「人と人でも分り合うのは難しい、ましては人ではない者と……そう言いたいのではないでしょうか」
ゆきちゃんも荷物を持ってホームに並んだ。
こなた「家はここより人口が多いからあいつはそう簡単にかがみに手をだせないと思うけど、私はつかさが心配だよ、ずっと一緒には居られないし」
つかさ「私、もうとっくに死んでいたかもしれなかった、だけど生きている」
こなた「真奈美さんが居たからね、今度はつかさ一人だけだよ……いっその事一緒に帰ったら?」
つかさ「お稲荷さんは人に化けられるよ、人が多い町の方が危ないかもしれない」
こなちゃんは驚いた顔をした。
こなた「つかさらしからぬ鋭い考えだ、ごもっとも……」
こなちゃんも荷物を持ってホームに並んだ。アナウンスと共に電車がホームに入ってきた。電車は止まるとドアが開いた。発車までにはまだ少し時間がある。
お姉ちゃん達は電車に乗り込んだ。荷物を椅子の下に置くとこなちゃんがドアまで出てきた。
こなた「かがみは……柊家は私が守るから安心して」
お姉ちゃんもやってきた。
かがみ「こなた、その言い方はやめろ」
こなた「なんで、現に守れるのは私しかいないじゃん」
かがみ「それは男性が女性に言う言葉だ、それに……ひろしが去ってすぐにへたり込んだくせに」
こなた「あれは敵を油断させて……」
かがみ「敵が逃げているのに油断も隙もないだろう」
こなた「つかさ~かがみを何とかして~」
つかさ「ふふふ」
久しぶりに聞いた。お姉ちゃんとこなちゃんの言い合い……
こなた「それそれ、その笑顔……ここに来て一番良い笑顔だよ」
みゆき「笑顔でお別れ……また再会へのいいお土産になります……」
かがみ「そうね……」
発車のベルが鳴った。お姉ちゃんは私の手を握った。
かがみ「つかさが決めたのなら貫きなさい、これからどんな辛くて苦しい事があっても、それが正しいと信じるなら……」
つかさ「え……それって、どうゆうこと?」
ドアが閉まった。握っていた手が自然に離れた。ドア越しにお姉ちゃん達が手を振っている。私も手を振って答えた。電車はゆっくりと動き出した。
もうお姉ちゃん達の姿は見えない。だけど私は手を振った。そして電車が見えなくなっても手を振って見送った。
お姉ちゃんの最後の言葉が心に残った。
 
 
三部 <告白>
 
 
 三日後、旅館に宿泊している猟友会の人達の狐狩りの準備を終え、明日から狩が始まると聞いた。狩を止めさせたい。本当の事を言っても多分信じてもらえない。
どうすればいいのか全く分らない。
かえで「今日も来ないわね……つかさ、喧嘩でもしたの?」
あれからひろしさんは店に来ていない。喧嘩……喧嘩なら仲直りもできる。
来ない。何故……彼は、ひろしさんはお姉ちゃんに呪いをかけて私を神社に連れて来させて……
私の目の前でお姉ちゃんを……その後は私も殺すつもりだった。こなちゃんはそう言っていた。でも、お姉ちゃんは否定も肯定もしていない。ゆきちゃんはこなちゃんと同意見。
直接聞きたい。なぜ来てくれないの……狐狩りがあるからと信じたい。
かえで「……ごめん、二人の事は二人でないと分らないわね、差し出がましかった……」
はっと我に返った。
つかさ「あ、す、すみません、ぼーっとしちゃって、仕込みはもう終わりましたから……」
かえで「……私はそんな事聞いていないわ……ちょっと、大丈夫……」
つかさ「は、はい……大丈夫です」
かえで「煮え切らない返事ね……公私混同は……と言いたいが、恋愛問題ともなると、そう言ってもいられないわね……時には一生を左右する決断をしなければならい事もある」
つかさ「かえでさんはそんな決断をした事あるのですか……」
透かさず聞いたせいなのか、かえでさんは言葉に詰まってしまったよう。暫く黙っていた。
かえで「私はそこまで恋愛を真剣にしていない、例え真剣だったとしてもつかさの助言にはならいと思うわ、それぞれの立場があるしね、
それに絶対にこうしないといけないと言うセオリーも無い、正しかったのか、間違っていたのか、それすらも分らない、それ故に悩み苦しむ……そんなところかしら……
    ごめんなさい、そんなのはつかさだって分かっているわね……情けない、私って料理以外は全くダメね……恋愛すら語れないなんて」
かえでさんは苦笑いをした。
つかさ「いいえ、そんな事はないです……ありがとうございます……」
私自身で解決方法見つけないといけないって事なのかな……
 
 夕方の仕込みが終わり、夜の開店準備をしていた。かえでさんが旅館の方から店に入ってきた。そして私達スタッフを招集した。
かえで「集まってもらったのは明日から二日間、このレストランと旅館は臨時休業にする事をきめた……理由は旅館の温泉を汲んでいるポンプが故障したから、
    知っての通り、この旅館は温泉が目玉、その温泉が出ないのであれば、冬に備えて思い切って休む事になった、このレストランも温泉を利用している以上
    同調することになった……このレストランが開店して以来、大きな休暇は与えていなかった、たった二日とは言え、有意義な休日を過ごしてもらいたい」
降って湧いたような臨時休暇……二日間か、長いような短いような……実家に帰ってもいいかな……
かえで「何か質問は
私達を見回すかえでさん。そうだ、思い出した。旅館に泊まっている団体が居た。
つかさ「旅館に泊まっていた猟友会の人達はどうなるの?」
かえで「猟友会は明日から現地でキャンプをして狩をするそうよ、もうチェックアウトした、たまたまこの二日間の予約が少ないのも休館にした理由の一つ……他に質問は?」
皆は黙っている。心なしか皆の顔が嬉しそうに見えた。このレストラン、旅館も二日も休むのはそうは無い。
かえで「それでは開店準備……続けるわよ」
私達はそれぞれの持ち場に戻った。
 
 次の日……私は実家に帰るのを止めた。お姉ちゃん達とは会ったばかり、確かにお父さん達にも会いたかった。だけどなにより狐狩りが気になって仕方が無かった。
かえでさんの話では狐狩りといっても狩の対象は狐だけじゃない、猪とか鹿、熊も狩るとは言っていた。
今まで狐に間違えられて何人のお稲荷さんが死んだのかな。そう思うとこの町を出る気にはなれなかった。
 
 ニホンオオカミ、日本の九州、四国、本州に生息していたオオカミの一種、西暦1905年、明治38年に絶滅した……
オオカミが居なくなってしまって生態系が大きく崩れて鹿などが大繁殖、農作物を荒らして大被害を与えた。そして絶滅したオオカミに代わって人間が
定期的に狩って数を調整する必要が出た。
ニホンオオカミの絶滅の原因……狂犬病等の家畜伝染病、人的な駆除、開発による餌の減少……
百年以上前に絶滅したオオカミ……これって私達人間が原因じゃない、お稲荷さんが私達を恨むのはこれが根底にあるのかもしれない。
本を捲ると絶滅してしまった動植物の名前が次々と出てきた。その殆どは人間が原因だった。そしてその数に驚いた。
 
 私は町の図書館に居た。図書館……調理師の勉強をする時に利用してから全く行っていない。もちろんこの町の図書館も始めて。普段からそんなに本なんか読まない。
高校時代なんて図書室はもっぱらお喋りの場だった。高校時代か、卒業して三年も経っているなんて……ゆたかちゃん達も卒業してしまった……
もうあの学校……校舎、校庭、教室、懐かしいな……
「つかさ、つかさじゃない」
突然だった。聞き覚えのある声、その声の方を向くとかえでさんが立っていた。
つかさ「か、かえでさん、おはようございます」
かえで「おはよう、こんな所で会うなんて奇遇ね」
かえでさんは早速私の読んでいる本を覗き込んだ。
かえで「へぇ~つかさ、自然科学に興味があるの、人の趣味って分らないものね」
つかさ「いえ、別に趣味って訳じゃ……狐狩りの事を調べていたらこれに当たっただけです……」
かえで「そういえば聞いていたわね、狐狩りか……仕事以外の事に興味を持つのは良いわよ、自然科学にしたって全く無縁じゃないわ、料理につかう食材は自然の産物よね」
つかさ「そんな大袈裟では……ただ何となく……」
私はかえでさんが大事そうに両手で抱えている本を覗き込んだ。さっきのお返し。それは料理の専門書だった。
かえで「ああ、これね、コース料理に関しての著書よ、料理の組み合わせって結構難しいの」
かえでさんは私の正面の席に腰を下ろした。そして本を読み始めた。その顔は料理を作っている時のように真剣だった。
休日の図書館でかえでさんと会う確率ってどのくらいだろう。例え私と彼女が図書館に行ったとしても時間帯が違えば出会えないし、時間が同じでも同じ席に
行かないと会えない。そんなのは当たり前だけど……もしかしたら奇跡的な状況なのかもしれない。休日に二人で会うなんて、どちらかは必ず店に出勤しないといけなかった。
でも今はどちらもお休み。こうして二人で図書館に余暇を過ごしている、それも偶然に……今なら話せるかもしれない。お稲荷さんの事。
偶然の神様がそうしろと言っているみたい。
お稲荷さん、特にまなちゃんの話をすればかえでさんは辻さんの自殺を止めなかったまなちゃんを怒ると思っていた。今でもそう思う。
だけどそれは真実。やっぱり話さないといけない。これからの自分の為にも。
つかさ「かえでさん、これから大事なお話をしたいのですが……時間はいいですか」
かえでさんは本を閉じた。
かえで「何、急に改まって、大事な話って何よ?」
つかさ「ちょっと長くなる話なので……」
かえでさんは立ち上がった。
かえで「本を借りる手続きしてくるわ、ここで長話をしたら他人に迷惑よ……エントランスに行きましょう」
かえでさんは受付に向かった。私も受付に向かった。この本を全部読みたくなったから。
エントランスにある休憩用のベンチ、そこに私達は座った。そして私は話した。一人旅で出会った真奈美さんの話、その弟のひろしさんの話を。
 
 始めはただ聞いていただけだった。だけど途中から目を閉じて私の話を聞いた。全て話し終わると涙を流していたような気がした。
かえで「何故もっと早く話してくれなかった……でもそれは今だから言えるのかもしれない……私が神社につかさを追った時の貴女の変わり様、
    一回り大きくなって見えた……そんな出来事があったのね……かがみさんの変わり様もつかさの話なら納得できる……」
意外だった。こんなにすんなり私の話を受け入れるなんて……
つかさ「私の話を信じてくれるの……」
かえで「この町には狐の昔話が沢山言い伝えられていてね、私も子供の頃はよくおばあちゃんから聞いたものだわ……」
一番信じてもらえないと思っていた人だったのに……嬉しい誤算だった。
かえで「それでもつかさはひろしを愛しているの?」
つかさ「あ、愛してって……それは大袈裟かな……好きかもしれないけど……」
かえで「そうでなきゃ図書館でその本を読まないでしょう、あんな目に遭っても懲りない、恋は盲目とは良く言ったものね」
かえでさんは呆れるように溜め息をついた。
つかさ「やっぱりかえでさんもこなちゃんと同じなの?」
かえで「……普通に考えればそうなるわね……でも、つかさの気持ちも分からないわけではない、なにせかがみさんは何も言っていないのか、ひろしに口止めされたか、
    真の呪術者に口止めされたか……呪いが解けても言えない何かがあるのかもね」
それが一番気になっていた。お姉ちゃんは呪いの事をほとんど話していない。
かえで「彼はつかさを殺せる機会を何度も逃している、最初につかさに声をかけた時、つかさの家に泊まった時、つかさの車に乗った時、神社で会った時……
    つかさの話を聞いただけで四回もあるわ……本当に彼がつかさを憎むならとっくにつかさはこの世に居ない」
泊まった時私は無防備だった、それはゆきちゃんが言っていた。でもそれ以外は気付かなかった。そう言われるとそうかもしれない。
かえで「彼等の思考は私達人間と違うのかもしれない……つかさにかがみさんの死を見せるのが目的だったのかしら、違う何か深い理由がありそうね……あっ、ベラベラ勝手に
    話してしまって……私の勝手な想像だから参考にしないで」
かえでさんの言う深い理由が知りたい。もしそれがあるなら。
かえで「いいえ、別にいいです……それより真奈美さんの事ですけど……」
かえで「真奈美さん……彼女が浩子の自殺を止めなかったから怒らないのかって?」
つかさ「え、あ、うん……」
私の思っているのを言い当てられてしまった。やっぱりそうだよね……普通はそうなるよね。
かえで「今更怒っても浩子は生き返らない、亡くなっている者に怒ったって空しいだけ、それに彼女はそれを後悔したのでしょ……そう思ってくれたのなら許すわよ……
    彼女は仲間の怒りを鎮める為に自ら犠牲になった……これは真似できないわね、彼女には生きていて欲しかった……」
そう言ってくれると自分の事のように嬉しかった。
つかさ「ありがとう」
かえで「つかさがお礼を言ってどうするのよ」
つかさ「まなちゃんの代わりにお礼を……」
かえで「ふふ、本当に真奈美さんを慕っているわね、ほんの数日の出会いなのに……」
つかさ「かえでさんはまなちゃんより後に出会った、まなちゃんより短い出会いだった、だけどこうして私はこの町に住んでいる」
かえで「私もつかさがこの町に来てくれるとは思わなかった……不思議ね、」
何が切欠で親しくなるのかな、親子や兄弟でも仲が悪い場合だってあるよね。少なくとも会った回数や時間では決まらない。本当に不思議。
かえで「問題は今後よね……こうやって人中に居る限りは安全だけど……」
つかさ「大丈夫です……私、ひろしさんを信じていますから」
かえで「信じる……それを愛って言うのよ」
つかさ「え……」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「まったく……最後に惚気られたわ……その愛が彼に届くと良いわね……」
つかさ「うん」
愛なんて大袈裟だよ……
つかさ「それより狐狩りを止めさせたいけど……どうすれば良いのか分らなくて」
かえでさんは私の持っている本を見た。
かえで「それでその本を読んでいたのか……」
かえでさんは暫く考え込んだ。
かえで「狐狩りは止められないわ、彼らは遊びやレジャーでしている訳じゃない、中には生活がかかっている人もいる、『お稲荷さん』の存在を証明して理解させることは
事は皆無に等しい……つかさの話を聞いた私だって……ひろしと言う男性は何処から見ても人間だった」
つかさ「狼がいないから狐狩りをするようになったって、でも、その狼を滅ぼしたのは人間だよ」
かえで「そうね、それはどうしようもない現実、でもそれを全てつかさに押し付ける彼らのやり方も似たり寄ったりだわ、つかさは人間70億人の中の一人に過ぎない」
話のスケールが大きくなってしまって私は何をしていいのか分らなくなってしまった。
かえで「さてと、まるっきり役に立たない私が出来ることはお昼を奢るくらいかしら、この近くに美味しいパスタ屋さんがあるけど、どう?」
つかさ「え、お昼を……」
かえでさんは立ち上がった。
かえで「他店の味を見るのも勉強よ……なんて言わない、美味しい料理で楽しい会話でもしましょう」
かえでさんはにっこり微笑んだ。
つかさ「はい」
それからのかえでさんは帰るまでお稲荷さんの話をしなかった。良い解決策が無かった。それだけではない。せめて自分と一緒にいる時くらいは人間とお稲荷さんの呪われた
関係なんか忘れていなさい。かえでさんの笑顔と楽しい会話がそう言っているような気がした。
 
 そんな楽しい時間は直ぐに過ぎていった。かえでさんと別れて私は一人車を運転して家に向かっていた。一人で居るとやっぱりひろしさんやお稲荷さんの事で頭が
いっぱいになってしまう。今頃山奥では狐狩りが始まっているに違いない。私じゃ何も出来ない。そんなのは分っている。分っているけど……
あっ!!
歩道を歩いている四足動物の陰、犬、猫……違う、あれは狐だ。狐はすぐに歩道から草むらの中に入っていった。隠れた場所から少し離れて私は車を止めた。
私は辺りを見回した。ここはあのパワースポットの直ぐ近く。もしかしたら……
私はパワースポットに向かった。ゆっくりと岩に近づいた。岩の直ぐ傍に狐が座っている。気が付かないようにもっと近づいた。あの狐は……
まなちゃんとそっくりのあの姿、間違いないひろしさんだ。でもどうして狐の姿で居るのだろう。彼は岩に擦り寄っていた。もっと近づこうとしたら小枝を踏んだみたいだった。
『バキ!!』
折れる音が響いた。彼は音のする私の方を振り向いた。気付かれてしまった。隠れていても意味はない。私は彼の目の前に姿を見せた。すると彼は私に後ろを向けて
立ち去ろうとした。
つかさ「待って、ひろしさん、ひろしさんでしょ?」
彼はピタリと立ち止まり私を見た。間違いない。野生の狐がこんな行動をするはずは無い。間違いなくひろしさんだ。
つかさ「どうしてあんな事を……」
何もせず私を見ているだけだった。もしかしたら彼はまだ狐狩りの事を知らないのかも。
つかさ「それより、その姿でこの町をうろつくのは止めた方がいいよ、狐狩りをやっているから」
『ウー』
彼は牙を見せて唸りだした。眉間にしわをよせて私を睨んでいる。この姿は神社で見た大狐、お頭さんと同じ表情だった。私を襲わんとばかりだった。人間に対する憎しみなのか、
私に対する憎しみなのか。
つかさ「そうだよね、怒るよね、私もどうしていいか分らないよ……でも今までお店に来てくれたよね……また来て欲しかった」
私が一歩近づくと彼は一歩後退した。
つかさ「危ないから森の近くまで送ってあげる」
あれ、彼の身体が小刻みに震えだした。そしてその場に倒れてしまった。
つかさ「ひろしさん!」
私が近づいても彼は倒れたままだった。よく見てみると右の後ろ足から血が出ていた。慌ててハンカチを出して血を拭った。傷が丸くなっていて足を貫通しているみたいだった。
これってもしかして銃で……まさか狐狩りに遭ってしまった。まだ傷口から血が出てくる。私はハンカチを破って傷口を押さえて足を縛った。彼を抱きかかえて車に戻った。
彼を隣の席に乗せると車を走らせた。ハンカチから少しずつ血がにじみ出ている。帰ったらちゃんと手当てしないと。そういえば家に救急セットがあった。
 
 駐車場に車を止めると私は荷物と彼を抱えて家に入った。
彼を居間のソファーにそっと寝かすと棚から救急セットを持ってきた。成実さんに教えてもらった応急処置……まだ誰にもしたことはない。しかも相手は狐……
でも躊躇している時間はない。私は教えてもらった通り応急処置を彼に施した。
 
 包帯を巻く数が多すぎたかな。少し足が太くなって見える。巻き方も雑だったかもしれない。でもやれるだけの事はやった。彼はまだ意識が戻らないみたい。
そういえば何でパワースポットに来たのだろう。こんな大怪我でも癒す力があるのかな。お姉ちゃんから石の欠片の入ったお守りを貰ったのを思い出した。
どこにしまったかな……部屋を探した。
あった。お守りを包帯の上に置いてテープで固定した。これだと歩き難いかもしれない。でも血が止まるまでの包帯だから我慢してもらう。
 
 彼の意識が戻ったのは私が夕ご飯の準備をしている時だった。彼はうつ伏せたまま頭を持ち上げてきょろきょろと周りを見ていた。ご飯の準備を止めて居間に移動した。
つかさ「気付いたみたいだね、この前来たから分るでしょ、私の家だよ……」
『ウー!!』
私を見るとまた唸りだした。
つかさ「そんなに力むと傷に障るよ」
彼は唸りを止めて自分の右足を見た。包帯でグルグル巻きになっていて重たそうだった。足を持ち上げてじっと見ていた。
つかさ「初めてだったからゴメンね、血が止まればもっと軽くできると思うよ」
私の言う事を無視するように彼は猫みたいに丸まって寝てしまった。
つかさ「今、ご飯作っているから……大好きないなり寿司だよ」
彼は全く無反応、丸まったままだった。だけど耳は私の方に向いているのが分った。私はそのまま台所に戻ってご飯の支度の続きをした。
 
つかさ「はい、ご飯が出来たよ」
お皿に数個のいなり寿司を彼の目の前に置いた。彼はチラっとお皿を見るとまた丸まってしまった。
つかさ「お腹が空いているでしょ……毒なんか入っていないよ」
全く食べようとしない。それならば、寿司を一個手にとって食べて見せた。
つかさ「わぁ~美味しい~自分でつくったのもなんだけど、今までの中で一番の出来だよ……」
『ゴク』
彼の喉から生唾を飲み込む音がした。食欲はあるみたい、ちょっと安心した。私はそのままそっと居間を出て自分の部屋に戻った。
大怪我すると人間に化けられない。まなちゃんがそうだった。あんな怪我で人間に化けていたから弱ってしまった。彼も足に大怪我しているから人間に化けられない。
あのまま放っておいたらいくらパワースポットのあの岩でも癒しきれないよ。野犬とかに襲われたらきっと死んでしまう。やっぱり連れてきて良かった。
明日も休みだから看病できるけど、明後日からどうしようかな。彼一人でお留守番になるけど、食事とおトイレだけ出来るようにすれば何とかなるかな。
今の彼は話すことは出来ないけど私の話は理解出来るみたいだから話してみよう。
30分位して居間に行ってみた。
彼はソファーに丸まって眠っていた。呼吸も落ち着いている。これは起こさない方がいいね。薄い毛布を彼にかけてあげた。気付くとお皿のいなり寿司が綺麗に無くなっていた。
お皿を手に取った。よっぽどお腹が空いていたみたい。私が見ていると食べないのかな。こなちゃんだったら「ツンデレ」って言うに違いない。
男性でもそう言うのかな……
音を立てないようにお皿を片付けた。そして台所から自分の夕食を持って部屋に戻った。
 
 次の日の朝、小鳥のさえずりで目覚めた。大きく背伸びをして起きた。今日はなんか清々しい。着替えて彼の様子を見に行くかな。居間の扉を開けた。
つかさ「おはよう、ひろしさん……」
彼はソファーを下りていた。下を向いている。何をしているのだろう。私は彼に近づいた。
つかさ「傷は痛まないの、まだ安静にしていないと……」
彼は床に本を広げていた。まさか読んでいたのだろうか。よく見ると昨日図書館で借りていた本だった。
つかさ「本を広げて、文字読めるの?」
『フン!!』
馬鹿にするなと言いたげな息遣いで返された。彼は前足で猫みたいに引っ掻いて頁を捲ろうとしているけどなかなかうまく捲れないみたいだった。その仕草が可愛く見えた。
私は彼のすぐ後ろに近づき本を一枚捲ってあげた。彼は食い入るように本を見ている。彼の目は文字を追っている。読んでいるみたいだった。
私も内容を読んでいると……丁度読み終えた所、オオカミが絶滅した頁だった。
つかさ「私も一緒に読んでいいかな……」
彼は少し移動してスペースを空けてくれた。私は彼の隣に座り本を読んだ。
本の内容は数々の種を絶滅に追いやった人類がいずれ同じ道をたどるだろうと警告をして終わっていた。
特に印象にのこったのは、昔、北アメリカに生息していたリョコウバト、彼らは当時数十億羽居たとされていたけど百年も経たないうちに乱獲によって絶滅してしまった。
あまりに呆気なく、弱い……生命ってこんなに脆いのかと思うほどだった。
 
 滅ぼす者と滅ぼされる者、一緒に同じ本を読んでお互いに何を感じているのだろう。私は少なくとも彼等、お稲荷さんを滅ぼそうなんて思っていない。猟友会の人達だって
そうだよ。でも、リョウコウバトを狩っていた人達も同じように絶滅するなんて思っていなかった。でも気付いた時にはもう遅い……
私が本と閉じると彼は床に丸まって寝てしまった。
つかさ「ひろしさん……私達はどうすればいいのかな……」
彼は耳だけ動かしていただけだった。
気付くともうお昼近くになっていた。
つかさ「本に夢中になり過ぎた、お昼作るから待ってね」
私は台所に向かった。
 
つかさ「今日はパスタにしてみたよ……食べられるかな……」
トマトソースのスパゲッティ、彼が狐だったのをすっかり忘れていた。麺類は食べてくれるかな……彼の目の前に料理を置いた。彼はゆっくりと起き上がると匂いを嗅いだ。
そして器用に数本咥えるとスルスルと吸い込んだ。
つかさ「ふふ、今度は直ぐに食べてくれた」
私の問い掛けに反応せず黙々と食べていた。
つかさ「昨日、かえでさんと行ったパスタ屋さんで食べた物を真似たの、味はどう……私の店のメニューに加えてもいいかな、かえでさんと比べてどう?」
彼の食べる速度はどんどん上がっている。感想は聞けないけど彼の食べている姿を見ていると不味くはないみたいだった。私も彼の隣で同じパスタを食べた。
食べ終わるとまた同じように丸くなって寝てしまった。なんか同じ反応でちょっとイライラしてきた。
つかさ「唸らなくなったけど、まだ、私が憎い?」
彼は私を睨みつけた。眉間にしわを寄せて今にも唸りそうだった。
つかさ「私が人間だから、それとも、まなちゃんが私の代わりに亡くなったから……どっちなの?」
眉間のしわがとれて睨むだけになった。
つかさ「私が人間なのはどうすることも出来ない、だけどまなちゃんが亡くなったのは私のせいじゃないよ……まなちゃんが亡くなって悲しいのは私も同じだよ、
今だって思い出すと涙が……それだけは言いたかったから……」
私はパスタのお皿を台所に持って行った。そしてそのまま片付け始めた。あんな事いうつもりはなかった。あれじゃ余計に怒ってしまうかもしれない。
なんであんな事言っちゃったのかな。ああ、もうダメかもしれない。やっぱりお稲荷さんと理解し合うなんてできないよ。お姉ちゃんが言った辛いだけってこの事なのかも。
『ガタ!!』
何かが落ちる音がした。居間の方からだった。あきらさんがソファーから落ちたのかもしれない。台所から居間を覗いた。彼は床に伏せていた。身体全体が震えている。
傷口が開いてしまったのかな……違う、足は伸ばしたままで痛そうに見えない。顔を床に押し付けて顔を隠しているみたい……まさか、泣いているのかな。
人が泣いている姿に似ている。
まなちゃんを思い出しているのかもしれない。私がまなちゃんの事言ったから、思い出しちゃったかな。
ひろしさんはやっぱりまなちゃんを慕ってる。弟さんだから……
お姉ちゃんが亡くなったら私もあんな風になるかもしれない。私の場合三人もいるけど……何だろう……まだ皆生きているのに涙が出てきた。また会いたくなってしまった。
私も身体を震わせて泣いてしまった。
 
 
かえで「……これはこの前のパスタ屋さんの……」
つかさ「そうだよ、ちょっとアレンジしてみたけど……うちの店ってまだパスタが無かったから、新メニューにと思って……」
お昼を少し過ぎた頃、賄いで作ったスパゲッティ、もちろんかえでさんには初めて食べてもらった。彼女の反応を待った。
かえで「……美味しい、確かに美味しいけど、うちの店では出せないわ」
つかさ「え、どうして、美味しいって言ったのに……」
かえで「これじゃあの店の味だって分ってしまう、はっきり言えば向こうの店の方が味は上よ」
自信はあった。だけどアレンジしたとは言っても所詮真似をしたのは変わらない。難しいな……
かえで「たった一回行っただけであの味を理解する所は流石だわ、もう少し研究が必要ね」
かえでさんは綺麗にパスタを食べた。私はその皿を持って厨房に戻った。そして、しばらくするとかえでさんが来た。
かえで「つかさ、最近積極的ね……何かいい事でもあったの?」
つかさ「べ、別にいい事なんか……」
かえで「相変わらず彼氏は来ていないみたいだけど……それとは関係なさそうね」
ひろしさんが家にいる事はかえでさんにはまだ話していない。話せば多分反対するような気がしたから。
もう怪我の彼を家に連れてきてから一週間が経った。最近になって彼はもう唸ったりはしなくなった。
包帯も素直に取り替えさせてくれるし、ご飯も美味しそうに食べるようになった。でも、相変わらずすぐ丸まって寝てしまう。
足を怪我しているのを考えればそれしかする事ないので仕方がない。足の怪我はだいぶ良くなった。でも何かおかしい、血は止まったけど傷口が全然小さくならない。
銃弾の傷だから治りが遅いのかな。人間とお稲荷さんとでは治る早さが違うのか。少し心配だな。
かえで「もう少しで狩りの期間は終わるわね、その後は注意しなさい、何なら私が家まで送っても良いわよ」
つかさ「あ、大丈夫ですよ、もう家に、あぇ、あ……なんでもないです」
かえで「なに、噛んでるのよ」
危ない、危ない、もう少しで言ってしまう所だった。
つかさ「心配しなくても大丈夫です」
かえで「……つかさが大丈夫でもね、私は家族から大事な娘、妹、を預かっている責任があるのよ」
つかさ「本当に大丈夫ですから」
かえで「どこからそんな自信がでてくるのか……意外と強情な所があるわね、かがみさんの妹ってことか……」
呆れるかえでさんだった。こうしてあっと言う間の一日が過ぎていった。
 
つかさ「お先に失礼します……」
スタッフ「お疲れ様」
一日の仕事を終え、更衣室で着替えている時だった。かえでさんが部屋に入ってきた。
かえで「つかさ、お昼の賄い料理……あれは他人に出すのは私達が初めてではないでしょ?」
つかさ「え、初めてじゃないって……」
かえで「料理は他人に食べてもらって味が変わっていくものよ、あのパスタの味はつかさの味付けとは違っていた」
つかさ「い、いろいろアレンジしたから……」
かえで「誰かに食べさせているでしょ……つかさは一人暮らしのはずだったわね、誰かと同居でもしているの?」
かえでさんはじっと私を見ていた。
つかさ「えっと、だ、誰も居ないよ……」
かえで「つかさ、私の目を見て答えなさい」
まさか、ひろしさんと一緒に居るのがバレてしまった。そんな筈はない。誰にも話していないし、見られてもいないのに。
何故かかえでさんの目を見て答えられなかった。
かえで「まさかとは思ったけど、同棲していたなんて」
私はかえでさんの目を見て話した。
つかさ「ど、同棲なんて、怪我をしていたから、歩けそうになかったし、彼は人間には化けられないから同棲じゃない……」
かえでさんは溜め息をついた。
かえで「ふぅ、やっぱり」
つかさ「え?」
しまった。と思った時には遅かった。いつの間にか本当の事を話してしまった。
かえで「つかさ、彼のした事を忘れた訳じゃないでしょ」
何も言えない。そんな私を諭すように話し始めた。
かえで「彼らと理解し合うなんて妄想はもう捨てなさい、コソコソ隠れて住んでいる必要があるのよ、分ってもらいたいのなら堂々と表に出て主張すればいい、
    彼等の境遇は自業自得よ、彼にいたってはかがみさんを苦しめて、つかさを殺そうとしたのよ、逆恨だわ」
つかさ「彼が狐の姿になっているなら私を殺すなんてできよ、私の方が大きいし力だって……」
かえで「もし、彼が狐と同じ力だったら、首元を牙で噛み付けばすればあっと言う間にあの世行きよ、怪我の完治をまっているだけ」
つかさ「私、信じているだけだから、かえでさんの話が本当でも私の気持ちは変わらないよ、今更彼を追い出すなんてできないよ、そんな事より傷が全然良くならない、
    追い出したらきっと直ぐに死んじゃう……野犬に襲われるかも、狐狩りにまた遭うかもしれない、そんなの……できないよ……」
自然と涙が出ていた。私の目をかえでさんはじっと見ていた。
かえで「……どうやらつかさの気持ちは本物のようね……それが知りたかっただけ、ごめんなさい、もう私は何も言わない……傷、早く治ると良いわね……お疲れ様」
かえでさんは部屋を出た。
 
 家に戻った私は晩御飯の支度をした。相変わらず彼は居間で丸まって寝ていた。食事の支度をほぼ終わるといつもの包帯の交換の時間。
つかさ「食事の前に包帯交換しよう」
彼は包帯の付いた足を私の前に出した。私は包帯を取る。
つかさ「ひろしさん達は何故人間と一緒に住もうとは思わないの、お稲荷様と言われた時代もあったってまなちゃんは言っていたよ、現代でもお稲荷さんの術は役に立つと
    思うけど……それに狐狩りで撃たれる事もなくなるし……良いと思わない?」
彼は寝たまま何も反応しない。だけど耳は私の方を向いている。聞いているのは分った。私はそのまま話し続けた。
つかさ「私ね、オオカミに化けてね、鹿とか、猪を狩ってみたらどうかなって思ってる、滅びたオオカミが復活すれば人間だって大事にするし、狐狩りだってわざわざしないで
    済むよね……ねぇ、聞いているんでしょ、どうかな?」
『フッフッフッ!!』
荒い息づかいと共に彼の身体が小刻みに揺れている。前足をバンバン床に何度も叩きつけていた。すぐに分った。彼は笑っている。
つかさ「あー、笑ってる……私これでも一週間ずっと考えていた事なのに……」
付け焼刃の考えじゃ笑われてもしょうがないか。ゆきちゃんならどんな考えをするかな……
『バリバリ』
包帯が傷口から剥がれる音がした。
『キャン!!』
彼が痛そうに足を引っ込めた。
つかさ「ご、ごめん、ごめん、もう痛くしないから」
足を見ると傷口から膿が出ていた。今まで膿なんか出ていなかった。包帯が傷にへばり付いていたのは膿のせいだ。脱脂綿で膿を綺麗にふき取って包帯を巻き直した。
つかさ「傷口が悪化しているよ……私は素人だからこんな事しか出来ない、獣医さんに見てもらうのはダメかな?」
彼は首を横に振った。
つかさ「それじゃ、化膿止めのお薬買ってくる」
私が立ち上がると彼は靴下を噛んで止めた。
つかさ「何で、このままだとバイ菌が入って病気になっちゃうよ」
彼は靴下を咥えたまま何度も首を横に振って断った。
つかさ「どうして、せっかく治療してもこのままだと意味がないよ、もうまなちゃんみたいに見ているだけなんて、やだ」
彼は口を放してくれた。
つかさ「ご飯は薬を買ってきてからね」
 
 薬も飲んだ。パワーストーンの力もある。だけど傷は膿み、腫れていく。食事はしているけどどんどん体が細くなっていった。このままだとひろしさんは死んでしまう。
きっとお稲荷さん本人なら治療法は知っている。そう思った私は彼との会話方法を考えた。
つかさ「ひろしさん、これを見てくれる?」
一枚の紙を彼の目の前に出した。そこには平仮名五十音が書いてある。真ん中には、はいといいえ、端には数字……こっくりさんをイメージして書いた。
つかさ「この紙で私の質問に答えて」
彼は暫く紙を見ると前足をゆっくりだして『はい』と書いてある文字の上に置いた。よかった、意味を理解してくれた。
つかさ「傷を治したいの、ひろしさんなら知っているよね、治療方法」
彼の前足はゆっくり『いいえ』の上に動いた。知らない……どうすればいいのか分らない。するとひろしさんは勝手に前足を動かし始めた。私は彼の足を目で追った。
『つ・か・さ・が・に・く・い・こ・ろ・し・て・や・る』
動かし終わると前足を引いてしまった。
つかさ「そんなのはもうとっくに知っているよ、それだったら何でもっと元気なときにしなかったの、いくらでもチャンスはあってでしょ、かえでさんが言っていたよ、
    その牙があれば私を噛み殺せるって、私を殺したいのならまず元気になってよ」
彼は私の顔をしばらく見てからゆっくりと前足を紙の上に動かした。
「よもぎ」「おおば」「どくだみ」「とかげのしっぽ」と動かした。
つかさ「これだけ用意すればいいの?」
彼の前足は「はい」の上だった。
つかさ「最初の三つは野草だよね……四つ目の「とかげのしっぽ」って何、トカゲならなんでもいいの?」
彼の前足は「はい」のまま動かない。
つかさ「トカゲなんて何処に居るの……気持ち悪いし……噛むでしょ……」
彼はまたうつ伏せになってしまった。自分で何とかしろと言っているみたいだった。
 
かえで「トカゲが何処に居るかって……なんでトカゲなんか……」
つかさ「トカゲの尻尾が欲しくて……」
目を大きくして驚くかえでさん。次の日、私は店に出勤するなり一番にかえでさんに聞いた。
かえで「トカゲの尻尾なんて何に使うのよ……」
つかさ「え、漢方で使う……」
かえでさんは察したのか尻尾の質問はしなくなった。
かえで「この店と旅館の間にある石の隙間に居たかな……掃除すると必ず数匹は出てくるわよ、すばしっこいから捕まえるのは大変よ、もっとも尻尾だけが欲しいのなら
    尻尾を掴めばしっぽが取れるから……」
つかさ「え、と、取れちゃうの」
かえで「そうよ、取れるとウネウネ動いて尻尾に気を取られた隙に本体が逃げるって訳」
つかさ「ウネウネ……」
かえで「あらあら、まだ見ても居ないのに尻込みしちゃって……」
笑いながらかえでさんは話している。
かえで「生魚やイカ、蛸だと思っていれば掴めるわよ、トカゲは歯が無いから噛まれても痛くないわ……頑張って!!」
つかさ「うん、頑張る……」
かえでさん笑っていたけど、トカゲを掴んだ事あるのかな……イカやタコが生きているものをさばいた事なんてない。
 
 かえでさんの言われた店と旅館の間にある石……小石、大きな石がゴロゴロと沢山あった。一体どれがトカゲの出る石なのだろう。とりあえず掃除をしよう。
ほうきで地面を掃きだした。10分くらい経っただろうか。石の陰からカサカサと何かが出てきた。四本足で身体がキラキラと光っているトカゲだ。
私と目が合うと一目散に逃げ出した。ほうきで叩けば捕まえられそうだけどトカゲが死んでしまう。やっぱり手で捕まえるしかない。私も小走りでトカゲを追いかけた。
射程距離に入った。このまま屈んで捕まえよう
つかさ「えい!!」
目を閉じ、全体重をかけてトカゲ目掛けて両手を出した。
『バン』
地面と手が当たる音がした。恐る恐る目を開けた。右手の人差し指にトカゲの尻尾が挟まっていた。トカゲは逃げようと必死に足をバタバタさせている。
トカゲが引っ張るので尻尾がピーンと張っている。そのうちポロリと音も無く尻尾が取れた。その時、尻尾が突然暴れだした。私は思わず手を引いた。
尻尾がクネクネと動いている……気持ち悪くて取る事が出来なかった。気付くとトカゲは何処かに逃げてしまった。
暫くすると尻尾は動かなくなった。ゆっくりと指でツンツンしてみた。またウネウネと動き出す……そんな事を数回繰り返した。
動かなくなった尻尾を袋に入れて店に戻った。
ヨモギ、オオバ、ドクダミは店の空き地に生えているので直ぐに手に入った。
 
 本当にこんな物で彼は元気になるのだろうか。でも元気になったら私は……
彼は本気で私を殺すのかな。だったら何で今まで何もしなかったのだろうか。怪我の治療をしているから。それしか考えられない。私が死んだら怪我の治療は誰も出来ないから。
私のやっている事って自殺行為なのかもしれない。はっきりと私が憎いって言われちゃったし……
今なら彼は弱っている。そのまま外に放り出してしまっても彼は抵抗できない……そうすれば私は殺されずにすむよね……
バカバカ何を考えているの。そんな事をしたら私が彼を殺してしまうようなもの。私は彼を憎んでいない。
旅館でお姉ちゃんを助けてくれた。あれは嘘や演技じゃ出来ない。そうだよ、私はそう感じた。誰がなんて言われようとそう思った。正しいと思ったから……
かえで「つかさ、もう時間よ……」
ハッと気が付き時計を見ると私の勤務時間は過ぎていた。
つかさ「あ、もうこんな時間……」
かえで「早く帰って漢方を処方するのでしょ」
つかさ「薬の作り方は全く分らない、彼が教えてくれると思う」
かえで「どうやって話すのよ、狐の姿だと喋られないって……」
つかさ「紙に文字を書いて彼が前足で指すの……こっくりさんって知ってる?」
かえで「こっくり……ああ、あれね、中学の頃やったわ……」
つかさ「それじゃお先に失礼します」
かえで「お疲れ様」
私は急いで更衣室に向かった。
 
 
つかさ「ただいま!!」
家に帰ると早速彼に集めた材料を見せた。彼は重たそうに身体を持ち上げると私の持ってきた材料を嗅ぎ始めた。昨日よりも辛そうだった。
確実に弱ってきている。早くこの薬を完成させないと。私はまだ嗅いでいる彼の前に紙を置いて準備をした。
つかさ「言われた物を集めたよ、次はどうするの?」
嗅ぐのを止めると彼は紙の文字を前足で指し示した。
『お・ゆ・を・わ・か・す』
つかさ「お湯を沸かす……でいいよね」
彼の前足は『はい』を指した。
薬の処方……お湯を沸かしたり、材料を刻んだり、煮たり、炒めたり……普段からしている料理とあまり変わりはなかった。私は慣れた作業を彼の紙の指示通りこなした。
一時間も掛からないうちに鍋にドロドロとした液体が完成した。湿布薬なのかな。
つかさ「出来たよ、これを布につけて患部に貼るの?」
彼は紙に前足を出した。
『つ・ち・の・な・か・に・う・め・て・ひ・や・く・ね・ん・お・く』
つかさ「……つちのなかに……ひやくねん……土の中に埋めて百年置く……」
彼の前足は『はい』を指した。
つかさ「百年……ちょっと百年って、ひろしさんの傷はそんな軽いものじゃないよ、もう今にでもちゃんとした治療しないといけないの……分っているの」
彼の前足は『はい』を指した。
つかさ「もしかして、最初から私を騙してこんな時間の掛かる薬を作らせたの……」
彼の前足は『はい』を指した。
つかさ「このままじゃひろしさん死んじゃうよ……そんなのダメだよ、どうして、どうして素直にならないの」
『お・れ・に・か・ま・う・な』
つかさ「……そんな、助かりたくないの、私、ひろしさんが元気になったら話したい事があるの、だからもっと違う方法教えて」
彼の前足が『いいえ』を指そうとした時だった。そのまま倒れこんでしまった。
つかさ「ひろしさん!!」
彼の身体を触った。
つかさ「熱い……」
燃えるような熱さだった。彼は高熱になっていた。私は冷蔵庫から氷枕を取り出して彼の頭の下に置いた。
つかさ「これじゃ……まなちゃんと同じだよ……」
彼の前足が紙の方に伸びたけど届きそうになかった。私は紙を彼の前足の届く所まで持ち上げた。
『か・え・り・た・い』
帰りたい……彼はもう死を覚悟したのかもしれない。帰る所、私には一箇所しか思い当たらなかった。
つかさ「帰りたい場所って、神社の事を言っているの」
『フゥ~』
彼の前足は『はい』を指す元気もなく床に落ちた。私に出来る事は彼を神社に送り届ける……それしか出来ないなんて。
 
 私は車を運転している。目的地は、神社。家で彼の治療を続けたい。普段の私ならきっと続けている。でも私は彼を車に乗せて神社に向かっていた。
何故って……彼がそれを望んだから。それもあるけど、もしかしたら、仲間のお稲荷さんがあの神社に戻って来てくれているかもしれない。もしからしたら
助けてくれるかもしれない。それが私の最後の希望だった。
 
 神社の入り口近くに車を止めると彼を抱きかかえて降りた。彼は毛布に包めて頭には氷袋を付けた。まだ暑いというのに彼はブルブルと震えている。
きっと高熱のせいだ。懐中電灯を照らしながら神社の階段を登った。本当なら稲荷すしを持っていく筈だった。だけど寿司を作る時間がない。
もう何回この階段を登ったかな。殆ど一人で登った。この前のこなちゃん達と登ったのが遠い過去のように感じる。
こなちゃんやゆきちゃんは最後に彼を嫌っていたけど、お姉ちゃんは違っていたような気がする。呪われた本人なのに。理由を聞けなかった。
今、こうして彼と神社に向かっていると何となくお姉ちゃんの気持ちが分る。お姉ちゃんが彼を許した理由が。だから私は最後まで彼を信じられた。
うんん、まだ最後だって決まったわけじゃない。まだ彼は生きている。生きている限り治ると信じる。
 
 
 神社に着くと、いつものお供えの稲荷すしを置く石の上に彼をそっと置いた。そう、まなちゃんと一緒に座ってお話したのもこの石の上だった。そして、辻さんが
自殺したのもこの石の上……何か運命的な何かを感じる。それともただの偶然かな。
つかさ「ひろしさんの言うように神社に来たよ……」
彼の呼吸が荒くなっている。でも意識はあるみたい。耳を私の方に向けている。懐中電灯で辺りを照らした。静かだった。草も止まって見えるくらいに。
私はありったけの大声で叫んだ。
つかさ「今、ひろしさんが怪我で苦しんでいます、お稲荷さん、助けて!!」
声は闇夜に吸い込まれていく。もう一度。
つかさ「今、ひろしさんが怪我で苦しんでいます、お稲荷さん、助けて!!」
私は何度も叫んだ。お願い。声を届けて。届いて……お願い。ガサガサと木が揺れた。音のする方向に懐中電灯を向けた。バサバサと鳥が飛び出した。
私の声に鳥が目覚めてしまったのかな。お稲荷さんじゃなかった。もう声が枯れそうだ。
『ウー』
彼が短く唸った。私を呼んでいるみたいに聞こえた。叫ぶのを止めて彼の居る石に戻った。
つかさ「どうしたの、私の怒鳴り声で気分が悪くなった?」
何かを言いたそうな顔で私を見ている。紙をもってきて良かった。私は彼の目の前に紙を見せた。懐中電灯で紙を照らす。
『か・え・れ』
私は溜め息を付いた。
つかさ「憎いって言ったり、殺したいって言ったり……今度は帰れ……どうせ動けないから私の好きなようにさせて、このまま仲間のお稲荷さんが来なかったから
    朝一番で獣医さんの所に連れていくから」
私は紙をポケットにしまった。
『ウーウー』
何か言いたいみたいだったけど今紙は出さない。少なくともちゃんと回復するまでは。
 
 あれから何度か叫んでみたけど、全くお稲荷さん達が来る気配は無かった。狐狩りのせいでみんな何処かに逃げてしまった。それしか考えられない。
夜明けも近い、森の入り口が少し明るくなっている。
つかさ「ひろしさん、もう諦めよう、一度家に帰ろう……」
返事がない。
つかさ「ひろしさん?……」
懐中電灯をひろしさんに照らした。ぐったりしていた。
つかさ「ちょっと、冗談はやめて……」
私は彼の体を揺すった。耳がピクリと動いた。でも安心できる状態でないのは直ぐに分った。全身の力が抜け切っている。
彼はゆっくり目を開けると私を見た。もう、何をしても無駄だと言っているように感じた。私もそんな気がしてきた。まなちゃんが亡くなる直前に感じが似ていたから。
元気になったら言おうとしたけど。言うなら今しかないのかもしれない。
つかさ「ひろしさん、私は……」
「何故ここに居る、わざわざ死ぬために戻ってきたのか」
突然、後ろから聞き覚えのある声がした。振り向いて懐中電灯を向けた。そこには人の姿をしたひろしさんが立っていた。
つかさ「ひ、ひろしさん……」
なんでひろしさんがそこに立っているのか理解できない。ここに倒れているのは誰……
人の姿をしたひろしさんは狐の姿のひろしさんに気付いた。
ひろし「た、たかし……」
そう呼ぶと走って近づいた。人の姿のひろしさんは目を閉じて狐の姿のひろしさんの方を向いている。数分位その状態が続いた。
ひろし「そうか……」
『パチン』
人の姿のひろしさんが指を鳴らした。茂みの中から四匹の狐が出てきた。狐の姿だった。そして狐の姿のひろしさんを優しく咥えると、
持ち上げて茂みの中に運んで行ってしまった。
つかさ「な、何なの……」
私は呆然と立ち尽くしていた。
ひろし「もうこの神社には来るな」
つかさ「……意味が分らないよ、あのお稲荷さんは誰だったの、ひろしさんなの、それじゃ貴方は誰なの」
ひろし「知る必要はない……見逃してやると言っている、気が変わらないうちにさっさと立ち去れ」
今までひろしさんだと思っていたけど、あのお稲荷さんはひろしさんじゃなかった……私はなんとなく分ってしまった。
つかさ「たかし……あのお稲荷さんをそう呼んでいたね、私はてっきりひろしさんだと思ってた……彼も否定しなかったし、凄く私を憎んでいたら」
ひろしさんは黙ってしまった。それなら今思っている事を言ってやる。
つかさ「お姉ちゃんに呪いをかけたのは、あのお稲荷さんだったんだね」
ひろし「違う……僕だ」
つかさ「別に私は誰が呪いをかけたなんて気にしていないよ、何でひろしさんが罪をかぶる必要があるの?」
ひろし「うるさい、だったら今殺してやってもいい、僕はお前を憎んでいる」
つかさ「嘘……その言葉、もう一度私の目を見て言ってみて」
私は彼の目を見た。しかし彼は目を合わそうとはしなかった。
つかさ「どうしたの、私は金縛りの術なんて出来ないよ、目を合わせるだけだよ」
私の挑発にも乗らず彼の目は泳いだままだった。
つかさ「嘘や演技はもう沢山、本当の事が聞きたい……ここから追い出すのはそれからでもいいでしょ……」
彼はうな垂れてしまった。このままじゃ話してくれそうにない。
つかさ「さっき、お稲荷さんが4人も来たけど……仲間に会えてよかったね……大きい狐さんは元気なの?」
俯きながら話し始めた。
ひろし「四人……か、僕達を人と数えているのか……そんなのは僕を育ててくれた人間しか知らなかった」
つかさ「うんん、頭の中では匹だったかも……」
頭を持ち上げて私の目を見た。
ひろし「つかさ、人間の世界でよく今まで生きていけたな……そこまで正直に言うなよ……」
彼の顔が緩んだ。私も微笑み返した。
ひろし「何も知らないのか……かがみさんは話さなかったのか……」
つかさ「お姉ちゃん……」
お姉ちゃんは知っていた。何を……
彼は覚悟を決めたように一回大きく深呼吸してから話し出した。
ひろし「つかさが僕と勘違いしていた狐はかがみさんに呪いをかけ、殺そうとした張本人だよ」
つかさ「それより……そのお稲荷さんは助かるの?」
ひろし「呪いをした代償だよ、あの呪いをすると新陳代謝が著しく低下してね……ちょっとした怪我でも命取りになる……それゆえ禁呪となった……
    彼はかなり危険な状態だよ……五分五分って所だ」
つかさ「お願い、助けてあげて……」
ひろし「全力は尽くす……つかさは彼が憎くないのか、姉をあれだけ苦しめて、つかさだって殺そうとした、それは看病していても分っていた筈」
皆同じ事を言う。彼がひろしさんじゃなくても何故か憎めない。
つかさ「彼の名前、たかしさんって言ってたね……でも彼は私を殺さなかった……結局私はこうして生きているよね……
    パワースポットで初めて会った時の彼と、ここに連れてきた彼は違っているような気がする……それが何かは分らない」
ひろし「彼は七十年前の狐狩りで家族を殺されて以来、人間に化けるのをやめた、今やっている狐狩りの期間でも人間に化けようとはしなかった、猟師の的になるのを
    分っていてもね、それほど人間を憎んでいた……彼が暫くこの町を留守にしている間につかさがこの町に来てあの事件が起きた……
    彼は帰ってきて怒り狂った、僕の姉が死んだから……お頭は何度も彼に説得したけど彼の怒りは治まらなかった、彼は皆の反対を押し切って単独で復讐をした、
    つかさに三人の姉が居るのを調べ上げ、その中の双子の姉、かがみさんがこの町に一人で来た事を知った、彼女は帰りにこの神社に寄った、その時に
    彼はかがみさんに呪いをかけた……」
お姉ちゃんが一人でこの町に来たって、私が引っ越す前にかえでさんの店に行った時だ。帰りに神社に寄ってくれた……私の話なんて全く信じなかったのに……
それが裏目にでちゃった。あの時、全てのお稲荷さんが私を許したわけじゃなかった……
つかさ「それでお姉ちゃんはこなちゃんとゆきちゃんを連れてもう一回この町に来た……」
ひろしさんは頷いた。
ひろし「友人を連れて来たのは恐らく怪しまれないようにだと思う、呪われた彼女の立場はとても弱いからな、心の支えも欲しかったに違いない、僕はかがみさんに触れた時、
    呪いの内容を全て知った、つかさとかがみさんがあの神社に行けば呪いは解ける、だけど彼女はそれを拒んでいた、彼女なりにつかさを守りたかったのだろう、
    僕は彼が居ないのを見計らってつかさ達に催眠術を施した、そこでかがみの夢に語りかけて全てを話した、僕が助けるからつかさを神社に連れて来てくれてってね」
つかさ「でも、何で皆に催眠術を?」
ひろし「高良みゆきと泉こなたは呪いに関係ない、危険に曝したくなかった、だからつかさには弱めに催眠術をかけた、起こし易いように……でも彼女は単独で神社に来た、
    思えば夢で話しても信じてもらえる訳はないよな……僕の計画が甘かった……狐狩りが始まるから、またかがみさんに呪いをかけると思って柊家を張っていたが
    まさか、つかさを狙っていたとは思わなかった……銃に撃たれてまで……」
つかさ「家族を失った怒り……」
ひろし「いや、姉さんを失った怒りだよ、彼は姉と婚約をしていた……」
つかさ「え……」
ひろし「つかさに看病されて、一緒に暮らして気付いた、憎むのはつかさでもかがみさんでもなかった、でも怒りだけは消えず苦しんだ……彼がさっきそう言っていた」
まなちゃんは婚約していた。弟さんが居たのもそうだったけど。私は彼女とそこまで深く話した事なかった。お姉ちゃんにも合わせたかった。でも、そんな時間もなかった。
もっといろいろお話をしたかった。そうだったら、ひろしさんや婚約者のたかしさんの話もきっと聞けた。
ひろし「……全て話した、約束通り去ってもらおう」
私に考える余裕も与えずに冷たい一言。
つかさ「この神社はかえでさんのお友達、辻さんの眠る場所……それでも私は来ちゃいけないの、きっとこれからもこの神社に来るよ」
ひろし「……来るのは勝手だが、来ても僕達は居ない、この神社を、町を……去るのだからな」
 
 
朝日が森に射してきた。もう懐中電灯の明かりは周囲の明かりに負けていると言うのに点けて彼を照らしていた。彼は私に背を向けて去ろうとした。
つかさ「待って!!」
彼の足が止まった。
つかさ「何で去る必要があるの、」
彼は止まったまま何もしなかった。
つかさ「狐狩りはずっと昔からしていたよ、何で今頃になって去るの……私達、人と仲良く暮らせないの、隠れていないで表に出て来られないの」
彼はゆっくり振り向いて私を見た。
ひろし「僕達はお稲荷さんだよって、人間達に言うのか……」
つかさ「そ、そうだよ、狐になっている間は私たちが守ってあげる、人になっている間は私たちと少しも変わらない、うんん、色々な魔法だって使えるからきっと活躍できるよ」
ひろし「……つかさはおめでたい奴だな」
懐かしい響き、前にも同じような事を言われた……まなちゃん、やっぱり彼は姉弟だった……。
ひろし「僕達の使っている術を魔法と言うのかい、つかさ達だって色々魔法じみた道具を駆使して繁栄しているじゃないか……でもね、そんなのは僕達から見れば子供だまし、
    僕達の知識の一割も使わないで人間と同じ事が出来る……表に出れば、人間達はその知識を手に入れたがる、やがて争い、滅ぶのさ、僕らの先祖、違う……
    お頭は何度もそれを見てきた、人間だけで争うのは勝手だけど、必ず僕達も巻き込まれるから……一緒には住めない」
つかさ「そ、そんな大袈裟な話じゃなくて……ひろしさんを育ててくれた人はどうするの、きっと悲しむよ……」
彼は上を向いて目を閉じた。
ひろし「……その人はもう……二百年前に亡くなったよ……」
つかさ「……二百……」
ひろし「さて、時間かな、もう会うこともないだろう……」
え、お別れ……いやだ、別れたくない。別れたくない。
つかさ「お頭さんに会えるかな、狐狩りを禁止にするから……」
ひろしさんは笑った。
ひろし「はははは、つかさにそんなのが出来るのかい、大風呂敷を広げたな……それにお頭はこの前の事件の責任を取って引退した……この事件に全く関係のない僕が
    新たなお頭になった……町を去るのは僕の決断だ」
そんな…どうしよう、どうすれば良いの、考えて……つかさ……
つかさ「私……お喋りだからお稲荷さんの話……全部喋っちゃうよ……てか、もう喋ってるし……」
彼の目つきが豹変した。鋭く睨む。
ひろし「何が言いたい……僕の言った程度なら話しても誰も信じまい」
一生に一度の勝負、私は今まで何も出来なかった。だけどどうしてもひろしさんとは別れたくない。
つかさ「うんん、少なくとも私の話した人は皆信じている、いいの、このまま私を帰して……」
ひろし「だから、何が言いたい」
お姉ちゃん、私、決めたよ……やるだけやってみる。
つかさ「真奈美さは自分が旅館に泊まった記憶を女将さんから消した……記憶を消す術ってあるんでしょ……」
ひろし「……それを聞いてどうする……」
つかさ「お稲荷さんの記憶を私から消して……」
ひろし「姉との記憶も含めてか……」
私は頷いた。彼と別れるなら辛いだけ、そんな記憶は悲しいだけ、消せるものなら消したい。もし彼が躊躇ってくれれば……
そのまま記憶を消されても私は彼を忘れられる。
ひろし「……良いだろう、後悔はしないな……する訳もなか、忘れれば全ては無に返る、後からつかさの話した友達や家族の記憶も消さないと辻褄が合わないだろう」
どうしてそんなに簡単に……でもここまでは私だって予想していた。勝負はここからだよ。
つかさ「記憶を消す前に言いたい事があるの、記憶が無くなると言えないでしょ……」
彼は何もしないで立っていた。それを待っている。誰にも言った事のない言葉……私は一回大きく深呼吸をした。
つかさ「私はひろしさんの事が好きです……愛しています……」
 
 言ってしまった。短い言葉だった。でも今の私にはそれが全て。私は石の上に腰を下ろした。
つかさ「……もう、思い残す事はないよ……」
私は目を閉じた。
……
……
ひろし「……なぜそんな事を言う……僕は人じゃない、好きも嫌いもないだろう……記憶が消えればそんな感情も無くなる……バカじゃないのか」
声から動揺しちるのが分った。私は目を閉じたまま待った。
ひろし「……同じだな、以前に出会った人間の女性と……」
女性と出会った。もしかして、もう既に好きは人が居るってこと。私は目を開けた。
つかさ「好きな人が居たの?」
彼は頷いた……この勝負完全に完敗。早い決着だった。
つかさ「……告白したらこの町に留まってくれると思ったけど……好きな人が既に居るなんて……私は……」
俯く私を見て彼は笑った。
ひろし「……その大きな瞳、背の高さ……そうやって早とちりする所なんか全く同じだよ……双子と勘違いするくらいだ……その人は百五十年前に亡くなったよ……」
つかさ「百……え?」
ひろし「僕達の寿命は千年を軽く超える……前のお頭に至っては三千年も生きている……つかさ達は長生きできて百年くらいだ……短い、短すぎる……
    僕達の寿命に比べたらつかさ達はカゲロウだよ」
つかさ「カゲロウ……」
ひろし「僕達は歳を取るにつれて人と関わらなくなる……どんなに友情が芽生えても、好きになっても、あっと言う間に亡くなってしまうからだよ……
    つかさには分るまい、この気持ち……」
もしかして、彼が私を避けようとしているのはそのせい……たけしさんの呪いも彼がした事にすれば私は彼を嫌うと思ったからあんな演技して……
つかさ「ひろしさんはまなちゃんと何年一緒に居たの、百年、二百年……私は彼女と出会って何日一緒に居たか知ってるの……」
ひろし「なに……」
つかさ「彼女と一緒に居られた時間なんて……二日……たった二日だよ……寿命なんて関係ないよ……分るもん……そんなのとっくに知ってる、悲しいのは私だって同じだよ
    なんでそれで好きになっちゃいけないの……」
彼は何も言わずただ私の話を聞いていた。
『ウォー』
茂みから狐が出てきてひろしさんに向かって吠えた。
ひろし「もう時間か……つかさは僕達の事を知りすぎた……それが今後どんな災いを招くか計り知れない、つかさの言うように記憶を消す……それが一番だよ」
つかさ「去っちゃうの?」
ひろし「僕が決めたが、一人で決めた訳じゃない、もう変更は出来ない……お別れだ……目を閉じて」
私の想いは通じなかった……私は目を閉じた。
……
……
……
そういえばまだ彼から返事を聞いていなかった。私は目を開けた。
つかさ「ひろし……さん?」
彼の姿は無かった。私は石の上に座っている……記憶……まなちゃん、ひろしさん、たけしさん……みんな覚えている……記憶……覚えている
記憶は消えていない。何で……消さなかったの……どうして。涙が出てきた……そして泣いた……泣きじゃくった。
日は昇り、森からは蝉時雨が始まった。私と一緒に泣いてくれているような気がした。
 
私は神社を出ると携帯電話をかえでさんにかけた。そして一日休みたいと連絡した。

 

 

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