ID:ilryqbMC0氏:つかさの旅(ページ3)

終章 <愛>

 次の日、朝一番で店に出勤した。昨日は休んだけど結局彼の事が頭から離れられなかった。体を動かせば少しは楽になるかもしれない。
かえで「おはよう」
つかさ「お、おはようございます」
私よりも先にかえでさんは出勤していた。
つかさ「昨日は突然休んじゃってすみません……」
かえで「失恋でもしたかな……浮かない顔しちゃって」
つかさ「え……」
ドキっとした。
かえで「……どうやら図星みたいね、でも、そんな顔はつかさらしくないぞ」
つかさ「でも……」
かえで「昨日のお昼……久々に彼が見えたわよ、つかさは居ないのかってね……彼の怪我は良くなったみたいね、良かったじゃない」
つかさ「昨日、来たのですか」
かえで「お、いい顔になったじゃない、今日、一日その顔でね」
何で来たのだろう、この町を去るって言っていたのに。
かえで「つかさは休みだって言ったら、今日来るって言って帰ったわよ、つかさのデザートが食べたいって」
そういえば私のデザートを食べた彼は不満足だった。
つかさ「この前来た時、彼にダメ出しされちゃったから……」
かえで「そんな報告は受けてなかったわよ、つかさ」
声は怒っていたけど、顔は微笑んでいた。
つかさ「だって……」
かえで「そうね、これはつかさ達の問題ね……何があったか知らないけど、あまり見せ付けないように、他のお客様に不快感を与えます、私にもね」
私の肩をポンと軽く叩くとかえでさんは厨房の方に行ってしまった。
見せ付けるって、イチャイチャなんかしていないし……

 彼はお昼丁度に店に来た。彼は席に座るとデザートだけを注文した。この前のような失敗はしない。落ち着いて、慎重に、気持ちを込めて……
これが最後の来店だと思って作った。出来上がったデザートをかえでさんに渡した。
かえで「つかさが持って行きなさいよ、彼もそれを望んでいるでしょ」
彼とあまり会う気がしなかった。
つかさ「いいです」
かえでさんは私の顔を見て首を傾げた。持って行く素振りをみせなかったのでかえでさんは痺れを切らせてデザートを持っていった。
暫くするとまたかえでさんが厨房に入ってきた。
かえで「お客様がお呼びよ……」
呼ばれてしまった。またダメ出しか。体が動かない。行きたくない。
かえで「なに意地張っているのよ、早く行きなさい……」
つかさ「意地なんか……張っていません」
かえで「作っている所を見ていたわ、完璧じゃない、これで何か文句を言うようなら私が承知しないわよ……さあ」
かえでさんは両手で厨房の出口を指した。私は渋々彼の席に向かった。
つかさ「お呼びですか……」
何故か彼の顔を直視できなかった。
ひろし「……美味しかった、別れのデザート……そんな感じだった、これでこの町を去れる……」
つかさ「ありがとうございます」
私はそのまま厨房に戻ろうとした。
ひろし「まだ渡していない物があった、いつもの場所で待っているから……」
私はお礼をして戻った。
かえでさんは少し怒っていた。
かえで「つかさ、そっけない態度だったねお客様に失礼じゃない……それで、彼は何て言ったの」
つかさ「美味しかったって……」
かえで「良かったじゃない……嬉しくないの」
私の顔を見てまた首を傾げた。多分嬉しい。嬉しいけど表情に出ない。
かえで「昨日休んだのと関係ありそうね……詳細は仕事が終わってから聞くわ、とりあえずお疲れ様」
かえでさんは持ち場に戻っていった。
彼はデザートを全部食べ終えると直ぐに会計をして出て行った。

 夜の開店の前、更衣室に呼ばれた。更衣室にはかえでさんと私の二人だけ。用件はだいたい予想がついた。神社の出来事を知りたいに違いない。
かえでさんは思った通り私の休んだ理由を聞いてきた。私は彼女に話した。
話し終わると彼女は怒り出した。
かえで「最低ね……記憶を消して……彼を試すような事なんかして、それで彼がちゃんとした返事が出来ると思っているの……告白なんてのはね『好きです』だけでいいのよ」
そういえば彼は私に対して好きも嫌いも言っていなかった……更に彼女の話は続く。
かえで「それに、つかさは亡くなった前の恋人に焼餅を焼いている、だからお昼のような態度になるの」
つかさ「焼餅なんか焼いていません……」
かえで「そうかしら……私にはそうは見えないわよ……負け犬みたいになっちゃって……もう過ぎた事を言ってもしょうがないわね、彼等、お稲荷さんはこの町を去る
    もうどうしようもないわね」
かえでさんは呆れ顔で私を見ていた。
つかさ「彼はいつもの場所……多分神社で待ってる、そう言ってた」
かえで「ばか、なにのんきにこんな所に居るの、さっさと行ってきなさい、まだ外は明るいわよ」
つかさ「で、でもまだ仕事終わっていないし……」
かえで「昨日休んでそんな心配するな、決着をつけてらっしゃい」
つかさ「決着……?」
かえで「そうよ、一番後悔するのは告白して返事がもらえない事……ほらほら、なにいじけてるのよ、時間は待ってくれないわよ、寿命の短い人間なんでしょ」
つかさ「でも……どうして良いか分らい」
かえで「……余計な事は考えないで、つかさはつかさじゃない、そのままで充分よ」
つかさ「嫌われたら……どうしよう」
かえで「それが分ったなら、告白した甲斐があるじゃない……別れは辛いけど……このまま中途半端によりはすっきりするわよ」
中途半端は嫌だ、ちゃんと彼の気持ちを聞きたい。
つかさ「私……行ってくる、この後の仕事は……」
かえで「いいから行きなさい」
私はその場で私服に着替えた。
つかさ「行って来ます」
かえで「いってらっしゃい」

 そうだよ、私どうかしていた。あんな事しなくても良かった。どうしてもっと素直になれなかったのかな。彼の返事が恐かったから……
昨日のは告白じゃない。振られたら記憶を消してリセットしようとしていただけ。だから彼は何も言ってくれなかった。記憶は消しちゃだめ。
まなちゃんの記憶が消えたらこの町に居る意味の半分が無くなってしまう。神社に着いたら彼は私の記憶を消してしまうのかな。
謝って取り消してもらおう……許してくれるかどうかは分らない。だけど……許して欲しい。

 階段を登り神社に着いた。日はまだ落ちていない。夕日がまだ見えていた。彼は森の入り口で待っていた。
ひろし「昨日は休みだったね……家に行こうかと思ったが、そんな状況じゃないと思って行かなかった」
つかさ「……あの、お昼は、失礼してすみません……」
ひろし「ん、何が失礼だった……あの店長さんに怒られたのか、まぁ、厳しそうな気はする、あの人の料理に妥協は感じられなかった、それが良いのだけどな」
彼はポケットから何かを出して私に差し出した。私はそれを受け取った。
つかさ「……これは、お守り……」
ひろし「たかしの包帯に付いていたものだよ、もう必要ないから返すよ」
つかさ「助かるの……」
ひろし「……まだ何とも言えない、つかさに安否を伝えられないのが残念だよ」
安否を伝えられない……私の記憶を消すつもりなのかな。
つかさ「渡したい物って、これなの?」
ひろし「そうだ」
つかさ「この中にパワーストーンが入っているけど……」
ひろし「もともとつかさにあげた物だ、それに、このお守りからかがみさんを感じる、返した方が良いと思って」
私は胸のポケットにお守りをしまった。彼の用事は済んだ。今度は私の番……あの時、告白した時よりも緊張してしまう。
ひろし「……さて、まる一日空いたけど、記憶を消していいか……あの時は時間がなくて術をかけられなかった」
先に聞かれてしまった。時間がなかったのを感謝したい。取り返しのつかない事をするところだった。
彼は片腕を上げて私に向けた。きっと術の準備をしているに違いない。
つかさ「……まなちゃんの記憶、とても悲しかったけど、今、ここに居るのもまなちゃんと出会えたから、お稲荷さんの記憶も同じだよ……
    それにひろしさんとの記憶は……忘れたくない、いろいろ話してくれた、助けてくれた、別れたって忘れたくない……」
彼はその答えを待っていたかの様に話し出した。
ひろし「それは記憶ではない、思い出だ……思い出……一つ一つの記憶が鎖のように硬く繋がり、網のように複雑に絡み合う、その中から一つの記憶を取り出して
    消す術はない……無理にすれば思いでは崩壊し、全ての記憶が消える」
つかさ「全てが消える……どうなっちゃうの」
ひろし「思い出を消した仲間は居ない、どうなるかは分らない、赤ん坊のようになるか、死んでしまうか……最初から消すつもりなんかなかった」
つかさ「私、かえでさんに怒られた……試すような事なんかするなって」
ひろし「まてまて、あの店長にそんな事を話したのか……やめてくれ、そんなの普通他人に話すのか、恥かしくないのか……本当にお喋りだな」
彼の顔が赤くなった。そして彼は階段を下りようとした。
つかさ「どこに行くの」
ひろし「店長の記憶を消しに行く……今ならまだ記憶の状態だ……」
私は慌てて彼の腕を掴んだ。
つかさ「止めて、そんな事しても意味ないよ、かえでさんはもうひろしさんが店に来た頃から気付いているから」
ひろし「だったら尚更だ、放せ……」
力がどんどん強くなる。私も負けじと引っ張った。だけど力の差は歴然、引きずられて行く。もう限界……私は力を一気に抜いた。バランスを崩して私は彼に当たってしまった。
そしてそのまま私たちは倒れてしまった。私は直ぐに体を起こして座った姿勢になった。彼を見てみると倒れたままだった。
つかさ「だ、大丈夫?……あんなに引っ張るからだよ……」
ひろし「ふふふ……ははは」
彼は倒れたまま笑い出した。
つかさ「ふふ……」
私も釣られて笑ってしまった。私が笑っているとそれに連れて彼の笑い声は更に大きくなった。私達二人は心置きなく笑った。


つかさ「言っておくけど、私がひろしさんを好きなのは皆知っているからね」
ひろし「……好きな人は誰にも知られたくない……そんなものじゃないか……」
つかさ「私だって……成り行きでそうなっちゃっただけだよ……」
ひろし「成り行きか……」
笑い終わった私達はその場に座りながらお話をした。
ひろし「実は仲間には内緒で戻ってきてしまった……これがバレたら僕はお頭を降ろされてしまう」
つかさ「お守りを渡すにしては大きな代償だね」
ひろし「代償……もともとお頭なんてなりたくもなかった、このままバレてもかまわない」
つかさ「それならいっその事、ひろしさんだけでもこの町に……なんて出来ないの」
ひろし「……それは出来ない……」
つかさ「厳しいね……」
私は家を出てかえでさんの所に行った。私なら何処にでも自由に行ける。
ひろし「さてと」
ひろしさんは立ち上がった。もうお別れの時間。外は日が沈んでいる。彼は私に近づくと片手を差し伸べてきた。
つかさ「もう時間なの」
ひろし「来てくれてありがとう」
私も手を伸ばして彼の手を掴んだ。彼は私を引っ張って立ち上がらせた。力が余って私の体は彼に当たってしまった。
つかさ「ごめん……え……なに?」
急に彼は私を抱きしめてしまった。身動きが取れなかった。見上げると直ぐ近くに彼の顔があった。彼の顔が近づいてきた。
つかさ「ん~ん~」
気付くと彼の唇が私の唇と重なっていた。力を抜いて、目を閉じてそのまま受け入れた。
重なる唇から彼の体温を感じた。ゆっくりと彼の舌が……体が燃えるように熱くなった。何も考えられなくなる。頭の中が真っ白……身体に力が入らない、
そのまま全体重を彼に預けた。このまま時間が止まって欲しい……
……
……
……どのくらい時間が経ったのか……
彼は力を抜き私から離れた。私はゆっくりと目を開けた。彼は赤い顔をして少し離れた場所に立っていた。思わず自分の唇に手を添えてしまった。これはキス……
心の準備なんかしていなかった。どうなったか良く覚えていなかった。私は彼の目を見つめるだけだった。
ひろし「ごめん……順序が逆だった……僕はつかさ……柊つかさが好きです……」
突然の彼の告白。どうして良いか分らない。
ひろし「これが返事だよ」
彼の声にはっと我に返った。簡単だった。これだけで充分彼の気持ちは私に伝わっている。これで……
つかさ「うん、あ、ありがとう」
返事をすると涙がポロポロと出てきた。でも一昨日の涙とは違う。何かつっかえ棒が取れたようなすっきりした涙だった。
彼は私に近づき胸を貸してくれた。そこで私は思いっきり泣いた。
ひろし「一昨日のつかさの言葉に衝撃を受けた何人かの仲間が、それぞれの人間の友人に最後のお別れをしに行ったよ……お礼を言うのは僕達の方かもしれない」
泣いているせいで声が出ない。彼の胸の中でただ泣いているだけだった。

 辺りはすっかり暗くなった。蝉の鳴き声は止んだ、そして遠くから秋の虫の音が微かに聞こえてきた。
彼は私の両肩を優しく掴むとそっと離した。
ひろし「もういいかな?」
涙はもう止まった。だけど声が出し難かった。
つかさ「も、もう行っちゃうの?」
ひろし「まだつかさと一緒に居たいけどね、何かあるのか?」
まだ聞きたい事が二つあった。
つかさ「なんで……記憶を消せないのに嘘をついていたの?」
彼の顔がまた赤くなった。
ひろし「仲間の居る前で告白なんかできない……だから……」
つかさ「でも私は先にしちゃったよ……その時も仲間も聞いていたのでしょ、私から見たら狐さんだから気にしないよ……ふふ、恥かしがりやさんだ」
ひろし「笑った……やっぱり笑っているときのつかさが一番だ」
そう言われると照れてしまう……さて、これはもっと早く聞きたかった。
もう一つは聞きたい事……
つかさ「まなちゃんは、真奈美さんはどうなの、まだ生きているの?」
ひろし「たかしのあの執拗までの呪い……憎しみと怒りを見れば分ると思う……お姉ちゃんは……もう」
それは何となく分っていた。淡い希望だった……
つかさ「やっぱりこの神社はひろしさん達が居なくなっても来ないとね、辻さんと一緒に……」
ひろし「この神社はもう人間に忘れられた廃墟、僕達も、もう居ない、ここに縛られる必要はない、姉さんならつかさの財布の中にいるじゃないか」
つかさ「え?」
私は財布の入っているポケットを押さえた。
ひろしさんは階段まで移動して町を見下ろした。
ひろし「この夜景もこれで見納めかな……」
私も彼の隣に並んで夜景を見た。この町は都会と違って灯は疎ら、でも、その分星は綺麗に見える。駅は……あ、列になった灯が移動している。電車だ、その先を目で追った。
あそこにきっと駅があるに違いない。
つかさ「ねぇ、ひろしさん、ひろしさんは電車に乗った事って……」
あれ、首を彼の方にむけると、ひろしさんが居ない……そんな……
なになら足元に何かを感じた。下を向いた。いつの間にか彼は狐に戻っていた。彼は夜景を見たままだった。彼の姿……どことなく凛々しく見える。
前のお頭さんと似ていて堂々とした感じだった。
『ウォーーー』
遠吠え……犬の遠吠えとは違う。彼の遠吠えは何度も繰り返された。
……鋭く通る声、町全体に響いているみたい。堂々として誇らしげ、それでいて悲しく聞こえた。彼はこの町にお別れを言っている……別れの詩を聞いているようだった。

 遠吠えが終わると彼は私の正面に移動してお座りをした。いよいよ本当のお別れ……彼は本当の姿、お稲荷さんの姿でお別れをしようとしている。
私はしゃがんで彼と同じ目線になった。
つかさ「お別れだね……たかしさん、元気になったらよろしくって伝えて」
私は握手のつもりで手を前に出した。彼も前足を前に出す、これじゃ「お手」と同じ光景、思わず吹き出してしまった。
つかさ「プッ……あはは……」
しまった。直ぐに笑うのを止めた。不謹慎なことをしてしまった。いままでの雰囲気が台無しなってしまった。彼を見ると怒っている気配はなかった。私を見ている。
彼は立ち上がると私の周りをグルグルと駆け足で回り始めた。
つかさ「え、なになに、何なの?」
私は立ち上がった。すると彼の回る速度はどんどん速くなってきた。
つかさ「フフフ、まるでワンちゃんみたいだよ……」
すると彼は回るのを止めて私の正面でお座りをした。そして私の顔を見た。
つかさ「どうしたの、笑ったら止めちゃって……」
笑ったら止まった……もしかして。
つかさ「笑って見送れって言いたいの?」
彼はそれを待っていたかのように立ち上がった。
つかさ「そうだよね、分った……さようなら……ひろしさん」
私はにっこり微笑んだ。彼は私のかを目に焼き付けるように見ていた。そして私にさようならと言っているような気がした。
彼は頭を森の方角に向けた。私は手を振った
『ウォーーー』
森に向かって大きく遠吠えを一回した。そして歩き出した。私から遠ざかっていく。
つかさ「さうなら……」
彼は振り向かない。少しずつ歩きが速くなって来た。私は少し声を大きくした。
つかさ「さようなら」
彼は振り向かない。走り出した、そして風のように森の奥に消えていった。私はありったけの大声で叫んだ。
つかさ「さようならー!!」
彼はもう行ってしまった。そして二度と私に逢う事はない……だけど私は最後にこう声にした。
つかさ「さようなら、また会う日まで……」

 空はすっかり暗くなってしまった。月も出ていない。誰もこない神社に街灯はない。階段は真っ暗……そうだ、携帯電話の明りを使って下りよう。
携帯電話が入っているポケットに手を触れた時だった。私の周りが急に明るくなった。周りを見ると。蛍のような小さい無数の光が周りを照らしていた。
私の足元が光りだした。そして私の一番近い階段から順番に次々と階段が光りだした。私を出口まで案内するみたいだった。
こんな事ができるのはひろしさんくらいしか考えられない。私は携帯電話を出すのを止めて彼の用意した明りを頼りに階段を下りた。階段を一段下がると
一つ明りが消える。廻りが暗くて階段が宙を浮いているみたいに感じた。幻想的だった。お稲荷さんはこんな術だけだったら隠れていなくても済んだのかもね。
階段を踏むごとに明りは消えていく。もっとこの時を味わいたい、ゆっくりと時間を掛けて下りた。そして最後の階段を踏むと全ての明りが消えた。
悲しい別れのはずなのに涙が出なかった。
つかさ「ありがとう」

 次の日、一番に出勤……の筈だったけど既に店の扉の鍵は開けられていた。中に入ると客席に座っているかえでさんが居た。
つかさ「おはようございます!」
かえで「おはよう」
かえでさんは私の顔をじっと見た。
かえで「昨日までのいじけた顔はどこかに飛んだわね」
つかさ「ありがとうございます」
私は深々とお辞儀をした。
かえで「私は何もしていないわよ……彼を送ってあげられたみたいね」
つかさ「はい!!」
かえで「何があったのよ、話が聞きたいわ」
つかさ「うん、えっとね……」
はっとした。キスした時の状況が脳裏に浮かんだ。あの時の感触が……私は思わず手を唇に触れた。
かえで「どうしたのよ」
つかさ「え、あ……うん……」
恥かしくて話せない……
かえで「どうしたのよ、この期に及んで隠すの?」
つかさ「そうゆう事じゃななくて……」
かえでさんは私をニヤニヤしながら見ている。
かえで「分った、話せないような事をしたんでしょ……どこまでしたのよ」
かえでさんは立ち上がって身を乗り出した。
かえで「当然キスくらいはしたよね……彼は舌を入れてきた?」
頭に血が上ってくる。体が炎のように熱くなった。
つかさ「わー、そ、そんな話……朝からしないで下さい」
かえで「ふふふ、はいはい、それじゃ夜なら良いわよね、楽しみにしてるわよ」
かえでさんは笑いながら厨房に入っていった。今になってひろしさんの言う恥かしい意味が分った。当分かえでさんにいじられそう……
昨夜の出来事……さすがにお姉ちゃん達にも話すことは……
私は溜め息を付いた……でも、秘密があるのもの悪くないかも……
私も着替えないと。
さて、今日も頑張るぞ……

 ……まなちゃん……真奈美さんの出会いから始まった私の旅……いろいろな事があった……もう私はあの神社には行かない。彼の言うようにあそこにはもう何もない。
だけど忘れないよ、秘術を使っても消せない思い出として、お稲荷さん達の事、まなちゃん、たかしさん……辻さん……そして、ひろしさん……

エピローグ

 年末年始は実家に帰る予定だった。だけど温泉旅館は休みを利用してお客さんが普段より沢山くる。私達のレストランの評判も相まってとても休める状況ではなかった。
もっとも実家に帰っても神社の仕事で同じくらい忙しくなるから帰る時期をずらすして良かったのかもしれない。
もうお正月気分が抜け切った一月下旬、一週間の休みをもらって帰宅した。家に帰ると今までの疲れがどっと出てしまったのか、家でゴロゴロする日々が続いた。
かがみ「つかさ、お茶が入ったから居間に下りてきな」
一階からお姉ちゃんの声がした。
つかさ「はーい」
背伸びをして部屋から出た。居間に入るとお姉ちゃんはテレビを見ながらお茶菓子をつまんでいた。私は辺りを見回した。
つかさ「あれ、お母さん達は?」
かがみ「買い物よ、今日はつかさにご馳走するって、姉さん達も連れて行ったわよ」
つかさ「そうなんだ……」
私はお姉ちゃんの隣に座り、用意されていたお茶をすすった。
かがみ「ふふふ」
お姉ちゃんはテレビを見て笑っていた。せっかく一階まで下りたのだからお話したいな。
つかさ「大学院……合格したって聞いたけど……おめでとう」
かがみ「ありがとう……」
あれ……話が続かない……どうしてだろう。今までは意識なんかしなくても話ができたのに……
つかさ「そ、そういえばゆきちゃんも大学院に行くって言っていたね……もう決まったのかな?」
お姉ちゃんはテレビを見ながら答えた
かがみ「決まったみたいよ……そういやまだ何も決まっていない奴がいたな」
つかさ「……こなちゃん?」
お姉ちゃんは私を見た
かがみ「全く……つかさからも何とかいってやりなさいよ」
つかさ「そんなに急がなくても……こなちゃんにはこなちゃんの考えがあるよ」
かがみ「どうだか、あいつがそんな事考えている姿が想像できん」
腕を組み、頷きながら確信的に言うお姉ちゃん。
……お姉ちゃんに聞きたい事があった。この休みに聞きたいと思っていた。今なら聞けるかもしれない。私はお守りをお姉ちゃんに渡した。
かがみ「これは……」
つかさ「帰りの駅でお姉ちゃんから渡されたお守り」
かがみ「……これはつかさにあげたもの、もう私は要らないわよ」
つかさ「たかしさんって言って分る?お姉ちゃんは夢でひろしさんと話したから分るよね」
かがみ「……私に呪いをかけた人……それがどうかしたの」
つかさ「お姉ちゃんは呪いが解けたからひろしさんの話を信じたのでしょ、だから直ぐに帰るって言った」
かがみ「……また私に呪いをかけると思っただけよ、だから早く帰った方がいいと思っただけ、……それに、もう呪った本人にも恨みはないわ……
もう終わった話よ……それよりひろしはあれからどうなったのよ」
つかさ「みんなあの神社……町を去ったよ……」
かがみ「な、何故よ、彼はつかさを好きって言ったのよ……はっ!!」
お姉ちゃんは慌てて口を押さえたけどもう遅い。
つかさ「だから辛いだけ……なんて言ったんだ、お姉ちゃん」
お姉ちゃんは私が驚かないせいなのか、私を見て不思議そうな顔をした。
かがみ「……お互いに好きならそれは素晴らしいわよ、でも、お稲荷さんと人間の恋なんて……実るはずもない……それを言いたかっただけ、やっぱり思った通りになったわ」
でも電車の発車寸前で言ったお姉ちゃんの言葉が励みになったよ。だから彼に告白できた。
つかさ「そうでもないかも……」
私は小声で言った。お姉ちゃんは私の言った声に気付いていない。
かがみ「なんでまた、全員で去ったのよ、狐狩りだって今回が初めてじゃないでしょうに……去る前に人間の前に堂々と出てきたらどうなの」
お姉ちゃんもかえでさんと同じ事を言う。
つかさ「お稲荷さんの知識が知られると人間同士が争うから出来ないって言っていたよ……今私たちがやっている事なんか簡単に出来るって言ってた」
かがみ「どんな知識か知らないけど……今だって充分人間は争っているわ……逆に争いを止めるために使えばいいじゃない……不器用ね」
なんかお姉ちゃんは怒っているような気がする。何でだろう?
つかさ「不器用かもしれないけど、お稲荷さんが本気を出したら遠くの星まで行く事が出来るかもしれないね」
ふと神社の階段を下りる時に見た光の術を思い出した。
かがみ「つかさは夢を見るわね……それが本当ならお稲荷さんは地球の生物じゃないかもしれないわね……人に化けたり、呪ったり…」
お姉ちゃんはテレビのチャンネルを変えようとした。あれ……
つかさ「お姉ちゃんちょっと待って!!」
かがみ「なによ?」
私達はテレビを見た。
『次のニュースです、〇〇県の〇〇郡の山林でニホンオオカミに似ている群れの目撃が相次ぎ話題になっています、
 ニホンオオカミは既に絶滅されているとされ、もしこれが本当なら歴史的にも、科学的にも大発見になり、各界で注目しています……
 そもそもニホンオオカミは明治38年に最後の一匹が死んでから……』
これって、私がたかしさんに言った事……そうか、そうなんだね……あんなに笑ってバカにした私の案を……笑っちゃうよ……
かがみ「つかさ、そんなに面白いニュースか、なに笑っているのよ……」
つかさ「元気になったんだね……そうだよね、これしか私が知る手段ないよね……ありがとう」
今度は涙が出てきた。
かがみ「ちょっと、つかさ……笑ったり、泣いたり……どうしたのよ」
つかさ「お稲荷さんの事をちょっと思い出しただけ……」
かがみ「このニュースと何の関係があるのよ……つかさにが好きなのに何もしないで去っていった奴らの話なんかもう聞きたくないわ…つかさは悔しくないのか」
本当に怒り出したお姉ちゃん。怒っていた訳が分った……
つかさ「……そうでもないよ……」
今度はちょっと声を大きくした。お姉ちゃんは気が付いた。
かがみ「そうでもない……どうゆう事よ?」
つかさ「ひ・み・つ」
かがみ「つかさに秘密だって……何よ、興味あるじゃない教えなさいよ」
つかさ「え、お姉ちゃん、さっきお稲荷さんの話聞きたくないって言ったよね?」
かがみ「むぅ……」
珍しくお姉ちゃんはそれ以上聞いてこなかった。こんな場合、こなちゃんの時はすぐに反撃するのに。
こなちゃんやゆきちゃんの誤解を解くまではまだ話せない。うんん、恥かしくてずっと話せない……
さてと、お稲荷さんのお話はこのくらいにしよう……
つかさ「それより、明日皆で集まって映画を観に行こうよ、お姉ちゃん明日は空いている?」
かがみ「……空いているけど……」
つかさ「それじゃ決まり、明日は早いよ」
かがみ「ちょっと待て、こなたとみゆきはどうするのよ」
つかさ「大丈夫、もう連絡してあるよ」
かがみ「いつの間に……」
こんな話していたら急にお母さん達に逢いたくなった。
つかさ「ねぇ、お母さん達を迎えに行こうよ、荷物いっぱいありそうだし」
お姉ちゃんは私をじっと見ていた。
つかさ「どうしたの?」
かがみ「……あんた、変わったわね」
つかさ「変わった、どうゆうふうに?」
かがみ「何ていうのか……積極的なったと言うのか……さっきの突っ込みもありえない、それに比べたら……私なんか……何も……」
つかさ「私は少しも変わっていないよ、それにお姉ちゃんはお姉ちゃんだから」
お姉ちゃんは照れくさそうに頭を描いた。
かがみ「つかさ、それは褒めていないぞ……それじゃ行こうか」
お姉ちゃんは携帯電話を取り出した。
つかさ「どうするの?」
かがみ「姉さんに連絡するのよ、これから行くってね」
つかさ「連絡はしないで行こうよ、皆を驚かそうよ」
お姉ちゃんの手が止まった。そのまま携帯電話をポケットにしまった。
かがみ「面白そうね……驚かそうか」
つかさ「うん」
私達は玄関を出た。寒い。吐く息が白くなるほどだった。空も曇っていて雪でも降りそうだった。
つかさ「お姉ちゃん急ごうよ」
かがみ「はいはい……」

 それから数週間経つとオオカミ騒動は野犬の群れの誤認とされて収束した。それからお稲荷さんの消息は一切分らない。でも人から付かず離れずの生活をしている
彼等の事、きっとどこかの町にいるに違いない。それは遠く離れた町、私の知らない所。
私は思った。彼等の知識を人が手にするにはまだ速過ぎるかもしれない。その一割もない知識ですら手に余している。

いつの日か人間とお稲荷さんが仲良く暮らす日がくると私は信じる。十年、百年、千年、たとえどんなに時間がかかっても……
だって、私とひろしさんは愛し合うことができたのだから。





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  • あきらってだれ? -- 名無しさん (2017-05-09 23:34:44)

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最終更新:2017年05月09日 23:34
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