ID:qcbSrsFZ0氏:忘れ去られた過去(ページ1)

 茹だるような暑さ、もう我慢の限界。
つかさ「ねぇ~、エアコンつけようよ……」
かがみ「何言ってるのよ、エアコンは先週壊れて修理依頼したばかりじゃない」
そうだった。エアコンは壊れてしまっていた。そして工事も混んでいて修理がいつになるのかも分からない。
かがみ「これでも仰いで我慢しなさい」
お姉ちゃんは団扇を私に差し出した。受け取って自分を仰いだ……手が疲れてくる。そして仰いだ力が熱に変わって火照る。
つかさ「だめだ~」
仰ぐのを止めた。
かがみ「早、てか、三分も経ってないじゃない、だらしないわね」
つかさ「そうかもしれないけど、お姉ちゃんも汗が凄いよ」
かがみ「汗の量とは関係ないのよ……暑くなんかない」
と自分に言い聞かせているような気もする。それにしても暑い……
まつり「なに我慢大会なんかしてるの、まだ家にはこれがあるじゃない」
まつりお姉ちゃんが扇風機を持ってきた。まつりお姉ちゃんは早速扇風機のスイッチを入れた。風が居間全体に行き渡る。だけど、生暖かい風がグルグル循環しているだけ。
汗は引かない。むしろ扇風機の音が暑さを増している気さえした。
まつり「……効果なしね」
いのり「締め切っているからじゃない」
いのりお姉ちゃんが窓を全開にした。外から熱風が押し寄せる。
まつり「ちょ、これじゃ逆効果じゃないの、閉めてよ」
ただお「何処か出かけて涼みに行くか?」
つかさ・かがみ・まつり・いのり「えー、暑いよ~」
皆の声が重なった。さすがのお父さんもこれ以上何も言わなかった。
みき「しょうがないわね、何か冷たい物でも買ってくるしかないわね」
その言葉に皆の視線が私に集まった。お母さんが買い物って言った時から私が行くような気はしていた。私は快く引き受けた。お母さんからお金を受け取った。
まつり「私はね……」
つかさ「バニラアイス以外だったよね、皆の好みは分かってるから楽しみにしてて」
みき「外は暑いからきをつけるのよ」
自転車に乗って近くのスーパーまで向かった。ねっとりと絡みつくような湿気、照りつける太陽、そのまま溶けてしまいそうだ。蝉の大合唱もそれに追い討ちをかけた。
 
 スーパーに着いて入り口に入った時だった。冷たい風が私を包んだ。汗が見る見る引いていくのが分かる。店は冷房を効かせている。私はしばらく涼んだ。
このまま夕方まで涼んじゃおうかな。だめだめ、私の帰りを皆が待っている。早く買い物を済ませよう。アイスクリーム売り場に移動した。
さてと、皆の好きなのは……お母さんはこれがいい。お父さんは金時が好きだったよね……いのりお姉ちゃんは……
買うものを選んだ時だった。私の横を横切る人影、何気なしにその人の方に顔を向けた。
つかさ「こなちゃん!?」
それは紛れもなくこなちゃんだった。店員の制服を着ている。私の声に気付いて私の方に寄ってきた。
こなた「いらっしゃいませ……つかさ」
つかさ「こなちゃん、どうしてここに、コスプレのアルバイトはどうしたの?」
こなちゃんは少しつまらなさそうな顔をして答えた。
こなた「お店が改装になって、その間暇になっちゃったから繋ぎのバイトを探してた、そしたら近所のスーパーが臨時店員を募集しててね、採用されたわけ、まぁ、通勤が近い
    から便利にはなったんだけどね」
つかさ「そうなんだ……」
こなちゃんは私をじっと見た。
こなた「お、アイスクリームの買出しだね……さてはかがみに使いパシリにされたな……さすがかがみこれ全部食べるつもりでしょ」
つかさ「……違うよ、家族皆の分を買ってるの、これを一人で食べたらお腹壊しちゃうよ」
こなちゃんは笑った。
こなた「ふふふ、そんなに真に受けないでよ……確かに今日は暑いからね~」
つかさ「家のエアコン壊れちゃって……」
こなた「そりゃ大変だ……」
店員「泉さん、こっちの棚の整理お願い……」
店員さんがこなちゃんに話しかけた。仕事中だったんだった。ちょっと悪い事しっちゃったかな。
こなた「はい、分かりました……ごめん、つかさまた後でね」
つかさ「うん」
こなちゃんは持ち場に戻った。忙しそうに商品を棚に並べている。以外に似合っているような気がした。
あっ、そうだった、感心してはいられない。こっちも用事を済ませないと。私は残りのアイスを買い物かごに入れた。それからお菓子売り場に行き
適当なおつまみもかごの中にいれた。
 
レジに並んでいるとこなちゃんが隣のレジに入り準備をしだした。しばらくすると私の方を向いてウインクをした。私はそのまま隣のレジに移った。
こなちゃんは慣れた手つきで品物をレジのかごへと移していった。
こなた「お客さんは家までこのくらい掛かりますか?」
つかさ「え、えっと、15分くらい……」
するとこなちゃんはアイスボックスからドライアイスを取り出してアイスの入った袋の中に入れた。
こなた「一応30分くらいは持ちますので……」
すると私の耳元で囁いた。
こなた「本当は30分だと有料だけどサービスしておく」
お金を払い私はレジから離れた。こなちゃんを見るともう次のお客さんの相手をしていた。お礼は今度にするかな。
 
 そしてまた茹だるような暑さの中を自転車で帰った。あれ、おかしいな。玄関のドアに鍵がかかっている。
つかさ「ただいま」
あれ、誰も返事をしない。どうしたのかな。
つかさ「ただいま~」
返事が無かった。それどころか人が居る気配がなかった。どこかに行ったのかな。そんな筈はない。私の買い物を皆は待っているはずなのに。とりあえず台所に
向かい冷蔵庫にアイスを入れた。皆を待つしかない。
暫くすると玄関のドアが開く音がした。やっぱりどこかに行っていたんだ。足音がこっちの方に近づいてきた。
台所に入ってきたのはお姉ちゃんだった。
つかさ「お帰り、どこに行ってたの、私はもう買い物終わったよ、ねぇ、聞いてよ、いつものスーパーにね、こなちゃんが……」
かがみ「あんた……誰よ」
つかさ「こ、こなちゃん?」
お姉ちゃんの一言、私は何を言っているのか理解できなかった。
かがみ「ちょっと、ど、どうやって、入ってきたの、ひ、人に家に勝手に入って」
お姉ちゃんは少し怯えたように私に話し出した。
つかさ「ふふ、お姉ちゃんたったら、驚かして涼しくする作戦でしょ?」
お姉ちゃんに近づこうと歩き出すとお姉ちゃんは素早く走って台所の流し台に移った。そしてまな板の上に置いてある包丁を手に取り私に向けた。
かがみ「こ、来ないで!!」
叫びにも似た声だった。これは冗談じゃない。私の中の本能のようなものが頭の中に走った。私はお姉ちゃんに近づくのを止めた。
つかさ「何、どうしたの、お姉ちゃん?」
お姉ちゃんの包丁を持つ手は震えていた。目は大きく見開いて私を瞬きもせず見ていた。まるで私が別人で不法侵入しているみたいだった。
かがみ「出て行って」
震えた声だった。私はお姉ちゃんに話しかけようとした。
かがみ「で、出て行け!!!」
包丁を大きく振りかぶって来た。本気だ。お姉ちゃんは本気だ。私は玄関に向かって走った。そして靴を履く間もなく外に飛び出した。すると直ぐにドアに鍵がかかる音がした。
 
 どうしたのだろう。訳がわからない。私は家を追い出された。最近お姉ちゃんと喧嘩もしたことないのに。包丁を振りかざすなんて……いままでそんなのしたこと無いのに。
合鍵を持っているから直ぐに開けられるけどあの調子じゃまた追い出される。取りあえず裸足じゃどうしようもない。そういえば裏庭にサンダルがあったはず。
そっと裏庭に移動してサンダルを取ってから家を離れた。
 
 どうしよう。何も思い浮かばない。お父さん、お母さんはどうしたのかな。いのりお姉ちゃんもまつりお姉ちゃんも居なかった。私が買い物に行っている間に何かあったのかな。
そうだ。こなちゃんの所に行ってみよう。今はそれしか出来ない。私はスーパーに向かった。
スーパーに付くと丁度従業員の出入り口からこなちゃんが出ていた。私服になっている。きっともう仕事は終わったに違いない。
つかさ「こなちゃ~ん」
手を振ってこなちゃんに近づいた。こなちゃんは黙って私を見つめていた。
つかさ「こなちゃん聞いて、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがね……」
こなた「あの~どちら様ですか、何か私に御用ですか?」
 
『忘れ去られた過去』
 
他人行儀だった。私は唖然としてしまった。
こなた「人違いじゃないですか?」
続けて思いも寄らない言葉。何を言っているのか。お姉ちゃんの時と同じような空気が張り詰めた。
つかさ「こなちゃ……泉こなたさんですよね?」
私も他人行儀になっていた。
こなた「そうですけど……以前会いましたっけ?」
こなちゃんは私を知らない。そんな筈はない。
つかさ「会いましたっけって、陸桜学園を卒業したでしょ、三年間もクラス一緒だったし……」
こなちゃんは腕組みをして考え込んだ。
こなた「クラスが一緒だったのは……みゆきさんとセバスチャンくらいしか思い浮かばない……すみませんお名前は?」
名前まで知らないなんて。いったいどうなったの。
つかさ「つかさ、柊つかさだよ、思い出して……」
こなた「ひいらぎ……柊って言ったらかがみくらいしか居ないな……」
なんで、なんで、信じられない。
つかさ「このスーパーに1時間くらい前に買い物に来たんだよ、その時は私を知っていたでしょ?」
こなた「……1時間の間に沢山のお客さんが来た…それしか知らないよ」
え、あの時話した事、ドライアイスをまけてもらったのも忘れている。私はもう何も言えなかった。
こなた「すみません……私、もう帰らないと……」
こなちゃんは私に背を向けて歩き出した。でも私はこなちゃんを止めることは出来なかった。こなちゃんが見えなくなるまで見ているしか出来なかった。
 
 お姉ちゃんといい、こなちゃんといい、いったいどうなっちゃったのだろう。私を忘れてしまっているみたいだった。みたいと言うより完全に忘れている。
これからどうしよう。こうしても何もならない。もう一度帰るしかない。そしてちゃんと話せばきっと思い出してくれるよ。
帰り道、何か少し雰囲気が違うのに気が付いた。近所の人たちが道端に出ていた。
「不法侵入ですって……」
「物騒になりましたね……」
そんな声が私の耳に入ってきた。確かに最近になって空き巣が増えたってお母さんが言ってたっけ。
家の前に来て私はまた驚いてしまった。私の家の前に二台のパトカーが停まっていた。数人の警察官が家の廻りを調べていた。そして玄関にはお姉ちゃんがいた。
検査官みたいな人と話している。不法侵入って私の事だった……お姉ちゃんは警察に通報してしまった。
お姉ちゃんもこなちゃんも冗談であんな態度を取っていなかった。本当に私を知らない。私は忘れられてしまった。
このまま家に帰れば捕まるのは目に見えている。どうしよう。
「あの子、最近見ない子ね」
「怪しいわね……」
近所の人も私を知らない。ここに居たら危険だ。取りあえずここを離れよう。
 
 私は陸桜学園の近くの公園まで移動した。駅で買ったスポーツドリンクを飲みながら考えていた。
着の身着のまま出たから何も持っていない。ポケットの中を見た。財布とキーホルダーと携帯電話だけだった。携帯電話……そうだ。電話でゆきちゃんと連絡できないかな。
ゆきちゃんなら何か分かるかもしれない。携帯電話をかけてみた……おかしい、電話が繋がらない。何度も電話をかけてみた。しかし結果は同じだった。
携帯電話のアンテナは三本立っているのに。これからゆきちゃんの家に直接行くのも考えた。でも、お姉ちゃんと同じ反応されたら……怖くて出来なかった。
これだと日下部さんやあやちゃんも期待できない。なにをどうすればいいの。私がスーパーを出て家に帰るまでに何かが起きた。ほんの15分の間に。
考えれば考えるほど訳が分からない。
 
もう日が暮れて街灯が灯りだした。あれだけ煩かった蝉の合唱も止んだ。ここに来る途中で買ったおにぎりを食べた。涙が出てきた。
このまま誰にも知られないまま私は……死んじゃうのかな。
「未成年がこんな所でなにしているのかな」
聞き覚えのある声だった。私は声のする方を向いた。
つかさ「成美……さん?」
警察の征服を来た成美さんが居た。この人は私を知っているのだろうか。
ゆい「おやおや、私を知っているのなら……昔私に捕まった事でもあるのかな?」
冗談交じりのこの口調、まぎれもなく成美さん。それで私の少しばかりの期待は消えた。成美さんも私を知らない。
ゆい「そんな悲しい顔するなんて、何かあったの、親と喧嘩したとか」
なんて説明していいのか分からない。ありのままを話して信じてくれるかどうかも。
つかさ「私……分からないんです…うう」
また涙が出てきた。もう涙を止めることは出来ない。
ゆい「女の子一人でこんな所に居たら危ないよ、とりあえず一緒にいこうね」
優しい成美さんの言葉に従った。
ゆい「未成年少女一人保護、これから戻ります」
成美さんは無線で話している。私はのパトカーに乗った。
 
 一夜明け、私は警察署の個室のような所に入れられた。そこには数人の人が座っていた。私は中央の席に座らされた。
女性「気を楽にして」
数人のうち真ん中の女性が私に声をかけた。
女性「あなたの所持品、調べさせてもらったわ……免許証、学生証、とても精巧にできているわね……」
精巧に出来ている。精巧ってなんだろう。
女性「お名前は?」
つかさ「柊つかさ……です」
女性は少し厳しい顔をして私の目の前に免許証と学生証を出した。ビニールに包まれていた。
女性「確かにこれにはそう書いてあるわね、でもね、柊つかさは免許登録されていない、この学生証を発行した専門学校にもそんな名前の生徒はいないそうよ」
そんな。私は確かにこの前車の免許を取った。学生証だって。
女性「それに、貴女、昨日の午後2時頃、〇〇町の柊家宅に勝手に入ったわね」
つかさ「あれは……」
今度はキーホルダーを私の目の前に出した。
女性「合鍵で入ったのは分かっているわよ、この鍵は何処で手に入れたの?」
つかさ「それは家で貰った鍵だから……」
女性「柊つかさと言う名前の人はあの家には居ない、住民票、戸籍も調べたけどね……偽造はりっぱな犯罪なのよ……分かっているの?」
ますます女性の顔が厳しくなった。私は犯罪者になってしまいそうだ。
女性「もう一度聞きます、貴女の名前は?」
そう聞かれても私の名前は一つしかない。
つかさ「柊……つかさ……」
女性は溜め息を付いた。
女性「本当の事を言わないと家に帰れないわよ……」
そんな事いわれても私は柊つかさ、柊家の第四女、柊ただお、みきの娘。それ以上でもそれ以下でもない。女性は執拗に私の名前を聞いてきた。
それでも私はこう答えるしかなかった。私の名前は「柊つかさ」と
 
 あれから一ヶ月が経った。私は毎日のように免許証・学生証の作り方、本当の名前を何度も何度も質問された。そんな方法なんか知らない。
本当の名前も一つしか知らない。そう答える以外には無かった。その中で一つだけ分かった事があった。それは私の携帯電話が繋がらなかった理由。
それは携帯と会社で契約がされていないので繋がらなかったみたいだった。私は一体誰なんだろう。
一ヶ月経つのに誰も迎えに来てくれない。周りの人は誰一人私を知らない。そう、お姉ちゃんやこなちゃんまでも。私は一生ここから出られないのかな。
悪い事していないのに……
 
更に一ヶ月が経った。私は不起訴処分になった。その代わりに病院に送られてしまった。私の精神は病におかされていて治療が必要と判断されたらしい。
あと未成年であったのも理由らしい。病院は24時間体制で監視が付いている。とても何処か自由に行ける様な状態ではなかった。
 
 七年が経過した。昨日も病室で先生と分けの分からない治療をした。家にも帰れない。もう私は生きていても仕方がないと思うようになってきた。
でも、もう一度逢いたい、皆に逢いたい。そして私を思い出して欲しい。ただそれだけが私の生きる望みだった。
 
「こんにちは」
あれ、何処かで聞いた声。今日の先生は違う人なのかな。病室の扉が開いた。そこに居たのはゆきちゃんだった。眼鏡をかけていないけど直ぐに分かった。
つかさ「ゆきちゃん……だよね?」
ゆきちゃんは微笑んで答えた。
みゆき「……やはり私をご存知でしたか、もしかしたらと思ったのですが……興味深いです」
ゆきちゃんは私のすぐ近くまで歩くと座った。
みゆき「貴女の経歴は先生から伺っています、貴女は強度の妄想着想が見られるとカルテに書かれています、どうですか、柊さん、
    貴女の知っている過去を全て話してくれますか」
初めてだった。買い物から帰ってきて初めて私を柊と呼んでくれた。
つかさ「ゆきちゃん、お医者さんになったんだね、凄いよ……」
みゆき「いいえ、私はまだ完全に医者にはなっていません、柊さん、貴女が初めての患者です」
やっぱり私は病人なのかな。もう一生この病院から出られないのだろうか。
 
私が生まれから覚えている限りの出来事を話した。小学校、中学校、高校、専門学校、家族の事、こなちゃん達の事、そしてアイスクリームを買いに行った事……
ゆきちゃんは黙って私の話を聞いた。そして資料のようなファイルを見ていた。
みゆき「……柊家の人々……陸桜学園のお友達、そして私……貴女の言っている人物像が私の知人と見事に一致しています、とても出鱈目では考えられません、
    それより驚いたのは生い立ちが秩序だっています、精神疾患……妄想着想ではそのような事は出来ません……」
つかさ「それじゃ、信じてくれる?」
私は笑顔で言った。しかし、ゆきちゃんの顔は曇ったまま。
みゆき「私は貴女を知りません、今、初めて対面しています、そして貴女は戸籍がないのです、日本人であるのですら分からないのです、さらに、貴女が保護されてから
    7年強、貴女を知る人は誰一人名乗り出ていません、年頃の女の子が居なくなればご家族、知人は血眼になって捜すでしょう……信じたいのですが……」
その家族……誰も私を連れ戻しに来てくれない……でも、私もただ無駄に7年を過ごしてきた訳じゃない、本は読ませてくれた。だから私は色々な本を読んで
誰も知らない私が何故ここに居るのか。私の身に何が起きたのか、その手掛かりを探してきた。
つかさ「平行世界……って知ってる?」
みゆき「……それはまだ仮設であって証明された訳では……まさか、貴女は……」
つかさ「どうしてこうなったのは分からない、分からないけど、私は私の居ない世界に来てしまった、それしか考えられないよ」
これが私の出した結論。
みゆき「平行世界……文字通り決して交わることの無い世界、仮に貴女が別の世界から来たとしたら、柊つかささんが居ないこの世界に来たとしたら……」
ゆきちゃんはそのまま考え込んでしまった。やっぱり生兵法は怪我の基なのかな……
つかさ「ごめんね、勝手な推理しちゃって、今のは忘れて、やっぱり平行が交わるってどう考えてもおかしいよね……」
みゆき「……今、ここに貴女がいる事自体が不思議です、さきほど貴女の言っていた生い立ちで私が登場してきますがとても自然に感じます、それに、
    今、こうして話し合っている私は貴女……つかささんに強い親近感が湧いてきています……その仮説……参考にさせて下さい」
先生「高良さん、もうそろそろ時間、次のクランケに行きますよ」
病室の外から担当の先生の声が聞こえる。
みゆき「もう時間ですね、すみませんが失礼します」
ゆきちゃんは立ち上がった。
つかさ「あっ、ゆきちゃん……また会えるかな?」
みゆき「週に2回は来られると思います」
つかさ「今度はゆきちゃんの話が聞きたい、家族の……お姉ちゃんの話とか友達の話とか」
みゆき「ご家族……柊さん……かがみさんと泉さんのお話なら、ですがこの世界の私達の話をしても……」
つかさ「例え別世界でも、お姉ちゃんはお姉ちゃん、ゆきちゃんはゆきちゃんだよ」
そう、今、そこに立っているのは紛れも無くゆきちゃんそのもの、こうして話していて分かった。希望が見えてきた。
 
私とゆきちゃんは週に1、2回会うことが出来た。最初の頃は診察であまり話してくれなかったけど、一ヶ月ほど経つといろいろ話してくれた。
やっぱり私の知っている世界とは少し違っていた。その中で一番驚いたのがこなちゃんのお母さんが七年前まで生きていた事だった。
それとこなちゃんとお姉ちゃんは高校を卒業してから殆ど会っていないと言っていた。高校時代からそんなに親しくなかったって。
クラスが違うのもあったかもしれない。でもそれは私の知っている世界と同じ。私の世界では何であんなに仲が良かったのかな。
ゆきちゃんとお姉ちゃんは頻繁に会っているって言っていた。
私の家族はゆきちゃんの話を聞く限りでは私の世界と殆ど変わらない感じだった。でも、いのりお姉ちゃんは三年前、まつりお姉ちゃんは去年結婚して家を出ていた。
今は両親とお姉ちゃんで暮らしている。
 
 ゆきちゃんが来るようになってから三ヶ月経った。担当の先生はほとんどゆきちゃんに私を任せている。私もその方が気は楽だった。そんなある日のこと。
みゆき「つかささん、もうそろそろ束縛されてから八年が経とうとしています」
いつになく緊張した顔つきのゆきちゃんだった。
みゆき「どうでしょうか、社会に出てみたいとは思いませんか?」
確かにもうこんな所には居たくない。こなちゃんやお姉ちゃんにも会いたい。私は頷いた。
みゆき「そうですね、それには三つの条件があります、一つはつかささんには新しい更正プログラムを受けてもらいます、病気の治療として……二つは新しい戸籍を
    登録するために名前を変えて貰います……三つ目は……柊家から半径10キロメートル以内に侵入してはいけません……この三つの条件が揃えば晴れて自由の身です」
三つの条件、この条件を満たせば……納得できない。
つかさ「私……どんな苦しい治療だってする、名前だって変えても良い……だけど、なんで、何で自分の家に近づけないの、家族に会っちゃいけないの!?」
自分でも驚くような叫びにも似た声だった。感情を抑えられなかった。ゆきちゃんは黙ってしまった。
つかさ「酷いよ……私は凶悪犯人なの、自分の家に入っただけなのに……何年も何年も閉じ込めて……あんまりだよ、一方的すぎだよ……」
私は泣きそうになった。だけどもう涙が出ない。この事でもう私は泣きすぎて涙が枯れてしまった。
みゆき「一ヶ月前……私はかがみさん、つかささんに内緒でお二人のDNA分析をさせていただきました、もちろん私の独断です、その結果、お二人が姉妹、もしくは親近者の
    可能性は99.98%……と出ました……しかしこの数字は私にとっては確認の作業に過ぎません、つかささんはかがみさんの妹であり、柊家の家族です、
    そして、つかささんが過去に体験した出来事、私や、泉さんとの出会いも間違いなく現実に起きた事……そう確信しました」
淡々と話すゆきちゃんだった。
つかさ「だったら……どうしてそんな条件なんか……」
みゆき「何故ならつかささん一人しかない過去だからです、その他の人々にとってつかささんは存在すらしないのです……私はかがみさん、そのご両親に再三にわたり、
    つかささんに会って下さいとお願いしました、しかしかがみさんの受けた恐怖は消えないようで未だに会う気すらないようです、自宅に他人が無断で入る行為は
    計り知れない恐怖だったと……これがこの世界の現実なのです」
お姉ちゃんが私に包丁を向けた姿が脳裏に浮かんだ。お姉ちゃん達にとって私はただの不法侵入者にすぎないんだ。
みゆき「つかささんの居た本来の世界に戻れれば全ては解決します、しかし戻る方法は今のところ皆無です、条件を受け入れなければ一生ここから出られません
    考えて下さい……私もこんな話はしたくないのです、ですから……」
今にも泣き出しそうなゆきちゃん。考える……私は私を否定されたこの世界で生きていけないかもしれない。
みゆき「話は変わりますが……もう一人、つかささんの話を信じている人が居るのです、会ってみる気はありますか、本人は冗談半分かもしれないのですが……」
冗談半分、この言葉で直ぐに浮かんだ名前があった。
つかさ「もしかしてこなちゃん、泉さん?」
ゆきちゃんは頷いた。
つかさ「でも、家族でも親戚でもないのに会えるの?」
みゆき「それは問題ありません、つかささんが了承すれば」
 
 私はこなちゃんとの面会を希望した。不思議だった。家族誰一人私と会おうともしないのにゆきちゃん、こなちゃんは会ってくれる、会おうとしてくれている。
絆って一体何だろう。分からない。私は一体誰なのだろう……疑問ばかりが増えるばかりだった。
 
こなちゃんとの面会は意外と早く実現した。それは数日後だった。
こなた「貴女は……」
ゆきちゃんから紹介されるやいなやこなちゃんは私を見るなり驚いた顔をした。
こなた「この人知ってるよ、臨時のアルバイトをしていた時、帰りにいきなり私に声をかけた人だ」
あの時の私を覚えてくれていた。それはそれで嬉しいけど、もう随分昔の出来事なのに。
こなた「あの時は相手にしてあげられなくてごめんね、お母さんが危篤になったって連絡があったからから急いでいたんだよ」
この世界ではこなちゃんのお母さんはあの時生きていた。そうだったのか。
つかさ「あの時は私も動揺してて、訳が分からなくて……今も同じだけど」
こなちゃんは私に興味津々みたい、どんどん私に近づいてきた。
こなた「ねぇ、貴女の世界では私のお母さんは私が生まれて直ぐに死んじゃったんでしょ」
つかさ「え、う、うん、そうだけど……」
こなた「向こうの世界の私ってどんな人だった?」
私が話をしようとするとこなちゃん大学ノートを取り出した。私がノートに目線を向けるとこなちゃんもそれに気が付いた。
こなた「あぁ、これね、これはメモしているだけだからあまり気にしないで」
後で聞いた話だけどこなちゃんはゲームのシナリオライターで、ゲーム原案のネタの為に私の話を聞きに来たと言っていた。
つかさ「急に言われても……足が速くて、ゲームとか漫画が好きで……会っていて楽しい人だったよ」
こなた「……何だ~それじゃ私とあまり変わらないじゃん、もう少し、母親を早く亡くして哀愁を漂わせていたとか……そんなのは無かったの?」
更に身を乗り出して聞いてきた。私に言わせればお母さんが亡くなって七年しか経っていないのに何の躊躇いも無くそんな質問をするなんて、こなちゃんだよ。
そう、そこに居るのは紛れも無くこなちゃん。生い立ちが違っていても人ってそんなに変わらないものなのかな。
こうやって物思いに耽っているとこなちゃんはノートになにやら書いていた。
つかさ「何をかいているの?」
こなちゃんはノートを開いて私に見せた。
こなた「どうかな?」
それは私の似顔絵だった。数分くらいしか経っていない、乱暴に描いてあるけど似ている、私にそっくりだった。
つかさ「す、凄い、似ているよ、そっくりだよ」
こなた「いや~褒められたのは久しぶりだよ、高校時代は漫研入部していてね……あの時はろくな漫画もかけなかったよ、ははは、ひよりんとよく争ったもんだ……」
こなちゃんが部活に入っていたなんて。やっぱり何かが少しずつ違う。
つかさ「私の知っているこなちゃんはこんなに絵が上手くなかった、お姉ちゃんの似顔絵描いた時なんか……笑っちゃったよ」
こなた「そうそう、そうゆう話が聞きたかった、もっと詳しく教えて……ってお姉ちゃんって誰?」
つかさ「……私の、家族、柊……」
こなた「あっ!!」
みゆき「泉さん、もうこれ以上その話をするのは控えて下さい」
今まで隣の部屋に居たゆきちゃんが入ってきた。私達の話を聞いていたみたいだった。
こなた「ご、ごめん、この話はタブーだったね、ちょっと夢中になっちゃって……つ、つかささんで良いのかな、ごめんなさい」
 
ゆきちゃんは止めたけど私は別に嫌な話ではなかった。むしろもっと話したかった。話が途切れたのが原因なのか重い雰囲気が広がった。
つかさ「こなちゃん、何でお姉ちゃんともっと親しくなれなかったの、私の知っている二人はもっと仲が良かった」
こなちゃんは天井を向いて考え込んだ。ゆきちゃんも私の話を止めようとはしなかった。私自ら話しだした内容については何も言わなかった。
こなた「ん~何でかな、高校時代からみゆきさんの友達としては知っていたけど、クラスが違うせいかあまり話す機会がなかったし……優等生で
    真面目ってイメージが強くて近寄り難かった、それは今でも同じ、彼女は弁護士の卵だしね」
つかさ「そんな事ないよ、家ではゲームだってするし、時々私の漫画も借りにきたりしたり、テレビドラマの内容の話で盛り上がったりしたり……確かに
    私より真面目かもしれないけど、時々大きな失敗したりして面白い所もあるよ、こなちゃんと気が合うと思うんだけど」
こなちゃんとゆきちゃんは顔を合わせて暫く黙ってしまった。
こなた「なんか違うな~、そっちの世界の柊さんと違うんじゃないかな」
つかさ「少なくともゆきちゃんとこなちゃんの性格、特徴は殆ど同じだよ、細かい所は違うかもしれないけど……だからお姉ちゃんも同じ筈」
みゆき「こうやって私たちが会しているのを踏まえて考えるとそうかもしれませんね……柊さんと泉さんとは水と油のような気がして積極的に紹介はしませんでした、
    つかささんの話を聞いていると柊さんの本質はむしろ泉さんに近いのかもしれません……」
こなた「そうかな、隙が無くて、突っ込まれそうな気がするけど……そこまで言うなら今度会ってみようかな~」
みゆき「明後日、会う約束をしているので、その時で宜しければ」
その通り、いつもこなちゃんはお姉ちゃんに突っ込まれていたよね、でも、今は言わない……あれ、そうか
お姉ちゃんとこなちゃんって自分達から積極的に友達になった訳じゃなかった。今考えると私が紹介したから二人は友達になれた。そんな気がした。でも、今は関係ない。
つかさ「ゆきちゃん、こなちゃん、なんで私なんか、犯罪者の私にこんなに良くしてくれるの?」
二人はまた顔を見合わせた。そしてこなちゃんは笑った。
こなた「犯罪者ね、確かに世間にはそう思われているし、実際にあの時成人だったら前科がついてもおかしくなかった、だけど、あの時、つかささんは何も盗んでいない、
    それどころか冷蔵庫にアイスクリームを置いて逃げた……捕まってみれば、謎の少女、素性も名前も現住所も全て不明、あるのは精巧に偽造された免許証、学生証、
    柊家の合鍵、七年経っても身内、知人が誰一人名乗り出ない、まさに忘れられた人、これはどう考えてもSF的考察をしないと解決できないよ、
    免許証も学生証も鍵も偽造じゃなくて本物だった、もちろんつかささんの居た世界ではね、でも何かが起きて私達の世界に迷い込んだ、つかささんの居ないこの世界に」
ゆきちゃんと同じような考えだったのか。初めてこなちゃんが頼もしく見えてきた。
つかさ「こなちゃん、ゆきちゃんありがとう、二人だけでも私を理解してくれる人が居るなんて」
こなた「こなちゃん……そんな風に呼ばれるのは初めて、向こうの世界ではよっぽど仲がよかったんだね、でも元の世界に帰れるなんて考えないほうがいいよ、
この世界に来てしまったのは何かの偶然に違いない、また同じ偶然が起きる確率なんてきっと天文学的数字分の1だよ、この世界で生きていく方法を見つけないとね」
確かにもう元の世界には帰れないかもしれない。それならばここで生きていく方法を見つけないといけない。家族と一緒に暮らすのは諦めるしかなさそう、うんん
今後、家族と暮らすためにもまずはこの病院から出ないといけない。
 
 こなちゃんと話せて楽しかった。そしてその体験はさらにこの病院から出たいと言う願望が強まった。
こなちゃんが帰り、ゆきちゃんも帰りの支度をし始めた。
つかさ「ゆきちゃん、わたし、私はこの前言った三つの条件を受ける」
みゆき「そ、そうですか……分かりました手続きをします」
ゆきちゃんは嬉しそうな、悲しいような複雑な表情をした。
 
 
店員「あゆみさん、で来ました」
あゆみ「うん、これで良いよ、お客様に出して」
店員「はい」
店員は出来上がった料理をお客様の待っているテーブルへと運ぶ
 
私は夏目あゆみ、柊つかさから名前を変えて病院から出ることが出来た。本当は『つかさ』までは変えたくはなかった。だけどそれは許されなかった。
辛い治療が約一年も続いた。でも私は耐えた。
変えたのは名前だけではない。住む場所も変えた。二つも県を跨いだ遠い街。病院を出た私はゆきちゃんの援助で料理の専門学校に入り調理師の免許を取った。
この街のホテルのレストランで料理長をするにまでになった。病院を出て四年も経った。
病院を出てもゆきちゃんとこなちゃんとは頻繁に会っていた。ゆきちゃんは結婚をしたので最近は月に一回くらい、こなちゃんも彼氏が出来たみたい。
お姉ちゃんは、病院を出る時に弁護士試験を合格したのと結婚をしたと聞かされてからゆきちゃんとこなちゃんからの情報は全くない。
情報がないのは私の方から話さないようにしたのだった。話せば会いたくなるだけだら。私はお姉ちゃんや両親に何度か手紙を出した。
真相は書いてはいけないと言われたので不法侵入に対するお詫びと謝罪。でも返事は一通も来なかった。
それでも情報は嫌でも入ってくる。お姉ちゃんは敏腕弁護士、テレビや雑誌でも取り上げられているからね。
 
店員「お先に帰ります、あゆみさん」
あゆみ「お疲れ様……」
この名前……なんだろう、もう一人の自分、別人になってしまったような感覚。「柊つかさ」はもう死んでしまった。
そう自分に言い聞かせていた。そうなんだ。だからこうやって仕事だけに打ち込んできた。
だけど今日は早く帰らなきゃいけない。引継ぎを同僚に頼んで早く帰してもらった。ゆきちゃんと会う約束をしていたから。もちろん私がした約束だから遅れる訳にはいかない。
ゆきちゃんには働いているレストランのホテルに来てもらうようにしていた。
あゆみ「ゆきちゃん、お待たせ、ごめんね、遅れちゃって」
みゆき「いいえ、私も今来たところです」
私はホテルの喫茶店に案内した。どうも自分の職場、レストランだと話がし難かったから。
みゆき「ところでお話というのは何ですか?」
あゆみ「うん、私が病院を出てから学校を卒業するまでのお金を返そうと思って、もうお金には困らなくなったから」
みゆき「いけません、私はそんなつもりでお金を出していません」
ゆきちゃんは厳しい顔になった。その気持ちは凄く嬉しかった。
あゆみ「でもね、私もそんなつもりで借りた訳じゃないよ、こうゆうのはちゃんと清算しないとお互いにしこりが残っちゃうでしょ?」
みゆき「それはそれです、私はあゆみさんに投資をしたのです、もうその投資分はしっかり頂きました、ホテルレストランのコック長……素晴らしいです、これで充分です」
笑顔で答えた。そこまで言われると気が引けてしまう。
あゆみ「でも、私の気持ちが……」
みゆき「その気持ちだけで充分です、どうですか、ご自分に投資されてはどうでしょう、例えば、結婚資金のために……」
あゆみ「結婚……そういえば皆結婚しちゃたんだね、私だけまだだった」
みゆき「あっ、別に私はそのような差別的な意味ではなくて」
慌てて訂正するゆきちゃん、私もゆきちゃんの言葉に怒っていたわけではなかった。事実を言っただけ。
あゆみ「私はまだ結婚は考えていない、しないかもしれないし」
みゆき「何故ですか、好きな人と一緒になるのは自然の摂理です、あゆみさんの過去は関係ないです、しっかりして下さい」
好きな人は居た。過去形になっているけど専門学校時代に好きな人ができた。だけど卒業すると同時に別れた。彼が呼ぶ私の名前に違和感が最後まで消えなかったから。
そんな私を見て彼の愛は冷めてしまったに違いない。
あゆみ「そんなんじゃないよ、ただ、何となくそう思っただけ、気にしないで」
みゆき「やはりご家族と逢いたいのですね」
今の言葉は私の心を抉った。忘れていた感情が沸きあがってきた。
あゆみ「ゆきちゃんがそんなの言うなんて、いくら私でも三つの条件の意味は知ってるつもりだよ」
みゆき「約束とか契約とかは抜きにして、正直な気持ちはそうですよね、本来はご家族と逢ってあゆみさんの過去を清算しなければならかった」
あゆみ「ゆきちゃん、もう良いよ、その話はしないって約束したでしょ」
みゆき「ご両親、かがみさんは何故会おうとしないのですか、かがみさんは弁護士になったのならあゆみさんの心理は理解できるはずなのに」
ゆきちゃんの口調が荒くなってきた。こんなに感情的になるのは初めてかもしれない。
あゆみ「お姉ちゃんは家を守った、それだけだよ、居るはずのない妹が居たら誰だってそうなるよ」
みゆき「本当に、本当にそれで良いのですか、私は納得できません、例え条件を破っても会いに行くべきです、そうは思いませんかつかささん!!」
ゆきちゃんは立ち上がり両手を机に叩き付けた。周りのお客さん、店員が私たちを注目する。我に返ったゆきちゃんは慌てて座り小さくなった。
あゆみ「ゆきちゃんは二回も約束を破っちゃったね、家族の話はしない、私を昔の名前で呼ばない、そうだったよね」
みゆき「ごめんなさい、しかし、ここまで言ったのですから最後まで言わせてください」
ゆきちゃんはわざと約束を破った。そんな気がした。
みゆき「つかささんが病院を退院する頃、私はかがみさんと約束を交わしました、それはつかささんの話をもう二度としてはならないと、分かりますか、このままでは
    つかささんとかがみさんは永遠に逢えません、私はそんな悲劇は見たくありません、柊家とつかささんが会っているのはかがみさんただ一人、
    あえて言います、柊家に向かってかがみさんを訪ねて下さい、もう一度会えば必ずかがみさんはつかささんを理解してくれるはずです、条件が気になるのでしたら
    何処か柊家から離れた場所にかがみさんを連れてきてきます」
ゆきちゃんは今でも私をつかさとして私を見てくれている。嬉しい。ゆきちゃんは私とお姉ちゃんに挟まって苦しんでいた。まったく気が付かなかった。そういえば
ゆきちゃんの結婚式の時、お姉ちゃんは来ていなかった。ゆきちゃんは私とお姉ちゃんを会わせない為に……
だめだよ、もしお姉ちゃんが私の知っているお姉ちゃんだったら。
あゆみ「お姉ちゃんとの約束を破ったら、ゆきちゃんはもうお姉ちゃんと友達でいられなくなるよ、そこまでしてお姉ちゃんと会うなんて出来ない、それにお姉ちゃんは
    私に会っても妹とは思ってくれない、お姉ちゃんってそうゆう人だよ、自分の見た物、体験した事しか信じない、だから私と会っても多分また追い出される……
    だからお姉ちゃんの方から会うって言うまで待つしかないよ」
ゆきちゃんは暫く何も言わず私を見ていた。
みゆき「やはり貴女はかがみさんの妹ですね、かがみさんの分析が的確過ぎます、私の浅墓な計画は崩れ去りました、ご家族の問題はご家族で解決する以外はないようです、
あとはあゆみさんの思うようにしてください」
あゆみ「ありがとう、今日はホテルの部屋を予約してあるから泊まっていって、お金は大事に貯めておくよ、これで良いでしょ?」
みゆき「はい、それで良いです、お言葉に甘えて泊めさせて頂きます」
ゆきちゃんは立ち上がった。
あゆみ「明日の朝食はうちのレストランに来て、私が作った料理を出してあげるから」
みゆき「ご馳走になります」
私はゆきちゃんにホテルのキーを渡した。ゆきちゃんは受け取るとロビーの方に歩いて行った。
あゆみ「ゆきちゃん待って」
止まって振り向いた。
あゆみ「こなちゃんの結婚式の会場は決まったの?」
みゆき「いいえ未だですが」
あゆみ「このホテルお奨めだよ、だけど、ここだとお姉ちゃんは来ないかな」
私は苦笑いをした。
みゆき「かがみさんは何処で式をしても来てはくれないでしょう、弁護士のお仕事が忙しいですから……私の時もそうでした」
悲しい顔だった。違う、私の知っているお姉ちゃんと違う。冠婚葬祭だったら私事よりそっちを優先するよ。この時初めてお姉ちゃんに会いたくないと思った。
みゆき「おやすみなさい」
あゆみ「……おやすみ」
ロビーに向かうゆきちゃんの姿が悲しげだった。
 
 ゆきちゃんは私の働いているホテルを気に入ってくれた。それでこなちゃんの結婚式そのホテルに決まった。もちろん料理は私のお店が担当。
私は直接式に参加しないからお姉ちゃんは来るものと思っていた。でも、来なかった。こなちゃんは私がお姉ちゃんを紹介してから親友になったって言っていたのに。
そんなに弁護士、仕事が大事なのかな。私には理解できなかった。
 
こなちゃんの結婚式が終わってからゆきちゃんもこなちゃんも自分からはお姉ちゃんの話をしなくなった。私も話をしない。それでも二人は以前と同じように
お姉ちゃんと会っているのはなんとなく分かった。こなちゃん達の友情は結婚式を欠席したくらいで終わるような柔じゃない。
話をしなくなったのは、私と柊家との関係修復はもう絶望的だって気付いたに違いない。私は何となくそう思い始めてきた。
三つの条件、受け入れなくてもきっと結果は同じだった。こうして自由にいられるだけまだましなのかな。うんん、家族に逢えないのに何が自由……戻りたい。私の居た世界に。
 
 
 私がレストランの料理長になってから三年が過ぎた、私の周りに腕の良い職人さんが増えてきた。私の仕事もその人たちに任すことが出来るようになった。そのおかげで
随分余暇が増えるようになった。普段はできなかったお買い物とかが出来るようになった。もちろん恋愛だって少しは……
今日は午後から急に雨が降ってきた。予定していたお買い物は中止にした。特に何も用事があるわけではなかった。のんびりテレビを見て過ごしていた。
『ピンポーン』
呼び鈴が鳴った。誰だろう、彼かな……今日は仕事だって言っていた。何かの勧誘かな、断るのは嫌だな。
『ピンポーン、ピンポーン』
呼び鈴は何度も押された。私はゆっくりと玄関に近づいた。万が一って事があるから鎖を扉につけ恐る恐る開けた。こなちゃんが立っていた。
あゆみ「こなちゃん……」
私は直ぐに鎖を外してドアを全開にした。玄関の先にこなちゃんの車が止まっていた。
あゆみ「どうしたの、急に来ちゃって、今日は偶々お休みだったから良かったけど、来るなら連絡して欲しいな」
こなちゃんは何も言わず立っていた。車から直ぐ近くとはいえ傘も差さないでいるから肩が雨で濡れている。
あゆみ「とりあえず中に入って、急だからろくなおもてなしもできないけど」
こなちゃんはゆっくりと家の中に入った。だけど靴を脱ごうとはしなかった。どうしたのだろう。何かおかしい。
あゆみ「どうしたの、中に入って休んで、車の運転大変だったでしょ」
こなた「みゆきさんはダメって言った、だけど私は黙っているなんて出来ない」
重い口調だった。悪い予感が過ぎった。
あゆみ「私に何か知らせたい事があるの、それなら電話でも良かったのに」
こなた「ただおさんが危篤状態なんだ」
頭の中が真っ白になった。何時か、何時かは来るとは分かっていた。だけど早い、早過ぎる、私はまだお姉ちゃん以外の家族と顔すら見ていないのに。
あゆみ「なんで、どうして……」
こなた「半年前から病だった、もう最後の時だよ……もう時間がない、私の車で行こう、会いに行こう、家族が全員集まっているよ」
逢いに……逢いたい。逢いたいけど。
あゆみ「わ、私は、夏目あゆみ、もう柊家とは何の関係もない、だから行けない……でもお香典くらいは、こなちゃん持っていってくれるかな」
こなた「ただおさんの入院している病院は柊家から10キロメートル以上離れた場所にあるから気にしないで、私とかがみの仲だから大丈夫、私と一緒に行けば病室に入れる」
今すぐこなちゃんの車に飛び乗って行きたい。とても強い感情、だけど体が言うことを聞いてくれない。足が前に出ない。
こなた「どうしたの、早く行こう、こうしている間にも……これはチャンスだよ、つかさが家族だって証明できるチャンスだよ」
その時全てが分かった。何故私が今まで家族に会いに行かなかったのか。それは条件のせいじゃなかった。
あゆみ「行けない、やっぱり私は行けない」
こなた「もう不法侵入したなんて関係ないじゃないか、何を躊躇っているのさ、それともかがみが警察を呼んだのが憎いの、そうじゃないでしょ、私はお母さんを亡くして
    分かったんだよ、あの時こうしておけば良かったなって、もっと話しておけば良かったなって、そう思ったからみゆきさんの反対を押して来たんだよ」
幼い頃に亡くした世界のこなちゃんじゃない、とても説得力があった。ただの家出娘ならこの言葉で充分。だけど……
あゆみ「だ、だめだよ、もう聞きたくないの『貴女は誰』って、買い物から帰ってきてお姉ちゃんに会ってそう言われた、こなちゃんにも、成美さんも、近所の人からも
    私の知っている皆は私を知らない、これから病院に行ってお母さん、いのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃんからきっと同じように言われる、もう私はつかさじゃないよ
    ここにはつかさは居ない、居ちゃいけないんだよ……」
こなた「そうだよね、辛いよね……でも私が認めるよ、つかさ、だって私とかがみを親友にしてくれたから、かがみの妹じゃないと出来ないよ」
もう涸れて出ないと思っていた涙がでてきた。もう何をして良いのか分からない。そこにこなちゃんの携帯からバイブ音がした。
あゆみ「こなちゃん?」
こなた「みゆきさんから……遅かった、たった今……亡くなった……」
幼い頃からやさしかったお父さん、お父さんとの思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。行きたかった。もうお父さんと呼べない。一度でいいから呼んで欲しかった。
あゆみ「こ、こなちゃん、私……うう、こなちゃ……わぁー!!」
こなちゃんに飛び込むように抱きついた。涙が止まらない。今まで溜まっていた涙を全て出し切るまで泣いた。

 

 

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