ID:7jZue2hu0氏:ともだち記念日(ページ1)

 んーっと伸びをしてシャーペンを机の上に置く。時計を見ると、そろそろ夕ご飯が出来るころ。我ながらいい時間に終わらせることが出来たもんだと、自画自賛なんかしてみる。
 勉強用具を片付けていると、マナーモードにして机においていた携帯が震えた。開いてみると友人の泉こなたからのメールが一通届いていた。
『明日、何の日か覚えてる?』
 こなたにしては珍しい、なんの捻りもないシンプルなメール。わたしはその事に違和感を感じながらも、覚えていることを返信しておいた。
 そして、別の違和感に首を捻る。こんな風にこなたから確認のメールなんて初めてなんじゃないだろうか、と。
 少し考えて、あることに思い当たった。
「そっか…五年目なんだ」
 思わず口にしてしまう。節目だから、確認したくなったのだろうか。変に誤解を与えないように、シンプルな文面にしたのだろうか。それとも…自分から確認することが恥ずかしかったのだろうか…いや、あいつに限って恥ずかしいとかないわね…まあ、あの子の事だから、ほんの気まぐれなんだろうけど。
 机の前の壁にかけてあるコルクボードから、一枚の写真を外す。わたしとこなた、二人だけが写っている写真。一方的に抱きついてきているこなたと、それを離そうとしているわたし。でも、二人とも笑っている。なんだか嬉しそうに。
 写真の裏側には、日付と『ともだち記念日』という文字がこなたの酷い癖字で書いてある。
 その日は記念日。わたしとこなた、二人の記念日。

 忘れようにも忘れられない、わたし達の始まりの日。

 

― ともだち記念日 ―

 

 陵桜学園に無事入学でき、学校生活にも慣れてきたある日曜の事だった。
「ただいまー」
 何か飲み物を飲もうと台所に向かったわたしは、丁度帰って来た妹のつかさと鉢合わせた。
 いつもは休日にはお昼まで寝ているつかさが、珍しく朝から出かけていたのだ。
「おかえり、つかさ…あれ、その子は?見たことないけど、近所の小学生かしら?迷子か何かなの?」
 わたしはつかさの後ろに見慣れない、小学校高学年くらいの女の子が居るのを見て、そう聞いた。すると、つかさはなんだか困ったような顔をして頬をかいた。
「えっとね…昨日言ってた泉こなたさんだよ。わたしのクラスメイトの…」
 そして、何故か申し訳なさそうにそう言った。泉さん…思い出した。昨日なんかきっかけがあって友達になったとか、嬉しそうに言ってた人だ。
 わたしとつかさ、そして泉さんの間に何だか気まずい空気が流れる。
「…そ、そうなの…い、いらっしゃい」
 我ながら、何ともいえない間抜けな挨拶だ…っていうか謝罪しろよ、わたし。
 泉さんは何も言わずに軽く会釈をしてきた。わたしも何も言わず、そのまま台所に向かった。
「…今の、お姉さん?」
「そうだよ。かがみお姉ちゃん」
 後ろからそんな会話が聞こえてきた。うわー、第一印象最悪だわ…折角出来たつかさの友達だってのに…。


 台所でお茶を飲みながら、わたしはつかさの部屋がある辺りを見上げた。
 引っ込み思案で控えめで、多少人見知りもするつかさが友達になった次の日に家に招待するなんて、よっぽど気に入ったのか、泉さんが親しみやすい人物なのか。つかさが知り合う人に片っ端からつける『いい人』という評価は、今回は当たりだったようだ。
 で、その泉さんを初対面で小学生呼ばわりしたわたし…。
「…でも、アレはそう見えてもしょうがないわよね」
 いい訳じみたことを口にする。誰に向かって見栄を張ってるんだか。いいかげん、こういう性格直したいなあ…って言う事を何度思ったことやら。

 


 次の日。学校のお昼休みに、一緒にお弁当を食べようとわたしはつかさのクラスに向かった。
 小学校のころから一貫してつかさと同じクラスになれないのは、なにかしら変な力でも働いているんだろうか。なんて、くだらないことを考えながらつかさのいる教室に入った。
「こんにちは。柊さん」
 入った直後に、つかさのクラスの委員長である高良みゆきさんに声をかけられた。委員会で何度か顔を合わせて、それなりに見知った仲だ。
「こんにちは…っと、出るところだった?ごめんね」
 わたしは挨拶を返しながら、自分が教室の出口をふさいでることに気がつき、すぐに場所を開けた。高良さんは微笑みながら軽く頭を下げて、教室を出て行った。
 うーん…動作に嫌味が無いと言うか、物腰が上品と言うか、良いとこのお嬢様って噂が本当っぽく見えるわね。美人だしスタイルもいいし、少し分けて欲しいわ…。
 そんな事を考えながら、わたしは教室を横切りつかさの席に向かった。
 つかさの席にはすでに先客…泉さんが居た。
「つかさ、きたわよー」
「あ、お姉ちゃん」
 つかさに声をかけ、手近な席から椅子を拝借してくる。いつもはつかさの正面に座るんだけど、今日はそこに泉さんがいるから側面に椅子を置いて座った。
「こんにちは、泉さん」
 昨日のことを引きずらないように、なるべく自然に挨拶をする。
「…ども」
 泉さんはこっちを向いたまま軽く会釈をし、ぼそっとそう言った。う、うーん…警戒されてるのかしら…。
「こなちゃん、なんでそんなに緊張してるの?」
 昨日のことを忘れたのか、空気を読んでないのか、なんの躊躇も無く泉さんにそう聞くつかさ。ってか、もうあだ名で呼んでるのね。凄いぞつかさ…いや、その辺は今はどうでもいいわね。
「だって、先輩でしょ?…少しは緊張するよ」
「…先輩?わたしが?」
 泉さんの言葉に思わずそう聞いてしまう。泉さんは目をパチクリさせて、つかさの方を見た。
「え、だってつかさのお姉さんだって…」
 泉さんのその言葉に、わたしは彼女が誤解してることと、その原因を理解した。
「つかさ…あんた、わたし達が双子だって言い忘れてたでしょ?」
 わたしがそう言うと、つかさは微妙に視線をそらした。
「そ、そうだったっけ…」
「もー、そう言うことはちゃんと言ってよ。びっくりしちゃったよ」
 泉さんがつかさに向かって文句を言う。友達になって日が浅いとは思えない気さくさだ。この二人は、だいぶ馬があうみたいね。つかさもいい友達見つけたもんだ。
「ご、ごめんね、こなちゃん」
「うん、まあいいけど…ってことは同い年なんだよね?」
 わたしにそう聞いてきた泉さんに頷いて見せると、彼女は人懐っこい笑みを浮かべた。
「んじゃ、よろしく」
 そう言いながら手をこちらにさし伸ばしてくる。わたしは急にフレンドリーになった彼女の態度に驚きながら、それを軽く握った。うわ、小さいなあ。
「よ、よろしく…えっと、昨日はごめんね」
 手を離しながら昨日のことをわたしが謝ると、泉さんは少し首をかしげた。
「昨日?…ああ、あれ」
 そして、何か思いついたように手を叩いた。
「ああいうの、いつものことだからね。時節の挨拶みたいなもんだよ」
 良かった。怒ってないみたいだし、気にしてもいない様だ。でも、時節の挨拶にたとえるのはどうかと思う。

 


 泉さんと知り合って二週間ほどたった。
 つかさの友達だということで、わたしは少し距離を置いていたけど、泉さんと話すことは何故か心地よくて、次第に彼女のことをわたしも気に入り始めていた。

 そんなある日、わたしは一緒に帰ろうとつかさのクラスを訪れた。
 教室を覗き込んでみるとつかさの席にその姿は無く、前の席で帰り支度をしてるらしい泉さんの姿があった。
「こんにちは、泉さん。つかさ、いないみたいだけど、どうしたの?」
 泉さんに近づきそう声をかけると、彼女はわたしの方を見てため息をついた。
「先生に呼び出しくらってたよ。長くなるから先に帰ってって言われた」
「…なにしたの、あの子」
 わたしの呟きには答えずに、いずみさんは鞄のふたを閉めて立ち上がった。
「一緒に買い物に行こうって言ってたんだけどね、今日は止めとこうかな」
 そう言いながらため息をつく泉さん。ちょっと残念そうだ。ここは、姉として何かしておくべきかしらね。
「あ、それじゃわたしと帰る?なんだったら買い物にも付き合うし」
 わたしがそう言うと、泉さんは少し首をかしげた。
「いいの?つかさ待たなくて。用事があったんじゃ…」
「うん、まあ用事って言っても、今日委員会が無いから一緒に帰ろうかなって事だから…」
「ああ、そういうこと…」
 泉さんは少し考える仕草をした。もしかして悩んでる?泉さんと二人きりってのは初めてだしなー…それとも最初のアレ、やっぱり怒ってるのかしら。
「うん、じゃあ付き合ってもらっていいかな?」
 わたしが一人でヤキモキしてると、泉さんはあっさりとそう言った。やっぱり気にしてないみたい。うーん、わたし考えすぎなのかな…。
「オッケー、それじゃ行きましょうか」
 わたしがそう言うと、泉さんは頷いて教室の出口に向かって歩き出した。その後に続いて、わたしも歩き出す。
 それにしても、こうして見ると泉さんってホント小さいわね。なんて言うか、ちょっと可愛い…いやいや、何考えてるのわたし。

 

 泉さんに連れられてきたお店を、わたしはポカンと見上げていた。壁やら入口のドアやらに、アニメや漫画のポスターがたくさん張られている。
「えと…ここ、何のお店?」
 わたしが泉さんの方を見てそう聞くと、彼女は軽く微笑んだ。
「見ての通りの店だよ。さ、入ろっか」
 いや、見ての通りって言われても…わたしはさっさと店内に入っていく泉さんに置いていかれない様に、慌ててその後を追った。

 お店の中は、外側よりもさらに大変なことになっていた。アニメ関連の雑誌やDVD、多数の漫画やゲームに関連グッズっていうのかしら?そんなものが所狭しと並べてある。流れてる音楽も、いかにもそれっぽいアニメソングだ。
「…泉さんって、こういうとこに来る人だったのね」
 早速色々と物色を始めてる泉さんに、わたしはそう言った。
「うん、そうだよ」
 こっちを見もせずに、泉さんはあっさりと答えた。泉さんはアレか…いわゆるオタクという人らしい。しかも隠すつもりはまったく無いって感じだ。
 つかさは泉さんがオタクだということを知ってるのだろうか。知ってるとしたら、普段どういう会話をしてるんだろうか…何故かそんなことが気になった。

「…お、コレ探してたんだよねー」
 泉さんはあちらこちらをうろうろしながら、どことなく楽しそうに買うものを決めていく。わたしは、それについていくだけだ。こういうのにあまり興味がなくてよく分からないので、泉さんの買うものに何か言うこともできない。かと言って、泉さんから話を振られることも無いし、正直、一緒に買い物に来る意味があったんだろうかって考えてしまう。
 つかさとだったら違ったんだろうかって思ったけど、あの子もこういうのは分からないだろうし、変わらないだろうなって思い直した。
「これも入荷してたんだ。今日は大漁だねー」
 相変わらず、泉さんは楽しそうだ。さっきからわたしと何も喋ってないどころか、わたしが居ることすら忘れてるんじゃないかって思う。これなら一人で来ても変わらないんじゃないかな。
「…大丈夫?」
「え、な、何!?」
 急に泉さんに声をかけられ、驚いて上ずった声で返事をしてしまう。
「なんかボーっとしてたけど…」
「な、なんでもないわよ」
「そう?だったらいいんだけど…」
 一応気にはかけてくれてるのかしら…。
「あっと、こっちも見とかないとねー」
 と、思った矢先に違う場所に移動を始める泉さん。その後を慌てて追いながら、わたしは彼女が何を考えてるのかちょっと分からなくなってきていた。


「さてっと、アレはあるかなー」
 着いた先は…なんだろう。なんて言えばいいんだろう…ゲーム…だと思うんだけど…。
「あの…ここなに…?」
 思わず不安そうに聞いてしまうわたし。どこを見ても、なんていうか…アニメ調の女の子ばかり目に飛び込んでくるんだけど…。
 いくつかのパッケージを手にとって、タイトルを確認してるらしい泉さんは、それらを棚に戻してこちらを向いた。
「なにってギャルゲ。今ね、特集コーナーが設置されてて、掘り出し物が見つかりそうなんだよ」
 そして、事も無げにそう言った。おかしい。なんかおかしい…っていうか…。
「…こういうのって、女の子のするものなの…?」
 呟くようにわたしが言うと、泉さんは頬をかきながら首をかしげた。
「別にいいんじゃないの?しちゃいけないなんて法律無いし」
「いや、そりゃ無いけど…」
 無いんだけどなー…なんだろう…入っちゃいけない領域のような気がするんだけど…、
 わたしはなんだかめまいにも似た感覚を覚え、また色々とあさり始めた泉さんを置いてその場を離れてしまった。

 店内を少し歩いたところで、とある棚が目に留まり、わたしは足を止めた。
 どうやら書籍のコーナーらしいんだけど、前に新聞の広告で見て気になっていたものの、地元の本屋では見つからなかったタイトルが置いてあった。こういうお店って、アニメやらなんやらばかりだと思ってたけど、こういうのも置いてるのね。
 わたしはその本を手にとって、軽く読み始めた。うん、予想通りなかなか面白い。
「柊さんは、そう言うのに興味あるんだね」
「うわぁっ!?」
 後ろからいきなり声をかけられ、わたしはびっくりして本を押し込むように棚に突っ込んだ。
「な、ななななに?お、驚かさないでよ…」
 わたしは鼓動が収まらない胸を押さえながら、声をかけてきた泉さんに文句を言った。泉さんは何か困った風に頭をかいた。
「いやー、そこまで驚くとは思わなくて…あと、本はそんな乱暴に扱わない方がいいんじゃないかな」
「…泉さんが驚かすからでしょ」
 わたしは気持ちを落ち着かせようと、数回深呼吸をした。その間に泉さんは、わたしが見ていた本が入っている棚を眺めていた。
「柊さん、ラノベに興味あるんだね」
 なんとなく言った…と思う泉さんのその言葉に、収まりかけていた鼓動がまた速くなってきた。
「…と、特に…無いわよ」
 答える言葉が、何故かどもってしまう。どうしてわたしは、こんなに動揺してるんだろう。
「え、でもコレ読んでた時、楽しそうだったよ?」
 泉さんはわたしが戻した本を手に取り、こちらに差し出してきた。頭の中に『違う』って言葉が浮かぶ。
「…違うわ」
 浮かんだ言葉が、そのまま口をついて出る。この本に興味があったのは違わないはずなのに、一体何が違うって言うのよ。
「んー、別に隠さなくてもいいと思うんだけどなー」
 泉さんは、また困ったように頭をかいた。ようにというか、本当に困ってるんだろう。わたしのおかしな態度に。
「それに、柊さんがこういうのに興味あるってのに安心したよ」
 なんでだろう。泉さんの気楽そうな声が癇に障る。さっきまでそんなこと無かったのに。
「わたしばっかり楽しんでるのもアレだしね…友達なんだし」
 違う。わたしの中で言葉が大きくなる。そうか…本に興味がある事を違うって思ったんじゃない。同じに思われたくなかったんだ。
「…いつから…」
 わたしの口が…まるで別の『わたし』がいるみたいに、勝手に言葉を吐き出す。やめてよ…その先は言わないで。
「いつから、わたしとアンタが友達になったのよ!?」
 予想外に大きな声が出た。騒がしかった店内の音が聞こえなくなる。陽気な声のアニメソングが酷く耳障りに感じて、わたしは顔をしかめて泉さんに背を向けた。
「…そっか…」
 背中から泉さんの声が聞こえる。
「わたし…勘違いしてたのかな…」
 その声は、震えていたような気がした。

 


自己嫌悪。
 家に帰る最中、わたしの中はその言葉で一杯だった。
 学校じゃ普通に話してたし、今日の買い物だって付き合うって言ったのわたしからだったじゃない。友達だって向こうが思うの当然じゃない。なのに…あんなことを…。
 オタクだと思われたくなかった。きっと、『わたし』はあの時そう思ってた。誰に向かってそんな見栄を張ってたんだろう。わたしの前に居た泉さん?それとも名前も知らない周りの人たち?
 くだらない…本気でそう思う。くだらない見栄のために、『わたし』は泉さんに理不尽な態度をとったんだ。
「…怒ってるかな…」
 ボソッと呟きが漏れる。最後の泉さんの声が震えていたのは、きっとわたしに対する怒りからだろう。泉さんからすれば、訳のわからないうちに怒鳴られて拒絶されたようなもんだから…そんな理不尽を突きつけられたら、わたしも怒るだろうな。
 ホント、最悪だ…せめてつかさとの仲だけはこじれないで欲しいと、わたしは心の底から思った。

 

「…ただいま」
 家の玄関をそっと開けながら、わたしは小さな声でそう言った。できれば誰にも合わずに部屋に戻りたかったからだ。
「おかえり、お姉ちゃん。遅かったんだね。どこか寄ってたの?」
 …よりにもよって、つかさと鉢合わせた。
「…ちょっとね」
 泉さんと買い物に行って、喧嘩別れみたいに置いてきた…とはとても言えずに、わたしは曖昧な答えを返してしまった。
「…もうすぐ、ご飯だよ」
 つかさは特に何も聞いてこないで、そう言って台所の方に歩いていった。
 わたしはその背中が見えなくなってから、自分の部屋に向かった。

 部屋に入ったわたしは、鞄を放り出してベッドにうつ伏せに寝転んだ。そして顔を枕に埋める。
 自己嫌悪の感情はちっとも消えてくれない。どころか、どんどん大きくなっていく。
 泉さんに学校で会ったら、わたしはどうすればいいんだろう。その場面を想像しただけで怖くなる。
 明日なんて来なければいいのに。そんな事を真剣に思ってしまう。

 

 わたしがどう思おうと、時間というものは止まらない。そんな当たり前なことにでも、今のわたしはため息をついてしまう。
 何時も通りに制服に着替え、何時も通りに朝食を食べる。何時もわたしより遅く起きてくるつかさは、今日は日直か何からしくすでに家を出ていた。
 台所においてある、つかさの作ったお弁当を取ることすらためらってしまう。
 今日、学校で泉さんはわたしの事をつかさにどう言うんだろうか。頭の中に浮かんだそんな考えに、わたしは顔をしかめた。
 こんな時にまで、わたしは体面を気にしてる…別の『わたし』が自分を保とうとしている。
 イヤになるな…こういうの。

 登校したわたしは、一日自分の教室で過ごすことにした。とりあえず、今日くらいは泉さんに会わずに間を置こうと思っていた。
 逃げているだけ…というのは分かっているのだけど。会ってもどうしていいかわからなくなるだけで、下手をするとまた別の『わたし』が余計なことを言うかもしれないから…いや、これも結局は逃げるための口実なのかもしれない。
 ダメだなあ…頭の中がもうグチャグチャだわ…。


 お昼休み。つかさのクラスに行く気にまったくならなかったわたしは、自分の机でお弁当を広げた。
「お、柊。今日はこっちか?一緒に食べようぜ」
 同じクラスで、中学時代からの友人である日下部みさおが、なんだか嬉しそうに手近な席から椅子を引いてきてわたしの机に自分のお弁当を広げた。
「…峰岸は?」
 わたしは、もう一人の友人峰岸あやのの事を、日下部に聞いた。二人は幼馴染でいつも一緒に行動している。お昼もほとんど二人で食べてるし、わたしがこちらの教室で食べるときは三人で食べているのに、今日はその姿が見えなかったからだ。
「なんか部活の顧問に呼ばれてった。お昼もそっちで食うってさ」
「ふーん…峰岸は、茶道部だったっけ?顧問ってたしか…」
 ど忘れしているのか名前が多い浮かばず、わたしは少し考え込んでしまった。
「天原センセ。保健室の」
 そしてわたしが思い出すより先に、日下部が口にしていた。記憶で日下部に負けるなんて、今のわたしは相当ダメになっているみたいだ。
「この前ちょっと話したけどさ、あやののこと筋がいいって褒めてくれてたんだよな」
 峰岸のことを、我がことのように嬉しそうに話す日下部。この二人は友達としてホントいい関係だと思う。
 …友達か…今のわたしには、なんかきつい言葉よね…。
「…柊?どうしたんだ?」
 日下部にそう声をかけられ、わたしは慌てて顔を上げた。
「あ、うん。なんでもないわ…」
 危ない。思わずうつむいてしまってたみたい。
「そうか?んじゃ、いいんだけど…」
 なにか感づかれなかっただろうか。日下部に限っては、そういう心配はまったくないと思うんだけど。
「ねえ、日下部」
 黙って食事を勧めようかと思ってたはずなのに、わたしは日下部に声をかけていた。日下部は返事の代わりに、お弁当に向いていた視線を、わたしの方にチラッと向けた。
「わたし達は、友達よね?」
 …我ながら、なんていう間抜けな質問なんだろう。
「何だ?いきなり…」
 日下部は、心底訳が分からないと言った感じで瞬きをしている。
 そりゃそうだろう。わたしだって、いきなりこんな質問をされたら目が点になる。じゃあ、何でこんなこと聞いたんだろう…もう自分でも訳がわからなかった。単純な日下部から、なにか明確な答えが欲しかったんだろうか。
「…ごめん。何でもないわ。忘れて」
 わたしはなるべく平淡な感じでそう言い、お弁当の残りを食べ始めた。日下部も首を何度も捻りながらも、食事を再開していた。なんか悪いことしちゃったかな…。

「ちょっと、あやのの様子見てくる」
 お弁当を食べ終えた日下部は、そう言って席を立った。
「…うん」
 わたしはそう短く答えた。こっちの方は、まだ少しお弁当が残っている。
「…あのな、柊」
 少し歩いたところで、日下部は振り向いてわたしを呼んだ。
「友達じゃなかったら、一緒に飯食おうなんて言わないぞ…あたしはな」
 そして日下部は、わたしが箸を止めるより早くそう言い切り、そのまま逃げるように教室を出て行った。わたしはその後姿を唖然と見送ることしか出来なかった。
 …やっぱり何か感づかれてたんだろうか。だとすれば、今のは日下部の精一杯の言葉と照れ隠しだったんだろうか。
 ありがとう。少し軽くなった心の中で日下部に礼を言ったわたしは、日下部が弁当箱を持ったまま教室を出て行ったことに気がつき、小声で笑った。
 そして、一つの考えに思い至った。

 ああ、そうか。こんなにつらいのは…泉さんと友達になりかたかったからなんだ。

 


 その日の放課後。わたしは委員会に出席するために会議室に向かっていた。
 正直気が乗らないと言うか、身が入らない状態なんだけど、委員長なんてものをやってる以上出ない訳にはいかない。こんなことなら引き受けるんじゃなかったわ…ってこんなことになるとか、その時に分かるはずないんだけど。
「こんにちは。柊さん」
 後ろから声をかけられ振り向くと、高良さんが微笑みながら軽く手を振っていた。
「こんにちは…高良さんも、今から?一緒に行く?」
「はい。よろしくお願いします」
 相変わらず丁寧な人よね…そんな他愛もないことを思いながら、わたしは歩く速度を落として高良さんと並んだ。
「…何かありましたか?」
 いきなりそう聞かれ、ドクンっと心臓が跳ね上がった。
「な、なに?急に…」
 どもってしまう。これじゃなにかあるって言ってるようなものだ。
「すいません。何か悩んでいるようなご様子でしたから…」
 一応、平静にしてるつもりだったんだけど…隠しきれてなかったみたいだ。
「…何に悩んでるように見える?」
 わたしは、話しを少しずつそらせないかと、高良さんを試すようにそう聞いた。
「そうですね…お友達と喧嘩をなされたとか」
 …何この人。それるどころか急接近なんだけど。
「…半分、正解ってとこかしら」
 わたしは素直にそう言った。なんか、高良さん相手には隠しきれない気がする。
「半分、ですか」
「そ、半分。わたしとあの子はまだ友達じゃなかったから…それに、喧嘩じゃなくてわたしが相手を一方的に怒らせただけよ」
 わたしがそう言うと、高良さんは人差し指を顎に当てて首をかしげた。
「それだと、半分どころか全然当たっていませんね」
「…あ」
 高良さんの言葉に、身体の力が抜けるような感覚を覚えた。完全に自爆だ。
「『まだ』ということは、お友達になるつもりだった…ということでしょうか?」
 続けて高良さんはそう聞いてきた。
「そう…かもしれないわね…自信ないけど」
 わたしはもう完全に諦めて、自分の事をぶちまけようとしていた。素直になりきれなくて、言葉を濁してるけど。
「…まだその方と、お友達になりたいとお考えですか?」
 それでも、次の質問には答えが浮かばなかった…まったく考えてもいなかったことだからだ。わたしは、どうしたいんだろう?
「もし、そうなら…まずはわたしと友達になりませんか?」
 そう言いながら、高良さんは左手をわたしの方へ差し出してきた。わたしは意味がわからず差し出された手と高良さんの顔を交互に見る。
 そして、少し考えて思いつく。この手を取るということ…それは、泉さんのことをまだ諦めていないと言うこと。まだ友達になりたいと思っているという意思表明。わたしの『どうしたい?』を解決するきっかけ。単純にして明快な意思表示だ。
 この人は…高良みゆきという人は、どこまでわたしの予想の先を行ってるんだろう。
 わたしはその手を…しっかりと握り締めた。あたたかくて頼りになりそうな感じがした。
「…ありがとうございます」
 高良さんは、何故か礼を言いながら微笑んだ。その意味を聞こうとしたけど、それは無粋だと感じ、わたしは微笑をかえすだけにした。たぶん、ぎこちないものになってるだろうけど。
「こんな形式ばった友達のなり方なんて初めてよ…高良さんはいつもこんなことしてるの?」
 握った手を離しながらわたしがそう聞くと、高良さんは首を横に振った。
「いいえ。わたしも初めてです」
 うーむ。なにか引っかかるんだけど…まあ、いいか。
「それと、友達になったのですから、わたしの事はお好きに呼んでいただいて結構ですよ」
「じゃあ、みゆきで」
 わたしはあまり考えずにそう答えた。つかさならなにかあだ名でも考えるんだろうけど、わたしはそういうの向いてないらしくろくなのを思いつかないからだ。
「わたしも好きに呼んでいいわよ」
「わかりました、柊さん」
 おい、そっちは変えないのかよ。思わず心の中で突っ込んでしまった。
「柊さんじゃ、つかさと被ってややこしいでしょ?…同じクラスだし、つかさ知ってるわよね?」
 わたしがそう言うと、高良さ…もといみゆきは少し顔をうつむかせた。
「わたしは、あの方には少し避けられているようでして…」
 …あー…なんかわかる気がする…。
「それ、たぶん怖がられてるのよ」
 わたしがそう言うと、みゆきは驚いたように目を見開いた。
「わ、わたし怖いですか?ど、どの辺りがでしょうか…?」
「いや、なんていうか…気後れしてるって言うのかな。話しかけにくい人だと思ってるのよ」
「そ、そうだったんですか…」
 うつむいてションボリするみゆき。こういう姿とか見せたら、つかさも親しみやすくなるんじゃないかな。
「…まあそれは、わたしの方でなんかできるか考えてみるわ。今日のお礼にね」
「お礼、ですか?」
 小首を傾げるみゆきに、わたしは微笑んで見せた。今度はちゃんとできてると思う。
「そ、お礼」
 決心するきっかけをくれたことの、ね。
「そうですか。お役に立てて幸いです」
 わたしの考えを察したのか、そう言って微笑むみゆき。ほんと、出切る人っているところにはいるものなのね。

 


次のページへ

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。