ID:7jZue2hu0氏:ともだち記念日(ページ2)

 次の日。わたしは教室で頭を抱えていた。
 もう一度きっかけを作って、泉さんと友達になろうと決心したはいいけど、そのきっかけをどうしようかまったく思いつかないのだ。
 お昼も、結局自分の教室で食べてしまった。二日連続でこっちの教室だったことで、日下部に妹との仲を心配されたが、とりあえず無視。
 そんなことをしているうちに、あっという間に放課後になってしまった。


「…なにやってるの、わたし」
 ため息と独り言が同時に漏れる。きっかけなんか考えずに真正面から行くことも考えたが、とてもじゃないが実行に移せる度胸は無かった。
「柊ちゃん。高良さんって人が呼んでるよ」
 今日の委員会で使う資料をファイルにまとめていると、峰岸にそう言われた。ドアの方を見てみると、みゆきが小さく手招きをしている。
 …なにをしてるの、あの子。わたしはファイルを持ったまま立ち上がり、みゆきの方に向かった。
「どうしたの?こんなところに」
「すいません。少し大事な用がありまして…今日の委員会で使う資料はどちらでしょうか?」
 妙な事を聞いてくる。資料を忘れたんだろうかと思ったけど、周りから浮くくらいに委員の仕事を完璧にこなしていたみゆきが忘れ物とか信じがたい。それに、そもそもこの資料は各クラスごとに違うものだから、写すとか意味が無い。
「これだけど」
 みゆきの意図はわからないけど、とりあえずわたしは持っているファイルを指差して見せた。
「少し、拝見させてもらってよろしいですか?」
「いいけど…」
 とりあえず、みゆきにファイルを手渡してみたが、この子が何を考えているのかさっぱりわからない。
 みゆきは書類をチェックし、納得したように何度か頷いた。
「なるほど…では、これはわたしがお預かりしますので、柊さんはすぐにお帰りください」
「…へ?」
 今のわたしは、たぶん目が点になっている。いきなり何を言い出すんだこの子は。
「ですから、このままお帰りください…あ、ちゃんと校門から出てくださいね。バス停に行ったり裏門から出たりとかはダメですよ?」
 なんか帰り方まで指定された。
「え?いや、な…ええ?」
「では、わたしはこれで…頑張ってくださいね」
 わたしのファイルを持ったまま、早足で立ち去るみゆき。これはなんていうか、委員会サボり決定?
 …いや、そう言う問題じゃないような…てかどこから突っ込めば…いや、突っ込みの対象がもういないし…。
 わたしはしょうがなく、教室に鞄を取りに戻った。次からの委員会、出にくくなるなあ。




 わたしはみゆきに言われた通りに、校門から外に出た。我ながら律儀なことだと思うが、委員会をサボらせてまで何をさせようかを見てみようと言う気もあった。
 そして、少し歩いたところで立ち止まった。わたしの視線の先には…泉さんがいた。誰かを待ってるかのように、塀にもたれかかって周りを見回している。
 心臓が高鳴る。心の準備がなんにも出来てない。これは、偶然なの?
「…あ」
 泉さんがわたしに気がついた。なにか信じられないといった風に、目を見開いている。
「ホントにきた…凄いな委員長」
 泉さんの呟きに、わたしは耳を疑った。委員長?みゆきのこと?みゆきが何かしたっていうの?ってかそんなこと一言も言ってないのに、なんで相手が泉さんだってわかったの?ホントにあの子は人の心が読めるの?
 混乱するわたしの顔を、いつの間にか近づいてきていた泉さんが覗き込んできた。わたしは思わず一歩退いてしまう。
 その状態のまま、わたし達はしばらく固まっていた。通り過ぎていく他の生徒の目には、この状態は一体どう写ってるんだろう。いや、そんなこと気にしてる場合じゃない。なにか…何か言わないと。
「…帰ろっか?」
 わたしが何を言おうか迷っていると、泉さんはそう呟いて歩き出した。わたしはその背を慌てて追う羽目になった。うう…なんかかっこ悪い。


 しばらくの間、わたしは泉さんの背中を見ながら後ろを付いて歩いていた。何度か声をかけようとしたけど、どうしても口に出せない。彼女は、今何を考えてるんだろう。どういう表情をしているんだろう。
 彼女から声をかけてくれれば、まだ話せるかもしれないのに…いや、それはダメだ。わたしからじゃないとダメだ。そう決めたはずでしょ。もう一度きっかけを作るって。泉さんと友達になるって。今がそのときじゃないの。
 でも…と、わたしのなかを暗い影がよぎる。もし…もしここで拒絶されたら?わたしの言う事を、虫のいい話だと切り捨てられたら?…そんな明確に傷つくような事になるなら、このまま黙って別れてしまえば良いのでは?何も得られないけど何も失わない、『何も無い関係』に戻れるのでは?
 …黙ってなさい!…わたしは心の中で、いらない事を囁く『わたし』を力ずくでねじ伏せた。
 何が『何も無い関係』よ!泉さんを傷つけたのはわたしじゃない!それを無かったことにして、何も無いなんてそんな馬鹿な話があるものか!…ここは『わたし』が折れるところでしょ!
「い…泉さん!」
 声、裏返った。わたしかっこ悪い。でも、今はそんなの関係ない。わたしの声に泉さんが振り返る。言うんだ。わたしの思ってることを、ちゃんと。
「お、一昨日は…その…ごめんなさい…わたし、あんな店に行くの初めてで、なんか混乱してて…」
 違う。そんな言い訳なんかどうでもいい。
「…わたし、同じに思われるのがイヤだった…オタクって思われるのがイヤで…それで、あんなこと…」
 言った。というか言ってしまった、というか…泉さんは、何度か瞬きをした後…笑った。ニッコリと。
「そっか…そんなところだと思ってたよ」
 そして軽い口調でそう言った。まるでその事が何でもないことかのように。
「柊さん、いい人だね。そういうこと謝られたの、初めてだよ」
 嬉しそうにそう言いながら、泉さんはわたしの目の前まで近づいてきた。こうして並んでみると、ホント小さい。小さいのに…なんでか、大きく感じる。
「…怒ってないの?」
 思わず、そんな事を聞いてしまった。目の前の泉さんが、まったく変わらずに見えたから。
「怒る?…あー…それは、ないない」
 そう言いながら、泉さんは目の前で手を振ってみせる。言動も仕草もいちいち軽い。
「びっくりはしたけど、怒ってないよ…むしろ、柊さんが怒ってないことに驚いたくらいだよ」
 それこそ無いわ。あんな事しておいて怒るとか、ただの逆ギレじゃない。
「っていうか、ああいうところ連れてくの、いきなり過ぎたって感じだったかなあって、ちと反省してたんだ…柊さんの趣味とかわからなかったし、何か興味あるものに反応してくれたらなあって思ったんだけど…」
 そう言う意図があったんだ。それをわたしは…あれ?っていうか、それって泉さんの方もわたしを気にかけていたってこと?
「わたしの趣味だなんて…つかさにでも聞けばよかったじゃない」
 わたしは苦笑しながら、泉さんにそう言った。うん、なんだかいい調子に話せるようになったみたい。わたしの言葉に泉さんは、ポンッと手を打った。
「その手があった。全然気づかなかった」
「気づきなさいよ、それくらい!」
 やっちゃった。調子出すぎだわたし。なに全力で突っ込んでるの。
 しばらくの沈黙。わたし達はお互い顔を見合わせ…そして、二人同時に大声で笑い出した。

 うん。やっぱりこの子と話すのは、気持ちいいな。





 あの後、なぜかデジカメを持っていたこなたに、無理矢理写真を撮られたんだっけ。
 なんか、懐かしいな。思い出したあの頃に、苦笑いみたいなのがこみ上げてくる。
 わたしは椅子の背もたれに身体を預け、写真を天井にかざした。裏に書いてある文字が透けて見える。
 この記念日も、こなたが無理矢理作ったものだ。この文字に気がついた時の、こなたの意地悪そうな笑顔は今でも思い出せる。
 恥ずかしいって言ったのに、全然聞かないんだもんなあ…律儀に毎年付き合ってるわたしが言っても、説得力無いけど。
 結局あれは、わたしが一人で思い悩んでただけだったのかも。こなたは最初からずっと…あんなことを言われた後も…わたしを友達と見てくれてて、軽い喧嘩のようなものだと思っていたんだろうな。だから、あんなにもあっさりとしてたんだろう。記念日は、わたしに合わせてくれたのかな…そう思うと、少し嬉しくなるから、我ながら現金なものだ。
 それでも、わたしは苦心してたのにって考えると、なんか悔しい気分になる。
「お姉ちゃん。ご飯できたよ」
「うわぁっ!?」
 ノックもせずに入ってきたつかさに驚いて、わたしはバランスを崩して椅子ごと真後ろに倒れた。
「…お、お姉ちゃん。大丈夫?」
 つかさが恐る恐る聞いてくる。わたしは冷静に立ち上がり倒れていた椅子を立てて、写真をコルクボードに戻した。
「ノックしなさい」
 そして、つかさにそう言い放つ。
「え、でもいつもしてない…」
「いいから、しなさい」
 炸裂する理不尽な姉。でも、いまのはつかさが悪い。きっとそう。
「うう…なんか納得いかない…」
 ここですんなり頷かないあたり、つかさも成長したものだと思う。
「そう言えばお姉ちゃん。今見てた写真…」
「ご飯できたんでしょ?行くわよ」
 何か言おうとしてたのを遮って、わたしはつかさを部屋から押し出した。とてもじゃないけど、つかさにあの写真のことは言えない。言えば家族や友人にあっという間に広がりそうだから。



 わたしとつかさは黙々と食事を取っている。今日は家族がみんな出かけていて、食卓に居るのはわたしとつかさだけだ。
 こういうときは迂闊に話さない方がいい。なにからボロが出るか分からないからだ。
「さっきの写真、こなちゃんとのともだち記念日のだよね」
 ブフゥッと音を立てて、わたしの口からお米が噴出した。
「…お姉ちゃん、汚いよ」
「…ゴホッ、ケホッ…あ、あんたが…驚かす…っていうか、なんで知って…」
 むせながらそう聞くわたしに、つかさはニッコリと笑いかけてきた。
「こなちゃんから聞いたんだよ」
 …誰にも話すなって言ったのに…よりにもよってつかさに話すか…。
「…あの時ね。お姉ちゃんが帰ってくる前に、こなちゃんから電話があったんだよ」
 わたしは、つかさが何のことを言ってるのかわからなかった。
「すごくね、落ち込んでたんだ。『お姉さん、怒らせちゃったみたい』って泣きそうな声だった」
 そこまで聞いて、わたしはようやくこなたとアニメショップに行った、あの日のことだと気がついた。
「それ…ホントなの?」
 思わずそう聞いてしまう。つかさが、こんな事で嘘なんかつくはずないのに。
「うん、ホントだよ。次の日もね、学校でこなちゃん元気なかったんだ。わたしは、お姉ちゃんはきっと怒ってなんかないって言ったんだけど…」
 こなたも、悩んでいた。わたしとの事を、深刻に考えていた。あの時の軽い態度は、悩みぬいた末に辿り着いた結論だったんだ。
 あの時、同じ思いをしていた。褒められたことではないけど、少し心が和らぐ気がした。
 そしてわたしは、もう一つわからなかった事の答えが見えた気がした。
「…ねえ、つかさ。そのこと、みゆきは知ってるの?」
「ゆきちゃん?…どうだろ…同じクラスだから、こなちゃんの様子は見てたと思うけど…」
 もしそうだとしたら、放課後に会ったわたしの様子と照らし合わせて、こなたの友達であるつかさ、そしてその姉であるわたし、と繋げたのだろう。
 人の心を読んだのでもなんでもない、普通に考えてでた結論だったんだ。
 なんとも単純な答えに、笑い出しそうになる。こんな事を五年も経ってから…それもつかさの口から聞いて知るなんて。
 …ん、ちょっとまって…五年も経って?つかさの口から?
「つかさ…間違ってたらゴメンだけど。その事、こなたから口止めされてないの?絶対にわたしに話すなって」
 話は終わったとばかりに、煮っ転がしを口に運ぼうとしていたつかさの動きがビシッと止まった。
「え…えっと…あはは…」
 誤魔化すように笑いながら頭をかくつかさ。いや、あははじゃないっての。なんでこう、口止めされてることをポンポン喋るのこの子は…っていうか、口止めされてた事自体を忘れてたんじゃ…。
「こ、こなちゃんには、わたしが話しちゃったってこと言わないでね…?」
「いやです。ばらします」
 懇願してくるつかさに、冷淡に言い放つ。
「ま、待ってお姉ちゃん。こ、こなちゃんに怒られるよー」
「まちません。それと、これをネタにあしたこなたをからかいます」
「ええー!?そんなのダメだよー…っていうかその口調すごく怖いよ、お姉ちゃん…」
 自業自得、というやつだ。これで少しは口が堅くなってくれるといいんだけど…無理だろうなあ。
 まあでも、これで明日の過ごし方はなんとなく決まった気がする。
 からかうのはいいけど、その後、別のネタでからかわれると思うけど、それもまたいいかもしれない。

 なにせ明日は、二人の記念日。
 わたし達だけにしか、意味の無い記念日。
 その日がどういう日になるかは、二人の気分しだいなのだから。



― おわり ―

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