ID:99QIxS2o氏:お祭りの、そのあとは(ページ1)

いかにも梅雨らしい、今日はそんなぐずついた空模様の日だった。
予報通りの曇り空からは雨がぽつぽつと控えめに落ちてきている。
雨に濡れないように、苦心して歩く人々の視線が空に向くことはない。
そんな、どこか物憂げな大気に包まれた街のファミリーレストラン。
その一角で、私は怒りに声を荒げていた。

「……でも!そんなのってないじゃない!」

「ま、まあまあかがみん、落ち着いて。ここ、外、外」

時刻はそろそろランチタイムも終わろうかという頃。
平日のせいか雨のせいか閑散として、それでも親子連れやカップルで

それなりに賑わう店内、気がつけば私は全員の注目の的となっていた。
キッチンの奥からも、エプロン姿の渋い男性が苦い顔を覗かせている。
当然、私は意気消沈して、握り締めた拳からは力が抜けていき、続いて耳の熱くなる音が聞こえた。

「よろしいよろしいー、羞恥に戸惑うかがみんもかわいいよ」

テーブル対面のこなたがニヤニヤと私を見つめる。
蛍光灯に照らされた肌はひどく不健康な色をしていた。
聞けば、大学も2年目に入って手の抜き方を完璧に覚えたらしく、
最近はネトゲ三昧の生活を送っているとのことだ。
しかし、試験期間になると他大の私に泣きつくのはどうかと思う。


「……気色わるい言い方すんな」







お祭りの、そのあとは






「―――さて、それでは話を整理しようか………どったの?かがみん」

「いや…アンタがそんな物言いをするなんて、って……」

「ああこれ?いやー!最近ハマってる探偵物のアニメがあってねー」

「…………」

「あれ?もしかして呆れてる?」

「……いや、アンタのことだからどーせそんなとこだと思ってたわよ」

「さっすがかがみん!あたしのことよーーっくわかってるねえ」

「もう、いいから続けて」

「りょーかーい。さて、それでは話を整理しようか……」

「もういいって……」


「で、かがみんがそんなに怒ってる理由だけどさ」

そう、とにかく私は怒っている。

「つかさが一人暮らしを始めることにしたから、じゃなくて」

つかさは次の春に専門学校を卒業する。
早々と都内で就職先を見つけたつかさは、その近くで一人暮らしをすると言い始めた。
まあ、都内と言っても職場から家まで1時間もかからないし、
わざわざ引っ越さずに実家から通えばいいとは思った。
でも自立するのは悪いことじゃないし、それは怒った理由じゃない。

「急な話だったから、でもなくて」

つかさは、夏休みに入ったら、つまりあと一ヶ月もしたら一人暮らしを始めると言った。
そして、それを聞かされたのが今朝。
まあ、今の学校もバイト先も引っ越せば近くなるし、
早くから生活の基盤を作っておくのも悪くないと思う。
急な話だったけど、つかさは働いて自力でお金も貯めてたみたいだし、
無計画なわけじゃないから、それも違う。


「ひとえに……なんの相談も無かったから、ってこと?」


……そうよ。
そんな話、つかさは一言も私には話してくれてなかった。
お母さんやお父さんに、いのり姉さんまつり姉さんにだって相談していたのに。
そんなのって、あんまりじゃない。

「つかさはかがみんに話したら止められる、って分かってたんじゃない?」

たしかに、そうかもしれない。。
私ならたぶん…ううん、絶対にまず反対したと思う。
それでも、つかさが本気で考えてることなら、私だって一緒に考えたい。
キツいこと言うかもしれないけど、手助けもしてあげたい。
けど……だけど、つかさがそれを拒むんだったら……私……
本当は、つかさに嫌われてるんじゃないかって思えて。
そう思うと、頭ん中がぐしゃぐしゃになって……

「で、つかさとケンカして家を飛び出して、愛する私に頼ってきたんだね」

愛する、は余計よ。
呟いて少し目線を上げると、いつものようなどこか泰然とした笑顔で、こなたが私を見澄ましていた。
不意に、その少し細めた瞳に心臓が衝き動かされ、私は慌ててコーヒーカップに手を伸ばした。
カップの中でスプーンがカラカラと音をたて、一口にも満たない冷めたコーヒーが喉を通り過ぎていく。
そうして平静を装った次の瞬間にはもう、こなたの表情はいつもの剣呑なものに戻っていた。

雨音が、少しだけ耳に障る。

「でも、かがみんは仲直りがしたいんだよね?
なら今言ったことをつかさにも話せばいいじゃん」

かがみんの気持ちを素直に伝えればいいんだよ、と芝居がかった調子でこなたは言う。

たしかに、それを伝えればきっとつかさは私を許してくれるし、
つかさが理由を話してくれたらきっと私だって理解できる。
姉妹なんだから、ずっと一緒だったんだからそれくらい分かってる。
でも、なぜだろう。
わからないけれど。

「……それは、イヤなの」

心底驚いた、というようにこなたは目を見開いた。
構わず私は続ける。

「なんでだろ、わかんないわよ。
頭の中ぐちゃぐちゃで全然わかんない……だけど……だけど、イヤなのよ」

私の気持ちが、その素晴らしい解決策を良しとしなかった。
胸の中のモヤモヤが疼いて、心がざらついて、私は自分の本音をつかさに伝えることを拒んでいた。
隠していたつかさが悪いと思ってる?
ひょっとして、自分が姉だからなんて思ってる?
それは一体なぜなのか、次々に仮定を浮かべてはそれを否定していく。
初めての戸惑いに、私の感情は闇に囚われたように出口を見失っていた。

「なるほどねー」

そんな苦悩もどこ吹く風といった調子で、こなたは妙に納得したように頷いていた。

「……は?」

当然、ワケが分からず私の口からは疑問の声が洩れる。

「いやーかがみんがなんで怒ってるのかわかっちゃったのだよ。それはもう、ピコーンと」

こなたは口を猫のように丸めながら、人差し指を立てた両手を頭の上でぐるぐると回している。
その動作にツッコむ気力は、今の私には無い。

「聞きたい?ねえ、聞きたい!?」

楽しくてしょうがない、そう顔に書いてある。
その屈託の無い笑顔は、まあ嫌いじゃないけど。
けど、今はムカつく!

「……自分で考える」

その答に満足したようだったこなたは、すぐに震える携帯を手に席を外した。
私はと言えば、まるで見当もつかない答を探してさ迷っていた。
今までの会話を探っても、あらためて自分に問いかけても、それらしいものを見つけることはできない。

なんでつかさに謝れないのだろう、このモヤモヤは一体なんなのだろう。

頭を抱えても抱えても思考の道筋すら見つけられず、ついに、私は震える左手を伸ばした。






「すいません……この豆乳仕立てのミルクレープを一つお願いします」

ケーキがテーブルに届けられ、私が紅茶を淹れたところでこなたが席に戻ってくる。
黙ってテーブルに着くと、フォークを片手にした私をじっと見つめた。

「……言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」

なんというか。

「……それで頭が回るなら、いいと思うよ」

見透かされてるなあ、私。

「…ちょっと食べる?」

「うん、ありがとー」

心持ち大きめににケーキを切り分けて差し出す。
それを一口でほおばって、こなたは喋り始めた。

「…ひょっと……聞ひたいんあけど……」

「いや、どっちかにしなさいよ、ほら」

紅茶でケーキを飲み下し、再びこなたは喋りだす。

「いやごめんごめん……んでさあ、かがみんとつかさってケンカしたことあるの?」

私が目をぱちぱちさせていると、少し慌てたようにこなたは続ける。

「いやーだって私の知る限り二人のケンカなんて初めてだったからさ。
そこんとこ、どーだったのかなーって思って」

「ケンカねえ…」

何か拾い物もあるかもしれないし、糖分が頭に回るまで時間もかかるし、
少しくらい脱線してもいいかな。
そんなことを、考えていた。

「どうだったかな……あ!そうそう、一度だけあったわね」

「おおー!聞かせて聞かせて!ね、ね!」

身を乗り出して、目を輝かせてこなたは私につっかかる。
その姿を視界に収めながら、私の意識は既に記憶の海へと没入していた。
あれはたしか……

「えっと……あれは、ちょうど今くらいの季節で、たしか小1だったかしら……私は……」



…………

あたしは、つかさが嫌いだった。

このかわいらしい妹はどこへ行くにも後ろからついてきて、
でも一緒にいたらかわいがられるのはつかさばっかり。
あたしがお守りしないといけないし、そのせいであたしは好きなことできないし。
こないだだって、あたしがかわいいって言われた髪形マネされて、けっきょくつかさがほめられてた。
だからね。

「おねえちゃーん、おまつり楽しいね!」

絶対に、今日は一緒にいてあげないんだから!

「…お母さん、あたしちょっと一人で色々見てくるね!」

「ま、待ってよお、おねえちゃーーん」

お母さんの注意する声からも、追いかけてくるつかさからも逃げて、あたしは走り出す。
待って、待ってというつかさの声も遠くなり、あたしはお祭りの騒ぎの中でやっと一人になれた。


おこづかいの1000円を握りしめて、
どんな楽しいことをしてやろうかと考えると胸がドキドキする。
射的とか、わなげとか、かたぬきとか…くじびきじゃちょっともったいないな。
わたあめもおいしそう、だけどたぶん後でお母さんが買ってくれる。
お祭りの魔法があたしの胸をいっぱいにして、見える景色がぜんぶキラキラかがやいていた。

そしてそんな中であたしの心はいつしか、ある屋台に吸い寄せられていた。

「おっ!お嬢ちゃん一人?一回三百円だよ!やってくかい?」

勇気を出して、期待に心おどらせて、あたしのチャレンジが始まる。

初めての金魚すくい。
もらった一枚のアミはすぐ破けてしまい、あたしのチャレンジは終わった。

「やったあ!取れた!取れたよおかあさん!」

となりで、あたしと同じか少し小さいくらいの女の子が大声をあげた。
彼女はお母さんに頭をなでられながら、幸せそうに笑っている。
あたしはその姿を、自分と重ねていた。

「おじさん、もう一回やります!」

アミとおわんを両手に抱いて、あたしは注意深く水面を見つめた。
さっきの失敗でわかった。
やみくもに振り回してたら、アミはすぐに破けてしまう。
だから、アミは横にしてなるべく水とぶつからないように、狙いを定めてすぐに金魚をつかまえる!
さっと水中にアミを差し込むと狙い通り、あたしは金魚をすくい上げた。

「やった―――あ!」

小さな水音を残して、金魚はプールへ帰って行った。

「惜しかったねえ、お嬢ちゃん!掬ったらすぐお椀に入れないとな!」

「おじさん、もっかい!」

すぐにあたしは最後の300円を差し出す。

「毎度あり!特別だ、お嬢ちゃんに教えてやろう!お椀はもっと水に近づけたら簡単だぜ!」

おじさんの言葉にしたがって水面ギリギリまでおわんを近づける。
再び狙いを定めて、さっきよりも鋭くアミを水の中へ。
一匹の金魚をアミからおわんのなかへ滑り込ませる。
アミは破けたが、もう金魚が落ちていくことはない。
そしてあたしは勝者のようにおわんを掲げた。

あたしはとうとう、金魚をすくったのだ!

「おめでとう、お嬢ちゃん!今袋につめてやるからな!」

おじさんが金魚をビニール袋に入れている間に、あたしの頭はぐるぐると回っていた。
名前はどうしようか。
どこで飼おうか。
池がいいかな?
水槽のほうがいいかな?
あ、お母さんもお父さんも許してくれるかな?
みんななんて言うかな?
ほめてくれるかな?
ほめてくれたら…いいな!

「はいよお待たせ……おや、またかわいらしいお嬢ちゃんが来たな!」


……?


「おねえちゃん、やっと見つけたー!」



……つかさ。

「わあー、金魚、おねえちゃんが取ったのー?すごいね!」

「……ま、まあね」

「いいなー、わたしもやってみたいなー!」

「じゃ、じゃあコツを教えてあげる!」

「ホント!?ありがとう、おねえちゃん!」

「いい?アミはこう、横にして…おわんは水に近づけるの…」


「ははは、毎度あり!お姉ちゃんはすっかり金魚掬いの達人だな!妹ちゃんもがんばれよ!」

このときあたしは喜びのあまり、いつも抱いていたつかさへの気持ちをすっかり忘れていた。
全てが楽しいことにさえ思えていた。
つかさにほめられることも、頼られることも。
あたし自身がつかさにお姉ちゃんとして接するのも。
屋台のおじさんの軽口さえも。

そしてつかさはすぐに3回のチャレンジに失敗して、あたしに泣きついてくる。

「おねえちゃん、わたしダメだったよー!」

「あはは、しょうがないわねー」

あたしが取った一匹がいるから。
そう口に出す、その瞬間だった。

「ははは、しょうがない!たくさん遊んでくれた、かわいらしい妹ちゃんにサービスだ!」

そう言って、おじさんは金魚を2匹ビニール袋に入れてつかさに押しつける。

つかさがとまどいながら嬉しそうに、とてもとても嬉しそうにそれを受け取ると、
あたしの中で何かが弾けた。

仲良くやれよー、とあたしたちを見送るおじさん、手に持った金魚、
となりを歩くつかさ、全てが遠くに感じた。
あたしには1匹、つかさには2匹。
あたしはすくって、つかさはもらって。
つまりは、そういうことなのだと思う。


―――つかさちゃんお姉ちゃんと同じ髪にしたの?やっぱりかわいいわね―――


―――つかさちゃんまたかわいくなって、浴衣も似合うのねえ―――



かがみちゃんはしっかり者で偉いわ。


お姉ちゃんなんだからつかさちゃんを守ってあげないとね。


「―――あ!お母さん、お父さん!」

気がつけば、あたし達は両親のもとへ帰り着いていた。
かけ足でつかさはお父さんに飛びつき、お父さんはつかさの頭をなでる。

「見て見てお父さん!かわいいでしょー」

お父さんは2匹の金魚とつかさを交互に見て、ほほえんだ。

「ああ、かわいい金魚だね。二匹も取るなんてすごいぞ」

いつの間にかそばにいたお母さんが、あたしに喋りかける。

「かがみも、かわいい金魚ね。つかさのこと見てくれてありがとう」


耳鳴りの向こうで、つかさの声が聞こえる。
違うよお父さん、お姉ちゃんは取ったけど、わたしは取れなかったから…

お父さんがあたしを見てほほえむ。
つかさはお日様のように笑う。
あたしの手から、ビニール袋がこぼれ落ちていった。

水がざあっと流れ出して、石畳に広がっていく。
お母さんは、何か喋りながら慌ててしゃがみこんだ。

「―――ない……!」

金魚が水を求めて必死に跳ね回り、みんなが疑問の顔をあたしに向ける。



「―――いらないよ!そんなの!」



やがて金魚は力尽きて、その動きを止めた。


「なんで!なんでいっつもつかさばっかり!そんなのずるいよ!」

お父さんお母さんが何か言っていたが、何も耳に入らなかった。

「やだ、もうやだ!お父さんもお母さんも嫌い!嫌い!」

あたしはただ、つかさを睨み続けていた。

「……つかさなんて、つかさなんて……」

その顔は驚き、そして怯えていた。
そして次の瞬間のつかさの表情を、たぶん、私は一生忘れられない。




「つかさなんて、大っ嫌い!」

あたしは走り出した。
お祭りの人波から人波をぬって、お父さんお母さんから逃げるように。
誰よりも、つかさから逃げるように。

つかさは涙をぽろぽろとこぼしながら、あたしを見つめていた。
あたしには、それが何よりも恐ろしかった。
何か大切なものを壊してしまったような気がして、胸がずきずきと痛んだ。
その気持ちの正体を知るのは本当に怖くて、
瞳に焼きついたつかさの泣き顔を忘れるために、あたしはただ走り続ける。
でも、どれだけ走ってもそれはあたしの心から離れない。
そのうちに疲れきってしまったあたしは、川のほとりでフェンスに背中を預けて腰を下ろした。

泥まみれの足にスリ傷がたくさんついていて、じわじわと痛む。
買ってもらったばっかりの浴衣は、すそが破けてしまっていた。

なんだか不意に泣けてきたので、上を向いて鼻をすする。
すると、あんまりにも星空が綺麗で、なぜかあたしはつかさのことを思い出していた。
そのうちに視界がぼやけてきたので、浴衣の袖で顔を拭う。
拭っても拭っても涙は止まらないので、あたしは体育座りになって膝に顔をうずめた。
喉から声が漏れ出して、止まらなくなる。
我慢できなくなって、あたしは大声をあげて泣きだした。

遠く遠くのほうからお祭りの声が聞こえる。
夜の静寂とかすかな喧騒に包まれながら、
いつまでも、いつまでもあたしはその場所で泣きじゃくっていた。


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