ID:99QIxS2o氏:お祭りの、そのあとは(ページ2)

…………

 いつの間にか雨は止み、ゆるやかに昼が夕方に呑み込まれていく、
そんな時間帯のやわらかな陽射しが店内を照らしていた。
さきほど苦い顔をしていた男性が、緩慢な動作でメニュー表を差し換えている。
私は少しぬるくなった紅茶を飲み干して、話に一息をつけた。

「……で!で!それからどーしたの!?」

 こなたがさらに身を乗り出して、話の続きを私に求める。
すっかり人のいなくなった店内に、その大声を咎める人はいない。

「それから、えっと……どうしたんだったっけ?」

「なんじゃそら!」

 大げさな身振りでこなたは落胆を示す。

「いや、ホントに……どうだったかな……」

 私は、記憶から抜け落ちた物語の続きを探していた。
あの夜の後、私はどうして、どうやってつかさと仲直りしたんだろう。
思い出せない。

「ちょっとお花を摘みに行ってくるから、しっかり思い出しといてね!」

 そう言ってこなたは席を立つ。

 私も席を立って、コーヒーを淹れるためにドリンクバーへ向かった。


 …なんで、思い出せないんだろう。
カップを水ですすいで、機械にセットする。
ボタンを押すと、静かにコーヒーがカップに注がれていく。
こぽこぽ、と響くその音は、私に今朝のことを思い出させた。


―――お姉ちゃん、ついでにコーヒー淹れとくね―――

―――えへへ、ちょっともーらい……にがーーい!―――

―――やっぱり、私にはまだ早いのかなあ―――



―――えっとね、お姉ちゃん。大事なお話があるの―――



「そんなこと……勝手にすればいいじゃない!」





 いつからか握りしめていた掌には、くっきりと爪跡が残っていた。

 ……なんか、私もたいがい変わってないなあ。
一方的に癇癪起こして、子供の頃とまるで同じじゃない。
つかさはしっかり成長して、もう一人立ちしようとしてるのに。





 …………


 ……ああ、もしかして。


 そっか。






 つかさのほうが先に大人になっちゃったのかな。



「あのー…かがみんや、んなとこで突っ立ってどしたの?」

 気がつけば隣にはこなたが立っていて、怪訝そうに私を見ていた。
置かれたままのカップから湯気が立ち昇っている。

「……ごめんこなた。私、行かなきゃ」

「へ!?話の続きは?」

「ごめん、また今度話すから」

 こなたの目の色が変化していく。

「…わかったの?」

「うん。全部わかった。だから早くつかさに会いたいの。会って謝らなきゃいけないから」

 私はこなたをまっすぐに見据える。
不意にこなたがやわらかくほほえみ、その表情は私を少しだけ安堵させた。

「わかった!じゃーちょっとだけ座って待っててよ!」

そう言ってこなたは私をテーブルに押しやると、携帯を持ってどこかへ行ってしまった。
勢いに呑まれた私は、大人しく座ったまま時計とにらめっこを続ける。
熱いコーヒーをどうにか飲み干した頃に、こなたが席へ戻ってきた。

「お待たせー、じゃあ行こっか」

「……行こう、って…?」

 私はその言葉の意味を測りかねていた
こなたは悪戯っぽい笑顔を浮かべると、伝票を私に突き出した。

「かがみんちだよ!」

電車を降りるともう、辺りはすっかり夕焼けに染められていた。
雨上がりの夕陽はあまりに眩しく、私の視界は極端に狭められる。
手で小さな傘を作ってみれば世界が燃えているようにさえ感じられて、
私たちは足早にホームを横切った。

 こなたは道中、何も教えてはくれなかった。
だから私も深くまで追求はしなかった。
なにとなく感づいてはいたが、あえて言葉にしようとは思わなかった。

 改札を出ると横目に雨で少しだけ増水した川が目に入る。
この川は、あの日の私に続いている。
立ち止まると、不意に一陣の風が吹き抜けて私を弄んだ。
私は目を閉じて、スカートを強く押さえた。

 風が止んで顔を上げると、道の先にはつかさの姿があった。


 ほんの短い距離をおいて立っている。
あかねの色に染まったつかさは、まるで別人のようだった。

 つかさの後ろには、みゆきが控えていた。
適当な距離をおいて、相変わらずの柔和な笑顔をたたえている。
私が後ろを向くと、そーゆーこと、とでも言うようにこなたがニヤニヤと笑っている。
どこか釈然としない気持ちを抱えつつ、私は再び前を向いた。

 人々が皆それぞれの家路を辿ると、雑沓は夕暮れの外に散っていく。
そして、私達は二人きりになった。

 私は一歩一歩を踏み締めるように歩いた。

 つかさも小さな歩幅で歩いている。
その瞳は宝石のように輝いていた。

 すぐに私たちは互いが触れられる位置まで辿り着き、そして、二人の深呼吸が重なった。








      「ごめんなさい!」






 ユニゾンが夕暮れの空いっぱいに広がっていく。
それだけで、私の心を覆っていたモヤモヤは消えていった。

 顔を上げれば、つかさが泣きながら笑っていた。
私はつかさを抱きしめて、その感触をたしかめる。
なんだかつかさはやけに温かくて、私もどうにも涙が止まらなくなってしまう。
いつしかつかさがわんわんと泣いていたので、私も人目をはばからず泣き声をあげた。

 そうして夕陽は沈んでいき、宵の闇が辺りを覆っていく。

 長い長い一日が終わろうとしていた。




『……とにかくありがとう。今度あらためて奢るから、飲みに行きましょ。
でも、アンタがちょっと楽しんでたのは忘れないから』

 一日の感謝と小言をこなたに送信する。
つかさはまだみゆきにメールを打っているようだ。
どこかぎこちないその指先は、私を懐かしい気持ちにさせた。

 お風呂上りでまだ少し湿った髪を気にしながら、私は疲れた体を布団に沈ませる。
洗いたての毛布からはほのかにつかさのにおいがして、
そのしっとりとした甘さは私を安心させた。

 すぐにつかさがメールを打ち終えて、私のマネをするように勢いよくベッドに突っ伏した。
さんざん泣きはらしたその後に、深夜まで色々なことを語り合っていた
私達はすっかり疲れ果て、一日の余韻に包まれていた。
つかさがベッドサイドの紐を引いて、照明が落とされる。
薄暗闇に目が慣れた頃、
つかさがベッドから身を乗り出して、床で毛布にくるまれている私に声をかけた。

「なんか、二人で寝るのって久しぶりだね。昔はいっつも一緒だったのに」

 顔は見えなくても、つかさが笑っているのがわかった。
寝そべったままで両手に頭を乗せて、返事を待っている。
私は体を起こすと、目線をつかさと合わせるようにして応える。

「そうね、ホントに久しぶり……ねえ、つかさ。覚えてる?」

 そうして私は、あのお祭りの日のことを話し始める。
今はもう、あのケンカの結末も思い出していた。

「……それで、あの時はつかさが謝ってくれたのよね」

「うんうん、私、初めてあんなにお姉ちゃんに怒られて、
どうしようってすっごく落ち込んだんだー」

「あの時はごめんね……今日のことでさ、私あの頃と変わってないんだなーって思って」

「そんなことないよ……私だって全然だもん……」

「ううん、つかさはもう大人よ……あ、結局あの金魚、すぐに野良猫に食べられちゃってさ……」

 ささやき合うように会話は流れてゆき、やがて不意にぷつりと言葉が途切れた。




―――私、お姉ちゃんに頼ってばっかりの自分から卒業したかったの―――




 そう、つかさは私に言った。

 私も、つかさに伝えたいことがある。


「……ねえ、つかさ」

 呼びかけに応える吐息のような声を聞いて、私はゆっくりと言葉を紡いでいく。

「私ね、自分が怒ったのはつかさが相談してくれなかったからだと思ってた。
でも本当はね、つかさが一人で歩こうとしてるのが寂しかったみたい。
ずっとずっと当たり前だった、一緒の時間が終わっちゃうみたいで、怖かったの……」

 窓の外、遠くに連なる提灯が見える。

「勝手だよね、昔は嫌だって怒ってたのに。今は私、つかさが一緒だとすごく安心するの。
だから、離れるのが怖くて。
それでつかさのこと叱って、謝るのもイヤだって思ってた……本当に、ごめんなさい……」

 あのお祭りの日が、間近に迫っていた。

「あのね、つかさ…」


 呼びかけに、返事はない。
私はもう一度つかさに声をかけて、その顔を覗き込んだ。

すぅ……すぅ……。


 穏やかな寝息が室内に響いて、幸せそうな寝顔がほのかな光に照らされている。
いつの間にか、つかさは眠ってしまっていた。

 呆れて一息に全身の力が抜け、思わず私は声を出して笑っていた。
すぐにつかさをきちんと寝かせて、ずり落ちた毛布を肩までかけ直すと、
その顔をもう一度まっすぐに見つめた。

「……私、つかさのこと応援する。つかさが一人で歩くなら、ずっと応援する。
だから、その日までたくさん一緒にいてね。それからだって私たち、きっと大丈夫よね。
だから……とりあえずは、その日までよろしく、ね」

 私はそっとつかさの髪を撫でた。
つかさが小さくほほえんだ気がしたのは、星の明かりのいたずらだろうか。



 つかさが家を出るまで……あと一ヶ月とちょっと。
それまで、どんなことをしよう。
こなたやみゆきを連れ出して、休みの日には家族で出かけて、もちろん二人でだって遊びたい。
やりたいことも行きたい場所も、数え切れないくらい。

 でもまずは、二人でお祭りに行こう。
あの日と同じ、この街のお祭りに。


 今度はつかさと、一緒にまわりたいな。

                                   (了)

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  • 泣いた!
    GJ! -- 名無しさん (2017-06-06 00:10:46)
  • かがみ&つかさサイコーーーー -- 名無しさん (2011-02-28 20:37:39)
  • もうここまで仲のいい姉妹なんてこの世にいないよ・・・
    本当にかがみ&つかさ姉妹の素晴らしさは最高です!
    当たり前だった事が変わるっていうのはやっぱり誰もが通らなきゃいけない道ですよね -- 名無しさん (2010-10-14 22:44:33)

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最終更新:2017年06月06日 00:10
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