ID:jqbqHGY0氏:相談

 とある日の放課後、私はお姉ちゃんとゆきちゃんを待っていた。学級委員の会議が長引いているのかなかなか戻ってこない。教室で一人で待っていた。
こなちゃんはアルバイトで先に帰ってしまった。誰も居ない教室。たまに部活の準備で数人が出入りする程度。いつもだとこなちゃんと雑談をして時間をつぶすけど
今回はそうはいかない。退屈な時間。待ち時間がこんなに長く感じることはなかった。こんなことなら先に帰っちゃってもよかったかな。何をするでもなく自分の机に座っていた。
校庭から運動部の掛け声が聞こえる。音楽室からブラスバンド部の練習の音。隣りのクラスからは楽しそうに雑談でもしているのか笑い声が時々聞こえた。
大きくあくびをした。何回目のあくびかな。ふと教室の外を見ると廊下から数人の生徒が歩いて来た。確かあの生徒はA組の学級委員だったかな。その生徒は鞄をもっていた。
あれ、もう会議はとっくに終わっているみたい。でもお姉ちゃんとゆきちゃんの姿はない。まさか先に帰っちゃった。そんな事はない。ゆきちゃんの鞄はまだ教室にある。
きっと先生に用事でも言いつけられたのかもしれない。それなら迎えに行っちゃおうかな。私はゆきちゃんのかばんを持って会議室に向かった。

 会議室の電気は消えていた。室内に人が居るとは思えなかった。二人ともどこに行ったのだろう。そうだ携帯で連絡しよう。ポケットに手を入れた。しまった携帯が無い。
携帯は今朝充電しっ放しで忘れていたんだった。どうしよう。私は辺りを見回した。すると会議室の隣りの部屋から微かな声が聞こえた。でもこの部屋には扉がない。
きっと会議室からしか入れない部屋。声は二人。一人はお姉ちゃんのような気がする。もう一人は声が小さすぎて誰だか分らない。何故か急に会話の内容が気になった。
内緒話のような気がしたから。私はそっと会議室の扉を開けて隣の部屋の入り口まで移動した。声は廊下よりも良く聞こえる。内容も聞き取れそう……これじゃ盗み聞きだよね。
そんな事より会話の内容が気になった。私は耳を清ませた。思ったとおりお姉ちゃんとゆきちゃんだった。

かがみ「それで相手は誰なんだ」
みゆき「……二年の……さんです」
かがみ「名前までは聞いてない……で、どうするつもり」
みゆき「……分りません、私が悪いんです……」
いったいなんの話なんだろう。さっぱり分らない。
かがみ「悪いもなにもないでしょ……両親には話したのか」
みゆき「まだ……です」
しばらく会話が途切れた。なにか込み入った話のように思え
かがみ「みゆきらしくないわね」
みゆき「あまりに突然でしたので、どうすることも出来ませんでした」
かがみ「もう済んでしまった事にどうこう言ってもしょうがないわね、これからどうするつもりよ」
みゆき「彼が……産んでも良いと言ってました、最初からその覚悟だったようです」
えっ、産む?。ゆきちゃん何言ってるの。
かがみ「それなら私はもう何も言わない、好きにすればいいじゃない、でもちゃんと話は通しておかないと大変よ」
みゆき「分かっています……すみませんこんな相談……かがみさんにしか出来ません」
かがみ「そんなの気にしなくていいわよ、それより元気な赤ちゃんが生まれると良いわね」
これって、もしかしてゆきちゃんが妊娠しちゃったって事?。相手は誰だろ。名前は聞き取れなかったけど二年生って言ってた。まさか。
みゆき「すみませんけどこの話は御内密に……」
かがみ「分ってるわよ、こなたやつかさにも黙っているわよ、特につかさは口が軽いから……おっとそのつかさが待ってるわね、教室に戻りましょ」

 私は慌てて会議室を出た。そして急いで教室に戻った。ゆきちゃんが妊娠した。それでお姉ちゃんに相談していた。凄いことを聞いてしまった。
ゆきちゃんは産むつもりなんだ。これって内緒にすることなのかな。そういえば両親にまだ言ってないって言ってた。どうしよう。
ゆきちゃんいつの間に恋人できたんだろう。二年生って言ってた。年下なのか。妊娠したってことはエッチも……。うわーなに考えてるんだろ。私は両手で頭を叩いた。
かがみ「つかさ何してるの」
つかさ「うゎー」
突然お姉ちゃんの声に驚いた。自分でも分るくらい顔が真っ赤になってる。そんな私を不思議そうにお姉ちゃんは見ていた。
つかさ「いつから居たの?」
かがみ「何時からって、今さっきよ……自分の頭叩いて何してるのよ、それに顔が赤いわね気分が悪かったら先に帰っても良かったのに」
つかさ「えっと、えっと……お姉ちゃん遅かったから、ちょっといろいろ考えてたんだよ」
かがみ「遅かったのは謝る、ごめん、待たせたわね、帰ろうか」
私は周りを見回した。
つかさ「ゆきちゃんは?」
かがみ「みゆきはげた箱でまってる」
つかさ「それじゃ鞄を持っていかないと」
かがみ「みゆきもそそっかしいわね、いいわ、持って行ってあげましょ」
私が会議室まで来たことを気付かれていない。ほっと安心した。それにしてもお姉ちゃんはついさっきまであんな相談を受けていた事なんて少しも感じさせない
普段のままのお姉ちゃんだった。私はしばらくお姉ちゃんを見つめていた。
かがみ「どうした、何かついてるか」
つかさ「うんん、何でもないよ、帰ろう……」
帰り道、お姉ちゃんとゆきちゃんと交えて雑談をした。ゆきちゃんも普段どおりのゆきちゃんだった。会議室での出来事を知らなければ楽しい話しだったのに
どうしても二人の会話が頭から離れない。

 家に帰っても落ち着かなかった。そして一つの疑問が湧いた。なんでお姉ちゃんに相談したんだろ。私でもこなちゃんでもなくお姉ちゃんに。それは直ぐに分った。
私はあんな事を相談されても何も考えもつかないし答えられない。頭を叩いて顔を赤くするだけ。ゆきちゃんほどの博学でも解決できない問題ならお姉ちゃんしか聞く人はいない。
でもこの問題は大きいと思う。ゆきちゃんだけの問題じゃない。相手が居ることだから。でもゆきちゃんは内緒だと言った。私だって一緒に考えるだけなら出来るのに。

 次の日の登校途中。
つかさ「うーん」
おおきなあくびをした。昨夜は一睡もできなかった。眠れるわけがない。
かがみ「あれだけ寝てたのにまだ寝たり無いのか……」
つかさ「へへへ、秋になるといくらでも寝れちゃうよね」
かがみ「まったく羨ましいかぎりだ」
眠れなかったなんて言えない。言えば理由を聞かれる。そうだ。それなら逆に聞けるかもしれない。
つかさ「そうゆうお姉ちゃんも眠そうだよ、眠れなかったの?」
かがみ「いや、眠れなかったんじゃない、ラノベを読んでて……眠らなかっただけよ」
初めてお姉ちゃんが動揺したように見えた。
つかさ「何か悩み事でもあるの?」
間を空けないで私は質問をした。
かがみ「そんなのはない、それよりバスに乗るわよ」
つかさ「え、こなちゃん待たないの?」
かがみ「昨日あいつのせいで遅刻しそうになった、つかさもそうだったじゃない」
お姉ちゃんはそのままバスに乗り込んでしまった。時間はまだたっぷりあるのに。普段ならこなちゃんを待つけど今回はお姉ちゃんに付いていった。私もバスに乗り込んだ。
バスは混んでいた。いつもなら空いている次のバスに乗る。こんなに混んでいるとは思わなかった。これじゃ話の続きが出来ない。お姉ちゃんは私と話をしたくないのが分った。

 結局お姉ちゃんと話をすることができなかった。学校に着くとお姉ちゃんはそのまま自分の教室に入ってしまった。私も諦めて自分の教室に入った。
みゆき「おはようございます」
ゆきちゃんの挨拶が聞こえた。私はゆきちゃんの顔を見るよりも先にお腹を見た。少しも膨れていない。それとも何か細工でもしてるのかな。
みゆき「どうしたのですか」
つかさ「あっ……ゆきちゃんおはよう」
ゆきちゃんは妊娠してからどのくらい経っているのかな……なんて聞けない。
みゆき「かがみさんが見えませんが、どうかしたのですか」
つかさ「お姉ちゃんは自分のクラスに直接行っちゃったよ」
みゆき「そうですか……」
ゆきちゃんはお姉ちゃんの教室の方向を向いていた。その心配そうな顔を私にも向けて欲しかった。
つかさ「ゆきちゃん……」
みゆき「何でしょうか?」
つかさ「昨日の事なんだけど……」
みゆき「昨日の事ですか?」
その時、お姉ちゃんとゆきちゃんの約束を思い出した。今、昨日の事を言ってしまったらお姉ちゃんが約束を破って私に話したと思ってしまうかもしれない。
そんな事になったらお姉ちゃんとゆきちゃんの友情にヒビが入るかも。
つかさ「昨日、クッキーの作り方知りたいって言ってたよね、レシピノート持ってきたけど……」
みゆき「そんな大事なもの借りていいのですか」
つかさ「いいよ、このノートのレシピは全部覚えたから……」
みゆき「それではお借りしますね」
レシピノートをゆきちゃんに渡した。
つかさ「ちょっとトイレ行って来るね……」
私は小走りにトイレに向かった。

 別に用を足したかったわけじゃなかった。涙が出てきたのを見られたくなかった。それだけだった。お姉ちゃんにもゆきちゃんにも話を聞くことが出来なかった。
協力するにも話すらすることも出来ない。洗面所のかがみの前の自分を見た。情けない顔の自分が写っていた。
意気地なし。いつもそうだ。小さい頃からずっとお姉ちゃんの影に隠れてばかり。今だってそうだ。盗み聞きしたのならそう言ってしまえばいいんだ……。
それが出来たのならもうしてる。ため息を一回ついた。
私は顔を洗って涙の跡を消した。お昼休みもう一度試そう。小さく両手でガッツポーズをとって気合を入れた。
こなた「おはようつかさ、気張るならトイレに入ってからだよ」
私ははっとして後ろを向いた。こなちゃんだ。気が付かなかった。
つかさ「お、おはようこなちゃん、別に気張ってたわけじゃないよ」
こなた「それは何かを決意した時に出るポーズ」
つかさ「えっ?」
こなた「その驚いた顔は図星だね」
にっこり微笑みかけるこなちゃん。そうだ。こなちゃんに話すかな。私はお姉ちゃん達と約束をしたわけじゃない。
つかさ「ばれちゃった……」 
こなた「もしかして片思いの彼に告白とか」
つかさ「……ちがうよ……ゆきちゃんの事……」
こなちゃんは手を突き出して私の言うのを止めた。
こなた「みゆきさんの事ならいいよ……」
つかさ「どうして?」
私は透かさず聞き返した。
こなた「最近かがみとみゆきさんが陰でコソコソしてるのは知ってる、でも二人とも何も教えてくれない……勝手にすればいいさ」
こなちゃんは怒ってる。きっと私が思ったことと同じ理由だ。
つかさ「そうなんだ聞きたくないの、ゆきちゃんの一生を左右するような事でも聞きたくない?」
こなた「つかさは知ってるの?」
つかさ「うん……昨日、お姉ちゃんとゆきちゃんの会話を盗み聞きしちゃった」
こなちゃんは黙ってしまった。聞く気はないみだいだった。私は教室に戻ろうとした。するとこなちゃんは私の腕を掴んだ。
こなた「教えてよ」
私はこなちゃんの耳元で小さな声で教えた。
……
こなた「ふーん」
意外なほどこなちゃんは冷静だった。
つかさ「驚かないの?」
こなた「……そんな事で……」
つかさ「そんなこと?」
こなた「そうだよ、今時高校生でも珍しくない、お互い好き同士でそうなったんなら問題ないじゃん」
つかさ「それはそうだけど……」
確かにお互いに愛し合っているなら何も問題はない。喜んでお祝いをしたいくらい。でも私は何か嫌な予感がしてしかたがなかった。
こなた「相手は誰なの?」
つかさ「名前までは分らないよ、ただ二年生だって」
こなた「みゆきさんは年下好みなんだ……以外だったな」
私が俯いているとこなちゃんはそれに気が付いたようだった。
こなた「つかさは心配性だな、まぁ、分らないわけでもないよ……お昼みゆきさんに直接聞いてみたら?」
つかさ「でも、お姉ちゃんが……」
こなちゃんは数秒間を置いて考えてから答えた。
こなた「それじゃ私がかがみのクラスにお昼食べに行くよ、それなら余計な邪魔は入らないよ、その間ゆっくり話をすればいいよ……たまにはみさきちをからかうのもいいかな」
こなちゃんは洗面所を出るとお姉ちゃんのクラスへ向かった。私は自分の教室に戻った。そしてゆきちゃんの座っている席に向かった。
つかさ「今日のお昼なんだけど屋上たべない、二人きりで話したいことがあるんだけど……いいかな?」
みゆき「別にいいですけど、お話とは何でしょうか」
つかさ「お昼にはなすよ」
程なくしてチャイムが鳴った。慌ててこなちゃんが戻ってきた。それと同時に黒井先生が入ってきた。こなちゃんはウインクをして私に合図する。
お昼お姉ちゃん達の所に行くことになったに違いない。

 今日の天気は快晴。暑くもなく寒くもなく屋上でお弁当を食べるには打って付けだった。私達はお弁当を広げて食べ始めた。
つかさ「今日は良い天気だね」
みゆき「そうですね、こうして二人だけで何か話をするのは久しぶりかもしれません」
しばらく雑談をした。ゆきちゃんがそわそわし出した。やっぱり今朝の話が気になるみたい。お弁当もほとんど食べ終わってるし。もういいかもしれない。
つかさ「じつはね、昨日の、会議室の隣の部屋でお姉ちゃんとゆきちゃんの会話きいちゃったんだ……」
ゆきちゃんは何も言ってこなかった。ただ私を見ていた。
つかさ「盗み聞きなのは分ってたけどね……聞いちゃったんだ……それでどうしても力になりたくてこうしてここに誘ったんだよ」
ゆきちゃんは何も言わない。もしかして怒っちゃったのかな。やっぱり余計なことをしちゃった。
つかさ「ごめんなさい、やっぱり私じゃ力不足だよね、分ってた、でも……もうこの事は話さないし聞かないから……お姉ちゃんと相談してうまく解決してね」
私はお弁当を片付けて教室に戻ろうとした。
みゆき「待ってください」
私は足を止めた。
みゆき「あまりに唐突だったので答えに詰まりました、謝らなければならないのは私の方です、この話はつかささんや泉さんにもしなければいけなかった」
つかさ「ゆきちゃん」
みゆき「しかしもういいのです、もうこの話は解決しそうなので……」
解決するって言っているのにゆきちゃんの顔が優れない。どうしてだろう。
つかさ「なんか元気ないけど……まだ両親に話していないとか言ってたけどその事なの?」
ゆきちゃんは一歩私から離れてた。とても驚いた表情だった。
みゆき「そこまで聞いていたのでしたか……もう黙っていてもしょうがないですね……実はもう話してあるのす」
つかさ「え、お姉ちゃんには話してないって」
みゆき「……かがみさんには言えなかった……」
つかさ「教えて……」
みゆき「辻さんの……両親が……まだ早すぎると、まだ……」
辻さんってゆきちゃんの彼氏の名前かな。聞いたこと無い。きっと私は会ったことも見たこともない人。
つかさ「ちょっと……早いも遅いもないよ、もうその先に進んでるんじゃないの、もう戻れないよ……まさか、ゆきちゃん」
みゆき「堕ろすことになりそうです」
まさか私の悪い予感が当たってしまった。
つかさ「ゆきちゃんのお母さん、お父さんはどうなの、反対したよね」
ゆきちゃんはそのまま腰を落として泣いてしまった。私はどうしていいか分らなかった。やっぱり私はこの事に口出しするんじゃなかったかな。私も泣きたくなった。
ゆきちゃんのすすり泣く声が聞こえてきた。そうなんだ泣いてなんていられない。ゆきちゃんの方がずっと辛いんだ。
つかさ「これから生まれようとする命を奪うなんて……悲しいよね」
ゆきちゃんは私の言葉に反応した。
みゆき「つかささんは賛成してくれるのですか、過ちで出来た……」
つかさ「ゆきちゃんと辻さんに何があったなんて聞かないよ、それが過ちかどうかなんて関係ないよ、あるのは新しい命があるってことだよね」
みゆき「しかし……」
ゆきちゃんは私に何かを言おうとした。きっと反対意見。だめ。そんな事いっちゃダメ。
つかさ「私もお姉ちゃんもこなちゃんも、ゆきちゃんだってそうやって生まれてきたんだよ……もし、もしも私のお母さんが双子じゃやだって言って私を堕ろしちゃったら……
     私は今、こうやってゆきちゃんと話すことだってできなかったんだよ……そんな悲しいこと言わないで…ゆきちゃん、辻さんのお父さん、お母さんだって
     辻さんを生んだんだから話せばきっと分ってくれるよ……」
ゆきちゃんはしばらく私を見つめていた。私の想いは全てゆきちゃんに言った。それでもゆきちゃんが辻さんの両親に従うのならもう何も言わない。でも。それも一つの選択。
みゆき「ご自分を堕ろす話なんて……すごい例え話ですね……放課後……昨日と同じ場所でかがみさんと……最終結論を出す予定でした……
     つかささん、是非立ち会って下さい、それと泉さんも……」
まだ結論がでてなかったんだ。嬉しかった。これで私とこなちゃんも参加できる。ゆきちゃんの目から涙が消えている。
みゆき「それでは教室に戻りますか」
つかさ「うん」

 教室に戻るとこなちゃんはすでに戻って自分の席に着いていた。私がこなちゃんの所に向かおうとするとゆきちゃんは私を追い越してこなちゃんに駆け寄った。
ゆきちゃんはこなちゃんに何かを話しているけど周りの雑音でよく聞き取れなかった。きっと放課後の事を話しているに違いない。


こなた「つかさ、行こうか」
つかさ「あれ、ゆきちゃんは?」
こなた「さあ、先に行ったんじゃないの」
放課後、ゆきちゃんの言うように私とこなちゃんは会議室に向かった。こなちゃんがじっと私を見ている。
つかさ「どうしたの?」
こなた「つかさ、お昼休みにいったいどんな魔法をつかったん?」
つかさ「魔法?」
こなた「そうだよ、私とつかさがみゆきさんとかがみの秘密に参加できるとは思わなかった、しかも話はすごくヘビーな内容だよ、とても力になれるとは思えない」
つかさ「ただ私の想いをゆきちゃんに話しただけだよ……」
こなちゃんは黙って私を見ていた。少し恥ずかしい感じがした。
会議室に入るとすでにゆきちゃんが居た。
みゆき「お待ちしていました」
つかさ「隣りの部屋は?」
みゆき「今日は会議室を使う予定はありません、ここでいいでしょう、予約はしてありますので他の人が来ることもありません」
こなちゃんがモジモジと恥ずかしそうにしていた。ゆきちゃんの方を見ている。
こなた「用意周到だねみゆきさん……ところでみゆきさんに聞きたかったことがあったんだ」
みゆき「なんでしょうか」
こなた「見た所お腹は膨れていないようだけど……どのくらい経ってるの?」
みゆき「……えっ……」
その時扉が開いた。
かがみ「待たせたわねみゆき……ってどうしてつかさとこなたが居るのよ」
みゆき「あっ、それは私が……」
私はお姉ちゃんの方を向いた。見知らぬ男の子がお姉ちゃんの後ろに居た。まさかあの人が辻さんって人なのかな。
かがみ「まあその話は後ね……辻君、もっと奥に入って……」
やっぱり辻さんだ。お姉ちゃんは会議室の奥の方に腕を伸ばした。辻さんは私達に会釈をすると会議室の奥にと足を運んだ。するともう一人入ってきた。
その人は知っている人だった。
かがみ「みなみちゃんも早く入っちゃって……それじゃ始めましょ、チェリーがメアリーを孕ませた件について……私の案を聞いて欲しい」
つかさ「チェリー……ちゃん……メアリー……?」
こなた「みなみちゃんは何で来てるの、何、どうゆうことなの?」
私は頭が真っ白になった。こなちゃんも動揺している。お姉ちゃんはため息を一回ついた。
かがみ「みゆき、つかさとこなたを呼んだんならちゃんと説明しておきなさいよ」
ゆきちゃんは慌ててこなちゃんに近づいた。
みゆき「泉さんには詳しく説明していませんでした、そちらの方は私とみなみさんの幼馴染の辻さんです…先月、みなみさんの家が旅行をすると言うのでチェリーちゃんをお預り
     したのですが……散歩をしている時、辻さんもメアリーちゃんと散歩していまして偶然出会いました、挨拶をして暫くお話をしていましたらチェリーちゃんとメアリーちゃんが
     ……その……あの……交尾をしてしまいまして……」
かがみ「妊娠しちゃったってわけ……それで辻君のご両親が大変ご立腹なされて相談にのってたのよ、こなた、つかさ分った、つかさ?」
みなみ「本来これは飼い主である私の責任……こうなる可能性は私の方が高かったはず……」
こなちゃんは私の方を見ている。その訳は分ってる。痛いほど分る。こなちゃんの視線が私に刺さる。私は恥ずかしさのあまり顔が熱く感じる。穴があったら入りたいくらい。
つかさ「ごめんねゆきちゃん、ごめんねこなちゃん、ごめんねお姉ちゃん……私……やっぱり……力になれないよ……」
かがみ「つかさ、どうしたのよ……待ちなさい、つかさ……」

私は思わず会議室を飛び出した。少しでも遠くに行きたい。それだけで頭がいっぱいになった。早とちりだった。これじゃこなちゃんだって怒っちゃう。
お姉ちゃんもいままでゆきちゃんの為にやってきたことを壊しちゃったかもしれない。そう、余計なことをしてって怒られる。
いつもそう。私はそうやって皆が築いたものを壊しちゃうんだ。お姉ちゃんに任せておけば良かったんだ。
気が付くと私は電車に乗っていた。帰路に着いていた。今頃こなちゃんが私の勘違いした事を皆に言っているに違いない。そして……大笑いしているかも。

 家に帰っても何もできない。部屋に入ってじっとしているだけだった。
突然部屋の扉が開いた。
まつり「つかさ、さっきからノックしてたのに返事くらいしてよ」
つかさ「ごめんなさい」
まつり「……何、その元気のない顔……失恋でもしたような顔だよ……そうそう、もうとっくに夕食の時間なんだけどかがみが帰ってこないんだよ、携帯も出ないしメールもこない」
私は部屋の目覚まし時計を見た。もう二十時時を過ぎていた。私ったらこんな時間まで落ち込んでいたのか。
まつり「つかさ何か聞いてない?」
会議室で相談していて終業時間いっぱいまで学校に居たとしてもこの時間は遅すぎる。私は自分の携帯を見てみた。着信履歴もメールもお姉ちゃんの名前は無かった。
つかさ「私の携帯にも何も来てないよ……それに学校で別れたから」
まつり「そう……もう時間だし……もう食べようってお母さんが」
つかさ「私は食べないよ……」
食欲が湧かなかった。今日は何も喉を通りそうにない。
まつり「浮かない顔して、何かあった?」
つかさ「まつりお姉ちゃん」
まつり「何?」
つかさ「うんん、何でもない……私は食べないってお母さんに言って」
まつり「分った言っておくよ……何か失敗でもしたのか、つかさらしくない、笑って誤魔化しちゃいなよ」

 まつりお姉ちゃんはそのまま部屋を出た。まつりお姉ちゃんに私のした事を言おうとしたけど言えなかった。笑って誤魔化しちゃえか。そういえば私は何かあると
そうやって逃げてきた。でも今は本当に逃げて来ちゃった。妊娠したのはゆきちゃんじゃなくてメアリーって犬だった。そしてその相手はチェリーちゃん。本気で私は
ゆきちゃんが妊娠したと思ってた。えっ……。ちょっと待って。お昼の会話で堕ろすってゆきちゃんは言っていた。この話が本当だとするとチェリーちゃんとメアリーちゃんの
子犬は……。逃げちゃダメだった。私は会議室に残っていなきゃダメだった。ゆきちゃんは立ち会って欲しいって言っていた。これで本当に子犬が堕ろすって決まったら……
その時私は恥ずかしさよりも罪悪感が湧いてきた。犬ならどうなってもいいなんて事はないよね。ゆきちゃんは今日が最終決定って言っていた。
お姉ちゃんの帰りが遅いのは……ダメだよそんなの。
私はチェリーちゃんの子供を見殺しにしちゃった。まつりお姉ちゃんの言うように笑って誤魔化しちゃえば良かった。それで子犬が助かるなら……。
涙が出てきた。でも、もうどうすることも出来ない。出来れば放課後まで時間を戻したい。そして笑って誤魔化して会議室に残って……辻さんのお父さんお母さんに言うんだ。
堕ろしちゃダメだって……。

 二十三時過ぎ。外から大きなのエンジン音が聞こえた。私の家の近くで急ブレーキの音がした。暫くすると玄関の扉が開く音がした。私の部屋の扉は半開きだった。
まつりお姉ちゃんが閉め忘れ。玄関の音が素通りで私の耳に入ってくる。
かがみ「ただいま」
みき「かがみ、今何時だと思ってるの、連絡もしないで……」
ゆい「……ですから私が送ってきました、夜道は危ないですからね」
かがみ「こちらはこなたの従姉で成実さん」
みき「それはご親切に……かがみがお世話になりました」
ゆい「いいえお構いなく、それじゃ、かがみちゃん、おやすみ」
かがみ「ありがとうございました、おやすみなさい」
玄関のドアが閉まる音がした。暫くするとまたエンジン音がしてその音は遠く小さくなっていく。
みき「かがみ食事は?」
かがみ「寝しなだから止めておく……つかさは?」
みき「部屋にいるわよ、夕食も食べないで」
かがみ「そう……着替えてくる」

お姉ちゃんの足音が近づいてきた。でもお姉ちゃんの部屋ではなく私の部屋の前で足音は止まった。ノックする音が聞こえる。
かがみ「つかさ寝てる……入るわよ……忘れ物、あんた鞄わすれたでしょ」
お姉ちゃんは鞄を置いた。私の顔をみると少し驚いたみたいだった。私の目が真っ赤になっていたからかもしれない。でもすぐ体勢を立て直すとお姉ちゃんは部屋
の扉を閉めて私の近くに寄ってきた。眉毛が立っている。怒っている。その理由は分っている。
かがみ「つかさ、やらかしてくれたわね」
低く重い声だった。
つかさ「お姉ちゃん、私は……私は……逃げちゃった……ごめんなさ……」
かがみ「つかさが飛び出した後……」
私が話すのと同時にお姉ちゃんは話しはじめた。私は話すのを止めた。
かがみ「みゆきが辻さんのご両親に話があるって言い出してね、せめて私の案を聞いてからでもって言ったけど聞かなかった、私達はみゆきに連れられて辻さん宅へ行った
     みゆきは辻さんのご両親に会うなり深々と頭を下げて謝った……それでも許してくれなかった、みゆきは言った、生まれ来る新しい命を消したくないってね、
     そして涙ながらに私達もこうして生まれてきたって……生まれていなかったらこういして話すことも出来なかった……辻さんのお母さんが泣き出したわよ……」
つかさ「それは……私が」
かがみ「そうよ、みゆきから聞いた、あんたがお昼休みみゆきに話した内容と同じ……私が……私が一週間かかってもみゆきは動かなかった、でもあんたは一時間もしないで
     みゆきを動かした、何をした……あれだけじゃないでしょ、何をしたのよ、言いなさい」
詰め寄ってきた。何か鬼気迫るものを感じた。
つかさ「何も……してないよ、それだけだよ」
かがみ「嘘つくな、絶対何かした、みゆきはつかさの何に動かされたんだ、私に納得するように説明しろ」
私のむなぐらを掴んで揺らした。
つかさ「分らないよ……お姉ちゃん怖い、分らないよ」
私の頭のリボンが解けて落ちた。それに気が付いてお姉ちゃんは手を放した。お姉ちゃんの頭のリボンも少しずれた。呼吸も荒い。
かがみ「……理屈じゃない……そんなのは分ってる……私は一人でこの問題を解決したかった、特につかさ、あんたには知られなくなかった」
つかさ「どうして?」
かがみ「一生私の胸にしまっておこうと思ったけど、もう黙ってても意味は無いわね」
お姉ちゃんは呼吸を整えてから話し出した。
かがみ「子供の頃……今でもまだ成人じゃないけど小学校になる前の事よ……神社の境内……倉庫の片隅に猫が子供を産んでいるのを見つけた、つかさも居た、覚えてる?」
つかさ「……覚えていないよ」
かがみ「……可愛かった、そのまま抱きかかえて家にもって帰りたいくらいにね、でもね親猫が威嚇して近寄ることもできなかった、私は仔猫に触るのを諦めた、
     でもつかさは違った、親猫が威嚇しないギリギリの距離の所にずっと座って猫達を見ていた……つかさはただ見ていただけだった……数日後私は目を疑った、
     つかさ、あんたは仔猫を撫でていた、親猫は威嚇していない、それどころか仔猫たちに乳を飲ませて無防備な姿をつかさに見せていた、私は喜んで
     仔猫に近づいた……しかし親猫は私に牙を向けた、毛を逆立たせて、私を拒んだ……怖くて泣いてしまった……その時の親猫の姿が今でも忘れなれない……
     どうしてつかさに出来て私に出来ない、このままではつかさに置いていかれると思った……だから私は努力した……置いていかれないように追いかけた」
初めて聞く話だった。全然覚えていない。お姉ちゃんの作り話のように思えるほどだった。
つかさ「お姉ちゃん、追いかけたのは私の方だよ、学校の成績だって、運動だってそうだった、今だって全然……勝てる気がしないよ」
かがみ「学校の成績ね……そんなのはやる気の問題、つかさは興味のあることしかしないでしょ、私と同じくらいやってれば同じくらいの成績はとれる、学校の成績は
     意味の無いこと……それに私と同じ高校に居るじゃない……みゆきが私に相談してきた時、今の私ならみゆきを助けられる……そう思った、
     でもだめだった、この一週間私はみゆきに何もしていない、結局何もできなかった、焦れば焦るほど真っ白になっていく……同じ、仔猫に触れなかったあの時と同じ」
お姉ちゃんの目から涙が出ていた。お姉ちゃんが私をそんな風に思っていたなんて。でも素直に喜べなかった。
つかさ「そんな事言ったら私だって、勘違いしたのが恥ずかしくって……逃げ帰っちゃったんだよ」
かがみ「つかさを勘違いさせたのは私のせい、情報を遮断したのだから、そもそも妊娠なんてデリケートな話頻繁に交わすことなんかあまりない……誰も責めたりしないわよ」
お姉ちゃんは落ちていた私のリボンを拾って私に渡した。
かがみ「……さっきはごめん、あんな事をするつもりはなかった……積年の思いが吹き出しちゃって、話して良かった」
つかさ「うんん」
お姉ちゃんは自分の乱れた髪を整えた。
かがみ「……そこでつかさに相談がある」
つかさ「えっ?」
かがみ「辻さんのお母さんは許してくれた、でもお父さんの方は産むのに条件を出してきた……生まれた子犬を引き取ってくれる里親を六人来週までに探しなさいって」
つかさ「六人……」
かがみ「こなたの家で色々探した。田村さんはもう既に犬を飼っている、みゆきは数に入れるなとの条件……こなた、ゆたかちゃんの実家、日下部、峰岸、成実さん
     は引き取っていいと言ってくれた、あと一人……私のクラスに数人話してもいい人が数人いる、でも、もし決まらなかったら、そう思うと心が重くなる」
私は部屋を出ようとした。
かがみ「どこに行くのよ」
つかさ「居間だよ、皆まだ起きてるみたいだし言ってみるよ犬を飼いたいって……以前、お姉ちゃん犬なんて飼えない言ってたけど本当は違うよね……私の話聞いてみる?」
かがみ「……ふふ、つかさには敵わない……その理由が分った気がしたよ、待って私も行くわ」
でも今度は失敗は許されないし逃げることもできない。ゆきちゃんの為に。そしてこれが私が知る限り最初のお姉ちゃんから受けた相談。子供の頃の話よりこれが一番嬉しかった。

……
……

 メアリーちゃんはシベリアンハスキー。チェリーちゃんと同じ犬種だった。当然その間にできた仔犬もシベリアンハスキー。産まれた数が七匹。辻さんのお父さんの条件の数より
一匹多かった。立てるくらいに成長した仔犬たちはそれぞれの里親のもとに引き取られていった。

まつり「ハスキー犬って大型犬だよね、こんなちっこいのが大きくなるのか」
いのり「ハスキーはソリ犬よね散歩が大変そう、引きずられて」
みき「それもしつけ次第みたいよ」
まつり「しつけね……それよりかがみに似ると大変だ」
かがみ「どうして私に似ると大変なのよ」
まつり「そう思っただけ……」
いのり「二人とも静かに、仔犬が起きちゃうでしょ。きっとつかさに似るよ、つかさに抱かれている時が一番大人しいからね」
つかさ「そんなことないよ、それよりこの仔犬の名前決めようよ」
かがみ「この仔犬はもしかしたら産まれなかったかもしれない、運がいい犬よね」
つかさ「だったらラッキーにしようよ、みんないいでしょ」
皆は何も言わず微笑んで仔犬を見ている。もう名前は決まった。名前の通りに我が家に幸運をもたらしますように。

 えっ?一匹余った仔犬はどうなったって。里親はすぐに見つかったよ。それはゆきちゃん、ゆきちゃんはねメアリーちゃんの出産に立ち会って最後に取り出した犬をもらったって。
辻さんのお父さんもゆきちゃんのその姿を見て感心して許してくれたよ。良かったね。




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  • 原作でチェリーがメスなのは知っています。
    物語を作るうえでオスにしました。
    オリキャラのチェリーと見てくれると嬉しいです。 -- 作者 (2012-03-15 21:21:59)
  • チェリーってメスだったような? -- 名無しさん (2012-03-13 21:48:46)
  • 今までで1番いいはなしだな! -- 紋無 (2010-10-22 00:25:08)
  • 見直したつもりだったけど……
    まだあるかもしれないけどご愛嬌でお願いします。 -- 作者 (2010-10-14 20:41:03)
  • 黒井戦士で完全に吹いたwww -- 名無し (2010-10-14 18:49:00)
  • ほのぼのとして本当にいいお話でしたwww
    ってか最初は完全に重い話だと思ってたけど・・・
    全くチェリーは・・・やっぱりバター犬ですね(マテ -- 名無しさん (2010-10-05 16:02:51)

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最終更新:2012年03月15日 21:21
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