ID:Q3ZMfPE0氏:告白の木

どちらかといえば几帳面。よくそう言われる。そう言う性格を見込まれてか、クラスの副委員長なんてものをやらされている。
 放課後の時間とられたりするから最初は嫌だったのだが、段々と委員の仕事は楽しくなっていた。
 そう言うことに向いている性格だった…と言いたいが、ぶっちゃけると委員長の高良みゆきさんが、素敵な女性だったということに尽きる。
 ようするに彼女に惚れたのだ。もっとも、彼女の方は俺なんか眼中にも無いだろうけど。


 卒業も間近に迫ったとある日の朝。俺は登校すると、まず自分の机が空なのか確認しようと手を突っ込んだ。
 机の中のものは全部持って帰って、朝来たときにこうやって中を確認するのは俺の日課のようなものだ。友人にはよくそんなめんどくさいことできるなと言われるが、小学生のころからやってる慣習みたいなもので、俺はとくに面倒は感じてない。
 と、机に入れた俺の指先に何か触れるものがあった。取り出してみるとそれは一枚のコピー用紙。
「…おぉ」
 俺はそこに写っているものを、まじまじと見つめてしまった。携帯のカメラで撮ったものを、パソコンか何かでプリントアウトしたものだろうか。夏服の高良さんが写っていた。
 何かを拾おうとしているのか前かがみになっていて、胸の谷間がばっちりと見える。そして、端の方に一言。
『これで頑張れ』
 ………こんなものを俺の机に突っ込む奴に、一人だけ心当たりがある。俺はその紙を折り目がつかないように丸めて鞄に仕舞いこむと、机の中に教科書などを入れてそいつが登校してくるのを待った。



― 告白の木 ―



「だからさ、あのかがみの態度は心の中ではオーケーだって言ってるんだよ」
「そ、そっかな…お姉ちゃん心底嫌がってたと思うんだけど…」
 しばらく待ってるとその人物…泉こなたが友達の柊つかささんを連れて教室に入ってきた。
 俺は席を立って、おしゃべりをしながら自分の席に座った泉の傍に行った。
「おい、泉」
「あ、おはよう」
 俺が声をかけると、泉は朝の挨拶をしてきた。
「おはよう」
 その隣に居た柊さんも挨拶をしてきたので、俺はそちらに軽く手を挙げて挨拶を返した。
「おはよう、柊さん…でだ、泉」
「…わたしには挨拶無しかい」
 不満そうにしている泉を無視して、俺は話を続けた。
「お前だろ。俺の机にあんなもん突っ込んだのは」
 俺がそう言うと、泉は更に不満そうな顔をした。
「わたしのベストチョイスをあんなもんとは何事だ」
「たしかにベストだけど…いやいやベストかどうかじゃなくてだな…いや、もういいや…つーか何を頑張れってんだ」
「自家発電」
 さらっと言う泉に、俺は足を滑らせかけた。
「お前な…仮にも女の子なんだから、そういうことさらっと言うなよ…っていうかお前友達だろ…」
「仮にも、は余計です」
「自家発電?こなちゃん、バッテリーでも入れたの?」
「いや、違うけどつかさは知らなくてオッケー」
 俺と泉の顔を見比べながら聞く柊さんに、泉は手を振りながら答えた。なんと言うか、柊さんはこういうことには疎そうだ。ってかバッテリーで発電は出来ないと思う。
「でもまあ、ここで突っ返しにこないって事は、お気に召したと思ってよろしいかな?」
 ニヤニヤしながら妙な口調でそう言う泉。俺は思わずあさっての方向を向いてしまった。
「あ、あんまりああいうことするなよ…」
 俺は二人に背を向け、我ながら説得力の欠く台詞をはきながら自分の机へと戻った。
「ねえ、こなちゃん…なんだったの?」
 後ろからそんな柊さんの声と、泉の押し殺した笑い声が聞こえた。




「今日も学食だろ?行こうぜ」
 お昼休み。同じクラスの連れが昼飯に俺を誘いに来た。
「うし、行くか」
 俺はそう答え、椅子から立ち上がった…ところで誰かに腕をつかまれた。
「ちょーっと待ったー」
 俺を掴んだ手の主を見ると、泉だった。
「彼は今日はわたしとお昼食べるから、君は一人で行くように」
 泉の言葉に、思わず絶句してしまった。連れの方も唖然としている。っていうか教室が静まり返っている。
「…いや、泉…お前なに言って…」
 未だ何が起きているのか良くわかってない俺を、泉はお構いなしに引っ張っていく。
「あー、ご飯のことなら問題ないよ。君の分もわたしが作ってきたから」
 更にとんでもないことを言う泉に、俺の思考が乱される。言葉にすると簡単だ『泉が俺の昼飯を作ってきて、一緒に食べようと誘ってきた』。だが、肝心の『何故』が抜けている。なんでまた急にこんなことになったんだ。
 泉に引っ張られながら、教室のドアを抜ける。ふと、柊さんと同じ机に座っている高良さんの姿が目に入った。柊さんと一緒にこっちを見ている…って信じられないものを見たって顔をしてるんだけど…よく見ようとしたが、泉がドアを閉めたためにそれ以上見ることは出来なかった。
 俺たちが居なくなった教室からは、大きなざわめきが聞こえてきた。みんなして俺らのことをあれこれ想像してるんだろうなあ。俺はもう諦めの境地で逆らわずに泉についていった。


 泉に連れられてきた場所は、中庭の奥にあるちょっとしたスペースだった。学校の喧騒もあまり聞こえてこず、静かないい場所だった。
「泉、ここは?」
「わたしが見つけた穴場。一人でボーっとしたい時とかに利用してたの」
 三年間この学校に通っていたが、この場所の存在は知らなかった。まあ、見つかりにくいからこそ穴場って言うんだろうけど。
 その穴場に俺と泉が二人きり…という訳ではなく、すでに先客が花見の場所取りよろしくレジャーシートの上に座り込んでいた。
「おー、かがみ早いね」
「…まあね」
 上機嫌な泉とは逆に不機嫌そうにしてるのは、隣のクラスの柊かがみさんだった。
「まったく…なんでわたしがこんなこと…」
 ぶつぶつと文句を言いながら弁当を広げるかがみさん…ちなみに彼女は柊つかささんの双子の姉で、どっちも柊でややこしいためか、うちのクラスの大半は彼女を名前の方で呼んでいる。もちろん俺もだ。
「昨日、賭けで負けたからだよ…さ、わたしたちも座ろ?」
「お、おう…」
 泉に促されて、俺は靴を脱いでレジャーシートの上に座った。弁当を広げ終わったかがみさんが、胡散臭げな視線を俺に向けてくる。なんていうか居心地が悪い。
「はい、これお弁当」
 隣に座った泉から弁当箱を手渡される。女の子用だからか少し小さめだ。ふたを開けてみると、卵焼きやら唐揚げやらごく普通のおかずが入っていた。泉のことだから何かえげつない物が入ってると思ってたんだけど。
「…今何か失礼なこと考えたでしょ」
 俺の顔を覗き込みながら、泉がそう言った。鋭いな、こいつ。
「ま、いいや。いただきまーす」
 泉が手を合わせて箸を手に取った。俺も食べ始めようと箸を探したが見つからない。
「泉、俺の箸は?」
 俺がそう聞くと泉の動きがピタッと止まった。そして、箸をおいて手を合わせる。
「…ごめん、忘れてた」
 …まあ、なんだ。昼飯食べさせてもらってるんだから、文句とか言わない方がいいよな。俺はかがみさんのほうを見たが、黙々と弁当を食べているかがみさんは『あまりの箸なんて無いわよ』と言う様に、首を横に振った。
「手で食うしかないか」
 俺はとりあえず卵焼きをつまんで口に放り込んだ。
「…ホントごめんね?」
「いや、怒ってないけど…」
 本気で申し訳なさそうにしている泉に、俺は思わずそう言っていた。
「そか、良かった…味は大丈夫かな?男の子の好みの味って良くわからないから、お父さんの好みにしちゃったけど」
「いや、美味しいよ…かなり意外だけど」
「む、もしかしてわたし、料理とか全然できないと思われてた?」
 そりゃそうだろう…教室で見てる限り、昼飯はほとんどの日がチョココロネだし、アニメだのゲームだのの話しかしてないし、これで家事が出来るって思われるほうが難しい。
468 :告白の木 [saga]:2010/04/03(土) 17:26:22.89 ID:Q3ZMfPE0
「ま、わたしはそう思われても仕方ないけどね」
 本人も自覚はあるらしい。
「で、みゆきさんにはいつ告白するの?」
「んぐっ!?」
 食っていた唐揚げが喉に詰まった!
「はい、お茶」
 苦しそうに胸を叩く俺を見かねてか、かがみさんがお茶の入ったコップを差し出してきた。俺はそれを受け取って、一気に飲み干して唐揚げを喉の奥へ流し込んだ。
「…し、死ぬかと思った…」
「大げさだよ」
 肩で息をする俺に、泉が笑いながらそう言った。ってか原因はお前だ。
「いきなりなんだよ!?不意打ち過ぎてマジびびったわ!」
 俺が大声を上げると、泉は困ったような顔をした。
「だってこういうのって、不意打ちじゃないと面白く無いじゃん」
「面白い面白くないで俺を殺しかけるな!ってかなんで告白とかそう言う話になるんだよ!?」
「なんでって…好きなんでしょ?みゆきさんのこと」
「ぐ…」
 言葉に詰まる。それは否定できない。いや、っていうか…。
「なんでそんなこと泉が知ってるんだよ…」
「ばればれだよ。だって他の女子と話してるときとみゆきさんと話してるときと、態度が全然違うんだもん」
「…そ、そうなのか?態度変えてるつもりなかったんだけどな…ああ、机の中にあんなもん入れてたのは、そういうことか…」
「ま、そういうこと…で、どうするの?」
「どうするって…なにがだよ」
「告白。するならみゆきさんを、人気の無いところに呼び出すくらいはするけど?」
 何気に物騒なこというな、こいつ。
「いらねーよ」
 俺の答えに、泉はかなり不満そうな顔をした。っていうか高良さんと二人きりなんてシチュエーションは、クラス委員の仕事で何度かある。そこでなんにもアプローチできてないんだから、今更二人きりになったって一緒だろう。
 情けないなあ、俺…。
「で、そういうこと言うために俺を昼飯に誘ったのか?わざわざ俺の分まで弁当作って」
「んー、これくらいしたら少しは焦るかなと思ってね」
「焦る?誰が?っていうかなんで?」
「それは内緒」
 本気でなんだか分からない。もしかして色恋沙汰を引っ掻き回したいだけなんじゃないだろうな…。
「ごちそうさま」
 俺が悩んでいると、かがみさんがそう言って箸をおいた。そういえば居たんだっけ。あまりに喋らないから忘れてた。
「そういや、かがみさんはなんでここに?賭けがどうとか言ってたけど…」
「見張り役よ」
 俺の質問に、かがみさんは素っ気無い態度で答えた。
「二人きりだと襲われるかもしれないから…ってこなたがね」
 なんつー信用の無さ。っていうか二人きりでも泉を襲う気にはならないと思う。その泉は、こっちの会話には興味が無いのか、なにやら携帯をいじっていた。
「…メアド、男の名前ばっかだね…女性っぽい名前が一件あるけど、名字が同じだから母親かな…」
「ってそれ俺の携帯じゃねーか!?」
 何時の間にスリやがったこいつ!取り返そうと手を伸ばすと、泉はあっさりと携帯を俺の手に渡した…が、俺のじゃねえよ、これ。
「ま、いいじゃん。わたしの見ていいからさ」
 どういう交換条件だよ。しょーがなく俺は泉の携帯のアドレス帳を開いた。友達居なさそうだったが、予想外に多いな。なんか半分以上名前がアルファベットなんだが、外人か?…高良さんやかがみさんや柊さんのもちゃんとあるな。
「わたしやつかさやみゆきのメアド、勝手に覚えようなんてしたら殴るわよ」
 ぼそりと、かがみさんが怖いことをおっしゃった。
「流石にそんないやらしいことしないよ…っていうか、泉。このアルファベットの名前なんだ?」
「…ん?あーそれネトゲのフレのキャラ名だよ…ほい、送信っと」
「ネトゲねえ…って送信?」
 俺の手の中の携帯が震える。見るとメールが一件入っていた。
「アドレス登録しといて」
「え、ああ…」
 泉に言われた通りに、携帯を操作する。
「ってなんの疑問も無くやってたけど、これ俺のメアドじゃねーか!」
 泉の方を見ると、なにやら携帯を操作した後、携帯を閉じて俺のほうに放り投げてきた。それを慌ててキャッチする。
「わたしのメアド、登録しといたから」
「本人の了承なしにメアド交換するんじゃねーよ…」
 俺も泉に携帯を返す。自分の携帯のアドレス帳を覗いてみると、確かに泉の名前が登録されていた。
「いいじゃん。華のないアドレス帳に、女の子の名前が入ったんだから」
「…お前の名前、字面だけ見てると女の子に見えないんだけど」
「失礼な」
 泉は不貞腐れた態度を取ったが、すぐに元に戻ると自分の弁当箱を片付け始めた。
「ま、今日はこんなところかね」
 なにか続きがありそうなことを言いながら、泉は俺の分の弁当箱も手際よく片付ける。
「んじゃ、教室戻りましょうかねっと…かがみ、後の片付けよろしくー」
「…へいへい」
 心底嫌そうに答えるかがみさん。賭けに負けたことでいいように使われているようで、なんか不憫だ。


 教室に戻ると、クラスの何人かに絡まれ、説明するのが面倒で大変だった。泉も柊さんになにか聞かれているようだったが、涼しい顔で受け流しているようだった。
 ふと、高良さんの事が気になってそっちを見てみると、こういったことには興味が無いのか、全然別の方向をじっと見ていた。




 そして次の日の放課後。勝手に俺とメアドを交換した泉から、早速メールが入った。
『今日、一緒に帰ろう。中庭にある大きな木のところで待っててよ』
 なんだかなあ…まあ、今日は委員の仕事も無いし、特に用事も無いから暇つぶしにはなるか。俺はとくに深く考えずに泉の指定した待ち合わせ場所に向かった。



 中庭の大きな木。その枝の下に立ち上を見上げた。何の木かは俺は知らない。
「このー木なんの木気になる木ー…っと」
 なんかのCMで流れていた歌を思わず口ずさむ。
「…ぷっ」
 ………やっべ誰かいたよ。恥ずかしいなあもう。
「す、すいません、急に聞こえてきたもので、つい…」
 木の反対側にいたであろう人が、謝りながらこちら側に顔を出した…え、高良さん?
「委員長…こんなところでなにを?」
「え、あ、えっと…」
 高良さんはなにか居づらそうにうつむいた。なんだろう、俺と会いたくなかったんだろうか。
「あ、あの、そちらはどういうご用件でここに…」
 はっきりとした答えを言わないまま、高良さんは俺に逆に聞いてきた。
「いや、泉に呼び出されてさ。なんか一緒に帰ろうって」
 俺がそう言うと、高良さんは俺に背を向けた。
「そうですか…では、わたしはお邪魔ですね」
 そう言って高良さんは歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って」
 高良さんともう少し話がしたいと思い、俺は高良さんを引きとめた。っていうかなんで邪魔なんて言うんだ。
「泉と二人ってのもなんだし…用事ないんだったら、一緒に帰る?」
「嫌です」
 一蹴された。ってか、こんなにはっきりと拒絶表現する高良さんは初めて見た。唖然とする俺を残して、高良さんはそのまま歩き去ってしまった。
「…ま、しょうがないか」
 なんとなく割り切れない気分だが、俺は再び泉を待つことにした。
「なにやってんだよ!最悪の展開じゃんかー!」
 と、その泉の声が遠くから聞こえてきた。ってかなんか怒ってる?
「なんだ、いず」
「トンファーキーック!」
 俺が声の方に振り返ると同時に、腹に衝撃が走った。予想以上に速く接近していた泉の蹴りが俺に炸裂していた。完全に不意をつかれて、みぞおちにまともに入ったようで、俺は声も出せずにうずくまる。
「お、おま…なにしやがる…」
 なんとか顔を上げると、トンファーっぽい形をした木の枝を持った泉がふんぞり返っていた。
「ちっがーう!」
「…なにが」
「そこは『トンファー関係ねえ!』でしょ!」
「知るかーっ!!」
 今度は、立ち上がった俺の全力の脳天唐竹割りが泉に炸裂していた。




「…いや、ごめん。ちときつい突っ込みだったな…」
 俺はまだ痛む腹を擦りながら、同じくまだ痛むのか頭頂部を擦っている泉に謝った。
「…うん、まあわたしもちょっと熱くなりすぎたから、おあいこかな…」
 結局俺たちは、当初の予定通りなのか成り行きなのか一緒に帰ることになり、二人して痛む箇所を擦りながらの奇妙な下校になった。
「で、なんであんな怒ってたんだ?」
 俺がそう聞くと、泉は思い切りしかめっ面をした。
「せっかくみゆきさんと二人で帰れるように鉢合わせにさせたのに、台無しにしたじゃんか」
 高良さんがあそこに居たのは、泉が呼び出したからか。
「つーても、どうすりゃ良かったんだよ」
「そりゃ、アレだよ。しばらく雑談でもしててくれれば、わたしが二人に一緒に帰れなくなったってメールして、じゃあしょうがないから一緒に帰ろうって流れに…」
「んなもん分かるか」
 つーか雑談もなにもする暇なく、高良さん帰っちゃったよな。
「まあ、みゆきさんがあんなに過剰反応するとは、ちょっと予想外だったけどね…」
 泉もなにかしらおかしいと感じているらしい。
「…昨日のアレ効きすぎたのかな…うーん…」
 腕組んでなにか呟きながら考え込む泉。なにを企んでるかなんとなく分かってきたんだが…どうにも的外れと言うかなんというか。
「あのな、泉。今更二人きりになっても、どうとも出来ないぞ。今まで委員の仕事で何度も二人きりになってるんだから、できるならその時になにかしてるって」
「む、そっか…っていうか分かっててソレってキミ相当ヘタレだね」
「ほっとけ」
 そんなことは百も承知なんだよ。
「ま、それはそれとして…あの中庭の木には、一つの伝説があるのを知ってるかね?」
 いきなり泉が珍妙なことを言い出した。大丈夫かこいつは。
「なんかかなり失礼なこと思われてる気がするけど、まあソレも置いといて…卒業式の日にね、あの木の下で告白したカップルは永遠に幸せになれるらしいんだよ」
 うさんくさい。その一言に尽きる。つーかなんかどっかで聞いた事ある気がする。
「お前、それ今考えただろ」
 俺がそう言うと、泉は首を横に振った。
「うんにゃ、一週間くらい前だよ」
「たいして変わんねぇよ!」
 思わず大声で突っ込んでしまった。こいつ人に突っ込ませる才能はあるんだな。
「ふむ、あんま興味が無いみたいだね」
「…興味が無いっつーか色々あきれ果てるわ…」
「みゆきさんはつかさは素直に感心してくれたのに」
 友達に妙なこと吹き込むなよな…。
「ねえ、男のから見てみゆきさんって話しづらいの?」
 また話飛ぶし。

「なんでそう思うんだよ」
「いや、さっき二人きりになる機会あったのに、何もしなかったみたいな事言ってたからさ」
「話しづらくはないよ。むしろ普通の女子より格段に話しやすい」
 なんていうか、とっかかりやすいんだよな。話題ミスってもフォローしてくれるし。
「ふーん、そっか。なんか先入観で話しかけづらいって思われてるんじゃないかって考えてたんだけど」
「でもな、泉。話しかけやすいのと、その…告白とかそういうのは、また別の問題だぞ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ」
「ふーん…」
 泉は少し考えるようなそぶりを見せた後、俺の顔を覗き込んできた。
「じゃ、さ…わたしはどうなのかな?話しやすい?」
「泉ほど話しやすい女子は初めてだな」
「あら、そうなんだ」
「なんつーか、女の子と話してるっていうより男の連れと話してるって感じなんだよな」
「うわーそれひどいなー」
 泉は不満そうにそう言うと、少し足を速めて俺の前に出た。そして、頭の後ろで手を組んで、少し上を向いた。そのまま黙って歩く泉の妙な雰囲気に何も話すことができず、俺も黙ったまま後をついていった。
「…ホント…ひどいな…」
 そんな中、泉はポツリとそう呟いた。



 それから卒業式までの間、取り立ててなにも変わったことなく日々は過ぎていった。
 一つ変わったことといえば、委員の仕事が無くなったことだろうか。
 まあ、正確に言えば仕事自体が無くなった訳ではなく、高良さんが全部一人で片付けてしまっているということなんだが。
 その仕事っぷりを見ていると、副委員長なんて役職は最初から要らなかったんじゃないかって思えてくる。ちょっと前までは高良さんから仕事振られることも結構あったんだが…。
 なんとなくやりきれない、胸に何かがつっかえた感じだ。
 しかし、俺はそのまま高良さんと話す機会もなく卒業式を迎えることになった。



 卒業式が終わり後は帰るだけとなったところで、俺は教室の出口で泉に呼び止められた。
「結局、なんにもなかったね」
 そして、そう言われた。多分、高良さんの事だろうから、俺は黙って頷いておいた。
「ま、なんだ。頑張れ」
 なんか励まされた。一応同情っぽいことはされてるらしい。泉は俺の背中を軽く叩くと、教室を出て行こうとした。
「泉」
 その泉を俺は呼び止めた。
「ん、なに?」
「…つぎ会うときはでかくなってるといいな」
「うわ、ひどっ」
泉はそう言った後、二マッと笑みを浮かべた。
「まったねーん」
 そして、ひらひらと手を振りながら廊下を駆けていった。




「ただいまー」
 そう言いながら家に入った後、俺はため息をついた。結局、何にも言い出せないまま俺の青春は終わったって訳だ。でも、なぜか卒業をしたって実感はまったく湧かなかった。
 玄関に突っ立ったまま、俺は高良さんの事を思い出していた。そしてもう一度ため息をついたところで、携帯が着信音を鳴らしていることに気がついた。
 携帯を開いてみるとメールが一件。泉からだった。
『次のメールが最後のチャンス。ゲームオーバーまで諦めるな』
 次のメール?何をするつもりなんだ?俺が悩んでいると、携帯が再び着信音を鳴らした。その差出人の名前を見て、俺は心臓が高鳴るのを感じた。差出人の名前は…高良みゆき。なんで高良さんが俺のメルアドを知ってるんだ?
「泉か…」
 あいつがメルアドを教えたんだな。俺は少し震える指でそのメールを開いた。
『中庭の木の下で待ってます』
 俺は携帯を握り締め、玄関を飛び出し走り出していた。


 中庭の木。泉がでっち上げた伝説のある木。卒業式にその木の下で告白したカップルは、永遠に幸せになれるという。
 泉は言っていた。高良さんは感心していた、と。つまり高良さんもこの話を知っている。知った上で、その場所で俺を待っている。
 それは、そういうことなのか?頑張れってそういうことなのか?最後のチャンスってそういうことなのか?
 いや、勘違いでもいい。最悪、泉の悪戯でももうかまわない。悔いは残したくない。結果がどうでも俺はスッキリと卒業したかった。
 校門をくぐり、中庭を目指す。息が上がってきてるが、走る速度は落ちる気がしない。
 木が見えてきた。その下で待つ人影も。
 人影が俺に気づく。俺が来ると思ってなかったのか、信じられないといった表情をしていた。俺も信じられない気分だ。
 本当に、高良さんが待っているなんて。高良さんは一度うつむき、そして顔を上げて近づく俺をしっかりと見てくれた。
 なんていえば言い?どう伝えればいい?いや、もうなんでもいい。このまま思いをぶつけよう。
 三年になって、同じクラスになって、クラス委員長と副委員長という立場になって、ずっと俺はあなたが…。
『あなたの事が大好きです!』
 俺と高良さん。二人同時にまったく同じ言葉を言っていた。







「やれやれっと…」
 安堵のため息をつきながら、こなたは隠れていた物陰から姿を現した。そして、さきほど一組のカップルが誕生した木の下に立った。
「…うまくいっちゃうもんだねー」
 なんともいえない表情で、こなたは木を見上げていた。その後ろから一人の人影がこっそりと近づく。
「はーい、お疲れさん」
 そして、そう言いながら持っていたジュースの間をこなたの頬に押し当てた。
「ひわぁっ!?」
 冷たい感触に悲鳴を上げ、こなたは慌てて後ろを向いた。
「…かがみ。いたんだ」
 こなたの頬に押し当てたジュースをプラプラさせながら、悪戯っぽい笑みを浮かべるかがみに、こなたは避難がましい視線を向けた。
「まーね。あんたみたいにずっといたわけじゃないけど…はい、これ」
 そう言いながら、かがみは持っていたジュースをこなたに手渡した。
「ありがと」
 受け取りはしたものの、こなたはジュースにまったく口をつけずに、手の中でクルクルと回しているだけだった。
「まあ、なんていうか…頑張ったわね」
 かがみがそう言うと、こなたはもう一度木を見上げた。
「そだね…みゆきさん、一度諦めたからね。わたしとあいつが付き合ってるんじゃないかって勘違いして…邪魔しないようにって委員の仕事全部自分でやったりしてさ…」
 こなたは大きくため息をついた。
「…好きだって気づいたんなら言えばいいのに、無理しないでさ」
「みゆきじゃないわよ」
 その言葉に驚いたように、こなたはかがみの方を向いた。
「…ああ、彼?あれは頑張ったって言えるのかなあ…最後はちゃんとやったけど、それまでがそれまでだったからねえ」
「あいつでもないわよ。こなたよ」
「…わたし?」
 こなたは自分を指差して、きょとんとした。そして、少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「ああ、えっと、まあ、似合わないことしたかなって思うよ…ちょっと途中逆効果になりかけたし…でもまあきっかけくらいにはなれたかなって…」
「そうじゃないわよ」
 こなたは再びきょとんとした表情になった。今度は本当に分からないといった風に、しばらくそのままだった。
「こなたも好きだったんでしょ?あいつのこと」
 かがみの言葉にこなたは一瞬顔をしかめたが、すぐに力のない笑顔になった。
「なんだ、ばれてたんだ」
 そして、素直にそのことを認めた。
「ばればれよ。他の男子と話してるときと、感じが全然違うもの」
「そう…だったんだ。なるほど、自分じゃわからないね」
 こなたは、また木を見上げた。
「しょーがないよ。みゆさんだもの。わたしなんかよりみゆきさんと引っ付いた方が、幸せになれるだろうし…みゆきさんは両想いだったけど、わたしは片思い…あの人はわたしのこと眼中に無かったみたいだしね。男の連れと話してるみたいって言われたんだよ」
 呟くように話すこなたに、今度はかがみがため息をついた。
「それでも、あんたの方が有利だったでしょ。みゆきはあんたに譲ろうとしてたんだし、告白でもしてたら状況変わってたんじゃないの?」
「…できないよ、そんなこと…友達だもん」
 うつむくこなたの肩をかがみは苦笑しながら軽く叩いた。そして、こなたの前に回ると木に背中を預けた。こなたもかがみの隣に立ち、同じように木に背中を預けた。
「泣きたいんなら、胸貸すわよ」
「泣かないよ…慣れてるもん。失恋なんて数え切れないほどしてきたよ」
「そりゃ、ゲームの中ででしょ」
「…まあね」
 しばらく二人は何も言わずに立っていたが、かがみはなにか思いだしたように携帯で時間を確認した。

「今からなら、みんなと合流できるかもね」
「みんな?…ああ、そういやいっぱい誘ってどっかでパーッとやろうって言ってたね…ってかがみ幹事やるって言ってなかった?」
「つかさに押し付けてきたわ。今頃涙目になってるかもね」
「…酷い姉を見た…っていうかそういうことなら峰岸さんとかの方が上手くやれたんじゃ…」
「………あ……いや、まあつかさならやってくれるわよ。うん、期待してるのよあの子には」
「……酷い友を見た」
 あきれるこなたに苦笑いを返しながら、かがみは木から離れた。
「まあ、そう言うわけだから、こなたも来なさいよ。みゆきの前途とあんたの失恋を祝してパーッとやりましょ」
「失恋祝すとか…ひどいなーもう」
 文句を言いながらこなたも木から体を離した。そして数歩歩いたところで、振り返ってもう一度木を見上げた。自分がでっちあげた伝説のある木。その伝説が本当になって欲しいと心から思う。そう思っているのに…いや、思うからこそ、割り切れない想いがこみ上げてくる。
「ねえ、かがみ」
「ん、なに?」
「やっぱり…ちょっとだけ胸貸してよ」
「…うん」
 自分に向かって手を広げてみせるかがみの胸に、こなたが顔を埋めた。
「十分百円ね」
「…金取るんだ」
「取らないわよ。わたしが払うの…あんたの涙はお金払う価値あるわよ」
「…百円ってすごく微妙なんだけど…ってか余計なこと言わないで普通に泣かせてよ…」
「…はいはい」
 かがみがこなたの体をやさしく抱きしめる。その手の中から、小さな嗚咽と呟きが聞こえ始めた。
「…何で…何でみゆきさんだったんだよぉ…」
 自分の胸に感情をぶつけるこなたの頭を撫でながら、かがみは木を見上げた。
 もし、立場が逆だったら、みゆきはどうしてたんだろう。そんなことを思った。その時は、こうして泣いていたのはみゆきだったのかも知れない、と。
「…幸せになんなきゃ、怒るわよ…みゆき…」
 かがみはこなたに聞こえないようにそう呟いて、自分の胸で泣く友達思いの小さな親友の頭を撫で続けた。
 涙が止まるまで、ずっと。




― 終 ―

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  • 少年Aって言うより、桜藤祭の主人公ぽっいな。 -- 名無しさん (2012-03-13 21:16:27)
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